
大井神社大祭に招かれた吉住小三郎と関所の役人のやりとり‥
三代目芳村伊十郎(二代目吉住小三郎) 寛政11年(1799年) - 嘉永7年(1854年)伊十郎が初めて島田の祭に呼ばれていくときに、箱根の関所で、「貴様は何の商売だ」と問いただされました。

「私は長唄の唄うたいだ」と言ったところが、役人が長唄を知らなかったため、「それだけじゃわからぬからやってみせろ」と言われました。
そこで、「私は島田の祭にいくところで、ちょうど三味線弾きも一緒に連れておりますから、唄ってごらんに入れよう」といい関所でうたって聴かせました。
「なるほどおもしろいものだ、もう一つやってくれ」と役人がいうので、もう一つ唄うこととなりました。
唄い終わると、役人が「もういい、確かに唄うたいであることを認めたから通っていい」と言いました。
しかし今度は、伊十郎が承知しないのです。
「始めは唄うたいというものがわからないからやってみせろ、というからやってみせたのだが、二度目はあなた棣のほうでお頼みになったのだ。
頼まれてうたったので、これは私の商売ですから、ただで帰るわけにはいきません。たってお出しにならないというなら、これから小田原へ戻って訴える」というものだから、役人のほうが、どうもしようのないやつだというので、祝儀をだして通したということです。
(芸の心:吉住慈恭著より抜粋)
面白い話ですね。でも筋は通ってます(^-^)
当たり前ですが、当時江戸から歩いて島田までおいでてくれたって事ですよね。
有り難いと同時に、一流江戸芸人を招き寄せる大井神社大祭の力も大したもんです。
余談ですが、たしか‥彼(2代目)が島田でお金を借りた証文が現存しているとか。
どこにあるのかな?








