日本の酒場にて英国人の男と話してたら、

ちょうど私と同い年

日本語なんて話す気もないようでしたが

愛嬌があったので、少し話し込みました

 

ネパールにも言ったことがあるとのことで

首都カトマンドゥのチベットレストラン(店名)の

ずっしりと重いチョコケーキの話になりました

「アメリカのパイよりも甘くて頭痛くなるゾ!」と私が言ったら

そいつ「甘いからうまいんじゃねーか!」と胸を張って答えました

 

甘い=うまい・・・安い かつての日本みたい

英国 食に関しては後進国じゃねーの?

 

ネパールのチョコケーキは振られてしまった女性のよう

未練ばかりで心にも重たく本当に

ずっしりと胃袋にも のしかかって来るようです

デザートには不向きかな だって本気だったもの

 

アラスカの白身魚

船と工場

前出の英国人、バックパッキングで旅してると

どうしてもバイトしなくてはいけないみたい

当時、日本では郊外の自動車工場でそこそこ稼げた

期間労働者ですな

 

米国ではアラスカでの魚関係が有名でした

船に乗って漁するとだいぶ稼げたらしいが

危険と背中合わせのため、ヘタレの旅行者は

工場勤務がデフォルトだったらしいです

英国人も工場に従事していたとのこと

コンベアで流れてくる白身魚には必ず虫がいるので

ピンセットみたいなので取り除いていたようです

疲れてくると「Ⅰdon't care!」

気にしないとか言ってスルーしてたらしい

「だから俺は白身魚は食べない」とかも言ってた

 

私はまったく気にしないが・・・

あいつどうしてるかなあ

気の強い日本人娘と上手くやってるかなあ?

日本語勉強しろよ!ケネス.M!

 

私が撮ったPHOTO

ボリビアの首都 ラパス 標高3595m  

頭痛かったぞ 高山病?

富裕層は下の方に住んでる

(若干酸素が濃い)

お金のない人は上の方らしいです

 

高尾山599m辺りで頭痛いとか言ってみたい

 

 

 

 

 

その昔、タイ国から

腕時計 ローレックスやオメガを10点くらい買ってきたことがあります

勿論、写真はありません

 

当時の日本税関は緩く(というか規制が無かった)

なんの問題も無くフリーパスでした

今はおそらく「没収・・・!」

勿論、時計は ばったもん どうやら香〇、台〇製らしかった

ロレックスは一週間で秒針が外れ踊るような代物

まあそんなことも想定内で楽しかったんだが・・・

「ムーブメント(中の機械)は日本製、マイフレンド!」

とか言われても信用しないようにね

 

売る気なんて全く無く楽しむ為のアイテムでしたなあ

結構 高くて一個200バーツくらいだったように思われました

200バーツ・・・・600円位

タイに長くいると100バーツはあまり使わない

ラーメン(バミーナアム)が20バーツ(60円)くらい

串に刺した焼き鳥が5バーツ(15円)

 タイ語が話せると一本5円位になってたかな

 

観光地のムエタイ(タイ式ボクシング)では

100バーツ以上を賭けるとまず負ける

負けるどころか 周りのタイ人から「バーカ」とか

軽く陰口を言われる始末

たま~に勝っても胴元から「ポラマ~イ(果物)」とか言われて

手下が果物買いに行かされて周りの皆で美味しくいただく

お布施(タンブン)のようなものに化けて

結局、手元にお金は戻ってこない

(・・・ん?わたしのこと?)

多分、今でもこの辺の価格は変わっていないと思います

 

バンコクのムエタイの聖地ルンピニスタジアムや

ラジャナムダンスタジアムでは

500バーツや1000バーツ札が飛び交うみたい

タイ人、すぐに熱くなるから・・・

そこに微笑みは無い!

 

でもすぐにタイ娘に熱くなるのは日本人男性みたい

入れあげたら最後、周りのタイ人 関係してくるタイ人

タクシードライバーまでもが泥棒の目になります

そうなったらタイはまるで蟻地獄

みんな悪い顔で微笑んでる

持っているお金が全部なくなるまで

愛は虚飾の花だと気づかないんだろうね

数年前に長〇県の年金事務所での横領事件があったが

タイに潜伏してお金が無くなったらオネエチャンから叩きだされた

 

そんなのタイでは典型的な例、何の感動も無かったです

きっと真面目な方だったんでしょうなあ

(横領しちゃったけど・・・)

きっと純愛に憧れちゃったんだよね

うん、わかるわかるよ

 

スエチャイドイナ・・・可哀想に、残念です

チョークデイーナ・・・GOOD LUCK

 

 

タイ人男性は出家して仏門に入れば親に孝行したことになるが

タイ人女性はお金を親に渡すことが親孝行らしいです

 

お金を親に送ることでは一緒かもしれないが

日本人はキリスト教徒のフィリピン女性とは相性が良い気がする

タイの上座部仏教(小乗仏教 テーラワーダ)とは

同じ仏教でも合わないように思える

日本は大乗仏教だし・・・後は調べてね

 

周りにフィリピン女性と結婚した人は居るが

タイ人女性と結婚した人はとても少ないです

華僑系タイ人なら価値観が合うみたいですがね

 

タイ人、中国人、韓国人は性格、きっついらしいですよ

日本の女性も油断できないみたいですけどね

自分に都合の悪いことは秒で忘れ、

都合の良いことは永遠に言い続けるみたい

世の女性はみんなそうなのでしょうか?

 

あっと、全世界の女性を敵にまわしてしまった予感・・・

 

遠い日のタイ国にて

後ろは当時の良くない友人 

遊びだと楽しいナイスな男だったんだが

真面目に仕事はしない ギャンブル大好き

女は追いかけるで、まるでタイ人男性のようなやつでした

ちょっと憧れ(?)

そういうものに私もなりたい

 

余裕なお金が無くなると

オートバイも100CCのHondaカブになる楽しさを

君も味わって欲しいです

(しかもお洒落なカゴ付き)

 

 

 

おや?

猫ブログ?

気まぐれが良い感じに思えて始めた駄文ブログ

 

ある程度の自由が良いなあ

伴ってくる責任は取るけど

 

 

かつてアメリカ大陸をLAからFLフロリダまで横断しました

あまり感動は無かった

 

マイアミからブラジルまで言葉も分らないまま

ヴィザ取得して飛びました

何か座ってたらヴィザが取れました

 

途中、パラグアイのアスンシオンでトランジット

現地の人が物売りにやってくる

 

インド旅行経験者のオレを舐めるなよと

しばらくは無視していたのだが

何度も何度もフォークダンスの異性のように廻ってきて

その都度 私の青春のかさぶたが柔らかくなっていくのを感じさせてくれました

しかも売りに来たのは民族模様のハチマキみたいなやつ

なおかつ待機している部屋は円筒形!!!

 

結局3㌦を1㌦に値切ったのだが 売り子は満面の笑みで「1㌦?OK!」と

悪い顔で交渉成立  

 

そのヘアーバンド?は暫く下の鮭に巻き付けてあったんだが

今は行方不明

「その鮭こそどうしたんだ!」という声があるかと思いますが

それは割愛させて頂きます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先週、ただいまーって帰ってみたら

いつも通り下駄箱の上で黒ちゃんが待っていました

「おっ!良いね 帰って来るのを待ってたの?」

と話しかけるとト~ンと飛び降りて

歩き始めましたが、何だかおかしい

ありゃりゃ、びっこひいてる~

 

後ろ右足が動かないみたい

ヘルニア?

やだよ

 

翌日、近所の動物病院へ連れていきました

 

 

先生に一通り説明して

レントゲンを撮ることになりました

でもやはり私が居ないとダメみたいで大暴れしたみたいです

 

で私も鉛の入ったX線防護服を着て部屋に入りました

そしたら黒ちゃんが「怖かった~」などと訴えかけてました

「知らない男のひと二人に押さえつけられて

 解剖されちゃうかと思った~」とテレパシーを私に送ってきました

 

・・・・・・先生ごめんね!

 

「黒っ、解剖されないから 大丈夫だから 検査だからね」

とエリザベスカラーを装着された不安げな顔に

手を当ててなでたらおとなしくなり

ちゃんとレントゲン検査を受けてくれました

 

猫はちゃんと人の思いや言葉が通じると思う

だってちゃんと日本人に可愛がられて来たんだから

奈良時代からね

 

 

「先生、薬を飲ます時は口に入れて頭を「ゴン!」って

はたかないといけないんでしょうかと」

真顔で聞くと「動物のお医者さん?チョビ?」とか

言ってきてそれから私との距離が近くなった気がしました

「あの漫画のおかげでその年は獣医になる人が増えたんだよ」

 とか言ってた

佐々木倫子氏ね

 

私の記憶に残ってるのは二階堂君の

「壁の裏はネズミの卵でいっぱいだ~!」のセリフ

また「誰だ、ネズミの卵なんて言ってるやつは?

 留年させるぞ!」という

教授の言葉かなあ

 

 

先に旅立った人間に可愛がられた動物たちは

虹の橋のたもとでちゃんと待っててくれるという

伝説があるらしいがほんとかなあ

ハートのしっぽ?智先生?

次回、聞いてみよう ノリの良い獣医さんで良かった

 

黒ちゃんは今日はスタスタと歩いてた

何もしなくて3日で治った

まあ痛み止めは2回ほど飲ませたが・・・

人間でいうところのロキソニンかボルタレンみたいなものかなあ

 

良かった~・・・ん?まさか仮病では?

まあしばらくは様子見ですな

一緒に長生きしよう

具合悪くなったからって捨てないよ

 

数年前にタイのチェンマイで買ってきた

靴ベラ栓抜きのコラボしたもの

真ん中には象がデザインしてある

 

でも誰も貰ってくれなかったので

未だに手元にある

当時の気の強い彼女にあげようとしたら

「そんなもん捨てておしまいっ!」と

お蝶婦人ばりに

お叱りを受けたくらいのシロモノ

 

面白いと思ったんだがなあ

 

ま、使ったことはないが・・・

ヤフオクにでも出すか?

 

アンモナイト猫

ご飯を待ってる時の顔

まだ時間じゃないよ

 

「まだまだ!」はどうやら理解してくれているらしい

胸が白くて可愛い

 

 

うちの子たちが一番かわいい

・・・・猫バカ?

 

日本列島は毎日の拷暑に見舞われています

やはりこの時期のオリンピックは無理だと思う

 

もう二度と寒くならないんじゃないかと

思わせるような日々

 

皆様、暑さで体調など崩されませんように

どうかご自愛くださいね

 

 

漸く記録的な梅雨が明け始めましたね。

長い雨の季節にじりじりと道端の紫陽花も彩を失いつつありますが

両側に紫陽花の咲く薄日射す小道は

夏を呼び込む着陸路みたいに感じられます。

 

んで台風は?こちらも7月は0で統計史上初の快挙

・・・快挙って言うのか?

異常観測?

異常気象?

 

これから台風は多少多く発生しても良いけど

経済に影響するような大きなのは勘弁して欲しい。

災害も極力少なくね。

自然は人間に優しくないとは分かっていますが

悲しい思いは出来るだけしたくないよね。

 

それは取りも直さず

平穏な季節、何もないように思える日々が

最上を認識されてくれているようです

 

うっとおしく聴こえる蝉の季節

アブラゼミなんて言葉だけでも暑苦しい

見た目も暑苦しい」

でも、それが良いのかもしれません

何も考えず、アブラ汗を流せることが幸せ?

 

少しだけ時が行き侘しさを感じさせる虫の聲

野山を駆け巡る紅葉の季節

そんな平凡な日々の連続こそが

幸せなのかもしれません。

 

いつもいる人と喧嘩しながらも離れない

当たり前にいつもそこにいる人が、

近くにいることが 振り返ってみると

幸せなことなのかもしれませんね。

だってその人が居なくなったら生きがいが無くなるもの

 

 

これから秋にかけて遠回りして帰りたくなるような月が

観られることとなるかもしれません。

 

自粛の余裕の無さよりも、こういった心の揺らめきが

日本人の意気のような気がしないでもない今日この頃。

降り注ぐ月の光に自身の青い時代を重ね合わせて

ゆっくりと歩いてみるのもまた一興かと思います。

そんな時に隣にいてくれる人が居ると良いね。

 

 

でも何故 英国人? まあいい加減で良いかなと 余裕を持ちたい

1962

 

梅雨明けが待ち遠しい今日のもの憂い朝

長い雨の季節が紫陽花の彩りを雲の上の陽の光とともに

色褪せさせてしまいそうな

そんなコロナの季節

紫に煙る そんな夏の来る前の日々の装い

 

 

1984     1967 T ジョビン

 

うっとおしい梅雨の季節

煩わしい新型コロナの日々

やっぱりマスクは冬のものだよね?

 

少し余裕を持ちませんか

人類全員が旅立つわけではない

アジアは土着的かつて発症して多少の免疫があるのかもね

 

まあ みんなで行けば怖くない・・・・・かも?

 

 

コロナをぶっ飛ばせ?

ナンバーまでぶっ飛んでるやん

こんなん設計段階で弾かれる案件にゃん

 

 

 

 

かつてイギリス人の知り合いは

「英国ではUB40はあんま人気ないよ」とか宣ってた

(確か1980年代)

そんなこた知ってるさ だから良いんだよ

「日本には結構ファンはいるよ」 と返した

もちろんインチキ米語でね

 

新橋の郵便貯金会館

(メルパルクホール)

今はメルパルク東京になってる

UB40に会いに行きました

メルパルクホール・・ちょと小さい やっぱ人気ない?

一緒に行った友人は またなんか飲んでたが

私はウイスキーかな

勿論少量ね

 

友人は「ラッパが入ると音が柔らかくなるね」と言ってた

・・・・ラッパじゃね~よ!

 

VO..アリ・キャンベルの声がいまも青い心を震わせてくれます

 

今は新生UB40で元メンバーの3人と活動しているみたい

色々あったんでしょうなあ 破産宣告まで受けて・・・

 

いつまでも好きですよ

だって時を飛び越え ゆらぎかけてくる柔らかな声が素敵

ニール・ダイアモンド1967年のカヴァー

 

カヴァーが多くなってきたが、それでも初期の魂を込めた楽曲

 TylerやOne in Tenが好きかな?

 

 

 

新型コロナの話題が喧しいこの頃

コロナは風邪と変わらないとかの認識で

マスクをしない方々も増えているそう

 

そんな女性には

「姫様ア~!、マスクを,マスクをして下され~!」とか言って

布マスクを差し出せばしてくれそうかな

男性は・・・・・・・考えてない

(このマスクは働き者のマスクじゃと言って下さる・・とか?)

何言ってんでしょうか!

 

最近酒無しでは寝られないが

眠れない夜と雨の日には忘れかけてた

眠剤が蘇る

 

 

 

 

 

 

 

1963年のスキータ・デイビスの歌ではなく
何故かカーペンターズ
理由は簡単ジョン・ベティスがわたし好きだから
 
カーペンターズのオリジナル曲大半はこの方の作詞
カレンとは感覚がとても似ていたと
後述しています
 
 
この歌の作詞はジョンではないけどね~
(ど いうこと?)

あなたが言った「さよなら」から始まった

わたしの中でのこの世の終わり

 

それでも終わったはずなのに打ち寄せる波

朝に歌う鳥たち

きっと色を失ったのでしょう

永遠に彩りは戻らない

だってあなたのさよならが・・・・

 

 

大好きだったカレンの歌声

貴女が旅立った後でも鳥は歌い

波は打ち寄せ

永遠を奏で続けています

 

おそらく今いる人々が大勢居なくなったとしても同じこと

その代わり私たちの子孫がまたその光景を見て

心震わせ、歌を歌い、うたかたの夢に出会いと別れを

胸に、煌めきを紡ぎ続けていくことでしょう

 

決してこの世の果ては終わりではないかも?

 

新型コロナ?

日本では死者数が1000人ほど、きっと今までに土着的に

似たようなタイプのウイルスが発現していたのかもしれません

 

油断はできませんが、検査の拡充、抗体の有無くらいは

早急に調べる体制は整えておいた方が良いような気が

・・・・しないでもない

 

某総理大臣がステイホームしている事態ではないようです

 

 

 

 

コラ~!買ってきたばかりの明太子 持ってくな~!

お刺身パックに爪立てるなあ~!

シラス干 レジ袋ごと引っ張ってくな~!

 

奈良時代に唐猫として仏教の経典を

ネズミから守るため日本に来たらしいが

その頃の文献に書いてあるぞ

盗人の癖あり」と

1300年前からあまり変わってない気がする

 

あんまり仲は良くないが この頃はまあまあ かな

黒ちゃんは しつこい

黒が子猫の時に他の大人猫にされた

ペロペロが気持ち良かったらしく

 

三毛を押さえつけて愛情表現とばかりに激しく舐め回した

・・・結果 黒ちゃんの鼻に三毛の爪が刺さった シャキーン!ってね

 

 

一歳年下だが三毛の方がどうやら強いらしい

 

↑電池が切れた

 

 

When i'm sixty four  1967  The Beatles

わずか64年

わたしは64歳にはまだまだだけれども

ポールは既に77歳?

生活のために働いていないのが素敵

ほとんどの人が日々の糧を得るために働いている

 

夢を追いかけても何者にもなれなかったわたしも同じかな?

 

先日、古希を過ぎた方にこう言われた

何者にもなれなかったからこそいま「自由」なんだよ 

 

まあそれでも家族を持つとまた不自由になりそうだが・・・

「追いかけて!私を追いかけて! でも捕まるのは貴男」という

言葉が頭の中でミーミー鳴り響く時がある

 

独りのほうが気が楽そうではある

国のためにはならなそうではあるが・・・

 

初期のナンバー

他の有名な曲を聴いても何も感じなかった小学生がこの歌で目覚めました

歳はとったが 辛くても未だ他人に「HELP!」とは言えません

傘 持ってるだけかと思ったが

途中の笑顔で全てを持っていくハリスン君が素敵

 

最近、過去のことがやたらと華やかにまとわりついて鼻につく

・・・長くないかも

でも身体はいたって健康 

未だわたし厚顔無恥」「無芸大食」を貫いてます

64歳まで生きられるか?必要としてくれるかなあ?

まあ何となく通り過ぎちゃうと思うけど

通り過ぎ行く縁かもしれないけど

それまで一緒にいようね

多生の縁 以上なのかもしれないから

「年をへて 住みこし里を 出でていなば いとど深草 野とや成なん」