今朝6時の検温から、眼科病院での一日が始まった。
朝食後には、視力や視野、眼圧などの検査を受け、その後点眼を済ませて主治医の診察を受けた。

 

結果は、「右眼の手術も問題なく終わっています。決められた点眼を忘れずに続けてください」と言われ、ひとまず安堵して病院を後にした。
ただ、術後しばらくは保護メガネの着用が必要で、洗髪や洗顔、1日3〜4回の点眼も欠かせないし、諸々の活動の制約もある。

普段通りの生活に完全に戻るには、もう少し時間がかかりそうだ。

 

 

退院後は栄の 飲食街で昼食をとり、バスに揺られて家へ戻った。

 


 

街を歩きながら感じたのは、景色の明るさと鮮やかさの違いだった。

 

木々の緑や空の青、ビルの輪郭までもが、これまでよりくっきりと目に映る。

 

長い間、少しずつ曇っていた視界が晴れていくようで、その変化を実感できた喜びは大きい。
何気ない日常の風景が、こんなにも新鮮に見えることに、感動を覚えた一日だった。

 

午前中に右目の白内障手術が終わり、先ほど主治医の

検診で問題なしとの診断を得た。

しばらく独眼竜だが、眼帯を外した瞬間の風景は

 

明るく鮮明だった。

明日の朝にもう一度検診を受けて退院予定。

 

今朝、ラジオ体操で訪れた白川公園では、先日まで水たまりで見かけていたカルガモ一家の姿が消えていた。

 


 

心配になって噴水池まで足を運ぶと、母ガモと十二羽のコガモたちが元気に群れている姿を確認できた。

 

 

 

同じ一家かどうかは定かではないが、小さな雛たちが母ガモの後を懸命に追いかける様子に、胸を撫で下ろした。
一方で、少し離れた場所にメス鴨が一羽だけでいる姿も見かけ、どこか気がかりな思いも残った。

 

 

町内の人たちが設置した二基のシェルターは、コガモたちにとって心強い避難場所になっているようだ。
危険を感じると素早く潜り込み、カラスの襲撃から身を守れるだろう。

 


 

さらに、池には模擬鷹も吊るされており、その効果なのか、今朝はいつも見かけるカラスの姿がなかった。

 

 

天敵対策も十分に施されているので、昨年のような全滅という悲しい事態は避けられるのではないかと思う。
小さな命たちが無事に育ち、コガモが元気に巣立っていく姿を、今年こそ見届けたい。

 

今朝、ラジオ体操で訪れた白川公園の入り口近くの水路で、カルガモの親子に出会った。
行きには姿が見えなかったので、体操をしている間に、近くの茂みから引っ越してきたのだろう。

 

まだピンポン玉ほどしかない小さな雛たちは、ひと塊になって母ガモの後を懸命に追い、元気よく水面を泳いでいた。

ふわふわした産毛姿が何とも愛らしく、見ているだけで気持ちが和む。

 

 

この水路は狭く、時には水が干上がるし、外敵に襲われた時の逃げ場もない。

危険を感じれば雛たちは素早く母ガモの羽の下へ潜り込むのだろうが、12羽もの雛が一度に身を隠せるほどの余裕はなさそうだ。

 

 

去年までは、園内の広い噴水池でシェルターに守られていたが、13羽の雛たちがカラスに襲われ、残念ながら一羽も生き残ることができなかった。

自然界の厳しさを目の当たりにし、胸が痛んだことを思い出す。

 

今年の雛たちには、どうか一羽でも多く無事に成長し、大空へ巣立ってほしいと願わずにはいられない。
見守ることしかできないが、それもまた自然の摂理ということなのだろう。

 

 

 

 

 

 

今朝も5時に起きて身繕いをして、朝の日課をこなした。

空には雲ひとつない五月晴れが広がり、初夏の陽光が朝早くから燦々と降り注いでいた。

 

 

 

白川公園では、いつものようにラジオ体操に参加し、爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込みながら、近所をゆっくり一回りして家に戻った。

 

 

栄三丁目の名古屋総鎮守、若宮八幡社では、毎年5月15日と16日に例祭が執り行われる。

 

 

江戸時代から続く由緒ある祭礼で、名古屋三大祭りの一つとして親しまれている。

境内では、精巧なからくり人形の実演や福禄寿車の曳行、華やかな時代行列などが催され、多くの人で賑わう。

 

 

早朝の境内は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

山車蔵も町内ごとの詰め所も、これから始まる賑わいを前に眠っている。

 

 

お昼からは、名駅のウインクあいちで開催中の「夏山フェスタ」へ行ってきた。

 

 

 

会場には登山用品メーカーをはじめ、自治体、中部地方の有名山小屋、山岳関連団体などが数多く参加しており、登山愛好家たちの熱気に包まれていた。

 

最新の登山用品の展示だけでなく、登山や山岳写真について相談コーナー、各種セミナーやトークショーも開催されていた。

山を愛する人々が集う、まさに山岳関連の一大イベントである。

 

もう以前のように高い山へ登ることは難しくなったが、山の空気や雰囲気に触れるだけでも心が弾む。

パンフレットや山の写真を眺めながら、かつて歩いた稜線や山小屋を懐かしく思い出した。

 

 

毎年この催しを訪れるのも、山への憧れや思い出が今も心の中で生き続けているからなのだろうか。