鎌倉散策 令和四年四月の鎌倉の行事 | 鎌倉歳時記

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定年後、大好きな鎌倉での生活に憧れ、移住計画や、その後の鎌倉での生活の日々を語ろうと思います。家族を大阪に置き、一人生活を鎌倉の歳時記を通し、趣味の歴史や寺社仏閣等を綴っていきす。

 

(写真:鎌倉 光則寺の海棠)

 今年は、鎌倉も桜の開花が例年よりも早く同じ時期に咲く海棠も開花が早いようだ。今週中が見ごろかもしれない。四月の鎌倉は何かと行事が多いが、コロナ禍においてまだまだ開催が行われない中止、規模縮小、未定となっている。訪問時には、目的の寺社仏閣にと言わせ下さい。

 ・四月二日土曜日、由比若宮例祭が行われる。由比若宮は元八幡(もとはちまん)とも呼ばれ、現在の地に八幡宮が遷る前のお社でした。源氏一族が古くから治めていた場所であり、由比郷鶴岡(ゆいごうつるがおか)といいました。この神社は、康平六年(1063)源頼義が「前九年の役」で奥州を平定し帰還した際に、ご守護を祈って出陣した石清水八幡宮の御分霊をお祀りしたのが始まりです。治承四年年(1180)十月、源氏再興を目指し鎌倉に入った頼朝公は、まず先祖が氏神としてお祀りした由比郷鶴岡のお社を、ご神意を伺い、新しい町づくりの中心に相応しい現在の地(大臣山の麓)にお遷ししました。お遷りになった後も縁の地(ゆかりのち)での祭祀は続き、毎年四月二日には氏子崇敬者参列のもと例祭が執り行われます(鶴岡八幡宮公式ホームページ引用)。

 ・四月三日日曜日、若宮例祭。若宮には仁徳天皇・履中天皇・仲媛命・磐之媛命の四柱のご祭神がお祀りされています。 その中の一柱、仁徳天皇は応神天皇の御子神にあたることから、若宮は本宮同様に尊ばれ、当宮で唯一の「摂社」(せっしゃ、本社に次ぐおやしろの意味)に列格されています。宮司以下神職の奉仕のもと、巫女による萬代の舞が奉奏され、厳かに執り行われます(鶴岡八幡宮公式ホームページ引用)。

 

(写真:鎌倉 由比若宮)

 ・四月九日土曜日、丸山稲荷社例祭。丸山稲荷社は鶴岡八幡宮の末社で、古くからの地主神といわれています。建久2年(1191)に本宮造営の際、現在の場所にお遷りになりました。丸山稲荷社に到る階段には多くの鳥居が奉納され、願を込めて奉納された朱色の祈願旗が社殿地を囲んではためいています。崇敬者による「丸山稲荷講」も営まれ、参拝者が途切れることのないお社です。毎年四月九日には例祭が行われます。多数の崇敬者の参列のもと、神職巫女により厳かに執り行われます。(鶴岡八幡宮公式ホームページ引用)。

 ・四月初巳、旗揚げ弁才天社例祭。弁財天様のご縁日にあたる毎年四月初巳の日に例祭が執り行われます。源氏池の中の島に鎮座する旗上弁財天社は、源頼朝公の挙兵に際し弁財天の霊験があったことから、源平池が作られた際にここに祀られたお社です。頼朝公の旗上げに因み開運、商売繁盛、学芸上達などを願う、崇敬者が多く参列し、賑わいます(鶴岡八幡宮公式ホームページ引用)。

 

・四月二十一日木曜日、竹内社例祭。武内社とは、八幡宮の御本殿のすぐ西側に建つ、武内宿禰命(たけのうちすくねのみこと)を御祭神としてお祀りするお社です。『日本書紀』によると、武内宿禰は十二代景行天皇から十六代仁徳天皇までの五代の天皇にわたって仕え、二百余年にわたって政治に携わったことが記されています。そのため、延命と長寿の神様として信仰されています。当宮の御祭神である神功皇后の三韓征伐・応神天皇誕生後の忍熊王の反乱を討伐するなど、側近として長く政治の執行を助けました。このように神功皇后・応神天皇とのつながりが大変深いことから、御本殿のすぐ側に鎮座されているのです(鶴岡八幡宮公式ホームページ引用)。

四月二十九日、昭和祭。昭和天皇は、明治三十四年年四月二十九日にご誕生なさり、大正十五年に践祚(せんそ)され、その御在位は64年の永きにわたりました。この間は、波乱と激動の時代でしたが、終戦後の我が国の繁栄を築き上げたのは、国民の努力と昭和天皇の大御心の賜物ともいえます。昭和天皇ご降誕の佳節である「昭和の日」は、平成19年に「みどりの日」より名称が変更されました。この「昭和の日」には、昭和天皇のご遺徳を景仰し皇威の隆昌と国運の発展を祈り、昭和の御代を顕彰する「昭和祭」が行われます。

以上鶴岡八幡宮の四月の行事で開催の有無、時間等は鶴岡八幡宮にてご確認ください。TEL0467(22)0315.

 

(写真:鎌倉 長寿院)

 ・四月八日金曜日から六月二十六日まで北鎌倉の長寿院で春の特別拝観が始まる。長寿院は山号寺号を宝亀山長寿で臨済宗建長寺派の寺院であり、足利尊氏の屋敷を古洗院元禅師が開山、開基として足利尊氏が元享三年(1323)から建武三年(1336)の間に建立された。春は桜の庭園が美しく、秋は紅葉の美しさは見事である。御住職は、「今は桜が満開できれいですよ」との事であった。桜の次期が過ぎても新緑の緑が美しい。この期間にしか訪れる事が出来ないため、必見です。北鎌倉の建長寺バス停で降り上町へ下ると楽です。すぐ横の亀ヶ谷切通を登り扇ヶ谷方面へ出て、薬王寺、浄光明寺、海蔵寺、英勝寺、寿福寺を巡るのも良い散策になると思う。

・四月二十三日から五月三十日の春季「まんだら堂やぐら群」が公開される。百五十穴以上のやぐらが確認されるやぐら群で、まとまった良い状態のやぐら群では鎌倉市内にも少なく、大変貴重である。やぐら内の五輪塔は後の時代に動かされたものが多く中世のそのままの状態ではない。鎌倉末期から室町期に造られたやぐらで、当初武士のやぐらが、次第に僧侶、そして裕福な商人のやぐらとして拡大していったのではと考えられる。近くに大切岸や名越切通を歩くことが出来、多方面に向かう道を散策する事が出来る。逗子市役所社会教育課が管理されており、春と秋に公開されている。入場に際し、まんだら堂保存のためボランティアの方が寄付金として募られている。開催日と時間は土日月祝日の十時から十五時まで。逗子市役所社会教育課046-873-1111。駐車場は無いのでJR鎌倉駅東口バス乗り場から「名越方面行き」「緑が丘入口」下車、徒歩六分。

 

(写真:逗子市 まんだら堂やぐら郡)

 ・四月四日日曜日、今年度は時宗公毎歳忌が円覚寺塔頭仏日庵で行われるようだ。

 ・四月七~九日の間。極楽寺本尊開扉が行われる。秘仏の清凉寺式釈迦如来立像を特別開扉され、秘仏本尊釈迦如来立像(国重要文化財)が参拝可能だが、建物外からの参拝です。八日の日は奥の院にある開山の忍性上人の墓、五輪塔(忍性塔)も公開される。忍性菩薩御廟特別参拝は八日のみ、10時~16時。極楽寺開山忍性菩薩の墓塔(五輪塔)に参拝できます。灌仏会は、八日、10時~16時。仏陀誕生の時に天から甘露の雨が降ったという伝説にちなみ、誕生仏に甘茶を灌(そそ)ぎ誕生を祝います。七日、正午~十六時、八日、十時~十六時、九日十時十三時。極楽寺:0467-22-3402(引用:鎌倉観光協会)。

・四月八日木曜日、降誕会・灌仏会が各寺院で行われる。この行事は、釈迦の誕生を祝う法会で釈迦像に甘茶をかけて祝われる。円覚寺仏殿において降誕会(花まつり)が毎年行われるが、今年度も現時点で見学可否未定との事。

 

(写真:鎌倉 極楽寺)

 ・第二~第三日曜日、鎌倉まつりが鶴岡八幡宮で行われる。初日に下拝殿(舞拝殿)で義経との別れの悲しみを訴えた舞、静の舞が披露され、最終日は武田一門により流鏑馬神事が奉納される。今年も実施されるかは現時点未定。昨年同様第63回鎌倉まつりは規模を大幅に縮小して「静の舞」のみを実施し、例年実施しているそれ以外の催しは中止。なお、「静の舞」の実施・観覧については、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、開催日非公表で実施し、YouTubeにて動画配信を開始する予定になると思われる。

・第二日曜日(十日)、妙法寺で扇供養が行われる。日常、使い古した扇や、稽古事など、また舞などで使い古した扇を供養する。妙法寺TEL0467-22-5813

・十三日水曜日、源頼朝公墓前祭が行われる。源頼朝の命日に源頼朝公墓前で行う供養である。開催不明。

・二十九日、円覚寺で鎌倉漱石の会が行われる。開催不明。

 
(写真:諸喝采、著莪)

この季節、鎌倉の町を歩くと、梅、桃、桜、海棠と春を感じさせてくれる木々の花が順次咲いていく。また、諸葛菜、著莪、十二単、大手鞠、躑躅、石楠花、都忘れと咲いていく。一番美しい季節に移って行くのが四月である。四月の鎌倉の行事は、大小合わせると最も多い月になるかもしれない。

 春の心地よい風に吹かれ、寺社仏閣を巡ってみるのも良いと思う。寺社に咲く花を見れば心も和むかもしれない。花は名前を知る事で、花の原産、由来、花言葉等を知る事が出来、興味が深まります。かまくら春秋社『鎌倉の花 小辞典』を一冊カバンに入れて歩くのも良いと思う。今スマートホンで花アプリがあり、すぐに写真を撮る事によって花の名が知る事が出来、本当に便利になった。しかし、花の名を覚えるには、時間をかけて色々と花図鑑を調べ探し出すと忘れる事は少ないと思う。