岩保木(いわほぎ)たそがれラン
連休の中日に合間ができて走ってきました。過去に何回か走っている新釧路川を川上に向かって土手を走っていって、岩保木山とい うところを右折し、国道に入ってぐるっと回って帰宅するというコースです。
午後5時に出発したので、途中ですっかり黄昏れて、岩保木あたりから真っ暗でした。したがって、怖くてスピードが速くなりました。
途中、10メートル先くらいにゴミ袋が転がっていると思ったら、猫がこっちをみてたたずんでいました。これには心臓が止まるほどびっくりしました。だって、四方数キロに人家はなく、街灯もない、お先真っ暗なところですよ。勘弁して欲しかった。
ようやく国道に入り、街灯の下、ふみぞの湯までひた走り、24.5キロのひさしぶりのランをして終了しました。
帰ってからはアイスとエビスでどろどろ状態になりました。
午後5時に出発したので、途中ですっかり黄昏れて、岩保木あたりから真っ暗でした。したがって、怖くてスピードが速くなりました。
途中、10メートル先くらいにゴミ袋が転がっていると思ったら、猫がこっちをみてたたずんでいました。これには心臓が止まるほどびっくりしました。だって、四方数キロに人家はなく、街灯もない、お先真っ暗なところですよ。勘弁して欲しかった。
ようやく国道に入り、街灯の下、ふみぞの湯までひた走り、24.5キロのひさしぶりのランをして終了しました。
帰ってからはアイスとエビスでどろどろ状態になりました。
北海道マラソン完走記 3
今回は一気に午前1時まで書き続けました。長編になりましたので、とばし読みしてください。
実はレース中のことは正直なところコース場での出来事があまり思い出せないんです。とりあえずガーミンのラップを書きますと、
1キロ 5:06
2キロ 5:18
3キロ 5:13
4キロ 4:59
5キロ 5:18
6キロ 5:03
7キロ 5:06
8キロ 5:00
9キロ 5:05
10キロ 5:53
11キロ 5:08
12キロ 5:03
13キロ 5:15
14キロ 5:04
15キロ 5:12
16キロ 5:16
17キロ 5:26
18キロ 5:16
19キロ 5:22
20キロ 5:23
21キロ 5:54
22キロ 5:20
23キロ 5:41
24キロ 5:28
25キロ 5:35
26キロ 5:44
27キロ 5:39
28キロ 5:42
29キロ 5:45
30キロ 5:58
31キロ 5:40
32キロ 5:43
33キロ 6:13
34キロ 5:41
35キロ 5:48
36キロ 6:30
37キロ 5:27
38キロ 6:39
39キロ 6:13
40キロ 5:00
41キロ 4:02
42キロ 9:15
ゴールタイムは、3時間58分52秒。
スタート直後の気温は29度。その後も上昇し32度くらいになったらしい。まったく夏のマラソン。いつもの北海道マラソンとなりました。
だけど救われたのが今回の給水でした。十分くらい水がありました。これには本当に助かりました。飲みまくり、かけまくりました。途中から完全にずぶぬれ状態でした。ウエアも髪もシューズもべちゃべちゃになりくらいだったので、途中でウエストポーチに入れていたペットボトルいっぱいの水を捨てました。
前半の中の島通、平岸通は磯ピーさんと併走しました。そして、私の近くには常にどらえもんのかぶりものをしたランナーがいたので、子供達に大ウケでした。磯ピーさんには私が水をとれなかったときには2つとってくれて1つを私にくれました。涙がでそうなくらいありがたかったです。あの後フェアウエルパーティでもお礼を言えなかったのでブログ上でお礼を述べさせていただきます。ありがとうございました。
そんなこんなで10キロ地点を通過。52分41秒。
北海学園の前を通過したときには両親に応援してもらうのにはこの地下鉄の所も便利かもしれないと思いつつ通過し、そして両親が待っている地下鉄菊水駅近辺に辿り着きました。おお、2人があちこちに目をやりながら私を捜しています。父は昨日お願いしていた1本のバナナを右手にしっかりと握りしめています。暑いのに本当に申し訳ない想いでいっぱいになりました。私は両親の目の前を通過して大きな声で呼びかけましたが、残念ながらまったく検討違いのところを見ていました。
さらに左に曲がって一条大橋の15キロ地点手前でおまちゃさんと会いました。コンスタントな足取りは確かなゴールへの兆しを見せていたので、そのときにはまさかリタイヤとなるとは思いもしませんでした。
その後、試走会のときに立ち寄った小公園でトイレに駆け込みました。走っている途中にトイレにはいることは珍しいので、よほど水を飲みすぎたようでした。何せ昨年は水がなくて本当に乾ききったので今回は水がある内にせっせと飲んでしまいました。
あいかわらず身体は本調子ではありませんでした。
そのまま延々と北上しました。このまっすぐコースもけっこう辛いものがありました。そして北24条の通りへ左折し、いよいよ20キロ地点に入ります。
そこは昨年リタイヤした20キロ地点。
ああ、こんなところだったかなあと思いながら通過しました。1時間45分41秒。
そして、しばらく行くと右折します。高速道路の下をくぐるまでの間で向こうから女性ランナーが来ます。弘山選手ではと思いましたが違いました。きっと2位になった小林選手だったようです。しばらくして弘山選手が来ました。すれ違う瞬間に「弘山選手がんばれ~」と叫びました。まだ、自分にも余力があったようです。
そして高架下をくぐって左折しとうとう忍耐の1本道です。稲積橋に向かう左折するところまでは見えないくらい遙かかなたでした。カナパパさんとはこのあたりであったんでしょうか。声をかけたようですが、カナパパさんも私同様かなりグロッキー状態だったようでした。
やっと左折し、稲積橋へ、あのささやかな坂が本当に辛く感じました。第2折り返しを過ぎたあたりにちかたんさんが「カナダさん、がんば~」と声をかけてくれました。本当に力になりました。瞬間よたって隣のランナーにぶつかったけど・・・。そのうち後方では、終末車からナンバーが読まれて歩道にあがるように指示していました。おおおお~まずいまずいと逆に力になりました。そして稲積橋の帰りの登り坂を下りると30キロ地点です。
ようやくここまで来ました。あのときあと12キロちょっとだ。もう絶対リタイヤはできないと心に誓いました。2時間42分1秒。
そして、またまた帰りの直線コース。ここはじろーさんたちと試走会をしたときにも話していましたが、ただひたすら忍耐あるのみ。ここを過ぎて高架下をくぐればもう少しで35キロの関門だと噛みしめながら走りました。高架下を何とかくぐりました。この辺だったでしょうか。楽走のシュウさんと会ったのは。シュウさんは足を痙攣したかでかなりダメージを受けていました。しばらく併走していきました。そして、35キロの関門をクリアし、あと7キロちょっと。ふんばれ~。水を浴びながら走りましたが、ちょうど35キロを過ぎて左折したあたりで立ち止まって屈みこんでしまいました。その姿を見た方から「ねっとらん、ガンバレ~」と声をかけてもらいました。それがまた力になりました。本当にありがたく思いました。
そのころ、後ろから女性に声をかけられました。みっちいさんでした。颯爽と風のように去っていきました。本当に調子がよかったようです。その笑顔をみせていただきまた頑張れました。みんなにチカラを貰って走っていると、このころから感じ始めました。一人じゃない。ランナー、ボランティアのみんな、応援してくれている方々。本当にたくさんのみなさんに支えられて走っていることを痛感しました。それでも、また、とぼとぼと走り始めましたけど。
また、歩いたりしてかがみ込んでいたら、後ろからまた女性が来ました。「カナダさん、行くよ~!!」そう、永遠のランパートナーであるトン子さんがこれまた颯爽と走ってきました。サロマの再現かと、ここは私も一踏ん張りです。しばらく併走しました。そんなとき、37キロ地点くらいで旗をもって応援してくれている方がいます。Kuriさんでした。すっかり着替えもすませて、完全に応援モードになっていました。あとで聞いたら15キロ地点くらいでさっさとリタイヤしたそうでした。そんなこともありつつ、トン子さんとは併走していましたが、今回は最後までは着いていけませんでした。流石月間500キロ超走者の底力は違います。まざまざと見させていただきました。そんなわけでトン子さんに先に行ってと言い残してがっくりまたしても歩きになってしまいました。
しばらく走っていくとマチなかに入ってきました。おお、とうとうここまできたぞ~、札幌の中心部でした。三越の前にはすごい応援でした。そこには菊水で私を見つけられなかった両親がいたそうですが、またしても見つけられませんでした。
そして大通沿いの40キロ関門手前で、またしても女性に声をかけられました。そよ風さんでした。ご主人といっしょに応援に来てくれていたのです。ジュースをいただきました。すっかり飲み干してしまい、すみませんでした。梅干しももらって最後のけいれんを免れたようです。
多くのみなさんに応援してもらって、そして、40キロの関門です。3時間42分34秒。
あとはビクトリーロードへまっしぐら中島公園へ向かいます。40キロ関門後にスタッフの方につい、「もう関門ははないですよね。」と確認してしまいました。スタッフの方はにっこりと「ないよ。」と教えてくれました。そこからはすっかりジョグ状態になり、のんびりと周りを見物しながら走ってしまいました。そうしたら、sibaさんがいました。足を痛めたようで全然はしれないといってました。もうゆっくりゴールに向かうからというのを聞きながら先に行かせて貰いました。
そして、とうとう中島公園への入り口。ビクトリロードです。周りからはもうすぐゴールだよ、ガンバレ~、と声援を贈ってくれます。そしてなんどかのクネクネカーブをやり過ごしてとうとうゴールが見えました。最後はほんのちょっと頑張って、サングラスもはずして笑顔でゴール。
完走!!
本当にうれしかった。感動しました。そしてボーイスカウトの少年の前に行って念願のメダルをかけてもらいました。
おお、ずっしりくるぞ~。これが去年本当に欲しかったメダル。このために走ってきました。
そして楽走のみなさんの所に行って完走の報告をし、みなさんに感謝しました。本当にありがとうございました。
その後、ゴール地点で着替えをしていたら、カヨさんと連絡が取れ、会ったらリタイヤしたとのこと。けっこう吐いてしまったとのこと。胃腸に大分ダメージを受けたようで心配していましたが、フェアウエルパーティも打ち上げもご一緒させてもらい話していたら、終始明るく「(最後まで)走っていませんから。」と何度も言っていました。明るかったけど、相当悔しいんだろうなあとつくづく感じました。来年リベンジしましょうね。私もがんばれるように、また一年遠隔練習ですね。
ゴール後に、まさおさんと一緒にいくはずだった銭湯もそろそろ行かないとフェアウエルパーティーに間に合いそうもないので、シュウさんと二人で大正湯に行くこととしました。まさおさんと行くはずだったけどいっこうに連絡がとれず、お風呂上がりにばったり会ったら、リタイヤしたとのこと。まさおさんがリタイヤとは恐るべし北海道マラソン。カヨさんといい、まさおさんといい、こうめさんといい、今回は走力のある人たちがリタイヤしたようで、夏のマラソンの難しさを痛感しました。
そして、シュウさんと和さんと三人でトボトボ近道を通ってパークホテルに向かいました。当日は、おがまんさんの提案で最後までメダルをしてマチを歩こう運動がありましたので、そのままぶら下げて会場に向かいました。カズキさんがいうにはニューヨークマラソンなどはみんながそのようにして讃え合うそうです。マラソン文化を知りました。
フェアウエルパーティーでは千葉ちゃんが目の前にいて一緒に写真をとってもらいました。これでパーティーに出た甲斐もあったというもの。そして、楽走のテーブルでみんなと歓談していたら、しゃむたさんが探してきてくれ、飛行機の中にあったというサロマの特集が掲載されている「翼の王国」をわざわざ荷物がたくさんだと思うのにプレゼントしてくれました。本当にありがとうございました。
その後、楽走主催の打ち上げ会場に向かい、みんなで歓談。ねっとらんの二次会に参入すべく早引きをしようとしたら、おがまんさん、まさおさんからちょっと待ってと言われ、初完走の人に与えられるチーム59の会長就任を言い渡され、挨拶をするようにとの指示を受けました。60人くらい集まっていて、熱気むんむんの中で私が挨拶をさせてもらいました。このときほど走っていてよかったと思ったことはありませんでした。こんなに自分の完走を祝ってくれる友達がいっぱいいるなんて、一人で走り始めたときには想像もつきませんでした。本当にありがとうございました。
そして、おまちゃさんたちのところへ向かいました。
二次会にはねっとらんのみんなが楽しく飲んでいました。おまちゃさん、かなぱぱさん、ちかたんさん、そよ風さん、なるちゃん、すみませんあと二人の方がいました。酔っぱらっていて覚えられませんでした。かなぱぱさんの完走を讃え、おまちゃさんのリタイヤで夏のマラソンの難しさを痛感しました。でもおまちゃさんも十分堪能したと言っていました。これからは第三章です。そういっておいてねとyagiさんに言われましたから。また頑張りましょうと誓い合いながら店を後にし、11時10分発の寝台特急まりもに乗車し、釧路への帰途につきました。
ありがとう北海道マラソン。
走友のみなさん、ありがとう。
ボランティアのみなさん、ありがとう。
応援してくれたみなさん、本当にありがとう。
また、来年も参加させていただきますので、どうぞよろしくお願いします。
(完)
実はレース中のことは正直なところコース場での出来事があまり思い出せないんです。とりあえずガーミンのラップを書きますと、
1キロ 5:06
2キロ 5:18
3キロ 5:13
4キロ 4:59
5キロ 5:18
6キロ 5:03
7キロ 5:06
8キロ 5:00
9キロ 5:05
10キロ 5:53
11キロ 5:08
12キロ 5:03
13キロ 5:15
14キロ 5:04
15キロ 5:12
16キロ 5:16
17キロ 5:26
18キロ 5:16
19キロ 5:22
20キロ 5:23
21キロ 5:54
22キロ 5:20
23キロ 5:41
24キロ 5:28
25キロ 5:35
26キロ 5:44
27キロ 5:39
28キロ 5:42
29キロ 5:45
30キロ 5:58
31キロ 5:40
32キロ 5:43
33キロ 6:13
34キロ 5:41
35キロ 5:48
36キロ 6:30
37キロ 5:27
38キロ 6:39
39キロ 6:13
40キロ 5:00
41キロ 4:02
42キロ 9:15
ゴールタイムは、3時間58分52秒。
スタート直後の気温は29度。その後も上昇し32度くらいになったらしい。まったく夏のマラソン。いつもの北海道マラソンとなりました。
だけど救われたのが今回の給水でした。十分くらい水がありました。これには本当に助かりました。飲みまくり、かけまくりました。途中から完全にずぶぬれ状態でした。ウエアも髪もシューズもべちゃべちゃになりくらいだったので、途中でウエストポーチに入れていたペットボトルいっぱいの水を捨てました。
前半の中の島通、平岸通は磯ピーさんと併走しました。そして、私の近くには常にどらえもんのかぶりものをしたランナーがいたので、子供達に大ウケでした。磯ピーさんには私が水をとれなかったときには2つとってくれて1つを私にくれました。涙がでそうなくらいありがたかったです。あの後フェアウエルパーティでもお礼を言えなかったのでブログ上でお礼を述べさせていただきます。ありがとうございました。
そんなこんなで10キロ地点を通過。52分41秒。
北海学園の前を通過したときには両親に応援してもらうのにはこの地下鉄の所も便利かもしれないと思いつつ通過し、そして両親が待っている地下鉄菊水駅近辺に辿り着きました。おお、2人があちこちに目をやりながら私を捜しています。父は昨日お願いしていた1本のバナナを右手にしっかりと握りしめています。暑いのに本当に申し訳ない想いでいっぱいになりました。私は両親の目の前を通過して大きな声で呼びかけましたが、残念ながらまったく検討違いのところを見ていました。
さらに左に曲がって一条大橋の15キロ地点手前でおまちゃさんと会いました。コンスタントな足取りは確かなゴールへの兆しを見せていたので、そのときにはまさかリタイヤとなるとは思いもしませんでした。
その後、試走会のときに立ち寄った小公園でトイレに駆け込みました。走っている途中にトイレにはいることは珍しいので、よほど水を飲みすぎたようでした。何せ昨年は水がなくて本当に乾ききったので今回は水がある内にせっせと飲んでしまいました。
あいかわらず身体は本調子ではありませんでした。
そのまま延々と北上しました。このまっすぐコースもけっこう辛いものがありました。そして北24条の通りへ左折し、いよいよ20キロ地点に入ります。
そこは昨年リタイヤした20キロ地点。
ああ、こんなところだったかなあと思いながら通過しました。1時間45分41秒。
そして、しばらく行くと右折します。高速道路の下をくぐるまでの間で向こうから女性ランナーが来ます。弘山選手ではと思いましたが違いました。きっと2位になった小林選手だったようです。しばらくして弘山選手が来ました。すれ違う瞬間に「弘山選手がんばれ~」と叫びました。まだ、自分にも余力があったようです。
そして高架下をくぐって左折しとうとう忍耐の1本道です。稲積橋に向かう左折するところまでは見えないくらい遙かかなたでした。カナパパさんとはこのあたりであったんでしょうか。声をかけたようですが、カナパパさんも私同様かなりグロッキー状態だったようでした。
やっと左折し、稲積橋へ、あのささやかな坂が本当に辛く感じました。第2折り返しを過ぎたあたりにちかたんさんが「カナダさん、がんば~」と声をかけてくれました。本当に力になりました。瞬間よたって隣のランナーにぶつかったけど・・・。そのうち後方では、終末車からナンバーが読まれて歩道にあがるように指示していました。おおおお~まずいまずいと逆に力になりました。そして稲積橋の帰りの登り坂を下りると30キロ地点です。
ようやくここまで来ました。あのときあと12キロちょっとだ。もう絶対リタイヤはできないと心に誓いました。2時間42分1秒。
そして、またまた帰りの直線コース。ここはじろーさんたちと試走会をしたときにも話していましたが、ただひたすら忍耐あるのみ。ここを過ぎて高架下をくぐればもう少しで35キロの関門だと噛みしめながら走りました。高架下を何とかくぐりました。この辺だったでしょうか。楽走のシュウさんと会ったのは。シュウさんは足を痙攣したかでかなりダメージを受けていました。しばらく併走していきました。そして、35キロの関門をクリアし、あと7キロちょっと。ふんばれ~。水を浴びながら走りましたが、ちょうど35キロを過ぎて左折したあたりで立ち止まって屈みこんでしまいました。その姿を見た方から「ねっとらん、ガンバレ~」と声をかけてもらいました。それがまた力になりました。本当にありがたく思いました。
そのころ、後ろから女性に声をかけられました。みっちいさんでした。颯爽と風のように去っていきました。本当に調子がよかったようです。その笑顔をみせていただきまた頑張れました。みんなにチカラを貰って走っていると、このころから感じ始めました。一人じゃない。ランナー、ボランティアのみんな、応援してくれている方々。本当にたくさんのみなさんに支えられて走っていることを痛感しました。それでも、また、とぼとぼと走り始めましたけど。
また、歩いたりしてかがみ込んでいたら、後ろからまた女性が来ました。「カナダさん、行くよ~!!」そう、永遠のランパートナーであるトン子さんがこれまた颯爽と走ってきました。サロマの再現かと、ここは私も一踏ん張りです。しばらく併走しました。そんなとき、37キロ地点くらいで旗をもって応援してくれている方がいます。Kuriさんでした。すっかり着替えもすませて、完全に応援モードになっていました。あとで聞いたら15キロ地点くらいでさっさとリタイヤしたそうでした。そんなこともありつつ、トン子さんとは併走していましたが、今回は最後までは着いていけませんでした。流石月間500キロ超走者の底力は違います。まざまざと見させていただきました。そんなわけでトン子さんに先に行ってと言い残してがっくりまたしても歩きになってしまいました。
しばらく走っていくとマチなかに入ってきました。おお、とうとうここまできたぞ~、札幌の中心部でした。三越の前にはすごい応援でした。そこには菊水で私を見つけられなかった両親がいたそうですが、またしても見つけられませんでした。
そして大通沿いの40キロ関門手前で、またしても女性に声をかけられました。そよ風さんでした。ご主人といっしょに応援に来てくれていたのです。ジュースをいただきました。すっかり飲み干してしまい、すみませんでした。梅干しももらって最後のけいれんを免れたようです。
多くのみなさんに応援してもらって、そして、40キロの関門です。3時間42分34秒。
あとはビクトリーロードへまっしぐら中島公園へ向かいます。40キロ関門後にスタッフの方につい、「もう関門ははないですよね。」と確認してしまいました。スタッフの方はにっこりと「ないよ。」と教えてくれました。そこからはすっかりジョグ状態になり、のんびりと周りを見物しながら走ってしまいました。そうしたら、sibaさんがいました。足を痛めたようで全然はしれないといってました。もうゆっくりゴールに向かうからというのを聞きながら先に行かせて貰いました。
そして、とうとう中島公園への入り口。ビクトリロードです。周りからはもうすぐゴールだよ、ガンバレ~、と声援を贈ってくれます。そしてなんどかのクネクネカーブをやり過ごしてとうとうゴールが見えました。最後はほんのちょっと頑張って、サングラスもはずして笑顔でゴール。
完走!!
本当にうれしかった。感動しました。そしてボーイスカウトの少年の前に行って念願のメダルをかけてもらいました。
おお、ずっしりくるぞ~。これが去年本当に欲しかったメダル。このために走ってきました。
そして楽走のみなさんの所に行って完走の報告をし、みなさんに感謝しました。本当にありがとうございました。
その後、ゴール地点で着替えをしていたら、カヨさんと連絡が取れ、会ったらリタイヤしたとのこと。けっこう吐いてしまったとのこと。胃腸に大分ダメージを受けたようで心配していましたが、フェアウエルパーティも打ち上げもご一緒させてもらい話していたら、終始明るく「(最後まで)走っていませんから。」と何度も言っていました。明るかったけど、相当悔しいんだろうなあとつくづく感じました。来年リベンジしましょうね。私もがんばれるように、また一年遠隔練習ですね。
ゴール後に、まさおさんと一緒にいくはずだった銭湯もそろそろ行かないとフェアウエルパーティーに間に合いそうもないので、シュウさんと二人で大正湯に行くこととしました。まさおさんと行くはずだったけどいっこうに連絡がとれず、お風呂上がりにばったり会ったら、リタイヤしたとのこと。まさおさんがリタイヤとは恐るべし北海道マラソン。カヨさんといい、まさおさんといい、こうめさんといい、今回は走力のある人たちがリタイヤしたようで、夏のマラソンの難しさを痛感しました。
そして、シュウさんと和さんと三人でトボトボ近道を通ってパークホテルに向かいました。当日は、おがまんさんの提案で最後までメダルをしてマチを歩こう運動がありましたので、そのままぶら下げて会場に向かいました。カズキさんがいうにはニューヨークマラソンなどはみんながそのようにして讃え合うそうです。マラソン文化を知りました。
フェアウエルパーティーでは千葉ちゃんが目の前にいて一緒に写真をとってもらいました。これでパーティーに出た甲斐もあったというもの。そして、楽走のテーブルでみんなと歓談していたら、しゃむたさんが探してきてくれ、飛行機の中にあったというサロマの特集が掲載されている「翼の王国」をわざわざ荷物がたくさんだと思うのにプレゼントしてくれました。本当にありがとうございました。
その後、楽走主催の打ち上げ会場に向かい、みんなで歓談。ねっとらんの二次会に参入すべく早引きをしようとしたら、おがまんさん、まさおさんからちょっと待ってと言われ、初完走の人に与えられるチーム59の会長就任を言い渡され、挨拶をするようにとの指示を受けました。60人くらい集まっていて、熱気むんむんの中で私が挨拶をさせてもらいました。このときほど走っていてよかったと思ったことはありませんでした。こんなに自分の完走を祝ってくれる友達がいっぱいいるなんて、一人で走り始めたときには想像もつきませんでした。本当にありがとうございました。
そして、おまちゃさんたちのところへ向かいました。
二次会にはねっとらんのみんなが楽しく飲んでいました。おまちゃさん、かなぱぱさん、ちかたんさん、そよ風さん、なるちゃん、すみませんあと二人の方がいました。酔っぱらっていて覚えられませんでした。かなぱぱさんの完走を讃え、おまちゃさんのリタイヤで夏のマラソンの難しさを痛感しました。でもおまちゃさんも十分堪能したと言っていました。これからは第三章です。そういっておいてねとyagiさんに言われましたから。また頑張りましょうと誓い合いながら店を後にし、11時10分発の寝台特急まりもに乗車し、釧路への帰途につきました。
ありがとう北海道マラソン。
走友のみなさん、ありがとう。
ボランティアのみなさん、ありがとう。
応援してくれたみなさん、本当にありがとう。
また、来年も参加させていただきますので、どうぞよろしくお願いします。
(完)
北海道マラソン完走記 2
話を戻しましょう。
レース当日は怪しい天気でした。いつものように実家から歩いて森林公園駅に向かい札幌駅へ、札幌駅から地下鉄で真駒内へ。陸上競技場へ向かう選手たち。少しずつ緊張感が出始めます。
いつもの場所に楽走のみんなが集まってきます。たくさんいてびっくりするほど。ゲンさんがいたので挨拶をし、そのうち、カッチさん、磯ピーさん、kuriさん、sibaさん、みっちいさん、かずじさんと再会しました。そのうちyottiさん、おやぢさんも来て、釧路組のスコップさん、鬼さんとも会えました。そして、まさおさん、まゆちゃん、おがまんさんも堂々の入場でした。まゆちゃんはじろーさんが参加しないことを知らずに探しているようでした。偶然にも荷物を預ける途中でサロマの走友マミックさん、そうそう、去年の洞爺湖以来のやすさんにも会えました。
ねっとらん札幌のちかたんさん、おまちゃさん、かなぱぱさん、きっしいさんにもランシャツをもらいにいったときに近況を報告しあいました。私もネットラン札幌の仲間に入れていただきました。別海もこれで走るつもりです。おまちゃさんとかなぱぱさんの足にはすごいテーピングで、万全の体制で臨んでいるなあって感じでした。
こんな風に毎年走友が増えています。
レース後、駅に向かう途中で歩きながら考えました。きっとこんなたくさん友人がいなければ、レースに参加して帰るだけの無味乾燥な旅になったんだろう。みんなと再会の握手をしたり、近況を報告したり、レース後の頑張りを讃え合ったりすることが実はマラソンという競技を続けている理由ではないのかなあと思いました。こんなに多くの友人がいなければ、もうマラソンにはこんなにのめりこまなかったかもしれません。
待っている間も天候はめまぐるしく変わりました。曇ったり、雨が降ったりしていました。
そしてトラックへ。昨年のあの埋め尽くした選手の海はなく、グランド内は閑散としていました。今回から一般と登録の選手が別の場所でのスタートになったためでした。並んでいたらトン子さんがいました。みんなからトン子さん、トン子さんと声をかけられていました。どうして彼女は人気があるんだろう。何かの魅力があるんだろうねえ。きっと明るく頑張る姿勢がすがすがしいんだろうなあ。
そのうち、会場ではアナウンスで26度ということで、やはり少しは涼しいのかもしれないと思っていました。
そして12時10分。とうとうスタートです。
私達リベンジ組の去年の忘れ物を拾いに行く旅が始まりました。私は20キロ地点に忘れてきました。絶対あそこまでは行って、去年の何が自分をそこに止めさせたのかを確認しなければなりません。
競技場を出てすぐに左折登り、公園内の細い道をランナーたちが群れをなして走ります。
が、どうも身体がしっくりきません。余裕のある走りを30キロまでするつもりでした。そして、その時点で余力があればサロマの復活です。余力を絞り出してゴールするつもりでした。でもどうも調子がよくありません。
まわりはキロ5分を切る走りをしています。私の今回のペースはキロ5分20秒にしました。これを維持するために左手首にガーミン、右手組にタイメックスの時計をつけて、走りました。去年はガーミンに頼って時間の読みを誤った経験からです。
タイメックスはスタートと同時に押してタイムを計測する道具として、ガーミンはスタート地点で押して、距離とペースを見る道具として役割分担させて走ることにしました。
これで距離も間違えなく、しかも時間も間違えないですみそうです。結果、今回は暑くて頭がボーとなってもなんとか計測を間違えることはありませんでした。
身体がしっくりしないまま走り続けていきました。
(つづく)
レース当日は怪しい天気でした。いつものように実家から歩いて森林公園駅に向かい札幌駅へ、札幌駅から地下鉄で真駒内へ。陸上競技場へ向かう選手たち。少しずつ緊張感が出始めます。
いつもの場所に楽走のみんなが集まってきます。たくさんいてびっくりするほど。ゲンさんがいたので挨拶をし、そのうち、カッチさん、磯ピーさん、kuriさん、sibaさん、みっちいさん、かずじさんと再会しました。そのうちyottiさん、おやぢさんも来て、釧路組のスコップさん、鬼さんとも会えました。そして、まさおさん、まゆちゃん、おがまんさんも堂々の入場でした。まゆちゃんはじろーさんが参加しないことを知らずに探しているようでした。偶然にも荷物を預ける途中でサロマの走友マミックさん、そうそう、去年の洞爺湖以来のやすさんにも会えました。
ねっとらん札幌のちかたんさん、おまちゃさん、かなぱぱさん、きっしいさんにもランシャツをもらいにいったときに近況を報告しあいました。私もネットラン札幌の仲間に入れていただきました。別海もこれで走るつもりです。おまちゃさんとかなぱぱさんの足にはすごいテーピングで、万全の体制で臨んでいるなあって感じでした。
こんな風に毎年走友が増えています。
レース後、駅に向かう途中で歩きながら考えました。きっとこんなたくさん友人がいなければ、レースに参加して帰るだけの無味乾燥な旅になったんだろう。みんなと再会の握手をしたり、近況を報告したり、レース後の頑張りを讃え合ったりすることが実はマラソンという競技を続けている理由ではないのかなあと思いました。こんなに多くの友人がいなければ、もうマラソンにはこんなにのめりこまなかったかもしれません。
待っている間も天候はめまぐるしく変わりました。曇ったり、雨が降ったりしていました。
そしてトラックへ。昨年のあの埋め尽くした選手の海はなく、グランド内は閑散としていました。今回から一般と登録の選手が別の場所でのスタートになったためでした。並んでいたらトン子さんがいました。みんなからトン子さん、トン子さんと声をかけられていました。どうして彼女は人気があるんだろう。何かの魅力があるんだろうねえ。きっと明るく頑張る姿勢がすがすがしいんだろうなあ。
そのうち、会場ではアナウンスで26度ということで、やはり少しは涼しいのかもしれないと思っていました。
そして12時10分。とうとうスタートです。
私達リベンジ組の去年の忘れ物を拾いに行く旅が始まりました。私は20キロ地点に忘れてきました。絶対あそこまでは行って、去年の何が自分をそこに止めさせたのかを確認しなければなりません。
競技場を出てすぐに左折登り、公園内の細い道をランナーたちが群れをなして走ります。
が、どうも身体がしっくりきません。余裕のある走りを30キロまでするつもりでした。そして、その時点で余力があればサロマの復活です。余力を絞り出してゴールするつもりでした。でもどうも調子がよくありません。
まわりはキロ5分を切る走りをしています。私の今回のペースはキロ5分20秒にしました。これを維持するために左手首にガーミン、右手組にタイメックスの時計をつけて、走りました。去年はガーミンに頼って時間の読みを誤った経験からです。
タイメックスはスタートと同時に押してタイムを計測する道具として、ガーミンはスタート地点で押して、距離とペースを見る道具として役割分担させて走ることにしました。
これで距離も間違えなく、しかも時間も間違えないですみそうです。結果、今回は暑くて頭がボーとなってもなんとか計測を間違えることはありませんでした。
身体がしっくりしないまま走り続けていきました。
(つづく)
北海道マラソン完走記 その1
釧路発午前7時30分ころ発のスーパーおおぞら2号で札幌に向かうべく余裕をもって釧路駅のキヨスクで買い物をしていたら何やら放送がかかっている。特に気にすることもなく、買い物を続けていたら混雑している。
買い物を終えて窓口の方に向かうと乗るべく汽車が運休になったようで、帯広までバスで行き帯広からは次の時間帯の汽車に乗り越えるとのこと。あわてて乗換の手続きをして何とか指定席を確保するこができましたが、どうもさい先が悪い。
白糠あたりでスコップさんから電話が入り、11時台の汽車で鬼さんと札幌に向かうとのこと。2人は無事に移動できたようで何より・・・。
しばらく行くとバスがなぜかヤマの中で渋滞にはまってしまった。工事中だろうと周りのみなさんが話していたら、車が横転してめちゃめちゃになっていた。さい先が本当に悪い。
車中で読もうとキヨスクで購入したのが来年の大河ドラマ「天障院篤姫」。早速暇な時間つぶしのために読もうとしたらなんと「下」でした。途中からは読めません。
どうも幸先が悪く。いやな予感を感じ始めました。
大丈夫か?!道マラ。
そうこうしている内に予定より2時間遅れでやっと札幌に到着。早速パークホテルに向かいました。。手続きを済ませ、サッポロファクトリーのモンベルで買い物をしてさっさと実家に行着き、明日のことについてあーだこーだと両親や妹、弟夫婦と話していました。
翌日は暑いのだろうか。前回の32度を超える真夏のマラソンは地獄のようでした。水もあまりなく、持っていたペットボトルもお湯になり、フラフラになって20キロでリタイヤしたときには止めてくれてありがとうとも思ったほどでした。
しかし、それはそのときのこと、友人のメダルをゴール地点で見せて貰ったときは本当に羨ましかった。あのメダルを来年は絶対もらおう、と心に決めて、打ち上げの2次会でnaviさんがバスストップを歌って、ほぼ全滅だったブログランナーのみんなで合唱したのが昨日のようでした。
それから1年。私の練習は一変しました。あんまり気にはしてなかったけれども、この前の打ち上げでyottiさんからも言われました。「カナダさんの練習は以前はのんびり長く走るって感じだったけど、今年はキロ何分とかの走りをすることが多くなったと思う。」とのこと。そういわれればそうかもしれない。自然にそうなったような気がする。以前はダイエットが目的だったから有酸素運動としてゆっくり長く走れば痩せられると思って、その目的に添って走っていました。
ところが、それを変えたのが昨年の洞爺湖マラソン。期せずして4時間を切って走り終えました。周りのみんなが目標としている道マラに出場できる権利をえることができました。このときは本当にうれしかった。自分がちょっと速いというか、それなりのランナーになったような気がしました。
このことは何回も書いているのでくどいのでやめます。
それからなんとなく道マラを目指しました。でも、そのときにも私にはサロマ(ウルトラ)が一番でした。でも子供の行事、ぎっくり腰、叔母の急逝でサロマも栗山もウルチャレも出られず、道マラにその分を傾けましたが、正直なところ奇跡が起きない限り完走は難しいと思っていました。空元気で「初参加・初完走」とブログには書いていましたが・・・。
そして今年です。
今年はじめてのレースである5月20日の洞爺湖マラソンはおまちゃさん、カナパパさん、カメKAYOさんには大きく離されはしましたが3時間47分4秒で完走。
次に6月24日、最後に大雨の中トン子さん、マミックさんと快走したサロマ湖で前回を30分短縮した12時間20分27秒で完走。
7月29日には地元釧路湿原マラソンで、そよ風さんにキロ5分で伴走してと言われ、たしろさんにもハッパをかけられて、前回は20キロで沈没したのに2時間25分44秒とキロ5分を切るペースで走りきることができました。
そして道マラ直前のレースとして久しぶりに走ったハーフ。北方領土ノサップ岬マラソン。これもキロ4分53秒で走って1時間43分12秒と記録を更新しました(ハーフの記録は初めてレースに出た旭川マラソンのときのもので、確か2時間30分くらいだったような・・・。)。
こんな感じで前回よりも圧倒的に記録を更新し、自信も持つことが出来ていました。みなさんからも完走は大丈夫と言われ、そう思ってはいけないと思いながら完走はできるだろうと思っていたかもしれません。慢心がありました。心に隙ができていました。
しかし、スタート直後からいつもの身体の調子ではないと感じました。
10キロ地点ですでにかなりいっぱいいっぱいになってしまっていました。
今年のいつもの自分のレースではないと感じ始めていました・・・。
(つづく)
買い物を終えて窓口の方に向かうと乗るべく汽車が運休になったようで、帯広までバスで行き帯広からは次の時間帯の汽車に乗り越えるとのこと。あわてて乗換の手続きをして何とか指定席を確保するこができましたが、どうもさい先が悪い。
白糠あたりでスコップさんから電話が入り、11時台の汽車で鬼さんと札幌に向かうとのこと。2人は無事に移動できたようで何より・・・。
しばらく行くとバスがなぜかヤマの中で渋滞にはまってしまった。工事中だろうと周りのみなさんが話していたら、車が横転してめちゃめちゃになっていた。さい先が本当に悪い。
車中で読もうとキヨスクで購入したのが来年の大河ドラマ「天障院篤姫」。早速暇な時間つぶしのために読もうとしたらなんと「下」でした。途中からは読めません。
どうも幸先が悪く。いやな予感を感じ始めました。
大丈夫か?!道マラ。
そうこうしている内に予定より2時間遅れでやっと札幌に到着。早速パークホテルに向かいました。。手続きを済ませ、サッポロファクトリーのモンベルで買い物をしてさっさと実家に行着き、明日のことについてあーだこーだと両親や妹、弟夫婦と話していました。
翌日は暑いのだろうか。前回の32度を超える真夏のマラソンは地獄のようでした。水もあまりなく、持っていたペットボトルもお湯になり、フラフラになって20キロでリタイヤしたときには止めてくれてありがとうとも思ったほどでした。
しかし、それはそのときのこと、友人のメダルをゴール地点で見せて貰ったときは本当に羨ましかった。あのメダルを来年は絶対もらおう、と心に決めて、打ち上げの2次会でnaviさんがバスストップを歌って、ほぼ全滅だったブログランナーのみんなで合唱したのが昨日のようでした。
それから1年。私の練習は一変しました。あんまり気にはしてなかったけれども、この前の打ち上げでyottiさんからも言われました。「カナダさんの練習は以前はのんびり長く走るって感じだったけど、今年はキロ何分とかの走りをすることが多くなったと思う。」とのこと。そういわれればそうかもしれない。自然にそうなったような気がする。以前はダイエットが目的だったから有酸素運動としてゆっくり長く走れば痩せられると思って、その目的に添って走っていました。
ところが、それを変えたのが昨年の洞爺湖マラソン。期せずして4時間を切って走り終えました。周りのみんなが目標としている道マラに出場できる権利をえることができました。このときは本当にうれしかった。自分がちょっと速いというか、それなりのランナーになったような気がしました。
このことは何回も書いているのでくどいのでやめます。
それからなんとなく道マラを目指しました。でも、そのときにも私にはサロマ(ウルトラ)が一番でした。でも子供の行事、ぎっくり腰、叔母の急逝でサロマも栗山もウルチャレも出られず、道マラにその分を傾けましたが、正直なところ奇跡が起きない限り完走は難しいと思っていました。空元気で「初参加・初完走」とブログには書いていましたが・・・。
そして今年です。
今年はじめてのレースである5月20日の洞爺湖マラソンはおまちゃさん、カナパパさん、カメKAYOさんには大きく離されはしましたが3時間47分4秒で完走。
次に6月24日、最後に大雨の中トン子さん、マミックさんと快走したサロマ湖で前回を30分短縮した12時間20分27秒で完走。
7月29日には地元釧路湿原マラソンで、そよ風さんにキロ5分で伴走してと言われ、たしろさんにもハッパをかけられて、前回は20キロで沈没したのに2時間25分44秒とキロ5分を切るペースで走りきることができました。
そして道マラ直前のレースとして久しぶりに走ったハーフ。北方領土ノサップ岬マラソン。これもキロ4分53秒で走って1時間43分12秒と記録を更新しました(ハーフの記録は初めてレースに出た旭川マラソンのときのもので、確か2時間30分くらいだったような・・・。)。
こんな感じで前回よりも圧倒的に記録を更新し、自信も持つことが出来ていました。みなさんからも完走は大丈夫と言われ、そう思ってはいけないと思いながら完走はできるだろうと思っていたかもしれません。慢心がありました。心に隙ができていました。
しかし、スタート直後からいつもの身体の調子ではないと感じました。
10キロ地点ですでにかなりいっぱいいっぱいになってしまっていました。
今年のいつもの自分のレースではないと感じ始めていました・・・。
(つづく)
祈 道マラ完走!!
とうとう明日札幌に出発です。
北海道のマラソンの総本山である北海道マラソンに参加します。
北海道マラソンに完走するために多くの皆さんにたくさんのことを教えてもらいました。
そしてたくさんの励ましをいただきました。
昨年、暑い中を頑張って走りましたが、20キロ地点で関門閉鎖となり、無念にもリタイヤし、バスで送ってもらいました。
皆さんが胸に下げていたメダルが本当に眩しいと思いながら見ていました。
2次会ではnaviさんが歌ったバスストップをみんなで合唱しながら来年は完走するぞと誓っていました。
昨年ともに初挑戦でリタイヤしたおまちゃさんやカナパパさんにも大いに刺激をいただきました。
釧路のカッチさん、トモさん、スコップさん、鬼さん、yottiさん、なかさん、じろーさん、マナブさん、ユミエさん、kizunaさん、ヌノメさんそしてBeingの佐藤さんたちととともにやった合同練習は本当に楽しく頑張れました。
じろーさんに誘われた札幌での試走会にもこうめさん、ゲンさん、オガマンさん、トン子さん、しばさん、Beanさん、akkunさんたちと小雨の中を走ったのも、実際のコースを走れて本当にいい練習になりました。まゆちゃんのサポートがなかったらできなかった試走会でした。本当に感謝感激でした。
トン子さんとは、サロマで90キロを一緒に走りました。月間500キロを走破する女性の底力を見せていただき、一緒に楽しく完走できたことも自信につながりました。
遠く山口で同日同時間(概ね)に一緒に走ってくれたカメKAYOさんからはガンバル気持ちをもらいました。走る直前に山口から電話をもらって「もう走って来ましたよ~!!」という報告(プレッシャーともいう。)には感激し(驚き)、返す言葉を一瞬失ったのも忘れられません。
十勝のタシロさんからは良きライバルとしてデータ解析をいただき、客観的に自分のチカラを説明していただきました。その分析力にはただただ敬服するばかりで、本当に励みになりました。(タシロさん、来年は道マラを走りましょう!!)
神奈川から2年連続して釧路湿原マラソンに参加してくれた、みなみさんには地元の大会を本当に楽しんでもらいました。あらためて自分のマチを再認識させてもらいました。みなみさんと走った楽しいひとときで次へのステップに向かう気持ちができました。
たくさんの皆さんに応援してもらって頑張れる気がします。
皆さんの見えざる手に背中を押していただいて9月9日はガンバリマス!!
絶対、胸にメダルを下げて札幌のマチを闊歩したい!!
一緒に走るみんなとともに気持ちを一つにして札幌のマチを駆け抜けたい!!
栄光の中島公園へのビクトリーロードを両手をあげてゴールしましょう!!
こうめさんのように・・・。
北海道のマラソンの総本山である北海道マラソンに参加します。
北海道マラソンに完走するために多くの皆さんにたくさんのことを教えてもらいました。
そしてたくさんの励ましをいただきました。
昨年、暑い中を頑張って走りましたが、20キロ地点で関門閉鎖となり、無念にもリタイヤし、バスで送ってもらいました。
皆さんが胸に下げていたメダルが本当に眩しいと思いながら見ていました。
2次会ではnaviさんが歌ったバスストップをみんなで合唱しながら来年は完走するぞと誓っていました。
昨年ともに初挑戦でリタイヤしたおまちゃさんやカナパパさんにも大いに刺激をいただきました。
釧路のカッチさん、トモさん、スコップさん、鬼さん、yottiさん、なかさん、じろーさん、マナブさん、ユミエさん、kizunaさん、ヌノメさんそしてBeingの佐藤さんたちととともにやった合同練習は本当に楽しく頑張れました。
じろーさんに誘われた札幌での試走会にもこうめさん、ゲンさん、オガマンさん、トン子さん、しばさん、Beanさん、akkunさんたちと小雨の中を走ったのも、実際のコースを走れて本当にいい練習になりました。まゆちゃんのサポートがなかったらできなかった試走会でした。本当に感謝感激でした。
トン子さんとは、サロマで90キロを一緒に走りました。月間500キロを走破する女性の底力を見せていただき、一緒に楽しく完走できたことも自信につながりました。
遠く山口で同日同時間(概ね)に一緒に走ってくれたカメKAYOさんからはガンバル気持ちをもらいました。走る直前に山口から電話をもらって「もう走って来ましたよ~!!」という報告(プレッシャーともいう。)には感激し(驚き)、返す言葉を一瞬失ったのも忘れられません。
十勝のタシロさんからは良きライバルとしてデータ解析をいただき、客観的に自分のチカラを説明していただきました。その分析力にはただただ敬服するばかりで、本当に励みになりました。(タシロさん、来年は道マラを走りましょう!!)
神奈川から2年連続して釧路湿原マラソンに参加してくれた、みなみさんには地元の大会を本当に楽しんでもらいました。あらためて自分のマチを再認識させてもらいました。みなみさんと走った楽しいひとときで次へのステップに向かう気持ちができました。
たくさんの皆さんに応援してもらって頑張れる気がします。
皆さんの見えざる手に背中を押していただいて9月9日はガンバリマス!!
絶対、胸にメダルを下げて札幌のマチを闊歩したい!!
一緒に走るみんなとともに気持ちを一つにして札幌のマチを駆け抜けたい!!
栄光の中島公園へのビクトリーロードを両手をあげてゴールしましょう!!
こうめさんのように・・・。
エネルギー補充方法は?
今日は9月5日。道マラも目の前です。今は忘れ物がないかどうかゆっくり考えている所なんですが、ふと先日おまちゃさんのブログを見ていたら、給食のことを書いていました。
そこで道マラはバナナも何も給食はないということを今更ながら気づきました。すっかり給水に気を取られていて、給食のことを忘れていました。
そういえば、昨年こうめさんから30キロ地点でアミノバイタルを摂取するといいと伺いました。おまちゃさんはSOYJOYを持って走るようですが、私は今回はカーボショッツを5袋持って行こうと思っています。
みなさんはどのように対応するのですか?
そこで道マラはバナナも何も給食はないということを今更ながら気づきました。すっかり給水に気を取られていて、給食のことを忘れていました。
そういえば、昨年こうめさんから30キロ地点でアミノバイタルを摂取するといいと伺いました。おまちゃさんはSOYJOYを持って走るようですが、私は今回はカーボショッツを5袋持って行こうと思っています。
みなさんはどのように対応するのですか?


