日本人で日本の古典を読む人の数は、ごく限られている。それでも大学受験で古文を選択している学生もいる。基本的な文法活用、古文単語や古文読解が求められ、特に文法活用が難しい。しかし、受験者は、それらを学びながら過去出題問題の解答を得ている。一冊の古典を読み切る意味も無く、必要もない。偉そうに言っている私自身も、文法活用は苦手である。いずれ理解できるようにと、大学受験の古文参考書を睨めている。私も悪戦苦闘の末に読み切ると、平安中期から鎌倉期は、人々がこのように考えていたのかと予想以上に優れた文学表現も用いられていることに驚かされる。日本の古典を一度読まれてみてはいかがかなと思う所であり、どの様な形態の書物があるか、また読みやすい適切な書名を記載したいと思う。
現在刊行されている古典の諸本で校訂された物があり、日本語的漢文や筆記形態で仮名・漢字で書かれた原文を伝本と比べ合わせ誤記などを構成したものである。岩波文庫の岸谷誠一氏の校訂された『保元物語』は、注訳がないが、非常に理解しやすい。原本自体百頁ほどなので、時間もさほどかからない。私はこの『保元物語』を読んだことにより、古典が好きになり、完読した事で充実感を得たものである。校注の書物は古典の本文を校訂し、注釈を加えたもので、現代訳は記されていない。岩波文庫の梶原正昭・山下宏明両氏校注の語り本である東京大学国語研究室蔵本を底本にした『平家物語』四巻がある。時間はかかるが、読み進める事は出来、壇ノ浦での平家滅亡後に海に投身した建礼門院の出家後の大原での後日談や、侍所の悲恋の物語である灌頂徴が記されており、私が思う日本の古典の傑作中の傑作と思う。また、現在在庫が無いが、平家物語の異本であり読み本である講談社文庫に福田豊彦・服部幸造両氏の現代訳は無い全注釈の『源平闘掾録』がある。坂東の千葉氏の関係者が坂東八平氏、ひいては千葉氏宗家の正統性を主張するために改作されたと推測されている。灌頂徴が記されておらず、源平合戦の壇ノ浦で終わっている。注釈本は、校訂された原文と古語や固有名詞などを不明確な言葉を補足するため別項目に記されている。
訳注という物もあり、現代語訳付きと注釈があるもので、一般読者にとってはありがたいものである。角川ソフィア文庫の日下力氏の『平治物語』がなどは、前半が校注本となっており、後半が現代訳となっている。私自身、各項・段ごとに訳文がある方が好みであり、その時々に理解出来ない語句・文節を辿ることがし易い。古典の諸本には、原文と現代訳文が記載されている物は、原文を読み進め、戸惑う所は現代文を参考にすることもできる。現代訳本のみは、訳者の解釈と大層な表現も入り乱れるので、私は好まない。しかし、講談社文庫の大隅和雄氏訳の『愚管抄』は、史論であり、物語のように過剰な表現がふさわしくなく、非常に適切に訳されている。古典の諸本には、原文と現代訳文が記載されている物は、原文を読み進め、戸惑う所は現代文を参考にすることもできる。
岩波文庫の穴山孝道氏の『王堂本曾我物語』は校訂本であるが、古典に慣れてくれば、読み進める事は可能である。鎌倉時代に源頼朝が行った富士野巻狩りで曽我兄弟の仇討を軍記物風の英雄伝記物語として鎌倉中期から後期にかけて成立したものである。源頼朝が流刑されていた伊豆での当時の状況と富士野で起きた仇討の成就と兄弟の死。そして曽我兄弟の兄十郎の妾であった遊女虎御前の出家と諸国巡礼において、仇討において被害を受けた女性たちのめぐり逢いと、女性達の物語として唱導的に描かれた。この虎御前の「女語り」から遊行巫女・比丘尼(びくに:尼の格好をした私娼)・瞽女(ごぜ:女性盲人芸能者)により日本各地で広まったとされ、読み本が成立したとされる。鎌倉後期に成立した『吾妻鏡』にも影響があったとされ、史実的には精査する必要もあるが、当時の伊豆の状況や仇討後、頼朝は嫡男・頼家の後継者として位置づけたとされ、その後、敵対勢力と成りうる者を粛清した。歴史的にも多くの推論を導き、興味深い。
現代思潮社古典文庫の松林泰明氏校注の『新訂承久記』も『吾妻鏡』と共に比較すると、北条義時と泰時の乱の立ち位置が比較できることが非常に面白い。このように鎌倉期を知る上で『吾妻鏡』は必須である。私は、『吾妻鏡』吉川弘文館の五味文彦・本郷和人・西田智弘氏編の『現代語訳吾妻鏡』を活用いている。それは、常に鎌倉期の歴史の参考書になるため簡便な物が必須であるためであった。
仏教説話集として岩波書店の日本古典文学大系、渡邊綱也氏校注の『沙石集』は昭和四十四年初版の物を活用させてもらっており、現在廃版と成っており、現在既存する諸本は発刊されていないために古書店で求めた。随筆集である吉田兼好の『徒然草』、鴨長明の『方丈記・発心集』は既刊本で新潮日本古典集成の物があり、校注が整い非常に理解しやすい。他には岩波文庫で『今昔物語集』三巻、『建礼門院右京大夫集』。『神皇正統記』、『法然上人絵伝』二巻、講談社文庫に『増鏡』三巻、『道元「永平公録 真賛・自賛・偈頌」』、『西行物語』、『明恵上人伝記』、『夢中問答集』等があり、これらは読み終えた物である。一度、古典の読み手となるのはいかがでしょうか。 ―了―