自然、戦跡、ときどき龍馬

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2018-07-16 23:32:57

海岸に五つの滝が!(安芸市・八流の滝)

テーマ:素晴らしい景勝地と史跡

[浜と廃線跡を回遊]

高知県安芸市赤野の八流(やながれ)は四国の覇者・長宗我部元親軍三千余と安芸の領主・安芸国虎軍二千余の兵が激突した「八流古戦場」(矢流古戦場)として有名だが、この地には海岸段丘がある。その段丘には八つの谷がある。崖の段丘に谷があれば、その内何割かは滝となって浜に落下することになる。

 

西日本豪雨から約一週間後の先日、その段丘を訪れてみると、五つの滝を確認できた。その内、最も水量が多く、規模が大きいもの(上の写真と下の航空写真)は以前紹介した徳島県牟岐町の白滝のような瀑布で、滝の斜め後ろから瀑布越しに土佐湾を見ることができる。当然滝の天辺にも立つことができる。

 

他にもそれぞれ異なる崖から落下する二つの滝が並んでいる所もあり、探訪していて面白い。ただ、どの滝も名称がついてないため、「八流の滝」と総称したい。

 

また、廃線跡ファンなら周知のように、この段丘上には土佐電鉄安芸線廃線跡(下の写真)がサイクリングロード「高知安芸線自転車道」として通っており、八流駅ホームの土台も残っている。

更に弘法大師が修行時、洗濯した衣を干した千丈岩やその霊跡を今に伝える四国36不動霊場第15番札所・八流山極楽寺等、見所もある。

 

ハイキングコースとしても推奨できる。四国のみち兼サイクリングロードの休憩所(勿論ドライバーの休憩も可)「赤野休憩所」(下の地図)を基点に、往路は浜を歩いて滝巡りをし、復路は廃線跡を辿って回遊することができる。往路から復路に移る地点には海賊焼き等も楽しめる「レストラン矢流」もあるため、グルメファンのウォーカーやハイカーにもお勧め。

 

コースはまず、赤野海岸を望む赤野休憩所から南東に下る未舗装道を辿る。一応車道だが超悪路。浜に下りるとそのまま歩き、御殿の鼻を目指す。ただ、牟岐町の白滝が落ちる浜とは違い、潮風があまり涼しく感じられないため、猛暑日等はきつい。

 

御殿の鼻を回り込んだ所に最初の谷があり、二段で57mほどの滝(上の写真)が懸かっている。石門のような所から二段目の滝が落下しており、小さいながらも滝壺が形成されている。

 

二段目の天辺(下の写真)にも簡単に登ることができる。その登った所には一段目の滝壺(上の写真)があるが、一段目の滝は落差2mもない。

 

浜歩きを再開するといくつか谷はあるものの滝はない。ただ、滝が落下した痕跡はあるため、豪雨直後は全ての谷に滝が懸かっていたかも知れない。

 

やがて広めの谷に達すると左右、二つの滝が見える(上の写真)。左側の滝(下の写真)は二段ほどで最初の滝よりは落差があるものの、水量は劣る。

右側の滝は三段ほどで岩盤を伝って流れており、下部は滑滝になっている。左側の滝よりは水量が多い。「八流夫婦滝」と呼んではどうだろうか。

 

最大の滝はかなり手前から見えているが、そのすぐ手前の岩盤からも水量の少ない直瀑滝が落下している。「八流簾滝」と呼んでは如何か。

 

最大の滝は三段で落差は十数メートルほどか。一段目が岩に当たって弧を描くように二段目が落下しており、形がいい。記念写真にももってこい。但し、滝壺はなく、水は地面に吸収されている。この滝は極楽寺の下方に懸かっていることから「極楽滝」と呼んではどうか。

 

こちらの滝も瀑布の右岸(西岸)の崖を簡単に上がることができるが、所々セメントの残骸があるため、昭和期はコンクリート階段が設置されていたのかも知れない。

 

滝の天辺(下の写真)の西側斜面には、広島県の大崎下島で見たような煉瓦造りの水路隧道跡のようなものがある。更に上流を見ると意外な光景が。何とここから上流の川床がコンクリートで固められていたのである。

 

但し、水路になっているのではなく、川床と岸の下部のみがコンクリートで覆われている(下の写真)。これは東岸上部に極楽寺が建っていることから、豪雨による崩落を防ぐためだろう。

 

滝の南東沖に亀形の岩があり、その奥に一際大きな上面が平らになっている岩があるが、これが千丈岩(下の写真)である。この岩を見下ろす地に極楽寺が建立されている。

 

この付近だったと思うが、小さな海食洞(下の写真)がある。

その次の谷の奥は擁壁となっており、レストラン矢流の裏手の廃線跡へと階段が上がっている。廃線跡サイクリングロードは地元民の散歩道となっている。

 

レストランの南西向かいに極楽寺がある。大正年間の建立で、本尊は一願不動尊。一願かけると心願が叶うという。境内にはかなり古い五輪塔の上部のみがあるが、これは中世か近世に建立された八流合戦の供養塔だろうか。

極楽寺の西側は極楽滝の上流の沢が暗渠のようになっている。

 

栗山建設の西側が土佐電鉄八流駅跡の島型ホーム(下の写真とその下の地図)。西側の建物の土台もホームの一部である。

陸橋を抜けると赤野休憩所に上がる道が現れる。

 

Ps: 今日は先日放送された「FNSソフト工場・ミライ結社 山里〜消えゆくお宝を救え!〜」のロケで久松郁実氏のメイクさんが滑落したため、一行が到達できなかったいの町の姥ヶ淵に出かけた。にこ淵を一回り小さくしたようなその神秘なる地は後日紹介したい。

 

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2018-07-12 06:48:49

海軍白木山高角砲台からの真宮島エンジェルロード(周防大島町)

テーマ:大日本帝国の秘密基地

[探照灯台座基礎と砲座の一部]

以前、少し触れた山口県周防大島町の海軍白木山高角砲台跡だが、たまたま白木山頂(374.3m)からの展望画像を見返していると、小豆島のエンジェルロード(天使の散歩道)のような島が写っていることに気づいた。

 

その島は道の駅サザンせととうわの沖に浮かぶ真宮島(しんぐうじま)である。しかし撮影当時は地形図を見ると陸続きになっていたから、てっきり潮の干満に関係ない陸繋島と思っていた。が、実際は干潮時刻の前後3時間ほどだけ陸続きになる島だった。

 

ネットでは「真宮島エンジェルロード」等と書かれることもあるが、四国の小豆島の本家に倣うより、同じ中国地方の岡山県瀬戸内市牛窓沖の島に倣い、「真宮島ヴィーナスロード」(本家は黒島ヴィーナスロード)と呼称する方がいいのではないだろうか。

 

地図を見ると二つの島の総称が「真宮島」であるかのように記されている。地形図では手前の島には建物マークが描かれている。仮にその島を「真宮南島」と呼ぶ。南島は道の駅の東端の施設裏から防波堤で繋がっており、干潮時にはその周囲に砂洲が現れる。もしかすると南島は一周できるかも知れない。

 

その沖の島を仮に「真宮北島」と呼ぶが、干潮時には南島と北島の間に蛇行する砂洲の道が現れる。「真宮島スネークロード」と呼んでもいいかも知れないが、蛇行する砂洲は珍しいものではない。

 

真宮島の北東沖には別の特徴的な無人島もある。浮島の南に浮かぶ乙小島(上の写真)である。島全体が砂の盛土のようになっており、採石等で島の原形を留めていない。

 

白木山山頂への車道(県道白木山線)’00年代に入り、通行止めになった模様で、当方が訪れた’10年時も復旧していなかった。そのことは現地に行って初めて知ったことなので、以前の記事で説明したように、その場で地形図や住宅地図を見て、現存していそうな登山道(上の写真)を地図上で探し、登った。

 

上り口は白木漁港と地家室の港を結ぶ県道108号の最高所の三差路(上の地図)。ここから山中の石引集落へと進む。車道終点から古道になるが、この道は地形図(安下庄)にも記載されている。集落唯一の人家や観音堂(石観音)、稲荷大明神の鳥居を過ぎて東から北へと進んで行く途中の道沿いに、壕跡のようなものがあったように記憶している。

 

古道は石引集落北方の県道白木山線のヘアピンカーブに繋がっている。後は県道を山頂まで登るのみ。この車道沿いの標柱には青色の野鳥がとまっていた。

駐車場からすぐ上の山頂へと遊歩道を登っている途中に海軍の水槽がある。

 

山頂一帯は園地として整備されており、以前も説明したように、砲台施設はこの園地造成時、徹底的に破壊された。それでも現在、三門の砲座跡を確認することができる。地面にいくつか石板のようなものが見えるが、これは砲座壁面の砲弾置場の天辺等である。

 

中には少しだけ、置き場が見えているものや、砲座壁面のカーブが確認できるものもある。掘り起こして地面から飛び出ているコンクリート残骸もある。

昭和16年、12.7cm高角砲4門と150cm探照灯2基が設置された。高角砲の残りの一門は山上の北東部にあったと思われ、跡形もなくなっている。探照灯の1基も同様。

 

山上の南西部のツツジの際には六角形のコンクリート台座があるが、これが残る一基の探照灯の台座基礎である。現在、駐車場になっている箇所にも何らかの施設があったものと思われる。

 

ところで余談だが、山口県と小豆島には他にもエンジェルロード(ヴィーナスロード)が存在する。前者は田布施町の馬島と刎島との間、後者は島の東部、南風台と城ヶ島の間である。因みに高知県東部にも机上では見つけているが、探訪は秋になるかも知れない。

 

この夏に高知県東部のエンジェルロードを探訪して記事を投稿してほしい、という方は次のバナーをプリーズクリック。


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2018-07-06 00:10:02

岸部一徳似の石仏(三好市・黒沢湿原)

テーマ:素晴らしい景勝地と史跡

[四国の尾瀬に岸部一徳似の空海が]

以前紹介した徳島県三好市の四国最大の湿原でサギソウが有名な「四国の尾瀬」こと黒沢(くろぞう)湿原だが、ここには弘法大師を祭った「黒沢大師堂」がある。

 

湿原の南寄り西方の支流沿い、池田町大利側へ越える峠道(峠は605m独立標高点)の上り口付近にその小堂はある。一応、現地の案内図板にも記されている。

 

弘法大師が巡錫時、ここを訪れたから堂が建立されたものと思われるが、中を覗くと地蔵石仏と並んで石造りの弘法大師座像が安置されている。この弘法大師像、顔は誰がどう見ても岸部一徳なのである。故にこの支流の「岸辺」に立ってそのことを「言っとく」。このことを三好市観光協会に伝えたい。

 

白鷺が羽ばたく様に花弁が似ているサギソウについては、黒沢湿原は四国では愛媛の蛇越池(医王池)湿原と並ぶ二大名所で、その花期は7月下旬から8月中旬。お盆期間に行けば確実だが、その期間はヒツジグサ(白い睡蓮)も多く咲く。

 

ヒツジグサは高知では牧野植物園やモネの庭でも見られるが、やはり庭園の池ではなく、自然の湿原の中にある池に浮かぶように咲くヒツジグサは趣がある。尚、ヒツジグサは未の刻(14時頃)頃に開花し、夕方には花が閉じるので湿原に行く際は時間に注意。

 

当方が探訪した盆期間にはそれらの花以外にツルアジサイやコオニユリ(上の写真)、キキョウ(下の写真)、オミナエシ、ナガバシラヤマギクも見られた。

 

尚、当方は湿原の回遊遊歩道をそのまま辿った訳ではなく、前半は無名峰、黒沢山(614.3m・下の写真が山頂)に登頂後、前述の峠まで縦走したため、歩かなかった湿原西岸の北部には他の何種類かの花が咲いていたことだろう。

 

なにせ黒沢湿原は300種余りの山野草が咲く位だから。最南端にある「たびの尻滝」も見逃せない。独自設定の黒沢山から黒沢湿原回遊ルートは→四国の尾瀬・黒沢湿原と黒沢山回遊

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