2024春アニメ 6月6日視聴分 | アニメ視聴日記

アニメ視聴日記

日々視聴しているアニメについてあれこれ

2024年春アニメのうち、6月5日深夜に録画して6月6日に視聴した作品は以下の1タイトルでした。

 

 

怪異と乙女と神隠し

第9話を観ました。

今回は乙の級友ののどかが新たな怪異に遭遇してしまうというお話でした。今回は怪異の正体が見えてきたところまでが描かれており、事態の解決は次回に持ち越しとなっています。おそらく次回で解決し、それで残りは2話となりますが、今回は別の怪異の話の導入みたいな描写もあったので、その話でその残り2話を消費して終わるということになるのでしょう。原作漫画はまだ続いていますから今期のアニメで物語が終わるというわけではないと思います。第1話の冒頭で董子のモノローグで蓮との別れを示唆しているので、蓮との別れが最後には描かれるべきなのでしょうけど、おそらくそうはならないのだろうとは思う。私は原作未読なので断言は出来ませんけど、たぶん冒頭の董子のモノローグは原作のセリフそのまま使っているだけなのであり、原作でもそのモノローグはまだ回収されていないのでしょうから、このアニメでも回収はされず、董子と蓮の別れは描かれないまま1クールの物語は終わるのだろうと思います。

だから物語の中途半端なところで1クールの内容は終わるのだろうとは思う。また、前回は今回のお話の導入が中途半端な尺で描かれていて、今回は怪異の出現までの日常場面が無意味に長かったりして、どうにも構成にチグハグなところが目立つ。全体的に日常描写とミステリー描写のバランスが決して良いとは言えない。セリフも無駄に思えるものが多い。だから「完璧で隙の無いアニメ作品」を求める人にはウケが悪いんだろうなとは思います。アニメ制作会社も決して一流とは言えませんし、実際に手際も作画も良くないと思う。だから、あんまりアニメ通の人には人気は無いのだろうと思います。ただ私は、そういうアンバランスなところもこの作品の魅力だと思っているのであまり気にならない。アニメに対する固定観念があまり無い人間なので、出来の悪いアニメに対する抵抗感が普通のアニメファンよりは少ないのでしょう。物語の出来さえ良ければ良いと思ってしまう。エピソード単位で見るクセがついている人には物語の出来も悪いと思われてしまうのでしょうけど、この作品は独特のテンポで緩急をつけてくるので、ひたすら積み重ねたマイナス点が一瞬でひっくり返ってしまうだけの瞬間的なインパクトがある。そこでどうしても高評価してしてしまうのだが、私だってそのポイントに至るまでがとことんつまらなければ心折れてしまいますから、そこまでちゃんとギリギリ引っ張ってくれる巧さはあるのだと思います。

まぁもちろん完璧な作品の方が高評価にはなりますけどね、それでも、そういう作品はかなり少数派であり、小さくまとまっていてこの作品よりもつまらない作品の方が圧倒的多数派だと思います。それぐらいこの作品は魅力があります。ただ、綺麗にまとまっていないからといって、この作品の魅力が粗削りな魅力なのかというと、決してそんなことはなくて、むしろかなり緻密に作られている作品なんですが、ちょっとアニメ的な文脈の緻密さではないので、これを緻密だと感じない人が多いのだと思います。むしろ文学的に作られている作品であり、これはもともと漫画という平面媒体で作られている作品なのですから全く間違っていない手法といえる。むしろ昨今はアニメ化を目指してアニメ的文脈で漫画やラノベを書く人が多いでしょうから、こういう硬派な作りの作品はなかなか心意気があって好きですね。

そんな感じで今回も独特のテンポで進んでいきますが、まずはコオネ女学院の中等科の定期テストの結果発表の場面から始まります。学年1位は乙で、2位はのどかでした。いつもこの2人がツートップらしいです。のどかは家庭教師をつけられてみっちり勉強させられているので分かるんですが、乙はどうしてそんなに頭が良いのか謎です。むしろ日常シーンを見てるとバカに見える。最近はメイド喫茶でバイトしてるし、あんまり勉強してるようにも見えない。やっぱり別の世界から来た普通の人間じゃないから地頭が良いのかもしれません。

とにかくテストも終わったということでいつもの仲良しグループでカラオケに行きます。のどかも猛勉強させられてはいるが、根はガリ勉タイプというわけではなく、遊ぶことの方が大好きみたいで浮かれてます。基本的にこいつらはみんないつも楽しそうで仲良しで微笑ましいですね。乙は「久しぶりにのどかの歌を聴きたい」なんて言っていましたが、実際にのどかが歌ってる間はずっと飲んだり食ったり注文したりしてばかりで、全くのどかの歌を聴いていませんでした。そして、こののどかの歌唱シーンが変に長くて、ダンスもかなり細かく描かれていて、声優が会沢さんなので歌も妙に上手くて、なんとも意図不明なシーンになっていてジワジワきましたね。まぁ、のどかが実はアイドル志望であるということの伏線ということなんでしょうけど、それだけの伏線ならもっと短い尺で表現出来るはずでしょうに、こんな凝ったシーンをわざわざ入れてくる演出意図が不明すぎて、むしろ面白かったです。

その後、カラオケが終わって解散となり、のどかは1人で自宅に帰る途中で両親が経営している高天原病院に寄って、受付の女性にテストの成績表を渡し、父親に渡すよう頼みます。そして自宅に帰ると家庭教師が待ち受けていて勉強時間となる。どうやらのどかは将来は高天原病院を継ぐことを期待されていて、エリート医師になるための勉強を強いられているようです。それで学校の成績もいちいち父親のチェックを受けているみたいですね。

だが、のどかはそんな生活に相当に息苦しさを感じているようで、家庭教師が帰っていくと部屋の中でイライラを爆発させてジタバタします。「つまんない!つまんない!」と喚いてベッドで転げまわってジタバタする姿は笑えました。そして学校から渡されていた生徒のSNS使用制限の通知プリントをクシャクシャに丸めて放り投げて、タブレットを持ってベランダに出て、そこで「姫魚よるむん」というVTuberの配信動画を見る。ここらへんは前回の後半パートの流れと同じです。

のどかはこのよるむんの動画が心の拠り所みたいで、これを見ると途端に上機嫌になる。この「姫魚よるむん」というのは人魚姫をモチーフとしていて、バーチャルアイドルという設定の二次元キャラで、かなり長期的に人気者のバーチャルキャラみたいです。配信には多くのファンがコメントを寄せており、その人気の高さが窺い知れる。絵は綺麗だし、喋りはかなり手慣れたもので、中の人は本物のアイドル級のトーク力があるようで、更にトーク内でマネージャーの存在も示唆されていたり、グッズの販売なども盛んに行っているようですから運営している組織もしっかりしているみたいです。

それでのどかが楽しんで配信を見ていると、よるむんが相談事のコメントを受け付けたので、のどかは「のどのど」というハンドルネームで「私はアイドルになりたいけど親の期待を裏切って夢を追う勇気が出ません」というコメントを送った。のどかが勉強漬けの日々に苦悩していたのは、勉強そのものが嫌だからというわけではなく、そのまま親の決めた人生のレールに乗せられてしまって「アイドルになりたい」という自分の本当の夢を諦めなければいけないことに不満があるからみたいですね。親の期待に応えたいという気持ちもあるから、自分がアイドルなんて目指してはいけないのだと思って、級友たちはともかくとして、周囲の大人の誰にも自分の本当の苦しみを相談出来ない状態のようです。

それで、よるむんにその悩みを打ち明けたところ、よるむんは多数のコメントの中からそののどかのコメントに反応してくれて、のどかの夢を応援すると言ってくれる。そして、自分も似たような立場なのだと言う。よるむんの言うには「私はVじゃなかったらこんな多くの人に見てもらえるアイドルになれなかった」とのこと。でもVに出会えて道が開けたのだという。そして、それは夢を諦めなかったからだと思うとよるむんは言う。だから、のどかにも夢を諦めないで頑張るようにと言い、よるむんは応援すると言ってくれます。

ここの場面でよるむんが言っていることは、「姫魚よるむん」という架空のキャラとしてではなく、よるむんのキャラに声を当てている「中の人」として喋っています。つまり、よるむんの「中の人」はもともとはのどかと同じように「アイドルになりたい」という夢を抱いていたのだが、何らかの理由でその夢を叶えることは出来なかったようです。しかしVTuberになることで「姫魚よるむん」というバーチャルアイドルという形でその夢を実現することが出来たのです。これは、単にリアルの世界でアイドルになる実力は不足していたが、バーチャルアイドルにならばなることが出来たという意味にも解釈出来ますが、もしかしたら「中の人」が顔出し出来ない事情のある人だとか、現実世界でアイドル活動するのは困難な状況にある人なのかもしれません。「夢を諦めなかった」結果としてバーチャルアイドルをやっているという点から考えると、単に実力不足だったというよりは、何か根本的に顔出ししてアイドル活動が出来ない事情があったと考える方が妥当な気がします。

ただ、この場面はちょっと異様な描写があって、そうやってのどかのコメントに応えながら「姫魚よるむん」というキャラの側からのどかの姿を見ているカットが挿入されているのです。しかし、ここでのどかのコメントに応えて喋っているのは、あくまで「中の人」であるはずです。しかし、このカットでは「姫魚よるむん」という人魚姫の姿をしたキャラが喋っており、そのよるむんが水中のような場所に居て、モニターに映ったのどかの姿を見ながら喋っている。まるでタブレットの画面の中からのどかの姿を見ているかのようですが、「中の人」は現実世界の別の場所で配信をしているはずなので、のどかの姿が見えるわけがないし、こんな水中みたいな場所に居るのはおかしい。だから、これは「中の人」ではなくて、タブレットの中から「姫魚よるむん」が画面の向こうののどかを見ながら喋っている描写ということになる。だが、喋っている内容はあくまで「中の人」のコメントなのです。なんとも異様な描写であり、まるで「中の人」の分身である「姫魚よるむん」というキャラが「中の人」とは別個に実在していて、独自の意識も持っているかのような描写です。但し、ここに登場している「姫魚よるむん」は「中の人」とは別個に存在してのどかを視認していながらも、「中の人」の支配下にあって自由な行動は制限されているような印象です。

まぁそれはともかく、こうして「姫魚よるむん」に自分の夢を応援してもらったのどかは嬉しくなりました。「姫魚よるむん」の大ファンであるのどかにとって「姫魚よるむん」は実在しているアイドルの先輩のような感覚なので、そんな先輩で大人な相手から初めて自分の夢を認めてもらえて嬉しくなったのどかは、翌日登校すると、たまたま話しかけてきた畔目真奈美先生にもつい「姫魚よるむんに夢を励まされて嬉しかった」と言い、自分がアイドルになりたいという夢を持っていることも初めて現実世界の大人に打ち明けます。

真奈美は生徒の夢を応援したいという考え方の教師なので、のどかが夢を持っていることを喜んでくれて、応援すると言ってくれます。ただ真奈美は古風な人間なので「VTuber」というものがよく分かっておらず「紙芝居」のようなものかと解釈したりするので、のどかは全く違うと説明します。キャラのイラストを描いたり動かしたりする人が、キャラの生みの親のようなものですから「親」といい、キャラの声を当てて喋っている人を「中の人」だとのどかは説明し、すると真奈美は要するにその「中の人」がのどかを励ましてくれたのだと解釈します。だが、のどかはそう言われるとあまりピンとこない。あくまで自分を励ましてくれたのは「姫魚よるむん」というキャラなのだという感覚なのです。

確かにあの時、のどかに共感して応援してくれたのは「中の人」なんですが、そのことが理屈として分かっていながらも、それでものどかは「姫魚よるむん」に応援してもらったという意識になってしまう。アイドルになりたくてもなれなかった「中の人」がVTuberという手段に出会うことによってアイドルとして成功した姿が「姫魚よるむん」なのであって、のどかにとっての先輩アイドルは「中の人」ではなく「姫魚よるむん」なのです。つまり、のどかの意識においては「中の人」とは別個に「姫魚よるむん」という人格は実在している。おそらく「姫魚よるむん」の配信を視聴している他のファン達も大部分は同じように考えているのでしょう。「中の人」はそもそも匿名で顔出しもしませんから、視聴者にとっては実在しないも同然なのであり、視聴者はあくまで「中の人」ではなく「姫魚よるむん」と接しているし、「中の人」も素で喋るのではなく、あくまで「姫魚よるむん」のキャラ設定で喋るのだから、そうなるのも当然です。のどかのコメントに応えた時みたいに「中の人」の素が出ることの方がむしろ稀なのです。

ただ、当然ながらこの「姫魚よるむん」というキャラは「姫魚よるむん」のVTuber配信を視聴している者にしか認識されておらず、その名前もVTuber配信に興味を持っている人ぐらいにしか知られていないはずです。だが、ここで真奈美はのどかが去っていった後、ふと「よるむん」という名前を何処かで聞いたことがあったことを思い出す。真奈美はVTuberというものを根本的に理解していなかったぐらいそういうものに疎い人間なので、「姫魚よるむん」の配信を見て「よるむん」という名を聞いたわけではないようです。だが「よるむん」という普通は使わないようなフレーズを知っているということは、もしかしたら真奈美は何処かで「姫魚よるむん」の裏方の人間、つまり「親」であるイラストレーターや配信者、あるいは「中の人」の関係者に出会ったことがあるのかもしれない。

ところが、そうして真奈美と別れて歩いていたのどかがスマホを見てみると、なんと「姫魚よるむん」が突然引退を発表したというニュースが載っていた。昨晩自分の夢を応援してくれると言ってくれたよるむんの突然の引退の報道にのどかは激しくショックを受けます。昨晩の配信ではよるむんに引退の気配など全く無く、これからもますます頑張ると張り切っていたはずです。しかし「姫魚よるむん」の運営チームの公式サイトでも正式に引退の発表も掲載されており、引退は間違いなく事実のようでした。それでのどかは呆然としてしまい、勉強にも身が入らなくなってしまう。自分のアイドルになりたいという夢を応援してくれた姫魚よるむんが突然居なくなってしまい、自分のアイドルになりたいという夢も潰えてしまったように思えたのどかは、自分の将来に希望を持つことが出来なくなり、親の期待に応えなければいけないという想いも自分を圧し潰す重圧にしか感じられなくなり、何もかもやる気を失ってしまったのでした。

だが、そうして自室で1人でのどかが落ち込んでいると、勝手にタブレットの電源が入り、画面にノイズが流れた後、いきなり「姫魚よるむん」の動画配信が流れ始める。それも過去の配信映像ではなく、現在のライブ配信みたいで、いつもの背景画面の前でよるむんは「みんな、心配かけたね」「私はここに居るよ」とか言っており、引退報道を聞いて心配していた視聴者たちがよるむんの配信開始を驚き喜んでコメントをたくさん投稿していた。そして、よるむんは引退報道を否定し、自分はずっとみんなを応援していると応える。だが、どうもこの映像は全体的にノイズがかかっていて、音声もノイズで乱れていて、どうにも普通ではなく不気味な感じがします。

のどかはこの配信を見て、もしかして引退報道の方が何かの間違いだったのかもしれないと思い画面を見入りますが、そうしているうちにタブレットから大量の水が溢れ出してきて、のどかの部屋を水で満たしていき、のどかは水中を漂う。そこにタブレットの画面から等身大ぐらいの大きさのよるむんが抜け出してきて、のどかの部屋を満たした水中を泳ぎ回り、不気味な笑顔でのどかに顔を近づけてきて「頑張って!応援してるよ!」と励ましてくる。

こうなってくると、もう完全に怪奇現象であるが、部屋が水で満たされたというのは一種の幻覚のようなもので、実際は水など溢れてきてはいなかったようです。よるむんのライブ配信も本当にあったのかどうかは分からない。のどかが幻覚を見ただけなのかもしれない。ただ、いずれにせよ、のどかはよるむんに励まされて元気を取り戻したようで、翌日は学校に元気に登校して小テストでも満点を取っていた。また家庭教師を付けての自宅での勉強でも素晴らしい学習成果を上げて褒められていました。のどか自身全く疲れた様子も無く元気いっぱいで、家庭教師が帰った後はアイドル目指してダンスの自主練にも励んでいました。全てに前向きで、全てが順調なように見えますが、実はのどかの傍にはずっと姫魚よるむんがくっついているようです。のどか以外にはその姿は見えないようですが、昨晩タブレットから抜け出してきたよるむんがそのままずっと憑りついているようです。のどかには常に「頑張って!応援してるよ!」というよるむんの声が聴こえていて、嬉しそうにしていますが、よるむんの表情はどう見ても邪悪そのものであり、その邪悪さがのどかには分かっていない様子です。

乙は前日に学校でのどかがスマホを見て真っ青になっていたのを見て心配していたので、打って変わって元気いっぱいになっているのどかの姿を見て不審に思っていたようですが、それから4日経って、のどかが日に日にやつれていくのを見てますます乙は心配になり、一緒に宿題をすると言ってのどかの家についていきます。のどかは目の下に深くクマを作り、顔も荒れ放題で、身体はフラフラで呂律も回っていない有様になっており、聞いてみるともう4日寝ていないという。どうしてそんな無茶なことをしているのかと聞くと、やりたいことがいくらでもあるからだと言う。異常に元気になってあらゆることに前向きになった結果、寝ることも忘れて勉強もアイドルの練習もしているようです。どう見ても異常な状態であり、のどかは自室で「よるむんが応援してくれる」と言って昏倒してしまう。慌てて駆け寄った乙は、のどかの部屋の中に置いてあるタブレットから例のハザード標識が伸びて立っているのを目撃したのでした。

そのまま、のどかは高天原病院に運ばれて入院することになったが、身体は衰弱する一方となる。乙はハザード標識が立っていたということは怪異が絡んだ事件なのだと理解し、蓮と董子に相談した。そして、のどかが「よるむんが応援してくれる」と言って倒れたことや、標識が立っていたタブレットでいつものどかが姫魚よるむんの動画を見ていたことから、「姫魚よるむん」というVTuberに関係した怪異なのではないかと考えて、そのことも蓮たちに伝えた。

すると、「姫魚よるむん」というVTuberは先日、人気絶頂で突然に引退を発表したということが分かったが、実はそれ以降に全国で多数ののどかの事例に酷似した原因不明の昏倒事件が起こっており、それらの人たちは全員が「姫魚よるむん」の動画の熱心な視聴者だったらしい。もちろん「姫魚よるむん」の動画の運営チームは一切関係を否定している。また、引退報道後に「姫魚よるむん」のライブ配信があったという噂もあるが映像は一切残っていないという。

おそらく実際にはライブ配信は行われてはいなかったのでしょう。だが、のどかが謎のライブ配信を見た場面では、多くの視聴者がそのライブ配信にコメントを寄せてきていた。実際にのどか以外にも熱心な視聴者がたくさん昏倒しているところを見ると、あれはフェイクコメントだったのではなく、本当に多くの視聴者があの謎のライブ配信を見てコメントを送っていたのであり、その人たちは皆のどかと同じ運命を辿ったのでしょう。おそらく、あの時に全国で大量の「姫魚よるむん」の熱心な視聴者が、本来は無かったはずの「姫魚よるむん」のライブ配信を見て、のどかと同じように幻覚の中で画面から抜け出してきた姫魚よるむんに憑りつかれて、励まされて昏倒するまで働かれていたのでしょう。

問題はどうしてそんな奇妙な現象が起きたのかです。それについて、蓮は「姫魚よるむん」というVTuberが「かなりの人気者」であり「人気絶頂で突然引退」して「引退理由は非公表」であり「今回の事件で昏倒したのはよるむんのファンばかりというのは既に噂になっている」ということを聞き、やはり「姫魚よるむん」が怪異化したのだろうと推測する。

しかし、VTuberのバーチャルキャラである姫魚よるむんが怪異化するというのはどういうことなのか、董子たちにはどうもピンとこない。それについて蓮は前回少し董子との会話の中で触れた「付喪神」なのだと言う。付喪神というのは「長い年月使った道具に霊魂が宿る」というものであり、一種の怪異といえます。ただ、蓮は前回、今の時代はそんなに長い年月同じ道具を使い続けるということはないので付喪神は生まれにくいと言っていた。ちなみに長い年月というのは具体的にはどれぐらいかというと、百年だそうです。もちろん「姫魚よるむん」というバーチャルキャラも百年も使用されていないわけだから本来は付喪神になるはずはない。だが、「百年」というのは要するにそれだけ長い年月をかけて大切に使われることが必須という意味であり、普通は道具は1人の持ち主とか1つの家の住人に使われるものだが、「姫魚よるむん」のような大量の人間に一度に大切に思われるキャラの場合は、ごく短期間でも付喪神化することは可能だと思われる。

そして何より、実は付喪神というものは単に「長い年月使われた道具が怪異化したもの」なのではなく、「大事に使われていたものが粗雑に扱われて打ち捨てられたことへの復讐として人に害をなす存在へと転じた怪異」なのだそうです。そして付喪神を見た者は必ず死ぬのだそうです。つまり、人気絶頂で多くの人に大切にされていた「姫魚よるむん」が突然の理由不明の引退と配信中止によって理不尽に粗末に扱われて打ち捨てられたので人間に復讐するために怪異化したのだと考えられるのです。

ただ、この作品の設定では、それだけの理由で「怪異」というものは生まれるわけではない。都市伝説のような多くの人間の集合無意識が実体化することによって「怪異」は生まれるのです。そういう観点で見ると、どうやら「付喪神」というものがそもそもそういう都市伝説の一種だったということが分かる。先述の「大事に使われていたものが粗雑に扱われて打ち捨てられたことへの復讐として人に害をなす存在へと転じた怪異」「出会った者は必ず死ぬ」という定義などは、実は室町時代の「付喪神絵巻」という御伽草子が由来であり、それ以外には特に出典といえるものは無い。

古来から日本では自然物に霊が宿るという信仰はあったが、人間が使った道具が悪霊化するという発想は無かった。このような発想は室町時代特有のものみたいであり、江戸時代にはそういう考え方は無かった。つまり、本当に人間が使った道具が悪霊化するわけではなく、そういう都市伝説が室町時代に流行していたのです。現実世界なら「ただの都市伝説」で終わる話ですが、この作品の世界では、そうした都市伝説は実体化するので、室町時代にはそういう付喪神が実際に実体化して出没していたのでしょう。ただ、それは江戸時代には都市伝説自体が無くなっていたので実体化もしなくなり現れなくなっていたはずです。

ところが、その「付喪神」の都市伝説が近代になって復活したようです。おそらく、そのきっかけとなった事件は大正時代の「お菊人形事件」でしょう。これは実際に起きた不思議な事件で、死んだ子供の遺品のお菊人形が、子供と一緒に棺に入れるのを忘れてしまったので仏壇に祀っていたら髪の毛が伸びてきたという怪事件で、当時かなりの騒ぎになりました。この事件の真相はよく分かりませんが、この騒動の結果「大切に使っていた人形を誤った処理をした場合は悪霊化する」という都市伝説が生まれた。そうした考え方が生み出した風習が「人形供養」というもので、雛人形などが対象になっていることから古来からの風習と誤解されがちですが、あれは昭和30年代に始まった風習です。

こうした「古い人形が悪霊化する」という大正から昭和にかけて生まれた新たな都市伝説が次第に対象範囲を広げて「大切に使っていた古い道具も悪霊化する」という都市伝説となっていき、それが室町時代の「付喪神」の古い都市伝説と類似しているために結び付くようになり、現代に「付喪神」の都市伝説が復活することになったのです。それは現代風にアレンジされているので、大量の人間に一度に大切にされたデジタルデータであれば短期間でも怪異化することは可能と解釈され、理由不明に理不尽に引退させられたことが「打ち捨てられて粗末に扱われた」ということに相当すると解釈されて、「姫魚よるむん」が人間への復讐のために怪異化し得るという都市伝説を生み出し、それが実体化したのです。ただ、そのような都市伝説を信じ込む者はもともと「姫魚よるむん」のファンだった人間だけですから、「姫魚よるむん」の実体化した怪異はまずは熱心なファン達のもとに現れたのです。のどかも「姫魚よるむん」の突然の引退によって自分のよるむんが粗末に扱われたことに対する恨みの気持ちの伴った都市伝説を全国のファン達と共有していたので、一種の集合無意識を形成し、自分の部屋に「姫魚よるむん」の怪異を実体化させてしまったのでしょう。

おそらく、もともと多くの視聴者が「姫魚よるむん」というキャラを大切に扱う気持ちが「中の人」とは別個に「姫魚よるむん」の意識を誕生させており、それがあののどかのコメントに対する返事をしていた時に水の中からモニターの向こうののどかを見つけていたのでしょうけど、まだ粗末に打ち捨てられる前だったので怪異化しておらず「中の人」の意識の支配を受けていたのだと思われます。しかし引退によって「中の人」の支配から脱して、視聴者たちの恨みによって形成された都市伝説によって一気に危険な怪異と化して暴れ出してしまったのでしょう。

ただ、大問題なのは「今回の事件で昏倒したのはよるむんのファンばかりというのは既に噂になっている」ということです。これによって、最初の怪異によるライブ配信を見ることがなかったライト層のファン達も「よるむんのファンだった者はよるむんの怪異と出会う」という都市伝説を信じてしまい、よるむんの怪異を実体化させて遭遇してしまう危険度が上がってきます。更にそれがより大きな噂になっていくと、一般人にも「姫魚よるむんの怪異」という都市伝説が認知されるようになり、更に多くの一般人が「姫魚よるむん」の怪異を実体化させて遭遇すて被害に遭う可能性もある。だから早急に手を打たなければ更に被害は拡大していく恐れがある。何より、のどかを何とかして救ってほしいという乙の願いもあり、蓮は「姫魚よるむん」事件の解決のために動くことを決意します。

そういうところで今回は終わり次回に続くわけですが、今回はそうしたラストの方の展開の中で「姫魚よるむん」とは別の怪現象が起きている。のどかの入院している病室の窓のところに黒猫が現れて、のどかの様子を探っている様子だったが、窓ガラスをすり抜けて外に飛び出していき、地上何階かの高さから飛んでいったり、そうした猫たちが夜の公園に集まって踊ったり、その踊りの中心にいる謎の猫女みたいな奴が蓮をどうやら狙っているらしいことなど、猫絡みの謎すぎる描写が続きました。これはおそらく「姫魚よるむん」とはあまり関係なく、蓮をターゲットにした別の怪異の仕業っぽいんですが、この猫たちはクール序盤から蓮や乙や董子の周囲をうろついて監視しているような素振りを見せていた奴らだと思われ、その意図は全く分かりませんが、この後の物語の展開に絡んでくるようです。そのあたりもどうなるのか期待しつつ次回を待ちましょう。