第十一条、依夫罪科、妻女所領没収否事:夫の罪科に依って妻女の所領没収せらるるや否かの事(夫の罪によって妻の財産が没収されるかどうかの判断について)。謀反・殺害ならびに山賊・海賊・夜討ち・強盗などの重罪の場合は、夫の罪であっても妻の領地は没収される。しかし夫が口論などによって偶然に相手を傷つけたり、殺害したような場合は、妻の罪はないものとする。※犯行が計画的だったり、罪であることを承知で行った犯罪の場合は、妻もある程度知っていただろうと言う事から夫婦同罪となり、妻の領地も没収された。しかし、計画性がない衝動的な場合は別だとするなど、極めて男女に関しての冷静な判断である。
第十二条、悪口咎事:悪口の咎(悪口―名誉棄損罪又は誣告(ぶこく)罪―について)。争いの原因となる悪口は、これを禁止する。軽い場合でも牢に入れる。また、裁判中に相手の悪口をいったものは直ちにそのものの負けとする。それから、裁判する理由がないのに訴えた場合は、その者の領地を没収し、領地が無い場合は流刑とする。※名誉棄損罪ともいえる。武士たる者の最も大切とする『誇り』を傷つける行為については、皆、一も二もなく共感した。以下、一つの事例を挙げる。源授(さずく)と源馴(したがう)が所領争いをした。授が門注奉行人の悪口をいったと告げたが、証人を立てて究明するとそれは嘘であった。授は無実の事を構えて相手の悪口をいった罪で拘禁系に処せられ、身柄は上野入道日阿にお預けとなる。※名誉棄損=悪口罪は現代もある。
第十三条、殴人咎事:人を殴(う)つ咎の事(他人に暴力を振るう事の罪について)。人に暴力を振るう事は恨みを買う事であるから、その罪は重い。武士が相手に暴力を振るった場合は領地を没収する。領地が無い場合は流罪とする。御家人の家来は牢に入れる。
第十四条、代官罪科懸主人否事:代官の罪科、主人に懸かる(か)くるや否やの事(代官の罪が主人に及ぶかどうかの判断について)。代官が罪を犯した場合、任命した主人はそのことを幕府に報告すれば主人は無罪とする。但し主人が代官をかばって報告を怠った場合は主人の領地は没収し、大官は牢に入れる。代官が年貢を横取りしたり、あるいは先例や法律を破った場合には主人も同罪とする。代官もしくは本所(公卿側)による訴訟が行われる時、鎌倉か六波羅探題により呼び出しがあったにもかかわらず応じなかった者は、主人の領地を没収する。但し、罪の重さによって軽重がある。
第十五条、謀書罪科事:某書の罪科の事(偽造文書の罪について)。偽の書類を作った者は所領を没収する。領地を持たない者は島流しとする。庶民の場合は顔に焼き印を押す。また、頼まれて偽造文書を作った者も同じ扱いとする。裁判中に噓をついた者は神社や寺の修理を命じ、それが出来ない者は追放とする。※証文の偽造については特に罪が重い。次の事例がある。熊谷直経が、継母の尼真継とその実子である直継の遺領を争った。上記の直継は子供がないまま死んだ。二人の父の遺言では、
「彼ら二人の内相続すべき子が無い方は譲られた所領を、もう一方に与えなければならない」。
そこで、未亡人の尼真継は直継の架空の子をでっちあげて、証拠書類を偽造して提出した。これは見破られて、所領は直経の物とない尼の真継は島流しに処せられた。
第十六条、承久兵亂時没収地事:承久の兵乱の時、没収後の事(承久の乱時に没収した領地のこと)。承久の乱後に領地を没収された領主のうち、後に敵ではなかったことが証明された場合、領地は返還する。すでに返還する領地に入っていた新しい領主には、合戦の時に戦功があった者達であるから、代わりの領地を与える。御家人であったにもかかわらず、幕府に敵対した者の罪は重く、死罪の上財産は没収する。但し、今より以後、朝廷の味方であったことが判明した者については特別に許し、財産の五分の一を没収するにとどめる。※これはなぜか。乱後十年が経過し、その間幕府に尽くした実績を考慮した。つまり、ここでも『時効』と言う事だ。御家人以外の外司や荘官の場合は、今後財産を没収する事はしない。なお、領地の本来の領主と称して、財産を没収された時新たに領主になった領主は違法として、没収地を返還してほしいなどの訴えが多いが、現在の領主を差し置いて、今になってから調べる事は筋違いなので今後このような訴えは受け入れない。※承久の乱後十年が経過していたが、混乱は続いていたのだろう。わざわざ式目にその情を入れる必要があったのである。
第十七条、同時合戦罪過父子各別事:同じ時の合戦の罪科(父子が立場を変えて同じ合戦に参加した時の処分について)。父と子で幕府側と朝廷公卿側に別れた時、御家人の場合は、賞罰は別々で罪をもう一方に及ぼすことはない。しかし、西国の武士の場合、父子が、どちらが朝廷公卿側につけば、本国に残った者も罪を被(こうむ)る。※西国は鎌倉から見て遠く、元々公卿側なので信用できなかったという事だろう。
第十八条、讓與所領於女子後、依有不和儀、其親悔還否事:所領を女子に譲り与えて後、不和の儀有るに依って、其の親悔い還すや否やの事(妻や子に相続した後の所領を返還させる場合のことについて)。子女と書いてあるが、男子もこれに該当する。親は子に相続させた後であっても、所領を取り返すことができる。これは、後の争いを恐れて子に相続することをためらったり、子供が親に対して道徳的に反する行いを抑えるたりするためである。この事が保証されていることによって相続した者が親に孝行をし、親は安心して子供を養育することができる。※公家の法(律令)では、いったん譲った財産は取り戻せなかった。
第十九条、不論親疎被眷養輩、違背本主子孫事:親疎を論ぜず眷養せらるる輩、本主の子孫に違背する事(忠実を装い、財産を与えられた家来が、主人死亡の後に態度を変えた場合について)。主人を敬い、よく働いたために、財産やその譲り状を与えられた家来が、主人死亡の後にその恩を忘れて財産を奪おうなどと、子供らと争った場合、その財産を取り上げて主人の子供らにすべて返還させる。
第二十条、得讓状後、其子先于父母死去跡事:譲り状を得た後、其の子、父母に先立ちて死去せしむる後の事(譲り状を得た後、其の子、父母より先に死んだ場合の事)。財産の譲り状を得た子供に、生存中でも相続権を変えることもあるのだから、子供が死んだ場合、御家人は次の相続人を自由に決めてよい。※『親権』を尊重している。 ―続く―