官軍の大将の大江親広は、近江国逢坂付近の関寺まで落ち延びた。また佐々木高重以下は三条河原で誅殺されたという。『承久記』「慈光寺本」は、三浦胤義が源翔・山田重忠らと共に十四日の夜半に院御所紅陽殿の門前に参上して「君は早くも合戦に負けておしまいになりました。門をお開け下さい。御所に籠って敵勢を待ち受け、力の限り戦い、その有様を間近で君のお目にかけて、討死にをいたす所存です」と奏上した。しかし後鳥羽院は、「胤義どもが御所に立て籠もったならば、鎌倉方の武士たちが御所を包囲し、われを攻撃することになる。口惜しいが、今は早く何処かに退け」と返答した。院は御所の門を閉ざし、最後の一戦に駆けつけた官軍の藤原秀康、三浦胤義、山田重忠を門に入れず、山田重忠は「大臆病の君に騙られたわ」と憤慨したと言う。後鳥羽院は、幕府軍に使者を送り、この度の乱は謀臣の企てとし、義時追討の院宣を取り消し藤原秀康、三浦胤義、山田重忠らの捕縛を命ずる院宣を下したとされる。胤義は、淀路から入京する兄三浦義村と再び対峙するため東寺に向かった。
(写真:京都御所）
『吾妻鏡』六月十五日条では、寅の刻（午前四時頃）藤原秀康と三浦胤義は、曇る京の一条大路の北、万里小路の西に所在した御所、四辻殿（万里小路殿）に参り後鳥羽院に奏聞した。「宇治・瀬田の両所で合戦して官軍が敗北しました幕府の軍勢は道を塞いでいる上に、間もなく京に入ろうとしています。たとえどのような事があっても、決して死を免れることはできないでしょう」。そこで後鳥羽院は太夫史（おずき）国宗宿禰（すくね）を勅使として北条泰時の陣に遣わせた。土御門・順徳の両院、頼仁・雅成の両親王は加茂・貴船などの近郊に避難されたと言う。辰の刻（午前八時頃）、国宗は院宣を樋口通五条大路より一町南の樋口通の賀茂川沿う河原で泰時に会い事情を述べ院宣を渡している。
興味深い点であるが五千余りの軍勢がここまで迫っていた。そして、その五千余りの軍勢の中で院宣を読む事の出来た武士は武蔵の国の住人藤田三郎熊能のみであったようだ。藤田が読んだ院宣は「この度の合戦は（後鳥羽の）御意思でから起こったものではなく、謀臣らが申して行ったものである。今となっては（泰時らの）申請通りに宣下しよう。」と記載され、またその後で、御随身（ごずいしん）の泰頼武を通して「院中に武士が参る事を停止した」とされる。
（写真:京都 仁和寺）
仁和寺の僧侶が書いた『承久三年四年日次記（ひなみき）』の同日条、辰の刻、勅使の小槻国宗が官掌（かんしょう）二人、使部二十人の下級役人を伴い、「義時追討宣旨」の撤回、帝都での狼藉禁止、すべて「申請に任せて聖断を下す」という物であった。泰時は承諾し、武士たち禁中参入を朝字すると返答した。三浦義村は「別して宮中を守護するように関東の命を受けているとし、内裏守護をしていた源頼道の子・右近将監頼重らを遣わした。」と記されている。『吾妻鏡』は、これらの日記等を用い後に編纂されたと考えられる。北条時房・泰時の軍勢は巳の刻（午前十時頃）六波羅に到着した。
後鳥羽院の祖父後白河院も源義経に頼朝追討宣旨を下し北条時政の上洛によりつ慰問され責任回避・転嫁を行い義経追討の宣旨を下している。この祖父と孫は、多くの共通点が窺われる。後鳥羽院は、「神器無き即位」の帝の屈辱感を払拭させるために、武芸・文芸を習得し秀でた才能を持ったが、軍将としての才は持ち合わせなかった。そして、感情も気分次第で露骨に表す面も多くあったとされ、人の上に立つ人望も持ち合わせていなかった。時代は、後鳥羽院よりも北条義時を選んだ。
後鳥羽院に見捨てられた藤原秀康、山田重忠は逃走し、三浦胤義は東寺に立てこもり、胤義の兄の三浦義村・佐原の軍勢が、淀路を上り東寺を攻め同族相戦の悲劇が始まった。申の刻（午後四時頃）、三浦胤義等は、激しく抵抗をしたが、太秦の自邸に退く途中、二騎にまで討ち取られ、木島（このしま）神社で包囲され胤義は子の胤連、胤泰と共に自害し、郎従が太秦の宅に持ち帰った胤義の首を義村が探し出し、北条泰時本陣に届けられた。山田重忠は嵯峨野般若寺で自害、藤原秀康・山田重忠は敗走し、秀康は河内国で捕縛され、重忠も佐賀般若寺山で自害し承久の乱は終息した。
（写真:京都 東寺）
同十六日、北条時房・泰時が六波羅の館に移り、北条義時の国を治める考えとして、武家が爪牙・耳目（そうが・じもく：手足となり働く者）となる事で、武家の安全を求めるために残党が多い中、疑わしきものの刑は軽くするとの合議を経た。佐々木中務入道経蓮（経高）は、後鳥羽院に祇候し、合戦の計略を立てた人物で、官軍敗走後は鷲尾（京都市東山区北部）に居るという知らせがあった。泰時は使者を派遣し、「決して命を捨ててはならない。関東に申請して恩赦する」事を伝えさせが、経蓮は、「これは自殺を進める使者である。どうしてこれを恥じない事が在ろうか」と刀を取り体に突き刺すと、まだ命があるうちに輿に乗せられ六波羅に向かった。泰時はその様子を見て、「指示した旨に反して自害とするとは、本意に背くことだ。」と言ったとされる。この時、経蓮は僅かに両眼を開け爽快に笑い、言葉を発することなく死去したと言う。また、清水寺の住僧の敬月法師は弟子の常陸房、美濃房と共に捕縛され、大した勇士ではなかったが藤原範茂卿に従い宇治に向かったため許される事は出来なかった。しかし、一首の和歌を泰時に献じ、泰時は感心して、死罪を減軽し遠流にしている。「勅なれば 身をば捨てき 武士の やそ宇治河の 瀬にはたたねど」
この日、泰時は関東に飛脚を遣わし、合戦が無事に終わった事を知らせた。
（写真：鎌倉 鶴岡八幡宮）
同十七日、六波羅で勲功の浅深（せんさいん）が糺（ただ）され、「六月十四日に宇治の合戦で敵を討った人々」、「六月十三日・十四日宇治橋の合戦での負傷した人々」十三日、三十五人。十四日、九十八人、合計百三十二人。『六月十四日に宇治橋の合戦で河を超えて攻め進んだ時、味方の人々の中で死んだ者』九十七名であった。宇治川での渡河の先陣について佐々木信綱と芝田義兼が争論となり、北条時房・泰時の前で対決となった。両社言い分があるが、側にいた春日刑部三郎貞幸に起請文を提出させ述べさせた。「佐々木の馬が二人に馬の頭より鞭の長さほど先にいた」と言い。泰時はさらに側にいた者にも尋ねたところ答えが一致していた。泰時は義兼を呼び「言い争う事はよくない。ただ貞幸らが申した通りに関東への注進を行おうと思うので、勲功の恩賞については、きっと思い通りになるだろう」。そして兼義は「たとえ多くの恩賞をうけずとも、この争論に関しては承服できません。」と言ったとされる。東国武士の貪欲な恩賞に対する思いと、先陣と言う名誉がいかに大事であったかを語っている。また、それを差配する事も大将軍として果たされなければならない事であった。翌十八日、この度の合戦の勲功に対する交名が、記された書状を鎌倉に遣わしている。東国武士にとっての「御恩と奉公」に基づき早急な対応を行っている。 ―続
