『吾妻鏡』で建久三年（1192）十二月五日条、頼朝は生まれた千幡を抱いて御家人の前にあらわれ、「御内を一つにして将軍を守護せよ」と述べ、面々に千幡を抱かせたとある。これは何を物語っているのだろうか。頼家が生まれた時は生まれた事のみ記載されており、その後、富士の狩場で初めて鹿を射とめた事は記載されている。頼朝は男子がまた生まれ、源氏の安泰を示したのか、頼家の追放を予感していたのか。しかし『吾妻鏡』が勝者により編書された書物であるため、この件はそれ以上分からない。
頼家が在命中にもかかわらず、建仁三年（1203）九月七日、千幡は従五位下征夷大将軍に任じられ、十月八日、時政の名越の邸宅で十二歳の実朝は元服し、名を実朝と改め、翌日将軍家（源実朝）の政所始が行われた。二十四日、父頼朝が務めた、右近衛佐に任じられ、翌元久元年（1204）七月十八日、兄頼家は北条氏の刺客により暗殺された。名実とも実朝を阻むものは無くなった。
十二月、京の坊門信兼京の娘信子を正室に迎える。時政等は足利義兼の娘を実朝の妻に迎えようと画策したが、実朝自身が受け入れず、京の文化を好み、すでに自身で使者を選び京に発して正室を求めたと言われる。しかし、兄頼家と比企の乱を目のあたりにした実朝は御家人から妻を受ける事が紛争を生む原因として拒んだとも考えられる。実朝の幕政は当初、重臣達が担っていたが、故頼朝の御家人等に下された御書を見て写し、頼朝の御成敗の意趣を知ろうとし、勤勉だった様子が残されている。後には、よく学ぶ実朝も次第に幕政に関与するようになる。元久二年（1205）一月五日、正五位に叙され、二十九日には加賀の介を兼ねる右近衛中将に任じられた。この時期に、また叡山の俗僧らの暴挙や、まだ平氏の残党および武士たちの蜂起がまだ起こっていた。四月十二日、実朝が十二首の和歌を詠まれ、歌人としても知られ九十二種が勅撰和歌集に入集、小倉百人一首にも選ばれ鎌倉右大臣とされている。また加州として『金槐和歌集』がある。しかし、またしても御家人の武士の誉れとされた畠山重忠の乱がおこる。
これは乱と言うより、比企の変同様、北条家の策略による虐殺であった。畠山重忠は武士の鑑と称えられ、石橋山では平家にくみし、石橋山の戦で三浦義明を衣笠山で討っている。しかし頼朝が下総から常陸国に入る際、参陣し忠誠を誓った。その後、治承・寿永の乱では常に先陣を務め多大な功績をあげた。また、頼朝に信頼を受け、奥州合戦には頼朝軍の先陣を務めている。静御前の義経を思う静の舞に重忠は銅拍子を討ち器楽にも長けていたとされる。『吾妻鏡』においても頼朝生前には良く記載されており、永福寺の造営に関する力仕事を頼朝は良く感心していた。重忠は鎌倉幕府においては有力な御家人の一人であり、正治元年正月の頼朝死去の際に頼朝から子孫を守護するように遺言を受けたとされる。北条時政は畠山重忠の勢力の拡大を恐れており、武蔵国の武士団の首領としての畠山重忠と時政の娘婿である武蔵守平賀朝雅との対立もあった。
元久二年（1205）六月二十一日、畠山重忠の次男の畠山重保は北条時政の後妻・牧の方も娘婿になった京都守護の平賀朝雅と重保との遺恨により、朝雅が牧の方に讒言(ざんげん)した。時政は子息、義時時房を呼び内々に謀議を行った。当初義時は重忠の謀反の審議を行うべきで、謀殺には反対であった。しかし、牧の方の強い訴求により義時は、それ以上逆らうことは出来なかった。義時はこの頃まだ江馬姓（北条氏の分家名）を称しており、北条氏の嫡男として処遇されていなかった。時政と牧の方のとの間に子息政範がおり、牧の方が嫡男として処遇することを望んだとされる。前年の元久元年十一月に実朝が正室を求める使者として政範らが選ばれ、京に行き、急死する。この急死により京に随行していた重保と京都守護朝雅の意見の対立により遺恨を残し、畠山重忠の乱と牧氏事件へとつながった。同二十二日、時政は重忠謀殺を行う手始めとして重保を鎌倉で謀反が起こったと呼び出され、討伐のために出向いた重保は、時政の命を受けた三浦義村に由比ヶ浜でだまし討ちの様に討ちとられた。重忠は鎌倉に変事があったと知らされ、急遽鎌倉に駆けつけるが、幕府軍の大軍に二俣川（現横浜市旭区）で遭遇し激戦の末、敗れ討たれた。武蔵の武士の首領であり、幕府に忠誠をつくした畠山氏は滅びた。幕府軍の総大将であった北条義時は重忠の軍勢は平服で僅か百余騎の兵で、謀反ではなかった事に涙を流して報告した。その後、七月八日、十四歳の実朝に変わり北条正子により畠山重忠や残党の所領を功勲のある者に賜った。同十九日、時政の後妻牧の方が平賀朝雅を関東の将軍にして現将軍家を滅ぼそうとする風聞があり、実朝は義時邸に入り守護された。時政は同日六十八歳で出家をし、同時に出家された者は数え切れなかったと言われる。同二十日、伊豆の北条軍に追放下向した。北条義時がこの日二代執権職を命じられ、中原広元、三善康信、和田景盛らによる審議で平賀朝雅の誅殺が決められ、同二十七日、京にいた平賀朝雅は謀殺されている。二俣川の戦いの一月後で、幕府内での畠山重忠の乱は終わった。
重保の墓は若宮大路一の鳥居脇に宝篋印塔が祀られている。また、今小路の八坂社は畠山重保の屋敷の傍に建立された。社の北西にある観音山の頂には「望夫石」と呼ばれる大岩があったらしい。畠山重保が北条氏の策謀により由比ヶ浜で討たれた際、重保の妻がこの岩から由比ヶ浜を望み、悲嘆にくれて亡くなり、石になったという伝説が残されているらしい。
政子と継母牧の方の関係上、治承四年の亀の前事件後、良好な関係ではなかったと考えられる。『吾妻鏡』では、義時が畠山重忠の謀殺に反対しているように義時を美談的に記載されているが、重忠を二俣川で討ち、その後の謀反では無かったにもかかわらず、所領を功勲のある御家人に賜っている。この事件により時政と政子・義時は政治的対立を深めたと言われているが、全てが、あまりにも早急な対応と対処に疑問を持つ。政子による実朝の将軍の確立を行う為の謀略で、義時に北条家を継がせ、二代執権職を与えることで、義時を動かしたと考える。