ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲自体聴くのは今回が初めてになる。当盤は日本人初のショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全曲録音となったもので、「2019年度第57回レコード・アカデミー賞」の大賞受賞した素晴らしい名盤である。発売当初から存在は知っていたものの、購入したのは割と最近になってからで、試聴するまでに大分時間をかけてしまった。交響曲全集はすでに何種類か聴き終えているが、今回初めて全曲聴く形となる弦楽四重奏曲はどのような世界観となっているのか、聴く前から楽しみな気持ちでいっぱいだ。
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1番、2014年7月2〜4日録音
・・・交響曲第5番と同時期に作曲されたショスタコーヴィチ最初の弦楽四重奏曲である。交響曲とは違い、ショスタコーヴィチは自由な表現を行うことができていたようでスッキリとしていて聴きやすい印象を受ける。後の弦楽四重奏曲は躍動的かつダイナミックなものが多数存在していたり、交響曲第10番でも使用されたショスタコーヴィチ自身のイニシャルからとった「DSCH音型」を使った曲も存在している。今回の演奏はしっとりとしていて地味に感じる部分もあるかもしれないが、バランスの取れた聴きやすい演奏を楽しむことができるようになっている。
弦楽四重奏曲第2番、2014年7月2〜4日録音
・・・第1番よりもより複雑さが増し、同時期に作曲された交響曲第8番に近いような重々しく、暗い印象を強く受ける作品となっている。演奏時間も35分ほどと比較的長い形がとられており、複雑化によるものと言っても過言ではないだろう。演奏として4人での演奏ということもあってより筋肉質で明確化されたサウンドが緩急をそれぞれでわかりやすく演奏し、「暗→明」という親しみやすい構成のもとより効果的に演奏している。録音状態が非常に良く、ダイナミック・レンジの幅広さの向上とそれぞれの弦楽器の音色、重なり合った時の響きは聴きごたえのある素晴らしい演奏となっている。
弦楽四重奏曲第3番、2014年7月2〜4日録音
・・・第1楽章のポップでどこか滑稽な雰囲気は同時期に作曲した交響曲第9番を連想させる。後にバルシャイが「室内交響曲」に編曲されている。同時に構成は交響曲第8番と同じ形が採用されている。そういうこともあってか、皮肉すら感じるような砕けた感覚がこの曲の面白さとなっており、弦楽器の音色も生き生きとしつつよりリアリティを感じることができるような生々しさが演奏から伝わってくる。室内楽編成ながら割と広めに取られたダイナミック・レンジも功を奏しており、筋肉質で柔軟性のある演奏を全5楽章で味わうことができる。
弦楽四重奏曲第4番、2015年6月30日〜7月3日録音
・・・交響曲第9番以降の「ジダーノフ批判」の影響によるものか政府からの批判を恐れて初演時期を遅くさせた結果1949年に作曲されたが、1953に初演されている。途切れることなく演奏されるためか気づいた時には第4楽章になっていた。曲の構成および流れに関してはシンプルでわかりやすいものとなっているため、それほど演奏時間は長いと感じることはない。それぞれの弦楽器の個性、技量をたっぷりと味わうことができるという点と緩急がより明確なものとなっていることもあってそれぞれでわかりやすく、聴きやすい演奏が展開されている。
弦楽四重奏曲第5番、2015年6月30日〜7月3日録音
・・・3楽章からなる作品で、途切れることなく演奏される。第1楽章では交響曲第10番などでも使用されている自身のイニシャルを元とした「DSCH音型」を含んだ動機が使用されている。基本的に演奏時のテンションは一定なものとなっており、シンプルで流れ良い構成が展開される。全体のバランスも非常に良く、今回の演奏ではキレ味など個々の楽器というよりもアンサンブルやバランスの良さが重視されている印象で、ダイナミック・レンジの幅広さも生かされつつ楽しめる第5番となっている。
弦楽四重奏曲第6番、2015年6月30日〜7月3日録音
・・・全3楽章だった第5番とは違い、また全4楽章の形に戻っている。テンポの緩急が明確化された演奏となっており、各弦楽器の音色ややや固めに作られた響きなどを楽しむことができるようになっている。この曲もテンションは基本的に一定を保ち続けながら演奏は進行していくが、筋肉質で柔軟性のある弦楽四重奏ならではの良さが織り込まれた名演を聴くことができる。交響曲のような分厚さと濃厚かつ奥深い音色を聴きたい時にはうってつけの作品と言えるだろう。
弦楽四重奏曲第7番、2016年7月5〜7日録音
・・・15曲作曲された弦楽四重奏曲の中でも最も演奏時間が短い曲。1960年に作曲された第7番は1954年に亡くなったショスタコーヴィチの妻であるニーナに捧げられた。「緩→急」、「急→緩」といった切り替えがわかりやすく演奏されているかつ、それぞれの楽章に合わせた音色で演奏されているため演奏時間が短いとしても聴きごたえに関しては充分なほどにあると言える演奏になっている。特に第3楽章が始まった瞬間の押し寄せる波のようなエネルギーは交響曲第4番のフガートのようなインパクトと勢いを味わうことができる。
弦楽四重奏曲第8番、2016年7月5〜7日録音
・・・ショスタコーヴィチが作曲した弦楽四重奏曲の中でも最も知られているのに加えて、最も重要とされる名曲である。「ファシズムと戦争の犠牲者の想い出に」捧げるとあるが、交響曲第10番でも使用されている自身のイニシャルからとった「DSCH音型」の使用や自身が作曲した曲の引用などがこの第8番に多用されている。全5楽章からなる作品で、この曲も途切れることなく続けて演奏される。弦楽四重奏曲の枠を超えたような壮大なスケールで描かれるこの曲。交響曲並みの聴きごたえとテンポの緩急を味わうことができる。また、非常に録音状態が良いということもあってダイナミック・レンジの幅広さやダイナミクス変化、アーティキレーションなとがわかりやすく、かつ豪快に演奏されているというのも特徴的である。
弦楽四重奏曲第9番、2016年7月5〜7日録音
・・・全5楽章からなる作品で、2番目の妻であるイリーナに捧げられた。元々は1961年に初稿が出来上がったものの、破棄してしまっている。今演奏されている第9番はその後作曲されたものだ。シンプルな構成ながら交響曲第15番や第9番のような遊び心ある、ユーモアのある演奏が展開されており、演奏時間すら気にならないくらいにその世界観にどっぷりと浸かることができる非常に面白い曲と感じた。各楽器の特徴や音色を失うことなく演奏しており、ダイナミック・レンジの幅広さも生かされた素晴らしい名演となっている。
弦楽四重奏曲第10番、2017年6月27〜30日録音
・・・第9番と並行して作曲されたため、作品番号は第9番の次にくる。作曲家のミェチスワフ・ヴァインベルクに献呈された。交響曲第11番や第12番を連想させるような激しさの増した旋律とダイナミクスは聴いていて非常にカッコいいと感じる。これまでの録音でもやや筋肉質で固めのサウンドが展開されていたが、この第10番ではそれに躍動感が加わってなお一層迫力が増した印象を強く受ける。その分「急→緩」になった際の変化にも大分大きな差が生まれており、劇的な演奏を聴くこともできるようになっている。
弦楽四重奏曲第11番、2017年6月27〜30日録音
・・・1966年に作曲され、これまで数多くの弦楽四重奏曲を初演してきたベートーヴェン弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者であるワシリー・シリンスキーが1965年に亡くなったため、その追悼のために書かれたのがこの第11番となっている。亡くなったシリンスキーの思い出をそのまま音楽で描いたとされる。全7楽章からなる作品で、その一つ一つは短い曲となっている。やや現代的な要素も含めつつ、高い技巧や鋭いキレ味のある弦楽器の特徴が生かされたインパクトのある演奏を聴くことができる。
弦楽四重奏曲第12番、2017年6月27〜30日録音
・・・全2楽章からなる作品で、短い導入部にあたる第1楽章と長大かつ深い内容の第2楽章からできている。1968年に作曲され、同年にベートーヴェン弦楽四重奏団によって初演が行われた。同四重奏団の第一ヴァイオリンであるドミトリー・ツィガーノフに献呈されている。「緩→急」のわかりやすい構成だが、第2楽章に入った瞬間の豹変っぷりは唐突に始まった現代音楽かのような勢いとインパクトを合わせ持つ。録音状態が良いこともあってそれぞれの楽器の動きを良く聴き分けることができることはもちろんのこと、たっぷりと歌い上げる場面や躍動感溢れる場面などを明確に演奏し分ているということもポイントと言えるだろう。
弦楽四重奏曲第13番、2018年7月3〜6日録音
・・・弦楽四重奏曲の中でも珍しく単一楽章構成で演奏される。常に陰鬱としていて暗いということに加えて交響曲第14番などのような現代的な要素が含まれているためか、これまでの弦楽四重奏曲とはまた違う音色と響きをしている。テンポも基本一定で進行していくため、それを弦楽四重奏で演奏しているということも面白い。そして録音状態が良いことによって細部まで聴き込むことができるのとダイナミック・レンジの幅広さによって明確なダイナミクスや音形などを聴きとることができるようになっている。
弦楽四重奏曲第14番、2018年7月3〜6日録音
・・・第12番、第13番と短調が続いたが第14番では長調に戻りやや明るくなっている。初演を演奏したベートーヴェン弦楽四重奏団のチェリストであるセルゲイ・シリンスキーに献呈された。全3楽章からなる作品で、テンポも一定で陰鬱としていた第13番とは打って変わりユーモアのあるリズムや独特な音色と響きを合わせ持っていることによって自然と聴きやすい印象を受ける。各楽器の伸びやかで柔軟性のある演奏は最初から最後まで聴きごたえのある面白さがあるといえるだろう。
弦楽四重奏曲第15番、2018年7月3〜6日録音
・・・これまでの弦楽四重奏曲とは違い、6つの標題が付いたアダージョを途切れることなく演奏する構成となっている。
第1楽章:エレジー
第2楽章:セレナード
第3楽章:間奏曲
第4楽章:ノクターン
第5楽章:葬送行進曲
第6楽章:エピローグ
からなる。第1楽章ではシューベルトの弦楽四重奏曲第14番のモチーフが使われたり、第2楽章冒頭では十二音全てを一音ずつ演奏している。より一層現代色が濃くなった作品だが、それが私個人としては新鮮でよかったのか割と飽きることなく聴き終えることができた。むしろ何回かリピートしたくらいである。曲全体の音色や響きは非常に暗いものとなっているが、重厚感と筋肉質でやや固めのサウンドが功を奏しているのに加えて不協和が非常に気持ち良く感じる。高音質盤ならではの楽しみ方と言えるかもしれない。
作曲者問わず弦楽四重奏曲全集を初めて聴き終えたが、これまで聴いてきた交響曲やピアノ協奏曲などとはまた違う世界観に衝撃を受けつつも、非常に興味の湧く面白い時間だったと思う。次はベートーヴェンの弦楽四重奏曲をこの流れで聴いてみたいところだ。また、古典四重奏団によるバルトーク弦楽四重奏曲全曲も購入してみてその世界観をさらに堪能したいと思う。
https://tower.jp/item/4834245/ショスタコーヴィチ:-弦楽四重奏曲全集(全15曲)
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