鎌倉散策 鎌倉歳時記『曽我物語』五、佐殿伊東の館にまします事 、大見八幡が伊東をねらひし事 | 鎌倉歳時記

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定年後、大好きな鎌倉での生活に憧れ、移住計画や、その後の鎌倉での生活の日々を語ろうと思います。家族を大阪に置き、一人生活を鎌倉の歳時記を通し、趣味の歴史や寺社仏閣等を綴っていきす。

 こうして大見・八幡は、伊東を狙うため隙を窺っていたところ、そのころは兵衛佐殿(源頼朝)が伊東の館におられ、相模国の住人として大庭平太景義と言う者がいた。一門が寄合って、酒盛りが行われて申すには、

「我々は昔源氏の郎党であった。しかしながら今は、平家の御恩を持って妻子を育む事が出来ると言え、昔のことを忘れるべきではない。さて、佐殿(源頼朝)の何時となく流人になられ、することも無く退屈でおられる。一夜、宿直(とのい)申して慰め奉り、後日の奉公に申さん」、皆が「もっとも当然である」と言って、一門五十余人が集まった。個々に酒の入った竹筒を持たせ。これを聞いた三浦・鎌倉・土肥次郎・岡崎・本間・渋谷・糟屋・松田・土屋・曽我の人々、思い思いに参上した。また近国の侍も聞き伝え、

「我もどうして逃れられようか、いざ参らん」と、相模国には大庭が舎弟三郎(景親)・俣野五郎・さごし十郎・山之内瀧口の太郎・同じく三郎・蛯名野源八・荻野五郎、駿河国には竹之下源八・合沢弥五郎・吉川・船越・堀江の人々、伊豆国には北条四郎同じく三郎・天野藤内・加藤の(狩野)工藤などをはじめとして、主だった人々五百人、伊豆の伊東へと参った。伊東祐親は大いに喜び、内外の侍一面に取り計らい、また狭くなったので庭に仮屋を打ち立てて、大幕を引いて上下(身分の高き者から低き者)にいたる二千四五百人の客人を、一日一夜もてなした。

 

 土肥次郎はこれを見て、

「饗応の飲食物は、百二百の用意ができるが、すでに二三千の客人を伊東一人が行うのはまずかろう」と言うと、それを聞いた伊東祐親は、

「河津という小郷を知行した時にも、どこの誰に劣るような事があったでしょうか。ましてや楠美荘をも賜るならば、参られた方々に贈り物もございます。このような事は、なにも苦しくございません」と言って、山海の珍物をもって三日三晩もてなした。また蛯名野源八が申すには、

「このような寄合に参ると存じていたならば、国より勢子(せこ:狩場で鳥獣を追い立てる人員)の用意をして世間のうわさに聞こえる奥野に入り、足軽の組頭に馬をひかせて、鏑の遠鳴りが出来なかった事は無念である」と言うと、祐親はこれを聞き、

「祐親を人と思ってこそ三国の人々を打ち寄せて遊ばれよ。あれこれ考える事無く座敷にて勢子の願いを叶えないでは器量が小さい。それそれ、河津の三郎(祐泰)よ、勢子を催して鹿射をさせ申せ」と言った事が、伊東の運の尽きであった。

 

 河津は、元より穏やかな者であり、本来殺生を禁ずる人であった。どうしても、この度の狩りを止めればよいと思ったが、多くの侍の中で、父祐親が申す事であり、止むを得ず、「あっ」と答えて座敷を立ち、自身で勢子を集めて狩を催した。

「幼きものは馬に乗り出発せよ。大人は弓矢を持て」と言うと告げると、楠美荘は広く、老若三千四・五百人が出発した。彼らを先にして三カ国の人々は、我も我もと出発した。伊東・河津の妻女や多くの女房を引き連れて、南の中門に立ち出て出発する人々を送った。河津三郎は世の人に間違いなく、力量と品位が優れており、「このうちの大将と言ってもおかしくなく、子ながらも優れて見える者だ。たのもしい」と言うと、河津の女房はこれを聞き、

「弓矢取りの者としての姿、女が見送る事は、仕方ございません。館の中に入ります」と言うと、なるほど各々館の中に入られた。神無月十日余り、伊豆の奥野へ入っていった。

 

大見・八幡が伊東をねらひし事

 これは神無月(十月)十日を過ぎた事であった。伊豆・相模両国の人々は伊豆の山中に入る。ここに工藤祐経の二人の郎党の大見・八幡はこれを聞き、

「このような所こそ矢を射るには十分な所、何と、我等にとって良い機会である」と言って、各々柿渋を引いた布の直垂に鹿箭(ししや:狩猟に持ち入る矢)を入れた竹箙(たけゑびら:竹で作った矢を入れて背負う矢籠)を取り付けて、白木の弓が射易い様に持ち、勢子(狩場で鳥獣を追い立てる人員)にまぎれ、狙う所は何処が良いか考えていた。一日目は柏峠(かしはがとうげ)・熊倉谷に、二日目は荻窪(おぎがくぼ)・椎沢(しいがさわ)、三日目は長倉渡(ながくらがわたり)、朽木沢(くちきがさは)・赤沢峰(あかざわがみね)を初めとして、七日間、付きまとい狙った。しかし伊東は当国一番の大名であるため、家の子・郎党が多く、連れ従っているために、少しも狙う間もなく、容易に討てる所が無かった。それゆえに大見・八幡が主君の為に身を捨て、心をつくして待った。     ―続く―