遠い昔に私、会社を飛び出て
取り敢えず自由になった経験があります
そのまま社会の軛となって過ごしても良かったのですが
中学の卒業寄せ書きに「激動と衝動の人生」と書いたことに
背中を押されたかのように 他の人間からは
眉を顰められるように人生の河に身を投じました
しかしながら、自由にはなれませんね
一時、流行った自分探しなんてものも
如何なものかと思います
タイ、インドに流れる「徳」は積めたのか
また、輪廻の輪から離れた 存在になれたのか
未だ煩悩バカ一杯、おねえちゃん大好き
(相手にされてはいない迷惑全開 鬱陶しいオヤジ)
私に甘露を与えてくれるスジャータちゃんみたいな娘は
居ないのか・・・・ ←居ない!
だって仏になるための修行していないもん
人生の修行はしてるかも?
違う意味の仏にはなれるかも
今、現在は日本の未来のために働いて真面目に納税してます
かつてタイ人女性と一緒になろうかなと
タイ語も少し学んだこともありました
しかし先日、タイ料理屋に行ったが
タイ語の「ありがとう」ってなんだっけ?
そんな状態
まあ20年以上前に使った言葉だからね
日本にいるとタイ語は使わないよね
必要無いし
「君を想って夜も眠れない」のタイ語は未だ記憶にある
ばっかじゃねーの?
抑圧された体制下の地下活動にこそ
自由はあるのかも?
何はともあれ、今年も喪中はがきの届く季節となりました







