個別指導クリエイト日記 -43ページ目

個別指導クリエイト日記

神戸の少人数制指導塾、個別指導クリエイト。
日々生徒と体当たりで勉強の楽しさを伝えている先生の奮闘記

うちの塾に通い始めて約1年のある1人の生徒がいます。

彼がうちに通いだした頃は、こちらからの問いかけにもあまり反応がなく、問題をやらせても今の学年の内容に全くついていけてない状態でした。入ってからしばらくはこのような状態が続いていましたが、昨年の秋くらいから少しずつ目に見えて変化が現れてきました。よく話すようになったし、問題に対する積極性も出てきて、毎週やっている百マス計算も見る見る速くなってきて・・・。でも、学校の成績はまだついてきていませんでした。

今年になって、数学の一番最初に出てきた単元が、教え方が良かったのか、本人の得意分野だったのかわかりませんが、めざましくやる気になってある程度の難易度の問題であれば、一人で簡単に解いてしまうほどになりました。まだ英語は数学ほどやる気がでてないようですが、この1年ほどの間で、すごく進歩したと思います。まだ定期テストではそれほど成果が現れてきていないけど、私は彼のこの努力の「過程」を評価してやりたいと思うので、今はそっと見届けているところです。

では、彼の勉強に対する姿勢がどうしてこんなに変わったのか・・・。それは間違いなく「自分で解ける」という実感を味わったからだと思います。勉強なんて誰だってしたくないもので、ましてや人にあれこれ言われて解けても何も面白くもありません。やはり最終的には自力で解けるのが一番の薬です。では、学校の勉強にもついていけないような子どもに自力で解けるようにしてあげるにはどうしたら良いか。

それは愛情を持って焦らずにじっくり噛み砕いて教えてあげるしかないでしょう。そして、あとは本人の態度の問題でしょう。「これだけ一生懸命に教えてくれてるから頑張ってみよう」という気持ちです。注意されて機嫌が悪くなるようではいくら教えても成績は上がらないでしょう。塾では生徒と講師の信頼関係が大切です。注意するのは担当している生徒のことが嫌いなのではなくて、本当になんとかしてあげようと思っているからだと、理解してもらいたいものです。

昨日は公立中学校の卒業式だったのではないでしょうか?

卒業すれば、6年間の小学校・3年間の中学校生活を経て(中には就職する子もいると思いますが)ほとんどの子どもたちは高校へ進学します。

中学を卒業するということは「自立する」ということだと私は思います。

今までは、どのような家庭環境の子どもたちにも、どのような学力の子供たちにも同じように学ぶ権利がありました。これは、日本の教育のすばらしい点だと思います。

しかし、卒業してからは一人ひとり道が違うのです。一言で、高校進学と言っていますが、それぞれ行く高校は違いますし、行きたい高校には試験に合格してやっと、行くことができるのです。

まず、行きたい高校を決める!しかし、行きたい高校と行ける高校が違う場合も少なくはないでしょう。当然ながら、希望する高校には「なぜ、その学校に行きたいのか」という明確な理由があるでしょう。そして、中学3年生は何度も進路指導を受けながら最終的に受験校を決めたのだと思います。

今まで、15年間生きてきて、初めて自分の人生を自分で選択したのではないでしょうか。「自立する」とは”自らひとりで立つ”と書きます。人に頼らないで、自分のことは自分でできるようになる。自分の歩む道を自ら選んで歩いていくのです。その重みをどれだけの生徒が感じているのでしょうか。

うちの塾生も全員、受験した高校から合格通知をいただき、進学が決まりました(公立の発表はまだですが・・・)。その高校は、最初に自分が行きたかった高校ではないかもしれません。逆に、自分が一番行きたかった高校かもしれません。しかしどちらにしても、選択したのは自分です。その選択に責任を持ってください。中学を卒業し、一歩を踏み出すことになるならば、「自立」して人生を歩んでいってください。高校進学が決まった子どもたちを見ていますと、合格した時点でもう満足して、そこで止まってしまいそうな子どもたちが少なくありません。まだどの道を行くかの方向を決めただけで、一歩も歩いていないのですよ。

みなさんには、たくさんの希望と未来があります。

『中学を卒業すること』=『自立すること』の重みを感じてもらって、言わせてください。

”卒業おめでとうございます”

本当におめでたいことだと思います。たくさんの人に感謝して、笑顔で「ありがとう」と言えましたか?感謝できる人はすばらしいと、私はいつも思っています。


(KT)

私立高校の受験も終わり、ほっとした雰囲気が流れる中、公立受験を控える生徒はやっと受験生らしい顔つきになってきました。あと10日ほどなのでがんばってほしいです。

そして中には、専願で私立高校が決まり退塾を決めた生徒もいます。担当していた生徒の最後の授業。本当は希望していた公立高校に行ってほしかったのですが、結局間に合わせることができず自分の力不足を強く感じていました。その話をすると、『塾に来てなかったらもっとできてなかった。先生今までありがとうございました。』と言われ、この生徒は中3になってからうちの塾に通い始めてまだ1年足らずしか経ちませんが、その一言で報われた気がしました。

ありがとうと言われたくて塾講師をしているわけではありません。クリエイトには正直なところ、補習塾である性質上やる気満々の生徒は多ありません。毎回のようにお説教をしないといけない生徒に好かれたいわけでもありません。『先生はこの塾で2番目に嫌いな先生。』なんて言われたこともあります。今、気づかなくても将来、あの時があったから・・・などと思ってもらえたらそれで十分です。

それでも私も1人の人間。感情があるので『ありがとう。』と言われると嬉しくなります。やっていてよかった、また頑張ろうと思う瞬間でした。『高校になってわからないことがあったらいつでも戻っておいでよ。』と言うと、その生徒はにっこり笑ってうなづいていました。

さて、4月になるとまた新たに受験の年を迎える生徒達がいます。新3年生は早くも受験意識が高くその期待の反面、責任感をすごく感じています。生徒の意識を大切に今からできる限りのことをして、来年第一希望の高校に合格できるよう、また新たな気持ちで頑張っていきたいと思います。

最後に私立高校に合格したみなさん、合格おめでとうございます。本当に嬉しく思います。部活や勉強も頑張って楽しい高校生活を送って下さい。そして公立高校の受験を控えているみなさん、あと少し頑張っていきましょう。


(YE)

昨日、うちの講師の1人が、英和辞典と電子辞書について書いていました。

それを読ませてもらって、同じ考えを持ちました。

私もこの塾を開いてこれまでの間、いろいろな生徒と関わってきました。算数や数学だけでなくもちろん英語も教えてきました。そこでわからない単語が出てきた時などに、その生徒個々の性格やこれまでの英語の勉強の仕方がよく現れています。

うちの塾にも一応電子辞書は置いてあります。ただ、私は生徒に「わからない単語があるから辞書貸して下さい」と言われた時には、絶対に電子辞書は貸しません。別に嫌がらせをしているわけではありません(笑)。やはり苦労して自分で調べるからこそ覚えていくというか、やはり電子辞書に比べて格段に1000ページ程もある本から調べたい1つの単語を探し当てるのは大変です。でもそういう大変さを知らなければ単語は覚えないでしょう。「わからなかったらキーを叩けば出てくる」という感じでラクをしているから、いっこうに単語が覚えられないのではないかと思うからです。だから辞書を貸してと言われたら、必ず太い英和辞典を生徒に差し出します。塾においてある辞典は、ほとんど私が学生時代や社会人時代に買った辞書です。あまり線を引いたりするのが好きでなかったので、中身はキレイなままです。きちんと丁寧に使ってあげれば、10年も15年も使えるのです。それに、電子辞書はいわゆる【行間】を読めないのです。引きたい単語しか目に入らず、「あ、この単語この前出てきたなあ・・・」とか「これってこういう意味もあったんだ・・・」という発見がほとんどありません。これが現在の子供たちの単語力不足につながっているのではないかと思います

英語でわからない単語があったら自分で辞書を引きましょう。すぐに人に聞く生徒もいますが、自分で苦労してみましょう。辞書を引かせようと貸したら「本の横についているアルファベットがうちのは1列だけどここのは2列になってる」とか「家では引いたことがない」とかいうつまらない言い訳をしたり、1つの単語を引くのに10~20分かかる生徒もいますが、辞書を引くことも英語の授業のうちです。家でもきちんと自分の辞書を買って使いこなせるようにして下さい。

学生のみなさんは英和辞書を持っていますか?和英辞書を持っていますか?それとも電子辞書を持っていますか?

クリエイトには、1つの電子辞書があります。この辞書は、塾の講師たちが使うものであり、私の私物ではありません。自宅には、私の辞書があります。

最近では、入学のお祝いなどに電子辞書を贈ることも多くなりました。持ち運びには軽くてコンパクト!また、1つで英和も和英も何通りにも使える大変便利な辞書として、喜ばれるのでしょう。

今の社会では、携帯電話に著しく現れていると思うのですが、ものはどんどん便利な方向に、時代は急速に進んでいます。便利にこしたことはないかもしれないのですが・・・私はふと、考え込んでしまうことがあります。

さて、本題の辞書に話を戻しますと、学生にとっては便利な辞書(=電子辞書)を選ぶのではなく、英和辞書を選んでいただきたいと思うのです。この前に読書の大切さを書きましたが、できれば、本を選ぶのと同じように辞書も自分で選んでほしいと思います。

なぜなら、自分だけの辞書を自分で作り上げてほしいからです。

自分だけの辞書には、いろいろなことを書き込むことができます。赤線やアンダーラインを引いたり。ページを折り込んでも構いません。使っているうちに、何回も同じページを開くためか、すぐに開いてしまう癖がついているページができるかもしれません(笑)。さらに、電子辞書と決定的に違うのは、開いたページにたくさんの単語や熟語が並んでいることです。電子辞書ならば、調べたい単語や熟語を調べるには充分ですが、横道に逸れるということがありません。

たとえば、look after という熟語を調べたいとします。英和辞書で調べるには、lookをまず探します。lookの用法から始まって、熟語がたくさん並んでいて・・・。a をつけて、ちょっと見ること【take a look】と書いてあります。開いたページには、lose についてもたくさんの意味が書いてあるのが目に飛び込んできます。すなわち辞書を引くことで、自分が知りたいと思った情報以上に得るものがあるのです。時間がない時には、それは目に入らないでしょうが・・・。

電子辞書は、塾に1つ置いてあって、誰が使ってもいいように調べる手段の道具としては適していると思うのですが、学生時代、学習に使うものとしては”自分だけのONLY ONE辞書”を持っていて使いこなしてほしいと思うのです。

そして、”ONLY ONE辞書”がこの先、宝物となればこんな素敵なことはないでしょう。


(KT)