小説:17歳のジャズ、而して、スーパーカブ -30ページ目

17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第9話

 隆志は、僕と同じで、頭がだいぶ足りないと思われてきたし、そう思わされてもきた。でも、それは、お勉強やら市民やら、ついでに公民とやらという疑わしい定義から、ずれているというだけだったんじゃなかな。隆志には、本能的な頭のよさがあった。上っ面だけの常識とやらにそぐわなかったんだ。そうなんだ。あの犯罪者は、頭がいいんだ。自称愛国者の自己欺瞞を見抜いたり、洗脳を避けたりする頭の冴えてる犯罪者なんだ。いまでもそうさ。あいつの瞳の奥にあるのは、知性だ。凶暴な知性だ。あいつ、瞳の奥でそいつを輝かしていた。いまでもそうさ。さすがは、チョンだ。バカチョンカメラだ。伊達に、差別されてきたわけじゃない。隆志は、差別大学を主席で卒業してるんだ。いや、主席で万年留年といったところかな。差別大学は、人生大学なんてものじゃない。そんなふやけたところじゃない。あいつ、差別幼稚園から差別大学まで物凄い成績さ。


 なあ、隆志、お前さ、差別大学院まで進学してさ、差別博士号を取得してさ、差別教授にでもなってさ、差別しまくれよ。経営者もいいけどね。


 「この差別野郎っていう意味だ」


 僕は、差別と被差別を混同していた。いまもそうだ。僕も、相変わらずさ。


 「意味がわからねえけど、お前もそうだろが、啓太。俺たち、似てる」


 「髪型がそっくりだよな、坊主頭」


 「病院で、刈られたのか?」


 「まあな、僕のスパイクな頭が気に入らないってさ。ほんと、世界中、差別野郎ばかりだ。うんこもらしどもめ!」


 僕は、毒づいた。毒って癖になるよ。こいつを書き始めてから思うんだけど、文章マニュアルに従おうとしても、毒だらけの腐臭すら漂う文章の連なりの連続だ。


 このうんこもらしどもめ!


 文体っていうのも、滅茶苦茶だよな。けどさ、世界は、論理や理論なんかで成り立ってはいないんだ。世界は、感情で成り立ってるんだ。学者っていう高慢ちきなのが書いたマニュアルには、論理がどうの、理論がどうのとかさ、日本語とは、とかさ、まあ、差別してやればいいよ。僕は、差別する。ついでに、人の文章も盗むよ。


 「世界中か! 世界ってどんなだ? 俺、見てみたい」


 「銀行強盗でもして、カネをかっぱらって、世界を見てこいよ、バカチョンカメラでも片手にさ」


 僕がそう言うと、隆志はうな垂れてしまった。だから、僕はあいつを元気付けるためにこう叫んだ。


 「チョン! チョン! チョン!」


 叫びながらも、僕は隆志を観察していた。いい標本だ。僕ら、見た目が兄弟みたいに似ていると気付いた。そうすると、後は話が早い。年々、似てきていると思い始めたんだ。坊主頭、童顔、背は高くないけど、ボクサーみたいな体型だ。ボクサーという言葉は、あいつには禁句だったけどさ。それは、本物の差別用語だったんだ。隆志の父ちゃんは、ボクサーで、八百長試合中に殴り殺されるっていうね。リングの上で完膚なきまでに殺されるほどのボクサー。


 最高だ。


 「おい、隆志、傷ついちゃったのか?」


 「いや」


 あいつは、まだうな垂れていた。僕は、ほんの少しだけ心配になりかけた。チョンなんてあんまりじゃないかとかじゃなくて、三度も叫ぶなんてことにさ。侮辱罪とか、名誉毀損罪とか、それに値する罪とかさ、ドストエフスキーとかさ。僕の傍らには、『罪と罰』があったんだしさ。


 「旅行しようぜ」


 隆志は、あのバカチョンは、瞳の奥で凶暴な知性を爛々と輝かせて言い放った。


 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。


 

17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第8話

 キチガイという言葉は可愛らしい調子も感じられる。けど、役立たずという言葉はかなりの差別だ。チョンとかバカチョンカメラとかよりも酷いような気がする。気のせいかな? 隆志は、「俺、チョンだ」とか「俺、バカチョンカメラだ」とかと日常的に言っていた。でも、「俺、役立たずだ」なんて一度も言ったことなんかないよ。そんな言葉がテレビだとかで垂れ流しになってるんだったら、テレビってキチガイそのものだろ。イカレポンチだ。イカレポンチ病院でも、テレビは垂れ流しにされていた。人ってなんて残酷なんだろう。おそらく、人は地球のガン細胞だ。ああ、これは剽窃だ。どっかのトンチキからのパクリさ。文章マニュアルに書いてあったよ、人の文章を盗んではいけませんって。いま、僕は公然と盗んだ。ほら、僕は、やはり自覚してるんだ。役立たずの犯罪者っていうことをさ。


 実はさ、僕はさ、ドストエフスキーからも盗もうとしたんだ。もしかすると、知らず知らずのうちに、盗んでいるかもしれない。でも、そうでないことを願いたい。。だって、彼は役立たずだから。僕は、ドストエフスキーのキチガイに嫉妬してるんだ。妬んでるんだ。やっかんでるんだ。僻んでるんだ。あの髭面にさ。卑下してるんだ。


 そうさ、僕は盗人の賎民さ。


 この役立たず!


 「なあ、夏が来たっていうのにキチガイ啓太君は何を読んでるの?」


 「ドストエフスキーさ。ロシアのキチガイだ」


 「ロシアってソ連のことか?」


 「ソビエト社会主義共和国連邦」


 受信したかのようにすらすら言った。


 「それ何だ?」


 隆志のあれがまた始まりそうだった。


 「だから、ソビエト社会主義共和国連邦」


 僕は、ぶっきら棒に言った。


 「そんな難しい言葉を知ってるなんて凄いよ! 啓太、お前、凄いよ! 将来、絶対に偉い人になるぜ!」


 「まあ、落ち着けよ」


 僕は、なおもぶっきら棒に言った。


 「隆志、質問はもういいのか?」


 ロシアとソ連。社会主義。革命。


 「質問? 何か言ったか?」


 「いや、気にするな」


 「啓太、お前は偉い人になる。俺は経営者になる」


 そういうと隆志は夢でも見てるみたいに心ここにあらずの状態になった。いつものことだ。だから、僕はそっとしておいた。あいつは、そのうち戻ってくる。


 「僕は、未来なんかどうでもいいと思ってるんだから、てめえ、この経営者野郎め」


 あいつは、戻ってきていた。愛しそうに溜息なんかついてさ。突然、しゃきりとして、こう言った。


 「『僕』っていうのと喋り方、おかしいぜ」


 「あ?」


 「あ?じゃねえよ。俺さ、うまく言えねえけど、きちんとした喋り方が啓太には似合ってるよ」


 「あ?」


 「だから、あ?じゃねえってば。お前は、偉い人になるんだから、『僕』っていうのもいいけど、『わたし』とか『わたくし』とかって言えよ。喋り方ぜんたい、乱暴だ。そんなんじゃよくない。本に書いてある喋り方、ちゃんとしろよ」


 「僕! 僕! 僕! ぶっ殺せ! ぶっ殺すぞ!」


 僕は、キチガイみたいに転げ回った。 


 「よせよ。冗談にするな。真剣な話なんだ」


 「僕はね、隆志の夢、いつも真剣だって思ってるよ」


 僕は、ニヤつきながら言った。


 「じゃあ、お前、そんな服を着るのもやめろ」


 僕は、セックスピストルズのあのアルバムのTシャツを着ていた。いつも着ていた。近所のゴミ捨て場を漁っていたときにみつけたんだ。あの有名なアルバムのジャケットそのままの奴。みつけたときには、小躍りして、人も殺さんばかりだった。ずっと欲しかったんだ。いつか手に入れてやるって狙っていたんだ。万引きする気はあった。でも、あのバンドに敬意とやらを表して、それはやめていたんだ。もっとも、彼らは僕が万引きすれば、ニヤリと薄笑いを浮かべるかなとは思っていたけどさ。セックスピストルズってほんとに腐った奴らだよな。感心するほど腐った奴らだ。最高だ。隆志も経営者になるための腐り加減を学べたはずさ。腐った奴らのやり方って、「凄いぞ!」 ほとんど着てないTシャツを捨てる奴も、「凄いぞ!」 それを毎日、着てる奴も、「凄いぞ!」 いや、そんなことはにわかには信じられませんね。


 「にわかには信じられませんね、わたくしは」


 「え? 何だって?」


 隆志の瞳が疑問符か何かで知性を帯びてきた。


 凶暴な知性だ。


 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。

17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第7話

 僕は、隆志のバイクの爆音を聴きながら、白けた顔して、庭に寝転びながら、ドストエフスキーの戯言を考えていた。それは、陳腐どころじゃなかった。ろくでもないことを、さも一大事と彼は考えていたのだろう。僕は、書くのは好きじゃない。でも、彼は、書かずにはいられない脳みそを所有していたのだろう。何でも書き殴らずにはいられない、そんな性質なんだろう。僕は、人を殴るのは好きだ。彼も、そうだったはずだ。書くのと同じくらい人を殴るのが好きだったんだ。そうに違いない。まず間違いない。『罪と罰』か。なるほど。このタイトルは、なかなかストレートなパンチだ。


 隆志も、人を殴るのが好きだ。大好きだ。大好き過ぎる。だから、あいつもドストエフスキーみたいな犯罪者のことを気に入る。そうに決まってる。僕も隆志も、きっとドストエフスキーも自覚的な犯罪者だ。自分たちの仕出かした犯罪のことなら、何だって冗談にしてしまうような、犯罪者だ。ドストエフスキーの奴は、大犯罪者だ。戯言を書き殴って、歴史まで殴った。文学史を殴りやがったんだ。とんでもない変態野郎さ。僕や隆志なんか、奴に比べれば可愛いもんさ。


 ドストエフスキー、てめえ、キチガイだ。


 戦争狂みたいにキチガイだ


 隆志のバイクは、エンジンのなかで戦争でも行われてるみたいだった。相変わらずだった。僕は、期待していた面もあったんだ。精神病院から帰ってきたら、あいつの精神のほうが治ってるんじゃないかって。そんなことは全然なかった。


 隆志、てめえ、キチガイだ。


 ところで、キチガイという言葉は、テレビなんかじゃ放送できないそうだ。でもさ、キチガイはさ、勝手に受信してしまうんだぜ。クルクルパー病院でもたくさんいたよ。そんなのがたくさんいた。僕は、そいつらを殴りまくっていた。ドストエフスキーみたいに殴りまくっていた。ああいう病院ではさ、虐待が横行している、なんてよく言われるけどさ、確かにその通りだったけどさ、普段から殴り慣れている看守みたいなのより、僕のほうがよほど残酷だったよ。だから、放り出されたんだ。きった看守みたいなのの自尊心という奴を傷つけてしまったんだろうね。僕は、あそこでこう思った。どっちが病人なんだろうって。看守のほうが病人さ。おっと、また陳腐だったかな? それに、看守っていうのも差別用語か何かなのかな?


 「キチガイでも見る目だな」


 「あ?」


 「あ?じゃねえよ、啓太」


 「何だ、隆志か、お前さ、全然病気が治らないみたいだな」


 僕は、隆志を見上げていた。隆志は、ジャズに跨ったままだった。


 「啓太、久しぶりに会っていきなりだけど、お前、キチガイだぜ」


 「いま僕はキチガイにキチガイと言われました」


 僕は、棒読みした。棒読みのそのセリフは、キチガイらしくて笑えた。でも、笑わなかった。隆志も笑わなかった。


 「……無視する。キチガイ啓太君、死んでるのかと思ったぞ。こんなところで転がって……、ふつう、この音で気付くだろ?」


 隆志は、ジャズのタンクを指で突きながら言った。


 「キチガイはだな、無視する才能を天から賦与されてるんだ、キチガイ隆志君」


 「ということは、俺にもそんな才能があるのか?」


 「あるに決まってるだろ」


 「凄いぞ!」


 隆志は、叫んだ。やはり、あいつのほうが病気だ。全然治ってない。いかにも犯罪者だ。犯罪者って治らないんだぜ。


 そういえば、僕はこれを書くにあたって、文章の書き方マニュアルみたいなのを何冊か読んでみた。ここまで書いてみて、そんなものは糞の役にも立たないということが理解できた。僕のように、がっちりと破綻した人間には、そんなもの役立たずなんだ。


 役立たず。


 これほどまでに差別的な言葉ってなかなかだね。差別そのものだ。これほど人間を冒涜する言葉って、「凄いぞ!」

 

 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。