アニメ視聴日記

アニメ視聴日記

日々視聴しているアニメについてあれこれ

2026年冬アニメのうち、1月7日深夜に録画して1月8日に視聴した作品は以下の6タイトルでした。

 

 

アルネの事件簿

第1話を観ました。

この作品は推理ゲームが原作みたいです。物語はブルームシュタッツという村で探偵業を営むハルトマン氏の惨殺死体が発見される場面から始まる。この村では連続殺人事件が起きており、ハルトマン氏はその犯人の正体を探っていたのだが、その過程で犯人によって殺されてしまったようだ。死体は酷い状態で身体がグニャグニャに曲げられていたが、ハルトマン氏は血染めのハンカチを手に持っていた。それはハルトマン氏の亡き妻の形見のハンカチであり、それを見た息子のルイスは父が自分に後のことを托したのだと思い、そのハンカチを握りしめて自分が父親を殺した連続殺人犯を逮捕してみせると宣言する。

その後も連続殺人事件は続いたが、ルイスは事件の調査を進めていく。殺された人の死体は尋常ではない力で絞られたようになっており、体中の血が搾り取られていたので犯人は吸血鬼だという噂が立っていたが、ルイスは子供の頃から架空の世界のヒーローに憧れていたのを生前の父に咎められ、散々に「事件は現実世界で起きている」「現実には魔物や吸血鬼など存在しない」「現実を見て事件を解決しろ」と言われていたので、吸血鬼などが存在するはずがないと思い、おそらく犯人は自分を吸血鬼だと思い込んでいる人間なのだろうと考える。

そんなある日、世話になっているアデリナさんの食堂でルイスは連続殺人事件の話をしている者と出くわす。それはアルネという少年探偵とその助手のリンという少女であった。アルネ達もどうやら連続殺人犯を突き止めて捕らえようとしているらしい。それを知ってルイスは犯人を捕らえるのは自分だと反発して店を出て行くが、アデリナからルイスの身の上を聞いたリンはルイスを追いかけてきて、アデリナの育てている白い花の花畑でルイスと話し合い、情報交換をして協力し合おうということになる。

アルネの見立てを聞くと、犯行がブルームシュタッツ村に限定して起きていることから「この村でやることに意味があると思われる」とのこと。また犯人の目的は「大量の血液を集めること」だと推測された。ただ何のために血を集めているのかは分からないと言う。

それに対してルイスが犯人を「自分を吸血鬼だと思い込んだ人間」だと見立てて、おそらく血を呑んでいるのだろうと見解を述べるが、リンがそれに対して「私も犯人は吸血鬼ではないと思います」と意見を述べる。その理由としてリンは「身体を絞って採取した血液には不純物が大量に混じってしまうので美食家の吸血鬼がそんなものを呑むはずがないから」と言うが、それは「吸血鬼」というものがこの世に実在しているのを前提とした推理であったのでルイスはその意見を却下する。

その後、ルイスはアルネ達とお茶にしますが、その際にリンからこの事件が解決したら一緒に来ないかと誘われる。だがアルネに血のついたハンカチを持っていることを指摘されたルイスはずっと大事に持ち歩いていた例の父が死んだ時に持っていた母のハンカチを取り出して眺める。するとそれが父からのダイイングメッセージであることに気付き、ルイスはアデリナが犯人だと気付き、アデリナの育てている花畑に駆けていく。

ハンカチには白い花の模様が刺繍されていたが、父が死んだ時に握られていたハンカチには父の血が付着して白い花が赤く染まっていた。父はあえてそうなるように死の前に自分の血をハンカチに付着させて、それをルイスにメッセージとして残したのだ。その意味するところは「犯人は白い花を赤く染めている」ということであり、つまり犯人は大量に集めた血を吸わせて白い花の花びらを赤く染めていたのだ。それが犯行の目的だったということになる。そしてこの村でそんなに大量の血を使って染めなければならないほどの大量の白い花を所有しているのはアデリナだけだったのである。

そうしてルイスは1人でアデリナと対峙するが、実はアデリナはゴーレム使いの魔女であり、ゴーレムの怪力を使って死体を絞って血を採取していたのでした。どうして花を赤く染めていたのかというと、単に赤い色が好きだからでした。ルイスはゴーレムに身体を貫かれて死亡してしまうが、死の前にそこにアルネが現われて大人の吸血鬼の姿となりゴーレムを撃破し、アデリナを追い詰める姿を見て「魔女やゴーレムや吸血鬼が存在する世界こそが現実だったのだ」「そしてアルネこそが最強の吸血鬼でありヒーローなのだ」と満足して死んでいく。そしてアルネ一行のネクロマンサーのシスターによってルイスの死体は操られ、ルイスは死んだ後にアデリナにトドメを刺し、念願だった父の敵討ちを成し遂げるのであった。

このように、当初は主人公だと思われたルイスがなんと第1話であっけなく死んでしまったのは驚愕でしたが、第2話からが物語の本編であり、アルネ探偵事務所の物語が描かれていくのだと示唆されて今回のお話は終わり、次回に続きます。今回は見事な叙述トリックを堪能させてもらいましたけど、今回はむしろ番外編っぽい内容であったので、この作品が面白いかどうかは実際のところ次回以降を見てみないと分からないと思います。ただ作劇センスはかなり感じましたので期待はしています。

 

 

貴族転生 ~恵まれた生まれから最強の力を得る~

第1話を観ました。

この作品はなろう系ラノベが原作の異世界転生ファンタジーですが、どうやら転生といってもこの主人公のノアの場合は現代日本から異世界への転生ではなくて、もともと異世界の庶民であった者が異世界の王族に転生したみたいです。転生前と転生後の世界が同一なのかはよく分からないが、どちらの世界とも自分の「ステータス画面」みたいなものを見ることが出来る、ありがちなゲーム異世界的な剣と魔法の世界であったようです。

主人公のノアは戦士の国であるミーレス帝国の皇帝の息子である十三番目の親王として生まれ、魔法の才能に恵まれ王族として泰然とした王者の風格を備えており、レベルは上限なしで、なんか配下にした者のステータスによって自分のステータスが底上げされるという特殊な能力も持っているみたいです。兄の皇太子から魔剣を下賜されたりするが、普通の者は持つだけで死ぬ剣らしいので、皇太子から愛されてはいないようです。ただ優秀であるとは認められているみたいです。ノアは前世の知識があるので世間のこともお見通しで、英明な親王として振る舞い、悪徳役人を成敗したりして民衆や家臣たちに慕われます。

まぁそういうありがちな感じのお話であり、あんまり魅力は感じてないんですけど1話切りするほどの理由も無い。まだテンプレをやってるだけであって、この作品の持ち味まで出て来ていないと思う。「多聞くん」とか「魔術師クノン」みたいに持ち味を出していて「これは自分に合ってない」と思えるようなら1話切りするんですが、、この作品とか「器用貧乏」なんかはテンプレやってるだけでまだ持ち味が出てないと思われる。だから様子見することになるんですが、テンプレだけで終わるかもしれないし、持ち味を見た上でやっぱり切るかもしれない。とりあえず様子見です。

 

 

魔王の娘は優しすぎる

第1話を観ました。

この作品はヤングアニマルで連載してる漫画が原作のようです。ユルい異世界コメディですね。魔王の小さな娘であるドゥが魔族にあるまじきレベルで優しすぎて、魔王がドゥのことが心配すぎて人間界への侵略が出来なくなってしまう。そこで魔王の配下の女戦士ジャヒーがドゥを残虐な魔族へと覚醒させるための様々な試練を与えることになったのだが、ドゥの優しさパワーは並外れており、ジャヒーの思惑はことごとく失敗し、ドゥの優しさは人々を癒していくというお話。

今回はまずジャヒーがドゥに人間の村から食料を奪うようにと言いますが、ドゥは村の老婆と仲良くなってしまい、ジャヒーも一緒に村に遊びに通うようになってしまい、そこで魔法の塩を使って老婆を騙して操ってしまおうということになるが、ジャヒーが老婆の思い出の手製のぬいぐるみに命を吹き込んでしまい老婆が大喜びするという展開となりました。

なんとも他愛ない内容であり、感動の押し売りみたいな展開も正直げんなりします。途中でドゥの歌唱パートがやたら長いのも困惑です。子供向けな感じの内容ではあるのですが、それでもコメディとしてちゃんと成立はしている。なんといってもドゥが破壊的に可愛い。総合して考えて、とりあえず1話切りするだけの積極的な理由を見つけることは出来なかった。第2話以降を見たいかというと微妙なんですが、とりあえずは視聴継続とします。

 

 

29歳独身中堅冒険者の日常

第1話を観ました。

この作品は別冊少年マガジンで連載中の漫画が原作の、異世界を舞台にして冒険者の日常を描いたユルめのファンタジーのようです。スラム出身の孤児だったハジメは幼くして日銭を稼いで食い物を得て生き抜くために冒険者となり、必死に努力を重ねていつしかそれなりに生活も安定し、気づけば29歳の中堅冒険者となり、独身で気楽に魔物を狩って暮らす日々を送るようになり、ダンジョンの近くにあるコマイ村の専属の冒険者に落ち着き、村人たちとも仲良く暮らしていた。

そんなある日、ハジメはダンジョン内で最弱モンスターのスライムに食われそうになっている幼女を見つけて驚いて救助する。幼女はリルイと名乗り、親に捨てられて1人で生きていかねばいけないのだという。ハジメは同情するが自分に何がしてやれるわけでもないと思い立ち去る。だがリルイは「自分は役に立つ」と言ってついてくる。ハジメは村の修道院で養ってもらえないか尋ねてみるがそんな余裕は無いという。ハジメ自身にもそんな余裕は無い。

しかし魔獣退治の依頼が出たと聞いたリルイが1人で勝手に魔獣退治に出かけてしまい、ハジメはかつて子供の頃の自分も1人で生き抜くために同じような無茶な行動をとっていたのを思い出し、魔獣に殺されかけているリルイを見つけると、魔獣を倒してリルイを救い、自分の仲間にして家に住まわせてやることにした。ところがその晩、どういうわけかリルイの身体が成長して大人の女性になり、朝になると元の幼女の姿に戻った。それでリルイが普通の人間ではなく古代種ではないかと考えたハジメは村の冒険者ギルドで調べてもらうことにした。

一方でハジメはリルイを一人前の冒険者に育ててやろうと思い、ダンジョンに連れていきスライムと戦わせるが、リルイはまた負けてしまう。だがその後、リルイは昼飯を食おうとしない。それを見て「自分が役に立てなかったのでタダ飯を食わせてもらうとハジメが自分を重荷に感じて自分を捨てるのではないかと警戒しているのだ」とハジメは察した。親に捨てられたのだからそう思って当然だと気付いたハジメであったが、そういうリルイのトラウマを解決する方法など独身男のハジメには思いつかず、自分も昼飯を食わず2人でスライムを倒してクエストを達成することにした。そうしてハジメの指導でスライムの弱点を把握したリルイは見事にスライムを倒して、2人で昼飯を食べた。そうして2人の共同生活は始まったのだが、どうやらリルイの正体がサキュバスだと判明したというところで今回のお話は終わり次回に続きます。

 

 

綺麗にしてもらえますか。

第1話を観ました。

この作品はヤングガンガンで連載されていた漫画が原作であり、原作漫画は既に完結しているようです。内容的にはハートフルなお仕事日常系アニメという感じで、ここまで「日常系」に徹した作品は割と久しぶりな気がします。日常系と銘打たれた作品は毎クールあるんですけど、純粋に「日常を淡々と描く」という感じではなく、登場人物の人間関係や成長を描いていったりして、ストーリーが割としっかり作られているものが多い。正直言って私はそういう作品の方が得意なんですけど、それは「好き」「嫌い」の話ではなくて、そういうストーリーが明確に描かれている作品の方がレビューがしやすいからだといえます。一方でこの作品みたいに「ただ日常風景を淡々と描いていく」という作品はレビューが簡単に終わってしまうので、逆に持て余してしまって、どうも苦手なのです。ただ、それと「作品を好きか嫌いか」という点は全く別問題であり、そういう作品でも「好き」な作品は結構あります。この作品はそういう意味で「好き」な作品のように今のところ思える。だから視聴はしていくと思いますが、レビューはあっさりしたものとなるでしょうし、やはり他のストーリーが本格的な作品に比べて低めの評価にはなってしまうとは思います。しかしそれは決してこの作品を低く見ているという意味ではありません。そういうタイプの作品であるというだけの話であり、基本的に私の場合、毎クール最終話まで視聴する作品は「好きな作品」だといえます。

それで今回の内容ですが、まず熱海の街で小さなクリーニング店「キンメクリーニング」を1人で営む金目綿花奈が主人公として登場します。金目さんは明るく美人の働き者で、年齢は二十代前半ぐらいだが、坂の多い熱海の街をクリーニング品の集配などで駆けまわっている。そうした集配から帰ってくるとお客が来ていて、クリーニングする衣服を受け取る。するとシャツに1週間前にトマトソースをこぼして付いてしまったという厄介なシミがある。それでも金目さんは「キンメにお任せください」と明るく笑顔で引き受けます。

その後、金目さんがシャツのシミ抜きをする作業が描かれますが、このあたりの作業の解像度はかなり高そうです。ただ私はクリーニングの作業に詳しくないので、細かいことはよく分からない。そういう点、ストーリーに密接に関わってくる作品ならば調べようという気になるんですけど、この作品の場合はそこまでする気にはならない。それはむしろ「気楽に流して見れる」という意味であり、これはこれで嫌いじゃないです。

この後、スーツのクリーニングを依頼に来た近所の主婦との会話で、金目さんがスーツを一点ずつ丁寧に水洗いして乾燥させた後でアイロンがけをしているという話もあり、これも「へぇ」と感心する豆知識でしたが、これも気楽に流して楽しめます。ただ、この主婦が感心して「金目さんは本当にお洗濯が好きなのね」と言うと、金目さんが「私が唯一忘れなかったものですから」と応えており、どうも金目さんは記憶喪失なのではないかということが示唆される。

その後、夕方に営業が終了して金目さんは銭湯(熱海なので温泉?)に行き風呂につかり、帰り道に花火を見上げ「もう少しだけ、これをBGMにお仕事しようかな」と思ったりする。このあたり、もしかしたら金目さんはずっと熱海に居るつもりではなく、何処か他に行く場所があるのかもしれない。そうなると、もしかして記憶喪失ではないのかもしれないとも思えてくるが、あまりに些細な描写なので何とも言えない。

翌朝、金目さんは早朝に起床して熱海の街をジョギングしたりする。そして帰ってきて店で仕事を開始しますが、何人かのお客様が来る中、大家さんもやってくる。キンメクリーニングは貸し店舗みたいで、2階に金目さんが住み込んでいるようですが、それら一式を貸してくれている大家さんみたいです。金目さんは大家さんに家賃を渡したりお茶菓子を出したりしますが、この大家さんとの会話の中で「金目さんは2年前に熱海にやってきた」みたいです。つまり金目さんは何処か他所の場所から来たようですが、そもそも記憶喪失であるならば、それが何処なのかは金目さんも知らないのかもしれません。

そして夕方に雨が降り出した頃、近所の旅館の息子の男子高校生が母親から預かった洗濯物を預けるためにキンメクリーニングにやってくるが、彼の履いているローファーのつま先に傷がついているのを見て気になって仕方なくなった金目さんは依頼されてもいないのにその傷の応急処置をして傷が目立たないようにしてあげます。それで感動した男子高校生は今度は学生カバンの傷も直してもらいたいので持ってくると言って帰っていくが、傘を持ってきていなかったので金目さんは店の傘を貸してあげる。その傘にはキンメクリーニングの宣伝文句がデカデカと書かれており、道行く人々の注目の的となるというオチで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

死亡遊戯で飯を食う。

第1話を観ました。

この作品はライトノベル原作で、どういう作品なのかよく分からないまま視聴したのですが、どうもデスゲーム系だったみたいですね。正直デスゲーム系は興味ないのですけど第1話は60分枠で、やたら長く感じてキツかったです。ジャンルの問題だけではなくテンポも良くないように感じた。途中何度か寝落ちしたような気もするが、してないような気もする。それぐらい内容があまり頭に残っていない。それぐらいにつまらなかったというより、シンプルに興味が湧かなかったのだと思います。かといって60分は見直すには長すぎるし、60分を消費して見直したいとも思わないぐらいの内容だったと思う。ただ、ずいぶん風変わりな内容であったので、斬新だとは思う。デスゲーム系が好きな人、アニメやラノベの新しい可能性を見つけたい人、アニメ評論家を自称する人、そこら辺の人たちにはお勧めできる作品だと思います。ただ私はそのいずれにも該当はせず、ただ単に自分の楽しめる作品だけを自分の限られた時間の中で無駄なく視聴したいだけの人間なので、この作品の評論をしてアニメ界の未来を語ろうという趣味は無い。これだけ初回が意味不明ということは、おそらく尻上がりに面白くなるタイプの作品なのでしょうけど、この作品に関してはそれを待ちたくなるほどの引きがあったとも感じられないタイプの人間です。そういうわけで1話切りさせていただきます。

2026年冬アニメのうち、1月6日深夜に録画して1月7日に視聴した作品は以下の3タイトルでした。

 

 

真夜中ハートチューン

第1話を観ました。

この作品は少年マガジンで連載中のハーレムラブコメ漫画が原作です。主人公は山吹有栖という高校2年生の男子であり、山吹が楓林高校に編入してくるところから物語は始まります。山吹は日本有数の財閥の御曹司であり、ゆえに「日本を背負う存在」と自称し、そんな自分は「完璧な男」でなければならないと言う。実際に成績優秀でスポーツ万能である。そういう自慢話をやけに尊大な口調で話す、非常にプライドの高い男です。というか、もうこの時点でギャグキャラとしか思えない。この作品の良いところは、なろう系なんかとは違ってこういうバカがちゃんと周囲からもバカとして扱われているところですが、実はこのバカとしか思われていないこのバカが案外バカではなく、バカなりに筋が通った行動をとっているところが良い。

この山吹が転校初日のクラスでの挨拶で、自らをとことん持ち上げた上で、だが「完璧には1%及んでいない」と言い、その1%を補うためにクラスの女子全員に向かって自分に対して「愛してる」と言ってほしいと要求する。これだけ聞くと、バカな御曹司が学園ハーレムを作ることで「完璧な男」になれると妄想しているのかとも受け取れる。実際、クラスの女子全員がそのように解釈して山吹のことを気の毒な真正のバカだと思い込む。

なお、この楓林高校は元は楓林女子高であったのだが、今年度から近隣にあった楓林男子高と合併して共学になった。だから編入といっても全校生徒の半分を占める男子全員が編入生なのであり、山吹も1年生時から楓林男子高の生徒であった。だから男子生徒たちは山吹のことはよく知っており、女子全員が山吹にドン引きしたり面白がったりする一方で男子たちは山吹が「日本を背負う存在」「完璧を目指す男」と自称する変人であるということも知っていた。そして山吹が女子に「愛してる」と言うように要求した本当の理由も男子たちは大まかには知っていた。

女子たちは山吹が「女子生徒のハーレムを作ろうとしている」あるいは「恋人がほしい」という考えなのかと思い込んだが、実はそうではないのだという。山吹は人探しをしているらしいのだ。「声」を手掛かりにしてある女子を探しているらしい。そういう程度しか男子生徒たちは把握していなかったが、とにかく山吹が女子たちに「愛してる」という言葉を発するよう求めたのは、その声を聴くことで探し人を見つけるためなのです。

つまり山吹はその探し人が楓林高校に居ると確信しているということになる。しかも相手は女子だから、山吹はその相手が「楓林女子高に通っている」と確信した上で、わざわざ合併する予定となっている楓林男子高に入学したということになる。そこまでするというのはよほど確信しているということになります。

実は山吹が探している相手は「アポロ」という少女であり、山吹が中学1年生の時に聴いていた「真夜中ハートチューン」というネット配信ラジオのパーソナリティーをやっていた同い年の少女でした。アポロの「真夜中ハートチューン」はアポロがとりとめもないお喋りをする内容であったがリスナーは極度に少なく、ほとんど山吹しか聴いていない時が多く、よく2人で遣り取りをしていた。だが中学1年の終わりに突然に「真夜中ハートチューン」の配信は停止しアーカイブも削除されてしまいアポロは消息不明となった。

しかし、山吹は配信停止の前にアポロに向かってつい「愛してる」と言ってしまい「顔を合わせたこともない女子に愛してるなどと言ってしまったことは間違いだった」と後悔し、自分の完璧な人生の唯一の汚点だと考えて、どうにかしてアポロに会ってその発言を撤回しなければいけないと考えるようになった。山吹が言っていた「完璧には1%及んでいない」というのはそういうことだったのです。アポロに会って「愛してる」と言ったのは間違いだったと訂正して、それで自分はやっと「完璧」になれると山吹は考えていたのです。

ただ、そのためにはアポロを見つけ出さねばならない。山吹は「真夜中ハートチューン」でのアポロとの遣り取りによって「アポロは自分と同じ地域に住む同い年の女子である」「アポロは海の見える女子高に通いたいと言っていた」ということを把握しており、そこから「アポロは高校進学時に楓林女子高に入学するはず」だと目星をつけた。そして自分とアポロが2年生時に楓林女子高が楓林男子校と合併するという話も聞きつけ、同じ学校に通えばアポロを特定できる確率が上がると思い、あらかじめ高校進学時にエリート進学校ではなく公立の楓林男子高に入学したのだ。

そうして晴れて2年生となり両校は合併して山吹はアポロと同じ高校に通うことになったと思い、「愛してる」という声を聴かせてくれるよう女子生徒たちに求めたのだ。というのも、山吹はアポロに会ったことはなく、手掛かりは「声」だけなのであり、特にその中でも「真夜中ハートチューン」の配信の最後に必ずアポロがお別れの挨拶で「リスナーのみんな、愛してる」と言っていたのを毎回聴いていたからです。「愛してる」というアポロの声なら何百回も聴いた。だから女子生徒たちに「愛してる」と言ってもらえばアポロを特定できるはずだと山吹は考えた。

だが、クラスではアポロに似た声の女子はいなかった。そんな中で山吹が女子に変なことを言わせようとしていると聞いて面白がって山吹の耳元で「愛してる」と囁いてからかってきた1人の女子生徒の声がアポロに似ているように思えたが、山吹はその女子生徒を見失ってしまった。しかし校内放送から聴こえてきた声がその女子生徒の声だと気付いた山吹は慌てて放送室に駆け込む。そこにはさっきの女子生徒が居たが、他にも3人の女子生徒が居て、その3人の声もアポロに似ているように思えて山吹は困惑する。

4人は放送部員であり、彼女らの言うには「楓林高校の放送部は声のプロを目指す生徒だけが入部できる」のだという。山吹に「愛してる」と囁いた井ノ華六花は歌手志望、他の3人のうち、日芽川寧々は声優志望、霧乃イコはVtuber志望、雨月しのぶはアナウンサー志望であった。そして実はアポロも「真夜中ハートチューン」の配信で「声の仕事をしたい」と言っていたことを山吹は覚えていたので、やはりこの4人のうちの誰かがアポロに違いないと考える。

そこで山吹は4人に向かい「この中にアポロがいたら手を挙げてくれ」と伝える。だが4人とも何のことか分からないという反応をする。山吹は間違えたかと一瞬思うが「アポロは正体を隠したがっているのだ」と考え直す。突然に配信停止してアーカイブも消して消息不明になったのだから、何らかの事情があって正体を明かしたくないのだと気付き、この段階で「アポロ」を自分が探していると明かしてしまったのは下策であったと悔やむ。

だが「この4人の中にアポロがいる可能性は高い」と考えた山吹は「部外者立ち入り禁止」と言われたので「俺も声の仕事には詳しいので放送部に入る権利はある」と言い返し、放送部の機材の老朽化を指摘し、自分ならば新しい放送機材を用意することが出来ると交渉し、放送部への入部を勝ち取る。

そうして放送部で雑用係をしながら4人のうち誰がアポロなのか探っていこうとする山吹でしたが、4人の声を聴き比べても誰がアポロなのか分からない。やはりスマホでラジオ配信を聴いていた際に流れてきたアポロの声は機械で変換されたものであり生の肉声ではなかったので、共にアポロに似た声の持ち主である放送部の4人の声を聴くだけではアポロを特定することは出来なかったのでした。

そこで山吹は4人の言動からアポロとの共通点を探っていくしかないと考え、4人をそれぞれ観察することにしたが、観察していくうちにどうも4人の活動が「ユルい」ということに気が付く。4人とも校内では人気者なのだが、卒業後に本当にそれぞれ歌手や声優やVtuberやアナウンサーを仕事にしてやっていけるとは到底思えないぐらい、ユルい活動しかしていなかった。それで山吹はガッカリしてしまう。実は山吹は中学1年時に「真夜中ハートチューン」を聴いていた際、アポロが「声の仕事をしたい」と言うのを聞いて「じゃあ僕は君がどんな声の仕事に就いてもサポート出来るように頑張るよ」と約束していた。

それで実際に山吹は歌手や声優やVtuberやアナウンサーの仕事について調べて、それをサポート出来るだけの知識を身につけていた。それはアポロとの約束を果たすためであり、アポロが消息不明になった後も山吹はその努力を続けていた。それだけアポロとの約束は山吹にとって大切なものだったのだ。それなのに4人の体たらくを見て山吹は「約束を大事に思っていたのは俺だけだったのか」と腹が立ち、自分がアポロにあの日の誓いを思い出させてやろうと決意する。しかし4人の誰がアポロか分からないので、それなら4人全員の夢を自分のサポートで叶えさせてやればいいと、山吹は全校放送をジャックして全校生徒に向けて宣言する。

こうして物語の方向性が定まったところで第1話は終わるが、4人によって放送室を叩き出された山吹のスマホに「真夜中ハートチューン」の配信通知が鳴り、3年ぶりにアポロの声が流れてくる。それは山吹に向けてのメッセージだった。その内容は「まさか山吹が自分に会いに来るとは思っていなかったので驚いた」「でも今は自分の正体を明かすことは出来ない」「3年前の配信は山吹が居たからこそ続けられた」「あの時の愛してるの言葉は山吹に宛てたものだった」というものであった。つまり、どうやら本当に放送部の4人のうちの誰かがアポロだったのだということを示唆して、次回に話は続きます。

 

 

勇者パーティーにかわいい子がいたので、告白してみた。

第1話を観ました。

この作品は双葉社の「マンガがうがう」で連載中の漫画が原作みたいです。異世界に魔族として転生してしまった主人公ヨウキは魔王の手下となり、魔王を倒しに来る勇者一行と戦っていた。転生者なのでどうやらヨウキはチート能力持ちだったみたいであり、実は魔王よりも強いぐらいだったので勇者一行にもいつも余裕で勝っていた。しかし元は人間なので人殺しはしたくなくて、いつも勇者一行は殺さずに魔王城から人間の街に追放するだけだった。また、魔王が世界を征服するのもヨウキはあまり歓迎していなかった。とはいっても魔族なので戦うしかないと諦めていたのですが、勇者一行の中の僧侶のセシリアが好みのド真ん中ストライクだったのでずっと気になっていて、遂に魔王に叱られて勇者一行と決着をつけるようにと命じられてしまい、このままではセシリアを殺してしまうという葛藤に苦しんだ末、勇者一行に「その女を置いていけば魔王のもとへ行かせてやる」と取引を持ち掛け、ヨウキはセシリアと2人きりとなり、自分は実は転生者であり人間の心を持っているのだと説明し、愛の告白をして「付き合ってください」とお願いする。

しかしヨウキはセシリアにフラれてしまい落胆する。勇者たちは魔王を倒して王国で英雄として称えられ、ヨウキはそれでもセシリアを諦めきれず、人間の姿に化けて人間の街に出てきて、とりあえず生活費を稼ぐために冒険者となる。そうして順調にクエストをこなしてランクも上げていくが、そうしていると冒険者ギルドにセシリアがやって来てヨウキの正体を見破り、冒険者を辞めてほしいと言ってくる。事情を聞くと、どうも魔王を倒した後、人間の王国同士で戦争が始まりそうになっていて、腕利きの冒険者の勧誘合戦が盛んになっているらしい。それでヨウキが戦争に巻き込まれないよう目立つことは控えてほしいとセシリアは言う。それでヨウキは自分はどんな勧誘にも乗らないと誓い、目立たないように冒険者を続けて生活がちゃんと出来るようになったらセシリアにまた交際を申し込みたいと言う。しかしどうもセシリアはヨウキのことを好きっぽいのだが、とりあえずセシリアもヨウキの生活を出来るだけ支援するという感じで今回のお話は終わり次回に続きます。

 

 

ダーウィン事変

第1話を観ました。

この作品は「アフタヌーン」で連載中の社会派サスペンス漫画が原作です。今回は物語の導入的な内容であり、物語が転がり出すのは次回以降だと思われます。まず冒頭は動物実験を行っている研究施設を「動物解放同盟」と名乗る過激派組織が銃器を使って襲撃した事件が描かれる。科学の世界では動物実験というのは頻繁に行われている。特に製薬業界や化粧品業界などでは動物実験は必須といえますが、こういうのを「動物虐待」だと非難する集団も存在する。特に欧米はそういう活動は割と盛んであり、中には過激な抗議活動を行う組織もある。日本では「反捕鯨団体」なんかが有名ですが、アレなんかは武装テロ組織みたいな活動をやっています。この「動物解放同盟」もそういう連中みたいなものだと思えばいいでしょう。

この動物解放同盟の連中は研究施設を銃器で脅して一時的に占拠すると、すぐに警察が駆けつけてくるので、それまでの僅かな猶予時間の間に施設に居た実験動物たちを解放して外に逃がしていきます。そんな中で彼らは実験動物の雌のチンパンジーが流産しかけており、出血して危険な状態にあるのを発見する。すぐに警察がやってくるので手当をしている余裕は無く、かといって見捨てて行くわけにもいかず、仕方なく彼らはその雌チンパンジーを連れだし、逃走後に近くの動物病院に預けて姿を消した。

そうして置き去りにされた雌のチンパンジーは動物病院の処置によって無事に出産し、子供のチンパンジーが産まれたのだが、なんとこの産まれた子供は人間とチンパンジーの交雑種であった。それを人々は「ヒューマンジー」と呼び、その子供は「チャーリー」と命名された。雌チンパンジーの卵子と結合した人間の精子の提供者はその研究所の研究者であった生物学者のグロスマン博士であったことが判明した。つまり、あの実験施設でグロスマン博士は秘密裏に人間とチンパンジーの交配実験を実施していたのであり、そのために自らの精子を使用していたようです。もちろん違法な実験であり、警察が博士の行方を探したが、どうもあの襲撃事件の直後から博士は失踪しているようで、発見されなかった。

結局チャーリーはチンパンジー研究の権威であるギルバート・スタイン博士とその妻のハンナが引き取って養育することになったが、その後どういう出来事があったのか今回は詳細に語られることはなかった。とにかくあの事件から15年が経ち、チャーリーはチンパンジーに近い身体を持ちながら人間と同じような知能を持ち、人間と同じように言語を話す15歳の少年に成長し、ハイスクールに入学する日を迎えたという場面から今回の本編の物語は始まる。

養育者であるスタイン夫妻がやけに緊張しているのを見ると、どうやらチャーリーが「学校」というものに通うのは今回が初めてみたいです。つまり小学校や中学校には通っていなかったということになる。それはどうしてなのか。また、どうしてハイスクールからは通うことになったのか。そのあたりの詳細な事情は今回は説明はまだ無かった。ただハンナが「今度こそ上手くいきますように」と祈るように言っているところを見ると、以前は何かが起きて上手くいかなかったみたいですね。

そうした不安を抱えたスタイン夫妻からも重ね重ね「普通にするように」と言われたチャーリーは出来る限り「普通」のハイスクールライフを送ろうとしているみたいですが、当然周囲はチャーリーを「普通」には見てくれない。ムチャクチャ好奇の目でジロジロ見ます。だが猫を助けようとして木から落ちそうになったオタクの優等生の女子ルーシーを救うために人間ともチンパンジーとも隔絶した凄まじい身体能力を披露してしまい、チャーリーはさっそく「普通」ではない目立ち方をしてしまいます。

ただルーシーはチャーリーに興味を示して話しかけてくる。ここでチャーリーの受け答えだが、ごく自然に会話は出来ており情緒の面で問題があるようには見えない。頭の回転は早く、知的な会話も何ら問題は無い。ただ積極性には欠けるという印象です。進んで相手と親しくなろうとは考えていない様子です。人間ではなくてヒューマンジーだからなのかとも思えるが、別にチャーリーは人間を嫌っている様子は無い。それでもチャーリーがあまり他人と親しくなろうとしていないのは、あるいは過去に起きた何らかの事件と関係があるのかもしれません。

とにかくルーシーはチャーリーに「ヒューマンジーなのって、どういう感じ?」「やっぱり私たちとは世界の見え方が違う?」と質問する。すると、それに対してチャーリーは「ヒューマンなのってどういう感じ?」と問い返す。ここでルーシーが問いかけている「ヒューマンジーであること」というのは言い換えれば「人間ではないこと」です。つまり「この人間社会の中でただ1人異分子であるというのはどういう感じ?」と問いかけているわけですが、それに対してチャーリーは「普通の人間に近づけるよう努力するよ」みたいなことは言わない。あくまで自分は異分子であると認め、「人間であること」を相対視する。

そうしたチャーリーの態度を見てルーシーは親近感を抱いたようで、2人の距離は縮まります。ここで他の女生徒がチャーリーに話しかけてきたのに対してルーシーが急に居心地が悪そうにするのを見る限り、どうやらルーシーもまた人間社会の中ではオタク気質ゆえに「異分子」なのであり、ヒューマンジーという「異分子」であるチャーリーに自分と似た境遇を感じ取って興味を抱いたのだと思われます。そして「異分子」であることを恥じることなく堂々としたチャーリーの姿を見て、ルーシーは大いに共感を抱いたのだと思われる。

しかし、ここで女生徒との会話でチャーリーの養父母であるスタイン夫妻がヴィーガン、つまり菜食主義者であることからチャーリーもヴィーガンだと判明し、それを面白がった男子生徒が突っかかってきて、チャーリーに「ヴィーガンはどの動物の命も平等だと言って肉を食わない」というのを前提として「じゃあ、もし致命的な病原菌を持ったネズミがお前に咬みつこうとしてきて、それを止めるのは撃ち殺すしかない、そういう状況ならお前はどうする?」と質問してくる。

これはヴィーガンに対する意地悪な質問であり、嫌がらせの一種なのだが、こういうのは思想的にヴィーガンをやっている人には嫌がらせとして成り立つが、チャーリーの場合は思想的に強固なものがあってヴィーガンをやっているわけではなく、単にヴィーガンの養父母に育てられたのが結果的にヴィーガンになっているだけなので、こういう嫌がらせで感情的になるということはない。普通に「僕なら、そのネズミを撃ち殺す」「そうしないと僕が死んじゃうから」と答える。

確かにそれが普通の感覚です。人間として普通だし、動物としても普通です。突っかかってきた男子生徒もチャーリーが意外に柔軟な思考をしていることを褒めてくれて「動物はみんな生きるために残酷になる」「弱肉強食ってやつだ」「それが厳しい自然の掟ってやつだ」と言う。これは確かに真理であり、こいつも結構イイ事を言います。しかしチャーリーはそれを承けてこう切り返す。「でも、病原菌に感染してるのがたとえ君でも撃ち殺すけど」と。

これには誰も言い返せなかった。確かに動物はみんな生きていくために残酷になる。たとえ肉料理を喰わなかったとしても、自分が生きていくためには他の動物を排斥せねばいけない場面は必ずある。それは人間を含むあらゆる動物の持つ「業」だといえます。だが人間はついつい「でも人間だけは特別だ」と傲慢に思ってしまっている面がある。しかし人間ではない知的生命体であるチャーリーだけはそうした思考からは自由であり、全ての動物を平等に扱うことが出来ているのだ。

しかし、それは人間社会の中では危険思想になり得る。動物解放同盟の思想はまさにそれだからです。そうした危うさをルーシーは感じ取るが、チャーリーの行動を観察していたルーシーはチャーリーが蜘蛛の巣に捕まっていた蝶を逃がしてやる姿を見て、チャーリーの考え方は動物解放同盟のような危険思想とは違うと感じて安堵する。「弱肉強食」という自然界の掟に忠実に従うだけならば蝶は逃がすべきではない。だがチャーリーは自然界の掟を曲げてでも蝶を助けた。いやそもそも先だってはわざわざ木から落ちたルーシーと猫を助けた。それは「弱き者への慈悲の心」があるからなのだ。それがある限りはチャーリーが無慈悲な自然主義思想のテロリストになることはないはず。ただ、もし人間が慈悲の心を失って暴走を続けるのならば、その時はチャーリーと敵対することになるかもしれない。そうした危うさも孕みつつ、今回のラストは動物解放同盟がチャーリーを自分たちの戦いに巻き込もうと画策する様子が描かれ、そうして話は次回に続いていきます。

2026年冬アニメのうち、2025年1月5日深夜に録画して1月6日に視聴した作品は以下の3タイトルでした。

 

 

ゴールデンカムイ最終章

第50話を観ました。

この作品はヤングジャンプで連載されていた和風闇鍋ウエスタンの冒険アクションコメディの歴史ロマン活劇というか何というか、もう一言で表現するのが非常に難しい唯一無二の世界観を持つ作品であり、可愛い女の子以外のエンタメのあらゆる要素が詰まっている。まぁアシリパさんは可愛いけど色物枠でもあるしな。原作漫画は2022年に完結しており、今回は物語の完結までようやくアニメ化される最終章となります。

アニメ第1期と第2期は2018年、第3期は2020年、第4期は2022年に放送されたが、第4期は途中で放送休止期間を挟んでおり、前半部分の第37話から第42話は2022年秋クールに放送され、後半部分の第43話から第49話は2023年春クールに放送された。その第4期の続きの第50話からが今期のアニメ最終章ということになるが、2年半ぶりに話の続きを見ることになるので細かいことを忘れている人も多いでしょう。この作品はただでさえストーリーが複雑であり、蘊蓄もやたらと多く、しかも内容がシリアスからギャグまで幅広く、余計に内容を把握するのが難しい。それでも第1期から第3期まではキリの良いところでシーズンが終わっていたのでまだ分かりやすかったのだが、第4期はものすごく中途半端なところで終わっており、今回は2年半ぶりだというのにその続きからいきなり始まるので、なかなか分かりにくい。

そういうわけで、自分のおさらいの意味も込めて第4期の話の流れを簡単に振り返っておきます。まず第3期のラストは攫われたアシリパ奪還のために杉元が鶴見たち第七師団と共闘して尾形やキロランケを追跡するという樺太大冒険が描かれ、最後にキロランケが死んでアシリパが父の遺した刺青人皮の暗号の解読方法を突き止めたところまで描かれたのですが、第4期はアシリパ奪還に成功した杉元たちが北海道に戻るため樺太を南下する旅から始まり、第37話では尾形への復讐を望むロシアの狙撃兵のヴァシリが杉元たちについてくるという話が描かれた。

次いで第38話では北海道の阿寒湖で土方歳三が刺青の囚人の1人である脱獄囚の関谷という男を殺して刺青人皮を手に入れるという話が描かれた。更に第39話では登別温泉郷で第七師団の宇佐美と二階堂と菊田と有古の4人が土方一派の刺青の囚人である盲目の狙撃手の都丹安士と遭遇して戦闘の末に倒して刺青人皮を手に入れるという話が描かれた。そして第40話では鶴見中尉がかつて少年時代の鯉登を偽装誘拐してロシア軍の仕業に見せかけて鯉登の父親を罠に嵌めて篭絡しようとした事件が描かれる。その結果、鯉登が鶴見に騙されて心酔するようになったのだが、その事件を回想した鯉登が鶴見に対して疑念を抱くようになり、そんな鯉登の心境の変化を察した月島が警戒を強めるという話が描かれた。

そして第41話は杉元一行の話に戻るが、そこでは杉元やアシリパ達が下ネタだらけの活動写真を製作するというカオスギャグ回が描かれるが、最後にアシリパがアイヌ文化を残すためにはやはり自分が暗号を解読して金塊を手に入れて鶴見や土方や日本国全てを敵に回してゲリラとして戦うべきではないかと考える。しかしアシリパを人殺しにしたくない杉元がそれに反対し、金塊は鶴見に託して自分たちは戦いから身を引こうと提案し、2人は仲違いする。

次の第42話では有古が第七師団を裏切って土方一派についていたことが発覚し、有古は実は生きていた都丹と一緒に鶴見陣営の刺青人皮を奪って土方のもとに逃走する。だが実際は裏切りに気付いた鶴見が有古の家族を人質にして有古を脅迫し、有古は二重スパイとして土方陣営に送り込まれていた。更に有古が土方の信用を得るために持たせた5枚の刺青人皮は第2期で剥製職人の江戸貝に作らせた偽物であり、そのことを鶴見は有古には教えていなかった。そうして鶴見は土方陣営の金塊探しを攪乱しようとしたのだが、土方は有古が二重スパイだということも秘かに見破っており、更に状況的にその5枚が偽物だということを見破り、全ての偽者の刺青人皮を確保したことによって鶴見陣営に対する不利をこれでイーブンに戻すことに成功した。

更に第42話では杉元一行に同行している鯉登が月島に鶴見に対する疑念をぶつけると、月島は「鶴見が嘘をついて皆を騙していること」は承知していると告白し、その上で「その嘘で結果的に幸せになれればそれでいい」と言い放つ。鯉登はその典型だといえる。だが月島だけは全く幸せになっておらず鶴見の嘘で人生を破壊された。そのことを鯉登に指摘されると月島は「鶴見の計画が自分の人生を破壊するに足るほど崇高なものであったのか監視している」というずっと隠していた本音を明かす。

ここで一旦放送休止となって、2023年に放送再開した第43話では鶴見がアシリパを確保するために樺太にやってくるが、自分の家族を殺したウイルクの娘であるアシリパへの恨みによって鶴見が感情的になりアシリパは鶴見の計画の邪悪さに気付いてしまい逃走する。それを見た杉元はアシリパが樺太で成長したことを理解してアシリパと共に逃走し「2人で金塊を見つけて使い道を考えよう」と再び2人の相棒関係は復活する。そうして杉元やアシリパ達が樺太から逃れて北海道に向かうところまでが第43話では描かれました。

そして第44話では北海道に戻った杉元達が路銀稼ぎのために雨竜川で砂金採りをするが、そこで松田平太という砂金採りと偶然出会い、実は多重人格者の殺人鬼であった松田によって杉元たちが襲われるというサイコホラー風味の話が展開するが、最終的に杉元たちは松田を殺して彼が刺青の囚人であったことを知り、結果的に鶴見陣営も土方陣営も把握していない新たな刺青人皮を手に入れることになった。

続く第45話では杉元達は松田の遺した砂金サンプルから海賊房太郎という刺青の囚人が刺青人皮に頼らずに砂金の種類から金塊の隠し場所を絞り込んで探し回っているということに気付き、海賊を捕まえるために行動を開始する。また尾形が土方陣営に舞い戻り「ロシアの囚人軍団が金塊を手に入れるために北海道にやってくること」や「アシリパが暗号の解読方法に気付いたようだ」ということを土方に伝える。そして札幌で奇怪な娼婦の連続殺人事件が起こったことを記者の石川啄木に知らされた土方たちはそれが刺青の囚人の仕業だと気付いて身柄を確保しようと動き出す。また鶴見も犯人が刺青の囚人だと疑い第七師団も行動を開始するが、そんな中で第七師団の宇佐美の過去の話も描かれ、実は宇佐美が鶴見をも驚かせる生粋の快楽殺人者であることが明かされる。そんな宇佐美は札幌の連続殺人犯が自分と同類だと気付き、その行動をプロファイリングし始める。

第46話では樺太で杉元たちと別行動をとって金塊争奪戦から降りた谷垣が鶴見に妻のインカラマッとお腹の子を殺すと脅迫されて杉元殺しを命令されていたのだが、谷垣のためにインカラマッが脱走を図り、谷垣と共にアシリパの故郷のアイヌの村に逃げていく。しかし追跡してきた鯉登と月島と争いとなるが、鯉登が月島に「自分たちの行為が正しかったかどうか最後まで見届ける以上、これ以上罪を重ねるべきではない」と説得され月島は争いをやめ、谷垣とインカラマッを解放し、インカラマッは無事に女児を出産する。そして鯉登と月島は共に最後まで鶴見の計画を見届けようと誓い合う。

そして第47話で杉元たちは海賊探しを一旦諦めて札幌の連続殺人犯が刺青の囚人だと気付いて札幌に向かおうとするが、そのために乗った石狩川を下る船で水中戦闘の達人の海賊房太郎と遭遇する。そこで警察の船も巻き込んで一悶着あるがそれが落ち着いた後、海賊と話し合うことになり、疫病で家族を失ったので金塊を手に入れて自分の国を作りたいという海賊の話を聞き、杉元は自分の身の上と似たものを感じて海賊と共闘しようと思えてくる。

続く第48話では杉元たちを疑った海賊と再び抗争となるが結局和解し、海賊は「もう刺青人皮は全部揃わない」と言うが杉元たちは「刺青人皮が全部揃わなくても暗号は解ける」と考える。ただ暗号を解く方法にアシリパが気付いていることは杉元は誰にも明かさず、海賊の持つ金塊の隠し場所に関連する情報を共闘の見返りに明かすよう海賊に要求するが海賊はそれを明かそうとはせず、杉元もアシリパの件は秘匿したまま、ひとまず杉元たちと海賊は共闘することになり、共に札幌に向かう。一方で札幌では菊田と宇佐美が連続殺人犯を発見するが逃走されてしまう。そんな中で二重スパイの有古と遭遇した菊田は土方陣営も札幌に来ていることに気付くが、ここで菊田が自分は中央政府が鶴見陣営に送り込んだスパイだと有古に打ち明け、自分の味方につくよう有古に求める。中央政府は鶴見が金塊を見つけたらそれを奪い鶴見を殺すつもりみたいです。

そうして札幌の連続娼婦殺人犯はジャック・ザ・リッパー事件の模倣犯だと判明し、あと1回の犯行現場で捕えなければ姿を消してしまうと予想される。一方で札幌近郊では別の奇怪な子供の誘拐事件が連続して起きており、それも別の刺青の囚人の上エ地圭二の仕業だと判明する。しかもその移動経路を見ると、上エ地の次の事件は札幌で起きると思われる。

そういう状況で第49話になり、まず尾形の過去の話が描かれ、尾形が父親に捨てられた妾の母親の尊厳を守るために全ての人間は殺人者になり得るという妄執に憑りつかれるようになり、そのためにアシリパを憎悪しており、かつては弟の花沢少尉を殺害し、更に自分を愛さなかった父の花沢中将も殺害したことが明かされる。つまり尾形は鶴見に騙されたわけではなく自分の意思で悪に手を染めたのであり、宇佐美と同類ということになる。だがあくまで鶴見の駒に徹しつつ鶴見に重用されない宇佐美は自分の意思で鶴見を裏切った尾形に対して嫉妬のような複雑な殺意を抱いているということも明かされた。一方で杉元陣営は札幌に近づくが、そこで杉元は金塊を見つけても自分はアシリパと共に居ると伝え、アシリパも暗号解読法を杉元に教えようと考えるようになる。また海賊は支笏湖の底で金塊の一部を見つけた時に回収した金貨をアシリパに渡す。それは父ウイルクが作ったものであり、それを見たアシリパは父がアイヌを裏切っていなかったことを悟り、自分は金塊を手に入れてアイヌ文化を残すために何を出来るか考えようと決意する。

そういうところで第4期は終わり、今回の第50話でその続きの話が描かれたわけだが、次回の札幌ビール工場での決戦編に向けた繋ぎの回という感じでしたね。まず札幌で連続娼婦殺人犯を探していた土方陣営の牛山と都丹がちょうど札幌にやってきた上エ地が子供を攫おうとしている現場に出くわす。上エ地は「ガッカリした人間の顔を見るのが大好き」「男の子を殺して埋めるのが大好き」という異常者であり、さっそく子供を殺そうとしていたが、そこに牛山が現われて上エ地を捕まえようとする。

そうして牛山が上エ地を追いかけ回すが、それを見て土方も追いかけてくる。すると牛山が上エ地を追って突っ込んだカレー屋で札幌に到着したばかりの杉元一行がカレーを食っていて、そこに追いかけてきた土方と杉元が殺し合いを始めてしまいカオスな状況となる。土方と杉元は第2期の終わりに協力して網走監獄を襲撃した際、土方が裏切って土方配下の尾形が杉元の頭を撃った時以来の再会ですから、そりゃ杉元が土方を殺したくなる気持ちも分かる。

それで大乱闘となるが、牛山とアシリパが戦いを止める。そんなことをしている間に上エ地は何処かに逃げていってしまった。また、高所からそれを観察していた尾形はアシリパを撃とうとするが何者かの気配を感じて機会を逃します。杉元は尾形が潜んでいると知るとすぐにヴァシリに報せて警戒に当たらせ、アシリパにも身を隠すよう指示したが、尾形が感じた気配はそれらとは関係ない。何か別物であった。一方、杉元は土方がウイルクのようにアシリパを戦闘に利用しようとしているのかと問い質すが、土方は自分はそんなつもりはないと言う。

そこでアシリパが土方が金塊を手に入れて蝦夷共和国を建国した場合にアイヌをどう処遇するつもりなのか問い質す。それに対する土方の答えは、蝦夷共和国は労働力として各国から移民を募る多文化共生国家とするので、そうした多民族の間の懸け橋として異民族の血の混ざりあったアシリパは国家の象徴的指導者として利用価値があると言う。つまりアシリパを利用する気は満々ということだが、ゲリラ組織の指導者として戦わせようとしていたウイルクや、アイヌのこともアシリパのこともただ使い捨てにしようとしている鶴見中尉よりはよほどマシだといえる。

何にしても刺青人皮も全部鶴見に取り上げられてしまった少人数で何の後ろ盾もない杉元陣営が単独で鶴見の野望を阻止できるはずもなく、そのためには土方陣営と手を組むしかない。幸い杉元陣営にはたまたま新たに手に入れた松田と海賊の刺青人皮という取引材料もあったので、土方陣営と手を組むことにした。土方はアシリパが暗号の解読方法を突き止めたという情報を尾形から得ていたのでアシリパを擁する杉元陣営と手を組むことを了承したが、そのことはアシリパには気付かれないようにした。アシリパの方は「暗号解読のヒントを探すため」という名目で土方の手持ちの刺青人皮を見せてもらうが、どういうわけかアシリパの突き止めた暗号の解読方法と照合しない。

本物の刺青人皮ならばアシリパの突き止めた法則に照合しているはずである。土方の手持ちの刺青人皮には「本物」と「偽物」がある。「偽物」というのは鶴見が情報攪乱を狙って有古に持たせて土方の元に届けさせた5枚の刺青人皮のことです。それを土方は

把握しており、土方はアシリパにその5枚だけは「偽物」であると教える。しかし、そのうちの2枚はアシリパの突き止めた解読方法に照合してしまっていた。一方で土方が「本物」だと言った刺青人皮のうち1枚はアシリパの突き止めた解読方法に照合していなかった。それでアシリパは自分の突き止めた暗号解読方法は間違っていたのかもしてないと迷いが生じてしまう。土方はアシリパが暗号解読方法を突き止めたことは知っていると伝え、アシリパにそれを明かすよう詰め寄るが、アシリパは迷ってしまい答えることが出来なくなってしまう。

どうしてこんなことになってしまっているのかというと、実は鶴見中尉は有古に偽物の刺青人皮を持たせた際に、なんと本物の刺青人皮を混ぜていたのだ。そうすれば土方が「有古は偽物を持たされた」と気付いたとしても、「偽物」だと思っていたものが「本物」だったかもしれず、「本物」だと思っていたものが「偽物」だったかもしれないという状況を生み出し、迷いが生じて土方陣営の暗号解読作業を遅らせる効果があると読み切っていたのです。さすがに諜報戦のプロです。

しかし、それなら「偽物」だと思っていた5枚のうちの2枚が「本物」であったというのはそれで辻褄が合うとして、ならば土方陣営が独自に集めた「本物」のはずの中に1枚だけ「偽物」が混じっていたというのはどういうわけだったのかというと、これは実は鶴見陣営が刺青の囚人で連続強盗犯の坂本慶一郎を殺した際に、坂本を誘き出すために使った偽物の刺青人皮が、その時に坂本の仲間になっていた奥山夏太郎の手に渡り、後に夏太郎が土方陣営に加わった際に持ち込んだものなのです。だから土方はそれを「本物」だと思い込んでいたが、実は「偽物」だったのです。つまり有古に手渡された時点で「偽物」の刺青人皮は5枚全部が揃ってなどいなかったのであり、だから「本物」が混じっていたのです。

こうして更に状況が混沌としてくる中、ジャック・ザ・リッパーを模倣した連続殺人犯の最後の犯行予想日は翌日に迫ってくる。札幌市内で連続娼婦殺人犯の行方を追う第七師団の宇佐美は相変わらず夜の街角でマスをかいて精子の飛び方で犯人の行方をプロファイリングしており、マスのかきすぎで手がガビガビになっていたが、同じく札幌市内で犯人の計画を予想していた記者の石川啄木が翌日の犯行現場の重大な情報を突き止めたところに遭遇し、石川を殺して手にしていた地図を奪おうとする。

しかし何とかその場を逃れた石川は夕方まで身を隠した後、札幌市内で探索中の土方と杉元の合同陣営のもとにやってきて重大情報を伝える。石川の見立てでは、犯人は完全にジャック・ザ・リッパーの犯行を模倣するために、ロンドンにおけるジャックの犯行場所をそのまま札幌の地図上に投影して犯行場所も再現していたのです。そこから割り出した今日の深夜に行われるはずの最後の犯行現場は、札幌の地図上では「札幌ビール工場」であった。その情報に従って杉元や土方たちが行動を開始しようとするところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

幼馴染とはラブコメにならない

第1話を観ました。

この作品はマガジンポケットで連載中のラブコメ漫画が原作みたいですが、久々にものすごく頭の悪いラブコメでしたね。いや、貶してるわけではなくて、こういうバカに振り切ったマガジンラブコメは好きですよ。頭空っぽにして見なくちゃいけないけど、それさえ出来れば十分に楽しめます。系統としては「女神のカフェテラス」とか「カノジョも彼女」とか「黒岩メダカに私の可愛いが通じない」のお仲間といえますが、これら本誌作品よりも更に頭が悪い印象ではありました。実は上記のような本誌作品はバカに見せて案外頭を使ってる作品なのですが、この作品の場合はホントにバカが描いたのかと思ってしまうレベルで、ちょっとそこは不安要素ではあります。でもまぁそういうとことんバカなところも含めて好きですよ。ハーレムラブコメに見せかけて主人公無双を書きたいだけみたいななろう系ラノベなんかよりも、ちゃんとエンタメが出来てるところは段違いに良い。

内容は、主人公の男子高校生の世之介がラブコメ好きであり、特に幼馴染系のラブコメが大好きで、現実世界における自分の幼馴染たちに対しても「ラブコメ作品みたいな展開になったらいいな」という願望は抱きつつ、同時にそんな妄想を抱く自分は客観的に見てキモいということもしっかり自覚して自制しようとしている。特に幼馴染である汐や灯には決して自分がそんな妄想を抱いていることは知られてはいけないと強く思っている。

ところが汐や灯はまるでラブコメ作品のヒロインのように幼馴染の世之介のことが好きであり、それなりにアピールはしているのだが、女子高生なので照れもあって、あまりストレートな方法のアプローチというわけにもいかない。汐はやたら身体を密着させて世之介をエロアピールでなし崩しに自分に惚れさせようとする。灯は絵に描いたようなツンデレヒロインで、本心とは裏腹にいちいち世之介に対して嫌味を言ったりキツい物言いをしてしまうが、それを猛反省して急にデレてきたりする。

そういう「ラブコメ作品にありがちなヒロイン」的な行動をとってくる汐や灯たちのアプローチに対して世之介の気持ちは大いに揺らぎますが、つまり汐や灯の「いかにもラブコメヒロイン」なアプローチに素直に応じてしまうと、それこそ自分がまるで「ラブコメの主人公」みたいになってしまうので、世之介は必死で自分の気持ちが暴走しないようにブレーキをかける。それは汐や灯のことを大事な幼馴染だと思っていて、決して失いたくないと思っているからこその行動であり、その中にはもちろん恋愛感情のようなものも含まれているのですが、しかし汐や灯の当人側から見れば「こんなに頑張って好きだとアピールしてるのに世之介が靡いてくれない」といちいちショックを受けるということになる。だが彼女らもプライドがあるので「全然気にしてない」という態度をとる。

汐や灯が世之介のことを好きだと気付いており、灯も汐が世之介のことを好きだと気付いているが、自分の気持ちがバレていることは自覚していない。だからとにかく「世之介のことが好き」という気持ちは世之介には伝わってほしいけど、周囲にはバレたくはない。特にいつも世之介に塩対応されているので「このままじゃ自分がフラれて負けたみたいに思われる」ということを恐れて、世之介の塩対応をされるたびに痩せ我慢しいて平然とした態度を決め込む。だが、それを見て世之介は「やっぱりこいつらが自分のことを好きになるはずがないんだ」「幼馴染とはラブコメにならないんだ」と更に確信していく。そういうアホな話です。なんだか更にもう2人ほどこういうアホなヒロインが登場してくるみたいですね。そういうわけで視聴継続ということにします。

 

 

勇者パーティーを追い出された器用貧乏

第1話を観ました。

この作品はなろう系ラノベが原作で、主人公のオルンが本職は剣士だったのだが幼馴染のオリヴァーと一緒に作った勇者パーティーではオリヴァーと剣士職が被っていたので付与術士をやっていた。本職の付与術士ではなかったが独自の魔術を開発したりして上手くやっていた。だがオリヴァーがより高みを目指すために本職の付与術士を雇うと言い出し、オルンを「器用貧乏」だと罵って追放してしまった。追い出されたオルンは当分パーティーには属さずソロの冒険者として活動しようと考え、元の剣士に戻ろうとする。だがダンジョンで魔物の群れに襲われていた新人魔術士のソフィアを救出したところ、お礼をしたいと言われて夕食に行くと、そこにソフィアの姉のセルマが現れる。セルマは「夜天の銀兎」というSランクパーティーのリーダーであり大陸最高の付与術士であり、オルンとは知り合いだった。オルンの実力を高く評価していたセルマはオルンが勇者パーティーを辞めたと聞くと、新人冒険者の教導探索に指導教官役で参加してほしいと依頼してくる。新人の実地訓練のようなもので、ソフィアも参加するらしい。最初は気乗りしなかったオルンだったがソフィアに参加してほしいとせがまれ、考えた末に参加することにした。ただし付与術士ではなく剣士として参加することにした。そういう感じの第1話でしたが、あまりにありきたりの内容で、ある意味では正統派、本格派の異世界冒険者物語といえますが、魔法関連描写にハマれないと楽しめなさそうなタイプの作品なので結構視聴がキツかった。でも1話切りするほどの具体的な理由も無いし、とりあえず様子見ですね。

2026年冬アニメのうち、2026年1月4日深夜に録画して1月5日に視聴した作品は以下の5タイトルでした。

 

 

青のオーケストラ Season2

第13話を観ました。

今回はクリスマスコンサート前の練習のお話の続きとなります。前回、オケ部と合唱部の合同クリスマスコンサートでオケ部員たちが合唱にも挑戦することになり、皆で合唱部と合同で「もろびとこぞりて」のコーラスの練習をしてみたところ、佐伯がとても上手で褒められて、一方で歌が苦手な青野はライバル心理を刺激されるという展開が描かれました。

それを承けて今回は12月の寒い冬の朝の登校時に佐伯が1人でスマホの音源で「アヴェ・マリア」を聴くという場面から始まります。「アヴェ・マリア」というタイトルの楽曲は多数ありますが、これはその中でも最もポピュラーな「グノーのアヴェ・マリア」という曲です。1859年にフランスの作曲家のシャルル・グノーがバッハの曲を伴奏にしてラテン語の聖句「アヴェ・マリア」を歌詞に用いて完成させた歌曲です。

ここで佐伯が聴いている音源はその「アヴェ・マリア」の原曲である「ピアノ伴奏+歌唱」で構成されているものだが、後の場面で佐伯と青野の2人でこの曲の歌唱部分の旋律をヴァイオリンが奏でるよう編曲されたバージョンの練習シーンもある。ここで2人は楽譜を見ながら練習しており、更にこのバージョンに歌唱を加えたバージョンも存在しているので、おそらくクリスマスコンサートで演奏される「オケ部が演奏して合唱部が唄う」という方の曲はこの「アヴェ・マリア」の「ヴァイオリン+合唱」のバージョン、あるいは更に編曲してオケ部全体で演奏して合唱部が唄を合わせるというバージョンなのかもしれません。

「アヴェ・マリア」は海外では結婚式や葬式の定番曲でありますが、クリスマスソングとして使われることもありますので、クリスマスコンサートで演奏するにはピッタリの曲といえます。もともとこの曲の歌詞として使われている聖句「アヴェ・マリア」はカトリック教会における聖母マリアへの祈祷の文句でした。歌詞の冒頭部分は「ルカによる福音書」の中の「大天使ガブリエルがマリアに受胎告知の挨拶を行う場面の冒頭の句」であり、つまり簡単に言えば神の御子イエスの誕生を祝う言葉です。イエス・キリストの誕生日がクリスマスということになってますから、この曲もクリスマスのお祝いの曲として確かに相応しいといえます。そういうわけでクリスマスコンサートで選曲されているのでしょう。

ただ、間接的に「イエスの誕生」を祝う曲ではありますが、この曲は直接的には聖母マリアへのお祝いの唄といえます。カトリック教会では昔から聖母マリアへの信仰が根強いので、聖母マリア信仰の唄と言っていいでしょう。その聖母マリアといえば「父親無しにイエスを私生児として産んだ女性」ということになり、なんだか佐伯の母親と似た境遇ともいえます。佐伯の父親は青野の父親であるバイオリニストの青野龍仁であり、ドイツでソプラノシンガーをしている佐伯の母親は龍仁の浮気相手だったのだが、佐伯を私生児として産んだ。龍仁は佐伯を自分の子供として認知していない。そもそも自分の息子として佐伯の存在を認識していたのかどうかも不明ですが、龍仁のスキャンダルがさんざん報道された時に隠し子の存在も報道されていると思われるので、少なくとも現時点では龍仁も息子が生まれていることは承知しているはずです。

ただ、何にしても佐伯と龍仁にはこれまで一切の接触は無く、佐伯は自分のことは「私生児」だと認識している。だから佐伯はイエスと似ていなくはない。そして佐伯の母は聖母マリアに似ていなくはない。厳密にはマリアは処女受胎で神の御子を産んでいるという設定だから全然違うんですけど、そんなことは佐伯も重々承知ではあるんでしょうけど、登校時に「アヴェ・マリア」を聴きながら、ついドイツに残してきた母親のことを思い出します。

その理由の1つは、前回も描かれた「もろびとこぞりて」の合唱の練習時に皆に「唄が上手い」と褒められた際に母親のことを久しぶりに思い出していたからだった。佐伯は子供の頃から毎日、ソプラノシンガーであった母親が家で発声や歌唱の練習をしているのを見てきたので、そりゃあ他の人よりは歌については詳しい。遺伝もあるだろうし、普通の人よりは上手であるのは当たり前だった。皆に歌を褒められて、佐伯はそうした自分の過去をつい思い出し、母親のこともつい思い出した。

それに加えて、こうして「母の愛」が主題となっている「アヴェ・マリア」を聴き、その女性シンガーのソプラノボイスが母親のそれを思い出させ、更に冬の朝の厳しい冷え込みがドイツの田舎町で過ごした厳しい冬を思い出させる。こうして早朝の通学路を歩いていると他に人影も見えず静かで、どことなくあのドイツの田舎町の冬を想起させるのです。そしてその寒さの中で自分に温もりを与えてくれた母のことをついつい思い出させる。

そんな想い出に懐かしさを覚えつつ、佐伯はその想い出に対して何故か否定的な解釈をし始める。子供の頃から祖父にバイオリンを教えられていた佐伯は、当初は母親に上手くなったのを聴いてもらいたくてバイオリンの練習に励んでいた。しかし母親はシンガーの仕事が忙しくて家を留守にしていることが多く、なかなか佐伯はバイオリンを聴いてもらえなかった。そんな頃のことを思い出して、「今にして思えば」佐伯は「母親は自分の存在が迷惑だったのかもしれない」と考える。

シンガーとして成功したいと思っていた母親は息子に構っている時間はもったいなかったに違いない。そもそも、もともと産みたくて産んだのではないかもしれない。青野龍仁と関係を持ち、捨てられて妊娠していると分かって、堕胎することも出来ず仕方なく産んだだけなのかもしれない。だからあまり息子を愛していなかったのかもしれない。ましてやその「龍仁の息子」が自分を捨てた龍仁と同じバイオリンを弾いて自分に聴かせようとしてくるなんて母にとっては苦痛でしかなかったかもしれない。

そんなふうに佐伯が考えてしまう、それに足るだけの冷たい態度が母親にはあったのも事実ではある。実際、母親が佐伯に構う時間が少ないことで祖父母が非難してよく親子喧嘩をしていた。その挙句に佐伯は最終的には祖父母のもとで暮らすようになったのだが、佐伯はそこに至るまでずいぶん長く抵抗していた。その理由は「母親を1人にしたら可哀想だから」というものだった。しかし「今にして思えば」それも自分の一方的な想いだったのかもしれないと佐伯は思う。

自分は本当は母親に愛されていないかもしれない。そんなふうな不安が根底にあったから、バイオリンを上手く弾いて母親の歓心を買いたかったのだ。本当は母親に愛されていないと認めたくなかったから「母親は自分と一緒に居たいと思っているはずだ」「だから自分が出ていったら母親が悲しむ」と、そう思い込もうとしていたんじゃないか。そんなふうに佐伯は考えて、母親と暮らしたドイツでの日々がつまらないもののように思えてくる。だが同時に、こうして千葉の冷たい朝の空気の中を歩いていると、無性にあの息苦しいほど冷えた空気の中で暮らしていたドイツでの日々が恋しくもなってくる。そう思わせてくれるだけの、寒さの中で母親が与えてくれた温かい想い出だって実際は幾らでも存在はしていたのだ。

ここの場面の佐伯の心情は一見すると不可解です。確かに佐伯の母親は完璧な母親ではなかったかもしれない。でも確かに佐伯に対して愛情は抱いていたはずです。それなのに佐伯はあえてそれを否定して、ドイツでの思い出の価値そのものを否定しようとしているように見える。いや厳密に言えば「そうしようとしていた」といえる。佐伯は意識的にドイツでの思い出を忘れようとしていたのです。ところが「もろびとこぞりて」の合唱練習をきっかけに母のことを久しぶりに思い出してしまい、更に「アヴェ・マリア」を聴いたことでより鮮明にドイツでの日々を思い出して恋しく思えてしまった。だから佐伯はあえてドイツでの日々を無価値なものであったかのように歪曲して自分に「あんなものは忘れた方がいい」と言い聞かせようとしているのだ。

どうして佐伯がそのような歪な考え方をするようになってしまったのかというと、それは青野のせいだと言っていい。第1期で青野の母親が過労で倒れてしまった際に佐伯が青野に対して明かした自分の過去の話によれば、佐伯はドイツで自分が青野龍仁の隠し子だと知った後、一緒に暮らしていた祖父の死によって祖母が故郷の日本に帰国することになり、それに同行することになったが、その際に自分と同い年のもう1人の青野龍仁の息子である青野一に会いたいと思っていた。

ところが佐伯が来日した直後に青野龍仁のスキャンダルが発覚して、結果的に佐伯とその母親のせいで青野家は崩壊してしまい、青野も失意の中でバイオリンを辞めてしまった。それで責任を感じた佐伯は青野に顔を合わせられなくなってしまい、日本の中学でもバイオリンを続けた佐伯は青野が出場しなくなったバイオリンの各種コンクールで優秀な成績を残して海幕高校に進学してオケ部に入部した。だが、そこに再びバイオリンを始めた青野も入部してきており、2人は佐伯の意図しない形で出会うことになったのでした。

佐伯は自分の真実を青野に打ち明けるべきかとずいぶん迷ったが結局打ち明けることが出来ないまま日々は過ぎていき、青野の方はそんな事情は知らないので佐伯のことを良きライバルだと認めて刺激を受け、充実した日々を送っていた。ところが青野の母親が倒れてしまい、青野はそれまでオケ部の皆には黙っていた自分の家族の話を佐伯たちには打ち明けた。それを承けて、佐伯は青野が勇気を出して自分の家庭の真実を打ち明けてくれたのに、自分だけが真実を隠したままなのはフェアではないと思い、遂に青野と2人きりになって自分の真実を打ち明けたのでした。

だが、それを聞いて青野は激怒してしまい2人の関係は一旦壊れてしまった。佐伯は「やはり青野くんは俺を嫌いになってしまったんだ」と絶望したが、青野が改めて佐伯を呼び出して伝えた真意は意外なものだった。青野は佐伯のことを嫌いになったわけではなかったのです。むしろ青野は佐伯のことを本当に良きライバルでかけがえのない友人だと思っており、その関係を守りたいと思っていた。だが同時に父親のことは絶対に赦せないし、自分と母親を苦しめたスキャンダルに関するもの全てを忌避していた。だから佐伯がそのスキャンダルの元凶であると打ち明けたことで、青野は「佐伯との良い関係を佐伯によって壊された」ということに激怒していたのです。

「海幕高校で出会った良きライバルで友人」であったはずの佐伯が突然に「過去の因縁」に豹変したことに青野は腹を立てていた。酷い裏切りだと思った。だから青野は佐伯に「過去の因縁なんか抜きにして、今のお前として今の俺に接してほしい」と頼んだ。佐伯はそれを受け入れた結果、過去の経緯については忘れて、現時点の自分として現時点の青野に全力でぶつかるようになった。それまでは青野に対して煮え切らない態度が多かったが、青野に対して感情を真っすぐぶつけることも出来るようになり、オケ部内でも控えめだった佐伯の感情表現も以前よりは豊かになった。

しかし、その代償に佐伯は「過去のことは忘れた自分になろう」と心がけて、ドイツに居た頃の過去のことを考えないようになった。佐伯のドイツでの思い出といえば、主に家族との想い出だが、母親のことにせよ祖父母のことにせよ、そのどれもが青野龍仁と絡んでくる。そうしたドイツでの思い出を引きずった自分のままで青野に接してはいけないと佐伯は考えた。だからドイツに居た頃のことはあまり考えないようになり「早く忘れてしまおう」と思っていた。実際、忘れてしまっても実生活の上でほとんど支障は無かった。だが、想い出はその人間の情緒を形成する重要な要素ですから、そのぶん、やはり佐伯の感情は乏しいものになってしまっていた。

前回、鮎川先生が佐伯についてまだ物足りないと言っていたのはこういうところであった。今回も登校してオケ部の部室に1人で居た佐伯のところに鮎川先生が来て会話をすることになったが、昨日の合唱練習で佐伯の評判が高かったという話を聞いていた鮎川先生が佐伯にそのことを言うと、佐伯はまた母親のことを思い出すのでその話題には乗り気にならず「みんな大袈裟ですよ」と軽く流す。

だが鮎川先生は「褒められたら素直に喜べ」と佐伯に注意する。鮎川先生が言いたいことは単に佐伯の謙遜が見え透いているというだけではなく、「褒められて嬉しいという記憶が残った方が自信に繋がって歌や演奏がより良くなるからだ」と鮎川先生は佐伯を諭します。そして「もっと感情を表に出せ」とも言う。つまり佐伯がどうも無理に自分の感情を抑えて表に出さないようにしており、それが良い演奏をするのに妨げになっているということを鮎川先生は心配しているのです。

「でも前よりだいぶマシにはなった」とも鮎川先生が言っているところを見ると、どうやら鮎川先生は入部当初から佐伯の「無理に感情を抑えるクセ」は心配していたようです。入部当初はかなり酷くて、最近はそれに比べるとだいぶマシになったと鮎川先生は見ているのだが、それは要するに入部当初は青野にどう接したらいいのか分からず戸惑っていたが、夏に青野に過去を打ち明けた結果「過去を切り捨てて青野に素直に接することが出来るようになった」という意味で「マシになった」ということを表している。但し、それでもまだ鮎川先生から見たら佐伯が完全に感情を表に出せてはいないと見えているのは、やはり「過去に関する感情を切り捨ててしまっている」からに他ならない。

ただ佐伯としては「今の時点で青野くんと素直な気持ちで交流するためには過去は忘れるべきだ」と思っているので鮎川先生の「嬉しいという記憶が残った方が演奏が良くなる」という言葉に反発するように「過去の楽しかった記憶だって、どうせいつかは忘れてしまうものですよね」と言い返す。だから今褒められて嬉しかったという記憶だって、どうせ将来は忘れてしまって演奏に活かすことだって出来なくなるんじゃないかと佐伯は反論したわけです。

佐伯としては今の自分の演奏を良くするものは現在の青野とのライバル関係なのであり、過去の記憶などではない。青野とのケースのように、現在の人間関係をより良くするために過去の因縁はむしろ邪魔になることだってある。将来だってきっとそうなのだ。だったら過去の記憶をいつまでも覚えておくことよりも、現在の目の前の相手との関係の方を重視する方が演奏を良くするにも人生を有意義にするためにも必要なのではないかと佐伯は思っているのです。

それに対して鮎川先生は「記憶はいつか忘れていくもの」という佐伯の言葉を否定はしなかった。「おそらく忘れていくんだろう」と鮎川先生は言う。何を忘れたかは具体的には分からない。忘れてしまったものが何であったのか、もう思い出すことは出来ないからだ。「知らないうちに自分の中で消えていった記憶も多いんだろうなと思うよ」と鮎川先生は過去の失われた記憶を惜しむようにしみじみと言う。しかし続けて先生は「でも、そういう忘れていったものこそ、今の自分の血肉になっているんじゃないか?」「そういう意味では完全に忘れるってことは無いのかもしれないな」とも言う。

確かに過去の出来事を詳細にずっと覚えていることは出来ない。どんな出来事だったのかすらいつかは曖昧になってしまうだろう。でもその経験はその人物を形成していく糧となり、その人物そのものの一部となって影響は残り続ける。だから「完全に過去を消す」なんてことは不可能なのだ。その出来事の詳細を語る言葉は失われていくが、何かモヤモヤした感情は残って積み重なっていく。佐伯の場合、無理に過去を忘れようとしているので実際は詳細はまだ覚えているのだが、それでも青野の前でそれを言葉にして語ることはもう出来ない。でもやはり今朝のように感情が一気に湧き上がってくることもある。それを押さえ込まなくてはいけないと思うあまり、佐伯の感情はまた表に出しにくくなってしまう。

そこに青野が朝練のために部室に入ってきたタイミングで、鮎川先生は佐伯に「お前にはそれがあるだろ」と言って佐伯の脇に置いてあるバイオリンに視線を向ける。そして「演奏に乗せてみろ」と言って部室を出ていく。もし記憶の詳細を語る言葉を失ってモヤモヤした感情だけが心の中の自分の血肉の中から浮かび上がって来て持て余しているのなら、その感情こそ演奏に乗せてみればいい。そのための楽器と、それを弾きこなす腕前が佐伯にはあるはずだと、鮎川先生は諭してくれたのです。

それを聞いて佐伯は「そうか、演奏に詰め込んでいいんだ」と気付く。これまで青野のために「過去を忘れよう」と必死になってきたが、鮎川先生に「忘れた記憶は自分の血肉になるから完全に過去を忘れることは出来ない」と諭されて、自分の今までの行為は徒労だったと分かった。いくら忘れようとしても今朝みたいに過去に関する感情が湧き上がってくるのが止められないのも納得だった。自分の血肉に変わってしまっているのでは仕方がないことだったのだ。でも言葉にして語ることは出来ない。許されることではないし、既に自分自身がそれを語る言葉を見失ってしまっているかもしれない。残るのはモヤモヤした感情だけだ。それならば、演奏に詰め込んでしまえばいい。演奏に詰め込んでしまう分には青野にも迷惑はかけないで済む。

そう考えて佐伯は青野に「練習に付き合ってほしい」と頼み、冬の朝の校舎の寒い廊下に出て、2人で「アヴェ・マリア」のバイオリンの演奏の練習をすることにした。青野は「なんでわざわざこんな寒いところで練習するんだよ」と抗議するが、佐伯は「故郷の寒さを思い出すかと思って」と答える。そうやって出来るだけ故郷のドイツの田舎町で暮らしていた頃の感情を思い浮かべて演奏に乗せようと考え、佐伯は青野と共に「アヴェ・マリア」を弾き始める。

そうして演奏していると、理性で屁理屈をこねて貶めようとしていた過去の記憶は佐伯の奏でる音の中に本来の美しい姿を取り戻していく。冬の静寂の中、数々の優しい記憶があったことが思い出されていく。佐伯はそれらの記憶たちに「忘れないよ」と優しく声をかける。言葉にして残したいとはもはや思っていない。「一音、一音、俺の中に刻むから」と、佐伯は自分の血肉と化した演奏の中にこれからもそれらの記憶を永遠に刻み込もうと誓うのでした。

そして、青野も佐伯の演奏が急に柔らかく感情が豊かになって良くなったことに驚いていた。それで思わず佐伯の演奏に見入ってしまうが、佐伯は自分が過去のドイツでの暮らしを思って弾いている演奏が青野を魅了していることが何とも言えず嬉しかった。以前に自分のドイツでの過去の話をした際に青野は激怒し、それは現在の自分たちの関係にとって邪魔でしかないと忌避していた。その青野が言葉ではなく演奏に感情を乗せたら全く違う反応をしていることが佐伯には面白かったし嬉しかった。演奏の力というものを知ることが出来たとも思えたし、青野に自分の故郷の良さを理解してもらえたように思えて素直に嬉しかった。

ただ、廊下での練習が終わって部室に引き上げてきた際に青野がさっき佐伯が「故郷の寒さを思い出すため」とか言ってたことを思い出して「故郷ってドイツのことか?」と佐伯に質問してきて「ドイツでの暮らしはどんなだった?」と聞いてきたのは、これはやはり佐伯の演奏の力だけではないだろう。青野自身も以前とは変わってきているのだ。

思えば青野も秋のコンクールの前に「バッカナール」の主題である「怒り」の解釈を突き詰めた際に、父親の龍仁に対する感情は変化している。「自分にとって大切な存在だったからこそ裏切られた怒りが激しかったのだ」と理解できるようになった。だから自分自身を知るためには父親から逃げ続けるわけにはいかないことももう分かっており、佐伯の過去に対する拒否感も以前ほど激しいものではなくなりつつあるのだ。だから佐伯はそんなに苦しむ必要は無かったのだが、その苦しみがあったからこそ佐伯の演奏は一皮剥けたのだと言っていいでしょう。そうした佐伯の頑張りに青野はじめオケ部の皆も合唱部の皆も刺激を受けて準備万端整ってクリスマスコンサート当日を迎えたところで今回のお話は終わり次回に続きます。

 

 

花ざかりの君たちへ

第1話を観ました。

この作品は1996年から2004年にかけて「花とゆめ」で連載されていた学園少女漫画が原作。2007年には「花ざかりの君たちへ~イケメンパラダイス」というタイトルで実写テレビドラマ化されており、堀北真希の男装とイケメン若手俳優総出演で話題となったので、こっちの方が有名かと思われるが、アニメ化は意外にも初めてみたいですね。テレビドラマの方はぶっ飛んだ内容で大人気となったが、バカバカしく荒唐無稽ではあるものの何だかんだ話の方も名作だったと思うので、アニメ化しても割と見れる内容になるんじゃないかと思う。ただ、やはり古いといえば古い。良い意味で古くて、今では考えられないような荒唐無稽な設定を押し通してしまえるエネルギーは確かにあるのだが、それでも全体的に古さは感じる。あまりに古すぎて実写版と比較されて貶されるということもなさそうなので、それは良いとは思うが、まぁどうなるか様子見ですね。まぁこの作品はもちろん正統派少女漫画的な魅力も十分ありますが、やはり全体的なバカバカしさを楽しめるかどうか次第でしょう。

第1話の話の中身の方はやっぱり面白かったですよ。主人公の芦屋瑞稀は高校1年生の女の子なのだが、何故か全寮制の男子校である桜咲学園にわざわざ髪を切って男装して編入してくる。一体どうやって女子だとバレずに編入して来れたのかよく分からないが、なんか海外からの編入生だという。それで、なんで瑞稀がそんなことをしてるのかというと、どうも瑞稀は陸上競技をやっていたらしくて、日本の高跳びの有名選手だったらしい佐野泉という男子生徒のファンみたいであり、その佐野が通う桜咲学園に編入して佐野と友達になりたかったようです。今の時代なら立派なストーカーなんですが、まぁ20世紀はおおらかな時代だったのでこういうのはセーフでした。

今回のラストシーンでさっそく校医の梅田というイケメンメガネに女子だとバレて事情を問い詰められてたので、次回あたりで瑞稀の異常な行為の詳しい経緯や理由も明らかとなるでしょう。とにかく今回は瑞稀が桜咲学園に編入してきて、クラスでは中津という関西弁のお調子者に気に入られ、中津は色々と世話を焼いてくれる。中津は瑞稀をもちろん男子だと思っているので高校1年生の男子同士の会話の当然の流れとして猥談ばかりしてくる。瑞稀は別に「男子になりたい」とか思って男子校に通ってるわけじゃないので心は乙女のままであり、中津の猥談は耳が腐りそうで非常に嫌なのだが我慢して聞くしかない。

一方で憧れの佐野とは寮で同室となり、てっきり寮は個室だと思っていた瑞稀は焦る。お近づきになれたのは嬉しいが、いくら何でも近すぎると思い、やっぱり女子なので男子と同室は意識してしまう。いや下調べが杜撰すぎるだろ。ただ佐野は瑞稀がいきなり「好きです!友達になってください!」なんて言ったので、瑞稀のことをホモだと思って気持ち悪がる。その後、その誤解は解けてちょっと仲良くなれたが、佐野はどういうわけかもう高跳びは辞めているらしい。瑞稀はショックを受けるが、佐野は事情を語ろうとはしない。

そんな中、体力テストで瑞稀が校内で一番足が速いことが判明し、運動部がこぞって瑞稀をスカウトに来る。だが女子だとバレるリスクが高いので瑞稀は誘いを断って逃げ回る。しかしもともと校内で一番足が速いことが自慢だったサッカー部のホープである中津は瑞稀にサッカー勝負を挑み、「男なら勝負から逃げない」と挑発された瑞稀は「断ったら男子じゃないと疑われるかもしれない」と思って勝負を受ける。しかし中津の激しいボディチェックで倒れて気絶してしまった瑞稀はちょうど勝負を見物していた佐野と中津によって保健室に運ばれ、そこで校医の梅田に女子だとバレてしまう。佐野と中津を帰らせた後、梅田が瑞稀を問い詰めたところで今回のお話は終わり、次回に続きます。まぁしばらく様子見でしょうね。

 

 

違国日記

第1話を観ました。

この作品は「FEEL YOUNG」というヤング女性向け漫画雑誌で連載されていたヤマシタトモコさん作の漫画が原作であり、既に原作は完結しています。主人公は高代槙生という35歳の人見知りの女性小説家で、突然の交通事故で亡くなった姉の娘である15歳の中学3年生の田汲朝を引き取って2人で暮らし始める。そうした2人の交流を描いていく作品のようですが、今回はこの2人が暮らし始めた経緯が描かれました。とにかく空気感が最高で、初っ端からかなりのお気に入り作品となりましたが、話の内容はここから更に面白くなっていきそうなので、いきなり最高評価するのは躊躇してしまう作品です。言い換えれば、最高評価してしまいたくなってしまってるということ。

まず冒頭は槙生と朝が2人で暮らしている場面から始まる。朝が台所で食事を作っており、槙生は書斎でパソコンに向かって何かを執筆している。台所やそれに隣接するキッチン兼リビングのような空間は小奇麗に片付いている。一見普通に見えるが、これは2人で暮らし始めて一定期間が経過した場面であり、後で描かれる朝が初めてこの部屋に来た場面では台所も何もかももっと乱雑であったことが分かる。その荒廃した時期の名残は槙生の書斎には残されており、デスクの周りには本が乱雑に積み上げられており、槙生という人が整理整頓の出来ないダメな大人であるということが分かる。

ただ部屋の荒廃っぷりに比例して槙生の性格も破綻しているというわけではないようです。いや、ある意味変わり者だし、あるいは朝と暮らすようになって変化した部分なのかもしれないが、明らかに執筆作業の邪魔にしかならなさそうな朝が料理しながら歌う素っ頓狂な歌に対して、槙生は遮るような声を発し「キレるんじゃないか?」と視聴者を予想させますが、「ジャスティン・ビーバーを唄ってほしい」と変なリクエストをする。明らかに変な人なのだが、子供の変な行動に対して高圧的にキレたりしない人であることは分かる。

朝がベッドで寝ずに槙生が作業している書斎で寝ようとしても、邪魔者扱いせずにわざわざ部屋の灯りを落としてくれたりする気遣いも見せてくれる。そんな叔母のことを朝も「槙生ちゃん」と気安く呼び、槙生の大人げない行動に対してツッコミを入れたりする、生意気な態度は見せるものの、実際のところ朝はそうして槙生の傍で寝るのがお気に入りなのである。「私は1人、違う国の女王の玉座の片隅で眠る」「私の好きな夜」だと朝は言う。

そうしてOP曲の後、槙生と朝が一緒に暮らすようになる前に戻って本編が始まる。冒頭の場面とは打って変わって乱雑に散らかったリビングを通って外出する槙生は電車の中でスマホでネットニュースを聞きながら、自分の姉夫婦が事故死したことを知ります。しかし槙生は全く驚いた様子も悲しそうな様子も見せず、そんな槙生を非難するように亡くなったばかりの姉の実里の霊が現われて槙生に「何か言うことないの?」と問い質す。それに対して槙生が返答もせず睨み返すと、実里は「アンタがダメだから言ってやってんの、姉として」と高圧的に説教する。

もちろん実際に実里の幽霊が化けて出たわけではない。槙生の中の実里のイメージがそういう感じということです。姉妹仲はずいぶん悪かったようであり、その原因は槙生がダメな人間であり、そんな槙生のダメなところを実里が常に高圧的に否定していたからなのでしょう。そんなふうに決定的に関係の破綻していた姉の死に対して槙生は悲しみなど湧いてはこないし、何の感情も湧き上がってはこない。

ただ、それは別に槙生だけではないようです。槙生はまだ険悪だったぶん、実里への想いはある方なのかもしれない。警察署に行くと槙生と実里の実母の反応はもっと冷淡に見えた。いや案外、離れて暮らして最近はあまり会っていなかった四十路の娘が突然に事故死したと聞いたらこんな反応がリアルなのかもしれないが、諸々の手続きに追われて疲れており、実母にしてみれば遅れて駆けつけた槙生なんかよりもよほど自分の方が亡き娘のためにやるべきことをちゃんとやっているという感覚なのかもしれません。1人だけ車から離れていたので事故死を免れて生き残ったという実里の娘の朝を槙生に家に泊めてやるようにと押し付けて居なくなってしまいます。

部屋が散らかっているし予備の布団も無い槙生は嫌がり「ホテルをとる」と言うが、母親は「薄情なことを言うもんじゃない」と槙生を叱る。両親が亡くなったばかりで突然に天涯孤独になってしまった15歳の娘を1人でホテルに泊まらせるなんて、確かに薄情です。そんなことにも気が回らない槙生は確かに世間知が無いダメ人間であり、そんなダメな娘を叱った母親は自分は立派だとでも思っているのかもしれないが、そんな危なっかしい娘に可哀想な境遇の孫娘を押し付けて帰っていく母親もずいぶんと薄情なものです。そんなに気が回るのなら自分の家に泊めてやればいいのに。

槙生と朝は朝が小さい子供だった頃に一度会ったきりであったようですが、朝は辛うじて槙生のことを覚えてはいたようです。2人はとりあえず警察署から食事に出かけ、槙生は朝に優しい言葉をかけたりはしなかったが、たくさん食べさせ、ゆっくり休ませようと気遣いはします。そして朝が悲しんでいるかどうかを気にかけ、朝がまだドタバタしていて悲しみの実感が湧いてきていないことを知り、そしてそのことを「いけないこと」だと朝が考えて気が引けていることも察します。

それに対して槙生は「別に変じゃない」と言ってやり「悲しくなる時があれば、その時に悲しめばいい」と諭してやる。そして自分も姉が嫌いだったから全く悲しくないと打ち明ける。子供の落ち度を指摘するために自分の落ち度を見て見ないフリをするのはフェアじゃないと思うからだ。そこは槙生は母親とは違うし、亡き姉とも違うのかもしれない。

ただ1人残された朝が気の毒だと思うので、そういう意味では姉の死は悲しいとは槙生は言う。ただ「気の毒」とは言いつつ、やはり槙生は朝に優しい言葉をかけたりはしない。その代わりに「日記をつけるといい」とアドバイスする。誰が朝に何を言い、何を言わなかったか、朝が何を感じ、感じなかったのか、それを日記に書く。いつか、それが朝にとっての灯台になると槙生は言う。あくまで朝を前に進ませるのは朝自身の言葉であり、他人の見せかけだけの優しさの言葉ではないということです。

そして葬儀の日、朝の父親の方の親族は誰も来なかった。そして母親の実里と朝には血縁関係が無いことも分かる。そもそも夫婦の苗字も違うし、法的には婚姻関係ではなく内縁の夫婦だったようです。朝は父親の連れ子であり、母の実里とは血は繋がっていなかった。そのことはおそらく槙生やその母親は知っていたのでしょうけど、朝が知っていたのかどうかは分からない。知っていた可能性は高いとは思うが、さすがに朝も自分と血の繋がった父親の親族とは既に関係は絶たれており、血の繋がらない母親の親族からは厄介者扱いされるようになるとまでは予想していなかったでしょう。

実里の親族たちは朝を厄介者を見るようにヒソヒソと噂話をして、朝は親族にタライ回しにされた挙句に行き場が無くなる未来が見えてくる。まだ両親の死の悲しみは実感できない。いや、それどころではない。ここで初めて朝は天涯孤独になってしまったことを実感する。砂漠の中でたった1人放り出されて、喉がカラカラに乾いている。タライいっぱいの水を飲みたくなるが、そういえばタライというのはどんな漢字を書くのかも分からない。

そんなふうに周囲の雑音に耳を塞ぎ自分の世界に閉じこもって砂漠の中を歩いていると、槙生が朝に声をかけてきて、朝は涙を流して「タライをどう書くのか分からない」と言う。周囲の親族は朝が泣いているのを「親が死んで悲しいから」だと解釈して優しい言葉をかけて慰めようとするが、槙生は朝が「周囲の冷たさに孤独を感じているから」泣いているのだと理解し、自分の偽りの優しさを押し付けようとはしない。

「私はあなたの母親が心底嫌いだった」「だからあなたにも思い入れは無い」「あなたを愛せるかどうかも分からない」と正直に伝えた上で、槙生は「でも15歳の子供はこんな醜悪な場所に相応しくない」「あなたはもっと美しいものを受けるに値する」「私は決してあなたを踏みにじらない」と言い、朝を家に連れて帰る。ついでに「タライ」は「盥」と書くということも教えてくれた。こうして2人は一緒に暮らし始めることになったのだ。

槙生は自分がダメな人間だったゆえにずっと「孤独」であり、「孤独」の中で自立する人生を送ってきた。「孤独」ゆえに自分が踏みにじられることは許せなかったのだ。自分の「孤独」を誰にも踏みにじらせたくなかった。だから朝の「孤独」が周囲の心ない大人たちによって蹂躙されることがどうしても見過ごせず、人見知りでありながら、つい勢いで朝と暮らし始めてしまった。そしてそうした周囲とは違う世界に孤高に君臨する「孤独な国の女王」である槙生の傍が朝にとってのお気に入りの場所となったのでした。そういう感じで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

拷問バイトくんの日常

第1話を観ました。

この作品はヤングアニマルWebで連載中の漫画が原作ですが、拷問や殺人が合法化された世界観で、悪人を拷問して情報を聞き出す業者でバイトをする若者たちの仕事ぶりを描くブラックコメディみたいです。ただ、こういうのはギャグが笑えないと成立しないタイプの作品なんですが、私は今回見てどうも全くこの作品のギャグが笑えなかった。拷問をやってるからとかいう問題以前に、根本的にギャグセンスが合わないみたいです。こういうタイプの作品じゃなければ、それでも他に活路は見出せたんでしょうけど、こういう作品なので、ギャグが笑えないとただただキツいだけ。そういうわけでどうもこの作品は自分向きじゃないと思ったので1話切りさせていただきます。

 

 

魔術師クノンは見えている

第1話を観ました。

この作品はなろう系ラノベが原作の異世界ファンタジーみたいです。遥か昔の魔王との戦いで勝利した英雄の子孫には時折、身体の何かが欠落した子供が生まれるという世界観になってます。その英雄の子孫として侯爵家の次男として生まれたクノンは生まれつき目が見えない。しかし魔術の才能に長けたクノンは水魔術で代用の目玉を作ればいいと思い立ち、そこに希望を見出して性格も明るく変わっていく。そういう第1話でした。メイドのイコがなかなかぶっ飛んだ性格で、その影響を受けてクノンも軽薄な紳士に成長していきます。そうして軽妙な遣り取りが増えてきて、当初は暗い話なのかと思っていたんですが、なんかライトなコメディみたいになってきました。なろう系ラノベ好きな層にはこういうの面白いんだろうとは思うんですが、ちょっと個人的には軽すぎるというか、子供向けコメディという印象。ちょっと対象年齢から外れてるのかなと思えたので、この作品は1話切りさせていただきます。

2026年冬アニメのうち、1月3日深夜に録画して1月4日に視聴した作品は以下の2タイトルでした。

なお「青のミブロ 芹沢暗殺編」の第3話、「不滅のあなたへ Season3」の第13話、「グノーシア」の第13話は今週は放送休止となり来週放送となります。

 

 

勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録

第1話を観ました。

この作品は小説投稿サイトのカクヨムで連載されているライトノベルが原作で、異世界ダークファンタジーです。第1話は60分スペシャルで、とにかく戦闘シーンが盛りだくさんで作画が劇場版並みに凄かったです。かなり本気で作ってる感じで、これは一気に今期の「覇権候補」ってやつになったんじゃないでしょうかね。ただまぁ私の場合はストーリー重視なので、そのあたりは割とどうでもいいです。戦闘シーンは凄いのは分かりましたが、ちょっと今回は盛り盛りすぎて、やや冗長に感じてしまった。もうちょっとコンパクトな方がよりインパクトはあったと思うんですが、やっぱ初回だから盛り盛りにしたかったんでしょうね。

ただストーリーも割と好印象です。掴みはOKだと思います。「魔王現象」という魔物が大量発生する現象による脅威に晒されていて、それに立ち向かう「聖騎士団」という組織があるという、よくある中世風の異世界という世界観なんですが、単純に「魔王が存在している」というのではなく「魔王現象」という謎の自然現象となっているのがちょっと斬新ですね。意図や意味が不明で、より気持ち悪くて怖い感じがします。エヴァの使徒とかナウシカの腐海とかに近いイメージかもしれない。

そしてこの作品の肝は「勇者」という存在なんですが、よくある異世界モノの「魔王に立ち向かう選ばれし存在」というポジティブな存在ではなく、「勇者刑」という「魔王現象と戦うという刑罰を科された罪人」という非常にネガティブな定義になっているのが斬新ですね。要するに犯罪者の集まりであり、その結果、他の異世界モノで描かれる「正義のヒーロー」的な勇者に比べて、より個性的なキャラ付けがしやすいのだと思われる。

まぁ第1話で登場した「勇者」はザイロという元聖騎士団長で「女神殺し」という大罪を犯したという主人公と、コソ泥のドッタという2人だけなので、これからどんな個性的な勇者が登場してくるのかはまだ未知数ではありますが、まずザイロの場合はどうやら勇者刑に処されてしまった理由である「女神殺し」というのは冤罪っぽい。いや、女神を殺したというのは事実みたいなんですが、まずそのような行為に及んだ極限状況に追い込まれるに至った経緯が、ザイロの主張と周囲の証言が全く食い違っており、どうもザイロは何者かの陰謀に嵌められてしまったようです。

具体的には「救援要請を受けて出動したら要救助者などは存在せず、来ると聞いていた増援も来ず、魔物の群れの中で孤立無援に追い込まれて奮戦の挙句に女神を殺す羽目になった」というザイロにとってかなり不本意な状況だったようですが、それについて法廷で抗弁したも誰も同調してくれず、ザイロは「命令も無しに勝手に部隊を出動させて女神を殺した大罪人」ということにされてしまった。

ここで「女神」というやつが問題なんですが、ザイロは今回のお話でも酷い盗み癖のあるドッタが聖騎士団の輸送部隊から盗んできた棺桶の中から出てきた髪が燃えてるロリ少女のテオリッタが「女神」だと分かると「危険な生体兵器」だと言って毛嫌いする。テオリッタは「人々を守るのが使命」だとか言って魔物と戦おうとして、ものすごい戦闘力を有しているようですが、やたら承認欲求が強くて、敵をやっつけたら頭を撫で撫でしてもらいたがったりする。ただ正義の存在であるようには見えるし、無害にも思えます。それでもザイロがやたらと女神を毛嫌いするのは、よほど女神が危険な存在だからなのでしょう。ドッタの話によると、他にも「女神」というものは存在するらしいが、巨大な怪物だったり鉄の塊だったりするらしい。なんだかネウシカの巨神兵やエヴァの使徒のような存在っぽいですね。

このテオリッタはザイロを「我が騎士」と呼んでやたらと頼ってくるし、同時に自分に頼るようにとせがんでくる。どうやら女神というやつは誰がと「契約」しないとその戦闘力を発揮できないらしい。それでもザイロはひたすら「契約」を拒むが、聖騎士団の撤退を支援するうよう命じられているザイロはドッタと共に過酷な戦いを強いられる。勇者は死んでも蘇生させられて延々と戦わされ続ける刑罰なので、死んで楽になることすら出来ない。それに蘇生を繰り返すうちに自我が崩壊していくようなので、ザイロはそれを酷く嫌がります。ドッタみたいな根っからのクズは自我なんてどうでもいいみたいですが、ザイロは自分を冤罪で嵌めた奴らに復讐をしたいみたいなので自我は大事みたいです。

そんなこんなで聖騎士団の連中を守って戦っているうちに絶体絶命の状況となり、ドッタも何処かに行ってしまい、もうどうしようもなくなってザイロは仕方なくテオリッタと契約し、テオリッタは圧倒的な力で魔物たちを倒します。その後、命を助けられたというのに聖騎士団の連中はザイロが「勇者」だと知ると見下して罵倒の言葉を浴びせ、「聖騎士団の砦に移送中の女神を盗んだ」とか非難する。どうやら女神が契約できる相手は1人だけ、1度だけみたいで、本来は聖騎士団の誰かと契約するはずだったテオリッタがザイロと契約してしまったことで聖騎士団員たちは怒り心頭の様子です。だがテオリッタはザイロを立派な騎士だと言って気に入った様子。

だが、ここで聖騎士団員たちがテオリッタにザイロが「女神殺し」であることを告げる。そこでザイロの回想シーンとなるのですが、聖騎士団長だった頃のザイロが陰謀に嵌められて過酷な戦闘を強いられた挙句、当時契約していた女神が部隊の皆を守るために極限まで戦い抜き、遂に力を使い果たしてしまったらしい。実は女神が力を使い果たすと「魔王現象」に冒されてしまい、非常に危険で強大な魔物に変化してしまうらしい。それを阻止するためにザイロは相棒である女神を殺さざるを得なくなってしまったようです。

ザイロは法廷でも「女神」というのはそうした非常に危険な兵器だということを訴えたのですが、それは無視され隠蔽されてしまった。単に上層部が「女神」が失敗作であることを認めたくなかったのか、それとも「女神」という存在を作り出したこと自体が何らかの陰謀なのか、そのあたりはまだ不明ですが、とにかくザイロが「勇者」に堕とされ追放された理由の中には「女神の秘密を知ってしまった」というのも含まれているのかもしれない。ただ、ザイロが「女神」を嫌い、「女神」との契約を拒絶していた理由は、単に「女神が危険な存在だから」というだけではなく、かつて契約していた相棒の女神を自らの手で殺さねばならなくなった心の傷が大きく影響しているからだということが想像される。そういう感じで、ド派手な戦闘シーンを描きつつ、主人公のザイロの人物像がだいぶ見えてきたというのが今回は良かったと思われ、とりあえず視聴継続ということにします。

 

 

多門くん今どっち!?

第1話を観ました。

この作品は「花とゆめ」で連載中の少女ギャグラブコメ漫画が原作みたいです。主人公の木下うたげは大人気男性アイドルグループのセンターの男子高校生アイドル福原多聞くんの推し活をする女子高生なのだが、推し活をするにはお金が要るので家事代行サービスのバイトをしている。だがある日、家事代行に行った部屋が多聞くんの住居で、しかもアイドル活動をしている時の多聞くんはグループのセクシー&ワイルド担当の自己肯定感つよつよのオラオラ系イケメンなのだが、プライベートではジメジメした陰キャであった。そしてすごくネガティブな性格で、ファンだといううたげにみっともない本当の姿を見せてしまったことで絶望してしまい、普段の表の顔は「偽物」だと言う。だが、自分の素の顔と真逆のキャラを演じている理由が「事務所の方針」であるだけではなく、「多聞くん自身の憧れの姿になりたいという願望」であり「皆を笑顔にできる人になりたい」という願いによるものだと知ったうたげは多聞くんの志は決して「偽物」ではないと気付き、「地味原さん」と命名して多聞くんの普段の姿を応援して奮起させようと頑張る。だが、そうしているうちにうたげはいつしか地味原さんに惹かれていくようになってしまい、自分の推しに対してそのような感情を抱くのはいけないと思い、家事代行に行かなくなる。しかし多聞くんもうたげに惹かれていたので突然にうたげが来なくなったことにショックを受け、ライブの観客席にうたげが来ていることに気付くと、帰り際のうたげの手を引っ張って2人きりで話をし、また家事代行に来てほしいと言う。

そんな感じの第1話だったんですけど、なんか面白そうな作品でした。少女漫画原作であること自体も別に大した問題ではない。最近は少女漫画原作アニメでも女性視点のラブコメでも視聴に何ら問題は無い。ただ、私の場合、男性アイドルグループへの推し活というものがよく分からない。うたげのコメディシーンの勢いが凄いのでついつい笑ってしまったりするが、あの勢いは男性アイドルへの推し活というものが分かっていてこそ面白いのだろうと思う。だから私はこの作品の面白さをちゃんと理解は出来ていないのだと思う。また、男性アイドルグループのワチャワチャしてるシーンも長いのだが、ああいうのを見るとやっぱり女性向け作品なのだなと思う。単純な恋愛モノは男子の方の心情も分かるし問題は無いのだが、男性アイドルとそのファンという世界観はやはり男性視聴者にはハードルが高いと思う。そういうわけなので、おそらく女性視聴者にはかなり面白い作品なのだろうとは思うのだが、私は1話切りさせていただこうと思います。