井上さんによる吹奏楽録音は意外に思えるかもしれないがそうでもない。しかし、高昌帥の代表作である大阪大学吹奏楽団の創立100周年記念として委嘱された「吹奏楽のための協奏曲」の初演時にも指揮をしていたり、芸劇ウインド・オーケストラの演奏会でも指揮をしている。今回はメインであるアッペルモントを中心として現代的な吹奏楽作品がピックアップされている。
・ギリングハム:ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス
録音:2005年11月11日
アップル・ヴァレー高校創立25周年記念として同高スクールバンドの指揮者スコット・A・ジョーンズにより委嘱された。アップル・ヴァレー高校の校歌であり古いスペインの讃美歌である「来りて歌え」に基づいている。1843年にクリスチャン・ヘンリー・ベートマンが書いた詞の一節からとった曲名となっており、近年の吹奏楽やブラスバンド作品にあるような細かいリズムと快速調のテンポからなるインパクトのある曲となっており、安定感ある大阪市音楽団だからこそ奏でることのできる軸のブレない演奏と高いアンサンブル力が功を奏していると言える。
・貴志康一/森田一浩編:交響組曲「日本スケッチ」
録音:2005年11月11日
「市場」、「夜曲」、「面」、「祭り」の4曲からなる。元々はオーケストラ曲で世界初演が貴志康一とベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によって1934年11月18日に行われた。今回は吹奏楽編となっている。吹奏楽編だからなのかそこまで日本節が強すぎることなくスッキリとしていて、非常に聴きやすい印象を受けた。ややお固い感覚を味わうこともできるかもしれないが、明確なテンポの緩急からなるダイナミクス変化や各楽章ごとにおける構成もわかりやすく作り込まれているため、シンプルながらに親しみやすい姿や響きをしている。元々はオーケストラの作品だが吹奏楽曲だと言われても疑問を持たないくらいに違和感もないとも言えるかもしれない。
・シェーンベルク:主題と変奏
録音:2005年11月11日
主題と7つの変奏、コーダからなる変奏曲の作品で、1943年に吹奏楽曲として作曲された後に管弦楽編曲されたシェーンベルクの作品である。シェーンベルク唯一の吹奏楽曲とされており、「十二音技法」はなくシンプルな古典的な吹奏楽曲の部類として数えられる。演奏としても全体のバランスが整われているため、ダイナミクス変化は細かく演奏されておりなおかつ細部にわたって細かい卓越されたアンサンブルが功を奏する形となっている。先日から読んでいる「吹奏楽作品 世界遺産100」にも選出されている曲でそこから気になっていたこともあって当盤に収録されていると知った時には嬉しさがあった。
・アッペルモント:交響曲第1番「ギルガメシュ」
録音:2005年11月11日
紀元前2600年頃に実在していたとされるメソポタミアの王ギルガメシュを描いた世界最古の英雄物語である「ギルガメシュ叙事詩」をもとに完成させた交響曲となっている。そのため第1楽章「ギルガメシュとエンキドゥ」、第2楽章「巨人たちの戦い」、第3楽章「森の中の冒険」、第4楽章「ウトナビシュティムへの道のり」と各楽章に物語が記載されている。アッペルモントといえば「ブリュッセル・レクイエム」での変拍子と各楽器における過度な超絶技巧の要求が特徴的であるが、この曲も同様のことがスコアや演奏から見てわかるようになっている。大阪市音楽団による演奏はブレることなくテンポの緩急からなる細かいダイナミクス変化を演奏していることもあって爆発的なエネルギーもそうだが、金管楽器の咆哮や打楽器の強烈な打撃、木管楽器による軽快ながらに幻想的な音色のアンサンブルを細部にわたって表現している。複雑性の強い曲ではあるが近年盛んに演奏されるのもよくわかる。
現代音楽やマーラー、ショスタコーヴィチを多く取り上げている井上さんによる吹奏楽、聴きやすい演奏だったことはいうまでもないだろう。年内に引退を宣言しているので、演奏を聴くことができるとしたら今しかない。演奏会の情報が入ったら予定を見計らって演奏会に行きたいところ。
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