2024春アニメ 6月1日視聴分 | アニメ視聴日記

アニメ視聴日記

日々視聴しているアニメについてあれこれ

2024年春アニメのうち、5月31日深夜に録画して6月1日に視聴した作品は以下の2タイトルでした。

 

 

アストロノオト

第9話を観ました。

今回はまず前回のラストでゴシュ星のスパイに身体を乗っ取られた葵を救うためにキスして以来ちょっと気まずい拓己とミラと葵の様子が描かれ、そこに若林の息子の蓮が以前に参観日で酒で醜態を晒した父の若林に参観日に来てほしくないと言い出し親子喧嘩を始める。一方、ミラはあまりカギ探しに身が入っていないのでショーインに注意され、生まれた時から決められている自分の人生が本当に正しいことなのか疑問だと言い返す。するとショーインはミラに好きな人でも出来て影響を受けているのではないかと指摘し、ミラは拓己に影響を受けてそんなことを言ったので、自分は拓己のことが好きなのかと思い意識してしまいます。

その拓己はナオスケから葵が自分のことを好きだということを教えられ、更に昔働いていたホテルの同僚であったことも教えてもらい驚きます。また、参観日のことで若林と揉めた蓮はミラの部屋に家出してきて夜はミラの部屋に居るようになったので、蓮に正体がバレてはいけないナオスケは部屋の中でもずっと犬のフリをしなければならなくなり困ってしまう。一方、葵に酷いことをしてしまったと悩む拓己は松原に呑みに誘われて、松原に「気持ちに応えてあげることが出来ないなら前に進めるようにしてあげるべき」とアドバイスされます。

ミラはナオスケに強く言われて、とにかく蓮と若林を和解させて蓮に戻ってもらおうとして若林と話し合いをします。参観日に行くのを諦めてはどうかとミラは言いますが若林はそれは無理だと答え、参観日までは禁酒すると言う。そして若林は実は自分と蓮は血は繋がっていないのだと打ち明ける。蓮は若林の内縁の妻の連れ子であり、その女性が亡くなった時に蓮を施設に預けようという話も出たが、若林は下高井戸に弁護士を紹介してもらって一緒に暮らせるようにしてもらったらしい。どうしてそこまでやったのかというと、妻が死んだ時、現在自分がこの地球上で最も蓮のことを愛していると確信したからだという。

そして若林は、自分のようないい加減に生きている人間が蓮という愛する人間に出会うことで人生が変わったのだという話をして、それを聞いてミラは自分も愛する人が出来れば人生が変わるのだろうかと思う。そしてミラと若林は一緒にスーパーに買い物に行こうといって部屋を出ていくが、消しゴムを取りに来ていた蓮が押し入れの中でその話を聞いていて、その後食堂で葵に勉強を教えてもらうことになった蓮は葵が施設の出身で父親に捨てられたのだということを知る。そして葵から「周りから見て愛されてると分かるというのはとても幸せなことだよ」と諭される。

後日、拓己は葵をピクニックに誘い、自分はミラが好きなのだと伝える。葵は分かっていたと答えて、拓己のことを諦める。そして葵は拓己が作ってきてくれたおにぎりを食べますが、その姿を見て拓己は葵がホテルの屋上で会った「おにぎりちゃん」だと思い出す。「美味しそうに食べている姿を見て思い出した」という拓己の言葉を聞き、葵は自分もミラのように食べ物を美味しく食べることが出来ているのだと知り、初めて自信を持つことが出来て、嬉しくて涙を流します。また、蓮は若林に参観日に来てもいいと伝え、若林は喜びます。

そして今まで気づいていなかったけど自分は既に色んなものを持っていたのだと自信を持てた葵はそろそろアストロ荘の外の世界に出ていこうと考え、今まで話し相手になってくれた空き部屋のはずの8号室の謎の住人「ハチ」にドア越しに礼を言います。「ハチ」の正体はナオスケなのだが、しかし翌日、何故か8号室から出てきたショーインの姿を見て、葵はショーインのことを「ハチ」だと思い込んでしまう。一方、ミラは拓己に話があると言い出しますが、今回はここで終わり次回に続きます。

 

 

ガールズバンドクライ

第9話を観ました。

今回は智の掘り下げ回でしたが、特に前半パートはギャグシーンも多めで各キャラの魅力が発揮された爽やかな良回でした。前回までのバンド解散の危機みたいな激動の展開ではなくて、智というキャラの面倒臭さをトゲナシトゲアリというバンドが包容してくれていて、そのぶん大人しめの展開ではあったんですが、それだけトゲナシトゲアリというバンドが激動の展開を経て成長し安定した証だと強調する内容であったと思います。また、前回からの流れで一気に激動の展開で畳みかけるのもアリだと思えたのですが、ここで一旦大人しめの展開でキャラの魅力を更に際立たせるという選択をしたというところに、この作品の余力の大きさを感じましたね。今回はフェスに向けての新曲を作っていく過程を描いた話でもあるので、ここであえて一旦溜めて新曲への期待感を増幅させたところを見ると、新曲をお披露目するフェス回はかなり盛り上がることになるのでしょう。

また特に今回は仁菜の包容力が目につきましたが、それは前回までの仁菜のやたら攻撃的な傾向と対照的に感じられたからです。だが、おそらく前回までの仁菜の攻撃性は熊本でのイジメ関連の一件やダイヤモンドダストの件なども含めて、彼女の人間性の核心といえる部分が攻撃を受けた時のものであって、そうではない普段の仁菜の姿が今回の智に対するような素直で優しくて人懐っこくて包容力のある姿なのでしょう。あれが仁菜の本来の友人に接する態度なのだとしたら、おそらく熊本で親友だったというヒナに対する態度もあんな感じだったのでしょう。ああいう感じの人間をイジメようという発想に普通はならないと思われ、熊本で実際に仁菜とヒナの間に何が起こったのか気になるところではあります。

今回の話を見て改めて感じたのですが、仁菜がトゲナシトゲアリのメンバーの中で一番好きなタイプは智なのでしょう。桃香とすばるとは衝突する仁菜ですが、智に対しては基本的に優しい。ルパとも衝突はしませんが、ルパに対してはまだちょっと遠慮している感はあります。智に対してはかなり踏み込んでいて、それでいて優しく接している。桃香やすばるに対しては甘えているから衝突するという面もありますが、仁菜は智に対しても十分甘えているように見えます。それでも智に対しては基本的に優しいので、おそらく性格的に一番合うのは智なのでしょう。桃香やすばるとの関係は、衝突した上で理解して尊敬するに至ったという経過を経ての関係性ですが、智みたいなタイプはおそらく仁菜は最初から好きなのでしょう。そういう視点で見ると、前回のラストシーンで垣間見えたヒナの性格というのは、ちょっと智に似ているような気がします。境遇や方向性が違うから全く同一というわけではないが、タイプ的には似ているのかなと思いました。真面目で目標に向かって一直線で、繊細で素直になれずに色々溜め込んでしまうタイプなのかなという印象です。

そんなヒナと仁菜はおそらく過度な敵対関係にはならないのでしょう。トゲナシトゲアリとダイヤモンドダストも過度な敵対関係にはならないでしょう。前回は「プロになること」はどういうことなのかについて描かれたエピソードであり、そこで示されたのは「プロになるためには自分の好きなことを曲げる覚悟も必要」だということでした。現ダイヤモンドダストは自分たちにはその覚悟があってプロの道を選んだのだということを示してみせて、だから桃香が罪悪感を感じる必要は無いのだと言ってくれた。一方で桃香はそんなプロの覚悟を決めたかつての仲間に対等な立場で顔向けすることが出来なかった。桃香は自分にその覚悟が無いことが分かっていたので、だから自分の音楽ではプロには通用しないという負い目があったのです。だが仁菜があくまで「自分たちの方が正しいと証明してみせる」と宣言したので、桃香も旧友と再び対等に向き合うために仁菜の宣言に乗っかって「自分たちの方が正しいと証明してみせる」と宣言した。

そこでもう1つの「プロになること」の道が浮上してくる。自分たちの方が正しいと証明すると言ってしまった以上、ダイヤモンドダストと同じやり方で勝負するわけにはいかない。そうなると「自分の好きなことに文句を言わせないだけの圧倒的クオリティを示す」しか無い。戦う相手はダイヤモンドダストやヒナなのではなく、過去の自分自身を超えていくことが仁菜たちのこれからの戦いなのです。しかし、桃香の音楽ではそれが出来なかったから旧ダイヤモンドダストはアイドル売りをするしかなくなってしまったわけだから、やっぱり桃香の音楽だけでは前回の宣戦布告はただの虚勢で終わってしまう。そこで桃香の音楽に加える新たな要素が必要になってくるわけで、それを担うのが智なのです。

今回はつまり前回のラストでのダイヤモンドダストへの宣戦布告を実行するために、智の協力を得てトゲナシトゲアリの音楽を進化させようとするまでに至るお話なのであり、智が真にトゲナシトゲアリの仲間になる過程が描かれたのだといえる。そこで描かれたのは「プロを目指すのなら本気で上手くなろうとしなければならない」という当たり前の話でした。ギャグパート以外はほぼそれだけの内容であってシンプル極まりない話だったんですが、あえてこんなシンプルなエピソードをわざわざ作るバンドアニメはむしろ珍しいのであり、こんなシンプルな話でもちゃんと面白くなってしまうのは、この作品のキャラ造形が非常に丁寧で魅力的だからなのでしょう。また、これだけシンプルなお話だからこそ、じっくりキャラの魅力を際立たせることが出来たのだろうとも思います。

まず今回の冒頭は、スタジオでの練習場面から始まりますが、仁菜が自分の部屋のクーラーが壊れたので暑くて眠れなくて寝不足だとか言ってます。前回のバンド解散寸前かと思われた騒動の影響は残っていないようで、仁菜も呑気なもので、桃香も普通に練習に参加しています。結局、前回ラストのダイヤモンドダストへの宣戦布告の結果、桃香もプロを目指して活動する路線を受け入れて、晴れてトゲナシトゲアリは5人でプロを目指して活動することになったようです。

そうしてまずは以前に応募して出演OKとなっているフェスに向けて新曲を作って、その練習をしようとしているのですが、桃香はその自分の作った新曲をフェスまでに手直ししたいみたいです。どうも詩も曲もありきたりで物足りないのだという。これはやはり、ダイヤモンドダストに対して「自分たちのやり方が正しかったと証明してみせる」と啖呵を切ってしまった以上、それに見合った楽曲でなければいけないという拘りがいっそう生じたということでしょう。フェスにはダイヤモンドダストも出演しますから、そこで桃香としてはダイヤモンドダストから逃げ出した頃の自分の作った楽曲よりも更に凄い楽曲を見せつけなければいけないという想いがあるわけです。

この桃香の「ありきたり」という自分の新曲への評を聞いて、少し智が反応したのを見て、ルパが智に何か意見があるのではないかと水を向けます。桃香も仁菜もすばるも智の意見を聞こうと思い智に注目する。ネットで注目株であった紅しょうがの曲は全て智が作った曲であり、智にも曲作りの才能があるのは明白でしたから、何か的確な意見が聞けるのではないかと桃香たちは期待したのです。

しかし智は「いいんじゃないの?別に」と流してしまい、特に意見を言うことは無かった。これは智の本心ではないのであろうことは、ここで智の内心が描写されていて、以前にやっていたバンド内で智が嫌われて仲間が辞めていったらしきことが示唆されたことからも想像できます。智とルパの部屋には4人で写った写真に「目指せ!武道館」と書かれたものが壁に貼ってありました。しかしそこに写っていた4人のうち智とルパ以外の2人の顔はシールが貼って隠されており、2人は脱退したのであろうことは想像出来た。それでもその2人の顔を隠してまでその写真を壁に貼っていた理由は「武道館を目指す」という目標がそれだけ智とルパにとって大事なものだったからなのでしょう。同時に、そんな大事な写真にシールを貼ってしまわねばいけないぐらい、その居なくなった2人のメンバーのことは智とルパにとって消し去ってしまいたい嫌な記憶なのでしょう。

ここでちょっと不思議なのは、どうして智とルパはそこまで「武道館」にこだわっているのかということです。バンドでプロを目指す者なら誰でも武道館を目標に据えるものというわけでもないでしょう。出来れば顔にシールを貼って隠したくなるほど嫌いな辞めたメンバーが写っている写真なんか部屋の壁に貼りたくないはずでしょうに、それでもあえてその写真を貼っているのは、その時の「目指せ!武道館」という文字に込めた想いが智とルパにとってよほど特別なものだったからなのでしょう。

その智とルパの武道館に関する特別な想いについては、今回のエピソードでもまだ触れられてはいない。今回は智の内面が描かれたエピソードでしたから、そこで触れられなかったということは、その武道館へのこだわりはどうもルパの事情に関係していることのように思えてくる。以前にも智が新川崎へのアプローチに逡巡しているのを見てルパが「目指せ!武道館」という目標を掲げるのを止めるべきだと、ちょっと叱る場面がありましたが、あれも「武道館」という目標に関しては智ではなくルパの方に主導権があるかのように思わせる描写でした。

まぁそれに関してはいずれ触れられるのか触れられないのか分かりませんが、ここでは「武道館」の件はとりあえず置いておいて、辞めた2人のメンバーの方です。大切な「目指せ!武道館」という目標を掲げる写真にシールを貼って汚すようなことをしてまで消し去ってしまいたい嫌な思い出の「辞めたメンバー2人」ですが、今回のこの冒頭の場面の智の回想を見ると、どうやらこの2人は智と上手くいかなくて辞めたっぽいことが分かります。つまりこの辞めた2人を嫌が思い出になっているのは智の方だということが想像できる。2人の顔に貼られているシールが爬虫類の絵のシールであるということからも、爬虫類好きの智が貼ったのであろうことも想像できます。

そして、この場面は智が桃香の楽曲に意見を求められて、この嫌な思い出が頭をよぎって「いいんじゃないの?」と応えているので、本当は智には言いたい意見があったのに、意見を言って仲間と上手くいかなかった記憶がよぎって、意見を言わずに吞み込んだかのように見えます。それについてはこの後に続く場面で、自宅に戻った智とルパの会話でも裏付けられています。ルパは智にどうして意見を言わなかったのかと問いかけ、智が桃香の新曲に関して「ちょっと引っかかる」と言っていたはずだということも指摘します。つまり、やはり智には言いたい意見はあったのです。

だが、それを言わずに呑み込んだのは何故なのかとルパは問いかけている。それに対して智が「別に、良いと思ったから」と下手な言い訳をするのだが、それに対してルパが深く問い詰めようとはせず「なら、いいです」と簡単に引き下がっているところを見ると、どうやらルパも智が意見を言わずに引っ込めた理由は想像がついているようです。おそらく以前のバンドで辞めた2人の件を気にしているのだろうと、ルパも想像はついており、そこを更に深く追及しようとしないところを見ると、その件で智が深く傷ついているのだろうとルパが気を使っているのであろうことが分かります。

そして、そんなふうにルパに気を使わせているということは智も自覚しているようで、ルパの反応を承けてちょっと居心地悪そうな顔になり、飼っているヘビが餌の卵を食べようとしない様子を見て「そんなんだと死ぬわよ」とボソッと独り言で注意したりする。これはヘビに言っているように見せて、智が自分自身に言葉をかけているという意味合いの演出であり、今回のエピソードではこの飼いヘビが智に比定されるような演出が随所で使われています。

ここでは智は「今みたいに殻に閉じこもったままでは自分には未来は無いことは分かっているけど、それでも前に踏み出すことが出来ない」という危機感を抱いているのだということが分かる。おそらく、智は自分の意見をストレートに言ってしまったためにバンド仲間2人との関係が悪化してしまった過去を気にして、トゲナシトゲアリでも意見を言う勇気が持てなくなっているのでしょう。しかし、それではいけないということも分かっている。ルパも仁菜とすばるを勧誘した時に「智ちゃんには意見をぶつけ合える相手の方がいい」と言っていた。ルパは牛丼屋でいつも意見をぶつけ合っている新川崎の3人を見て、智にはこれぐらいの人たちの方がいいと思ったのでしょう。だが、それでも智は意見を言う勇気がまだ持てないようです。

そんなふうにしていると、智とルパの部屋にいきなり仁菜がやってくる。どうやら部屋のクーラーの修理が来週まで出来ないらしいので暑い部屋に帰りたくなくて、智とルパの部屋に涼みに来たようです。智は追い返そうとしますが、仁菜が部屋の外で騒ぐので仕方なく部屋の中に入れます。桃香は夜勤で家に居ないので此処に来たのだと仁菜は言う。確かにすばるの家は都内でちょっと遠いので同じ川崎在住の智とルパの部屋に来るのは理にかなっていますが、まぁ自分が涼みたいというのと、せっかく正式に一緒にやることになったからもっと智やルパとも親睦を深めたいという気持ちもあるのでしょう。

しかし仁菜が調子に乗ってクーラーのリモコンの「×」マークを付けてある「パワフル」ボタンを押してしまったために智とルパの部屋のクーラーも壊れてしまい、結局は3人ですばるの部屋に行く羽目になってしまった。仁菜のような迷惑人間ではない智とルパまでもがこのような迷惑行為に及んだ理由は決して利己的なものではなく、部屋で飼っているヘビが暑さに弱いので、そのままでは死んでしまうので緊急避難のためでした。それで仕方なくすばるも3人と1匹を受け入れて、更に桃香もバイト帰りに差し入れを持って寄ってくれることになった。

すると、ドタバタしているうちに終電も無くなってしまい、やはり半分は親睦会目当てであった仁菜が張り切って4人でトランプでもやろうとか言い出すが、智はずっとヘビを弄ってあまり喋らず、トランプに誘っても1人で寝室に入っていってしまう。それで仁菜は何か智を怒らせるようなことをしてしまったのだろうかと悩みます。まぁ、いきなり押しかけたりクーラーを壊したりして、十分怒らせるようなことはしてるんですけど、ルパは智が1人で引きこもってしまっているのはそういうことが理由ではないと言う。

おそらく智はバンド内で揉めることがトラウマになっているのだと思われます。前回、仁菜と桃香が喧嘩したのを見て「もう終わりね」とすぐに見切りをつけるような発言をしたのも、智の中では過去のバンドメンバー脱退の経験から「メンバー同士が揉めたらもう終わり」という固定観念が出来てしまっているからなのでしょう。それに対してルパは「始まりですよ」と言っており、揉めてもそこから絆が深まると信じているようです。前回の仁菜と桃香の喧嘩に関してはルパは智に「あんなに喧嘩してもまた会って話そうとしてるということは大好きということです」と諭しており、実際に仁菜と桃香は喧嘩別れすることはなかった。ただ、智と元メンバー2人の間はそうはならず喧嘩したまま関係が終わってしまったのであり、その事実がある限り、むしろ智には「自分にはそれが出来ない」と逆に自分の心の傷を深めてしまう結果になったのでしょう。

もともと牛丼屋でも、いつも来るたびに喧嘩している新川崎の3人にルパは親近感を抱いていたようですが、智は一貫して距離を置いていた。それはおそらくバンドマン同士の喧嘩自体が智にとってのトラウマになっていたのと同時に、智自身がバンド内の揉め事に関わることに苦手意識を持つようになっていたからでしょう。過去の苦い経験のせいで「自分はバンド内の人間関係が上手く出来ない」という苦手意識を持つようになってしまった智は、仁菜がバンド内の人間関係を良くしようとして一緒に遊ぼうとしているのを見て「自分は関わらない方がいい」と思ったのでしょう。自分はどうせ他のメンバーと喧嘩してしまうから、自分が関わると迷惑をかけてしまう、下手したらバンドが潰れてしまうかもしれないと思って、智はワザと距離を置こうとしているのでしょう。

しかし、智自身がそのような態度が良いと思っているわけでもないので、寝室で1人で落ち込んでいると、そこにルパが入ってきて気遣うようなことを言ってくるので、智が「文句があるなら言いなさいよ」と言うのですが、それに対してルパは「なんで文句があるんですか?」と問い返して、智は不機嫌な顔で黙り込み、そのままルパは寝室を出ていき仁菜たちと共にトランプをしに戻ります。ここの会話はちょっと意味が不明で、別にルパは智に態度について多少は文句を言っても良さそうなものですが、それでも自分が智に文句を言えるわけがないみたいな妙な態度をとっている。このあたり、やはりまだルパにはよく分からないところがある。いずれルパの掘り下げも期待したいところです。

その後、桃香がすばるの部屋に来たが、智のヘビを見てヘビ嫌いの桃香が錯乱してビール缶を投げつけたりして挙句にトイレに逃げ込んでしまい、智のもとにヘビは戻したのだが桃香が信用せずトイレを占領し続け、トイレのドアを無理矢理に開けようとして仁菜と桃香の押し合いになり、ルパがドアに蹴りを入れたらドアが外れてしまうという大惨事となってしまい、すばるは激怒します。

そんなドタバタもありましたが、桃香は部屋に来た時点では、まずは智が新曲について何か言っていなかったかということを気にしており、やはり新曲のクオリティを上げるために智の意見を聞きたがっていることが分かります。智にもそれは聞こえていたのですが、それでも智は自分の意見を言うことで揉めるのが怖くて、一晩寝室に閉じこもったままで過ごし、相変わらず餌の卵を食べようとせずにトグロを巻いたままのヘビに向かって「じれったい子ね、アンタも」と言ったりする。

そして翌朝、結局全ての元凶は仁菜であるという真っ当な結論に達して、仁菜が36回分割払いでドアの弁償をすることを約束させられて、4人はすばるの部屋から追い出されて帰路に就くことになります。ただしヘビだけは可哀想なので智たちの部屋のクーラーが使えるようになるまではすばるの部屋で預かってくれることになりました。そうして桃香はそのままバイトに出かけていき、智とルパは自宅に戻ると言いますが、1人になるのがつまらない仁菜は智に自分のギターの練習を見てほしいと言い、自宅にギターを取りに戻り、近所の公園でギターを弾いて智に聴いてもらう。

智は母親が男を作って家庭崩壊してしまって上京してバンドを始めたのだが、もともとは良家の子女のようで、幼少時からピアノを習っていて受賞歴も豊富だったという。だからかなり音感が優れているし作曲もこなせてしまえるのだが、ピアノ以外の楽器を弾けるわけではない。それでも音感が優れているので音の良し悪しは分かる。そうなると文句ばかりつけて改善法を全く教えられるわけではないので、どうしても印象は悪くなりがちです。「こいつ文句言うだけか」と相手はどうしても思ってしまう。ただ、プロでやっていくというのは、こういう「文句言うだけ」の人を相手にすることですから、それを耐えられない人はやっぱりプロには向いていないですね。

ここでも智は仁菜がギターを弾くと、音がズレてるとか指摘しますが、それでもあんまり文句は言わないようにしています。過去にキツいことを言いすぎてメンバーと喧嘩した苦い経験もありますし、仁菜がミネさんからギターを貰ってから弾き始めたことも知っている。それはつい最近のことであり、まだ全くの初心者ということです。そうしてごく短期間しか弾いていないはずなのに、仁菜はもう指が固くなってきていると言う。それだけ一生懸命やっているということだ。智だって、そんな初心者の懸命な演奏にまで文句を言いたくはない。だから、仁菜の拙い演奏を聴き、それに対する感想を仁菜に求められて、どう答えようかとちょっと困惑してしまう。正直に言えば「お話にならない」レベルなのですが、初心者が趣味レベルで弾いている演奏に対してそんな酷いことを言うのは憚られて、智は「趣味でやるぶんには良いんじゃない?」と一応褒めることにした。

ところが仁菜は「趣味?」と意外そうに言う。そして「ステージじゃ無理ってこと?」と智に質問してくる。仁菜は先日の桃香と一緒にダイヤモンドダストに宣戦布告した時に、ダイヤモンドダストと違う方法で自分たちが正しいと証明するためには、自分たちはもっと上手くならなければいけないと気付いたのです。だから、そのためには自分も歌うだけじゃなくて、ギターを弾けるようになって桃香をステージの上で支えたいと思ったのだと仁菜は言う。

これは別に仁菜は変なことは言っていない。ギターにはメロディを弾くリードギターと、伴奏を弾くリズムギターという役割分担があり、ギターが1人しかいないバンドでは1人のギタリストがこの2つの役割を兼ねるが、ギターを弾ける人間が2人いれば、より演奏の融通が利くようになり幅が広がる。現在は桃香がリズムギターの役割をこなしているが、仁菜がボーカルをやりながらある程度リズムギターの役割もこなすことが出来れば、そのぶん桃香はリードギターの役割を増やして、もともとハイレベルなギターソロのテクニックを魅せる部分が増えてきて、より派手な楽曲を演奏出来るようになる。

確かに理屈はその通りなのだが、現実には仁菜のギターの技術はそんなことを言えるようなレベルには全く達していない。ただ仁菜は素人なので自分のレベルがそこまで低いことに気付いていない。かといって、これならイケるとか思い上がっているわけでもない。本当に弾き始めたばかりでまだ全然分からないので、この演奏でステージで通用するのかどうか、純粋に智に教えてもらいたいだけなのだ。そして、智ならばどこをどう直せばいいのか教えてくれると期待している。

それで仁菜は「直した方が良いところがあったら言ってよ」と智に言うのだが、智としては欠点を挙げればキリが無いし、ギターの弾き方など分からないので直し方などは分からない。以前のようにダメ出しをするだけで嫌われてしまうだけだと思い、躊躇して「別に」と言って誤魔化そうとしますが、仁菜がしつこく「言ってよ」と迫ってくるので、思わず智は「そんなままごとギター、一生かかったってマトモにならないわよ!」と怒鳴ってしまう。

智は以前のバンドの時も、一緒にやっていたギタリストの演奏に対して同じ罵声を浴びせたことがある。その演奏は今の仁菜の演奏よりも遥かに上手ではあったが、それでも到底プロの世界で通用するようなレベルではないと智には聴こえた。それでもそのギタリストはその演奏で満足している様子だったので、プロを目指すために集まったバンドなのにそんなことではいけないと思って、智はまずそういう向上心の無さを否定する意味で罵声を浴びせたのだ。しかし、その結果ギタリストは怒ってしまい、同じようなやり取りがドラムとの間でもあり、結局2人とも辞めてしまった。

それで智は、プロを目指すのならあんなレベルで満足しているのが間違いなのであり、結局はあの2人は本気でプロを目指していたのではなかったのだと思った。だから自分は間違っていないのだと思い、残ったルパと2人でプロを目指すことにした。しかし、その後なかなか上手くいかず、自分は間違っていたのだろうかと迷うようになり、そうして結成することになったトゲナシトゲアリでは強く意見をぶつけて相手を怒らせるようなことは避けようと心がけていたはずだった。ところが、仁菜があまりに低レベルの演奏でステージに立てると思っているように見えて、あの低レベルの演奏で満足していた以前のメンバーと重なって見えてしまい、思わずキレて罵声を浴びせてしまったのです。

すると仁菜は呆然として、そのままギターを弾くのをやめて帰ってしまい、智は取り返しのつかない失敗をしてしまったと思った。その後、仁菜から練習に付き合ってくれたことへのお礼のメッセージが来て、ルパも仁菜は喜んでいたと言うが、智にはそんなはずはないと思えた。きっと仁菜は腹を立ててしまい、以前の2人のメンバーのようにもう自分とは一緒にやっていけないと言い出すに決まっていると思い、自分の行いを後悔した。

だが仁菜は別に智に対して怒ってはいなかった。仁菜が「そんなままごとギター、一生かかったってマトモにならないわよ!」と智に怒鳴られて呆然としたのは、自分のギターがそこまでダメだとは予想していなかったのでショックを受けてしまったからでした。下手だとは分かっていたのですが一生かかってもマトモにならないとは、あまりに想定外だったのです。そこまでショックを受けてしまったのは、仁菜が「智が嘘を言っている」とか「智が悪意で言っている」という発想に逃げなかったからであり、智が正直に言ってくれていると思ったからです。だからこそ一時的に猛烈に凹んでしまった仁菜であったが、まぁ別に本職がボーカルの仁菜ですからギターが下手でも死ぬわけでもなく、少し経って立ち直ると、正直に意見を言ってくれた智に感謝しなければいけないと思い、メッセージを送ってきたりしたのです。

ただ、それでもまだギターでバンドに貢献したいという想いを諦めきれない仁菜は、翌日ギターを持ってすばるの家に行き、ギターを弾いてすばるにも意見を求めた。智にダメ出しされたからといって諦めるという発想は仁菜には無かった。そもそも初心者なのであり下手なことは分かっている。だからダメ出しされたぐらいでショックを受けてギターを辞めようなどと思うはずもない。辞めるも何も、ほとんど始めてすらいない段階だから、ダメ出しされたぐらいで辞めるのもおこがましいといえる。仁菜はこれからギターを弾けるようになってステージで役に立ちたいだけなのだ。出来るだけ早くそうしたい。だが智は一生無理だと言う。しかし、さすがに「一生無理」は大袈裟ではないかとは仁菜も思った。それですばるにも意見を聞こうと思ったのです。

しかし、仁菜の演奏を聴いて、すばるも智に同意見だと言う。といっても、そもそも智の言ってることも「一生無理」と引導を渡しているわけではない。「ままごとギター」のままでは一生かかってもプロのステージでは通用しないと言っているだけなのです。仁菜の目指しているギタリストとしての目標があまりに低すぎるのがダメなのです。現在のトゲナシトゲアリのレベルがそもそもまだプロの世界で通用するのには足りないのであり、そういうレベルのステージでお手伝い程度のギターを弾ければいいという、そういう志の低いギタリストが立てるほどプロのステージは甘くないのです。「桃香を超えてみせる」ぐらい言えるようでなければ話にならないということです。

そこの意識を変えて、もっと高いところを目指すのであれば、一生無理などということはない。ただ、それでも1年や2年でどうにかなるような話ではないということはすばるは仁菜に伝える。それで仁菜はやっぱりガッカリしますが、まだ納得出来ないようで、すばるだってドラムを始めたのは中学の時で、まだ3年ぐらいしかやっていないのに智にそんなことは言われていないではないかと指摘します。自分だって3年ぐらいギターを練習すれば、すばるみたいに智にも認めてもらえるレベルになるんじゃないかと仁菜は思ったのです。

しかし、その仁菜の問いかけに対して、すばるは意外なことを言う。自分だっておそらく智に認められてなんかいないのだというのです。智は自分のドラムに対してだって本当は文句がたくさんあるはずだけど、口にしていないだけなのだとすばるは言う。それを聞いて仁菜は驚き、どうしてすばるには文句を言わずに自分に対してはダメ出しをするのだろうかと疑問を示す。それに対して、すばるは「そりゃ私は仁菜みたいに聞きに行かないから」と答える。つまり、智はわざわざ「私の演奏どう思う?」と聞きに行かない限りは意見を言わないようにしているのであり、仁菜がダメ出しされてしまったのは、仁菜がしつこく「私の演奏どう思う?」と聞きに行った自業自得だということをすばるは言っているのです。

それを聞いて、仁菜はどうして智が普段から自分の意見を言わないようにしているのか不思議に思った。そういえば桃香の新曲について意見を求められた時も智は何も言わなかったことも思い出し、仁菜は確かに智にはそういうところがあるということに気付いた。そして、そのことにすばるも桃香も気付いていて、桃香は気にしている様子もあった。自分だけ何も気づいていなかったのだと仁菜は思い、一体どうして智はそんなふうになってしまったのだろうと思った。

それに対して、すばるは、智はたぶん臆病で、嫌われたくないから離れた所に閉じこもってこっちを窺っていて、自分から近づいてこようとはしないんだろうと言う。でもこっちから近づくと嚙みついてくるのだという、そういうすばるの智に関する分析を聞いて、仁菜は自分に似ていると思った。確かに、すばるに初めて会った時の仁菜がまさにそんな感じでした。そういう面倒臭い人間だということを仁菜自身がすばるに告白もしていた。熊本でも誰にも迷惑をかけないように色んなことを我慢して、自分が正しいと思うことと葛藤して苦しんで苦しんで遂に爆発して、それでも家に迷惑をかけないように気を使って我慢して東京に出てきて、そこでもまた桃香に嫌われたくなくて迷惑をかけたくなくて我慢して色んな感情を溜め込んで爆発してしまってまた後悔したりしていた。そんな自分に智は似ているのだと仁菜は気づいた。でも、そんな自分にロックが救いになるのだと桃香は言ってくれた。臆病で誰にも言えない自分の気持ちを、ロックとしてならばぶつけられるのだということを桃香は教えてくれた。ならば、智だってロックの場でならば意見を言うべきはずなのだ。だから智はロックをやっているはずだ。それは自分と同じなのだと仁菜は思った。それなのに、どうして智はロックの場であるこのバンドで自分の意見をぶつけようとしないのだろうかと仁菜は不思議に思った。

そうしていると、すばるの家に智とルパが訪ねてきた。クーラーの修理が出来たのでヘビを引き取りに来たのだそうです。それでヘビを運び出そうとして智がリビングに入ってくると仁菜と鉢合わせして、智は仁菜がギターを持っているのを見て、自分の罵声のせいで仁菜がギターを辞めたりバンドを辞めていないのだと知って内心安堵します。それで、酷いことを言ってしまったことをフォローしようとして、ヘビをカバンに回収しながら「弾きたければステージで弾けばいいんじゃないの?」と仁菜に声をかける。だが仁菜はさっきすばるから智の話を聞いたばかりなので、それが智の本心ではないのだと気付き「どうして嘘つくの?」と問い返す。自分が自分の言いたいことを正直に言える場としてロックを見つけたように、智にもロックの場では自分の言いたいことを言ってほしかったのです。だが智は一瞬黙り込んだ後「フン」と少し怒って部屋を出ていってしまった。

そうして智はヘビを回収して1人でサッサと帰ってしまい、残されたルパが仁菜とすばるに過去の経緯を教えてくれた。智は実家を出て上京してネットでメンバーを集めてバンドを始めて、そこでルパも智と出会ったのだという。そのバンドはプロを目指すという目的で集まったメンバーだったので、智はプロを目指すならそれに相応しいレベルに上手くなければいけないと思い、メンバーに高いレベルの要求を繰り返したのだそうです。「プロを目指す」という同じ思いで繋がっている仲間だと信じるからこそ厳しい要求を繰り返したわけですが、智の言葉に怒ったギターとドラムが脱退してバンドは解散となってしまった。その後もルパと2人で紅しょうがの活動をしてプロを目指し、何度かプロデビューの話もあったが、そのたびに誰かと揉めて話が潰れてしまい、そうしているうちに智は自分の意見を主張することで良くない結果になると思って怖くなってしまった、それで智は今もトゲナシトゲアリで自分の意見を言おうとしないし、皆と打ち解けようともしないのだろうとルパは言いました。

なお、このルパの過去の経緯の説明の中で少し不可解な点は、智はおそらく以前のバンドでルパに対しても厳しいことを言っていたはずなのに、何故かルパは他の2人のように辞めなかったという点です。その後、智は一旦は1人で活動すると言ってルパとも離れたようですが、それはあくまで智の意思であり、その後、未成年なので実家と縁を切って1人で活動するに際して法律の壁で行き詰ってしまった智がルパを頼ってきて頼み込んできたのでルパに部屋に智が同居して紅しょうがの活動が始まったのですが、ルパはそれを拒絶することは出来たはずなのに拒絶しなかったのですから、やはりルパは智に厳しくダメ出しされても智と一緒にやろうという意思を持っていたことになります。それはもちろん、ルパが他の2人と違って本気でプロを目指していたからだったというのもあるのでしょうけど、それにしても智と一緒でなくても良かったはずであり、ルパが智と一緒にやることにこだわったのには何か別の理由がありそうです。そこに「武道館」という目標が何か関係しているのかもしれません。

それはともかく、仁菜はそうしたルパの説明による智の過去の話を聞いて、やはり智は間違っていると思った。智はやはりロックを志し、ロックに救いを求めた者として、トゲナシトゲアリでは遠慮せず言いたいことを言うべきだと思った。以前のバンドで智が失敗してしまったのは、そのバンドの辞めたメンバー2人が、智が求めるようなプロを目指すに相応しい演奏にこだわって本気でプロを目指す姿勢が無かったからだ。でもトゲナシトゲアリは違うはずだと仁菜は思った。もともと智が仲間として認めていたルパはまず大丈夫として、すばるだって智と同じように自分のギターを今のままでは全くダメだと言ってくれた。友達だからとかバンドの仲間だからといって気を使って褒めるようなことはしなかった。本気でプロを目指す気持ちが無ければダメだと言ってくれた。確かにまだ自分もすばるも智から見れば演奏の技術は拙いかもしれないけど、それでも本気でプロを目指して妥協はしないつもりだ。だから智にどんなダメ出しをされたってキレたり辞めたいなんか絶対にしないはずだという自信が仁菜にはあった。それを智は分かっていないから、勝手に遠慮して意見を言おうとしないのだ。それは間違っていると仁菜は思った。

それで仁菜は最終確認のために桃香の家に向かった。ルパも自分もすばるも大丈夫となると、残るはプロ意識の有無を確認すべき相手は桃香だけだったからです。ただ、これはほぼ確認するまでもなさそうではあったが、それでも仁菜は桃香の家に行くと、ギターを弾いて桃香に聞かせて「一緒にステージで演奏出来ると思いますか?」と質問してみる。すると桃香は「本気か?」と応える。もちろん「無理」という答えだが、本気で目指しているのなら出来るようになるまで待ってくれるという意味でもあった。それで仁菜は、きっと桃香ならば智がどんな無理難題を言ったとしても、それが本気であれば受け止めてくれるはずだと確信できた。この答えを得て、仁菜はこれで全員が本気でプロを目指す覚悟があり、智の意見を受け止めることが出来るはずだと思い、そのまま河川敷に向かい、いつものようにギターの練習に励みます。

そして一方でルパが家に戻ると、智がヘビの水槽の前で座っていて、ヘビがようやく卵を食べてくれて智は喜び、同時に自分だけ取り残されたように思って落ち込む。そんな智にルパは「どんなに慎重で臆病でもただ見てるだけじゃ何も進めませんからね」と言って散歩に連れ出す。これは智に対する言葉でもあるが、ルパ自身に向けた言葉でもあるのでしょう。ルパも立ち止まったままの智をただ見ているばかりだったことを少し反省しているようです。そのようにルパに思わせてくれたのは仁菜のひたすら不器用にがむしゃらに行動する姿だったのだと思います。

そうして2人は散歩に出かけて、河川敷を歩きながら、智は仁菜に罵声を浴びせたことをルパに非難されるのかと思い「間違ってないから!」と自己を弁護する。あれじゃプロで通用しないからダメだって言っただけであり、自分は間違っていないのだと主張する智に対して、ルパはならばどうしてさっきステージで弾いていいなんて矛盾したことを仁菜に言ったのかと問いかけます。

それに対して、智は返答に窮して、意を決して「仁菜が桃香とステージで演奏することを期待してるから」と答える。このバンドのためにギターを弾きたいと思っているのは仁菜の真っ当な想いであり、それを応援してあげるのがバンド仲間としての自分の役目なのだ。さっきは自分は間違ってないとか言ったが、本当は自分が間違っていたことは分かっている。上手いとか下手とか、プロだとかアマチュアとか関係なく、バンド仲間がやろうとしていることを応援するのが本来自分のやるべきことだった。それなのに自分はダメ出しばかりしてきて、それが間違いだったのだと智は言う。

しかしルパは、仁菜が求めていたことはそんなことではないと指摘する。そんなふうに応援してもらいたいだけだったら仁菜はわざわざ智にギターについての意見を求めたりしない。智に意見を求めたのはダメ出しをしてくれると思ったからなのであり、それはもっと上手くなりたい、上手くなってプロになりたいと思っているからなのだとルパは言います。しかし智は「口先ではみんなそう言う」と言い返す。「本気だ」とか「上手くなりたい」とか口先では言うけど、本当は「本気」などではない。本音は「チヤホヤされたい」「気持ちよく歌いたい」とか、そういう甘い考えなのであり、智が相手が本気だと思って上手くなれるように厳しい意見を言うと「チヤホヤされない」「気持ちよくない」と不満を抱いて離れていってしまうのだ。以前もそうだった。だからきっと仁菜だって本気ではなく、すばるだって桃香だって自分が厳しい意見を言ったら怒って離れていくに決まっている。智はそう思って途方に暮れる。

しかし、そこに聞き覚えのあるギターの音色が聴こえてきて、それが仁菜のギターだと智は気づいた。そうして音のする方に行くと、仁菜がギターの練習をしていた。ルパはいつもここで仁菜がギターの練習をしていることを知っていて智をここに連れ出したのです。そうして智は仁菜の練習の様子を覗き見るが、仁菜は指を痛がりながらギターを弾き続けており、まだまだ上手くなろうと必死な様子でした。さっき今のままでもステージに立ってもいいと言ってあげたのに、仁菜は全く納得していないのだと智は知った。あくまでプロのレベルに追いつこうとして必死なのだ。無謀な挑戦であるのは明白だったが、それでも仁菜が「本気」だということは智には伝わった。

そうして仁菜の練習姿を呆然と見つめる智に向かってルパが「3人のライブを見た時、この人たちが本気だとハッキリ分かったんです」と言う。上手さとか内容とか関係なく「本気」でステージに立っている、そう感じたのだとルパは言う。それを聞いて、智は確かに自分もそう感じたのだということを思い出す。あのライブハウスで初めて仁菜たち3人のステージを見た時、「不登校」「脱退」「嘘つき」という文字を大きく書いたTシャツを着てステージに立った彼女たちは「チヤホヤされたい」「気持ちよく歌いたい」という考え方を捨て去っているように感じた。そして、自分と一緒にやれる人達だと思えたのです。それがどうしてなのかと思い返して、それは3人が「本気」だったからなのだと智は理解した。

智はもともと「チヤホヤされたい」なんて想いは持ちたくても持ちようがなかった。智を「チヤホヤ」してくれる場所は親に捨てられた時点でとっくに失われていたからです。だから智は自分は「本気」でプロを目指すしかないと思っていたのであり、自分のような「チヤホヤされる」場所を失った人間しか「本気」にはなれないのだと思うようになった。「チヤホヤ」される場所を持っている人間は厳しい言葉に耐えられずにすぐに逃げる。以前のバンドメンバーがまさにその好例であった。だから智は自分と同じように親を失い「チヤホヤ」される場所を失った同士であるルパだけを仲間として信用し、厳しいことを平気で言うようになり、トゲナシトゲアリに入って以降も仁菜たちは所詮は「チヤホヤ」されたい人間であって「本気」ではないのだと思うようになっていた。

しかし、確かに仁菜もすばるも桃香も親に捨てられたり親が死んだりはしていないが、3人とも自分の意思で「チヤホヤ」される場所を捨てて退路を断っているのだ。仁菜はイジメ加害者と手打ちしていれば熊本で順調な未来が待っていたのにそれを捨て、上京後も予備校から大学に進学すれば安泰であったのにそれも捨てた。すばるも役者の道を選べばチヤホヤされる未来が待っているのにそれを捨てている。桃香もアイドル売りを受け入れればメジャーデビューしてチヤホヤされていたのにそれを捨てている。そうして3人ともチヤホヤされる道を捨ててバンドでプロを目指している。だから今さら「チヤホヤされたい」「気持ちよくやりたい」なんて気持ちに逃げ込むようなことはなく、智の厳しい意見から逃げるようなことはない。実際、3人とも激しく喧嘩して激しく意見をぶつけ合いながらも互いから逃げようとせずバンドを続けてプロを目指すことが出来ているのだ。

智は自分が「捨てることを強いられた者」だから、自分のような人間の強さしか知らず、仁菜たちのような「自ら捨てることを選択した者」の強さを理解出来ていなかった。それに仁菜のギターを練習する姿を見て気付くことが出来て、自分がとっくに3人のそうした「本気」の強さに気付いていながら見ようとしていなかったことに気付いた。そして自分がバンド仲間に真に求めていたものは演奏の上手さとか音楽性などではなく、そうした「本気」の姿勢そのものだったのだと思い出した。それを見透かしたような「智ちゃんが求めるものもそれだけですよね?」というルパの言葉に背を押されるように、智とルパに気付いて笑顔で振り向いた仁菜に向かって、智は大声で「下手くそ~!!」と罵声を浴びせ、それから顔を上げて少し微笑む。それを承けて、仁菜も「絶対上手くなってやる!」と笑顔で返し、それを見て智はこれからは仁菜とは言いたいことを言い合えると確信できて、ぐっと涙がこみ上げてくるが我慢して決意に表情で再び「下手くそ」とつぶやくと、仁菜の方に歩み寄り、ルパと一緒に仁菜のギター練習に付き合うのでした。

そして翌日のスタジオでの練習の時、桃香が新曲の練習中に「やっぱりどうもなぁ」と釈然としない様子になった後、適当に誤魔化して済まそうとしたのを見て、智は意を決して桃香に声をかけて「この曲、今のままだとつまんないと思う」と意見をぶつける。これにはさすがに一同にちょっと緊張が走りますが、桃香はニヤリと笑って「だよな!」と応える。どうやらさっき優柔不断な態度をとったのは智の意見を引き出すための腹芸だったようです。そのことに気付いた智は、桃香も自分が自ら勇気を出せるようになるのを待ってくれていたのだと気付き、その信頼に応えるだけの仕事をして良い新曲を仕上げなければいけないと闘志を燃やすのでした。そんな感じで今回は終わり次回に続きますが、こうして完成する新曲がフェスでお披露目される次回を期待して良いのでしょうかね。是非期待したいと思います。