言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸 -14ページ目
11月からあっという間に
12月に入り、
気づけば12月24日に。
12月24日、クリスマス・イブ。
本来は、
イエス・キリストの生誕を祝う日ですが、
日本ではクリスマスというと、
クリスマスケーキにチキン、
クリスマスプレゼント。
家族で食卓を囲んだり、
あるいは、
カップルで過ごしたりする。
ライフスタイルが多様化している昨今、
いろいろな過ごし方があって良いと
思います。
「クリスマス」を意識せず、
いつもどおり過ごすというのもあり。
でも、やっぱり、ちょっぴり、
「何かイイことあったらいいのになぁ」
と、ちょっと意識して考えてしまう
自分がいます。
何か「キセキ」みたいなこと
起こらないかなぁ、と。
イイ歳して、
何を考えているのやら。
いや、歳はカンケイない。
ワクワクして、イイんです。
それが本当の、
嘘偽りのない、
正直な気持ちだから。
世間で
一人でクリスマスを過ごすのは、
さびしいことだと言われ、
「独り身」であることに
劣等感を感じたり、焦ったり、
「独り」でも平気だと、
自分に言い聞かせ、
なんともないように
「努力」していたら、
そのうち、
本当にそれが「普通」になってきたかと
思いきや、
12月に入ったあたりから、
スーパーで流れる
クリスマスバージョンの有線が
耳に入ってくると、
心が妙にザワザワして、
居心地がよくなくなってくるあたりに
自分の本心に気づかざるを得ずだったり。
それだからか、
一緒にクリスマス・イブのひとときを
過ごすことを考えてくれたり
楽しみにしてくれる人が
いるということが、
とってもうれしくて、
ありがたくて。
ただそのときを
一緒に過ごすということが、
どれだけ幸せなことか。
一緒に過ごすことそのものが
「キセキ」かも知れない。
それは、クリスマス・イブに
限ったことではないけれど、
「クリスマス・イブ」というと、
やっぱり「特別な日」だから、
一緒に過ごすひとときも、
いつも以上に、
大きな意味のあることなのかも
知れない。
一緒に同じときを過ごす温かさ、
心の交流。
それでは、Merry Christmas!
久々に風邪を引きました。
秋のアレルギーかな?と
思っていたものの、
水曜日の朝起きると、
喉がイガイガし、
これは、ついに来たなと、
確信しました。
そろそろやらかす=風邪引く
だろうなぁと、
思っていましたが、
案外、意識のどこかで
そろそろ風邪を引きたかったのかも
知れません。
そう言うと
不謹慎かも知れませんが、
なんとなく、
体内に「いろいろなもの」を
溜め込んでいるような気が
していました。
なので、体的に、
それらをそろそろ、
「外に」出したかったのではないかと
思うのです。
今回、風邪薬を飲まず、
自分の治癒力を信じて
自然に治すことにしました。
1日目、2日目は、
出てくるものを素直に排出。
1日目は夜も眠れず、
夜通し排出。
2日目はまとまった時間
眠れるようになり、
一気に回復に向けて進んだ感あり。
そうこうしているうちに、
3日目になると、
ふと自分の部屋の中に意識が向き、
部屋の整理整頓や掃除を
したくなってきて、
布団のシーツを洗い、布団を干して
部屋の床の拭き掃除をしたり、
お風呂場の排水溝や
洗面所の掃除をしたりし、
4日目は、
クローゼットや書類の整理をしました。
いろいろな意味で、
体の毒素排出が進むにつれて、
身の回りも一緒に
きれいにしたくなったようです。
体も、心も、部屋も、家も。
あれこれと、
内に溜め込んでいくと
やがて毒になっていく。
はじめのうちは、
ちょっとしたことならば、
すぐに解決できても、
塵も積もればなんとやらで、
我慢したり、
抑え込んだり、
見て見ぬふりをしたりして、
それらよくないものを
どんどん溜め込んでいくと、
手の施しようがなくなっていきます。
何事も軽症のうちに手を打つと、
なおりも速いです。
今回、風邪を引いたことで、
いろいろと気づきもあり、
引くべくして引いた風邪だったと
思っています。
かといって、
これから12月の年末に向けて、
イベントが目白押しのシーズン。
と言っても、
今のところ予定はそんなにないけど、
早く治して、元気になろう。
仕事の関係で、
1泊2日で兵庫県豊岡市に
行って来ました。
2日目は、
宿泊先だった豊岡から、
電車で南へ二駅先の江原駅に
移動し、
そこから、
お迎えに来てくださっていた
お車で、日高町にある
目的地に向かいました。
JR豊岡駅にあった、
コウノトリ支援自動販売機と、
豊岡市全域の案内図です。
本当に広範囲で、
北は、美しい海岸線を描く竹野海岸や、
日和山公園、
関西の名泉・城崎温泉に、
ハチ高原や神鍋高原などもあります。
さて、2日目は、
但馬方面の方々や、
JRの方々の温かいお心に
触れた機会がたくさんありました。
朝、豊岡駅から江原駅に向かうとき。
2両編成のワンマンカーで、
電車内には、
わたしを入れて3名ほどでした。
発車時刻になったとき、
豊岡駅のアナウンスで、
「あと2名のお客様ご案内です」とあり、
2名の方が乗車完了を待ってから、
出発したのです。
そう、
出発を待っておられたのです。
始発・豊岡駅、終着・福知山駅でしたから、
短い距離の路線とはいえ、
都会では考えられない光景。
地域密着のローカル線ならでは、
なのかも知れません。
車窓には、
延々と黄金色の田園と
山々が広がります。
出張先では、
みなさんとても温かく迎えてくださり、
心温かいひとときとなりました。
そして、用務が終わり、
但馬をあとにしました。
電車待ちのときにやってきた、
快速・天空の城竹田城跡号。
極上の雲海を見ることができる、
兵庫県朝来市にある、
竹田城をデザインした電車。
こちらも、但馬ならではです。
さて、復路では特に、
JRの方々の温かいお心遣いにふれました。
みなさん、とてもご親切に
してくださいました。
温かいお心にふれて、
帰りの特急こうのとりの中で、
ジーンとなりました。
温かいやさしさに、
感謝あふれる旅となりました。
仕事の関係で、
1泊2日で兵庫県豊岡市に来ています。
厳密には、
仕事は2日目のみで、
初日は完全フリーです。
電車で神戸から豊岡に行くには、
JR姫路駅経由で特急はまかぜに乗るか、
JR尼崎駅経由で特急こうのとりに乗るかの、
2通りがあり、
わたしの周りの方々によると、
一旦尼崎駅まで出ないと
いけないけれど、
電化してる
特急こうのとりの方がいい
とのアドバイスをいただいたので、
尼崎駅まで出て、
特急こうのとりで但馬方面へ
向かうことにしました。
とはいえ、
せっかくなので、
寄り道しながら行くことに。
尼崎駅から、
兵庫県丹波市に位置する柏原駅で
下車。
本当は、篠山口駅で降りようと
考えていましたが、
柏原駅がちょうど尼崎駅と豊岡駅の
中間辺りに位置するため、
柏原で降りることにしました。
ちょっと駅の周りを散策。
2時間ほど、柏原周辺を散策し、
再び北をめざします。
柏原駅から福知山駅行の
特急こうのとりに乗車し、
福知山駅で、
京都駅発の城崎温泉行の特急きのさきに
乗り換え、豊岡駅へ。
豊岡といえば、
天然記念物コウノトリの街。
なんと、豊岡に着いて早々、
空高くにコウノトリが5羽ほど
飛んでいる姿を見ることができました。
イイことありそう!
オーベルジュ豊岡1925で
カフェ利用。
香り高い紅茶をいただいて
ひと息ついたら、カバンストリートを散策。
豊岡は、高品質で名高い
豊岡鞄の産地でもあります。
そして、せっかく豊岡まで来たのだから
もう一足のばして、
城崎温泉に行くことにしました。
山陰本線の普通電車に乗ること
約10分。
城崎温泉といえば、
この街並み。
浴衣に下駄で、七湯めぐり。
せっかくなので、
城崎温泉駅に近い「さとの湯」に
浸かることに。
30分もしないくらいで、
体がとっても温まりました。
さすが松葉ガニ漁解禁直後だけあって、
人が多く、
外湯はどこも混雑しているようでした。
そして、城崎温泉に着いて
一目惚れしたカニ弁当を
夕食にいただきました。
せっかく城崎まで来たのだから
カニを食べないわけにはいかず。
そして、豊岡の夜を楽しみ、
明日に備え、1日目終了です。
よくある話かと思いますが、
例えば、恋愛関係において、
待つか、待たないかの件。
付き合い始めた当初は、
相手の方からLINEやメールが届いたり、
やりとりもスムーズで
返事もある。
それが、
そのうち、
こちらからメールを送っても
返事が来なくなる。
やがて、
「仕事が忙しいから」だとか、
「体調が悪いから」だとかで、
二人で会うことを避けるようになる。
はじめのうちは、
「仕事、忙しいのね」
「忙しくて、風邪気味なのかな」
と、思う。
が、それが続くと次第に、
「わたしのこと、どう思ってるの?」
と、不安になったり、
疑いの気持ちが芽生えてくる。
でも、
「いつか、仕事が落ち着いたら」
「体調がよくなったら」と、
期待する気持ちもあり、
待つようになる。
いつかって、いつ?
よくなったらって、いつよくなるの?
いつまで待てばいいの?
だんだん、そんなふうに
考えるようになる。
その、「いつか」の「いつ」って、
来ない。
仕事が忙しい?
忙しくても、1分もあれば、
LINE1行でも送れる。
本当に会いたいという気持ちがあれば、
なんとかして時間をつくろうとする。
そのときすぐには難しかったり、
急な用事だとか、
急な体調不良だとかでも、
時間をつくれる頃や、
体調がよくなる頃を見計らって
代替案を提示することだって可能。
完璧な人間なんていない、
ど忘れしてすっぽかしてしまった
なんてこともあるかも知れないけれど、
相手に対して大切な気持ちがあれば、
あとからフォローするはず。
そういう
「前向きな行動」がないということは、
それが答え。
その気がないから、
行動が伴わないのです。
もしかしたら、
相手も何か思うことがあって、
本当は言いたいことがあるけれど、
二人の間に微妙な空気が流れていて
言えなかったり、言いそびれたりとかで、
ちょっとすれ違いが起こっているのかも
知れないけれど、
そんなときも、直接話をした方がいい。
待つか、待たないか。
いつまで待つか。
「待って欲しい」だとか、
「いついつまで待って欲しい」と、
具体的な提示があれば
待つのもありかも知れないけれど、
何も言われていないのに
待つのは、
あくまで自分が待つことを
選択した結果。
「待って欲しい」と言われたのでなければ、
待たなくてもいいわけで。
相手が会いたいと思っているならば、
連絡が来るし、
自分から会いたいと連絡してもいい。
アタマの中で考えを
あれこれと巡らせるより
直接聞いて答えを出した方が
スッキリするし、速い。
でも、それが怖くて
なかなかできなかったりするけれど、
それも関係性の事実を
現している。
心に思っていることは、
行動に反映されるものです。
行動と瞳は、正直です。

