アニメ視聴日記

アニメ視聴日記

日々視聴しているアニメについてあれこれ

2026年冬アニメのうち、3月17日深夜に録画して3月18日に視聴した作品は以下の2タイトルでした。

 

 

真夜中ハートチューン

第11話を観ました。

今回を含めて残り2話となりました。今回は六花の路上ライブの話でしたが、まずはその前に六花がオリジナル曲を作れるようになり、またオリジナル曲を一般生徒の前でも唄えるようになるお話が描かれます。この話の前の六花回である第7話は「オリジナル曲を唄えるようになる話」でしたが、あれは放送部の仲間の前で唄えるようになっただけであり、まだ完全に唄えるようになったわけではない。六花の当面の目標は「路上ライブでCDを50枚売る」ということであり、路上ライブではオリジナル曲を唄うことが大前提です。だから7話では六花はオリジナル曲を作ろうとしていたが、曲は作れず、そもそもオリジナル曲を唄うことも出来ないことが判明し、そこで山吹が手伝って、ようやく放送部の仲間の前でだけ昔作ったオリジナル曲を唄えるようになっただけでした。そういう状態で今回のお話は始まりました。

まずは夏が近づく中、寧々が放送室に観葉植物を置きたいというので皆で買いに行き、そこで六花が興味を持った植物は「パキラ」という名の植物でした。山吹の説明によると「5枚で1組の葉が特徴で、成長がかなり早い」「特に春から夏は少し目を離すとすぐに成長する」とのこと。結局このパキラを買うことになりましたが、「5枚で1組の葉」が放送部の5人を象徴しているから選んだのだと、しのぶは言います。しのぶが言っていますけど、最終的には皆で合意して選んだのでしょうから、みんな同じ想いなのだろうと思われる。みんな、特に4人の女子たちは山吹と出会った春から今の夏を直前に控えた時期にかけて自分なりに夢に向かって成長したと思っており、同時にこの夏はもっと早く成長したいと思っている。そういう想いがこのパキラを選んだという行為には込められていると言っていいでしょう。

その中でも六花は「路上ライブをやる」という形で自分の成長を示したいと思っている。屋上でやっている仲間内のライブはオリジナル曲を楽しんで唄えている。路上ライブでもあんなふうに唄えればいいのだが、学校の一般生徒の前でもまだオリジナル曲を唄えないのに、見知らぬ人たちを前にして楽しんで唄えるとは思えない。またオリジナル曲も結局まだ全然作れていない。こんな調子では路上ライブはまだ無理だ。夏休みも直前だというのにこれじゃ全然ダメだ。パキラみたいに「春から夏にかけて少し目を離すと成長していた」なんてわけには上手くいかなそうだと六花は思った。

六花が「人前でオリジナル曲を唄えない理由」については7話で六花自身が説明した。中学時代は六花はオリジナル曲を作って唄っていたのだが、何者かにそれを否定されたらしい。六花の回想を見た感じでは音楽プロダクションか何かのプロデューサー風の男であったが「評価されたりガッカリされたりする目を向けられるのが怖くなった」と言っているところを見ると、そのプロデューサー1人の意見で否定されたのではなく、多くの人たちによって六花のオリジナル曲は否定されたようです。

それで六花は「人前でオリジナル曲を唄うのが無理になった」のだという。一方で六花は「他人の曲は自分を隠せるから気が楽」という理由でカバーソングを唄うようになった。そういうことから考えると、六花が「否定された」と感じたのは「オリジナル曲」そのものではなく、「オリジナル曲を通して表現した自分そのもの」を否定されたように感じたのでしょう。そのように自分自身を否定されたように思えて、オリジナル曲を通して自分を表現することが出来なくなったのだと思われる。ただ、更にもう一歩踏み込んで考察するならば、六花が「否定された」と感じたことは「オリジナル曲を通して自己を表現する行為そのもの」だったのではないかと思う。そんな考えを抱く人間は非常に多いと思う。何故なら、そのような「表現」に対して否定的感情を持つ人の心情には私もかなり共感はできるからです。

音楽に限らず、たとえばアニメなんかでも「クリエイターの独りよがりな表現」という代物に対して不快感を抱くことは私も多い。なんか変なこだわりのある事をやってるのを見ると「もっと普通にやれよ」「王道でいいんだよ」「売れ筋のものを作ってれば無難なのに」とか言いたくなる。「自分の世界」を見知らぬ他人から押し付けられて、それをすんなり受け入れられる確率はどうしても低くなる。しかし「オリジナル」の表現というのはそういうものなのです。仕方ないのです。そうやってボロクソ言われながらでもクリエイターが自己表現を押し通していかなければ、世の中の創作物はみんな「王道」という名の画一的なものになってしまう。私は個人的にはそうしたクリエイターの「表現」については10個あれば9個は否定的意見を持ちますけど、それでもその9個の存在意義は否定しません。その9個の犠牲の上に上手くいった1個から新たな「王道」が生まれてきて創作の幅は広がっていくのです。

だから真のクリエイターというのは10回やれば9回は非難に晒されるものなのでしょう。いや100回やって99回は非難に晒されるものなのかもしれない。六花もそうした非難に晒されてしまい、それで心が折れて「自己を表現するのはいけないことだ」「自分には無理だ」と思ってしまったのでしょう。ただ実際は六花のやった自己表現は不正解だったわけではない。例えば私が「つまらん」と思ったクリエイターの独りよがりのクソアニメだって、他の人にとっては物凄く刺さって、そこから何か新しいアニメの可能性が広がっていくのかもしれない。逆に私が「これは10個のうち1つの大当たり」と思ったものが他の人から見れば「10個のうち9個のハズレの1つ」でしかないかもしれない。

まぁ簡単に言えばクリエイターの「自己表現」というのは決して万人ウケするものではないということ。100人のうち1人にしか理解されないようなものなのです。それが経験を重ねていくうちに「100人のうち2人」「100人のうち10人」「100人のうち50人」なんていうふうに理解者の数が増えていくのは、サクセスストーリーとしては美しいけど、クリエイターの成長物語として正解なのかというと、それは違うのだろうと思う。それは「創作物で商売をしている人間たち」にとって美しい物語であるに過ぎない。理解者の数が増えることでクリエイターの自己表現が正解に辿り着くわけではないし、そもそも「正解」なんて無い世界だといえます。ずっと「100人のうち1人にしか理解されない表現」を貫くのがクリエイターの在り方なのでしょう。

だから六花がオリジナル曲を否定されたのなんて、そんなのは当たり前の話なのです。オリジナル曲なんて「クリエイターの独りよがり」の塊みたいなものです。オリジナル曲を作るような子は自己表現がしたくて仕方がないような子達ですから、他人がやってるような一般ウケする王道なものはやりたくない。だからどうしても独りよがりで他人には理解されないようなものになる。六花は確かに声も良いし、唄も上手い。だが、それでもクセのあるオリジナル曲を聴いた時に人々の心中に湧き上がる否定的感情を覆すのは難しい。そうなると非難され、無視され、否定される。そんなのは当たり前なのです。それで六花が「否定された」と感じるのは仕方ない。ただ、だからといって、そんなのは当たり前のことなのだから怖がる必要など無いし、「オリジナル曲による自己表現行為そのものの否定」などと深刻に考える必要も無いのです。

そうしてパキラを買って帰ろうとした途中、路上ライブの演奏音を聴いて六花は1人でその場所に向かい、そこで友人のアイコが路上ライブをしているのを見つける。アイコは中学の時に六花と一緒に唄っていた仲間であり、その頃は六花はオリジナル曲を唄っていた。だが六花は挫折があってオリジナル曲を唄わなくなり、そんな六花をアイコは嫌うようになった。一方でアイコの方は今でも1人で路上ライブでオリジナル曲を唄っているみたいですが、立ち止まって聴いてくれる人はほとんどいない。

ここで客とアイコが口喧嘩をするのですが、客は「誰も聴いてないのにやる意味が無い」とケチをつけ、アイコは「私がやりたいからやってるだけ」と言い返す。客は「センス無いから止めろ」と言い、アイコは「センス無いのはお前だ」「私の曲をバカにする奴は許さん」と怒鳴り返す。すると客は「お前なんか売れねぇよ」と捨て台詞を残して去っていく。ここでのアイコはまさに「独りよがりなクリエイター」そのものだといえる。客は要するに「一般ウケしないことはダメだ」と言っているのであり、アイコは「誰にも理解されなくても自分は自分の表現を信じるだけ」という姿勢でぶつかっている。まぁ私もその場に居たらアイコに共感も賛同もしませんけど、でも「オリジナル曲の路上ライブってそういうもの」と思います。確かに曲は独りよがりだし、立ち止まって聴く人も少ない。でも、それでも意味はある。それにケチをつける客の方が野暮なだけです。

ただ六花はそうした「一般ウケしないことはダメだ」という野暮極まる言葉に屈してしまっている。そんな六花が物陰から見つめる中、遂に客がゼロになってしまったアイコはその路上ライブの最後の曲の紹介を始める。それはアイコが中学の時に友達と2人で作った曲なのだという。その友達とはもちろん六花のことなのだが、アイコは存在しない客に向かってその友達にまつわる話をする。

それによると、六花とアイコの作った曲を聴いたレコード会社のプロデューサーは六花だけをデビューさせることにしたそうです。理由は「声が良かったから」でした。つまり2人の作ったオリジナル曲が評価されたわけではなく、ただ六花の声が良かったので、自分たちの作った「一般ウケする曲」を六花に唄わせたいと思ったのです。つまり六花のオリジナル曲は否定されたのです。ただ、この時点で六花の心が折れたわけではないようです。アイコは「それでも私たちの音楽が評価されたことには違いない」と喜んだ。いや本心は悔しかったのかもしれないが「六花が売れればオリジナル曲をやるチャンスが巡ってくる」「そうなれば六花が自分たちの音楽を人々に届けてくれる」と一種のリベンジを誓い合い六花をレコード会社に送り出した。その後、六花は何かをしようとしたのでしょう。おそらく「オリジナル曲を試させてほしい」とでも言ったのかと思われるが、そこで大きな挫折を味わい、そこで六花は心に大きな傷を負い、オリジナル曲を唄えなくなったようです。

だが、そんな1回の失敗で心が折れてレコード会社を辞めてしまい、学校で生徒たち相手にアイドルのカバーソングばかり唄うようになった六花に対してアイコは腹が立ったようで、それで絶交状態にあるわけですが、そんなアイコがそうした六花にまつわる過去の話をした後、今から唄う曲を「だからこの曲は私が唄い続けなければいけない」と言う。六花がオリジナル曲を唄わなくなった今、この曲を唄うのは一緒にこの曲を作ったアイコしかいない。だからアイコはこの曲がこの世界から無くならないように唄い続けなければいけない。それだけの価値がこの曲にはあるのだとアイコは信じている。その理由をアイコは「あいつの才能は本物だから」と言う。

レコード会社に否定されてしまった曲だけど、六花自身が見捨ててしまったような曲だけど、それでもアイコから見れば価値のある曲なのです。レコード会社は「売れる曲」じゃないとダメだと言う。それは確かに彼らも商売でやっているのだから、そう考えるのも無理はない。でも、それと曲の持つ価値はまた別の話です。六花の才能の持つ価値もまた別の話なのです。六花の才能はレコード会社に大金をもたらすようなものではないのかもしれない。でも刺さる人だっているはずなのです。「日本一になれなかったとしても、誰かの一番にはなれるアーティストだから」「だから分かる人だけ分かってればいいです」と言ってアイコは最後の曲を唄い始める。

六花は物陰でアイコの言葉を聞きながら、アイコが自分の才能を信じてくれているのを嬉しく思った。だが同時に自分自身が自分の才能をもう信じられなくなっているのだとも思った。レコード会社でのトラウマのせいで、どうしても「自分のオリジナル曲」が他人に求められているとは思えなくなってしまっているのだ。だが、アイコが唄い出した曲「夜凪」を聞いて六花の顔色が変わった。六花がアイコと一緒に作った曲は複数あったので、この「夜凪」だとは六花は予想していなかったみたいで、六花は驚いた。ただ六花の顔色が変わったのは驚きのせいではなく、この「夜凪」という曲を作った時の自分の心情を思い出したからだったのでした。

その次の校内ライブの時、六花は1曲目で「夜凪」を唄った。一般生徒の前でオリジナル曲を唄ったのは高校入学後初めてのことで、普段は六花のアイドルカバーソングを聞き慣れている生徒たちの多くは微妙な反応を示したが、一部の生徒は「こっちの方がいいかも」と、ちょっと刺さったみたいです。ただ全体的には、どちらかというと否定的反応だったように思えるが、六花は心が折れることはなかった。

それは六花が先日の路上ライブでアイコが「夜凪」を唄うのを聴きながら、自分が中学の時にある「大事な人」に届くようにという想いを込めて「夜凪」を作ったことを思い出したからだった。それによって六花は自分の原点を思い出せた。「自分はもともと万人に届く曲を唄おうとしていたのではない」「自分は大事な誰かに届ける曲を唄う歌手だったのだ」と気付いた六花は、生徒たちの否定的な反応に心が折れることはなくなっていた。そうして六花は生徒たちの前でオリジナル曲を唄えるようになり、オリジナル曲を作ることも出来るようになったのだった。

その校内ライブを見ていた山吹たちは六花がオリジナル曲を一般生徒の前で唄っているのを見て驚き、また山吹は「夜凪」を聴いたことがなかったので「六花が新たに作ったオリジナル曲」だと勘違いして、曲が終わった後「いつの間にオリ曲を作ってたんだ?」「凄く良かったぞ!お前を見くびっていたようだ」と褒め、「少し目を離した隙にここまで成長していたとは」と驚いてみせる。それを聞いて六花は自分もパキラぐらいは山吹に評価されたかもしれないと嬉しく思う。

その上で六花はお客の生徒たちに向かって「この曲は大衆ウケとか気にせず、大事な人に届くように書きました」と曲の紹介をする。そして、その「大事な人」について「私の親友」と言い、更に続けて「そして、オマケで」と言いつつ山吹の方を振り返って見つめる。これを聞いて山吹は「親友」というのはアイコのことだと理解する。そしてオリ曲作りを応援していた自分も「オマケ」として感謝されているのだろうと解釈した。

ただ、これはそもそも山吹が「この曲は今の六花が書いたもの」と誤認しているのでそういう解釈になっている。実際はこの「夜凪」は中学の時にアイコと一緒に作った曲であり、だから当時の六花がアイコのことも大事に思って、アイコに対する想いも届くようにと思って作った可能性は高いとは思うが、問題は山吹もその「大事な人」に入っていることです。何故ならこの「夜凪」を作った中学時代に六花は山吹とはまだ出会っていないはずだからです。但し、もし六花が「アポロ」であるのなら話は別です。もし六花が「アポロ」だったなら、中学時代に「アリス」である山吹の届けたい想いを込めてこの曲を作ったという話は十分に成り立つ。

とにかく、そうして六花がオリジナル曲を作れるようになり、人前でオリジナル曲を唄える目途もついたことで山吹は路上ライブへ向けて大きく動き出し、六花の路上ライブの日程は決定した。ただ六花は当日は寧々とイコとしのぶの3人は来ないでほしいと言う。これまで3人の前でリハビリ的に屋上で唄っていたので3人が居てくれると安心する。でもその安心に甘えていたら次の一歩を踏み出せないかもしれない。だから今回はあえて3人抜きでやりたいと言うのだ。それで3人も納得し、当日は六花と山吹の2人で会場に乗り込むことになった。

また六花は急にオリジナル曲を書けるようになった理由を問われて、今までの自分は「恥をかかないように」「多くの人に聴いてもらえるように」「ちゃんと売れるように」と思って作っていて上手くいかなかったのだが、「私が唄を届けたい人の顔を思い浮かべながら作ってみたら自然と歌詞とメロディーが思い浮かんだ」のだと言う。そして六花は「私はもともと世間に伝えたいことなんて無かった」「その人に聴かせたくて音楽を始めたんだって気付いた」とも言う。

これは「夜凪」を作っていた頃のことを言っているのでしょう。六花は特定の「大事な人」に音楽を聴かせたくて音楽を始めたのです。その人の顔を思い浮かべたら今の六花はオリジナル曲を作れるようになり、もともとその人に聴かせたくて音楽を始めたのだと「気付いた」のだという。「思い出した」ではなく「気付いた」ということから、その「大事な人」が今の六花の傍に居るようにも思えるが、そうではないとも言える。この「大事な人」は山吹のようにも思えるが、それはミスリードであって、他の誰かである可能性もある。

ただ、とにかく六花が「一般ウケを狙うのではなく特定の相手に向けた想いを唄う」という自分のスタイルを確立したことは良いことです。ただ六花は路上ライブで唄う最後の1曲だけは行き詰っているという。その理由は「本当に伝えたいことは音楽じゃなくて言葉で伝えた方がいいのかな」という迷いが生じてしまったからだそうだ。そこで山吹はプロデューサーとして何とか六花の迷いを解決して曲作りをサポートしたいと考え、何でも手伝うと言う。すると六花は山吹に夜の海辺で話し相手になってほしいと言う。いつもそうやって曲を考えているのだそうで、その手伝いということらしい。

こうして夜の海辺で2人で喋ることになったが、山吹は六花に「誰に向けて曲を作っているんだ?」と質問する。六花はずいぶん恥ずかしがって「ちょっと気まずくて一度距離をとってしまった、本音で話すには勇気が要る人」と答える。これを聞いて山吹はアイコのことを言っているのだと考えるが、もし六花が「アポロ」であるとするなら、これは山吹のことを指しているという解釈も出来る。六花の照れた様子を見ると、そう考える方が妥当にも見えるが、それはそう思わせるためのミスリードかもしれない。「ちょっと気まずくて距離をとる」とか「本音で話すには勇気が要る」なんて幾らでも他人で当てはまる人はいそうなので、これだけで「アポロに対する山吹」と特定する証拠にはならない。

更に山吹は「その相手にお前は歌を通じて何を伝えたいんだ?」と問いかけるが、それに対しても六花はずいぶん答えるのを躊躇するが、覚悟を決めたように山吹の方を向いて「あなたが好き」と言う。これは「六花がアポロである」という前提で考えるならば「山吹への愛の告白」ということになる。いや六花がアポロでなかったとしても、単に六花が大事に思っている相手が山吹であるということで、思い切って山吹に愛の告白をしたという解釈も成り立つ。ただ山吹は「六花がアイコに友達としての愛情を伝えたいということか」と受け取った。これも相手が誰であれ「山吹に向けて言ったのではなく、単に相手に伝えたい言葉を口にしただけ」という解釈は別に全然アリで、そんな見当違いということはない。ただ山吹がそうして考え込んでいるのを見て六花が何だか酷くガッカリした様子なので、やはり思い切って山吹に愛の告白をしたようにも見える。しかし、それもミスリードであり、単に六花がちょっと疲れただけなのかもしれない。

続いて山吹は途中まで出来ているという歌詞を見せてほしいと言い、六花はずいぶん照れて嫌がるが、見せてくれた。するとずいぶん抽象的な内容でどうも伝わりにくいと思った山吹は「具体的にどういうところが好きなんだ?」と質問する。六花はずいぶん照れて躊躇しますが、まぁこれはアポロとか山吹とか関係なく、普通に照れて当然のシチュエーションです。それでも六花は「夜遅くまで私の話を聞いてくれたり、私の夢を応援してくれるところ」「話してると楽しくて、救いになってくれた」「優しくて声も心地良い」などと「大事な人」についての情報を明かす。そして「1度逃げ出した私をずっと待っててくれた」とも言う。どうもこれはやはり「六花がアポロであり、山吹のことを言っている」と思えてくる。だが他の人間でも十分当てはまる内容なので、特定はできない。ミスリードの可能性も十分ある。

それで山吹は最も肝心の質問をする。それは「それだけ具体的に言葉が出てくるのに、なぜ歌詞で表現しない?」という問いかけであった。それに対して六花は「直接言いにくいことを歌にして伝えることって卑怯かもしれない」と言う。ちゃんと言葉で伝えずに歌で伝えたりしたら一種の「逃げ」のように感じて相手がガッカリするんじゃないかと六花は心配しているのだ。つまり歌詞が作れないわけではなく、歌詞で伝えたことによって相手に嫌われるんじゃないかと心配して、曲を作るのを躊躇しているのです。それだけ六花にとって大事な想いなのでしょう。

だが山吹は「表現に優劣は無い」「伝え方より、想いの強さで人の心は動くはずだ」と説教する。すると六花は「仮に山吹くんが唄で想いを伝えられたら嬉しい?」と尋ねてくる。それに対して山吹は「嬉しい」と答えます。ここで六花が「想いを伝えたい相手」は山吹であるというのは確定で良いと思います。もともとこれまでの劇中の描写で六花が山吹を好きなのは明白であるので、六花がここまで大事に想っている相手が山吹でないわけがない。ただ、だからといって六花がアポロだと確定するわけではない。六花の言う「大事な人=山吹」に関する情報がどれも抽象的なので、どうとでも解釈可能だからです。

ただ、こうして山吹が「唄で想いを伝える」ということを嬉しいと言った以上、これで六花の迷いは消えて、最後の曲も完成するのかと思いきや、意外なことに六花は「じゃあ、この曲はCDに入れるのやめる」と言い出す。つまり路上ライブでも唄わないというのだ。山吹は意外な展開に驚くが、六花は「この曲は本当に大事な想いが詰まった曲だから、私が自分をアーティストだと思えた時、表現者として音楽を使う資格があると思えた時に、初めてこの世に出す」と言う。それは具体的には「今回の路上ライブが成功してCD50枚を手売りで完売できた時」だという。その時に六花は「大切な人の前で唄う」と宣言する。

しかし、この六花の言葉は、まだ「路上ライブが成功する自信」も「自分が音楽の表現者になれる自信」も無いということを意味している。それで山吹は「やはり六花はまだ過去のトラウマを完全には乗り越えられていない」と確信した。それゆえ山吹は六花が放送部の他の3人に「路上ライブに来ないでほしい」と言った理由も嘘だと思った。六花は「3人に甘えたくないから」と言ったが、本当は「失敗して3人に失望されたくないから」なのだ。もちろん放送部の3人が路上ライブが失敗したからといって六花に失望なんてするわけがないのだが、六花は過去に失敗して周囲からガッカリした目を向けられたことがトラウマになっている。だからそんな心配をしてしまうのだと考えて、山吹はこっそり寧々とイコとしのぶの3人にも路上ライブ当日に会場に来て、遠くから見守ってやってほしいと頼んだ。

そうして路上ライブ当日、六花は見知らぬ人ばかりの中でトラウマが再発して緊張してしまい上手く唄うことが出来ず、ライブの出足は躓いてしまい、誰も立ち止まって聴いてくれなかった。だが寧々とイコとしのぶが失敗してしまった自分を見守ってくれている姿が見えて、六花は立ち直り「聴いてほしい人のためだけに唄おう」と気持ちを切り替え「ask for the moon」という曲を唄い出す。

この「ask for the moon」というオリジナル曲は六花が寧々とイコとしのぶのことを想って作った曲であった。「だから3人のためだけに唄えばいい」と割り切って集中することが出来て、六花は普段の調子を取り戻し、その曲の良さと声の良さに惹きつけられて歩いていた人々も立ち止まり始めてくれた。

なお「ask for the moon」という言葉は直訳すると「月を求める」だが、英語の慣用句で「不可能なことを求める」という意味で使われます。それぐらい「月」というのは古来から人々には「到達不可能な場所」と認識されていたということなのでしょう。この曲を「放送部の3人のことを想って作った」という六花の想いというのは「共に困難な夢に向かって進む仲間」として3人のことを大事に想っているということなのでしょう。ただ同時に「月を求める」という言葉からどうしても「アポロ計画」を連想してしまう。ここであえて「困難な夢に挑戦する仲間たちの唄」に「月を求める」という意味のタイトルをつけるところから、やはり六花が「アポロ」なのか、あるいは仲間の3人のうちの誰かが「アポロ」ということなのか、詳細は不明ですが、何か意味深な気はします。

そういうところで今回のお話は終わり、次回の最終話に続きますが、次回は路上ライブの続きが描かれるのか、それとも全く別の話になるのか、よく分からない。ただ路上ライブの成功を承けて、六花の宣言通りに山吹に向けて「最後の曲」を唄うという展開になるのかどうかも気になるところです。また原作漫画は現在も連載中であり、もちろん次回で物語が完結するわけではない。2期の告知があることを願いたいが、次回の最終話はおそらく原作単行本4巻までの内容であり、原作単行本は既刊12巻まで出ているので原作ストックは十分あるといえる。

 

 

ダーウィン事変

第11話を観ました。

今回を含めて残り3話となりました。今回はスタイン夫妻の葬儀の場面から始まります。地元警察が捕まえた犯人は近隣住民2人でしたが、彼らは放火は認めたがスタイン夫妻を殺してはいないと言う。実際、夫妻は火事の前に鋭利な刃物で首を切り裂かれて死んでおり、抵抗もするヒマも無かったようだ。戦闘のプロの仕業であり近隣住民とは別に犯人がいるのは明白だった。おそらくALAの犯行だが同時刻に山中でチャーリーと戦っていたALAメンバーにはアリバイがあり、ALAには別動隊が存在するということみたいです。

結局、ALAのメンバーはリップマン達は逮捕されたもののリヴェラは逃走し、またチャーリーも逃走したまま行方不明だった。そんな中、いつも2人で会っていた森の中の場所にチャーリーが姿を現わしてルーシーには無事を伝えるが、ルーシーはチャーリーの居場所は秘密にする。そんな中、ファウラー博士に呼び出されたルーシーは下院議員と面会するが、その話によると、もし公的機関がチャーリーを捕獲したらチャーリーは国か州の所有物となってしまうとのこと。そこで下院議員は公的機関よりも先にチャーリーを確保して所有権を主張し、新しい里親を探すと言い、既に候補者もリストアップしているとのこと。だが両親を亡くしたばかりのチャーリーへの心無い処置にルーシーは激怒して帰っていく。

そのままルーシーはチャーリーと会える森の中の場所に行くが、グラハム保安官補が尾行してきており、そこに現れたチャーリーに対してグラハムは「俺の家の里子になれ」と言う。そうすればこの町も出ていかなくて済む。チャーリーはストラルド研究所に行き、そこで自分の生物学上の父親であるグロスマン博士を探す手掛かりを掴もうと考えていたが、ひとまずグラハムの提案に乗ることにしてグラハムの家に行き、グラハムの妻のグレイスとも顔を合わし、とりあえず上手くやっていけそうです。そしてグラハムがチャーリーを家に保護していると発表したのでグラハムの家の前にはマスコミが詰めかけ、グラハムは保安官事務所で保安官やFBI捜査官に対して説明をするというところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

2026年冬アニメのうち、3月16日深夜に録画して3月17日に視聴した作品は以下の3タイトルでした。

 

 

ゴールデンカムイ最終章

第60話を観ました。

今回を含めて残り3話となりました。今回はまず前回のラストシーンの金塊発見と関連して「土方歳三とアイヌの金塊との関係」が明かされます。「明かされる」といっても土方自身が別に隠してしたという話ではなく、土方自身がついさっき気付いたことでした。話は明治2年の五稜郭に遡る。この時期の五稜郭は幕末最後の戦いとなった「函館戦争」の直前であった。この時期、五稜郭に奉行所を置いて蝦夷共和国を建国していた旧幕府軍の総裁である榎本武揚と「金塊を渡す代わりに北海道の各地の土地所有を認める」という契約を結ぶためにアイヌの指導者たちが奉行所に何度も出入りしていた。このアイヌの指導者たちの中にキムシプがいた。

キムシプ達はもともと函館のロシア領事に金塊を支払ってアイヌの独立の戦いのための武器を買い付ける予定であったが、そのロシア領事たちが数年前に船と一緒に海に沈んで居なくなったので金塊2万貫の使い道が無くなってしまい、ひとまず無人となった函館山のロシア領事館に2万貫の金塊を隠していた。そこに函館に旧幕府軍が逃れてきて五稜郭を本拠として蝦夷共和国を作ったが軍資金が不足しており、それを知ったキムシプ達は「金塊を渡す代わりに北海道の各所の土地所有を認めてほしい」という話を榎本に持ち掛けた。

金塊はもともと武器を買うために用意したものであったが、そもそもはアイヌの独立国を作るために独立戦争を戦うための武器が要るという話であった。もし話し合いでアイヌの自治区のようなものが手に入るのなら、そのために金塊を使う方がいい。また、もともとキムシプ達は金塊を集めたことを少し後悔していた。鶴見が指摘していたように「アイヌはそもそも金を必要としない」のであり、その金に手を出し、しかも戦争の道具を買おうとしてことで「呪われた」とキムシプ達は感じていた。だからロシア領事たちは海に沈み取引は頓挫したのだ。そう考えたキムシプ達は「武器は買わずに出来るだけ早く金塊を手離したい」という考えも湧き上がってきていた。だから「金塊と引き換えに武器ではなくアイヌの住む土地を手に入れよう」と考えて榎本に接触してきたのだ。

榎本としてはとりあえず軍資金が足りない切羽詰まった状況だったのでキムシプ達の話に乗った。前回、土方は「蝦夷共和国は山林の保護などしても財政の旨味が無いからアイヌには資源開発を期待していたはず」などと推測はしていたが、確かに榎本も内心ではそんな考えも無かったことはないだろうけど、実際問題として当時はとにかく早く金塊を手に入れるのが最重要であり、土地の使い方についてアイヌに注文をつける余裕は無かったと思われる。キムシプ達にしても「早く金塊を土地に換えたい」と思っていただけであり、その土地の使い道までは深く考えていなかったでしょう。まだアイヌの自治区がどんなものになるかハッキリとした構想は無かったし、蝦夷共和国もまた、まだ明確な国家プランは無かった。

ただキムシプ達は榎本のことを完全には信用していなかったため、金塊の全部を榎本に渡す気は無く「金塊は全部で1万貫弱」と伝えており、残りのおよそ1万貫の実在を秘匿していた。そうしてキムシプ達は五稜郭の奉行所に何度も足を運んで榎本と会って交渉を重ねていた。また、榎本の方はアイヌとの金塊と土地を交換する交渉については他の誰にも報告せず全て1人でやっていた。それは「土地をアイヌに譲渡するような交渉を出来たばかりの蝦夷共和国の幹部たちが聞いたら反対するかもしれない」と危惧したからであった。また、アイヌの金塊の話を聞いて横取りしようとする者もいるかもしれないので、徹底的に秘密の交渉にしたのだと思われます。

そのため、キムシプ達は奉行所に出向いても会うのはいつも榎本1人であり、他の幹部たちを紹介してもらったことは一度も無かった。それゆえ、そうした交渉に出向いたある日、キムシプが1人で五稜郭の中の馬用の井戸で自分たちの乗ってきた馬たちの呑む水を汲んでいる時に声をかけてきた爽やかで精悍なイケメン日本人が誰なのかも分からなかった。それが実は土方歳三であったのだが、土方はアイヌが榎本を訪ねてきているのはどうしてなのかと問うてきて、キムシプは榎本に「金塊の話は内緒」と言われていたので海産物の売買だと嘘を言い、土方は深く考えずそれを信じた。

土方は当時、官軍が攻勢を開始しようとしていた時期なので軍事関連で各地を奔走しており五稜郭にはほとんど戻れておらず「此処でのことは全て榎本さんに任せてしまっている」「俺は戦と馬と女のことしか得意じゃない」と自嘲し、キムシプはそれを聞いて名前は分からないがこの爽やかニシパが蝦夷共和国の幹部の1人なのだろうとは理解した。

そして榎本との交渉は進み、土地の権利書の調印も行われた。この時、榎本は六カ国の列強諸国の公使も立ち会わせてわざわざ国際条約の形で契約をしており、おそらく官軍の総攻撃が始まる直前であったので「蝦夷共和国が潰れて土地の権利書が明治政府によって反故にされる可能性もある」と見越して、それを妨害する目的で国際条約としたと思われる。つまり榎本は交渉を重ねながらアイヌ達の窮状に同情するようになっており、蝦夷共和国が潰れたとしてもアイヌ達が救済されるよう願ってくれていたみたいなのです。

そうして契約は結ばれてキムシプ達は土地の権利書を受け取った。そしてその代金として金塊1万貫弱をロシア領事館から五稜郭に運び榎本に手渡そうと準備をしていたところ、官軍による五稜郭総攻撃が始まってしま、金塊の引き渡しどころではなくなり、キムシプ達は函館市街地を右往左往していた。すると、そこでキムシプはいつぞや馬用の井戸の前で出会った爽やかニシパと遭遇した。つまり土方であるが、土方はこの時、弁天台場の部隊を救援するために馬で駆けていたところ官軍の銃撃を受けて腹部に重傷を負っていた。

ちなみに史実ではこの弁天台場に向かう途中で受けた銃撃で土方歳三は戦死したということになっている。そしてこの「ゴールデンカムイ」の物語世界でも公式には土方歳三は此処で死んだとされている。だが実際は土方歳三は此処で死んではおらず、網走監獄に収監されていた。その経緯が今回描かれている。キムシプは土方の顔を見て「蝦夷共和国の幹部の人だ」と思い出し、「ここでもし彼を見捨ててしまうと、もし彼が生き残って榎本にこのことを報告したら土地の権利の件でマズいことになるかもしれない」と危惧して土方を連れていき空き民家の中で土方の怪我の手当をして救命した。この時点でキムシプは土方に自分の名前を名乗ったが金塊の話は秘密にしたままであり、土方の名前もまだ聞いてはいなかった。

そうして数日を過ごしているうちに蝦夷共和国の戦況はどんどん悪化していき、函館湾に入った官軍の艦隊から五稜郭への艦砲射撃が始まるという。もともと土方はそれを阻止するために砲台のある弁天台場を死守しようとしていたのだが、その弁天台場も土方が寝込んでいる間に陥落しており、蝦夷共和国側の軍艦である回天丸も拿捕されて燃やされてしまい、もう官軍の艦隊を止める方法は無くなっていた。すると土方は「函館山に連れていってくれ」とキムシプに言い、アイヌの指導者たちは土方と共に函館山に登り、そこで山頂の岩肌にある観音像の前に立った。

土方はその観音像に何か用事がある様子であったが、その時に官軍艦隊による五稜郭への艦砲射撃が始まり、五稜郭は陥落してしまった。それを見下ろして土方もキムシプ達も絶望した。そこに官軍の部隊がやってきて土方の顔を見て「土方歳三だ」と言うのを聞き、キムシプは初めてその爽やかニシパの名前が「土方歳三」というのだと知った。そして官軍が土方を捕らえようとするのをキムシプは身を挺して阻止しようとした。キムシプとしては「蝦夷共和国が無くなると土地の権利も無くなってしまう」と危惧して、とにかく土方だけでも逃げ延びて蝦夷共和国の灯を繋げようと思っての行動であった。

だが官軍が発砲してアイヌの指導者のうちの1人が射殺され、それを見た土方はキムシプを制止して自ら官軍に投降した。土方は金塊の話も土地の権利書の話も知らなかったので、単純に「自分を看病してくれたアイヌ達が自分を守るために戦って死ぬのはあまりに申し訳ない」と思ったようです。そしてキムシプ達に深く感謝し、キムシプの仲間が死んだことを謝り「申し訳ない」「助けてもらった御恩は忘れません」と言い残して連行されていった。

土方はもちろん自分は処刑されるだろうと思っていたので、アイヌ達に恩返しが出来る機会が訪れるとは思っていなかった。またキムシプ達も当然土方は処刑されるのだろうと思っていた。そして五稜郭陥落後も投降して生き延びた榎本とは「金塊を明治政府に払うことで土地の権利を明治政府に保証させる」という交渉を通じて会う機会は何度かあったが、「榎本の同志の土方歳三を敵に引き渡してしまった」という事実を榎本に知られて心証を悪くするのが怖くて、キムシプ達は榎本に「土方と会って函館山で別れた」という話は伝えることが出来なかった。お蔭で榎本は「土方は弁天台場で戦死した」という官軍の公式発表を信じてしまい、土方が生き延びていることをずっと知らないままとなった。

そもそも榎本が函館戦争の後で処刑されず生き延びたのは、キムシプ達の金塊のお蔭であったとも考えられる。財政難の明治新政府にとって喉から手が出るほど欲しかった1万貫弱の莫大な金塊、その窓口役としての榎本は殺すわけにはいかなかったのでしょう。そして金塊を手に入れた後も、国際条約となっている土地の権利書が有効であり続けたため、明治新政府は簡単に榎本を口封じで殺すわけにもいかなくなり、結局は2年間投獄した後は出所させて新政府の一員として取り込むことにして、地位の保証と引き換えに口を封じることになった。

土方は結局処刑されることはなく、極秘に樺戸監獄に幽閉され、続いて網走監獄へ移送された。これは樺戸の監獄長であった犬童四郎助の土方への歪んだ復讐心によるものであり、犬童が樺戸から網走に異動になったので土方も網走監獄に移送されたのだ。このように「土方歳三は実は函館では死んでおらず監獄に幽閉されているらしい」という噂は函館でも流されて、キムシプはもともと函館山で逮捕されたはずの土方が「弁天台場で死んだ」という公式発表のままであるのを怪しんでいたので、その噂について細かく調べて、どうやらそれが真実だということを掴み「今でも土方歳三は網走監獄で生きている」と確信した。

キムシプ達の方は函館戦争の後、榎本の仲介で明治新政府に金塊1万貫弱を渡して、土地の権利を保証してくれるかと期待したら約束は履行されず、榎本は逮捕されて東京に送られて居なくなり、明治政府はキムシプ達を殺して権利書を奪おうとしてきた。そうして仲間達を殺されたキムシプは身を隠して生きるようになり、残り1万貫の金塊と共に権利書も函館山のロシア領事館に隠したのだった。

そうして月日は流れて明治35年、ウイルク達が老いたキムシプを見つけ出して金塊の隠し場所が函館山のロシア領事館だということを聞き出し、キムシプと共にロシア領事館に行き、そこで金塊1万貫と権利書を見つける。そしてキムシプは権利書に関しては今のままでは明治政府に握り潰されるだけだと説明し、榎本武揚に働きかければ何とかしてくれるはずだと言う。しかし明治政府の高官となっている榎本に直接この件を報せるルートが無いので、途中で握り潰されるだろうとも言う。そこでキムシプは「土方歳三を仲間に引き込めば榎本に橋渡しをしてくれるはず」だと言う。土方が会いたいと言えば、かつての同志の榎本は会ってくれるはずです。そして土方はキムシプ達に恩義を感じている。だからキムシプ達の権利書のために榎本との橋渡しをしてくれるはずだというのです。

そうしたキムシプの話を聞き、ウイルク達はとりあえずロシア領事館から別の場所に金塊と権利書を移動させることにした。ちょうど鶴見中尉の鯉登の狂言誘拐事件の関係で空き家のロシア領事館に忍び込んだ一件などもあり、またキムシプが自分の弟に「ロシア領事館に金塊を隠している」と伝えてしまっていたこともあり、ここは危険だと判断したのです。あるいはウイルクはロシア領事館に忍び込んだ鶴見と鯉登父を「キムシプの弟から金塊の隠し場所を聞いた者」だと勘違いしたのかもしれません。ちなみに金塊の含有量から独自ルートで探っていた海賊房太郎が最終的に辿り着いたのがこのキムシプの弟であり、それによって海賊は「ロシア領事館が最初の金塊の隠し場所だ」という情報を掴んでいたのです。

そうしてウイルク達はロシア領事館から金塊を移す場所を探すが、そこでキムシプは無人となっている五稜郭に隠すことを提案する。そして、金塊の隠し場所を「馬用の井戸」にした理由は、そこが自分と土方の出会いの場だったからでした。キムシプはその時点では「自分が会って直接に土方に金塊と権利書の隠し場所を伝える」というつもりだったが、もし万が一に自分が死んで土方に会えず、誰も土方に金塊と権利書の隠し場所を伝えられなかったとしても、最悪でも「キムシプが関わっていた」ということを土方が知れば、2人の出会いの場である「五稜郭の馬用の井戸」に気付いてくれる可能性があると考えたのでしょう。

ただウイルクはキムシプと違って土方と直接会ったこともないので、そこまで土方のことを信用は出来なかった。そもそもウイルクとしては金塊さえ手に入ればいいのであり権利書はどうでもよかったはずです。しかし結果としてウイルクは金塊と共に権利書も五稜郭に移動させ、しかも権利書が破損しないように厳重に包装して埋めていた。つまりウイルクは金塊だけでなく土地も必要だと考えたのです。そして「土方がいなければ見つけられない」という仕掛けを施した刺青人皮の暗号を作っていることからも「土方歳三に橋渡しをしてもらい榎本に蝦夷共和国の時の土地の受け渡しの約束を果たしてもらおう」というキムシプの計画を尊重していることが分かる。ウイルクが刺青人皮を作り始めたのはキムシプの死後だから、それはウイルク自身の意思であったのだと思われる。

つまりウイルクは「金塊を手に入れて武器を買うこと」と同時に「土地を手に入れてアイヌを生活させること」も重視していたのは間違いない。それがちょうど幕末の榎本とキムシプ達の約束と上手く合致したのだ。そうして五稜郭に金塊と権利書を移動させた後は、アイヌの蜂起を呼びかける予定であった。そうしてアイヌが北海道で蜂起して網走監獄から土方を脱獄させて、土地の権利書の件で榎本と交渉してもらうという手筈であった。だがその直後にウイルク達は仲間割れで殺し合いを始めてしまい、キムシプも他の仲間たちも死んでしまい、ウイルク自身も顔の皮を剥いで逃走する羽目となり、アイヌの蜂起など到底不可能な状況となってしまった。

そこでウイルクは「金塊の在処を知っている」という言葉で犬童を釣って網走監獄に「のっぺらぼう」として入り込み、土方と接触することにした。ただウイルクはキムシプと違って土方を全面的に信用していたわけではないので「五稜郭の馬の井戸に金塊が隠してあり、兵糧所の地下に土地の権利書がある」なんてストレートに伝える気は無かった。土方がそれを横取りしてよこしまな目的のために使う危険が十分にあったからです。ウイルクが本当に金塊と権利書を托したいと思えた相手は娘のアシリパだけであった。だからアシリパにしか解けないキーワードを仕込んだ暗号を作ることにしたのだ。

だがアシリパが権利書を手に入れたとしても土方歳三がいなければただの紙切れであるということも分かっていたので、どうしても「土方とアシリパが一緒に暗号を解読する」という状況を作る必要があった。そこで網走監獄で会った土方に「2万貫の金塊の隠し場所を示す暗号を作る」と言って金塊で釣る。そしてその金塊はアシリパがいなければ「五稜郭」という答えに辿り着けない以上、いずれ必ず土方とアシリパが手を組むことになる。そうしてアシリパと手を組んだ土方ならば信用できると考えたウイルクは土方の刺青人皮に権利書の隠し場所を示す「神」の文字を彫り、土方が権利書を見つけ出して榎本の意図を知り、その志を実現するために動くことを期待したのです。

そして24枚目の刺青人皮である門倉の刺青人皮の「五稜郭の馬用の井戸」の場所に「馬」の文字を彫ったのは、土方ならば気付くはずだという意図であったのですが、それを土方の刺青ではなく別の刺青に彫った理由は「場所が離れていた」というのもあるのでしょうけど、そもそもウイルクにとっては「権利書」の方が重要なのであり「金塊」は土方を釣るためのエサでしかなかったのであり「運よく土方が24枚目を手に入れれば協力してくれたご褒美に土方に金塊をプレゼントしよう」というぐらいのつもりだったのでしょう。

土方の方は「のっぺらぼう」から「2万貫の金塊がある」と聞いて、その金塊を手に入れて「蝦夷共和国を再興してやろう」と考えた。いや永倉が言うように「戦って死ぬ場所を探している」というだけなのかもしれないが、とにかく「戦い」のために動いた。そうして金塊争奪戦に身を投じて、アシリパと手を組んだのもあくまで「金塊を手に入れるために必要だから」に過ぎなかった。土方は土地の権利書の話なんか全く知らなかったし、その金塊がキムシプ達の持っていたものだということも知らない。「昔のアイヌが集めた金塊」としかウイルクから聞いていなかった。とにかくウイルクは土方がアシリパ抜きで金塊を見つけたりしないように出来るだけ土方には肝心な情報は教えないようにしていたからです。また土方は長い監獄暮らしですっかり心が荒んでいて、キムシプ達のことも彼らから受けた恩もすっかり忘れていた。

ところがアシリパの思い出したキーワードで暗号の解読が成功し金塊の隠し場所は「五稜郭」だと判明した。そして土方は自分の刺青の「神」の文字に導かれて兵糧庫の地下を掘り、そこで土地の権利書を発見し、そこで初めて「函館戦争の前に榎本が五稜郭でアイヌと金塊と土地の交換条約を結んでいた」という事実を知った。この時点で土方は「そのアイヌというのはキムシプ達のことではないのか?」という疑惑が頭に湧き上がっていた。ただ当時は土方は五稜郭にほとんど戻っていなかったので確信は出来なかった。他にも出入りしていたアイヌはいたかもしれないからだ。

だがその後、門倉の刺青人皮を重ねて見て、「馬」の文字がかつて自分が若かった頃に五稜郭で使っていた「馬用の井戸」と同じ場所だということに気付き、その「馬用の井戸」が現在は見当たらないということはウイルクが金塊を隠して埋めたのではないかと気付き、地面を掘って井戸を見つけ、中を見てみると金塊があった。それで土方はこの井戸が自分とキムシプの出会いの場だったということを思い出し、やはりこの井戸に金塊を隠したのはキムシプだったのだと確信した。そしてキムシプから受けた恩も思い出し、ここに金塊を隠したキムシプの意図が「土方さん、あの時の恩を返すために未来のアイヌのために力になってやってください」というものだと理解した。

また、そうしたキムシプの意思に寄り添って動いたウイルクの真意もようやく土方は理解できた。土方はずっと「のっぺらぼう」の意図がよく分からなかった。ウイルクがわざとそうして分かりにくくしていたので仕方ないのだが、おかげで土方はウイルクに対してあまり良い印象を持っていなかった。だがこうして全てが分かった後では、ウイルクがあくまでキムシプの願ったアイヌの未来を自分の娘のアシリパに託そうとしていたのだということが理解できた。そのことをアシリパに伝えることが出来たことを土方は嬉しく思い、自分がキムシプから受けた恩はこの金塊で未来のアイヌに返そうと思った。いや、そこまで思ったかどうかは分からない。もともとウイルクとは「金塊の半分は囚人に渡す」という約束での金塊争奪戦だからです。

だが、ここから現在時点の五稜郭の戦闘は激化していく。再び函館湾の駆逐艦隊からの艦砲射撃が再開されたのです。そこで五稜郭を守るロシアパルチザンたちは塹壕の中に隠れることになり、杉元たちも井戸を一旦隠して安全な場所に隠れる。しかし、この艦砲射撃は五稜郭を守る土方陣営やロシアパルチザンにあまりダメージを与えられていなかった。それは、艦砲射撃は五稜郭全体を絨毯爆撃のように狙ったものではなく、五稜郭の星の頂点部分である「稜堡」に設置された堡塁だけを狙っていたものだったからです。

堡塁というのは砲撃の爆風に耐えるために設置された陣地です。砲撃というのは地面に着弾した後の爆風で敵を倒すものであり、別に直接砲弾を相手に命中させる必要は無い。だが堡塁の中に入っていれば爆風は防げる。だから砲撃戦の時は堡塁が守備側の重要な拠点となる。それゆえに砲撃側はこの堡塁を直撃弾で潰していく必要がある。第七師団は現在、気球の観測によって精密な艦砲射撃が可能であり、それゆえ堡塁への精密射撃をやっているのです。

しかし絨毯爆撃をやった方がより確実に相手を殲滅できるはず。どうして鶴見はそれをやらないのかというと、鶴見は永倉の言葉を信じたからです。厳密には永倉の言った真実を信用した。永倉の言った真実とは「金塊は土地の権利書に変わってしまった」というものでした。これは確かに半分は真実です。だが半分は嘘です。権利書に化けたのは金塊の半分であり、もう半分の金塊はまだ馬用の井戸の中にある。だが半分は真実であったので鶴見は信じてしまった。「金塊は全て権利書に化けた」と思ってしまった。だから絨毯爆撃で権利書を失ってしまうと鶴見は金が手に入らないので、とりあえず堡塁への精密射撃で敵の戦力を減らした後で五稜郭に突撃して白兵戦で土方たちを全滅させて後に権利書を奪うという作戦にせざるを得ないのです。それは絨毯爆撃よりも確実にリスクが高い作戦です。戦死者も出るでしょう。しかし、それでも北海道に軍事政権を樹立するという理想のためには犠牲を払うしかない。

だが土方はそうした鶴見の置かれた状況を読み切っているので、稜堡に分かりやすく設置された堡塁は全て囮であり、中は無人でした。だから鶴見たちはただ無駄撃ちしているだけであり、敵の戦力は全く減っていない。そうして艦砲射撃が終わると、そこに第七師団は突撃していく。五稜郭への入り口は3か所の橋しかない。その3本の橋はいずれも稜堡から挟み撃ちで狙い撃ちされる。だから事前に艦砲射撃で稜堡の堡塁を念入りに潰した。だが地面に穴を掘って隠れていたロシアパルチザン達がほぼ無傷で出てきて第七師団の突撃を稜堡から迎え撃ち、第七師団の兵たちは橋の上で次々と倒されていき、結局橋を渡ることは出来ず、橋を挟んで銃撃戦となりますが、五稜郭の外には身を隠す場所がほとんど無く、第七師団側がかなり劣勢となる。

そこで鶴見は再び手旗信号を送って函館湾の駆逐艦隊に艦砲射撃を再び要請する。交戦によって判明した敵の居場所を狙って再び精密射撃をして、とにかく敵の戦力を削った上で再突撃をかけるという作戦です。そうして艦砲射撃が再開し、それに呼応して鶴見は自ら先頭に立って決死隊で橋を突撃し、手投げ弾で稜堡に居る敵を攻撃していく。艦砲射撃で狙われているのは明白なので守備側は稜堡から一旦退がりたいところなのですが、そうすると鶴見たちの侵入を許してしまうので、艦砲射撃に晒されながら戦うしかないという不利な状況に転じてしまう。

稜堡からは隠れた第七師団の兵達は狙い撃ちにされ倒されていきますが、その稜堡の守備兵たちは艦砲射撃の爆風に倒されていく。更に鶴見たち突撃隊が稜堡の守備兵たちを足止めしつつ削っていく。稜堡を挟んでそういう消耗戦が繰り広げられていく中、次第に戦局は守備側が苦しくなってくる。全ては艦砲射撃の威力によるものでした。だが、その艦砲射撃を阻止する秘策を土方は用意していた。前回、門倉を送り出した「決死の任務」というのがそれでした。

門倉たちが向かった先は函館山でした。そしてその頂上で門倉たちは岩肌にある観音像の前に立つ。明治2年に土方が何かをやろうとしていたあの観音像です。実はその観音像の奥に隠された洞窟の中に土方は明治2年、蝦夷共和国の軍艦「回天丸」の主砲を取り外して運び込んで隠していたのです。官軍の艦隊が優勢となったのでマトモに海戦をしても沈められるだけの回天丸に主砲を載せたままではただ沈んでいくだけで無意味なので、いっそ主砲を外して函館山に据えて高所から敵艦隊を狙い撃ちしようという秘策であったのです。

だが土方が弁天台場に向かう途中で撃たれてしまい、弁天台場の新選組も壊滅し、誰もその秘策を敢行できないまま無駄に時間が過ぎ、土方が慌てて函館山に登った時にはもう五稜郭は陥落してしまい、遂に日の目を見ることがなかった秘策が、こうして現在、同じように函館湾からの艦砲射撃で五稜郭が危機に瀕している状況で日の目を見ることになったのです。日露戦争を終えたこの時代、幕末の大砲など骨董品のようなものであったが、ロシアパルチザンの砲兵マンスールの腕もあり、また駆逐艦隊が精密射撃のために全て錨を降ろしていたので対応が遅れたのもあり、4隻の駆逐艦は次々と撃破されていく。最後に残った鯉登少将の乗艦する旗艦だけが航行を開始して回頭しながら函館山に向かって反撃し、函館山の回天丸主砲は撃破されるが、その直前にキラウシとマンスールが執念で放った一発が旗艦を直撃し、鯉登少将と共に函館湾に沈んでいった。そうして駆逐艦隊は全滅したが、同時に五稜郭では1ヵ所の稜堡の片翼が制圧され、第七師団の兵士たちが五稜郭の中に雪崩れ込んでくる。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

姫様”拷問”の時間です(第2期)

第22話を観ました。

今回を含めて残り3話となりました。今回はまずは久々に国王軍の聖白騎士のルーシュ・ブリタンが姫様の救出のために魔王城に忍び込んできます。今回はルーシュは「心が綺麗な人にしか認識できない魔法」を修得してやって来ています。その魔法を使い誰にも気付かれることなく魔王城に潜入することが出来て姫様の牢屋の中にまで入ってきました。まぁコイツはいつもここまでは出来てるんで、別にこんな魔法要らんだろうとは思うが。

しかし、この魔法はルーシュも「心が綺麗な人」以外は触ることも出来なくなってしまうという欠点があったが、ルーシュは姫様は心が綺麗なのでそんな欠点は関係ないと甘く見ていた。ところが案の定というか、すっかり楽しい拷問生活で心が堕落しきっていた姫様はルーシュの呼びかける声も聞こえずぐっすり寝たままであり、ルーシュが起こそうとして触ろうとしても姫様に触れることも出来ない。まぁ姫様の過去回想を見る限り、昔から決して心が綺麗だったとは言い難いのだが。

ただルーシュはそんな姫様を何故か盲信しているので自分が魔法を失敗してしまったと思い込み「心の綺麗な人にも認識されない魔法」になってしまったと思い、ガッカリして魔王城から帰ろうとします。ところがその帰り道で魔王に声をかけられてしまう。なんと魔王だけはルーシュが見えるみたいです。他の誰にも見えなかったのに魔王だけがルーシュが見えるということは、魔王が一番心が綺麗みたいです。うん、確かに魔王様は日頃の言動を見る限り、一番心が綺麗です。

ただ魔王はルーシュの話を聞いて、それはきっと「友達にしか認識できない魔法」になってしまったのだろうと勘違いする。魔王とルーシュはアニメの話題で以前に盛り上がり友達になっていましたから。しかしそんな魔法が何の役に立つのだろうかと自嘲するルーシュであったが、ちょうど魔王がお気に入りのアニメの劇場版を魔王城のシアタールームに行くつもりだというので、ルーシュも誰にも気付かれることなく魔王城に戻り、魔王と一緒にアニメを見たのでした。

続いてトーチャーが実家のコタツでだらけてしまう話。注文した拷問具を間違えて実家に届けてしまい、取りにいったら懐かしの漫画とか制服とか出て来てコタツから出られなくなり眠気に襲われたトーチャー。実家から出て独り暮らしのOLの解像度が高すぎて爆笑しました。しかしトーチャーは実家に届いた拷問具が今日の拷問に使うために姫様と一緒に選んだマロンのパイだということを思い出し、自分がこれを持って拷問に行かなければ姫様が悲しむと思い眠気に打ち勝つ。

姫様の食べたいものを注文したものでした。いやもう屈する前提なのが笑えるが、とにかく姫様は今日の拷問をすごく楽しみにしていた。だからトーチャーがこのマロンパイを持って拷問に行かなければ姫様は悲しむ。「拷問対象を悲しませるなんて拷問官失格です」と、なんかカッコよいことを言うトーチャーであったが、根本的に言ってることがおかしい。なおトーチャーの父親は異常に娘を溺愛しており、仕事でトーチャーに会えないことをすごく悲しんでいた。それで母親にトーチャが実家に来たら写真を撮って送ってほしいと言って出社した。そうして送られてきたトーチャーの写真のトーチャーの眼が腐った魚みたいに死んだ目だったのが大爆笑モノでした。

続いてはバニラが姫様を街をエスコートしてカフェに連れていって拷問するという話。ほぼデートなんですけど、バニラの両親は尾行して娘の頑張りを見守ろうとする。だがバニラは道に迷ってしまう。父親は姫様がどうしてバニラをリードしないのかと憤る。いや憤るなよ。だが母親は姫様がバニラの「姫様をエスコートしたい」という気持ちを尊重しながら、さりげなくバニラをサポートしている姿勢に気付き、バニラの両親はすっかり姫様推しになってしまうのであった。

最後は魔王様のお話で、マオマオちゃんが公園で出会った子供と一緒に遊んでいるので付き添いで来ていた魔王様は相手の子供の父親と並んでベンチに座って2人が遊び終わるのを待つことになったが、共通する話題が無いので魔王様は困ってしまう。魔王様は「仕事」と「アニメ」以外に会話のネタが無いのだ。しかしいきなり「アニメ」の話題を出すと、相手が魔王様みたいにアニオタでなかった場合は「子供の頃に見てた」あるいは「子供のアニメを付き合いで見ている」という前提で相手が話を合わせてきて、温度差で気まずい空気になってしまう。ゆえにアニメの話題は避けねばならない。しかし仕事の話題も共通していないので魔王様は困ってしまう。

だが相手が子供の学校や幼稚園のネタで話を上手く振ってくれて、そこから上手く話せて2人の連携で会話のコンボが繋がっていく。しかし魔王様は会話が弾んだことで気が緩み、ついアニメの話題に触れてしまう。魔王様は絶望するが、相手は「今期、何見てます?」というアニオタでないとしないような言葉を返してくれて、そこから怒涛の勢いでコンボが繋がっていくのであった。陽気にコンボを踊る魔王様が面白過ぎます。こうして魔王様に新たなアニオタ友達が出来たところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

幼馴染とはラブコメにならない

第11話を観ました。

今回を含めて残り2話となりました。今回はまず灯が汐に放課後に教室で「面、貸しなさいよ」と言い、折り入って話をする。そこで灯は汐に「えーゆーと何かあったでしょ?」と鋭く切り込んでくるので、汐は慌てて誤魔化そうとするが、灯は「あのキスのことを気にしてるんでしょ」と汐に言う。それで汐は自分が世之介とキスしたことを灯が知っていたのだと勘違いするが、灯の方は「世之介と春の事故キス」のことを汐が気にしていて、それで世之介と喧嘩してフラれたのだと思い込んでいた。

汐は早朝の玄関先での世之介との突然のキスをどうして灯が知っているのかと驚くが、灯は春と世之介のキスのことを言ってますから「目の前でキスされたから」「私もすぐ隣に居た」と言う。それで汐は自分がフラフラになって気付いていなかっただけで、あの早朝のキスの時に灯が実は傍に居たのだと勘違いする。灯の方は汐が世之介にフラれたと思い込んでいるので「えーゆーの奴ももっと優しく出来ないものかしら」などと言い、それを汐は「えーゆーが汐に優しくキスをするべき」という意味だと誤解して照れまくります。

それにしても自分と世之介がキスをしたのを目の前で見ていながら、世之介を好きな灯がどうしてこんなに自分に親身になってくれるのだろうと不思議に思った汐は「どうして私に良くしてくれるの?」「嫌じゃないの?」と尋ねる。だが灯はまさか汐が世之介とキスしたとは思っていないので「バカ!幼馴染なんだから頼りなさいよ!」と汐を叱る。それで汐は灯の友情の深さに感激するのでした。

一方で春は世之介と汐が不自然な態度であるのを見て「世之介がウジウジしてるから汐にフラれた」と思い込み、世之介に喝を入れるためにバッティングセンターに誘っていた。世之介は「フラれた」なんてことはないと弁明するが、実際に汐の気持ちを確かめるのが怖くてウジウジしていたのは事実なのでグウの音も出ない。そこで春に「お前がそんなんじゃ皆バラバラになっちまうぞ!」と叱られ、世之介は自分が汐や灯やるなや春との幼馴染関係を何よりも大事に思っていることを自覚して、相手の気持ちばかり気にして自分のそうした本心を皆に伝えていなかったことを反省する。

汐と灯の方は、灯の友情に胸打たれて汐が本心を語り「あんなことをしたせいでえーゆーとちゃんと喋れなくなってしまい、このまま2人の関係が変わってしまうのが怖い」と打ち明ける。汐は「キスをしたから2人の関係が変わるのが怖い」と言ってるのだが、灯は「喧嘩をしたから2人の関係が終わるのが怖い」と汐が言ってるのだと思い込み、「今までだって散々仲直りしてきたでしょ!」「幼馴染みんなで積み上げてきた絆は絶対に壊れない!」と汐を励ます。それで汐は吹っ切れて「私がキスしちゃったぐらいで幼馴染の絆は壊れない!」と言って、灯に感謝して「えーゆーに会って私の気持ちを伝えてくる!」と言って教室を出ていってしまう。それで灯は愕然として混乱し、汐が世之介とキスをしていたのだと初めて知り、自分も世之介とキスしたいと思い悶々とするのであった。

一方、世之介の方はバッセンで春に「ちゃんと汐と話してくるよ」と伝えるが、ちょうど傍にあったガチャガチャが子供の頃に春が集めていたやつだと思い出して、今日のお礼にと思って回してプレゼントする。春はそんな昔のことを世之介が覚えていて驚くが、世之介は「俺にとっては春も大切な幼馴染だから」と言う。それを聞いて春はドキッとしてしまう。もともと世之介と汐の仲を応援してやるつもりでバッセンまで来たはずだったので、春は自分の感情に戸惑います。

そこに汐から世之介のスマホに連絡があり、今学校に居るとだけ言うとすぐにものすごい音がして通話が途切れてしまい、その後は通じなくなってしまう。世之介は汐の身に何かあったのかと思い、慌てて春に自転車を貸してもらい学校に行くが、汐は学校に姿は見えず怪我をしたという話も無かった。それで世之介はとにかく家に戻ってくるが、汐は帰宅していて、しかも世之介の部屋の窓から出てきて家の外の世之介に話しかけてくる。

実は汐は世之介に会おうとして連絡してきたがスマホを落して壊してしまい連絡が取れなくなったので急いで世之介の家に来たのですが、呼び鈴を鳴らしても出ないので寝てるのかと思って窓から世之介の部屋に上がり込んでいたのです。そうしてお互いに相手に伝えたいことを言おうとしますが、汐は屋根で足を滑らせて庭に落ちてきて、慌てて世之介が受け止めると2人はキスをしてしまう。その上で汐は「キスしちゃったけど今まで通り仲良くしようよ!」と自分の想いを伝える。それに対して世之介も「俺もこれまで通りお前と仲良しでいたい」「大切な幼馴染なんだから」と自分の気持ちを伝える。

こうして一件落着となったが、世之介は春に言われた「お前がそんなんじゃ皆バラバラになっちゃうぞ」と言われたことが心に突き刺さっていて、自分が幼馴染ラブコメなんかを夢見てウジウジしているのは良くないと考えてしまう。幼馴染とはラブコメなんてせずに幼馴染のまま仲良くすべきだと思い直した世之介は翌日の体育祭で、いつもの感じではなくて、何だか妙に解脱した綺麗な世之介になってしまい汐たちを驚かせる。そして「お前たちは俺にとってかけがえの無い存在」「そんな幼馴染とラブコメみたいになるのは変じゃないか」と言い放ち、汐たちは「私たち、フラれた?」と愕然とする。そういうところで今回のお話は終わり、次回の最終話に続きます。原作漫画は現在も連載中であり、次回で物語は完結はせず、物語の途中で終わります。原作ストックは十分にあるので2期の告知はあるかもしれません。

2026年冬アニメのうち、3月15日深夜に録画して3月16日に視聴した作品は以下の4タイトルでした。

 

 

正反対な君と僕

第10話を観ました。

今回を含めて残り3話となりました。今回はまず前回のラストの鈴木から谷への頬へのキスの結果、鈴木を意識してしまう谷と、谷を意識しつつも照れて普段通りに接しようとする鈴木の場面が描かれる。そして修学旅行編が始まる。学級委員に頼まれて修学旅行のしおりをホチキスで製本する作業を鈴木や谷たち帰宅部は手伝い、人数が多すぎて余ってしまった山田は隣のクラスで2人でしおりのホチキス止めをする西と本田を手伝います。

本田は西が以前よりも山田と2人で会話が出来ているのを見て、気を利かせて空気に徹する。しかし西は実は山田を意識してしまって一杯一杯であったので会話しながら楽しいけど「この時間が早く過ぎてほしい」と思い、作業を急ぐ。本田も空気になって作業に没頭したので、思ったよりも作業は早く終わり、本田が出来上がったしおりを職員室に持っていく間に、山田は西に「班別行動で回るルートが決まったら教えてほしい」と頼んでくる。西は山田が修学旅行中に自分と一緒に過ごしたいのだと気付き、それを了承します。

谷はキスのあと自分ばっかり鈴木を意識してるみたいだと思っていたが、修学旅行の自由行動の時に谷と2人で何処か行くのかと渡辺たちに聞かれた鈴木が挙動不審になったのを指摘されているのを見て、意識しているのは自分だけじゃなかったのだと気付いた谷は、自分から鈴木に「自由行動、一緒に回りたい」と伝える。

その一方で修学旅行の班決めが行われて各自が自由に好きな相手とくっつく形式となり、結果的にいつものグループで班を組むことになったが、東は修学旅行の班決めでやたら気を遣っている自分をふと不思議に思う。平に言わせればそれは「緊張感がある相手」だからだとのこと。それで東は「私は何が怖いんだろう?」と考え込むが、確かに中学時代から自分の意思を持たず流されていて、他人に利用されて、それを分かっていて乗っかってるだけの人間関係だったから、いちいち自分の行動に対する相手の反応を気にするクセがついているのだと気付く。だが今の自分はそうではないはずだから、同じようにする必要は無いのだと気付いた東は渡辺たちの修学旅行のための買出しに自分から進んで参加する。

そうして修学旅行の当日となる。行先は京都であり、1日目は新幹線で京都に到着して体験学習となる。各自が事前に選択したコースに分かれて和菓子作りや陶芸や絵付けなどの体験をしていく。鈴木は谷と渡辺と一緒に和菓子の体験に参加するが、隣のクラスの西と本田も和菓子の体験に参加しており、一緒になる。そこで鈴木は西に明日の班行動で回る場所を聞くと、自分の班と行く場所がだいぶ被っていることに気付く。そして、それらの場所は山田が推していた場所だということも思い出し、山田が西に行く場所を聞いて事前に合わせていたのだと気付きます。

体験学習が終わりホテルに到着して大部屋で女子トークとなり、クラスの女子に谷と交際してるのかと確認された鈴木は何かエッチなことで進展があるのかと質問されて、そういえばあまり無いので、そろそろ口でキスをしたいと思いにふける。そうして風呂上りに山田たちにバッタリ会った鈴木は谷が居る場所を聞き、自販機コーナーで谷と会い、風呂上りの姿にドキッとしてほしいと思っていたのだが、谷は風呂上りのノーメイクで髪を降ろした鈴木が知らない人に見えてドキッとしたらしい。

谷は1年前はこんなふうに人の輪の中で過ごす自分を想像していなかったと言い、どっちの自分が好きなのかと鈴木が問うと、谷は以前の自分も好きだと答える。鈴木は今の自分を好きだと言ってほしかったけど、確かにそういう孤高な谷を好きになったのも本当なので、それは納得する。でも谷は今の自分は「1人の時には無かった悩みや迷いが出て来て、それが無かったら気付けなかったこともある」と言い、そういうのを知らないままじゃなかったのは良かったと言う。だから「会えて良かった」と鈴木に言う。それを聞いて、風呂場でよこしまなことしか考えていなかった自分を恥じた鈴木は谷の袖を指でつまんで「悠介くん、大好き」とだけ伝えて、変に焦ることなど無いのだと自分に言い聞かせて部屋に戻っていく。しかしそんな鈴木があまりに可愛かったのでよこしまなことをしたくなっていた谷は肩透かしを食らって煩悶するのであった。そういう感じで修学旅行1日目が終わり、次回に続きます。

 

 

花ざかりの君たちへ

第11話を観ました。

今回を含めて残り2話となりました。今回は学園祭の初日の体育祭の最終種目、騎馬戦の場面から始まる。なんとか第1寮を逆転しようと頑張る瑞稀たちであったが、第1寮の生徒が瑞稀を突き飛ばして瑞稀は落馬し、下で支えていた佐野と中津が瑞稀を庇って怪我をする。幸い大事には至らなかったが、第1寮の生徒が自分をワザと突き飛ばしたのではないかと佐野は疑う。そう指摘されて瑞稀は第1寮の寮長の天王寺の右腕の九条が自分に向けた怪しい視線が気になってくる。

学園祭2日目は文化祭であり、瑞稀たち2年生のクラスはコンセプトカフェをやることになり、童話や歴史上の美女たちに男子生徒が女装して接客するというコンセプトであり、瑞稀は「不思議の国のアリス」のアリスのコスプレをして臨んだ。女であることがバレるんじゃないかとヒヤヒヤする瑞稀であったが、大好評となります。またミスコンの予選も始まり、翌日の本選を前に投票で順位を決めていくことになり、そこでも瑞稀は人気が高まる。

そんな中、瑞稀は1人で休憩していると、また難波先輩が以前と同じ年上の女性と揉めている現場を目撃してしまう。女性が去っていった後、瑞稀は難波に見つかってしまい、難波から事情を聞く。それによると、彼女は3年前に難波の家庭教師をしていた女性であり、難波の恋人であったが互いにまだ子供だったという理由で彼女は難波の元を去っていた。難波も彼女のことは吹っ切ったつもりでいたのだが再会するとそうではなかったことに気付いたのだという。

難波は彼女を吹っ切るために瑞稀を強く抱きしめさせてもらい、その上で瑞稀に「同じ恋なんて二度と無いんだから大切にしろ」と教えてくれる。「恋だって成長していくんだから想いが花咲くためにも大切にしなくちゃ」という難波の言葉を聞き、瑞稀は自分は今の佐野への恋を本当に大切に出来ているのだろうかと考え込む。だがちょうど難波が瑞稀を抱きしめている場面を見てしまった佐野はモヤモヤして、その後、瑞稀や難波に不機嫌な態度をとってしまう。

瑞稀は梅田先生に難波との話を報告し、梅田先生に今は佐野とは男友達として良い関係なのだと説明するが、梅田は「今にそれだけじゃ足りなくなってくるぜ」と予言する。だが、とっくに本心では物足りなくなっている瑞稀であった。そんな瑞稀に佐野は今日の不機嫌な態度を反省して謝ってくるが、植木鉢が落ちてきて瑞稀は危うく怪我をしかける。そうして学園祭2日目は終わり、第2寮は最下位で最終日を迎えることになってしまうが、瑞稀は天王寺と話をしたところ、天王寺は瑞稀を狙っていた黒幕ではない様子だった。だがどうも九条が怪しいようにも思えて瑞稀は気がかりに思う。

そういうところで今回のお話は終わり次回の最終話に続きますが、どう学園祭編のラストまで描いて終わりみたいですね。物語途中で終わることになりそうですが、もしかしたら続編の告知があるのかもしれません。少女漫画原作の作品の続編率は従来は低かったのですが、最近は割と続編が作られているので、可能性はあると思います。

 

 

違国日記

第11話を観ました。

今回を含めて残り3話となりました。今回は朝の周囲には矛盾したものが満ちているという話。医大志望なのに医大の入試不正を知って勉強を止めてしまった子や、野球が好きなのに野球部を辞めたがっている子など、朝はそういう子達を見て大変だなと思い、自身はそういう矛盾からは距離を置く。軽音部のボーカルオーディションにも出ないことにした。実はそんなに歌を唄うのが好きだったキャラでもないし、目立ってもロクなことはないからだ。亡くなった父親もそういう考え方だった。そうすると生活は平穏になり、特に何も無いという感じ。

だが槙生が家でテレビドラマを見て「空虚」だと悪口を言っていたので、朝は槙生の悪口語録を日記に書いてみた。しかし、その中でどうも「空虚」という言葉が心に残った。意味は「価値や内容が無いこと」だという。朝は自分が「何も無い」と感じることが多い。ならば自分は「空虚」なのだろうかと朝は思う。「空虚」というと思い浮かぶのは亡くなった父親との会話であった。まさに「内容が無い」という感じ。父親も「空虚」な人間だったのだろうか。ならば「目立ってもロクなことはない」という考え方も「空虚」なのだろうか。「良識の範囲内で好きにすればいい」という、そんな父親の考え方に呪縛されているから自分は「空虚」なのかもしれない。もう居ない人の考え方に縛られる必要も無いように思えてくる。

そんな中、バレンタインデーがやってきて、朝は槙生に「世界で自分だけ恋をしてないみたい」と愚痴る。それに対して槙生は「そんなことはない」「世の中には恋を必要としない人もいる」と教える。だが朝は自分が恋していないことを嘆いているのであって、そんな恋をしなくて平気な人も話は自分には関係ないと言い返す。しかし槙生は「世界中で自分に関係ないことなんて無い」と言う。少なくとも「恋をしてないこと」を恥じる必要が無いということを知ることは出来るのだから、そういう意味では朝にも関係のあることなのだと槙生は言う。朝は槙生の小難しい理屈を「何を言ってるか分かんない」と拒絶するが、槙生は「考えろ」と思考することを朝に促す。そんな槙生を朝は「考えすぎ」だと思うが、言葉にはしないでおく。だが槙生も「自分は考えすぎかもしれない」とは思っている。亡き姉にもよくそう指摘されていた。「考えすぎ」「繊細すぎ」だと。

一方で朝は槙生の「考えろ」という言葉や、「世界中で自分に関係ないことなんて無い」という言葉が心に残っていた。翌日、学校から帰宅すると槙生がサイン会用の衣装選びをしており、リモート通話で友人のもつにアドバイスしてもらっていた。それで朝は初対面のもつと会話することになったが「目立つのは良いことか、悪いことか?」という質問をしてみる。自分は「目立つキャラ」じゃないのに、そんな自分が目立とうとするのは「キャラじゃない」ので悪いことなんじゃないかと朝は気にしていることを打ち明ける。

すると、それに対してもつは「キャラなんてどうでもいい」と答える。もつ自身が離婚経験者で、キャラにこだわって失敗して後悔したのだという。物分かりのいいキャラ、口答えしないキャラ、他人を優先するキャラ、泣きわめいたりしないキャラ、自分はそういうキャラだとか、そうあるべきだとか、それが正解だとか、そういうことばかり考えているうちに「自分が本当はどうしたいのか」分からなくなったらしい。だからもつは朝に「貴方が本当にそうしたい時にそうすべきだと思う」と助言してくれた。また槙生も朝に「目立ったせいで誰かに文句を言われたら、ぶっ殺せ」という言葉をくれた。

自分のキャラに合致しているかどうかなんていちいち気にすることはない。人間は矛盾していて良いのだ。人は他人の矛盾を指摘するのが好きだから、人は他人の目を気にして「矛盾のないように生きよう」としがちだ。実際、矛盾することによって人生は苦しみに満ちたものになっていく。だが槙生は「考えすぎててしんどい」と言いつつ「でも、どうせなら苦しんで生きたい」とも言う。矛盾して苦しんで生きるからこそ人生は充実する。逆にそうした矛盾を避け続けることによって人生は「空虚」になっていくのだ。そのことを知った朝は槙生ともつの前で歌を唄った。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

火喰鳥 羽州ぼろ鳶組

第9話を観ました。

今回は源吾が平蔵に頼んで秀助について調べてもらった結果を平蔵が報告する場面から始まります。秀助は元は花火の名門の鍵屋の番頭で天才花火師といわれた男であったが、危険な花火の実験打ち上げを反対していたにもかかわらず鍵屋が実験を強行して事故を起こし、娘がその被害に遭い、実験に同席していた火消が甘く見て水も用意していなかったので娘は焼け死んでしまった。それで秀助は実験を行った鍵屋やそれを支援した商家や火消を恨んでいるらしい。

鍵屋が狙われると思った源吾たちは鍵屋を見張って狐火が現れるのを待ち伏せしようとするが別の場所で火事が発生し、現場に向かう途中で源吾は鈴の音に釣られて誘き出されて秀助に遭遇する。一方で火事現場に向かった平蔵は複数の狐面を被った集団に遭遇して襲われるが剣の達人であった新之介によって刺客たちは倒され捕縛される。源吾の方は秀助を説得しようとするが失敗し、秀助は火を放ち逃走し、そこに現れた捕り方によって源吾は放火犯として逮捕されてしまう。そして新之介によって捕縛された狐面の刺客たちも源吾が狐火だと証言して舌を噛み切って死んだ。そして翌日には源吾が狐火であるという読売が出回って江戸中がその噂で持ち切りとなってしまった。どうも田沼意次に反抗する大きな黒幕が狐火の背後に潜んでいて、源吾たちを嵌めたようである。

お蔭でぼろ鳶組は江戸中で爪弾きに遭い、火事場で働くことも出来なくなってしまう。源吾は平蔵の働きかけで牢獄からは出してもらい新庄藩の牢で謹慎処分となったが狐火が逮捕されるまでは外に出れそうもない。新之介は何かあった時のために訓練を積むことを主張しますが、彦弥や星十郎はまず源吾の無実を晴らす方が先決だと主張し、火消組はバラバラになってしまう。そんな中、新之介は自宅で亡き父の日記を見つけて、そこに書かれた父の自分への想いを知り涙する。その後、牢の源吾のもとに「新之介が死んだ」という報せが届いたところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

2026年冬アニメのうち、3月14日深夜に録画して3月15日に視聴した作品は以下の6タイトルでした。

 

 

青のミブロ 芹沢暗殺編

第12話を観ました。

今回を含めて残り3話となりました。今回は八木邸で土方らの襲撃を受けて重傷を負った芹沢をにおが手引きして外に連れ出した場面の続きから始まります。芹沢はにおについて行きながら、におがどういうつもりなのか分からず、まさか自分を逃がして生き延びさせようとしているのかと勘繰ります。しかし華々しく戦って散ることを望んでいた芹沢にとってそんなことは受け入れられるはずはない。やり残したことなど無い。そのはずであった。だが芹沢の脳裏には太郎のことがよぎる。

芹沢は昔若い頃に女を身ごもらせたことがあった。しかし国事に奔走せねばならない武士の身で所帯など持つわけにいかないと言って腹の中の子供ごとその女を捨てたのだが、そのことで心の奥底に罪悪感を抱いており、それで子供のことをついつい目にかけてしまうくせがあったのでした。特に出来の悪い子供ほど世話してやりたくなってしまう。その最たる例が太郎であった。芹沢の胸に湧き上がってきた「やり残したこと」は、せめて罪滅ぼしであるのならば太郎にあのように厳しく接するだけではなく、一度ぐらい優しく抱いてやればよかったという想いであった。

そう思うと「生き延びて太郎と暮らす」という未来もあるのではないかと思えてきて「生きたい」と願ってしまう。だが、におが案内した先には近藤が待っていた。近藤はにおから芹沢が既に死を覚悟しており、その上で「最後に近藤氏と立ち会ってみたかった」と言っていたと聞き、その人としての想いを受け止めようと決心してやって来ている。つまり命を賭けた真剣勝負をしようというのである。それは芹沢にとってこの状況では「死」を意味していた。

「太郎と共に生きたい」という感情が湧き上がってきたばかりの芹沢にとってそれは非情な展開であったが、もともと「死」を覚悟して今日という日に臨んでいたのだ。そのために新見と共に綿密な計画を立て、新見が腹を切り、芹沢が介錯までやってのけた。その死の瞬間に新見は「これぞ芹沢鴨という死に様を見せてくれ」と言い残した。新見は見事な最期であった。その新見にそうまで言われて、今さら「生きたい」など言えるわけがない。あくまで自分は「芹沢鴨」らしく死ぬしかないのだ。そう芹沢は思い「これこそ一番望んだ未来じゃねぇか!」と腹の底から笑いが込み上がり、「待ちに待ったぞ!近藤氏!」と剣を構える。

その頃、山南は八木邸にいた遊女の吉栄を京都から逃がしてやり、原田は逃げた平間を見失うが、永倉が平間を斬って事が露見するのを防いでくれた。そして斉藤は芹沢のもとに駆けつけようとする太郎を阻止するために斬り合いをしていたが、実力の差は歴然であり、太郎を斬る気は無い斉藤は、太郎の剣を受けるに徹して、とにかく太郎にありったけの想いを全て吐き出させてから諦めさせてやろうとしていた。しかし太郎の想定を超えた気迫に斉藤は閉口する。「芹沢を守りたい」という想いがここまで太郎を強くしているのだと理解したが、同時に苛立ちもしてくる。

太郎が芹沢に世話になっているのは分かっている。しかし同じように近藤たちにも世話になっているはずであるし、におや自分との友情だってあるはずだ。どうして芹沢だけが太郎にとって特別なのか、斉藤には理解できなかった。「どうしてなのか?」と太郎に問い質すと、太郎は「芹沢先生は皆の前に出る時、一瞬だけ『間』があるんだ」と答える。それは芹沢が「芹沢鴨」になる時間だったのだと太郎は言う。太郎は芹沢のそういうところが好きで尊敬しているという。

つまり、太郎は芹沢が本当は皆が称賛する英雄「芹沢鴨」などではなく本当は弱い人間だということを知っていた。そんな弱い人間が皆のために懸命に英雄になろうと藻掻いている姿にこそ、弱い人間である太郎は惹かれていたのだ。そして芹沢がそんなふうに必死で英雄になろうとしていたのは本当は国家に尽くすとか歴史に名を残すなどという大義のためなどではなく、大勢の人間とワイワイ楽しくやりたかったからだということも太郎は理解していた。そんな芹沢が1人で逝こうとしているのだ。せめて自分だけでも最期の時に傍に居てやりたいのだと太郎は言う。

しかし斉藤も太郎をどうしても行かせるわけにはいかず太郎の前に立ちふさがり、太郎は永倉に伝授された秘剣「燕」を使います。「燕」は初心者の太郎でも達人に一太刀浴びせるための隠し技のようなもので、ワザと刀身を短く持って戦い続けた後で自分の身体で隠した手元で拳を握り替えて刀身を長く持ち換え相手の間合いの感覚を狂わせて斬るという一振りに全てを賭ける戦法であった。これにより太郎は斉藤に一太刀浴びせるが、紙一重、前髪を斬っただけで不発に終わってしまう。そして斉藤は思わず後手に回ってしまったことで身体が反射的に動き、太郎を本気で斬りにいってしまう。だが太郎の捨て身の体当たりで2人は激突して転んだところで今回は描写が終わる。

一方で芹沢と近藤の立ち合いの方は、既に芹沢は瀕死の重傷を負っているために本来の動きが出来ず勝負は一方的となってしまう。それでも近藤は芹沢を斬らず、全て寸止めで攻撃を止め、芹沢の惨めな戦いは続く。そんな芹沢をとても正視できないにおであったが、それでも自分を奮い立たせ芹沢の最期を見届けようと心に誓う。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

お気楽領主の楽しい領地防衛 ~生産系魔術で名もなき村を最強の城塞都市に~

第10話を観ました。

今回を含めて残り3話となりました。今回はセアト村上空に突然にワイバーンが飛来してくるが、それはイエリネット王国の侵略軍によるものだった。イエリネット王国はセアト村など簡単に制圧できると思って第8王子率いる騎士団を派遣してきたが、ヴァンによって鉄壁の防御となっていたセアト村を攻略できず、上空のワイバーンもヴァンの新兵器の手裏剣爆弾で落とされてしまう。そうして第8王子を捕虜にして訊問してみたところ、イエリネット王国がスクデットという城塞都市を攻撃していることが分かった。国王と宰相は急いで王都に戻って防衛戦の指揮を執ることにしたが、国王はヴァンにも参戦を要請する。貴族の義務として拒否するわけにもいかないヴァンはセアト村の防衛はエスパーダに任せてディーたち騎士団の精鋭や冒険者たち、ティルやカムシンを連れてスクデットに向かう。またアルテがヴァンの作った人形を傀儡の魔術で操作してロボットのように戦わせて大活躍する。だが敵の新兵器によって戦況は不利であったのでヴァンは無理せず撤退する。そしてスクデットは陥落してしまう。そこに参戦していたヴァンの父ジャルパは国王からヴァンが男爵を叙爵したと聞き驚く。ヴァンの方はスクデットが陥落したまま帰ってはまずいかもしれないと思いつつ、アルテはもうヴァンに戦場に行ってほしくないと言う。それでも何か手伝いをしなければいけないだろうと考えたヴァンはパナメラに新開発のカタパルトを提供して戦いを支援しようとする。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

TRIGUN STARGAZE

第10話を観ました。

今回を含めて残り3話となりました。今回はまず方舟内でナイヴズが「ジェネシス・フラッド・ビッグフォール」、つまり移民船団の千隻の宇宙船をノーマンズランドに墜とすための最後の準備をしている場面から始まる。それはナイヴズが培養層に入って、そこで多数のプラントと融合するというものであった。それによってナイヴズは強大な力を得て移民船団を墜とすことが出来るようになる。今はそのナイヴズが融合を終えて目覚めるのを部下たちが待つという状況でした。

そこにヴァッシュからの呼びかけが届く。ナイヴズを誘い出そうという策だが、プラントと人間のハーフであるエレンディラもそれを感知した。誘い出しの策だということは分かっていたが、それでもナイヴズにとっても部下たち「ミカエルの眼」にとってもどうしてもヴァッシュは必要なのだそうで、あえてその誘いに乗ってブルーサマーズは発信元に向かうことにします。そこはヴァッシュ達が待ち受ける場所、かつて150年前にビッグフォールで移民船団が墜落した場所であった。ヴァッシュは全てが始まったその場所でナイヴズとの決着をつけるつもりなのであった。

そうしてナイヴズがやってくるのを待つヴァッシュとウルフウッドとリヴィオの3人であったが、リヴィオはナイヴズがやろうとしている「この星の全ての人間を滅ぼしプラントをインディペンデンツに変える」ということが本当に「プラントの楽園」としてプラント達が望んでいるものなのだろうかと疑問を呈する。それに対してヴァッシュは答えられない。そして、プラント達がどう考えているのか、ナイヴズがどう考えているのか、今まで本気で知ろうとしていなかったことに気付く。

そこに方舟が飛来してきて、そこからブルーサマーズが9体のロボットであるナインライブズと共に降り立ち、ヴァッシュ達と戦闘開始となる。凄まじい戦闘となりますが、どういうわけかブルーサマーズは念動力を使わず武器を使って戦う。前回は念動力でヴァッシュを殺しかけてしまったことを反省しているようで、戒めとして今回は「ゴルゴダの丘に登るつもりだ」などと意味不明のことを言います。

ウルフウッドとリヴィオのパニッシャーによる攻撃もナインライブズ達には効かず、やはり相手を殺す気で攻撃できないヴァッシュはブルーサマーズは一進一退の攻防を繰り広げ、このままではナイヴズまで辿り着けないと業を煮やしたリヴィオは自分がナインライブズ達を足止めするのでと言いウルフウッドにヴァッシュの援護に行ってもらいます。

ブルーサマーズはヴァッシュに「150年間ナイヴズ様を悲しませた罪」で糾弾し、ヴァッシュはナイヴズが悲しんでいるなどあり得ないと反論するが、ブルーサマーズに「お前はナイヴズ様の気持ちを知ろうとしたことがない」と指摘され何も言い返せなかった。それでヴァッシュはナイヴズやブルーサマーズが本当は何を考えているのか教えてほしいと頼む。だがブルーサマーズは「僕を倒すことが出来たら教えてあげよう」と言い、そこにウルフウッドがやってきて2人でブルーサマーズとの戦闘再開となる。

そうしてあと一歩のところまでブルーサマーズを追い詰めるが、そこでブルーサマーズは念動力を使って2人を拘束し、自分の考えていることを明かし始める。実はブルーサマーズたち「ミカエルの眼」の教義では「ナイヴズとヴァッシュの2人の神を称える」となっており、それなのに神の身でありながらナイヴズを裏切り悲しませたヴァッシュにブルーサマーズは深く失望していた。そして「ヴァッシュはこれ以上ないほどの大きな苦痛を味わうことで浄化され神としてナイヴズと並び立つことが出来る」と信じて、ヴァッシュにその苦痛を与えることが信者である自分の務めだと思っている。

ヴァッシュにとってのその「これ以上ないほどの大きな苦痛」というのは「人間を殺すこと」であり、自分はそのためにヴァッシュに殺されて「神を復活させた殉教者」になろうというのがブルーサマーズの願いであったのだ。そのためにブルーサマーズは念動力でウルフウッドの首を絞め、ヴァッシュには引き金を引く動きだけを許し、ウルフウッドを救うためにはヴァッシュが自分を撃ち殺すしかないという状況を作り上げる。そうして追い詰められたヴァッシュが遂にブルーサマーズの頭部に向けて弾丸を発射したところ、そこに超進化して変わり果てた姿のナイヴズが降臨し、その銃弾を破壊する。そうして移民船団到着まであと1日となりヴァッシュとナイヴズが対峙したところで今回のお話は終わり、次回に続きます。

 

 

不滅のあなたへ Season3

第19話を観ました。

今回は地下空間から出てきた場所でのミズハとユーキ達との会話の場面から始まります。前回、ここでミズハは「ここに残って守護団当主として務めを果たしたい」などと言い出しましたが、この言葉を言っているのはミズハの中に居たノッカーです。そもそもミズハ本人は前々回のお話の中で死亡しており、ミズハの身体はノッカーが乗っ取っている状態です。ただ、そのことを明確に知っているのは死の瞬間に立ち会ったフシだけであり、ユーキ達はそれをハッキリとは認識していない。ミズハの中にノッカーが寄生していることはユーキは知っているが、ハンナ達はそれも明確には認識していない。ユーキだってミズハが死んだと認識していない以上、ミズハの身体を使って喋っているのがミズハなのか、それともノッカーなのかは分からない。ただ、どちらにしてもミズハ自身がノッカー側に与している以上、ユーキ達はミズハは基本的に敵対する立場であるという認識はしている、しかし同時にミズハに「元に戻ってほしい」とは思っており、ミズハを受け入れたいとも思っている。

そういう状況を理解した上でミズハノッカーはミズハの身体を借りて「ここに残って守護団当主として務めを果たしたい」と言っているわけだが、これはあくまでミズハ本人を演じているつもりです。というか、ミズハノッカーはフシに対する時以外は自分がノッカーであることを明かそうとはしていない。あくまでミズハのフリをし続けているのです。もちろんその言動はかなり不自然であり、本当にミズハ本人なのか疑問を抱かざるを得ないようなものも多いのだが、あくまでミズハノッカー自身の気持ちとしては「ミズハのフリをし続けたい」と思っているように見える。

どうして、そこまでミズハノッカーはミズハのフリをし続けたいのでしょうか。ミズハのフリをして悪さをしたいというわけではないようです。まぁノッカーの行動は基本的に人間視点で見れば「悪さ」なんですが、少なくともミズハノッカーは「ミズハのフリをすること」を利用してユーキやハンナに危害を加えようとはしていない。今までその気になればいくらでもそういうことは出来たはずなのに、そういうことはしてこなかった。つまりミズハノッカーは単に「ミズハのフリをしてハンナやユーキ達と接していたかった」だけみたいなのです。それはノッカーとして「楽園」から命じられている使命ともあまり関係は無い。どちらかというとノッカー自身が個人的にそうしたかったようです。厳密にはミズハの記憶に引っ張られてミズハノッカーがそれを望んでいたということになりますが、とにかくミズハノッカーはそれを楽しんでいたと思われます。

ところが最近になってミズハノッカーはずいぶんハンナに対して酷いことばかり言うようになっていた。地下空間でもハンナに対して絶交宣言のような言葉を投げかけており、ずいぶん冷淡でした。しかしその一方でハンナ達に危害を加えようとはしていなかった。地下空間では檻に閉じこめたり喉元に針のような突起を突きつけたりして脅したりしていたが、あれらはフシを牽制するためにやっていただけであり、ハンナ達に危害を加えることを目的としていたわけではない。だからミズハノッカーは基本的にハンナに敵意を抱いてはいないにもかかわらず、ハンナに酷い言葉を最近になって投げかけるようになった。

そして今回も「ここに残って守護団当主として務めを果たしたい」と言っているのは、要するに「私は皆と一緒に日常に戻るつもりはない」と言っているのであり、ハンナ達から離れようとしているのです。そう考えると、最近ハンナに酷いことを言うようになっていたのもハンナに自分を嫌わせて遠ざけようとしていたからだと思われる。しかし、それならいっそ「ミズハは死んだ」「私はノッカーであり、お前たちの敵だ」と正直に言った方が話は早いはずです。しかしミズハノッカーはそういうことはしない。あくまでミズハのフリはしてハンナ達と繋がりは残しつつ、それでもハンナ達を遠ざけようとしている。

これはかなり矛盾した行動です。実際にミズハノッカーの心は相反した2つの感情の間で引き裂かれているのでしょう。つまり、「本物のミズハみたいにハンナ達と仲良くやっていきたい」という想いと、「ノッカーとしての使命を果たすためにそういう甘い考え方は断ち切らねばいけない」という想いがミズハノッカーの中でせめぎ合っているのです。だからこの場面でも「ここに残って守護団当主として務めを果たしたい」というミズハノッカーのユーキ達を拒絶しようとする言葉を承けて、ユーキ達がそれでも「どんな過去があっても」と言ってミズハを受け入れたいという言葉を返すと、ミズハノッカーは「私たちのことを信じてくれるの?」と言って嬉し涙を流したりする。

この嬉し涙は決して演技ではなく本気で喜んで泣いている。本当にノッカーである自分たちを人間であるユーキ達が信じて受け入れてくれると思うと嬉しくて涙が出てくるのです。だが、すぐに「そんなわけがない」と思い直す。人間が本気でノッカーを信じたりするわけがない。あくまで人間とノッカーは敵同士なのだ。今ユーキやハンナが「ミズハを受け入れたい」と言っているのは、あくまで「人間のミズハを受け入れたい」と言っているのであり、ミズハノッカー自身がミズハのフリをしている以上、そう考える方が当然だった。だから本気で嬉し涙を流したりした自分がどうかしていたと、ミズハノッカーは自嘲して、やはり自分はそうした人間的な甘い感情は断ち切らねばならないと思い直す。

そうしてミズハノッカーは水がいっぱいに注がれたコップをハンナに差し出して「これを飲んでくれる?」と言う。「守護団に伝わる契りの証」「いかなる時も信じ、裏切らないことの証明」などとお適当な嘘を言っているが、どう見ても胡散臭い水でした。実際、この水にはノッカーが入っており、この水を飲めばノッカーに寄生される。ミズハノッカーがフシ人形を作る過程で「水の中で活動するノッカーの培養に成功した」ということは既にユーキ達は知っており、「学校でノッカー入りの水に触れることで生徒たちがノッカーに寄生される」という様子も実際に映像で目撃していた。だからミズハノッカーが唐突に「この水を飲んでほしい」と言って正体不明の水を差しだして、それを素直に飲むのは躊躇ってしまう。

ミズハノッカーの狙いはまさにそれでした。ハンナ達はきっとこの水を飲むのを怖がって躊躇うはず。だが「いかなる時も信じ、裏切らないことの証明の水」と言われて差し出された水を拒むわけだから、それを見てミズハノッカーは「やっぱり信じて受け入れるなんて口先だけだったのね」とガッカリして見せて「やはり皆と一緒には戻れない」と言ってハンナ達を遠ざけることが出来る。そういうつもりで差し出した水であったのですが、なんとユーキが何の躊躇いもなく、その水を飲みほしてしまう。

この時、その場に立ち会っていたボンだけが大声で「やめたまえ!」とユーキを止めようとしていたが、ボンは地下空間で起きた出来事を全く把握していないので、本物のミズハが死亡したかもしれないということは知らない。だが、それでもボンだけはミズハの正体がノッカーであることを確信している様子です。それはつまり、本物のミズハの霊体がこの場に来ており、その姿がボンには見えていたからなのでしょう。

ミズハノッカーの方はまさかユーキが何の躊躇いも無く水を飲むとは予想していなかった。ハンナがもし友情のために恐怖心を乗り越えて水を飲もうとしても、そこには必ず躊躇いが生じるはずだから、その躊躇いを咎めて「もういいわ」「信用してるなんて言われてももう信じない」と言って水を捨ててしまおうと考えていた。だが横から割り込んできたユーキが何の躊躇いもなく飲んでしまったのでミズハノッカーも制止するタイミングを完全に失ってしまったのだ。そしてユーキは水を飲み干すと、ミズハや守護団の信者たちに一緒に自分の家に行ってこれからのことを話し合おうなどと言ってくる。

唖然としたミズハノッカーは、とりあえず「取り返しのつかないことになってしまった」という罪悪感に襲われ、その罪の意識から逃れるためにその場を取り繕おうとしてユーキに「勢いだけで行動したこと」について呆れてみせて「毒でも入ってたらどうするの?」と揶揄する。それを聞いてボンが「本当に毒でも入ってたの?」と尋ねると、ミズハノッカーは「そんなわけない」「可愛い後輩にそんなことしません」と取り繕う。とにかく水を使ってユーキやハンナ達を遠ざける作戦は失敗してしまったので、その場は調子を合わせるしかなくなってしまったミズハノッカーであった。

ミズハノッカーはあくまでユーキが勢いだけで行動したのだと思っていた。「ミズハ先輩に信じる証を示せと言われたんだから迷いなんか無い」という単純思考で水を一気飲みしたのだと思った。いつものユーキの言動を考えると当然の行動のようにも思っていた。ところがユーキはミズハノッカーの手をとって「相手が何者であろうと僕は言ってくれたことを信じるッス」と言う。その言葉に違和感を覚えたミズハノッカーが「何者であろうとって?私はミズハだよ?」と返す。地下空間での事情を知らないひろとしは「ノッカーは去ったからユーキは躊躇なく水を飲めたのだ」と早合点しますが、それに対してユーキは「まだノッカーは居るよ」と指摘し「僕はずっとノッカーに向けて喋っている」と言う。

そしてユーキはミズハノッカーに「君の名前、なんて言うの?」と質問し、ミズハノッカーが驚いて「私はミズハ」と言い返すと、ユーキは「ミズハ先輩は右利きですよ」と指摘する。ユーキは地下空間からミズハの身体を運んできた時まではミズハはミズハのままだと信じていた。だがミズハが水の入ったコップを差し出した時、コップを左手で掴んだのを見て、相手がミズハではなくノッカーだと確信したのです。そして、それが分かった上で水を飲み干した。

ただし、ユーキはミズハが目を覚まして「ここに残る」などと言い出した時からノッカーであることは疑っていた。その後の「これからのことを話し合いましょう」とか「どんな過去があろうと受け入れます」と言っていたのも、ハンナはあくまでミズハに向けての言葉であったが、ユーキは全てノッカーに向けて言っていたのだ。守護団の信者たちも中身はみんなノッカーであることを分かった上で家に誘っていたのだ。そしてミズハノッカーがノッカーであると完全に判明した状態で平然と水を飲み干した。それがノッカー入りの水であると分かった上で飲み干したのだ。それだけユーキの「ノッカーと共存したい」という想いは本物であったのだ。

そのことを理解したミズハノッカーは嬉しくなった。思わず笑顔になってユーキと手を握り合ってしまったりしたが、同時にノッカーとしてそんな考えは受け入れてはならないという想いも湧き上がってきて、ユーキの手を振り払い、地下空間に駆けこんでいく。その場に取り残されたユーキは倒れこみボンに抱えられ、きっとミズハノッカーはフシが家に連れてきてくれるはずだと言い、そこで話し合えばきっとわかり合えて、ミズハ達の身体も返してもらえると信じているのだと言う。そんなユーキの言葉を聞き、その頭上に浮かんでいたミズハの霊体は涙を流し、その両側にはイズミとイツキの霊体も寄り添い、ミズハを優しく見守るのでした。

一方で地下空間に逃げ戻ったミズハノッカーはフシに決闘を挑む。フシは既にイツキノッカーとの戦いで戦闘力の高い器をほぼ失っており、戦闘力の低い器しか残っていなかったのでミズハノッカーと割と互角の勝負となりますが、あえて武器の殺傷力を弱めてあったりして、どうやら手加減している様子でした。それがミズハノッカーには不満な様子で、ミズハノッカーは「ユーキがノッカー入りの水を飲んだ」などと言ってフシを怒らせようとする。だがフシはユーキの無茶な行動に少し驚きつつも「ユーキに影響されてね」「君を殺すようなことはしたくない」「お互いが生きてるうちに分かり合えたらいいと思っている」とミズハノッカーに言う。フシはもうノッカーを滅ぼそうとは考えておらず、ノッカーと共存できる方法を探ろうとしているのです。

しかしミズハノッカーは執拗にフシを攻撃し続けて、そんなことは「綺麗ごと」だと言い返す。それに対してフシは「君を殺さずに話し合いで説得しようとするのは綺麗ごとではなく、人間なら当たり前のこと」だと反論する。だがミズハノッカーは「私たちは人間じゃないでしょ」と指摘する。ミズハノッカーも本当は人間と共存する道もあり得るということは理解している。ユーキのような人間もいる。ミズハノッカー自身が「人間のようになりたい」とも思っている。だが同時に「それはノッカーとして考えてはいけないことだ」とも思う。自分たちが人間になれるわけがないとも思っている。そうした分裂した思考に混乱しきってしまい、ミズハノッカーはもう任務遂行は不可能だと判断し、一旦死んで楽園からやり直したいと思っていた。そしてフシへの拘りを断ち切るためにも一度とことんフシと本気で戦い合って、その上でフシに殺されようと思い決闘を挑んできていたのです。だがフシがミズハノッカーを殺そうとしないでミズハノッカーは苛立っていたわけです。

そんなミズハノッカーに対してフシは自分が使える最強の器を繰り出して制しようとする。その器はカハクでした。カハクはミズハノッカーから見れば裏切り者であり、自分の前世を殺した憎い相手です。そんな器を隠していたのかと激怒するミズハノッカーに対して、フシは「隠してたんじゃない」「向き合うキッカケを待ってただけだ」と返す。フシは以前はカハクの器を使えなかった。それはフシがカハクという人間を受け入れることが出来なかったからだ。「ノッカーと共存する」という守護団継承者の生き方がフシにはどうしても受け入れられなかった。だがこうして「ノッカーと共存しよう」と思えたことによってフシは初めて心の底からカハクという人間を受け入れることが出来て、カハクの器を使うことが出来るようになったのだ。

そして、あくまでカハクを口汚く罵りながら攻撃してくるミズハノッカーに対して、フシは「君を強くしているのは、その身体に流れる守護団の血だ」と言い返す。フシはカハクたち守護団継承者が強かったのは、いち早くノッカーとの共存の道を見出していた先見の明によるものだと初めて認めたのでした。ミズハノッカーがこれほど強いのも、その守護団継承者の血統を持つミズハの身体を使っているからなのです。こうしてフシと守護団との長きにわたる因縁もここでフシが守護団の価値を認めたことで完全に決着をしたのでした。

その守護団継承者であるカハクの力でミズハノッカーを押さえ込み強制的にでも共存の道に引き込んでやろうとフシは考えていた。そして「俺がお前の依り代になってやる」とまで言い出す。つまり自分に寄生するようにと言うのです。それを聞いてミズハノッカーの心は揺らぐが、そんなミズハノッカーをイツキノッカーが撃ち殺す。最期にミズハノッカーは一瞬迷ったのかもしれない。そんなことはイツキノッカーも分かっていた。いやイツキノッカーもまた同じように迷っていた。だが、そんな迷いもひっくるめて、このままではもう地上での作戦は遂行不可能だと諦め、再び楽園から仕切り直そうと決断したのだ。

イツキノッカーがあくまで「人間との共存」の道を選ばなかったのはどうしてなのか。ミズハノッカーの想いも同じであると思ったのはどうしてなのか。その答えはイツキノッカーの「俺たちの現代での戦いは終わりだ」「俺らもまだ生きてる途中なんだ」という言葉に込められている。つまり、今回遂行しようとした楽園のノッカーの指示による作戦は、まだノッカーの目指す戦いの途中段階に過ぎないのです。だから、確かに「人間との共存」を魅力的には思いつつも、彼らはまだノッカーとしての戦いを完全に放棄するわけにはいかない。だから「仕切り直し」なのです。そうしてイツキノッカーは「これはお前たちの勝利じゃない」と言い残し拳銃で自殺し、ミズハノッカーもイツキノッカーも楽園に戻っていった。しかしフシやユーキの「ノッカーとの共存」を探る交渉相手も失われ、その動きも頓挫することになってしまったのでした。

その後、フシは学校に行き、そこでトナリやカイたち仲間にも会い、今までノッカーの件を隠していたことを詫びた。トナリはサトルによって生き返らせてもらい、体内に入ったノッカーも取り出されて、そのノッカーは殺さず封じ込められていた。同様にサトルは校内の皆の体内のノッカーも取り出して同様に封じ込めてくれた。そして夜にはユーキの家でオカ研部員たちやフウナ達や守護団の信者たちやサトルも一緒に鍋パーティーとなります。そこでフシの仲間たちは初めてサトルが例の「黒いの」「観察者」だということを知って驚いたりする。そこにフシの力で生き返ったミズハとイズミとイツキもやって来て、ハンナが駆け寄って「一緒に行こう」とミズハの手を握り、ミズハが涙を流して喜ぶところで今回のお話は終わりとなり、次回に続きます。

 

 

グノーシア

最終話、第21話を観ました。

今回はユーリが別の宇宙に居るセツと再会した場面から始まります。そこでユーリはセツに自分が再びループを繰り返して銀の鍵を満たして次元の扉を開いてセツの居る宇宙に来たのだと告げる。そして、その目的はセツがユーリに銀の鍵を渡してセツ自身の銀の鍵を満たしてループを終わらせるためなのだということも伝え、そのためにさっきまでユーリに寄生していた銀の鍵がこの世界に来て新たな寄生先を探しているはずなので、それを確保しようと言う。

ユーリはこの世界の本物のユーリの身体に意識を電脳化して入り込んでいる状態であったが、それは本物のユーリが目覚めてしまうと解除されてしまう。そうなると、その後で本物のユーリに銀の鍵を渡してもセツの銀の鍵は満たされない。だから急いでその銀の鍵をセツが手に入れて、それをユーリに渡すことでセツの銀の鍵を満たそうという予定だったのですが、その銀の鍵はラキオが拾って手に入れてしまった。それでとりあえず仕方なく1日目の会議に臨むためにメインコンソールに行くが、セツが「記憶喪失のユーリに事態の説明をする」という口実で会議の前に皆を食堂に連れていく。

そうしてセツが忘れ物をしたと言って一旦その場を離れてラキオの部屋に忍び込んで銀の鍵を盗むことになった。そしてセツがユーリに銀の鍵を渡すという予定だったのですが、ラキオが2人を怪しんで監視するとか言い出す。そこで2人は強引に逃げ出し、2人きりになるとセツに銀の鍵を渡すようユーリは言います。だがセツはこれで自分のループは終わるが、ユーリがまたループを繰り返す羽目になることを心配して躊躇います。

しかしユーリは大丈夫だと言う。実はユーリはグノースにお願いして意識を電脳化してもらう際に「全てが終わったらバグである自分を消してほしい」とお願いしていた。そうしてバグによって乱れた宇宙を元の平穏な状態に戻してほしいと願っていたのです。そうなれば、銀の鍵に寄生されるのはバグのユーリなので、バグのユーリごと銀の鍵も消滅するはず。だからユーリがループを繰り返すことを心配する必要は無いのだとのこと。しかしユーリが消滅すると聞きセツは驚くが、本来は存在すべきではないバグの自分が消滅することで宇宙が平穏に戻るなら最高の終わり方だと言って、ユーリは是非やり遂げさせてほしいと言い、セツから銀の鍵を受け取り、銀の鍵を自分に寄生させる。

同時にユーリに寄生していた銀の鍵は満たされるが、まだバグのユーリが消えないので、まだ自分たちにはやるべきことがあるのだと2人は悟り、そのまま会議に臨む。その世界線は第1話と同じ世界線であり、つまり会議参加者はセツ、ユーリ、SQ、ラキオ、ジナの5人であり、グノーシア汚染者はSQであるという世界線なのだが、セツにはこの世界で自分がやるべきことが分かったのだという。

きっかけはユーリにククルシカの話を聞いたことであった。「セツの存在が消えてしまった世界においてはククルシカは人形のままで動かない」というユーリの話を聞いたセツは「ククルシカの中に何者かが入っていた」「それはおそらく暴走事件を見る限りマナンである」「自分が銀の鍵を満たせない別の宇宙に移動したことによってククルシカの中にマナンが入れなくなった」「自分が銀の鍵を満たすことによってククルシカの中にマナンが入ることになる」ということに気付いた。

その上でこれまでのループの中でセツはずっと「どうしてマナンの精神を移植したSQのいる世界線と、移植に失敗した世界線が両方存在するのだろう?」「その両者の違いは何なのか?」についてずっと研究してきたのだと明かす。その結果「SQへのマナンの意識の移植は基本的には失敗しているのだが、SQがグノーシア汚染された時だけマナンの意識が現れる」という法則性に気付いていた。

そして、こうしてセツが遂に銀の鍵を満たすことが出来た世界線がちょうどSQがグノーシア汚染されてマナンの意識が表面に現れている世界線であるということから、セツは「この世界線で自分がマナンにククルシカに入るよう促したのだ」ということに気付く。そしてセツは会議に臨むと自分がこれまで多くの世界線をループしてきたと明かして、その経験からこの世界線のグノーシアはSQであり、SQの中身はマナンであることを指摘する。

そして投票の結果、SQ(マナン)がコールドスリープされることになったが、ここでセツはコールドスリープとは別の「誰も犠牲者を出さない決着法」を提案する。それが「宇宙船の倉庫内に眠る人形ククルシカにマナンの意識を移植した上で別の宇宙に行ってもらう」という解決法であった。そして、そのためにセツが満たした銀の鍵によって開いた次元の扉を使用するというのである。人形なら身体が腐ることなくずっと使用できるし、移動していった先には銀の鍵も一緒に移動していくので、それを手に入れて永遠に繰り返すループの中でマナンは念願の「不老不死」を実現できる。

この提案に乗ってマナンはククルシカの中に意識を移植させて次元の扉を通って別の宇宙に去っていった。そうして去っていった先の宇宙に居た「マナンの意識が入ったククルシカ」こそがこれまでの物語の中に登場していたククルシカだったのであり、セツが銀の鍵を満たしていなければこの「マナンがククルシカの中に意識を移植する」という出来事は起きなかったので、セツが銀の鍵を満たすことの不可能な別の宇宙に移動した結果、ククルシカは動かない人形に戻っていたのです。しかしユーリの行動によってセツの銀の鍵が満たされ、マナンはククルシカの中に入り、あの宇宙に移動していったのです。

そして、このループを終えたセツがこれから生きていくことになる世界では「ククルシカ」の存在も消え、「マナン」の存在も消え、銀の鍵もグノーシア汚染も消えて平穏な世界となった。そしてバグであるユーリも銀の鍵と共に消滅して、本物のユーリだけが残ることになる。そうしてもうすぐ消えていくバグのユーリにセツが別れを告げ感謝の言葉を述べるところで物語は終幕となります。

 

 

メダリスト(第2期)

第21話を観ました。

今回を含めて残り2話となりました。今回はいのりが新潟でジャンプ練習を魚淵コーチに見てもらうという話でしたが、全日本大会前の練習エピソードで試合以上にこんなに燃えるエピソードになるとは凄いですね。これ以上ない形で映画で描かれる全日本大会篇への期待感をマックスに引き上げてくれました。次回はまだ最終話を1話残してはいますが、ここでSSランクに上げて問題は無いでしょう。

新潟に到着したいのりと司は早朝のスケートリンクを貸し切りにしてさっそく魚淵コーチと一緒に氷の上に立ちます。さっそくハーネスを装着して以前のように魚淵コーチに吊り上げてもらってのジャンプ練習となるわけですが、いざジャンプ練習となると、いのりは緊張する。今はいのりはジャンプが跳べなくなってしまっているからだった。しかし魚淵はそんないのりの緊張を察して、ハーネスを装着したいのりと並走しながら、すぐには跳ばせずにリラックスさせるために世間話をしてくれたりして、その上で最初はいのりが一番得意なサルコウから跳ばせてくれる。

魚淵は最初はシングルサルコウのつもりで「サルコウ」と言ったのですが、いのりはいきなりトリプルサルコウを跳ぶ。やはりハーネスを付けているという安心感と、そのハーネスで吊ってくれるのが司ではなくて魚淵であるという点で安心感があるようで、トリプルサルコウは久しぶりに綺麗に成功します。司よりも魚淵をコーチとして信頼しているというわけではないが、何せ先日、司が自分のジャンプ練習でハーネスを使って怪我をしたことがいのりに余計なプレッシャーを与えていたようですね。「魚淵先生ならばハーネスで怪我をすることはないだろう」という安心感が良い方向に作用したようです。

そうして続いて課題となっているルッツの練習に入っていきます。そもそもいのりがジャンプを跳べなくなっているのはルッツジャンプの練習中の事故がきっかけで、ルッツに関しては2回転すら跳べなくなっているので、早急にせめてダブルルッツは跳べるようにならないとプログラムの構成に支障が生じるし、やはりルッツジャンプで自信を回復させないと他のジャンプにも不安が残ったままとなってしまいます。そして全日本で狼嵜光選手と勝負するためにはやはりトリプルルッツは必須となる。だからこの限られた練習時間で魚淵はさっそくルッツジャンプの練習に入ろうとする。

だが、ここで魚淵が司とハーネス係を交替すると言い出すので、いのりは焦る。魚淵の言うには、司から送られてきたいのりの練習動画を見て、いのりがルッツを跳べなくなっている技術的な原因はもう分かっているとのこと。だからこの練習でその改善は可能なのだが、全日本大会でルッツを武器として使うためにはこの後も継続してハーネスを使った練習は必要なので、司にもハーネスの適切な使い方を教えておく必要があるのだそうです。だからこの練習時間を利用して、いのりのジャンプ指導と同時に「司へのハーネス使用法のレクチャー」も兼ねたいというのが魚淵の考えのようです。

しかし司は先日、ハーネスを使って骨折をしていたので、いのりは心配になって魚淵にそのことを伝える。だが魚淵は既に司本人から聞いてそんなことは知っており、その上で「ハーネスはリスクを背負って手探りで慣れていくしかない」「肋骨を折るなんてよくあること」と平気な顔です。そして司本人もそういう覚悟で新潟まで来ているはずだとも魚淵は指摘する。それを聞き、また司の覚悟の決まった様子も見て、いのりもしっかり集中し直して練習に入ります。

魚淵の指摘したいのりがルッツジャンプが跳べない「技術的な原因」は「軸」にありました。ジャンプの回転軸がちゃんと作れていないので回転スピードがあまり出ずに余裕の無いジャンプになってしまい着氷でミスするのです。その原因はいのりのジャンプが高さの足りない幅跳びジャンプになっているからでした。幅跳びジャンプは横移動の力を受けてしまい移動中に遠心力が散ってしまい中心で回転軸が作りにくいのです。だからジャンプを真上方向に高く跳ぶよう心掛けるよう魚淵はいのりに指示しました。また幅跳びジャンプはハーネスが前に引っ張られてしまうので無理にコントロールしようとすると先日の司のように事故を起こしてしまいがちです。だから司には「引っ張られたら無理にコントロールしようとせずいのりの動きに身を任せるように」とも指示しました。いのりが高跳びジャンプを出来るようになれば自然に司もハーネスで事故を起こす可能性は減るので、まずはそうして練習を重ねていのりが高跳びジャンプを出来るようになるのを待つことになる。

司はいのりをこれ以上追い込まないようにするために絶対に転ばないよう集中し、いのりは司を転ばせないように高跳びをしようと集中し、いのりはダブルルッツを成功させる。これで演技プログラムが組めるようにはなりましたが、やはり全日本大会に向けてはトリプルルッツが欲しいところ。そこで魚淵は更に細かくいのりのルッツジャンプの問題点を指摘する。「回転軸が作れていない」というのは具体的には「跳び上がった後に身体を締める動作に入るのが遅い」ということでした。

身体全体が回転軸そのものになるために空中で手足をピタッと胴体に揃える動作が「締める」という状態であり、跳び上がりや着氷のために手足を広げて展開するのが「開く」という動作となるわけだが、いのりの場合は跳び上がった時の「開いた」状態から回転軸を作る「締める」動作に入るのが遅れる。適切なタイミングで「締める」動作に入らないと回転軸はブレるし回転速度は出ないので3回転もしたら着氷が余裕が無くなってしまう。

ただ、いのりは3回転ジャンプが全く出来ないわけではない。トリプルサルコウではちゃんと回転軸が作れている。しかしトリプルルッツになると「締める」動作に入るのが遅れて回転軸が作れなくなってしまう。それはおそらくサルコウには苦手意識が無くてルッツには苦手意識があるからなのでしょう。「サルコウは転ばないけどルッツは転ぶかもしれない」という意識があるので「転んだ時に怪我をしないために回転速度をあまり上げたくない」と無意識に思ってしまい、自然に「締める」動作に入るのを遅くしてしまっているのではないかと思われる。

これはじっくり時間をかけてルッツへの苦手意識を解消していけば自然に解決する問題なのでしょう。ただ全日本大会を直前に控えた今はそんな悠長なことは言っていられない。そもそも魚淵は「根本的な原因を解消する必要などない」と考えている。「何が原因でジャンプを跳べなくなっているか」はさして重要ではないのです。原因が何であれ、ジャンプを跳ぶために必要なものは「技術」なのであり、技術の修正さえすればジャンプは跳べるようになる。メンタル面の原因など、メンタルが介入する余地が無いくらいに身体に技術を覚え込ませれば問題視するほどのことにはならないのです。

そこで魚淵は再びハーネス係を司と交替して、いのりを吊り上げてトリプルルッツを跳ばせてみせます。これはあくまで魚淵が補助して「跳ばせた」だけであり、いのりの自力で跳べたわけではない。だが「成功したトリプルルッツの適正なジャンプの高さ」はいのりの身体に覚えこませた。あとはいのりがその「適正なジャンプの高さ」に到達するために「どのタイミングで身体を締めて回転軸を作るか」を反復練習の中で自分で答えを見つけて身体に覚えさせていけばいい。

「この高さ」という目標を決めて「そのためにはこのタイミング」という答えを探す、それだけに機械的に集中していく。それ以外に余計なことは考えない。そうして無意識にその動きが出来るようになれば、もう「ルッツへの苦手意識」とか「怪我への恐怖心」は介在する余地が無くなる。また、何度も反復して「適正なルッツジャンプの高さ」をいのりに覚え込ませるために、魚淵は自分がやったのと同じことを司も出来るようにレクチャーしてくれました。

これでいのりが全日本大会までにトリプルルッツを跳べるようになる目途は立った。それでいのりも司も安堵しますが、ここで魚淵はまだ練習時間が1時間余っているのを確認すると「違う跳び方を提案してもいいですか?」と唐突に言い出す。それで魚淵の提案を聞いてみると、ジャンプを跳ぶ直前にこれまでよりも腕を大きく振り上げてから跳び上がるようにと言う。そんなことをしたら遠心力が大きく作用して回転軸を作りにくくなってしまうのだが、魚淵は「その遠心力を利用して跳ぶ方法」なのだと言う。そしてサルコウで跳ぶようにとも言う。

その指示通りに跳んでみたところ、やはり予想通り、いや予想以上に凄い回転速度が出て、得意なサルコウジャンプでありながら、いのりは怖くなって着氷で転倒してしまった。しかし、その動画を見せながら魚淵は「これが4回転の跳び方だよ」と教えてくれた。確かにその動画に映ったいのりは4回転サルコウ、つまりクワッドサルコウを回っていた。猛烈な回転速度が通常なら3回転しかしないいのりの身体を4回転させていたのだ。

魚淵はいのりが同じ3回転でもサウコウは得意でルッツは苦手であることから「トリプルルッツに拘るのは合理的ではない」と感じていたという。「原因」を重視しないタイプの魚淵ではあったが、ここであえて「原因」に拘って考えてみると、いのりがサルコウは跳べてルッツは跳べない理由は「苦手意識の有無」にある。ならば「苦手意識のあるルッツの練習」と「苦手意識の無いサルコウの練習」ならば、絶対に後者の方が全日本大会までの限られた時間内の練習として効率が良いはずだ。ならば「現在2回転までしか跳べないルッツを3回転で跳べるようになること」よりも「現在は3回転を完璧に跳べるサルコウを4回転で跳べるようになること」の方が早いかもしれないと魚淵は考えた。

いや、「4回転ジャンプ」というものが女子選手の世界では稀有なものである以上、普通の選手に対しては魚淵もこんなことは考えない。だが、いのりは「4回転を跳べる可能性がある」と魚淵には見えた。4回転を跳ぶために必要な要素は「踏み切りの正確さ」と「回転速度」だったが、そのいずれもいのりは兼ね備えていた。これは司のアイスダンスで培ったスケーティング技術を活かした指導の結果であった。

司は中部ブロック大会で金メダルを獲るために「正確なスケーティングで出来栄え点を稼ぐ」という基本戦略に加えてトリプルサルコウの安定感を活かした3連続ジャンプを最後に決めるという奇策で見事に金メダルを勝ち取り、その結果、魚淵の指導を受けることが出来た。だが同時にそのようにスケーティングの完成度を徹底的に上げるために練習時間を割き、ルッツやフリップのような高難度ジャンプの練習を後回しにしたツケは出てきたとも指摘されていた。実際、こうしてルッツが跳べずに苦労している。だが、魚淵の言葉によるならば、むしろその司の施した「徹底的なスケーティング技術の向上」が結果的に「4回転ジャンプの成功の可能性」に繋がってきているのです。

そして、なんといっても4回転ジャンプは大きな得点源になる。もしクワッドサルコウを跳べたら、それはトリプルルッツよりも高得点となり、更に狼嵜光の最大の武器であるトリプルアクセルよりも高得点ジャンプとなる。もしいのりがこのままルッツはダブルしか跳べないままであったとしても、クワッドサルコウが跳べたら十分に光よりも高得点を狙える演技プログラムを組むことが出来る。そもそもルッツジャンプはもし成功したとしてもエッジ角度のミスなどで減点される可能性の高いジャンプであり、失敗リスクの高いジャンプである。それに比べてサルコウは失敗リスクが低いジャンプであり、特にいのりはサルコウの完成度が非常に高い。ならばトリプルルッツよりもクワッドサルコウの方がいのりにとっては大会に向けての有効な武器となるのではないかと思われた。

既に「4回転を跳ぶための技術」は有しているいのりですから、もともと苦手なルッツで3回転を跳ぶことよりも、もともと3回転を跳べているサルコウの回転を1つ増やして4回転を跳ぶ方が容易なのかもしれない。司は「4回転など跳べるはずがない」という先入観でそういう可能性を無意識に頭から排除していたが、魚淵に説明されて「盲点だった」と気付く。

だが、試しに跳ばせてみたが、いのりはクワッドサルコウを成功はしなかった。そこで魚淵は司といのりに2つの道から1つを選択するようにと言う。「トリプルルッツを着氷させるか」と「クワッドサルコウを跳べるようになるか」のどちらか1つを選ぶようにと言うのです。これから残り1時間のこのリンクでの指導時間、そして全日本大会までの8日間ほどの日数、それらを考えると両方を修得するのは不可能であり、どちらか1つを選ばなければならないのだ。

それで司といのりは大いに迷った。確かにルッツは苦手であり試合で使った時の失敗リスクも高い。だがサルコウは確かに得意だが4回転は今まで一度も跳んだこともない。トリプルルッツならば跳んだことはある。もう少し全日本までに時間的余裕があれば、より高得点なクワッドサルコウを完成させる決断となるところだが、大会まで8日しか無い状況で「今まで一度も跳んだことがないジャンプの練習」に時間を費やして、その結果、トリプルルッツもクワッドサルコウも両方手に入らないまま大会を迎えるという最悪の可能性も頭をよぎる。安全策を取るならばトリプルルッツだろう。だが大会で光に勝つためにはクワッドサルコウが必要だとも思えてくる。おそらく今からいのりがどんなにトリプルルッツの完成度を上げても、光の完成度には及ばない。その上に光にはそれをも超える高得点ジャンプであるトリプルアクセルまであるからだ。

いのりは司に「これは、あたしが選ばないといけないことですよね」と確認する。この究極の選択を、いのりは司に任せてしまいたかったが、以前に司が言っていたように「いのりさんが自分で選ばないといけない」という問題だということを思い出したのだ。そのためにいのりは司に、どちらを選んだらどういうメリットがあり、どういうリスクがあるのか詳しく教えてもらい、その上で決断することにした。そして司は「俺はどっちの選択でも勝たせにいくつもりだから」と励ます。そうしていのりが選んだのは「クワッドサルコウ」の方であった。

ただ最初のクワッドサルコウでいのりは失敗しており、その後の練習でも失敗を繰り返した。やはりどうも「締める」タイミングや「開く」タイミングが適切ではないようだ。同じサルコウでも3回転の時は出来ていることなのに、4回転になると出来なくなる。それは「4回転を回るための高速の回転速度」に対する恐怖心があるために、その速度を出すのに必要な「締めるタイミング」と「開くタイミング」を無意識に身体が拒んでいるからなのです。つまりルッツとかサルコウとか関係なく、いのりはジャンプの難度が高くなると「失敗して怪我するのが怖い」という意識が強くなってしまうのだ。

司の怪我に対してやたら過敏に反応していたのも「司に対して申し訳ない」という気持ちだけでなく、根本にはいのり自身の「怪我への恐怖心」があったわけです。それはおそらく大元は姉の実叶が骨折のせいでフィギュアスケートを辞める羽目になったのを幼少期に見てトラウマになっており「自分もあんなふうになって、せっかくやり始めることが出来たフィギュアスケートが出来なくなったらどうしよう」という恐怖心があるからなのでしょう。

だが司は「目印を探そう」と言う。今から大会までにその恐怖心を解消することは出来ない。唯一の解決法は魚淵の言うように「技術」だけなのです。「クワッドサルコウを成功するために締めるタイミングと開くタイミング」これを見つけて身体に覚え込ませて恐怖心によるタイミングの狂いに上書きしてしまうしかない。そのためには反復練習しかない。練習中は自分たちがハーネスでいのりが怪我をしないようにか必ず守るかあら、いのりは安心して思いっ切り何度も失敗して成功のタイミングを探せばいい。その言葉に勇気を貰い、いのりは懸命に練習に励む。

しかし、それでもなかなか成功しないまま残りの練習時間は15分となってしまう。そこで司はいのりが「絶対に諦めたくない!」「絶対に跳ばなきゃいけない!」という強い想いを縛られていることに気付く。それは司自身がかつて現役選手だった時に、遅くにスケートを始めて常に崖っぷちの状況で滑っており、同じように「絶対に諦めたくない!」「絶対に跳ばなきゃいけない!」と思って滑っていたからだ。そのハングリー精神があったから司は頑張れたともいえるし、いのりもそれは同様であった。だが、そんな想いに縛られて滑った時は大体上手くいかなかったことも司は経験上知っていた。

それはどうしてだったのか、現役時代は司は理由に気付くことがなかった。だがコーチとなって生徒を指導するようになり、特に先日からハーネスの指導の関わりから魚淵の姿勢から学んだことや、ハーネスで卯山雪を指導した時のことや、諏訪湖でいのりと語り合ったことなどから、司は「大会で勝つためだけのスケートはスケートの本質ではない」ということを学び、現役時代の自分にはその意識が欠けていたのだと気付くことが出来た。

そこで司はいのりに「成功を願いすぎちゃダメだ」「これは想いの強さで跳べる魔法じゃないんだ」と諭す。今のいのりに必要なのはがむしゃらになることではなく、いかにスケートの感覚に真っすぐ向き合うかなのです。大会までに成功しなきゃいけないとか、あと15分で成功しなきゃいけないという雑念はそのためには邪魔でした。司はいのりに「4回転がどんな感覚なのか俺に教えようって考えながら跳んでほしい」と頼む。その方がいのりが跳んだ時の身体の感覚に無心で向き合えると思ったのです。「成功のためじゃなく、1つでも多く答えを見つけるために跳んでごらん」「どれだけ細かく世界を感じられるかがコントロールの鍵だよ」「集中して」と教えられたいのりはあらゆる感覚を研ぎ澄まして見つけだした正解のタイミングを見事に掴み、遂にクワッドサルコウを成功させたのでした。そういうところで今回のお話は終わり、次回の最終話に続きます。最終話は司の過去の話や、新キャラの亜昼美玖たちの登場などもあり、全日本大会への導入で終わるのだと思いますが、きっと全日本大会篇への期待感を最大限にしてくれるような終わり方をしてくれるものだと期待したいと思います。

さて今期2026年冬アニメも残り半月の最終局面となってきましたので、ここで個人的に面白いと思っているランキングの現時点で視聴継続している20作品の状況を挙げておきます。なお下記の順位は3月13日深夜にテレビ放送を録画した分までのエピソードの評価を反映したものです。また、一応順位表には既に視聴を切ったBランクやCランクの作品も挙げておきます。なお×マークが付いているのは途中で視聴を打ち切った作品です。

この最終盤前あたりになってくると、そろそろ各作品が「どういう作品であったのか」という評価が固まってくる時期です。まぁ大体は各作品が収まるべきところに収まってきたという印象で、残り話数が少ないので1クール単位の評価としては今さらあまり大幅な順位の変動は無いかとも思われがちですが、終盤には伏線回収や逆に期待外れ感が明確になってきたりすることなども多くて、これまで判断を保留にしていた要素などについての評価が加わって1クール単位での評価が大きく動くことも割とあるので、この時期はクール中盤などよりも割と順位の入れ替えが多かったりもします。また、どうにも甲乙つけ難かった作品同士の差が一気に開くのもこの時期なんですよね。ここまで最終盤になれば、そろそろ多少は自分の「好み」で上位作品の順位を付けても良い時期でもあります。ただ、最終盤のまとめ方次第でまだまだ順位は動く可能性は高く、更にここからの最終盤で今期の状況がいくらかは変わってくるだろうと思います。

 

◆SSランク(別格の作品)

ゴールデンカムイ最終章

 

◆Sランク(大満足した作品)

1位 メダリスト(第2期)

2位 不滅のあなたへ Season3

3位 青のオーケストラ Season2

4位 葬送のフリーレン(第2期)

5位 グノーシア

6位 違国日記

7位 エリスの聖杯

 

◆A+ランク(満足できた作品)

8位 真夜中ハートチューン

9位 青のミブロ 芹沢暗殺編

10位 正反対な君と僕

11位 TRIGUN STARGAZE

12位 ダーウィン事変

13位 幼馴染とはラブコメにならない

14位 姫様”拷問”の時間です(第2期)

 

◆A-ランク(普通に観れた作品)

15位 勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録

16位 花ざかりの君たちへ

17位 火喰鳥 羽州ぼろ鳶組

18位 シャンピニオンの魔女

19位 お気楽領主の楽しい領地防衛 ~生産系魔術で名もなき村を最強の城塞都市に~

 

◆Bランク(退屈だった作品)

×20位 綺麗にしてもらえますか。

×21位 勇者パーティーを追い出された器用貧乏

×22位 人外教室の人間嫌い教師

×23位 「お前ごときが魔王に勝てると思うな」と勇者パーティーを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

×24位 勇者パーティーにかわいい子がいたので、告白してみた。

×25位 悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される

×26位 デッドアカウント

 

◆Cランク(苦痛だった作品)

×27位 アルネの事件簿

×28位 魔王の娘は優しすぎる

×29位 29歳独身中堅冒険者の日常

×30位 貴族転生 ~恵まれた生まれから最強の力を得る~

×31位 【推しの子】(第3期)

 

 

今期は現状、SSランクが1作品、Sランクが7作品、A+ランクが7作品、A-ランクが5作品あり、Sランク以上とA+ランクを合わせた上位作品の数は現状で15作品となっていて、この合計数だけでは明確な豊作クールと言うにはちょっと微妙ではあるが、Sランク以上が8作品あり、その中にはSSランク作品もあるわけだから、やはり豊作クールと言っていいでしょう。更に最終的にはもう少しSランク作品が増える可能性もあり、SSランク作品がもう1つ追加される可能性もあるので、そうなればますます豊作クール感が強くなり、もしかしたら大豊作クールなんて可能性も出てくるかもしれません。

今期は全体的に作品の質が高いので終盤もしっかり盛り上がっている。良作の場合、物語の展開などには左右されず常にしっかり盛り上がるものです。それに加えて物語展開的にも今期は終盤クライマックス的に盛り上がる作品が多めなので、楽しめるクールになっています。そのぶん内容も濃密で、なんだか今期はレビューが大変だった印象です。

では、以下に各ランクの作品の現時点の各評と、各ランクごとの最終盤の動向予想をしたいと思います。

 

 

 

◆SSランク(別格の作品)

 

「ゴールデンカムイ最終章」は明治時代末期の北海道を舞台とした金塊争奪戦を描いた和風闇鍋ウエスタンの5期であり最終章。今期は序盤4話分は札幌ビール工場決戦編でいきなり物凄いボルテージで盛り上がり、その後の2話分で過去の真相解明編が圧巻の内容。次の回で暗号解読開始、次の杉元の過去話がギャグ回だが凄く良くて、その次の回で遂に暗号を解読してSSランクに昇格し、現在は5話分の五稜郭最終決戦編に突入している。残りは3話だがここから更に佳境に入って最高潮で物語が完結するはず。

 

◆Sランク(大満足した作品)

 

1位「メダリスト2期」はフィギュアスケートを題材としたスポ根アニメの2期。今期は全9話構成であり、前半4話分ではノービスA大会の中部ブロック大会が描かれ、これが神回連発の凄い出来だった。そして後半に入ってからは全日本大会に向けての練習がメインになっていったが、これも素晴らしい出来栄えの話ばかりであった。ほぼ隙の無い作品であり、今期は上には上がいるというだけの話。残り2話は全日本大会の前で終わると思われ、それでも100点満点だとは思うがSSランクに上がるかは微妙。

 

2位「不滅のあなたへ3期」は不死の能力を持つ不思議な球体から生まれたフシが様々な人々と関係しながら様々な時代を過ごしていく大河ファンタジーの3期。現世編を描く3期は連続2クール作品であり今期は後半クール分にあたり現世編の完結まで描かれる。前クールからずっと高いレベルを維持しているが、今期はオリンピック中継で3週休んでいる間に少し順位を落としていたが、放送再開後はクライマックス展開ということもあり一気に順位を戻した。残り4話も盛り上がるはずなので期待は出来る。

 

3位「青のオーケストラ2期」は高校のオーケストラ部で音楽に打ち込みながら青春時代を送る部員たちを描いた群像劇の2期。連続2クール作品であり、今期はその後半クール分にあたり、既に最終話を終えている。今期は序盤にクリスマスコンサート編が

描かれ、十分良い内容でSランク評価としたが下位の方であった。だがジュニアオーケストラ編が始まると本筋の物語が描かれ非常に脚本のクオリティも高く、最終話も3年生の卒業式回も素晴らしくて暫定Sランク2位で終了した。あとは他の作品次第。

 

4位「葬送のフリーレン2期」は魔王を倒した勇者パーティーの長命エルフ魔法使いフリーレンの後日譚ファンタジーの2期。今期はフリーレン一行の北部高原へ向けての旅の続きが描かれ、基本的に毎回1~2話ずつのショートストーリーが描かれていく。旅先での日常的なお話が多く、全体的に地味だがすごくイイ話が多くクオリティはずっと高く、それでSランク下位が定位置だったのだが最新話が神アクション回で少し順位が上がった。残り2話はまた日常に戻りそうだが質は高いので順位は安定しそう。

 

5位「グノーシア」は宇宙船の中で人間の敵であるグノーシア汚染者を見つける人狼ゲームを世界線をループしながら繰り返していく連続2クールの物語の後半クール分。毎回十分に面白かったが解明されないままの謎も結構あり、やや肩透かしな印象で18話で一旦最終話となり少し順位を落としていた。だが19話からのエピローグでちょっと期待したものとは違う感じだがループの物語としては綺麗に終わらせようとしておりグノース要素もちょっと回収され再び順位を上げた。残り1話で綺麗に締めるのを期待。

 

6位「違国日記」はコミュ症の女性小説家の槙生が事故死した姉夫婦の中学3年の娘の朝を引き取って一緒に暮らし始めたところから始まり、徐々に理解し合い真っすぐ向き合っていく関係を描いたハートフルなドラマ。キャラの造形が非常に魅力的で極上の空気感とセリフのセンス、演出の妙で序盤から惹きつけられた。ただ現状は8話で朝が両親の死と向き合ったところがピークだった印象で、その後は朝が迷走する話が続き盛り上がりに欠け、やや順位を落としている。残り3話で盛り上がるかどうか注目。

 

7位「エリスの聖杯」は近世ヨーロッパ風の世界観で10年前に冤罪で処刑された悪女の公爵令嬢の亡霊に憑りつかれた子爵令嬢がバディを組んで事件の真相を暴いて大きな陰謀に巻き込まれていくミステリー。話の内容は文句なしに面白いのだが、ちょっと詰め込み過ぎな感じ。ただ1クールに収めるためには仕方ないし、ちゃんと完結まで描くのは良い。詰め込み過ぎ問題でA+ランク最上位あたりで止まってたが終盤に入って物語が加速してSランクに上げるのは妥当と判断した。残り2話綺麗に締めてほしい。

 

 

現状はSSランクに「ゴールデンカムイ最終章」があり、その下にSランクに「メダリスト2期」「不滅のあなたへ3期」「青のオーケストラ2期」「葬送のフリーレン2期」「グノーシア」「違国日記」「エリスの聖杯」の7作品があるという状況になっている。このままの顔ぶれで終わる可能性も十分あるが、Sランク下位はまだ「エリスの聖杯」以外は手薄な印象であり、ここにA+ランクから「真夜中ハートチューン」「青のミブロ 芹沢暗殺編」「正反対な君と僕」「TRIGUN STARGAZE」の4作品のうち1~2作品ぐらい上がってくる可能性はあると思う。また「メダリスト2期」がSSランクに上がる可能性もあると思う。

現状のSランク以上の8作品の状況としては、まずSSランクの「ゴールデンカムイ最終章」が圧倒的に面白い。他の作品も今期はレベルは高めなのだが、その中でも別格といえます。このまま残り3話も圧巻の面白さで突き進んで終わるはずであり、特に今期で完結するというのが絶対的に有利だといえます。もともと1期から4期もSランク最上位クラスの評価の作品であったので、それが大団円まで描かれるとなれば今期に関しては無敵状態も仕方ないといえる。おそらくこのままSSランクのまま最後までいくことでしょう。

それに次ぐのが「メダリスト2期」であり、これは「ゴールデンカムイ最終章」が無ければ文句なしの1位だった作品。全9話構成で全日本大会までは描かれないと聞いて当初は不安もあったが、中部ブロック大会が神回連発で、その後もしっかり毎回素晴らしい出来であり、文句なしのSランク1位になっている。ただSSランクに上げるかどうかは残り2話を観てからでないと決められないと思う。やはり全日本に向けてどう期待感を持たせるかも重要だし、1期最終話みたいにアニオリ演出も加えて綺麗に締めてくれてこそSSランクだと思う。1期も最終話の出来の良さでSSランク昇格を決めたし、今回もそこで判断することになると思います。

現状それに次ぐ位置につけているのが「不滅のあなたへ3期」であり、こちらもかなり完成度の高い作品であり、「メダリスト2期」よりも話数も多く、残り話数も多い。特にここからかなり盛り上がって現世編の完結まで描くので、全日本大会の前で終わる「メダリスト2期」よりも有利ではある。現状はまだ「メダリスト2期」の方が上回っているが、もし「メダリスト2期」がSSランクに上がり損ねたとしたら「不滅のあなたへ3期」が追いつく可能性はあると思う。「メダリスト2期」はかなり強い作品なので、もし追いつく作品があるとしたらこの作品だけでしょう。

現状それに次ぐ位置につけているのは「青のオーケストラ2期」だが、この作品はもう既に最終話を終えている。最終話時点では「メダリスト2期」に次ぐSランク暫定2位でフィニッシュしたが、現在は「不滅のあなたへ3期」に追い抜かされて3位に後退している。ただ「不滅のあなたへ3期」だからこそ追い抜くことが出来たのであり、この「青のオーケストラ2期」もかなり充実した内容だったので本来そう簡単に越せるような壁ではない。最終話時点でこの作品の上に居た「ゴールデンカムイ最終章」と「メダリスト2期」が化け物なだけで、不作クールなら普通に1位をとっている作品です。今後下位作品が最終話を迎えていくが、この作品の壁はそうそう簡単には越せないと思う。

現状その下につけているのは「葬送のフリーレン2期」だが、ここから下がSランク中堅クラスということになる。今期のこの作品は相変わらず完成度の高いものであったが、ショートストーリーで構成されていてあまり大きな盛り上がりは無かった。そのぶんSランク下位に評価してきたのだが、最新話の神技のレヴォルテ編が神アクション回だったので、そこを評価してSランク中堅の最上位に評価している。残り2話は再び日常回のような感じになるのだろうけど、完成度はどうせ高いんだろうから全体評価が下がることはないと思う。ただ順位は相対的なものだから他の作品次第でどうなるかは分からない。ただ既に評価の固定されている「青のオーケストラ2期」に比べると、個人的にはドラマの盛り上がりという点で少し劣るかなと思う。

「グノーシア」は後半クールが始まった当初はSQ回やジナ回から夕里子に辿り着き、夕里子の課題をクリアして世界の謎が明かされるかと思って、その時点では「メダリスト2期」に次ぐぐらいまで順位も上がっていたのだが、ユーリがバグだという話になってそれが解決して本編が終わってしまいちょっと肩透かしで順位がSランク下位に落ちていたのだが、エピローグではとにかくユーリのループの物語としては綺麗に完結させようとしているのが好印象で再び順位を上げてSランク中堅に上がってきた。ただ残り1話で大きく状況が変わるとも思えず、このままの位置でフィニッシュすると思う。

「違国日記」は当初は素晴らしい空気感に惹きつけられてSランク上位にランクインさせていたのだが、やはり日常モノなので他のSランク作品に比べて物語に起伏が少なめ。普通に全然面白いのだけど、どうしても順位をつけるとなるとそういうところは不利に働く。それをひっくり返せるほどの爆発力が当初は感じていたのだが、やはり1クール単位で考えると「ずっと同じことをやってる」という印象にはなってしまう。特に8話で朝が両親の死を受け入れて以降はちょっと堂々巡りの印象があり、おそらく残り3話でちゃんとカタルシスのある展開になるんだろうけど、この中だるみ感はSランクならば順位争いには響くと思う。ただ確かに爆発力はあるので4位ぐらいまでは射程圏だと思う。

最後に「エリスの聖杯」だけはSランク下位に相当する作品となります。ストーリーは間違いなく面白いのだが、どう見ても詰め込み過ぎであり作画も大して光るところはなくキャラも描写が薄いのが多い。アニメ作品としてはあまり褒められたものではないのだが、それでも物語自体はかなり圧倒的に面白い。だからSランク中堅以上には評価できないが、Sランクには評価したい作品である。このまま残り2話で物語が完結してもそういう評価はおそらく変わることはないでしょう。また、本来はこのSランク下位あたりに最終的には「真夜中ハートチューン」「青のミブロ 芹沢暗殺編」「正反対な君と僕」「TRIGUN STARGAZE」のうちの幾つかがA+ランク上位から上がってきてくれてラインナップを充実させてくれるのを期待したいところです。

 

 

 

◆A+ランク(満足できた作品)

 

8位「真夜中ハートチューン」は高校の放送部を舞台とした声のプロを目指す4人のヒロイン達と彼女たちをプロへと導こうとする主人公の学園青春ラブコメ。声のお仕事を目指す青春ドラマとしてもラブコメとしても出来が良く、謎のラジオDJのアポロ探しというミステリー要素も上手く絡めてある。毎話の内容が上質で完成度が高くて常にSランクに肉薄しているが物語序盤の内容なので現状は決め手に欠ける。残り2話の盛り上がり次第だろう。

 

9位「青のミブロ 芹沢暗殺編」は幕末の京都を舞台にした新選組隊士たちの青春群像劇の2期であり、初代局長の芹沢鴨の暗殺事件までのお話を描く。重厚で骨太な男のドラマが描かれるが芹沢の独特のキャラと主人公におの成長もあり史実ベースというのもあり1期よりも見応えがあった。それでもクール前半はスローペースだったが後半になって加速し順位を上げてきて最新話も神回だった。残り3話も出来は良さそうだがSランクは微妙な線。

 

10位「正反対な君と僕」はごく普通の高校生たちの日常ラブコメであり、キャラがみんな自然体で魅力的で非常に共感性の高い会話劇に惹きこまれる。演出も秀逸で話も面白くてとても好感度の高い作品。かなり満足度の高い作品だが、それは全くの日常モノゆえに物語面の不満が生じにくいからであり、上位の物語重視の作品と比較する時に差し引かねばいけない。それでも優れた作品なのは間違いなく残り3話の展開次第でSランクも十分狙える。

 

11位「TRIGUN STARGAZE」は砂漠の惑星を舞台にしたSFバトルアクションの2期であり、壮大な世界観で重厚なドラマが描かれた1期の物語が完結まで描かれるので期待は大きかったのだが、ここまで確かにドラマもアクションも水準以上のものではあるが物語は予想したよりは盛り上がってない。原作のリブート作品なので要素を繋ぎ合わせるのを優先した結果かと思われる。ただ残り3話は物語のクライマックスなので順位を上げる期待はある。

 

12位「ダーウィン事変」は人間とチンパンジーを交雑させる実験で生まれたヒューマンジーのチャーリーを巡る社会派ミステリー。設定は興味深いがクール前半は小難しくて思想的な話や権利の話とかが多く意識高い系でああまり面白くなくてA-ランクに落ちていた。だがクール後半になってスクールシューター事件から一気に展開が加速して面白くなってきてどんどん順位を上げてきた。ただまだ物語の全貌は見えない。残り3話で期待したい。

 

13位「幼馴染とはラブコメにならない」は幼馴染とのラブコメに憧れる主人公が幼馴染ヒロインたちにそれがバレないようにする一方で幼馴染ヒロインたちは主人公とのラブコメを望んでいるというドタバタラブコメ。ラブコメ展開があまりにもベタすぎて恥ずかしいがストーリー自体はちゃんと練ってあって面白い。話がなかなか進まないが作品の特性なので仕方ないと許せる。残り2話は体育祭編でしっかりラブコメも盛り上げて締めてくれそう。

 

14位「姫様”拷問”の時間です2期」は魔王軍に囚われた姫様が王国の秘密を聞き出すために毎回愉快な拷問を受けるハートウォーミングコメディの2期。1期に引き続き秀逸なギャグセンスとキレキレの作画と演出と演技で毎回爆笑させてもらってる。ただ基本的に1期と同じことをやっているのでどうしても二番煎じ感があり1期の時ほどのインパクトも無く外れエピソードも散見される。それでも残り3話もしっかりレベルを保ち終えてくれそう。

 

 

A+ランクは現状7作品あり、このうち現状の上位4作品がいずれもSランクに上がる可能性を秘めており、今期の最後の最後まで動向が注目される。終盤前までは「エリスの聖杯」「真夜中ハートチューン」「正反対な君と僕」がSランク予備軍という感じだったのだが、終盤に入ってそのうち「エリスの聖杯」がSランクに上がり、代わりに「TRIGUN STARGAZE」がSランクから落ちてきてSランク返り咲きを窺う立場となり、またA+ランク内では「青のミブロ 芹沢暗殺編」が一気に上がってきて、その結果現状では「真夜中ハートチューン」「青のミブロ 芹沢暗殺編」「正反対な君と僕」「TRIGUN STARGAZE」という4作品がSランク予備軍ということになっている。

まず「真夜中ハートチューン」は普通にラブコメや青春ドラマとしての出来が良くて、各話の内容も上手くまとまっていて非常にレベルの高い作品だとは思う。ただ物語がスローペースで、毎回4人のヒロインのそれぞれの成長物語が上手く描かれてはいるのだが、それぞれの物語がまだ序盤という印象で、まだ大きな見せ場にまで達してしない。作品の質としてはSランク評価したくなるレベルなのだが、もうちょっと盛り上がる展開が無いとSランク評価するには物足りない。それでも質の高さでSランクに肉薄はしているので、残り2話で大きく盛り上げてくれればワンチャンはあると思う。

「青のミブロ 芹沢暗殺編」はクール前半からアツい話ではあったが、立ち上がりがスローテンポだったのでクール前半はA+ランク下位に評価していた。さすがにクール後半になって一気に盛り上がってきて順位を上げてきたが、クール前半の出遅れが影響してSランクには届かない可能性が高そうに見える。そういう点ではクール前半から常にA+ランク上位だった「真夜中ハートチューン」とは違う。クール後半は明らかに「青のミブロ 芹沢暗殺編」の方が盛り上がっているので最終的には「真夜中ハートチューン」を追い抜く可能性もあるが、それでもSランク昇格可能性は「真夜中ハートチューン」の方がありそう。

その点「正反対な君と僕」はクール前半からずっとA+ランク上位に評価していたのでSランク昇格可能性は結構あるとは思う。ただこの作品の場合はホントに普通の高校生活を描いていて、特に際立った特徴が無い。それが共感を生んでいて作品の魅力になっているのは承知しているし、実際個人的にもかなりハマっている作品ではあるが、これを「真夜中ハートチューン」や「青のミブロ 芹沢暗殺編」のような物語性の高い作品よりも上位に評価するのはちょっと抵抗は感じる。それでも案外全部終わってみたらSランク評価したくなる作品かもしれないので、とにかく残り3話を注視したい。

「TRIGUN STARGAZE」は終盤前まではSランク下位に評価していたんですが、どうも序盤から1期ほどは内容が濃くない印象で物足りなさは感じていた。1期は最後が話の途中で終わってしまったのでSランク下位に最終評価したがそれまではSランク中堅には評価していた。それに比べて物足りないから序盤からSランク下位評価だったわけだが、その後更に中だるみも感じたので流石にA+ランクに落とすことにした。ただ最終決戦は盛り上がると思うので、その内容次第では十分にSランク下位に返り咲くぐらいの可能性はあると思っています。

A+ランク下位には「ダーウィン事変」「幼馴染とはラブコメにならない」「姫様”拷問”の時間です2期」の3作品があり、これらはSランク昇格の可能性は無いが、A-ランクに落ちる可能性も無いでしょう。このうち「ダーウィン事変」はクール前半は世界観は興味深かったもののストーリーはあまり面白くなくてA-ランクに沈んでいた。だがクール後半になって急激に面白くなって順位を上げてきた。だから残り3話でA+ランク上位に食い込んでくる可能性は十分あるが、さすがにSランクには届かないでしょう。一方で「幼馴染とはラブコメにならない」はベタベタなラブコメがほどよく面白い作品であり、また「姫様”拷問”の時間です2期」は秀逸なセンスだが外れ回も多めで、それぞれずっとA+ランク下位で安定しており、おそらくこのままA+ランク下位を維持して終わると思われます。

 

 

 

◆A-ランク(普通に観れた作品)

 

15位「勇者刑に処す」は魔王現象に浸食される世界で懲罰として勇者になり死なない身体で魔王現象と延々と戦わされるヒーロー達の物語。割と斬新な設定と凄いアクション作画が見応えがある作品で、毎回なかなか外連味ある内容で楽しめているが、あまり物語は進んでいない印象。キャラも中二病ウケ全開という感じであまり深みは感じない。残り2話も同じようなノリだと思う。

 

16位「花ざかりの君たちへ」は女子が男のフリをして男子校に編入して憧れの選手とお近づきになろうとして恋に落ちていくドタバタ青春学園ラブコメ。一昔前の少女漫画のガバい設定と少女漫画臭さがちょっとキツいが話は毎回ちゃんと面白くて見せ場も多い。ただクール中盤はちょっとダレ気味であったが残り2話で学園祭編を描き切って盛り上がると思うので楽しんで終われそう。

 

17位「火喰鳥 羽州ぼろ鳶組」は江戸時代の武家火消の活躍を描いた時代劇であり、作画があまり良くなくて演出も冗長でクサく感じるところも多くて、どうも乗り切れない作品であった。だがエピソードの脚本の出来は毎回良くて、視聴を切るという選択肢は無かった。仲間集めが終わって8話から狐火という火付けとの対決が始まり面白くなってきたので残り4話は結構期待してる。

 

18位「シャンピニオンの魔女」は人々から忌み嫌われる心優しき黒魔女ルーナの物語。基本的には感動系の話であり、それがハマれば良い感じで、序盤の2話は悲恋の話として特に良い出来だった。ただ3話以降の本編のリゼ編が始まるとスローペースとなり、随所に良い話もあるけど同じことを繰り返してる印象となってしまった。残り1話なので中途半端なところで終わりそう。

 

19位「お気楽領主の楽しい領地防衛」は貴族の四男に異世界転生した主人公が辺境の村の領主になって不遇スキルの生産系魔術で村を発展させていくお話。テンプレな展開で新鮮味は無いがキャラが可愛らしくてテンポも良くてコメディに振り切ってるのでそんなに退屈はしない。物語はまだまだこれから続いていく感じで残り3話も通常エピソードのまま中途半端に終わりそうです。

 

 

A-ランクは現状は上記の5作品ですが、最終盤でA+ランクに上がる可能性があるとするなら「勇者刑に処す」ぐらいだろうけど、その可能性はあまり高くないと思う。これは個人的な好みの問題だが、やはりどうも全体的に中高生ラノベファン向けの分かりやすく造形されたキャラの会話劇が見ていてちょっと気恥ずかしさを感じる。それに色々とバトルは盛り上がってるけど物語の核心に触れるような話はほとんど描かれてない印象です。「花ざかりの君たちへ」は途中まではA+ランクとのボーダーラインにあったが、佐野がハイジャンプを跳べるようになるまでは惹きこまれるものはあったが、それ以降はベタな展開が続いていて、まぁ面白いといえばずっと面白いんだがA+ランクというほどの満足度は無い。ラスト2話も物語途中で終わりそうだし。むしろ「火喰鳥 羽州ぼろ鳶組」がまだ4話残っていて狐火との戦いが面白くなりそうなので「花ざかりの君たちへ」ぐらいなら追い抜いてフィニッシュする可能性はあると思うが、全体的にはクオリティの低い作品なのでいくら話が面白くてもちょっとA+ランクに届くということはないでしょう。下位には「シャンピニオンの魔女」「お気楽領主の楽しい領地防衛」があり、それなりに楽しめてはいるのだが上位3作品に比べるとやや落ちる。「シャンピニオンの魔女」はポテンシャルはあると思うのだが、どうもあまり話が進まないまま残り1話となってしまっていて、このまま低調で終わりそう。「お気楽領主の楽しい領地防衛」は退屈な内容ではあるが楽しい作品なので、もしかしたら最終的にはこの2作品の順位は逆転するかも。