自然、戦跡、ときどき龍馬

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2019-01-21 22:25:22

巨大トーチカの如き海食洞門・梶谷洞門(伊方町梶谷鼻)

テーマ:洞穴や隧道(廃線や戦跡を除く)

【愛媛県屈指の海食洞門と岩塔】

愛媛県内で有名な海食洞門と言えば、松山市北条鹿島の石門が挙げられるが、去年夏の西日本豪雨で崩壊してしまった。しかしそれとは比べ物にならない位の巨大海食洞門が伊方町にある。それが日本に数ヶ所しかないという、海岸に石灰岩が露出している梶谷鼻にある梶谷洞門(仮称)である。

 

この洞門は陸から若干沖にある岩の島を覆う形で存在しているが、その特徴は片側(海側)が旧日本陸軍のトーチカに似ている点。銃眼部に当たる所に洞門が開いているのである。

 

このように四角く穴が開くのは、地質が剥離性のある片状石灰岩のため。つまり、海食だけで穴が貫通したのではなく、ある程度海食された後、岩が剥離して穴が貫通したもの。風食作用があったことも想像できる。

 

もう一つの特徴は、洞門の海側と陸側では穴周囲の外観が全く異なっている点。陸側は普通の海食作用による洞門のような景観。但し、これは飽くまで離れた所(岬の尾根)からの見た目であり、双眼鏡等で拡大して見ると縞状節理が横に走っているのが分かる。

 

その陸地と洞門の岩島との間はV字の水路のようになっており、Vの下部の海面はエメラルドグリーンとなっていて美しい。海底の白砂が影響しているものと思われるが、残念ながらV字下部の浜へは一定の長さのザイルがないと下りられない。

 

梶谷鼻の突端付近には高さ20m近くありそうな岩塔がそそり立っており、洞門と併せて奇勝を形成している。

太公望が訪れそうな場所だが、先日は一人もいなかった。干潮時以外は何割かが海没するためかも知れない。

 

訪れたのは大潮の干潮時。この時を選んだのには理由がある。梶谷洞門のベストショットを狙うには、岩島向かいの傾斜のある磯の海面近くに立つ必要があるからである。大潮の干潮時以外であれば、洞門岩の左側が視界から切れてしまうため、全景を捉えることができない。

 

岩塔横の磯から洞門を撮ることもできるが、その角度だと洞門の中に空が映らない。映るのは遠方の山の斜面であり、その暗さから洞門が開いていることが写真からは分かり難い。それに全景を捉えることもできない。故に大潮の干潮時でないとだめなのである。

 

梶谷鼻は自治体が発行したマップにも記載されてはいる(洞門の記述も)ものの、岬名が記された道標は一ヶ所しかない。アプローチはまず、佐田岬半島の名取の名取口バス停があるY字路を右折する。そして名取トンネル南の「三崎ドライブイン」跡の三差路を左折。ほどなく現れるY字路は「上り」の道路に右折。すぐまた現れるY字路も道なりに右(「真っ直ぐ」と言うべきか)

 

X字路に下りると前方左の道へ。ほどなく現れる左急カーブの三差路は右折。この道路が最も南に振った所の右カーブ部路肩に駐車する。但し、「作業場」とスプレー書きしている所は避けるように。

 

そこから岬に向けてコンクリート車道(私道)が下りている。この終点まで行くとみかんの収穫ケースが積まれた所の左から下る踏み跡を辿る。ウバメガシの中、一本道が続く。

 

洞門の陸側が見える地点まで来ると、路面がザレて滑り易くなるので要注意。

左手の岩を抜けた地点で一見、踏み跡が消えたように思えるかも知れないが、更に薄い踏み跡が左手のザレ場斜面を下っている。

 

岬尾根の踏み跡は石積み台座の祠跡のような所まで続いているが、その細長くなった尾根の起点部から左下のザレ場を下れば、撮影スポットへの近道になる。しかしできればまず岩塔を探訪して、磯伝いに歩いてスポットに行った方が安全。

 

洞門岩島側面の向かいまで来ると、下は切り立っており、足がすくむ。しかし南の海側は岩が平たくなっているから安心。それでも撮影時は足場をよく見て撮るように。特に風が強い日は要注意。

 

この後移動し、超ミニエンジェルロードを探訪後、陸地にある小さな海食洞門を発見した。以前紹介した今治市と西条市との境界、大崎ヶ鼻にある洞門より小さいが、しゃがんで潜り抜けることができる。

 

その後は11年ぶりに権現山へと移動して展望台(添付写真)や山頂から写真を撮った。

今後も無名の海食洞門(正月旅行時にも徳島で発見)記事を投稿してほしい、という方は次の二つのバナーをプリーズクリック。

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2019-01-17 19:31:35

妖怪村の神秘の滝壺「宮渕」と子泣きじじい伝説発祥地(三好市)

テーマ:素晴らしい景勝地と史跡

[ネット初公開のエメラルド]

徳島県三好市山城町(旧三好郡山城町)の藤川谷街道(通称・妖怪街道)を中心としたエリア「山城大歩危妖怪村」は、’07年、世界妖怪協会(初代会長は故・水木しげる)から「怪遺産」として認定された。

 

その理由は山城町に約60種、150ヶ所ほどの妖怪・物の怪伝説があり、地域振興に取り組んでいるため。

中でも「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する児啼爺(「こなきじじい」の正式な漢字)の伝説発祥地として有名。他に山爺(やまじじ)と野鹿池山(のかのいけやま)の龍神を合わせ、「山城三大妖怪」と呼んでもいい位。

 

山爺は拙著でも記したように、坂本龍馬が文久22(脱藩する前月)に通った阿波北街道(土佐街道の一つ)沿いの岩屋にも居た。

 

野鹿池山は高知と徳島県の登山愛好家なら皆、登ったことがある有名峰で、高所にある野鹿池が龍神の棲み処だが、龍神は時折、若い「乙姫」に変化(へんげ)し、藤川谷街道を人里へと下ってくることがあった。

 

それとは別に月二回、龍神は下名羽瀬の二所神社北西にある宮渕を訪れていたという。それはその渕の上に野鹿池山の本社から勧請された野鹿池神社があるため。

 

山城妖怪村には、このような神や妖怪伝説のある渕が何ヶ所もあるのだが、いずれも現地に案内板がなく、明瞭な道もないから探訪は容易くない。それでも宮渕だけは二所神社が目印となるため、場所は分かり易い。

 

その神社は車道沿いにないものの、下り口に碑の建つ広場があるため、すぐ分かる。境内から簡易トイレを経て宮渕上流(藤川谷川支流)に下りることができる。

 

写真では光が反射して分かり辛いと思うが、渓流は「吉野ブルー」と呼びたい位、青く澄んでいる。この渓流は吉野川の二次支流(藤川谷川支流)になる。

岸や飛び石伝いに宮渕のやや上まで下ることができるが、そこの左岸(南岸)の岩壁上に野鹿池神社らしき、小さな木造の祠がある。

 

宮渕を探訪するには一旦道路に戻り、徒歩で何十メートルか北西に引き返し、道路沿いに建つ小屋の少々手前の下り易い所から適当に植林帯を下る。

南寄りを下りて行くと、南の岩盤沿いから岸辺に下り立つことができる。

 

そこから若干下流を飛び石伝いに対岸へ渡渉する。尚、雨後等の増水時は長靴が必要かも知れない。

対岸から上流に向けて進むのだが、すぐ上流には岩が張り出しているため、少し植林帯を上り、岸に近い歩き易そうな箇所を進む。

 

その岩の上を乗り越すとまた岸辺に下りる。この辺りの水深は浅いものの、やはり吉野ブルーとなって美しい。

ここでもすぐ目の前にまた岩が張り出しているため、再度植林帯に這い上がる。

 

ほどなく滝の音が間近に聞こえてくるので、再び岸辺に下りなければいけないのだが、その本来の下り口は、過去の台風や豪雨等で路盤が消失して崖状になっていた。

「ザイルがないと下りられないか」と諦めかけていたが、近くに木のつるが垂れ下がっていたので、いの町の釈善の滝探訪時のように、それをザイル代わりにして下り立った。

 

岸辺に下り立ってもすぐ先にはまた苔が生えた滑り易い岩が張り出しており、それを慎重に乗り越すと遂に宮渕が全貌を現した。

写真では伝わりにくいかも知れないが、日光が当たっていない日陰にも拘らず、渕はエメラルドグリーンが美しい。

 

水深がいの町のにこ淵や姥ヶ淵より浅いため、日陰でもエメラルドの色が鮮明に出ているのかも知れない。但し、浅いとは言え、水深は人の背丈以上ある可能性がある。

 

この渕も滝壺でもある訳だが、滝の落差は5m程度。天辺奥の激流も滝の一部だとしたら、二段で落差は10m弱ほどになるかも知れない。しかし水量は多いため、迫力はある。滝の「動」と滝壺の「静」が絶妙。滝の上部には先程見た野鹿池神社がある。

宮渕から流れ落ちる渓流は岸から張り出した岩によって、くの字に屈曲して流れ、下流の淵へと落下していた。

 

二所神社に車で来るまでの間、国道分岐から藤の里公園までは「妖怪街道」として、各所に妖怪の木のオブジェがあるが、児啼爺だけはオブジェではなく、石像として設置され、側には絵馬掛も置かれている。解説碑の碑文は京極夏彦によるもの。

 

児啼爺伝説の発祥地、即ち、昔、村人が児啼爺を目撃したのは街道背後の山、水無山(1061m・下の写真が山容)東のアザミのたお(峠・970m)で、そこにも京極夏彦の書による「児啼爺發祥の地」碑が建立されている(上の地図と更にその上の写真)。

児啼爺伝説が初めて公にされたのは昭和13年、柳田国男編纂の「妖怪名彙」によって。これを元に水木しげるは子泣き爺の姿形を生み出した。

 

碑が建立された頃は、峠からの展望は抜群だったが、現在はやや茅が茂っている。東屋やトイレの窓が一部なくなる等、寂れた観がある。

尚、峠には小川平林道が通っているため、車で行くことができる。但し、現在、林道起点手前は通行止め(3月まで)になっているから、二所神社に到る道路の分岐(名保育所前バス停)から西方のY字路(平バス停のやや手間)から上がり、小川平林道に出なくてはいけない。

 

トイレ奥から作業道を辿り、途中から尾根に乗ると15分ほどで水無山に登頂(上の写真が山頂)できる。展望はないが、比較的明るい。

復路は西の送電鉄塔まで下り、そこから林道に下りれば回遊できる。

妖怪村の他の美しい滝壺も調べて紹介してほしい、という方は次のバナーをプリーズクリック。

2019-01-10 18:28:18

高知県第二位のイルミネーション・1/14迄(大月町)

テーマ:素晴らしい景勝地と史跡

[ツツジの絨毯が電飾絨毯に]

高知県内のイルミネーションの中では、規模が第二位ではないかと思われる、15万球を使用した「コーラルイルミネーションin Otsuki」が今月14()まで開催されている。

 

開催場所は、以前紹介した不動滝の近くにある道の駅大月に隣接するふれあいパーク大月。ここは初夏、ツツジに覆われるが、3500平方メートルの斜面を覆うツツジの花の絨毯がそのまま電飾の絨毯に変わる様は圧巻。

 

「イルミ群落」の外周を一周できる他、内部に縦横に歩道が走っているため、イルミの海に分け入ることもできる。

最下部はステージのようになっており、そこにはタツノオトシゴを始めとした魚や亀、珊瑚等の電飾ランタンが設置されている。

 

最上部には電飾ツリーの森があり、その真ん中を電飾ロードが通っている。

中間部にはイルミ群落を端から端まで貫く長い電飾トンネルが通っている。このトンネルが一番ロマンチックだろう。点灯時間は17:0022:00

 

県内一の規模は以前も紹介した28万球の四万十町・水車亭(みずぐるまや)のイルミネーションで、こちらも期間は114日まで。

 

中国・四国一の規模は以前紹介した香川県のNEWレオマワールドで250万球(全国第4)。こちらの開催期間は四国最長の4か月間で、33日まで。今シーズンは通常のプロジェクションマッピングの他に西日本初となる3603Dマッピングも導入されて更にパワーアップしている。勿論、例年通り、人工オーロラショーもある。

 

去年、仕事等が忙しくてイルミネーションを楽しめなかった方はこの三連休、イルミネーション巡りをしてみては如何?

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