日中は穏やかな晴れで暖かい。

職場では今日、電話機がすべて新調された。20台近く。


仕事帰りに、理容院へ。明日は雨らしいから、すいていたら今日行こうと。入店したら、客はいなくて、すぐにやってもらえた。耳回りと首の後ろが伸びて、うっとおしいと思っていたので。


そのあと、市立図書館分館へ。

読み終えた五冊を返却し、新たに六冊借りた。

今日借りた本


麻見和史

「追憶の彼女  警視庁文書捜査官10」

角川文庫、202403


佐々木譲

「密売人」

門川春樹事務所、2011


知念実希人

「神のダイスを見上げて」

光文社、2018-2021


新堂冬樹

「168時間の奇跡」

中央公論新社、2021


伊吹有喜

「常夏荘物語」

ポプラ社、202408


名取佐和子

「銀河の図書室」

実業之日本社、202408




小説以外を最後まで読めたのは久しぶり。

ナラティブ、物語思考に関して論考した本。物語思考が生物が本来もつ能力のひとつだと位置付け、それにより、より良く生きることを実現するために、学び、訓練していこうと述べる。

神経科学を学ぶことからはじめ、その技術を使って、ナラティブ思考に取り組む学者のようだ。

生物の進化に寄与した創造的行動を可能にしたのは、脳内でのシナブスの進化であった。シナプスのネットワーク化により、創造を産み出すことができるようになり、それは、これがあれを引き起こすという一続きのナラティブという形で存在する。だから我々の意識のなかでは、創造性は物語思考として現れる。それによりヒトは新しい行動の連鎖を繰り返すことで、適応のための力となり、ヒトは新たな文化を生み出し、より良い生活を獲得してきた。

そんなナラティブを古代から現代に至る哲学との関係で描いている。現代の哲学の根幹にある論理と、ナラティブとばヒトの能力の両輪であり、どちらかに収斂させることはできない。

なかなか興味深い論考だった。

なんとも後味が悪い結末かな、

近未来とでも言うか、地球に隕石がおち、その影響でコトダマ遣いと呼ばれる百人の超能力者が生まれた。百の動詞とそれらが表す力が予言された。誰がどんな能力をもつか?その力の及ぶ範囲と限界はまだ明らかにされていない。

物の位置を入れ換える力をもつ警視庁捜査一課の刑事永嶺は、その力の限界のために相棒を失ったことから鬱になり、休職していた。

そんな彼を引き抜いて、新たな部署、コトダマ犯罪調査課を立ち上げた三笠。未来を夢で見る力があると言う彼女は、七人の力をもつ者を集めて捜査機関を作った。しかし、警察官は永嶺以外、派出所勤務だった板東だけで、交通課の総務とか研究員とか、力をもつだけの素人。

はたして捜査などできるか危ぶむ流れに嶺だったが。

一見役に立たなさそうな力でも、組み合わせ次第では案外役に立つ。

彼らに対決するのは、ものを燃やす力を持ち、すでに数人を殺してきた犯罪者。

次第に敵を追いつめ、ラスとではどんでん返し。そらにそれさえひっくり返る結末。楽しかったとは言えないな。不気味だ。