今回の演奏に参加している歌手は、ジューン・アンダーソン(ソプラノ)、サラ・ウォーカー(アルト)、クラウス・ケーニヒ(テノール)、ヤン=ヘンドリク・ロータリング(バス)。オーケストラは、バイエルン放送交響楽団、ドレスデン国立管弦楽団員、ニューヨーク・フィルハーモニック団員、ロンドン交響楽団員、レニングラード・キーロフ劇場管弦楽団員、パリ管弦楽団員。合唱は、バイエルン放送合唱団、ベルリン放送合唱団となっている。
演奏はバイエルン放送交響楽団を中心として構成されており、第4楽章での「Freude(歓び)」を「Freiheit(自由)」と歌詞をかえて歌っている。近年でいえば、以前取り上げたケリ=リン・ウィルソン&ウクライナ・フリーダム・オーケストラによる演奏での「第九」がウクライナ語合唱で歌われた。
・ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」
録音:1989年12月25日(ライヴ)
第1楽章からずっしりとしたテンポの重さが伝わってくるかのような演奏が展開されていく。その分厚いスケールからなる濃厚さは非常に強烈である。複数のオーケストラが1つになって演奏している割には音色や音形などが意外にぴたりと当てはまっているのが意外なポイントともいうべきもので、ライヴ録音であるに関わらずノイズも少なくダイナミック・レンジの幅広さも大分ある。リマスタリングなどの効果もあるかもしれないが、歴史的な瞬間を迎えた後の「第九」演奏の始まりとしては素晴らしい名演と言える。
ややテンポの加速は感じられるものの、速すぎるほどにテンポ変化が行われているわけではない。コンパクトなまとまり方をした推進力のある演奏を第2楽章では聴くことができるようになっている。テンポの緩急が明確に分かりやすく作り込まれている印象で、その都度アタックやダイナミクス変化が大きく変化していく。強固なティンパニの打撃や金管楽器の音色、鋭さのある木管楽器などオーケストラ全体が盛り上がった際も細部まで細かく聴き込むことができる演奏だ。
第3楽章ではゆったりとしたやや遅めのテンポからなる悠然とした演奏を聴くことができる。それは非常に伸びやかで、落ち着きを感じ取ることのできる演奏となっており、弦楽器の美しさ溢れる音色と響きを最初から最後まで余すことなくたっぷりと味わうことができる。同時に木管楽器の神秘的なほどに透き通る演奏を聴くだけで安らぎを与えてくれることは間違いないだろうし、金管楽器のやや強めのアタックからなる演奏もこの第3楽章において良いポイントを与えてくれるようになっている。
テンポの緩急が備わっているとはいえ、軸の安定したやや遅めの重心の低さが感じられる演奏からなる第4楽章を楽しむことができる。先ほども述べているが、「Freude」が「Freiheit」と歌われている違いがよくわかるため、それだけでも聴いていて充分にテンションが上がってしまう。これをその場で聴くことができたらどれだけよかったか。それを感じ取るには充分な臨場感を味わうことができる名演である。合唱や歌手による凄みを感じることのできるような伸びやかさの伝わってくるような圧巻の歌声はオーケストラとともに演奏されることによってより長大なる交響曲としての姿を見ることができる。
バーンスタインによるベートーヴェンの「第九」は、ウィーン・フィルによる演奏を聴いたのみだった。ベルリンの壁崩壊直後に行われたコンサートでの演奏ということもあってその影響は凄まじいものとなっている。ニューヨーク・フィルハーモニックやパリ管弦楽団など過去にバーンスタインと共演したオーケストラもいくつか見受けられるようになっているので、相互理解も良かったと考えてよいだろう。これは間違いなく歴史的な「第九」の一つとして記憶して良いだろう。