2024春アニメ 6月8日視聴分 | アニメ視聴日記

アニメ視聴日記

日々視聴しているアニメについてあれこれ

2024年春アニメのうち、6月7日深夜に録画して6月8日に視聴した作品は以下の2タイトルでした。

 

 

アストロノオト

第10話を観ました。

今回を含めて残り3話となりました。今回は8号室にショーインが引っ越してきて、ミラやナオスケと共にカギを探し始める。前回のラストでミラが拓己に話があると言っていたのはショーインが引っ越してくるという話だったのです。葵はショーインが8号室のハチさんだったのかと思うが、どうやら違うみたいだと気付き、ハチさんはどうしたのだろうかと不思議に思う。

一方、松原のテルルンとしてのライブの日が迫ってきて、拓己はミラをライブに誘い、その前に水族館に行くという約束も取り付けて浮かれます。更に拓己はショーインが自分の作った朝食の美味しさに感動しているのを見て優越感に浸るが、その夜はショーインの歓迎会でショーインが買ってきた高級料理店の料理の美味しさに感動させられてしまい屈辱を感じる。

そんな中、ゴシュ星のスパイがミラを襲おうとして地中から攻撃してきて松原が巻き添えを食ってライブ前なのにケガしてしまう。それでも松原はライブに出ると言う。松原はもっと楽になれるものを好きになっていれば幸せになれたかもしれないと少し後悔を口にして、ミラには何かなりたかった好きなものは無いのかと問い、ミラは特に無かったと答える。ミラは自分の責任で松原がケガしたと思い、あまり楽しむ気分になれず水族館行きは中止となるが、ライブは行くことにする。

一方、ショーインは拓己に弟子入りをして料理の修業を始める。理由は、ミラが拓己の料理を食べて幸せそうにしていたから、ミボー星に帰ってからもミラに拓己の料理を食べさせてあげたいからなのだという。それを聞いて拓己は快くショーインに料理を教えます。その話を拓己から聞かされて、ミラは拓己も自分にミボー星に帰ってほしいと思っているのだろうかと思い少し寂しく思う。そして拓己が料理人になろうと思った理由が、他人が美味しいものを食べて嬉しそうな顔をしているのを見るのが好きだったからだと聞き、ミラは猫を見て嬉しそうにしている拓己の顔を見て自分も嬉しくなったので、拓己のその気持ちが理解できたように思えて嬉しくなります。

そうしてミラと拓己はテルルンのライブに行きますが、テルルンである松原は自分はいつまでアイドルを続けるのだろうかとステージ上で悩み、いっそ辞めようかとも考えるが、観客の応援してくれる姿を見て、やはり自分はアイドルをやっている時が一番幸せだと思い直してアイドルを続ける決意をします。そしてミラは拓己に料理を教えてもらい自分も料理を作れるようになろうとする。そうしているとゴシュ星のスパイが拓己を襲ってきたので不審に思ってミラ達がアストロ荘の映像で状況を精査してみたところ、過去のアストロ荘の庭が現在よりも広かったことが分かり、現在は道路が拡張して庭ではなくなったいる部分の昔の映像を見てみたところ、そこにカギがあったということが判明したというところで今回は終わり次回に続きます。次回はいよいよカギが見つかり、ラスト2話はミラがミボー星に帰還する話とか、ゴシュ星のスパイの反撃とかの怒涛の展開になっていきそうですね。

 

 

ガールズバンドクライ

第10話を観ました。

今回は仁菜が新曲の作詞をする話であり、それに絡めて仁菜が帰省して家族との問題に決着をつける展開が描かれました。仁菜の成長を描いた重要エピソードであったわけですが、凄いエピソードでしたね。毎回が神回のこの作品なので、もちろん今回も内容的にも大感動の神回なんですが、それだけじゃなくて、ガールズバンド作品で主人公の成長をここまでガッツリ正面から描くのかと驚きました。

ガールズバンド作品の登場キャラというのは、普通は若くて未成熟で何かしら欠損があって、それが原動力にもなっているし魅力にもなっている。現実世界ではそういう未熟なままでは成功しないんですが、アニメでは未熟なままでも成功してしまうファンタジーな物語を描いてしまったり、成功するところまで描かず学生バンドのレベルの物語で完結させてしまったりするのが通例です。そうする理由は、主人公が未熟なままの方が物語を安易に作りやすいからです。成長させてしまうと物語が転がしにくくなってしまう。もちろん友人関係や家族関係の改善とかの形で「成長」を描くのは全然問題は無いんですが、今回のエピソードなんかは一見すると家族ドラマみたいに見えてますが、実際は仁菜のクリエイターとしての成長をガッツリ描いているわけで、ここまでガールズバンド作品で踏み込むのは異例だと思います。

仁菜というのは周囲と上手く付き合っていけない欠損を抱えた人間であって、それが仁菜のロックの原動力になっている。だから仁菜が成長してしまうと仁菜のロックの原動力が失われるように思えてしまう。しかし、ずっと上手くいかない人間なんていないわけで、例えば貧乏が不満でロックを始めた人間が金が儲かるようになってロックが出来なくなるわけではありません。つまり創作の本質は不平不満にあるわけではなくて、もっと別のところにある。それが何かを掴むことがクリエイターとしての成長なのです。主人公をクリエイターとして未成熟なままで描くことで物語を転がすことが通例のガールズバンド作品で、そこまで主人公のクリエイターとしての成長をガッツリ描いたという意味で今回のエピソードは凄いと思ったし、それを最終話ならともかく最終話の3つ前のエピソードでやってしまったこの作品は凄い英断をしていると思ったのです。

ただ、この作品の場合はまずそういう描き方をすることによって、物語を転がす余地を残すことが出来ている。今回のエピソードでの仁菜の「成長」はあくまでクリエイターとしての成長であって、人間として成長したわけではない。他人と上手く付き合っていけない欠損自体はあまり改善されていないのだと思います。相変わらずワガママで甘えん坊で迷惑なことばかりするところはおそらく変わっていない。だから相変わらず愉快なキャラのままなのであり、突然聖人君子に変わったりしていないのです。ただ変わったのは「そうした欠損をロックの原動力とすることを卒業した」という一点だけなのです。これがとても大事なのであって、退路を断って前に進んだ人間が、退路が復活してもまだ前に進めるのかがここでは問われている。退路を断つだけならプロになるだけだが、退路が復活してもまだ前に進める者だけがプロの世界で更に高みを目指せるのです。こういうクリエイターとしての成長のみに絞った描き方をすることによって、この物語はレベルの高いストーリーを描きながら同時にキャラの面白みは失うことなく活力を失わずに済んでいる。

それでも仁菜の家族関係が円満になってしまうことで物語の山場を越してしまった印象はある。だが、まだ仁菜の過去には「ヒナとの関係」という最大の謎が残されており、これは今回解消した家族や学校のイジメに関するわだかまりとは別個のものとして残ったままです。だから、残り3話を盛り上げる余力はちゃんと残っている。むしろ、残り3話でヒナとの因縁をガッツリ描くためには家族関係のゴタゴタはノイズになるので最終話の3つ前のエピソードで処理しておく必要があったのでしょう。だから、おそらくここからのラスト3話が最大の山場なのであり、ここから更にボルテージが上がっていく。

ヒナとの関係がどういうものであったのかはまだよく分からない。今回のエピソードではイジメの主犯はヒナとは別に存在していたかのように描かれていたが、そうなるとヒナとはイジメとは無関係に揉めていたのか、あるいはやっぱりヒナがイジメにも関わっていたのか、そのあたりもまだ不明です。それでも今回のエピソードの結果、家族を含めて地元との関係で仁菜はトゲトゲを出すことが無くなって不満は解消しているみたいなので、イジメ事件でヒナが黒幕で罪を上手く逃れているという状況ではないのだと思います。ただ、おそらく仁菜は家族の前ではもうトゲトゲは出ないでしょうけど、ヒナの前ではやはりトゲトゲが出るのだと思います。この作品は、OP映像のラストで「現実の仁菜がトゲトゲ仁菜の手を振り払って飛んでいく」と描かれていることに象徴されているように、仁菜がトゲトゲ頼りを卒業してロックの道を飛翔していく物語であるのだと思われますから、最終的にはヒナの前でもトゲトゲを出さないようになったところで今期の物語は完結するのだと思います。今回の家族関係のトゲトゲ解消はそこに至るための第一歩であったのだと思われ、物語は次回以降ますます佳境なのでしょう。つまり回を重ねるたびにピークを更新していく状態であり、そうなると無双状態といえる。まぁ、すばると祖母の話もあるでしょうし、もしかしたらルパの過去回もあるかもしれませんけど、何にせよ上手く構成してくるでしょうね。

そういうわけで、まず今回の話の冒頭はいつものライブハウスでのトゲナシトゲアリのライブの後、ライブハウスの外の路上での仁菜たち5人の様子から始まります。前回の話で智も本音でぶつかる覚悟を決めて新曲も順調に仕上がってきており、フェスに向けての準備も整いつつあるトゲナシトゲアリは、その更に先に目指すプロデビュー実現のために今日も地道にライブでの知名度アップを図っており、ステージだけでなく、物販も気合を入れているのだが売り上げはイマイチみたいです。

そもそも仁菜がダイヤモンドダストに対抗してプロデビューするための方法をネットで検索して採り入れた手法の1つであり、普通にメジャーデビューを目指す路線の手法なのです。それは結局はダイヤモンドダストがやっていることと同系統のやり方なのであり、その路線でデビューする気があるのなら桃香はとっくにダイヤモンドダストの一員としてメジャーデビューしていたのであり、ここには居ないはずです。そういうやり方とは別のやり方で桃香の音楽でダイヤモンドダストに勝とうと仁菜が言い出し、他の皆もそれに協力すると言い、それに桃香も乗っているのがトゲナシトゲアリなのです。だから、もともとこういう手法と相性は良くないのでしょう。人気があるのは相変わらずカルト的人気を誇るルパのチェキだけです。

ただ、そうは言っても現実にプロデビューを目指している以上、物販が売れないと「ホントにこんなんでプロになれるのか?」と不安になってくる。自分たちの音楽にはそれなりに自信はあり、良いステージも出来ているとは思う。だが今の時代は芸能事務所が「商売になる」と思ってくれなければ良い条件でのプロデビューの声はなかなかかからない。そのためには「人気」が無いといけない。フォロワー数も伸びているし、ライブでの集客力もある。だが上京後にインディーズで実績を積んでメジャーデビュー目前までいった段階の旧ダイヤモンドダストに及ぶほどではない。その旧ダイヤモンドダストだって路線変更無しではメジャーデビュー出来なかったのです。今の状態で仮にプロデビューの声がかかったとしても旧ダイヤモンドダストや紅しょうがと同じ「路線の違いで揉める」パターンに陥るだけ。だからもっと「人気」が必要なのだと焦り、物販が売れないと不安にもなる。

それでトゲトゲメンバーが物販が売れない原因を互いに押し付け合って路上で揉めていると、いきなり名刺を差し出してくる若い女性が現れた。「ゴールデンアーチャー」という会社の三浦さんという人で、どうやら割と大手芸能事務所の人らしい。トゲナシトゲアリのスカウトに来たと本人は言っている。それでトゲトゲの5人はちょっと驚きます。自分たちの今の知名度で声をかけてくるだろうと予想していたよりもだいぶグレードの高い事務所だったからです。まぁ仁菜だけはそういう業界事情に疎いのでよく分かっていないようだが、どうにも現状のトゲトゲとは不釣り合いな会社に思えた。

それでよく事情を聞いてみると、どうやら三浦さんがトゲトゲをスカウトしているのは会社の意向というよりも、だいぶ彼女個人の意向の方が強いようです。三浦さんはもともと旧ダイヤモンドダストの熱烈なファンであり、現在のダイヤモンドダストには否定的で、桃香が中心でやっていた頃の旧ダイヤモンドダストの音楽をトゲナシトゲアリで実現してほしいと思ってスカウトしてきているのだそうです。どうも仁菜みたいなことを言っている人で、仁菜は当然それを聞いて俄然乗り気になります。

だが、仁菜みたいな性格の三浦さんはやっぱり会社ではちょっと変人枠みたいで、ゴールデンアーチャーという会社自体がそこまでトゲナシトゲアリに興味を抱いているわけではなく、三浦さんが個人的感情で1人で突っ走ってる感じみたいです。このままでは三浦さんがファン心理で勝手に話を進めて、いざ会社の偉い人が出てきたら路線変更をしてほしいと言われるパターンかもしれないと思った桃香は、三浦さんが本当に最後まで自分たちの方向性に付き合ってくれる人なのか確かめようと思い、自分が旧ダイヤモンドダストの時に芸能事務所の人に言われた言葉を三浦さんに伝える。

それは「このままでは通用しない。時代に合っていない」という言葉だった。そして桃香は「それは間違っていないと思う」とも付け加えた。現に今のダイヤモンドダストはその言葉を言った芸能事務所の要求する路線変更を受け入れて人気が出ている。「売れる」という意味ではその芸能事務所の人の言っていたことの方が正しくて、桃香は間違っていたのです。桃香は自分の口からこのような敗北宣言のようなことを言って、仁菜のように三浦さんが「それは納得出来ない」とか言ってゴネたりしたら、所詮はファン心理で突っ走っているだけの浅はかな人であり、組むには値しない人だと判断しようと思っていた。だが三浦さんは桃香の言葉を聞いて「はい」と肯定する。どうやら三浦さんも今の音楽業界の現実が分かっていないわけではないようです。仁菜みたいな青臭いことを言い出した割には意外としっかりしている。

それで桃香はその話の流れで、そうした経験を踏まえて今の自分たちがどう考えているのかについて説明する。旧ダイヤモンドダスト時代の挫折からも自分の音楽ではプロの世界で通用しないということは桃香は分かっている。だが、それでもトゲナシトゲアリの4人の仲間はその自分のやりたかった音楽で勝負したいと言ってくれた。それで自分もその言葉に乗っかることにしたのだと桃香は三浦さんに説明した。言い換えると「路線変更は絶対に受け入れない」ということでもある。

正直、勝ち目がある戦いだとは桃香にはあまり思えない。それでも自分たちは覚悟を決めてやるんだが、果たしてそんなことを聞いて三浦さんやダイヤモンドアーチャーが一緒に戦おうと思うのだろうかと考えると、可能性は低そうに思えた。負け戦に乗っかろうというのは企業としてマトモな判断とは思えない。三浦さんがそれでもやると言ってもダイヤモンドアーチャーはお話にならないと言うだろうし、会社の意向を無視して三浦さんが突っ走るのならば、むしろ危なっかしい人に思えて余計に一緒にやるのは抵抗がある。

ところが三浦さんは意外にも全く動揺した様子は無く「分かりました」と応えると「今度のフェスに出るんですよね?」とフェスの話をし始める。そして、今度のフェスで「爪痕を残してほしい」と言う。今度のフェスで観客に爪痕を残すほどのインパクトを与えて人気を獲得すれば、三浦さんはゴールデンアーチャーの上司たちを説得できるのだというのです。

今の時代、音楽業界は厳しい時代であり、芸能事務所も「確実に売れるバンド」でないとスカウトしづらい。売れる保証があるバンドでなければレコード会社が引き受けてくれないからです。だからライブハウスのオーナーが言っていたように、芸能事務所はフォロワー数やライブの集客数など、とにかく「数字」でしかスカウトするバンドを評価しなくなる。現時点で「人気」があるバンドでなければスカウトしないし、そうしてスカウトしたバンドを更に「人気」が出るように路線を変更させたりする。どうすれば人気が出るかに関するノウハウは、それはその道のプロですから芸能事務所にはいくらでも蓄積されているのです。仁菜がネットで調べたような物販のノウハウなどは子供騙しのようなものであり、そうした「人気」の追求路線の果ては結局は芸能事務所の人気戦略に上書きされていくだけに終わる。確かにそういう小細工で人気が出ればスカウトしてもらいやすくなるが、スカウトされた後は芸能事務所の人気戦略に呑み込まれるだけとなります。

だが、そもそもインディーズ時代から人気がかなり高いバンドというのは幅広く一般受けしているということであり、万人ウケするステレオタイプである場合が多く、そういうバンドをスカウトして更に芸能事務所でより一般受けするよう仕上げてレコード会社にプレゼンする段階では、どれもこれも似たようなバンドばかりになってしまう。それでは結局は埋もれてしまう。それでも弱小の事務所はイチかバチかの賭けに出る余裕が無いので、とにかくリスクを避けて無難に流れて、そういう似たり寄ったりのバンドを売り出す。大手だって似たようなもので、社員はミスをして出世に響くのが嫌だから無難に流れる。だから大手に所属したダイヤモンドダストも路線変更させられることになったのです。

だが、大手事務所ならば「これではいけない」と思ってギャンブルに出る余裕はある。業界の既存のノウハウで作り上げられた量産型のありきたりなバンドではなくて、ダイヤの原石のようなバンドで勝負してみようと主張する勇気ある社員と、それに理解を示す勇気ある上司が居れば、そういうギャンブルに打って出るだけの体力はまだあるのです。三浦さんがそういう勇気ある社員だったのであり、ゴールデンアーチャーはそれだけの体力がある会社であり、三浦さんの上司は三浦さんの熱意ある提案に理解を示すだけの度量があったということなのでしょう。そしてトゲナシトゲアリはそういう既存の量産型バンドには無い可能性を感じさせるダイヤの原石の魅力があるのだと三浦さんは考えているのです。決して三浦さんは旧ダイヤモンドダストへのファン心理だけで突っ走っている浅はかな人間ではなく、会社内でもしっかり手続きを踏んだ上で行動していたのです。ゴールデンアーチャーのような不釣り合いな大手事務所がトゲナシトゲアリに声をかけてきたことにはこういう納得できる理由はあったのです。

だが、三浦さん個人は現状のトゲナシトゲアリでも十分に賭けに打って出る価値はあると思っているようですが、三浦さんの上司はそこまではまだトゲナシトゲアリのことを認めてはいないようです。だから三浦さんは今回こうして1人でやってきている。それで三浦さんは上司を納得させるために「フェスで爪痕を残してほしい」と言っているのです。もちろん今度のフェスで人気が出れば更にファンが増えてレコード会社にプレゼンしやすくなるというのも会社への説得材料としては大きいが、「爪痕」というのはそれだけの意味ではない。人気を得るための小細工やノウハウなど吹っ飛ばすような圧倒的な音楽性のインパクトを見せてほしいと言っているのです。三浦さんの上司が求めているのは自分たちが後でいくらでもグレードアップさせることが出来るような普遍的な音楽性ではなく、誰にも真似が出来ないような、それでいて聴く人の心に届いて心を激しく動かすような唯一無二の音楽性なのです。それが無ければわざわざ賭けに出る価値は無い。

そうして三浦さんは帰っていきましたが、つまり今度のフェスでそういう「爪痕」を残せればゴールデンアーチャーで今の路線を変えずにプロデビュー出来る可能性が高まるということです。これは千載一遇のチャンスだと思えた。桃香はフェスでゴールデンアーチャーも納得させられるだけの「爪痕」を残せるとすれば現在仕上げている新曲だろうと思った。そこで桃香はその新曲の歌詞を仁菜に書かせることにした。そして仁菜に「あたしの歌が書いた、あたしの歌を見てみたいんだ」と伝える。

第2話で桃香は仁菜のことを「あたしが忘れていたあたしの歌」と言った。それは桃香が忘れていた最初に歌を唄った時の純粋さを仁菜が持っていることを意味していたのだが、第8話で桃香は自分が歌っていた理由が「人に歌を届けるため」だったことを思い出して、仁菜が自分が届けた歌を受け取ってくれていたことを知った。そして、それによって自分の歌が仁菜に「爪痕」を残していたのだということも知った。そのことを再認識した上で桃香が仁菜のことを「あたしの歌」と言っている意味は「自分の届けた歌に爪痕を残された人間」ということです。そうした人間である仁菜が書いた歌詞を自分の曲に乗せて仁菜自身が歌うならば、きっと聴く人の心に届いて「爪痕」を残せるはずだと桃香は考えたのです。

そうやって新曲の歌詞を任されて仁菜は張り切ります。なんとか良い歌詞を書いてフェスの観客の皆に歌を届けて「爪痕」を残してやろうと考え「書きたいことなどいくらでもある」と豪語します。しかし、そうしていざ歌詞を考え始めると仁菜は行き詰ってしまいました。自分の中にある想いを言葉にすればいいのだろうと思って書き出してみたところ、どれも何だか嘘っぽく空虚なものに思えてしまう。まるで自分の想いじゃなくて借り物の言葉のように見えてしまう。自分自身がそんなふうに思えてしまうような歌詞が他人の心に届くはずがないと仁菜には思えた。

仁菜はこれはどうもおかしいと思った。桃香は仁菜の心の中に溜まったものがロックそのものだと言ってくれており、仁菜も自分のボーカルが評判が良いのもそのおかげなのだと思っていた。だから歌声を吐き出す時と同じように、自分の中に溜まった鬱憤を歌詞にして吐き出せば良いロックな歌詞になるはずだと思っていたのです。だが、それがどうも上手くいかない。それで仁菜は自分の中から直接歌声として吐き出す場合と違って、一旦「歌詞」という形で外に出すには何らかの工夫が必要なのだろうと考えて、これは難しい作業なのだと思った。

まぁ確かに綺麗に歌詞を仕上げるにはそれなりにテクニックが必要なのは事実だが、ここで仁菜が躓いているのはそれよりももっと初歩的な段階です。仁菜が自分が書いた歌詞が空虚なものに感じてしまうのは、仁菜が掬い取っている自分の心の部分が表層的で皮相的な部分にとどまっているからなのです。自分の心の核心部分にまで至っていない。どうしてそんなふうになってしまうのかというと、仁菜が自分の抱いている鬱憤が自分の音楽性の根幹だと思っているからです。それが本当に仁菜の心の全てなのだとしたら別にいいのですけど、仁菜の心の核心部分は別に鬱憤で満たされているわけではない。あくまで鬱憤は表層的な部分にあるものなのであり、そこばかり掬い取るから空虚な歌詞にしかならない。しかしそうした鬱憤が仁菜のロックの原動力であるのも事実なので、ついつい仁菜はそこばかり見てしまう。だが、仁菜のロックの真の原動力の全てが鬱憤によるものなのではない。そもそも桃香もそんなことは言っていない。それを不満や鬱憤だと思い込んでいるのは仁菜自身です。仁菜は自分の心の真実が見えていないし、見ようとしていない。

そうして仁菜が歌詞作りに苦心していると、なんといきなり母親がバイト先の吉野家にやってくる。ルパと智に後を任せて吉野家を逃げ出した仁菜はアパートに戻るが、アパートの前には父親が立っていた。父も母も熊本にいるはずなので一体どういうことなのだろうと焦り、とりあえず仁菜はすばるの部屋に逃げ込みます。まぁどういうことも何も、あんな一方的に「予備校辞める」「大学進学も辞める」「預金通帳も返します」なんて通知して預金通帳を送り返したりして、そのままで済むはずがないんです。むしろ両親が上京してくるのが遅いと感じるぐらいです。おそらく仁菜が通帳を送ってから数週間は経っていますから、すぐに両親が飛んでこなかったということは、だいぶ両親も慎重に考えた末に上京してきたのでしょう。

吉野家に母親がやって来たのは姉の涼音が仁菜のバイト先を教えたからみたいです。熊本の涼音からも何度も着信があったので電話してみると、やはり涼音が仁菜から聞いた話を両親に伝えていたようです。仁菜がバンドをやっているという話も両親にバレていました。というか、予備校を辞めたり大学進学を辞めるという話だけ伝えて、その理由であるバンドの話は伝えていない仁菜も悪い。それじゃ親が何か悪い人に騙されているのではないかとか心配するのも当たり前であり、むしろ涼音としては両親を安心させるためにバンドの話をせざるを得なかったのでしょう。だから涼音は全く悪くない。悪いのは両親と肝心の話をすることから逃げている仁菜の方であり、仁菜は涼音に抗議の電話をして逆に「本当に言いたいことがあるなら逃げてないで直接言いなさい」と説教されてしまう。

すばるも「ちゃんと話をした方がいいんじゃないか」と言いますが、もともと両親、特に父親とは話が通じないのだと言って仁菜は拒む。もともと厳格すぎる父親が苦手で、それでも正しい人だと一定の信頼はしていたのだがイジメへの対処で裏切られたと感じて嫌悪して衝突してしまい上京してきた。その上に父親との約束を破って予備校を辞めて無断でバンドもやっているのですから、会えば揉めるに決まっている。フェスも迫っている今はとにかく歌詞作りを優先しなければいけないのだから、家族会議で揉めても時間の無駄だし気が散るだけで不毛だと仁菜は言う。しかし、すばるは「逃げてるだけに聞こえる」と指摘します。もともと歌詞作りに行き詰っていると聞いているし、両親から逃げても仁菜が歌詞が書けるようには見えなかった。そもそも両親と対話も出来ないような人間の書く歌詞が人の心に届くとは思えない。まぁその点はすばるもまだ祖母とハッキリ向き合えていないのであんまり他人のことを言えないのですけど。

そうしてすばるの部屋で一泊した仁菜は自分のアパートに帰りますが、両親の姿は無く、どうやら諦めて熊本に帰ってくれたのかと安心して自分の部屋に入ろうとしますが、鍵が使えなくなっていて部屋に入れない。どうも父親が不動産屋に連絡して鍵穴を変えて仁菜を部屋に入れなくしてしまったようです。仁菜は仕方なくそのまま吉野家に行き、吉野家から不動産屋に電話して鍵穴を元に戻すよう頼みますが聞いてもらえない。もともと不動産屋は母親の伝手であり、しかも仁菜は未成年で親が保証人になっているのですから、親の意向の方が優先されるみたいです。しかし、このままでは仁菜は帰る場所が無くなってしまう。事態の解決のためには両親と話し合うしかないわけで、そういう状況に仁菜を追い込むために父親が仕組んだことだということは仁菜にも分かりました。

なんて汚い手段を使うのだと思って仁菜は吉野家でキレて「どいつもこいつも!」と喚き散らかします。両親だけでなく、姉の涼音も、すばるも、みんな自分を両親と話し合わせようとする。それが仁菜は腹が立って仕方がない。しかし、そんな仁菜にルパは東京から熊本の新幹線の往復チケットを渡す。ルパと智からのプレゼントだという。バイトのシフトも休みにしておいたので、熊本に行って両親と話し合ってくるようにと言うのです。

東京と熊本の往復チケット代金は決して安価ではない。どうしてそこまでするのかと仁菜が驚いていると、ルパは自分が両親と死に別れた時の話をする。もともと両親とは離れて暮らしており、両親は事故死したのだが、その日はもともとルパは両親に電話をする予定になっていた。だが仕事が長引いて、また今度でいいと思って電話をしなかった。それっきり両親とは話せなくなってしまいルパは深く後悔したのだという。だから、話したいことや話さなければいけないことがあるのなら、いつそれが出来なくなるか分からないのだから出来る時にやっておくべきだとルパは言うのです。

ルパにそんな重い話をされて、そんな高価なチケット代を負担させていると思うと、仁菜としてもチケットを突き返すことも出来ず、とりあえずチケットを持って桃香の家に行って相談します。すると桃香も熊本に行って両親と話すようにと言い出す。仁菜は桃香まで今熊本に行って両親と和解するようにと言うのかと思って驚きます。フェスの前に作詞をするようにと言ったのは桃香なのだから、とりあえず今は作詞を優先するようにと言ってくれるものだと仁菜は思っていたのです。チケットは別にいつでも使えるものだから、両親との和解はフェスの後に回して、今は桃香の部屋に泊めてもらって作詞をしようと仁菜は考えていたので、桃香がそんなことを言い出すのは想定外でした。

だが桃香は仁菜が一番引きずっていることは受験でもイジメでもなく「父親が味方してくれなかったこと」だと指摘する。どうしていきなりそんな話をするのかと仁菜は戸惑い、そんなことはないと言い返そうとするが、桃香は「違うなら会えるはずだ」と指摘する。桃香は仁菜からの相談を聞いて、仁菜が何故か徹底して父親と話し合うことから逃げていることに気付き、仁菜の熊本でのトラウマの核心が父親であることに気付いたのです。そして桃香の言葉に挑発されて仁菜が「会えますよ」と言い返すと、桃香は「じゃあ会ってこい!それまであたしの家には入れない」とピシャリと言って突き放し、仁菜は腹が立って売り言葉に買い言葉のように「行ってきます!」と立ち上がって、そのまま新幹線に乗って熊本に行ってしまった。桃香の家にも入れてもらえない以上、どっちにしてももう仁菜には熊本に行って両親を説き伏せて自分の部屋に再び入れるようにするしか道は無くなったのだから仕方なかったといえる。

このように桃香は上手く仁菜を焚き付けて熊本に行かせたわけだが、そもそもどうして桃香がそこまでするのか不可解ではあります。桃香だけではなく、ルパや智が仁菜のためにチケットを用意したというのも仁菜はやはりまだ不可解に思っていた。確かに仁菜のトラウマの核心は父親との確執なのだが、そんなものは桃香たちにとっては他人の家の事情であり、たとえ仁菜が大切な友人であるとしても本来はそこまで深入りするような話ではないはずです。実際、智だって仙台に母親が居て絶縁状態だが、仲間の誰も智に母親と和解するようにと説得などしようとしていない。百歩譲って仁菜が父親と和解した方がいいと皆が考えていたとしても、何もフェス前に作詞が進んでいない今のタイミングでわざわざ仁菜の背を押す必要は無いはずです。

それでも桃香やルパが今のタイミングで仁菜の背を押したのは、今のタイミングで仁菜が父親と和解することがトゲナシトゲアリにとって必要だと感じたからです。それはつまり、仁菜が新曲の作詞が出来ない理由が父親と和解していないからだということに桃香たちが気付いたということです。いや、厳密に言えば、父親と和解したからといって仁菜が作詞が出来るようになるというわけではない。仁菜が父親と和解することを恐れていることに問題の本質はあるのです。

仁菜が父親と会うことを極度に嫌がったり、父親と話し合わせようとする他人に対して腹を立てたりするのは、父親と揉めることを恐れているからではない。むしろ逆であり、父親と和解してしまうことを無意識に恐れているのです。それは、仁菜がそうした父親との確執が自分のロックの原動力になっていると思い込んでいるからです。父親と和解してしまうことによって自分がロックをする理由が無くなってしまうことを仁菜は無意識に恐れている。だが桃香たちに言わせれば、そういう仁菜のロックや音楽に対する浅い考え方が、単に歌うだけなら何とかなっても作詞となると障害になってしまっているのです。

仁菜は父親との確執という浅い理由が自分の音楽性の根源だという考えで作詞をするから空虚な歌詞しか生み出されないのです。もっと深いところにある自分の真の音楽性の根源に気付かなければ人の心に届いて「爪痕」を残す作詞は出来ない。だが、それに気付くためには表層部分の「父親との確執」などは邪魔なのです。器用な人間ならば表層部分を残したままで核心に辿り着くのでしょうけど、仁菜は不器用でありトラウマも深いので、まずそうした表層的なトラウマを取り除かなければ自分の真の音楽性の核心を見つけることが出来ない。だから作詞を急がねばならない今のタイミングで、桃香たちはあえて仁菜の背を押して熊本に行かせて父親との確執を解消させて自分の真の音楽性に目覚めさせようとしているのです。

ただ、この後の場面で明らかになることだが、ルパが仁菜に渡した新幹線のチケットは実はルパと智からのプレゼントではなく、仁菜の母親が用意してルパに渡したものでした。それでもルパが仁菜に自分と智の気持ちだと偽ってそのチケットを渡したのは、仁菜が熊本に行って父親との確執を解消した方がトゲナシトゲアリのためになるという判断であったのは間違いないし、仁菜にルパが自分の両親の事故死の話をして両親との話し合いをしておいた方が良いと諭したのも方便であると同時に本心からのものでもあったのでしょう。しかし智に関してはチケット代を出しているわけでもないし、ルパが仁菜にチケットを渡している時も不安そうな顔をしており、実は仁菜が熊本に行くことを嫌がっていたみたいです。

それはどうしてなのかというと、智は確かに仁菜の作詞が上手くいかない理由が仁菜が父親との確執に囚われているからだという考え方には賛同しつつも、同時に仁菜が父親と和解することでロックをする理由を無くしてしまいトゲナシトゲアリを辞めてしまう可能性もあると考えて、それを恐れていたからです。そして、そういう不安は智だけではなく、桃香もルパも抱いていたであろうし、情報を共有していたであろうすばるも同じ不安は抱いていたでしょう。それでも4人は仁菜が父親と和解してロックをする必要性を失って熊本にそのまま帰ってしまう可能性よりも、父親と和解することによって自分の真の音楽性に目覚めて新曲の作詞に成功してくれる可能性の方を期待して、不安な気持ちを乗り越えて仁菜を送り出してくれたのです。

そうした4人の気持ちまでは知らないまま、仁菜は夜になって熊本に着き、実家に戻り両親や姉の出迎えを受け、深夜の家族会議が始まります。ここで仁菜はバンドをやっていて芸能事務所からの誘いもあってプロデビュー一歩前だと説明する。だから予備校を辞めて大学に行かなかったとしても大丈夫なのだと両親を説得しようとするのだが、父親は未成年の仁菜が親の許可なく勝手に約束を破ってバンドをやるなど認められないと主張します。

こうした父親の言葉を聞いて、仁菜は「会ってちゃんと分かってもらおうって思ってたけど、これじゃやっぱり無理だよ」と失望して諦めようとします。しかし、これは仁菜が言える筋合いではないですね。仁菜はここで全然ちゃんと分かってもらおうとして話していません。本来は仁菜は自分がどれだけロックやトゲナシトゲアリを好きなのか夢中になっているのか説明すべきなのに、事務所からの誘いがあるから大丈夫だとか「安定した職業だから大丈夫だ」的なことしか言っていません。そんなもん、どう考えたって大学を出て普通に就職した方が安定するに決まってるんですから父親も反論するのが当たり前です。

つまり仁菜は最初から父親の好む「世間的に正しいことと思われていることをしている方が勝ち」という論理の土俵の上でしか話そうとしていない。しかし、仁菜がそんなふうに思ってしまうのは父親のせいです。父親が常にそういう「正しいこと」を振りかざして話すことしかしない人なので、それ以外の話を聞いてもらえるわけがないと仁菜も最初から諦めている。更に仁菜は父親がそういう「正しさ」を振りかざすだけではなく、「正しさ」を自分が相手と向き合うことから逃げる口実として使っていることを嫌悪している。

まずこの父親は以前の回想シーンでも同様だったが、タバコの煙を仁菜に吸わせないための配慮なのだろうけど、仁菜に背を向けて座って喋っていた。今回の場面でも家族にタバコの煙を吸わせないためなのか1人だけ別室で背を向けてタバコを吸いながら喋っている。確かにタバコの煙を非喫煙者や未成年に吸わせないという配慮は正しいことだが、この父親はそうした「正しい行い」を自分が相手と向き合って喋らないことの都合の良い言い訳に使っているように見えて仕方がない。そもそも誰かと会話する時はタバコを吸わなければいいのであって、このような逃げることに対する言い訳の仕方は歪んでいる。灰皿に刺さっている吸い殻の膨大な数を見る限り、この父親は常にそうやって家族とマトモに向き合うことから逃げて、それをみっともなく正当化し続けてきたということが想像できる。こんな態度の人間が吐く言葉にどれほどの説得力があるだろうか。

また、この父親はこの場面では仁菜に対して「お母さんがどれだけ傷つくと思ってる?」なんて言って、母親に責任転嫁するようなことを言っているが、こういう喋り方も卑怯です。本当は自分が不満を持っているのに、他人が不満を持っていて自分はその人に寄り添っているだけというふうに偽装して、自分を良き仲裁者のようにして正当化しようとしている。実際に母親も傷ついているのは嘘ではないのでしょうから、その妻を気遣うのは夫として正しい行為だが、その「正しさ」を自分が父親として娘と向き合わないことの口実に使うのは卑怯だといえる。

今まで全てがこんな調子の父親だったのでしょうから、仁菜ももうすっかり呆れていて、父親の土俵で父親のルールでしか話さないようになっていて、その挙句にやっぱり父親に呆れてしまうという悪循環を繰り返すことになる。今回も父親が正論を振りかざせば振りかざすほどに逃げているだけにしか見えず嫌になってきてしまい、いつものように身体からトゲトゲが出てきて立ち上がり、「だから言うこと聞けって言うんだ?イジメなんて無かったことにしろって言うんだ?」と言い返し、もう話しても分かってもらうのは無理だと言って、それで喧嘩別れになる場面であったのですが、ここで父親は意外にもタバコを吸うのを止めて別室から仁菜や母親や姉の居る方の部屋に入ってきて仁菜に向き合おうとする。そして、明日一緒に出掛けようと仁菜に言います。仁菜の方は相変わらず父親に向き合おうとはしないが、父親の予想外の態度に少し驚き、とりあえず父親の申し出に従う。

翌日、父親が「お前が話したいことがあるように、私も話したいことがあるんだ」と言って仁菜を連れていったのは仁菜の中退した高校でした。そこで校長室に通された仁菜と父親は校長から謝罪文を受け取った。仁菜のイジメの実態について把握出来ていなくて仁菜に迷惑をかけたことを学校側が謝罪したいというような内容が書いてあり、イジメ事件の首謀者の生徒もイジメの事実を認めて反省しているとのこと。どうやら父親が学校側に強く働きかけてイジメの実態を調査させていた結果のようです。父親が仁菜に話したいことというのはつまりこのことだったのです。

仁菜は父親が熊本から東京に会いに来ていた理由は予備校を勝手に辞めたことを責めるためだったのだと勝手に思い込んでいた。もちろんそのこともあったのだろうけど、それだけではなかった。イジメの実態を明らかにして学校側に非を認めさせたことを伝えたかったのです。昨晩は帰ってくるなりの家族会議で仁菜がいつものように反抗的で理屈の合わない言い訳ばかりするものだから父親もついつい予備校の件でクドクド説教するばかりとなってしまったが、本当はイジメの話をしたかったのです。それで仁菜が「イジメなんて無かったことにしろって言うんだ?」と言うのを聞いて、父親は初めて仁菜に「イジメを隠蔽した」という誤解を受けていたのだと気付き、それなら自分の口からイジメの件を話しても話がこじれるだろうと思い、翌日学校に連絡して校長に謝罪させる場に仁菜を同席させることにしたようです。

つまり、仁菜の父親はイジメの隠蔽などはしていなかった。イジメを隠蔽していたのは学校側であり、父親は学校側に言いくるめられていたに過ぎなかったのです。もちろん娘の言い分を信用せずに学校側の一方的な意見に言いくるめられてしまったのは父親としては何とも不甲斐ない。姉の涼音が「父さんも悪い」と言っていたのはそういう意味だったのです。父親は名の知れた教育者である自分の娘がイジメを受けて不登校になったという事実を受け入れることが出来ず、学校側が用意した「イジメなどは無かった」「ちょっとした行き違いの諍いに過ぎない」「悪いのはお互い様であり双方謝罪すれば不問にする」「それに応じてくれれば大学への推薦もする」という話を簡単に信じてしまったのです。

ところが手打ちの場で急に仁菜が歌を唄って飛び出していき放送室を占拠して学校中に「空の箱」を大音量で流してから学校を辞めると言い出し、更に東京に行って予備校に行くと言うので、父親はワケが分からなくなり、とりあえず仁菜の決意が固いようなので仁菜の言う通りにして仁菜を上京させ、その後だいぶ悩んだ挙句、自分の認識が間違っていたのではないだろうかと思うようになり、学校側に強く働きかけて本当はイジメがあったのではないかと抗議し続けたところ、学校側も遂にイジメの事実を認めたのです。ただ、学校側も「イジメを隠蔽した」とまでは認めず「後で調べたらイジメの事実があったということが判明した」とだけ認めて、その不手際を謝罪しただけでした。そうした謝罪文を見て父親はなおも不満そうに校長に抗議しますが、仁菜はもうその点はどうでもよかった。

仁菜にとってはもう学校側の誠意の有無などはどうでもよかった。問題は父親がイジメの隠蔽などしていなかったということだった。仁菜はてっきり父親が自分の名声を守るために学校側とグルになってイジメを隠蔽しようとしていたのだと思い、絶対に赦せないと思って家を飛び出していたのだ。また、そんなに娘のことよりも自分の名声のことが心配な父親ならば、自分が熊本に居ない方が良いだろうとも思ったのです。ところが事実は全くそうではなく、父親は騙されていただけであり、遅ればせながらではあったが自分の名誉回復のために汗も流してくれていた。それならば、もしかしたら自分が感情的にならずに父親ともっとちゃんと話し合っていれば、退学して上京などせずに父親と一緒になって学校側に非を認めさせることも出来ていたのかもしれない。そう考えると、自分の怒りや行動に正当性が無かったのではないかと思えてくる。

ならば、自分が退学して上京したことは無意味だったのか?川崎でロックに出会いバンドをやるようになりプロを目指していることは間違った選択だったのか?学校を辞めて家も飛び出して孤独に生きる羽目になった理不尽に対する怒りを歌にぶつけていたのも滑稽な勘違いに過ぎなかったのか?そんな自分のロックに正当性など無かったのではないか?学校から家に戻ってからも、そんな考えが仁菜の頭にずっと渦巻いて、仁菜は呆然としていました。

仁菜は最初の野外ライブの時、桃香に「仁菜の鬱屈してエネルギーが溜まっているところがロックだ」と言われたので、自分のロックは鬱屈した怒りが原動力だと思っていて、それは主にイジメ事件に関して父親に裏切られた怒りが大部分を占めていると思っていた。だから父親への怒りが筋違いなものだったと分かってしまったことで自分のロックに正当性が無いと思ってしまった。自分にはロックをやる意味が無いのではないかと思ってしまい、虚無感に襲われてしまったのです。これはまさにトゲトゲの4人が危惧していた事態です。

だが、そうした虚無感の中で仁菜は、自分が初めてロックをやろうと決意した時のことを思い出す。それはあの電灯をバキバキにしてしまった夜に、暗い部屋に桃香とすばるがやって来た時のことです。あの時、桃香は仁菜の歌が好きだと言い、仁菜の歌が自分の忘れてしまったロックなのだと言ったが、その際に仁菜の「自分を曲げたくない」「自分に嘘をつきたくない」というところがロックだと言ったのです。それを仁菜は他人の仕打ちに対する怒りによるものだと思っていたが、あの手打ち式の時に自分を突き動かした衝動は、そもそも父親や学校などのような他人に対する怒りではなかったのではないかと思った。

あの時、仁菜は手打ちに応じようとしていた。父親や学校に強制されたのではなく、仁菜自身が「その方が賢い」「その方が得なのだ」と考えて、賢く生きるために自分を曲げる方が良いと思いかけていた。だが、その瞬間、仁菜の背を押したのが「空の箱」の歌詞だった。あの瞬間、桃香の書いた「空の箱」の歌詞が仁菜の心に届いて仁菜の心に「爪痕」を残したのです。「間違ってないんだったら我慢なんてするな」「先のことなんか考えず思いっきり跳べ」と背中を押してくれた。その結果、自分は奈落に向かって落ちているだけなのかもしれない。でも、自分で自分を殺しかけていた自分は間違いなくあの歌詞で救われたのだ。そんな自分が自分の一番好きな本当の自分だと胸を張って言える。あれこそが「ロック」だったのだと仁菜は思った。他人を恨んだり怒ったりするのがロックの本質なのではなく、あの「空の箱」の歌詞のように、あくまでの自分を曲げない自分の背を押して本当の自分を救うものが「ロック」の本質なのだと仁菜は思った。そして、それは間違いなく自分に息づいている。

そう気づくことで仁菜は父親に対する怒りが失われても自分のロックの本質を見失わずに済んだ。いや、父親への怒りが消えたからこそ、そのことに気付くことが出来たのだといえる。その仁菜の決意を聞いた姉の涼音は妹の成長に喜びの涙を流して、仁菜が川崎に戻ってロックバンドを続けることに理解を示してくれたが、それでももう一泊してご飯も食べていくようにと言う。そして仁菜の部屋で涼音と2人で母の特製の辛子蓮根カレーを食うことになったが、井芹家の家訓では夕食は食堂で家族揃って食べると決まっているはずなので仁菜は驚きますが、涼音の言うには最近は割とテキトーらしい。父親は仁菜が出ていってからずいぶん心配して悩んだようで家訓も絶対視することは止めて試行錯誤しているようで、涼音の前で慣れない酒で酔っぱらってタバコをふかして相談を持ち掛けたりもするという。健康には良くないが、それだけ家族に素の顔を曝け出して向き合うようになったといえる。また、高名な教育者としてのプライドも捨てて、色んな人に仁菜のことを相談もしていたようです。また母親も今回の新幹線のチケットを用意していってルパに渡したのだということも仁菜は涼音に聞いて初めて知ることになった。

「つまり、それだけアンタは愛されているってことよ」と言い、涼音は「もちろん私も愛してる」と言って仁菜を抱きしめて「生きててくれてありがとう」と言う。涼音も父親も母親も音信不通になった仁菜のことを心の底から心配していたのです。そうした家族の愛情を感じた嬉しさと、皆に心配をかけていた申し訳なさとで、仁菜は涙を流しながらカレーを食べる。

そうして仁菜は幸せな気持ちで就寝し、翌朝、川崎に戻るために出発することにした。自分の目指すロックの姿が見えた仁菜は一刻も早く川崎に戻って新曲の歌詞を仕上げてフェスに向かって進まねばいけないという想いが沸き上がっていた。だが同時に、ずっと続いていた父親や家族へのわだかまりが解消して、実家の居心地の良さについ離れたくないという気持ちも湧いてくる。しかし退路を断たねばプロにはなれないのだと思い、甘い気持ちを振り切って、もうこの家には二度と戻らない覚悟で旅立たねばならないという、ちょっと寂しさの入り混じった落ち着かない気持ちでいたところ、突然に玄関先で「空の箱」の曲が聴こえてきたので仁菜は焦る。

自分の持っているスマホか何かから音が出たのかと思って焦ったのだが、そういうことではなく、どうやら「空の箱」は玄関の脇にある父親の部屋から聞こえてくるようだ。どうして父親の部屋から「空の箱」が流れてくるのだろうかと戸惑いながら、仁菜は父親はきっとこの曲は嫌いなはずだと考える。あの手打ち式を台無しにして父親に迷惑をかけた時に自分が放送室を占拠して流した曲だから、父親にとって良い印象があるはずがない。そう思って父親の部屋の様子に聞き耳を立てたところ、父親は仁菜がこの曲に反応することを見越していたかのように、部屋の中から「好きなのか?」と質問してくる。仁菜はビックリしつつ、好きだと答えて、父親に「嫌だよね?」と問いかける。

自分の好きな曲を嫌だとは言われたくない。だが、いっそ「嫌だ」と言われた方が、このまま実家で甘えていたいという気持ちを振り切って旅立つには都合が良いとも思えて、仁菜は父親の「嫌だ」という答えに備えてトゲトゲを少し出して父の言葉を待ちます。ところが父親は「良い曲だな」と答える。父親は仁菜が出ていった後、仁菜があの手打ち式の時に口ずさんで、その後に放送室から流した曲についても調べて聴くようになり、その歌詞を聞いて、仁菜の「自分が間違ってないのなら絶対に自分を曲げたくない」という気持ちを知ったのです。もしかしたら、父親が自分の方が間違っていたかもしれないと思うようになったきっかけは、この「空の箱」に込められた仁菜の「ロック魂」を理解するようになったことだったのかもしれません。

そうした父の想いを感じた仁菜は「お父さん、言うこと聞かないワガママばっかりの娘でごめんなさい」と素直に謝り、「タバコ、少しは減らしてね」と言い残すと、それでも甘えを断ち切って前に進もうと決意して、玄関から外に出て歩き出す。そして無理にでも未練を断ち切って旅立とうとして歩みを進めますが、そんな仁菜の後ろから、玄関から出てきた父親が「仁菜!」と声をかけてくる。仁菜はこれ以上引き止められたら出ていく踏ん切りがつかなくなってしまいそうで困惑して「まだ何かあると?」と背を向けたままちょっとトゲトゲを出しながら父親に問いかける。すると父親は「行ってらっしゃい」とだけ言う。

父親は引き止めるために出てきたのではなく、ただ単に仁菜を見送りに出てきただけでした。そして、いつでも帰ってきてもいいのだと伝えて旅立たせようとしてくれていただけでした。それを聞いて、仁菜は別に退路を断つ必要など無くて、いつでも帰ってくることが出来る場所を持ちながらでもロックは出来るのだと気付いた。他人を恨んだり怒ったりして距離を置くものがロックではないからです。人の心に届いて「爪痕」を残すロックをする者が家族と縁を切るなど本末転倒なのです。そのことに気付いてトゲトゲが引っ込んで「うん」と父親の言葉に応えた仁菜に姉の涼音が川崎のアパートの部屋の新しい鍵を投げて寄越して、父親からのプレゼントだと伝える。それで仁菜は涙を浮かべて鍵を握りしめると、一旦助走をつけてから父親に向かって突っ込んでいき思いっきり抱き着く。これが仁菜が今回実家に帰ってきてから初めて父親に正面から向き合った瞬間でした。そしてゼロ距離でくっついて「私の作った歌、今度歌うから、もしよかったら聞きに来て」と言う。父親は「分かった」と応えて仁菜を抱きしめようとするが、仁菜はそれを避けて、父親から身を離して前に立って父親と向き合うと、両手の小指を立ててロックンローラーとしての矜持を示して笑顔で「いってきます!」と別れの挨拶をして同時に再会も誓うと、ものすごい勢いで駆け出していく。

そうして熊本から東京まで戻ってきた仁菜は、また第1話冒頭の初上京の時と同じように寝過ごして東京まで行ってしまったわけだが、寝てしまう前に新幹線の車内で「空白とカタルシス」という曲の歌詞を完成させていた。これが仁菜が目覚めた自分の本当のロックを歌詞にしたものでした。そして在来線で川崎まで戻ってきた仁菜は第1話の時と同じように川崎駅前に降り立つが、あの時の不安げな表情とは違い、二度目の川崎到着時の仁菜は晴れやかな笑顔となっており、おそらく「空白とカタルシス」であろうと思われるメロディーを少しハミングする。そこに「仁菜!」と声をかけてくる者がいるので振り向くと、そこには仁菜を心配していたトゲトゲの4人が出迎えていて、仁菜は4人の顔を見て少し嬉し涙を流した後、笑顔になって「ただいま!」と言い、4人は「おかえり!」と仁菜を出迎える。もうすっかり川崎が仁菜のホームタウンとなっており、そして温かく見守ってくれる熊本の実家もある仁菜であった。そして仁菜は今度のフェスで観客の心に届けて「爪痕」を残すための新曲の良い歌詞が完成したと仲間4人に報告して、来るべき運命のフェスに向かって大きな一歩を踏み出すのでした。

そういうところで今回は終わり、これで残すはラスト3話となります。次回はいよいよフェスでしょうかね。このところライブシーン無しでずいぶん焦らしてくれているので、凄いライブシーンを期待したいところです。特にこの「空白とカタルシス」は前回は作曲過程を描き、今回は作詞過程を丁寧に描いてずいぶんと期待値を高めてくれていますので、嫌でも期待してしまいますね。まぁ今回も前回も前々回も、いずれもライブシーンが無くても超神回なんですが、それでもやっぱりそろそろ凄いライブシーンは見たいですからね。次回も期待大です。