次世代に遺したい自然や史跡

次世代に遺したい自然や史跡

毎年WEB初公開となる無名伝承地や史跡、マイナーな景勝・奇勝を発表。戦争遺跡や鉄道関連、坂本龍馬等の偉人のマイナー伝承地も。学芸員資格を持つ元高知新聞主管講座講師が解説。

[報道実績]高知放送、NHK徳島局、RKCラジオ、高知新聞、愛媛新聞、徳島新聞、山口新聞、防府日報等々。


「長州・龍馬脱藩道」「大回遊!四国龍馬街道280キロ」「龍馬が辿った道」「四国の戦争遺跡ハイキング」「四国の鉄道廃線ハイキング」「土佐のマイナー山シリーズ」(各ロンプ刊)、出演舞台DVDの購入法については、「プロフィール」ページ
を参照下さい。





フォートラベル・サイトへの投稿再開トラベラーページ


高知県内の無名峰(大半が著書未収録峰)や関西のハイキングコースのコースガイドはヤマケイのマイページ



○'13年より、コメントを戴いても「ブログの訪問返し」ができない状態になっております。
○当方は相互読者登録を行っておりません。


★古い記事のコメントへの返答はせず、削除する場合があります。

<なぜそこにそれが>

過去、SNSにアップしたものや、当ブログで紹介したモノのセレクト記事。因みに入院は今月中旬以降も続く予定。

 

(1)  姫塚(香川県綾川町)

ヤマケイの「香川県の山」の前山の項に載っていたので有名だが、実際に現地でこの塚を見ると、一瞬、首がない姫の石像かと勘違いしてゾッとする。

平家落人の姫君がこの地まで落ち延びてきたが、供の侍が討たれたため、自害した。その埋葬地だという。

 

(2)眉山山中の姿見鏡(徳島市)

眉山の東山腹を走る道路が、石段と交差する側にかつてあった姿見。夜、ここを通るとゾッとするが、現在は擁壁の壁面に移動している。

(3)縁切さんの刃物 (高知市)

以前、伝説の詳細を紹介した、白鳳時代の三人の墓の内、「ヒメサマノハカ」と「ウバサマノハカ」が縁切さんと呼ばれ、昔から夜な夜な刃物を供える者が後を絶たなかった。

 

が、’90~’00年代頃は、世話をする僧がいて、刃物を見つけると撤去し、近くの病院の給食室で勤務する妻に渡し、彼女は料理に使用していた。使用することが供養になるのだ、と。

が、その僧も高齢になり、世話する者もいなくなり、覆屋も崩れてなくなった今、供えられた刃物はそのままの状態で錆びついている。

 

(4)嶽山権現の舌出し面(愛媛県愛南町)

これは一番ゾッとした。以前紹介した三浦権現山山頂の嶽山権現に掛かる巨大な面。一体、何に対して舌を出しているのか。

以上、入院中なので簡単な記事しかアップできないが、再手術の可能性も出て来たため、入院は5月下旬以降も続くかも知れない。

簡単な記事でも更新はしてほしい、という方は下のバナーを是非。

散歩・ウォーキングランキング
散歩・ウォーキングランキング

<香川の架空の友>

先週、途切れ途切れにいくつも短い夢を見た日があったが、大部分は忘れた。

 

《シーン1・旧車で追いかけろ》

何人かの仲間(架空の)で、何かから逃げているか、何かを追いかけているようだったかも知れない。

道沿いのコンクリート地面に駐車していた白いベンツのような旧車に急いで乗り込み、出発した。

《シーン2・香川の友:高松編》

高松市にある架空の植物園のような所にいる。ここには、高松市の怪談ライブに通う客同士として、友人になった男女何人かがよく来る所で、暇な時や彼らに会うため、当方もよく来ているようだった。

 

実際、2023年秋から2024年初頭は何度か高松市の複数箇所で開催されていた怪談ライブを聞きに行ったり、時には飛び入り参加する等していた。客の人数が少ない時は、客同士仲良くなることもあり、当方もその客らとSNSをフォローし合っている。但し、プライベートで直接会うような関係ではない。

園内の山道を友人同士で登っていく若者の後ろ姿を見る。

駐車場からの眺めはいいので、ある程度の高所か。

 

《シーン3・香川の友:奈半利編》

前述の香川の友人たちと、奈半利町の架空の自然豊かな観光地にいた。時間は夕刻。が、雰囲気的には前述の高松市の植物園のようでもあった。但し、それほどの高所ではない。

自然の中の観光地ではあるが、レストランやカフェ等いくつかの飲食店があった。

《シーン4・食べられない輪切り》

「感覚的に」料理の具材として、何かを輪切りにしていた。

が、場面がどこかの登山道になり、道沿いに細長いポールがずらっと立ち並んでいた。どうも、輪切りにしているのは、このポールのようだった。

 

「こんなもの、食べられないではないか。」と思い、輪切りにしていた「感覚」をやめようとしたところ、起床した。

今回もいつものように「なんやそれ」的な夢だった。

「なんやそれ」でもいいから、ブログの更新は続けて欲しい、という方は下のバナーを是非。

<坂本龍馬と劇団ひとり先祖は武市瑞山と共に>

入院は最低、来月中旬頃まで続く予定だが、退院後、アップ検討記事や、踏査検討事案を述べたい。とは言え、予定は永遠の未定。

 

以前、龍馬の倉敷市滞在伝承について、少し触れたかも知れない。その時、当方は龍馬の滞在時期については、薩長同盟に奔走している頃だと思っていた。伝承の内容自体、詳しく伝わっていないせいもあるので。

が、去年、その滞在施設が地域のひな祭りイベントに参加していたこともあり、寄って、関係者に簡単に(その方が多忙だったため)話を窺ったところ、龍馬が訪れたのは脱藩する前で、武市瑞山らと一緒だったというのである。

 

しかも目的は勤王派との交流ではなく、倉敷の商業の視察だというのである。

勿論、正式な記録には、龍馬と瑞山が藩の許可を得て、岡山へ旅立ったという記載はない。

他にもう一ヶ所、岡山市の某寺院。この滞在伝承を主張しているのは、一人の龍馬ファンだけで、当方も含め、全ての龍馬研究家や歴史研究家は無視しており、当該寺院にもその伝承はない。しかし住職は触発されてしまい、客殿に「龍馬の間」(一般には非公開)を作ってしまう始末。これを記事で説明して正したい。

 

次に踏査検討事案。劇団ひとりの先祖が「土佐の幕末最大の悲劇」の被害者の一人の勤王家であることは有名だが、その先祖の脱藩の道を辿ってみたい気はある。脱藩理由の一つは、武市瑞山の釈放嘆願。

が、脱藩ルートの踏査については、平成期に郷土史家が行っているので、今更当方が踏破する意味はないかも知れない。それに片目になった身では、遠近感等が取り難いので、山道を歩くことはできないかも知れない。

因みにその先祖の上司の家からは、「飴買い幽霊」的霊が出ており、現在でもその女性の墓は、先祖邸跡の近くにある。

 

次回、「アップ検討記事(2)」では、今年、月刊ムーに掲載された龍の写真に着目し、調べると淡路島のある山でも目撃されていたこと、その山には古代ユダヤ、出口王仁三郎、古代宇宙船等が関係していること等を挙げたい。ただ、院内Wi-Fiは一日に何度も接続制限があるため、なかなか記事がアップできないことが多々ある。

 

入院中も退院後(退院後も再手術で短期入院予定)も興味深い記事をアップして欲しい、という方は下のバナーを是非。

にほんブログ村 歴史ブログ 坂本龍馬へ
にほんブログ村

<最も恐ろしい失明原因>※院内Wi-Fiでブログ更新

先日、県内で最も医療設備が整った病院(紹介状により)で右眼の手術を行ったが、既に手遅れだった。緑内障の他に白内障も発症しており、網膜はボロボロ。正式な病名は「急性網膜壊死」。

 

医師によると、「今迄こんなひどい状態の網膜は見たことがない。今後、手術を何度か行ったとしても、視力回復は厳しいでしょう。」ということだった。つまり、「あなたの右眼が再び見えるようになることはありません」という失明宣告。

 

しかしこんなに恐ろしい形での失明が他にあるだろうか。

ある朝、目覚めるといきなり片目の視界がベールを纏ったようになり、矯正視力(眼鏡等をかけた状態の)は0.1以下に。

 

それから日毎に視界に映るものの判別ができなくなり、3~4日で、目に映るものの全てが分からなくなった。

それから徐々に視界そのものが失われていき、発症から一週間で失明同然となった。

点滴も点眼も一切効果なし。恐らく、発症の翌日、手術したとしても、失明は免れないのではないだろうか。

 

もう一方の目があるからいいではないか、と言われるかも知れないが、自宅の車庫入れすら、おぼつかなくなり、離合できない幅員の狭い道路は車で通れなくなった。

 

これまでネット初公開してきた各種無名伝承地や史跡、マイナー景勝地等は、そんな狭い道路の先にあるケースが多かったが、もうそのような地へは、行けなくなったのである。

それは、「私が私でなくなった」かのように。

人気ブログランキング
人気ブログランキング

帯状疱疹とヘルペスウイルスが目の網膜を侵蝕し、失明寸前になったことから、今日、入院することになった。

 

期間は最低二週間。1日8時間以上の点滴。

手術の必要が出てくると期間は延長・倍増。

 

しばらくブログ更新ができないので、また。

再起を期待する、という方は下のバナーを是非。