吹奏楽曲の中でも現代的な要素を強く反映された作品がいくつか収録されている当盤。ホルジンガーでいうなら「春になって王たちが戦いに出るに及んで」、アッペルモントの場合2曲ともになる。人によって好みが分かれてしまうかもしれないが、現代音楽好きな人にとってはぴったりなのではないだろうか。
・ホルジンガー:春になって王たちが戦いに出るに及んで
録音:2019年4月1〜3日
「春に」がタイトルであり、「王たちが戦いに出るに及んで」がサブタイトルとして記載されている。テキサス州立大学オースチン校の学生友好会からの依頼で作曲された。古代ヨルダンのアモニテの町での、ヨアブ司令官率いるダビデ王の軍隊の襲撃による物語が題材とされている。聴いているとよくわかるだろうが、ヴォカリーズやサウンドクラスター、変拍子や図形楽譜など現代音楽で多々見られる手法が使われている。いずれにしても難曲ではあるがホルジンガー作品の中で代表的な曲であることは間違いない。演奏として、ややコンパクトに作られているようにも思えなくはないが、その正確さや細部にわたって作り込まれた演奏からなる卓越されたアンサンブルやリズム、ダイナミクス変化などが思わず鳥肌が立ってしまうくらいに素晴らしい。演奏のボリュームとしてはもう少し出てもよかった気もしなくはないが、数少ないこの曲の録音として聴くには充分な名盤と言えるだろう。
・ホルジンガー:バレエ・サクラ
録音:2019年4月1〜3日
ローマ・カトリック教会や英国国教会、ルーテル派、メソジスト教会などで用いられる典礼文に基づいて作曲された。中間部には男声、女声によ詠唱が入り、キリスト教のミサから「Gloria in Excelsis Deo(天の高いと高き所には神に栄光)」と「Quoniam tu solus sanctus(主のみ、聖なり)」が詠われる。教会に勤めていたホルジンガーだからこそ作り上げることのできた独特で美しい世界観からなる作品である。「春になって王たちが戦いに出るに及んで」と比べると大分現代的な要素は薄まった感覚に思えるが、5拍子によって演奏されるリズミカルな旋律や神秘的で美しい響きからなるサウンドはいずれにしてもあまり吹奏楽曲では聴くことができないだろう。金管楽器の音色が今回の演奏では変幻自在に変化しているように聴こえ、キツさを一切感じることなく楽しむことができた。慈愛に包まれるかのような優しさを終始味わうことができたのは言うまでもない。
・アッペルモント:ブリュッセル・レクイエム
録音:2019年4月1〜3日
2016年にオーストリアのブラスバンドであるブラスバンド・オーバーエスターライヒの委嘱により作曲された。翌年2017年にヨーロピアン・ブラスバンド・チャンピオンシップにて同団によって初演が行われ、同年吹奏楽版が誕生している。2016年3月22日にベルギーのブリュッセルで起きた連続爆破テロにおける犠牲者にあてるレクイエムとして作曲された。フランスの童謡「月の光に」が断片的に引用されており「無垢」、「冷血」、「追悼〜我々は甦る」、「新しい日」の4楽章からなる作品となっている。「緩→急→緩→急」からなる構成で、シンプルではあるがその間に演奏される変拍子やクラシックの枠を越えたトロンボーンやトランペットによるジャズ、ポップス的なソロの難易度が恐ろしく高い。他にはクラリネットやシロフォンなどもソロがあり、多くの人々の度肝を抜く超絶技巧ぶりが聴き手を驚かせる。演奏として、テンポの緩急からなるダイナミクス変化やそれぞれの楽章ごとにおける音色や響きの変化が功を奏している。また、藝大ウィンドだからこそ成せる完璧に近い今回の演奏は、これまでに聴いてきたどの同曲録音よりも優れた名盤であることは間違いなく、これを聴くことによって多くの人々がこの曲の虜となるに違いない。
・アッペルモント:交響曲第1番「ギルガメシュ」
録音:2019年4月1〜3日
ベルギーのペール吹奏楽団とウィリー・フランセンによる委嘱のもと2003年に作曲された。紀元前2600年頃に実在していたとされるメソポタミアの王ギルガメシュを描いた世界最古の英雄物語である「ギルガメシュ叙事詩」をもとに完成させた交響曲となっている。そのため、第1楽章「ギルガメシュとエンキドゥ」、第2楽章「巨人たちの戦い」、第3楽章「森の中の冒険」、第4楽章「ウトナビシュティムへの道のり」と各楽章に物語が記載されている。以前聴いた井上道義&大阪市音楽団による演奏は攻撃的なサウンドからなる演奏となっていたのだが、今回の藝大WO(東京藝大ウィンドオーケストラ)による演奏に関してはそこまで攻撃的な演奏とはなっておらず、最初から最後まで一貫性のある物語でまとまりを強く感じることができたようにも感じられる。
「D.ホルジンガー&B.アッペルモント」が発売されたのは2019年のことで、今回発売された「P.グレイアム&P.スパーク」が約5年ぶりになる。その途中に「オール・アルフレッド・リード・プログラム」のCDも発売されているが、このシリーズが復活したのは個人的にも嬉しい。明日はついに「P.グレイアム&P.スパーク」を取り上げる。



