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月曜日、会社に着くと、杉田くんが耳打ちした。
「あなたとさやかさんにはお世話になったから、
何かお礼がしたい」
花嫁準備に忙しい島田さんから、そんな携帯メールが届いという。
彼女は密かにお局様とアドレスを交換してたんだ。
気が重かったが、杉田くんに交渉を任せた。
お昼休みも終わりが近づきデスクに戻ると、
「島田さんのフィアンセが上京するので、
4人で食事でもどうです?」
近寄った杉田くんに、しぶしぶOKした。
四国の彼とは、どんな人だろう?
ゴールデンウィーク前の3日間は仕事が滞り、会社では珍しく残業が続いていた。
それでも、連休後半に取り付けた潤平君とのデートを楽しみに、 わたしはどこにも寄らず、自宅と職場の往復の日々を過ごした。
金曜日にショップのオープンを控えた紀未は、てんてこ舞いのようで、顔さえ会わすことはなかった。
当日は仕事帰りに、花束を持って駆けつける予定である。
10連休もあるというが、カレンダー通りのうちは、土曜日からの五連休。
その日は、お局様との会食が待っている。
世間でいう、連休初日は昭和天皇のお誕生で、多くの人がすでにそのことを忘れ去っているように思える平成の世。
朝寝のわたしはお昼前にベッドを抜け出し1階のテーブルで、
ぼんやり、ごはんをしてると、電話が鳴った。
「さやか、わたし。
この前は、どうもありがとう。
あなたに会えて顔を見れて、どれほどうれしかったか。
ずっと前から思っていた。
さやか、あなたに、謝らないといけない。
御免なさい。
許してください」
「もういい。
この前も美佐子は、そう言って頭を下げたじゃない」
「だって、わたしはあなたを騙して利用した。
パリで、あなたに電話しよう、手紙を書こう、
そう思いながら、ずるずる生活に追われ、疲れ果てていた。
日本に戻っても、相変わらず不安の日々が続いて。
それは、もう話したわね。
主人のモリは、観光ビザの来日で、スタンプ切れまで1ヶ月。
それまでに入籍を済ませ、わたしの夫ということで、
ビザの延長申請をしなければならない。
まず市役所に行って、それから入管が勝負だと思う。
さやかにこんな愚痴をこぼして、すまないわ。
でも、あなたしかいないの。
さやか、聴いてる?」
「うん。
愚痴があったら、いつでも何でも、聞いてあげる。
それ以外の相談には乗ってやれないけど。
赤ちゃんは元気?」
「ルイは元気よ。
やっぱり、野生の血が半分入っているから、
ハイハイもできないのに、重くて力が強いのよ」
「元気が何よりよ」
「ねえ、潤平君って、
さやかの彼なの?」
「まあ、そういうところ」
「彼、可愛いわね」
「可愛いといわれる歳じゃないけど」
「それで、どういうお付き合い。
結婚するの?」
「まさか!」
「でも、お似合いのカップルに見えるけど」
「そう!」
「ムニョスと友達なんでしょう?」
「そう、みたいね」
「ムニョスは、もうすぐ国に帰ることになっていて」
「えっ! 本当?」
「本当よ。
だって、とっくにビザが切れてるし。
トラブルを起こす前に、帰らないといけない。
そうするほうが利口なの。
彼は日本が好きで、いつまでいたいようだけど、
そうもいかないから」
「それで、ムニョスはいつ国に帰るの?」
「たぶん、来月の半ばだと思う」
「潤平君は知ってる?」
「うん、知ってる。
あなたが来る前に話していたから」
「そうなんだ!
美佐子、また、電話して」
「ありがとう。
あなたに会えてうれしかった。
それが伝えたくて。
さやか、近いうちに、彼と遊びに来て。
じゃあ!」
悲しいふりして、うれしかった。
これで、二人のデートをムニョスに邪魔されない。
ごはんもそぞろに、ウキウキ気分で部屋に戻って、
わたしはベッドに転がり、ほくそ笑んでいた。