2026年春アニメのうち、5月15日深夜に録画して5月16日に視聴した作品は以下の3タイトルでした。
上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花

第6話を観ました。
今回は寮に新たにジンランという台湾からの留学生が入居するようになり、ぼたんといぶきがジンランを鍾乳洞に観光に連れていきますが、ジンランが暗いところや狭いところが苦手で途中でグロッキー状態となってしまい、いぶきが先に進んでしまっていたので、ぼたんがジンランを励まして何とか一緒に鍾乳洞を抜けて、出口で待ついぶきのもとに辿り着く。だがぼたんがジンランの手を繋いであげていたので、それを見たいぶきが嫉妬する。その後もジンランが外国人だからなのか距離感がちょっとおかしくてぼたんにベタベタするのでいぶきは気になって仕方ない。
そうしているとジンランが「お酒飲みに行きたい」と言い出し、ぼたんが「いぶきさんはお酒は呑みに行けない」と言ってお酒の誘い自体を流そうとしたところ、ジンランが「じゃあぼたんと2人で呑みましょう」とか言い出したので、いぶきがムキになって「私も行く」と言い出し、3人でお酒を呑みに行くことになった。しかしいぶきはコーラをオーダーして、ジンランはいぶきがぼたんとしか2人でお酒を呑まないと気付いて腹を立て、自分もぼたんと2人で酒を呑みたいと言い出した。それでいぶきはその場でビールを呑み、遂にぼたん以外の人の前で酒を呑みます。それでいぶきはもうとことん飲もうと思って、店の上の民泊に泊っていこうとぼたんを誘う。
ぼたんはいぶきと2人で泊ろうと誘われたのかと勘違いして意識しまくるが、ジンランが酔い潰れて3人で泊ることになる。もともといぶきは3人で泊るつもりだったので、ぼたんの勘違いだったわけだが、冷静に考えればそうではないと分かるのに、どうしてそんなふうに思ってしまったのだろうとぼたんは思う。そうして民泊に入ってジンランを布団に寝かしつけたところ、ジンランがぼたんに「いぶきが好き?」と問いかけて寝てしまう。その時、いぶきが後ろにやって来ており、ぼたんはジンランの問いに答えなかったが、いぶきの方に向き直り、言葉が出てこない。そしてぼたんは「飲み足りない」「いぶきさんとまだ飲みたい」と言っていぶきを誘って民泊の共用スペースでお酒を呑む。
そしていぶきは今日は久しぶりに他人と酒を呑んだと言い、ぼたんはいつも自分と飲んでいるはずだと言い返す。だがいぶきは「ぼたんは特別」だと言う。それに対して、ぼたんは自分がいつの間にか炭酸じゃなくてもお酒を呑むとゲップが出るようになったと報告して、「これで私たち、本当にお揃いですね」と言う。それを目を覚まして共用スペースにやってきていたジンランが聞いてしまい、ジンランは寝室に戻っていき1人で寝るのでした。そうしてぼたんといぶきは共用スペースのソファで2人で酔っぱらって手を繋いだまま眠って朝を迎えるのでした。そういうところで今回のお話は終わり、次回に続きます。
淡島百景

第6話を観ました。
今回は「淡島怪談」というサブタイトルで、淡島歌劇学校の「怪談」のお話。冒頭で「懐かしい」という声が聴こえて生徒が振り向くと、そこには誰もいないという出来事があったという話があり、それを聞いた別の生徒が「よくあるタイプの怪談だね」と言う。確かに「誰かの声が聴こえた気がして振り向くと、そこには誰もいない」というタイプの怪談はよくあります。そういう意味では確かに「よくあるタイプの怪談」といえますが、この淡島の場合は「懐かしい」という声が聴こえるという点が独特といえます。いや、別に淡島でなくても「懐かしい場所」は世界中どこにでもありますし、誰にでもそういう場所はあります。しかし、ここで使われている「懐かしい」という言葉は「幽霊が淡島を懐かしい場所だと言っている」という意味ではなく、もっと抽象的な意味があるのでしょう。
そうして本編が始まると、まず「堀内さん」と呼ばれる淡島の生徒が登場します。この「堀内さん」はこれまでのエピソードには登場しておらず、今回のエピソードでもそんなに出番は多くなくて、結局いつの時代のどういう生徒なのかハッキリしたことは分からず仕舞いでした。「怪談」のエピソードなので当初は「この子は実は実在しておらず幽霊なのではないか」なんて考えたりもしましたが、そういうわけでもなく実在の生徒のようですし、幽霊になったわけでもない。物語全体の中でも大して重要キャラでもないようで、どうやら今回のエピソードのために登場したキャラのようです。おそらく特定の意味合いのあるキャラではなく「淡島の生徒」を象徴するキャラとして描かれているようです。
この堀内さんはちょっとしたイジメを受けているようです。悪意のある生徒たちからパシリのように使われており、「学校は怪談の宝庫」などと言いながら堀内さんは「でも、私は生きている人間が一番怖い」と言う。その「怖さ」について堀内さんは「イジメっ子の悪意」ではなく、むしろ「昨日まで仲良しだった友達が突然に敵になったりする」ということを「怖い」と言っている。つまり「徹底的な悪」が怖いのではなく、「善が容易に悪に転じる人間というものの持つ恐ろしさ」こそが最も怖いのだと堀内さんは言っているのだ。そして、「幽霊よりもそうした人間性の持つ恐ろしさの方が怖い」と言っていることから、今回のエピソードの「怪談」というのが、幽霊の話ではなくて、そうした人間性の闇に関連する話なのだということがここで分かる。ただ、別にイジメ関連の恐ろしい話が描かれるわけではない。「人間の恐ろしさ」そのものがドロドロと描かれるわけではなく、むしろ幽霊のように儚くも美しい「生霊」といってもいい「想い」や「未練」や「過去への拘り」の話だといえる。
この後、場面は田畑若菜が予科生、竹原絹枝が本科生の時の淡島歌劇学校の文化祭の準備をしている場面となります。つまり2000年代のガラケー時代ということになりますが、「堀内さん」の場面との繋がりは曖昧になっており、「堀内さん」の場面だけは別の時代である可能性はあります。ただ、その後の「ピアノを弾く生徒の場面」は若菜や絹枝たちの文化祭の準備の場面と同じ時系列と思われます。但し、この場面に登場するピアノを弾く生徒は役名があるわけでもなく、このキャラ自体に特に意味は無いと思われる。それにしては随分と意味ありげに印象も強く描かれているのは不思議ですが、おそらくここで彼女が弾いている楽曲に意味があるのではないかと思います。
但し、楽曲名は明示されていないので「分からなくても今回のエピソードの解釈の妨げにはならない」という程度の位置づけだと思います。私はよほど有名な曲でもない限り、クラシック曲の一節を聴いただけで楽曲名を言い当てることは出来ませんので分からなかったのですが、分かる人には分かるのであり、それでいいのでしょう。おそらく今回のエピソードのテーマと関連のあるテーマの楽曲なのだろうと思いますが、この楽曲名が分からなければ今回のエピソードのテーマが汲み取れないとか、そこまでの重要ピースではないと思います。
そういうわけでピアノの場面はスルーして、文化祭の準備の場面に移ります。この淡島歌劇学校の文化祭は普通の学校のように秋ではなく真冬に行われます。そしてこの文化祭では本科生による「卒業公演」が行われます。つまり時期的には1月か2月ぐらいであり、本科生は卒業前の時期であり、予科生は入学からそろそろ1年経って本科生への進級前の時期ということになります。第1話で予科生として若菜が入学して、絹枝が本科生に進級して新寮長として若菜たちを出迎えた場面が描かれましたが、あれから今回は1年近くが経過した場面ということになります。
文化祭で上演される卒業公演は本科生が出演し、予科生たちは裏方を務め、衣装や小道具を作ったりします。演目は「ロミオとジュリエット」と決まり、主演のロミオ役は絹枝が務めることとなりました。そして絹枝は「ロミオとジュリエット」が自分が藤ヶ谷女学院の初等部で初めて演劇をやりロミオ役をやった時の演目であったのでその時にジュリエット役で共演した上田良子のことを思い出し、懐かしくなって電話します。
この絹枝と良子の話は第1話で描かれましたが、第1話を見れば絹枝が「思い出して電話した」というのは嘘だと分かる。絹枝は淡島に入学してからずっと良子のことを考えていたからです。「一緒に淡島に行こう」と誓い合っておきながら家庭の事情で断念した良子のことを絹枝は忘れたことなどなく「私だけが淡島に入った意味」について自問自答し続けてきた。そして卒業を迎えようとしている。その卒業公演は演目が「ロミオとジュリエット」であろうがなかろうが、どっちにしても良子には見て貰いたいと思っていたのだと思います。そうして絹枝は良子を誘い、良子は見に行くと言う。
ここで場面は変わり、卒業公演の裏方の手伝いをする予科生たちの中に若菜の級友の1人で伊福部という生徒が登場します。この伊福部は母親がかつて女優志望だったが、伊福部が淡島に入ることをあまり応援してくれず、むしろ足を引っ張るようなことが多くて、祖母や父親が応援してくれたので伊福部は淡島に入学できたのだという。この場面に「夢を叶える者ばかりじゃない」というモノローグが重なるので、おそらく伊福部の母親が女優になるという夢に挫折したのだということが分かる。
このモノローグが実は「堀内さん」のモノローグであり、続いて「ここは吹き溜まりだ」「夢と希望と絶望と妬みと嫉みと羨望と」「怪談が生まれる背景が少し分かった気がする」と堀内さんは言い「それでも私は生きている人間が一番怖い」とも言う。つまり淡島には光輝く才能が集まる一方で、その才能によって絶望させられ嫉妬と羨望にまみれて心を闇に染めていく者たちの吹き溜まりにもなるのだということです。堀内さんをイジメている淡島の生徒たちはそうした闇に落ちた者たちの成れの果てなのだ。そして、そのモノローグが伊福部の場面にもかかっているところを見ると、伊福部の母親も淡島で挫折して闇に落ちた人であり、それゆえに娘に嫉妬して足を引っ張っているということを暗示している。
ここで再び文化祭準備の場面に戻り、被服室に泊まり込むことになった予科生たちが学校で肝試しをして遊び始め、体育館でその歓声を聞いた本科生たちが面白がりますが、この本科生の中に前回の宗教2世のエピソードで大久保あさ美の同室の先輩として登場した大東先輩がいます。ここで大東が卒業後は淡島を辞めることが明かされます。そのことを惜しむ友人が「せっかく元気になったのに勿体ない」と言って涙を流し、大東は「辞める決心ついたから元気になったんだよ」と言う。
つまり、どうやら大東は病気だったわけではなく、何か精神的に追い詰められるようなことがあって淡島を辞めるのであり、辞めると決めたことによって精神的に楽になって元気になったようです。前回のエピソードは大東が本科生になって間もない頃の話でしたから、予科生の頃の大東は何か精神的に追い詰められていて元気がなかったのでしょう。そして本科生に上がる頃には「淡島を辞めよう」と決意していたのだと思われます。あさ美は「大東先輩は明るくて元気で良い人」と言っていたが、実はその笑顔の裏には辛いこともあったのです。そう見ると前回、あさ美の悩みを聞いた際に大東が「色んな悩みがあるよね」と言ったことも深い意味が込められていたのだと分かります。
予科生の頃に大東の身に何が起きたのか、ここでは明確には描かれません。ただ、そんな大東と友人の会話を絹枝が寂しげに見つめており、絹枝が第1話で若菜に「綺麗な世界じゃない」「辞めていく子もいる」「足の引っ張り合いよ」などと言っていることから、大東が何らかのイジメを受けて辞めることを決意し、それを寮長である絹枝も把握していた可能性は十分あるでしょう。そして絹枝は「同じ道を選んでも、違えてしまうことはある」と心の中で呟く。
良子とは同じ道を選べなかった。でも大東とは同じ道を選んだのに離れてしまうことになる。絹枝にとって「良子のことを考え続ける」ということが淡島歌劇学校における自分の意味を見出す方法であった。だがその淡島歌劇学校を卒業する自分は次は何を目指せばいいのだろうか。自分の存在する意味をどこに見出せばいいのだろうか。大東のような夢を挫折して去っていった仲間を思い続けることなのかもしれない。少なくとも「良子のことを考え続けること」でこれから淡島歌劇団に進んだ時の自分の意味を見出せるかというと、それは違うのではないかと絹枝は思った。
ここで場面は変わり、予科生が肝試しで騒いでいるのを叱りつけた伊吹先生に同僚教師が「そういえば淡島に怪談はありますか?」と尋ねると、伊吹先生は「ありますよ」と答えて「夢と挫折が詰まった場所ですから」と言い、自分もその1人だとも言う。そして、そんな場所だから「学校中に生霊がウヨウヨしてますよ」と伊吹先生は言う。そうした「生霊」が絹枝の背後にも現れて、絹枝はその気配を感じて振り返るが、そこには誰も居ない。堀内さんのモノローグや伊吹先生の言葉によれば、淡島の生霊というのはおそらく「光に嫉妬した挫折した魂が堕ちた亡霊」のようなものであり、それを絹枝は見たのだと思われる。しかし、そうした淡島の亡霊はどうして「懐かしい」と言うのだろうか。それがここから描かれる。
場面は変わって、淡島に入学する前の伊福部の実家の場面となります。ここで伊福部の母親は伊福部が淡島に行くことをあまり喜んでおらず「楽な世界じゃない」と言ったりするが、伊福部は「泣いて帰るかもしれないなんて逃げは打たない」とか言って、厳しい世界だと分かった上で果敢に挑戦する姿勢を示す。そんな伊福部に母親は「逃げ場はあった方がいい」と忠告する。一見すると娘を心配する普通の母親なんですが、あくまで前向きな娘に対して母親は急に「自分を追い込んでるようで、周りの人間を追い詰める」と意味の分からない非難をします。伊福部は母親が急に意味の分からないことを言うので戸惑い、母親も何かハッとした顔をして「何でもない」と黙り込む。
ここでこの伊福部の母親の過去回想シーンとなるのですが、やはり母親はかつて淡島歌劇学校の生徒でした。しかも彼女は旧姓は住吉といい、在学中は伊吹桂子の取り巻きの1人でした。第2話でも桂子と一緒に岡部恵美をイジメる場面で登場しています。この回想場面は岡部恵美が淡島を辞めて、その後、桂子が人望を失い孤立している時期が描かれます。この時期「住吉が自殺しようとした」という噂が学校内で流れて、友人の押上が住吉に事情を聞きに来る。
実際は住吉は自殺しようとはしていなかった。ただ「死にたくなった」と友人に言ったら、その友人が面白がって「自殺しようとしたらしい」と噂を流しただけらしい。友人の行為は酷いといえますが、住吉は自分の行為はもっと酷いのだと言う。住吉は桂子と一緒に岡部恵美をイジメて退学にまで追い込んだことで自分を責めていた。そしてまた、岡部恵美の件で桂子が人望を失うと住吉は桂子を裏切って無視して孤立に追いやった。そんな自分の醜さに絶望して「死にたくなった」と言ったら自殺しようとしたという噂まで流され、結局は住吉はその後すぐに淡島を辞めたのでした。
その後、結婚して伊福部姓となった住吉だが、娘に対して言った「自分を追い込んでるようで、周りの人間を追い詰める」という非難は、実は岡部恵美に向けたものであった。まぁ非難できる筋合いなんか無いのだが、要するに「岡部恵美のような毅然とした才能は自分のような平凡な人間を嫉妬に狂わせて闇に堕としてしまう」ということを言いたかったのでしょう。住吉は真っすぐ夢に向かおうとする自分の娘と岡部恵美を重ねて見てしまい、娘の身を案ずると同時に、嫉妬してしまっていたのだ。そしてそんな自分の醜い心を恥じた。
そのように「岡部恵美という圧倒的な光に嫉妬して闇に堕ちた」という罪は住吉だけでなく桂子も押上も同罪であった。押上の場合は積極的に岡部恵美をイジメてはいなかったが、イジメを知っていながら見て見ぬフリをしていた。その押上の心の奥底にもやはり岡部恵美への嫉妬はあった。だから押上は自分も同罪だと思っていた。その押上はこの絹枝や若菜の在学中の2000年代の現時点では淡島で予科生を教える講師をしており、伊福部は押上の教え子であった。そこで伊福部から彼女の母親が住吉であることを聞いた押上は伊福部の実家に電話して、住吉が淡島を辞めてから初めて住吉と喋った。
その電話で住吉は娘が淡島に通っていて、そんな娘に嫉妬する自分を自覚させられているのは「淡島から逃れられない罰」だと言った。それを聞いて押上は自分も同じ「罰」を自分に課しているからこうして淡島に残っているのだろうかと考える。そして同じように淡島で教鞭を執る桂子もまた自分に「罰」を与え続けているのだろうかと押上は考える。だが押上は文化祭が間近に迫ったある日の夜、校舎内で「懐かしい」という声を聴き、振り返ると誰もいなかった。桂子の言っていた「淡島の生霊」なのだと思った。「光に嫉妬して挫折して闇に堕ちた魂」だ。そんな彼女たちは「懐かしい」と言う。でも押上は自身もそんな醜い魂であるゆえに、彼女たちにとってこの淡島が決して「懐かしい」と思えるような場所ではないと知っていた。でも、それでも彼女たちは「懐かしい」と言う。
そうして文化祭当日、押上に誘われて文化祭にやってきた住吉は押上と再会する。住吉の顔を見た瞬間、押上は「懐かしい」という想いがこみ上げてボロボロ涙を流して再会を喜んだ。そして生霊たちの気持ちが分かったのだった。自分も彼女たちも決して赦されない罪を犯した。罰を受けるためにここに留まっているのかもしれない。でも、それでもやっぱり「懐かしい」と思ってしまうし、「懐かしい」と思いたいのだ。誰にでも他人に嫉妬してしまう側面はあるし、誰でも罪を犯す。そんな自分の醜さや罪を懐かしさと共に振り返る瞬間、淡島で人は過去の亡霊を見るのだ。そして再び前を向くのだ。そうした押上の涙の告白を承けて、住吉もまたこんな自分でも「懐かしい」と思っても良いのだと思い、少し救われた気持になったのでした。
卒業公演では「ロミオとジュリエット」が上演され、絹枝は見事にロミオ役を務め上げ、見に来てくれていた母や伯母の悦子らに祝福された後、良子と会って話をした。その際、絹枝は自分が淡島に入学してから2年間ずっと良子のことを考え続けてきたことを告白した。「一緒に淡島に入ると約束していたのに自分だけが淡島に入った意味」をずっと考えていたのだと。それは絹枝はずっと良子と一緒ではない「寂しさ」による行為だと思っていた。だが最近そうではなかったのだと気付いたのだと絹枝は打ち明ける。絹枝はあの文化祭前の練習中に「生霊」を見た時にそのことに気付いたのだ。
その「生霊」とは絹枝自身の醜い心でした。「光に嫉妬して闇に堕ちた魂」だった。絹枝は良子に同情していたのだ。自分は家族に応援されて淡島に入れたけど、良子はそうではなかった。それで良子のことを「可哀想だ」と思っていた。でも自分は淡島に入った後幸せだったかというと決してそんなことはなかった。足の引っ張り合いの醜い世界を生き抜き、卒業に際して大して感傷も無い。大東のことも特に何も思わなくなっていた。ただ舞台に立てばスイッチが入る、そういう世界の住人になったのだ。そんな自分が美しい世界で生きる良子を「可哀想だ」などと思うこと自体がエゴだった。きっと良子の正しさが眩しすぎて、自分は嫉妬していたのだと絹枝は認めたのです。そんな自分の醜さを赤裸々に打ち明けたことによって、絹枝は同時に心の底から良子との想い出も、淡島の思い出も「懐かしい」と思うことが出来た。そして前を向くことが出来た。
一方で良子も自分の醜い心を初めて絹枝に打ち明けることが出来た。そもそも「親の反対で淡島を受験できなかった」という話自体が嘘なのだ。本当は「絹枝そのものになりたい」という想いを抱いていた良子は絹枝に嫉妬しており、そんな自分の醜さに耐えられなくて絹枝から逃げたのだ。そんな自分のような人間のついた嘘を鵜呑みにした挙句に「私が傲慢だった」なんて言ってしまう絹枝の方が良子から見れば今でも光輝いて見えてしまい、やはり淡島に入学しなくて正解だったと良子は思った。きっとこんな美しい人の傍にいたら酷く嫉妬してしまっていたはずだからだ。そんな自分の醜い心を告白した良子もまた、絹枝との思い出を初めて心の底から「懐かしい」と思うことが出来て、ようやく前を向くことが出来た。それで良子は本心から「今日、来てよかった」と思えた。
そうして文化祭が終わった後、住吉は桂子と再会し、岡部恵美に関する罪を桂子1人に負わせ続けてしまったことを謝罪した。それに対して桂子は「謝る人はもう居ないのだからこんな謝罪は無意味」と返す。あくまで謝罪を受けるべきは岡部恵美であり、自分ではないというのが桂子の姿勢です。桂子はこうして自分の過去の醜さや罪と向き合いながら、だからこそ同じ過ちを繰り返さないために生徒たちという名の「未来」に向き合うことが出来るのだ。そうして最後は「堀内さん」がイジメっ子たちに「いい加減にしてくれない?」と毅然と言い返して走り出し「亡霊の声になんもう振り向かない」「よくあるタイプの怪談よ」というモノローグで前を向くというところで今回のお話は終わり、次回に続きます。
彼女、お借りします(第5期)

第54話を観ました。
今回はハワイアンズ旅行が終わって自宅である東京のアパートの部屋に戻ってきて2日目の和也が悶々としている場面から始まります。和也の頭の中は「水原とキスをした」ということで占められてしまっていました。確かに和也と千鶴はあのハワイアンズのプールサイドで2回もキスをしました。ただ、それはこれまでの嘘が皆にバレてしまって、千鶴が悪者だと思われないように和也が「最初は嘘だったけど今は本当に恋人同士」という新たな嘘をつき、その嘘に麻美が「本当ならキスして証明してみせて」と迫ってきたので和也が窮地に陥り、その和也を救うために千鶴がキスをしただけのことでした。
だから和也としては本来は「水原にまた迷惑をかけてしまった」と反省すべきところのはず。いや、レンタル彼女である千鶴に対してとんだ迷惑をかけたのは間違いないのは和也も分かっており反省はしているのだが、それはそれとして、あのキスに関して別の思考が和也の頭の中を支配するようになっていたのだ。それは「どうして水原はキスをしたのか?」という疑問であった。少なくともあの場面で和也は千鶴に「キスしてほしい」とは頼んでいない。あくまで千鶴が自発的にキスをした。そして、それは麻美の「恋人同士ならキスしてみせて」というリクエストに応えて恋人同士だと主張するためであった。
だが実際はあの場面は千鶴はキスをしなくても切り抜けることは出来た。というか、そもそも麻美の「恋人同士ならキスしてみせて」というリクエスト自体が実は自己矛盾になっているのです。麻美がそんなリクエストをした理由は和也の嘘を暴くためであいた。本当は恋人同士でではないからキス出来ないことを見越して、無理難題をぶつけて和也を追い詰めようとしていたのです。だが、実際は和也によって追い詰められていたのは麻美の方だったのです。
麻美は千鶴のことを「和也を誘惑して木ノ下家を食い物にしようとしている悪女」と皆に対して匂わせていた。それは麻美自身がそうした「嘘にまみれた人間」を嫌悪しており、そうした本来は自分自身の正体であるイメージを千鶴に投影していたからです。だが同時に麻美は千鶴と和也が健全な関係にあることも知っており、そこはあえて無視して千鶴への憎悪を募らせていた。そうした麻美の中の自己矛盾がこの場面で露呈してしまったといえます。
つまり麻美は千鶴を「和也を誘惑して骨抜きにした悪女」だと主張しておきながら、それを否定するために和也が「俺たちは恋人同士」と主張したのに対して「キスをして恋人同士だと証明してほしい」と要求してしまった。だが、もし麻美の言うように千鶴が和也を誘惑していたのだとするなら、平気でキスをして恋人同士のフリをするはずです。だから結果的には千鶴の行動は麻美の主張の裏付けになってしまうものであり、麻美の思うツボだったはずなのです。
しかし麻美は実際は和也と千鶴がキスをするような関係ではなかった(=千鶴は和也を誘惑していなかった)ということを知っていたので「どうせ出来ないだろう」と舐めてかかって「恋人同士ならキスしてみせて」と要求したのです。そうして千鶴が和也にキスした後、トイレで千鶴に向かって「アンタが和也くんを誘惑してたって証明された」とか喚いていますが、最初からそう思っていたのなら千鶴が和也にキスした瞬間にそう言えばよかったのです。そうすれば麻美にも勝機はあったはず。しかしそう出来なかったのは、そもそも麻美が千鶴が和也にキスするということを全く想定していなかったので慌ててしまい、更に和がアッサリと千鶴の説明に納得してしまったから手も足も出なくなってしまったからです。
じゃあ麻美は「恋人同士ならキスして証明してみせて」なんて言わなければ良かったのかというと、もし何も言わなかったらあのまま和也が嘘を主張したままあの場を逃げ切ってしまった可能性が高いので「千鶴を悪女に仕立てる」という麻美の目的は果たされなくなってしまう。だが和也の主張を崩すために「恋人同士ならキスして証明してみせて」と要求して、2人がキスをしなければ確かに和也の嘘を暴けるけれど、それは同時に「千鶴が和也を誘惑していなかったことの証明」にもなってしまい、麻美の「千鶴の悪女に仕立てる」という目的には反してしまう。
そのように考えると、実は和也が「俺たちは本当の恋人同士になっていた」というミエミエの嘘を言った時点で麻美は詰んでいたのです。和也がその嘘を言った時点でどっちに転んでも麻美は千鶴を悪女に仕立てあげることが出来なくなっていた、実に妙手であったといえます。但し、和也はどう転んでも嘘つきのレッテルを貼られて破滅必至でした。つまり和也と麻美が詰んで、千鶴だけが救われるという和也の自爆上等の妙手であったといえる。和也は「自分が破滅して千鶴が救われればそれでいい」と最初から覚悟を決めていたのだが、さすがに麻美がキスするよう要求してくるとは予想していなかったのでパニックになった。しかしそのままパニックになっているだけでも実は和也の目的は果たされ麻美の目的は潰えていたのです。
ところが千鶴がいきなり和也にキスをしたので、その瞬間、本来は無かったはずの「麻美の勝機」が生じてしまった。麻美がそこですかさず「ほら、こんなふうに平気で男を誘惑する女なんです」とでも言えば、千鶴を一気に悪女に仕立て上げることも出来た。だが麻美があまりの予想外の事態に慌ててしまい対応を誤って「よく見えなかったからもう1回キスしてみせて」「レンタル彼女だったらキスのフリぐらいするから」みたいなことを言ったので勝機を逃してしまった。本当は「レンタル彼女だったら平気で嘘のキスをする」とだけ言えばよかったのです。そうすれば麻美の勝ちでした。
つまり、千鶴が和也にキスをしたのは本当は「一番の悪手」だったのです。千鶴は「穏便に終わらせるためにキスするしかなかった」と言っていましたが、実際はあのキスによって更に事態は悪化しかねなかった。「キスするしかなかった」などということはなかった。実際はキスする以外にも穏便な解決法はいくらでもあった。そもそも麻美の「恋人同士ならキスしてみせて」という要求そのものがムチャクチャなのでいくらでも論破は可能でした。そもそも論破などせずとも、あの場では千鶴が何もせず突っ立っていれば、千鶴はむしろ悪女ではないことが証明される流れでした。
つまり千鶴は「穏便に済ますためにキスをした」なんて言っているが、それは真っ赤な嘘であり、キスなんかしても穏便に済む可能性は極めて低かった。全員が「キスなんか出来るわけがない」と思っていたので虚を突かれて、和が千鶴の隠語のメッセージを理解して場を収めたからたまたま上手くいっただけです。むしろ千鶴はあのまま黙って突っ立っていれば自分は無事に済んだ可能性が高かったのに、あえて悪手を選んで火中の栗を拾ったのです。どうしてそんなことをしたのかというと、それは和也だけに罪を被せて破滅させるわけにはいかないと思ったからです。その理由として「自分にも罪があると思ったから」とは言っていますが、結局のところ「和也を救うため」であったということになる。
和也は麻美の思惑までは把握していませんが、あの場の話の流れを考えると、千鶴が自分にキスをしたのはずいぶん危険な賭けであったということは後になって考えてみると分かってきた。そして千鶴にキスの理由を聞いた際に、それが結局は「自分を助けるためだった」ということも理解した。しかし、必ずしもキスしなくても済んだはずの場で、下手したら事態が悪化しかねないのに「和也を救うため」という理由だけでキスをするというのはどうも不自然に思えてくる。キスをそんな軽々しくするというのも変な話である。ただとにかく千鶴が和也を救うためにリスクを負うぐらいに和也に対して「優しい」というのは間違いない。だが、そこがどうも和也の理解していた現実と矛盾しているのです。
それはあのプールサイドのキス事件に先だって起きた「教会前での告白事件」のことです。和也はあの時、千鶴にフラれたと解釈していた。それは千鶴が和也が愛の告白をしようとしていることに気付いていながら走って逃げ去ったからです。だから和也は「よほど俺のことが嫌だったんだろう」と思い「フラれた」と判断した。しかし、その数時間後に千鶴は和也を救うために大きなリスクを引き受けて和也にキスをした。そうなると話は変わってくる。走って逃げ出したくなるぐらい嫌な男をそんなに必死になって救おうとするものだろうか?実際、千鶴はキスの後で「和也を救う意思があった」ということは認めている。逃げ出したくなるぐらい嫌いな男に普通そんなことは言わないだろう。
そうなると「走って逃げていったのは嫌だからなのではなかったのではないか」と和也は気付いた。よほど急いで行かねばならない用事があったのかもしれない。そういえばあの時、千鶴はやたらスマホを気にしていた。その上で「ごめん」と言って走り去っていった。和也はあの「ごめん」は「告白をお断りします」という意味の「ごめんなさい」だと思い込んでいたが、もしかしたら「告白の途中で立ち去るのが申し訳ない」という意味での「ごめん」だったのかもしれないと和也は思った。
実際は千鶴はあの時、麻美からの呼出を受けて焦って走っていったのだが、和也も麻美と千鶴の間で具体的に何があったか把握していないので、そこまでは分からない。ただ千鶴が何か別の用事でどうしても急いで行かねばならず、それで告白の返事をせずに「ごめん」と言って走り去ったのかもしれないということには気付いた。そして「そうなるとフラれたというわけではないのかもしれない」ということにも和也は気付いた。千鶴が告白の返事はせずにその場を離れただけだったと言うのなら、返事は「YES」なのか「NO」なのか分からない。
ただ、明快に「YES」というわけではないというのは和也も分かっていた。もし千鶴が和也の返事にOKしてすぐにでも付き合いたいと思っていたのなら、あの後プールサイドで会った時に「さっきの告白OKよ」と伝えてきたはず。だが実際は勝手にフラれたと思い込んでいた和也が「さっきの話は忘れて」「東京に戻ったら別れたということにする」と言ったのに対して千鶴は同意していた。そこだけ見れば、返事は「NO」だったように見える。でもその後、千鶴は和也を救うためにキスをした。とにかくキスをするというのは栗林も言っていたように普通じゃない。しかも冷静に考えればキスは千鶴にとって悪手だった。それでもキスをして和也を救ってくれた。そこにはやはり「好き」という気持ちがあったんじゃないかとも和也には思えてくる。
「YES」にように見えたり「NO」のように見えたり、なんだか千鶴の態度がハッキリしないようにも見えるが、和也にはそういう揺れ動く気持ちはよく理解できた。何故なら和也だって同じだったからだ。和也だって「レンタルで出会った相手を好きになって本当にいいのだろうか」という迷いはあった。仮とはいえリアルの彼女である瑠夏に対して申し訳ない気持ちも常に抱えている。だから「このまま水原を好きでいて良いんだろうか?」と常に迷っている。それでも千鶴のことがどうしても好きだから諦めきれず告白までやろうとしたのだ。
それならば千鶴だって同じなんじゃないかと和也は思った。千鶴だって「レンタル彼女が顧客を好きになっていいはずがない」と思っているだろうし、瑠夏に和也と付き合うように背を押しておきながらそれを裏切るようなことを出来るわけがないという想いもあるだろう。だから和也からの告白に簡単に「YES」なんて言えるはずがない。和也だって告白に対して千鶴が大喜びで応じてくれるなんて思っていない。仮に千鶴が自分のことを好きであったとしても「そんなこと言われても困る」と返してくることは想像できる。
だから告白の後でプールサイドで会った時に千鶴が明快な返事をせずにただ和也の決定を受け入れていただけだったのはむしろ自然なのであり、あれだけで告白の返事が「NO」だったと決めつけるのは早計だと和也は思った。むしろ、その後に千鶴がそうした迷いが当然ある中で、しかも瑠夏が見ている目の前でキスをしたということの方が重要だと和也は思う。それは和也自身が散々迷いながらも「それでも水原が好きだから」という想いで告白しようとしたのと同じで、千鶴も散々迷いながら「それでも好きだから」という想いがあったからキスをしたのではないかと思えるからです。
もしそうであったのならば千鶴の告白への返事は本心では「YES」だったのかもしれない。ただそれを堂々と言えない立場だから曖昧なままにしていたところ、和也の方から関係終了を持ち掛けてきたので仕方なくそれを承諾したのだが、突発的にああいう修羅場になってしまい、千鶴は和也を救うために思わずキスをしてしまった。そう解釈した和也は「それならばあのキスで水原は告白の返事をしたつもりなのかもしれない」と考えた。
そういえば和也はあのキスの直前にもオイオイ泣きながら千鶴のことが大好きだとか告白していた。あれは千鶴を救おうとしてあえて言っていたセリフだが、本心でもあった。それで「もしかしたら水原はあの告白にも応えてキスしてくれたのかもしれない」と和也には思えた。また、キスの後で和也と千鶴が話をした際に今後の方針についても話をしたが、千鶴は関係終了については曖昧にしていた。和也はプールサイドでのキスの前には「東京に戻ったらすぐに終わりにしよう」と言っていたのだが、キスの後では千鶴は「すぐに別れない方が穏便だと思う」とか言って、しばらくは関係を終わらせず結論を先送りにするよう提案してきた。それはもしかしたら千鶴が「関係を終わらせたくない」と思っているというサインなのかもしれない。
もしそうだとすると、もしかしたら千鶴は和也に「告白の返事はYESだと伝えたつもり」でいるのかもしれない。そういう可能性がある以上、すぐに千鶴に確認しなければいけないと和也は思った。もし和也の想像した通りだとすると、むしろ和也の方が告白しようとしたり、勝手に関係を終わらせようとしたり、また好きだと言って泣いたりして、千鶴を困惑させてばかりであるように思えた。千鶴の方はしっかりキスで想いを伝えてくれたのに、自分はコロコロ態度が変わってしまい、むしろ千鶴を困惑させてしまっている。これはマズいと思って和也は千鶴にすぐにでも改めて告白しなければいけないと思った。
だが、それらは全て「千鶴が告白されたと自覚している」というのが大前提です。あの教会前の場面で和也は「好きだ」とか「付き合ってほしい」なんて一言も口にしていない。和也がそういうことを言おうとしたら千鶴が「あなた、何か言おうとしてるでしょ?」と警戒する様子を見せた。だから和也は「水原は告白に気付いた=俺が水原を好きだと気付かれた=実質的に告白したのと同じ」だと解釈したのだ。だが千鶴が想像していた「何か」が告白ではなく別の何かだったとすると話は全く違ってくる。単に急ぐ用事があった千鶴が込み入った話をされること全般に抵抗があっただけかもしれないのだ。
もしそうだとすると、千鶴は告白されたという自覚は無い。だからあのキスは「告白への返事」の意味合いは無くて、単に「お人よしの千鶴が和也が困っているから助け舟を出しただけ」という可能性もある。その場合はもちろん千鶴には和也への恋愛感情などは無く、今後のことも「とにかく穏便に収まったから別れたという形で終息するまで機会を待とう」というレンタル彼女としてだけの姿勢なのかもしれない。そんな状況の千鶴に「俺を好きだからあのキスをしたのか?」なんていきなり問い質したりしたり、改めて告白なんてしたら気持ち悪い勘違い男だと呆れられて軽蔑されてしまう。
だが、さすがに恋愛感情無しでキスをするものだろうかという疑問は残る。キスまでしている以上、告白されたという自覚が無かったとしても、やはり「好き」という感情はあるんじゃないかと和也は思った。しかし、以前にも人工呼吸でキスしたこともあるし、瑠夏に求められてキスのフリをしたこともある。千鶴は時々とんでもなく大胆な行動に出ることはある。全般的に何を考えてるか分からないところがあるので和也もワケが分からなくなってくる。
そもそもハワイアンズ旅行を終えて皆で上野で解散した時も、和也と千鶴が2人きりになった場面があったのだが、千鶴はあまりにも素っ気なかった。瑠夏が乱入してきてあのキスの件で千鶴に抗議して「私は傷つきました」「千鶴さんはレンタル彼女という立場を弁えるべき」などとかなりキツいことを言って、和也は自分が悪いのであって千鶴の行動は自分を救うための行動だったのだからと言って瑠夏を宥めたのだが、当の千鶴は冷静すぎるぐらい素っ気なく、瑠夏のかなり挑発的な言葉に対しても無反応で帰っていった。あの冷静な態度を見る限り、千鶴は全くいつも通りであった。そうなると千鶴が自分へ恋愛感情を向けているとはやはり和也には思えなかった。
ただ、あまりに「いつも通り」だったというのも違和感はあった。あれだけ色んなことがあったのに、千鶴はあまりにも「いつも通り」すぎた。それはちょっと不自然に思えた。もしかしたら本心を隠すために「いつも通り」を装っていたのかもしれない。ただ千鶴が本心を隠す理由は分からない。やはり分からないことだらけだ。ただ、少なくとも自分はあれだけのことがあった以上は千鶴のように「いつも通り」でいることは不自然だと思うし無理だと和也は思った。「会いたい」「会って声を聴きたい」「話をしたい」と思って何も悪いとは思えなかった。そうして和也は、改めて告白するのは失敗が怖くて出来そうにないが、せめて顔を合わせて喋ってみて千鶴の様子を探りたいという結論に達したのでした。
そこで和也は自分の部屋の郵便受けに間違って投函されていた千鶴宛てのヨガ店の無料体験を勧めるDMを持って千鶴の部屋のドアの前に行った。そんなもの普通は届ける必要なんか無いものであったが、それを届けることで会話のきっかけにしたいという考えであった。まだ朝の9時台であったし、まだ大学に行っておらず在宅しているはずだと思って玄関のチャイムを押してみる。しかし何の反応も無いので再度チャイムを押してみるが、やはり反応は無い。それで和也は「朝早くから出かけて留守なのか」と思って出直そうとした。ところがそうして和也が自分の部屋に戻りかけた瞬間、千鶴の部屋の中から物音が聴こえた。
実は千鶴は在宅していた。そしてチャイムが鳴ったのでドアまで言って覗き穴から外を見たら和也が立っているのが見えたのでそのまま息をひそめて居留守を決め込んでいたのです。ところが物音を立ててしまい和也に聴かれてしまい焦っていた。どうして千鶴が居留守なんて使っていたのかというと、前回見たようにあのキスで和也をますます意識するようになってしまったので和也と顔を合わせたくなかったからでした。千鶴は一貫して「本気で恋愛できる自信が無い」という状態なので、和也から告白された上にキスまでしてしまい、このままズルズル和也と恋愛関係になってしまいそうな今の状態を受け止めきれない。だから和也と接触しないようにすることにしているようです。上野で素っ気なかったのもそれが理由でした。
和也は千鶴の部屋から物音がしたのが聴こえたので、確認しようとしてもう1回チャイムを鳴らすが、やはり何の反応も無い。これ以上チャイムを鳴らすのはしつこいし、ドア越しに呼びかけたりするのは怒らせるかもしれないので出来ず、結局は和也は「物音が聴こえたのは気のせいだったのだろう」と納得して自分の部屋に引き返すことにした。しかし部屋に戻ると「やっぱり部屋に居たような気がする」と気になってくる。そして「もし部屋に居て反応しなかったのなら居留守を使われたことになる」と考え、居留守を使われるぐらい嫌われるようなことをしたのだろうかと苦悩する。
上野で別れるまで千鶴は普通すぎるぐらい普通に接してくれていたし、その後は全く接触していない。だからいきなり居留守を使われるほど嫌われる理由に和也は心当たりが無かった。そうなるとどうしてもあのキスが原因なのではないかと考えてしまう。千鶴は和也のことを全く好きではなくて、それなのにキスするしかないような状況に追い詰められてキスする羽目になり、すごく怒っているのかもしれない。キスの後で事情を聞いた時は何か優しいことを言っていたけど内心は激怒していたのかもしれない。もしそうなら罪悪感で死にそうだと和也は落ち込む。
ただ、それでも千鶴のことを諦められない和也は千鶴が怒っていないことを確かめるためにスマホを手に取って、千鶴にヨガ店のDMの件でメッセージを送る。別に「会いたい」とか「話したい」というのではなく「ポストに入れとけばいい?」というだけの文面であり、千鶴の反応を確かめるためだけの送信であった。それでも送信するだけでもかなりの勇気を振り絞ったのだが、何とか送ることが出来た。
千鶴が朝から出かけているぐらい忙しいのであればすぐに既読がつくことはないだろうと思っていたら、既読はすぐについた。和也はそれを見て「水原ヒマなのか?」「やっぱり部屋に居るのか?」と思う。もし部屋に居るのなら居留守を使われたことが確定となる。「いや、出先でたまたまスマホを覗いただけだろう」とその最悪の想定を必死で打ち消す和也であったが、その簡単に返信できそうな和也からのメッセージに対して千鶴からの返信は一切無かった。思いっ切り既読スルーされてしまったのだ。これで和也はもう完全に「やっぱり水原は怒ってるんだ」と思ってしまうことになった。
実は千鶴の方は和也からのメッセージをつい開いてしまい、既読がついたので返信をしようとしていたのだが、どうしても返信できないまま時間が過ぎていった。「うん了解、わざわざありがとう」で済む簡単な返信だったのだが、そうやって返信することで和也に「会いたい」とか「話したい」と言われてしまうことを警戒して返信が出来なかったのだ。
しかし、こんな簡単なメッセージに対して既読スルーしてしまえば和也を疑心暗鬼にさせてしまい事態が更に悪化しかねないことは千鶴も分かっていた。何せ隣の部屋に住んでいるのだからいつ顔を合わせるか分からない。それに結局は「まだ恋人同士という嘘は継続」ということになっているので、いつまた和也の祖母の和からお呼びがかかるかも分からない。だから「いつまでもこうして逃げ続けることは出来ないだろう」と千鶴も覚悟はしていた。
ところが意外なことにこんな状態が3ヶ月も続いた。意外なことに和也が再び部屋の前で玄関のチャイムを鳴らすこともなかった。スマホでメッセージを送ってくることも無かった。部屋の外で会うこともなかったし、大学で姿を見かけることもなかった。ただ何度か事務所を通じてレンタルの申し込みはあったので和也が生きているのは確認できた。もちろんレンタルの依頼は事務所を介して断ったので和也とは仕事でも会っていないが、そんな避けるようなことを繰り返せばますます和也を精神的に追い詰めてしまいそうだとは千鶴も分かっていた。それでも和也からは何ら接触してくることはなく、そうして3ヶ月が経過してしまい、千鶴は「和也のことだからかなり落ち込んでいるのだろう」と申し訳なく思ったが、もう今さらどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
そうして3ヶ月が経過した頃、和也はアパートの部屋に引きこもって腐りきっていた。千鶴があのキスの件で激怒していると思い込んだ和也は恐ろしくて千鶴と顔を合わせるのを避けてあまり部屋の外に出ないようになり、もちろん千鶴の部屋のチャイムを鳴らすこともなく、メッセージを送ることもなかった。大学でも千鶴の活動範囲は徹底的に避けて過ごした。それでもレンタルの申し込みはダメ元で千鶴の反応を確かめる意味で何度かやってみたが、悉く断られてしまった。
また、祖母の和から「千鶴さんを連れてこい」などという呼び出しがかかることを恐れていたが、そういう呼び出しは無かった。実際は和はあのハワイアンズの一件で和也と千鶴が偽の恋人同士だと見抜いており、成り行きは2人に任せようと心に決めているので余計な介入はしないことにしているのだが、和也も千鶴もそんなことは知らないので和の動きを警戒はしていた。だが和からの誘いも無く平穏に日々は過ぎていくことになったのだ。
本来なら「ハワイアンズ旅行から帰ったら頃合いを見て穏便な形で別れたことにして木ノ下家には伝えよう」と和也と千鶴は方針を決めていたはずなのだが、もはやそれどころではない状況となって3ヶ月が経過してしまった。そうして和也はゴミ部屋のようになった自室ですっかり落ちぶれていたのだが、そんな和也の部屋に八重森が訪ねてきた。そういえば隣室の八重森もこの3ヶ月全く姿を見せていなかったが、どうやらこの1ヶ月ほどはインド旅行に行っていたらしい。
それでインド土産を持って和也の部屋を訪ねたところ、和也がとんでもない状況になっているので驚いて部屋に入って和也に事情を聞き、ハワイアンズ旅行で和也と千鶴がキスをしたと聞いて驚愕する。和也は「麻美ちゃんにキスを迫られて水原は俺を救うためにキスしてくれただけであって、好きでキスをしたわけじゃない」と説明したが、八重森は「バカ!」と思いっ切り和也にダメ出しする。そして「水原さんが何の特別な想いもなくキスしたっていうんですか?」と和也を問い詰める。
八重森は何度も千鶴と会話をして、一緒に映画制作も手伝ったりして、千鶴の人柄は知っている。生真面目すぎるぐらい真面目な女性だということを知っている。特に恋愛に関しては真面目であったはずだ。だからこそレンタル彼女にもポリシーをもって取り組んでいるはずだった。そんな千鶴がその場を切り抜けるためだけに好きでもない相手にキスをするとは到底思えなかった。それは和也も承知していることだから、八重森にそう説かれると納得するしかなかった。
きっと千鶴は和也に対して「好き」という想いがあったからこそキスしたはずだと八重森は歓喜します。しかし、それならどうしてこんなに和也が腐ったままなのかと八重森は不思議に思う。それで事情を聞くと和也は「もう3ヶ月も連絡が無い」「もう嫌われたに決まってる」と言うので八重森は愕然とする。意味が分からなかった。八重森の知る千鶴という女性がそんな不義理なことをするとも思えなかった。しかし実際そうなっている。理由を考えても何も思いつかなかった。ただ、それでも和也が告白をした上で千鶴がキスをしている以上、2人はもはや普通ではない特別な関係であるのは間違いない。だから千鶴が3ヶ月も連絡が無いのも何か「特別な理由」があるに違いない。そう言って八重森は和也を励ますのだが、和也はすっかり自信を無くしてしまって「俺にはもう無理!」と言って再び引きこもってしまった。そして自分の行動はストーカーそのものだと自己卑下してしまうのであった。
八重森の方はこうなったら千鶴に直接事情を聞こうと思って千鶴の部屋のチャイムを押してみるが反応は無い。自分は和也の一味だと思われて警戒されて居留守を使われているのかもしれないと思い、もしそうだとすると本当に千鶴が和也を嫌っているのかもしれないと、さすがに八重森もちょっと弱気になる。とにかく3ヶ月も放置というのは長すぎる。千鶴という人がそんな酷いことをするとは思えないだけに、実際に理由も分からずそうなっている以上「そこまで和也のことを嫌う事情があるのかもしれない」と八重森もマイナス思考になってしまう。
ところが、そんなふうにちょっと凹んで八重森がアパートを出てコンビニに行こうとしたところ、ちょうど帰宅してきた千鶴と鉢合わせした。お互いに驚いで顔を見合わすが、八重森は千鶴が自分を避けて逃げ出すんじゃないかと思って、焦って千鶴に抱き着いて引き留める。しかし意外にも千鶴は八重森をすんなり自分の部屋に招いてくれた。八重森はもしかして和也の一味だと思われていないのかもしれないと思い、探りを入れてみると、千鶴はあっさり「一味だと思ってる」と言い、同時に「でも、貴方を拒絶する理由なんて無い」とも言う。
つまり、千鶴は和也のことも警戒はしていないし嫌ってもいないということだと八重森は理解した。それを確認するために思い切って和也が落ち込んでいることを伝えると、千鶴は「言い訳するつもりはない」「悪いと思ってる」と言う。これで和也が危惧するように「水原が俺を嫌っている」という状況ではないということは確定し、八重森は安堵します。だが、そうなると「どうして悪いと思いながら和也と距離を置いているのか?」の理由が分からない。それで八重森は和也から詳細な事情は聞いていることを伝えた上で「どうして距離を置いてるんですか?」と千鶴に尋ねる。
それに対して千鶴は「あの状況でキスをしたこと自体は後悔していない」「正しい選択だったと思う」と前置きした上で、それでも、ああいう状況にしてしまった原因は自分が和也のためにならない間違った行動を積み重ねた結果なのだと言う。千鶴は八重森が「キスをしたということは好きということであり、好きなら距離を置くべきじゃない」と言いたいのだろうということは理解している。だが、そんな単純な話ではないのだと説いているのです。
「あのキスはあくまで仕事の一環」「和也を助けるためだけのキスだった」なんて言い訳は八重森には通じないことは千鶴も分かっている。千鶴自身「そんなわけがない」ということも分かっている。「あのキスには自分なりの特別な想いは確かにあった」ということは千鶴も認めている。和也の前でそれを認める気は無いが、八重森にはどうせ誤魔化せないだろうし正直に白状してもいいと思っている。ただ、それでもやはり「距離を置くべきだ」と千鶴は思っている。それは、「あのような場」でキスをせざるを得ない状況を作ってしまったのは、千鶴自身が過ちを繰り返してきた結果だからだ。そうした自分の数々の罪に目をつぶって「愛のあるキスをしたから幸せになります」なんて言うのはあまりに厚顔無恥というものだと千鶴は主張している。
だが八重森はそんな説明では納得できなかった。八重森はおそらく千鶴がこれまで周囲に嘘をついてきたことや自身がレンタル彼女だという漠然とした罪悪感の話をしているのだと思い、そんな漠然とした罪悪感では和也と距離を置く理由にはならないと思った。罪を償うならば別の方法があるはずであり、和也と距離を置いても意味は無いと思えたのでした。それに家族への不義理につういては今回の騒動でむしろほとんど結果的に解消したはずであり、もうそこまで千鶴が深く罪悪感を抱える必要は無いように思えた。そのことを八重森が指摘したところ、千鶴は「瑠夏ちゃんを深く傷つけてしまった」と言う。
千鶴がここで罪悪感を感じている相手は瑠夏だったのです。今回のハワイアンズでもあのキスをした後、瑠夏にトイレで激しく抗議され、上野駅でも厳しく詰られた。あれは実は千鶴にはかなり堪えていたのです。千鶴は確かにこれまで自分たちが積み重ねてきた嘘や不義理の大部分は今回のハワイアンズの騒動で多くは解消されたと感じてはいた。だが瑠夏に対して犯した罪だけは全く解消されずに残っている。
もともと「和也と付き合いなさい」と瑠夏の背を押したのは千鶴であった。そして瑠夏は和也に対して真っすぐ「恋」をしている。それなのに自分は「恋」なのかどうかも曖昧な想いで和也との馴れ合いのような関係をズルズルと続けて瑠夏を傷つけ続けた。それが千鶴の自覚する「罪」であった。その挙句に瑠夏の目の前で和也とキスまでしてしまい、瑠夏を深く傷つけた。そんな自分が「キスをしたから和也と恋人になります」なんて言えるわけがない。瑠夏の求めるように和也とは距離を置くべきだ。このまま今までの関係を続けてもズルズルときっと和也との距離が縮んで瑠夏を傷つけてしまう。だから和也と距離を置いているのであり、これは全て自分の責任なのであり和也は悪くない。だからそのせいで和也が落ち込んでいるのだとすれば「申し訳ない」と言うしかないが、だからといって瑠夏のためにも和也と会うわけにはいかないのだと千鶴は思っている。
そうした千鶴の説明を聞いて、八重森は確かに瑠夏は気の毒だと思った。そして千鶴が瑠夏に対して申し訳なく思っていることも理解できたし、千鶴がそういう優しい女性だということも分かっていた。また、八重森はこれまで頑なに和也への恋心を否定し続けた千鶴がほぼ恋心を認めていることにも驚いていたが、これまであれほど頑なに恋心を否定していた理由が「瑠夏への義理立て」であったことも理解出来た。
ただ、それでもやはりどうも腑に落ちないところを八重森は感じていた。千鶴は頑なに「恋かどうか分からない」と言うが、八重森から見れば千鶴の和也への想いは立派に「恋」だと思えた。千鶴は「どうして瑠夏ちゃんの目の前で和也にキスをしてしまったのか分からない」と言って自分を責めているが、それが絶対にやってはいけないことだと分かっていながら一線を超えてしまうのが「恋」というものなのだと八重森は思った。だからやっぱり千鶴の想いも「恋」なのだ。
普通は恋に落ちてしまうと、恋仇に譲ろうなどとは思えなくなるものです。それでも譲らざるを得なくなる場合ももちろんある。千鶴がそういうニュアンスで瑠夏に譲ろうとしているのならそれは別にいい。「瑠夏の方が和也の恋人に相応しいから断腸の思いで和也を譲る」というのならそれでいい。しかし千鶴の物言いを聞いていると「私の恋は本物じゃないから瑠夏に譲る」という感じです。つまり「自分の恋心に自信が持てない」という自分の心の弱さから逃げるために「瑠夏の恋は本物」とか言って和也と向き合うことを避けようとしているように見える。
そう考えるとこれまでの千鶴の言動が全て辻褄が合ってくるように八重森には感じられた。和也への恋心をずっと頑なに認めようとしなかったのも、そうした「自分の恋心への自信の無さ」を他人に知られるのを恐れていたからであり、「レンタル彼女だからお客とは付き合えない」「そんな資格はない」なんて言っていたのも「自分の恋心への自信の無さ」と向き合うことから逃げるための方便だったように思える。そう気付いた八重森は千鶴にそのことを指摘すると、勇気を出して心の弱さを乗り越えて告白をした和也に対して、そんなことを理由にして逃げるのは間違っていると言い、和也の想いに向き合ってほしいと千鶴に懇願する。そうして八重森は帰っていき、千鶴がそれに心動かされて何かを決意した場面で今回のお話は終わり、次回に続きます。