マスコミも上昇機運のときは持ち上げるだけ持ち上げといて

ちょっと陰りが見えてくると、権力側に擦り寄った発言して

御用学者の意見を、したり顔で相槌を打つヤツばかり・・。

もう幻滅を通り越して「爆笑」しちゃう。

もっとブレナイで押し通すコメンテーターは出ないのか?

「俺あ、それでも小保方さんを信じる!」

「あの子は嘘をついているようには到底見えない」

「自分の良心を信じるものとして断固支持する!」

なあんて骨のある方はいないかな~?


再調査について理化学研究所が再調査を行わないことを決定した
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/fake_and_plagiarism_paper/?id=6116060


STAP現象が本当だったら、日本の国益が海外に行っちゃうですよ!

昭和の時代にわたしが感じたことは

勉強出来ても、義理、人情の無いやつには従わない。

悪知恵の働くヤツでも楽しくなくてはNG。

体制でも反体制でも勢いは理屈を凌駕する。

ROCKやレゲエミュージックからそんなことを学びました。


今回、男のほうが細かくて陰湿な手を使ってくるように感じませんか?
(えっ?いつもってか?)

科学者で有り続けられるようみんなで小保方さんを守ろう!

昭和の日、昭和の時代は昭和天皇のご生誕の日。

昭和と言うとやはり、大東亜共栄圏構想が頓挫したことが心に残ります。

未だ生きているのでしょうか?道半ばなのでしょうか?

それまでアジアは欧米に植民地として搾取され、

アジア各地は あろうことか未来まで搾取されて、

希望のない惰性の日々を送っていたように聞いております。

死んだじいちゃんは、そっとわたしが金縛りにあっている最中に

耳元に息を吹きかけながら、語ってくれました。

そんな状態だったので忘れようにも忘れられません。

じいちゃんの愛するものへ語りかける

甘い吐息が三半器官にへばりついております。

なんか違うんじゃねーの?


昭和天皇とマッカーサーの会見を通訳官が証言


天皇はまるで磁石のよう マッカーサー回顧録
http://www.nipponnosekaiichi.com/admiration/mcarthur.html

営々と未来に向けて繋がる日本の国体、厳然とある日本の形

昭和のひと時の日本の存亡を賭けたその時に

連綿と続いてきた「意思」が発現したのではないかと

畏れ多くも思うのであります。

かの満州国のエンペラーとは真逆のことを

わが国のエンペラーは申されたわけです。

民のことを第一に考え、その為には死をも厭わない

そんな皇帝、王は歴史上、一人もいないわけです。

そのことにGHQ最高司令官は心打たれたわけでありましょう。

天皇陛下がわが日本国の象徴だと学校で教えるならば

なぜ、どうして日本国の象徴になりえたのか、またあり続けるのかを

この国の未来を担っていく子供たちに教えていく、

矜持を持ってもらう義務が今のわたしたちにはあるのではないのでしょうか?

そして学校が・・マスコミが・・と言う前に

繋がってきた系譜を教えていける自由がいまここにあると言うことも

厳然たる事実のような気がします。

その自由を掴み取っていくことが学校やマスコミに負けない本当の意味での

「啓蒙」と言うのではないのでしょうか。


先日、友人とコーヒーを飲みにいくべ!っと

隣町まで足を伸ばしました。

かつては九州小倉までコーヒーを飲みに行ったこともあるわたしですが、

いまはそんなお馬鹿なことも忘れ、20分ほどのところへ・・・。

煙草も吸えるし、パスタ等、

うんみゃい食事も出来る(ごめんnaochanさんパクッちゃった)

何といってもコーヒーが美味しくてお替り自由、

しかし一杯一杯サイフォンで淹れているので時間が掛かる。

あっと!わたしは煙草はもう止めて20年ほどになります。

ネコが「いや~ん!」て言うので・・・。


乾いた空気を震わせて響いてくる

有名なエルガーの「Salut d'amour 愛の挨拶」

思わず高尚な気分にさせてくれ、コーヒーも珈琲のように

ちょっといつもと違った風味を醸しだしてくれるようでした。



都内だったら何てこともない、一日ですが

ところ変われば感性も著しく変わって映るといったところでしょうか?









かつて大好きだったひとの演奏風景を思い出してしまいました。

苦い思いが蘇って来てしまいました。

お隣の猫ちゃん、いつも一人で遊びに来る。
ひとしきりうちの鶏を見物した後、
何も言わず立ち去るのが常(当たり前か?)
先日、鶏達がわたしの方に走りだしたのでそれに釣られて
その猫もその中に混じって走って来ましたが、
途中で鶏に嘴で突かれて挫けていました。

その猫の名前は「奈々ちゃん」、漢字はわたしが当てました。
何故「奈々」かって?そりゃあ~た!・・・・ご推測くださいな。

ちょっと左目がおかしい・・・でもうちの子じゃないので余計なことは出来ない。



奈々に触ろうとして、名前を呼んだら「ニッ ニッ!」と返事をしてくれ
「しゃべる猫しおちゃん」みたいな声を出してきました。
発声は「おかえり!」みたいな感じでした・・・。
教えれば「おかえりっ」て言えんじゃないの?
そして自分の名前を呼ばれたことで警戒心が緩んだのか小枝(ツイッギー)無しでも
触らせてくれるようになりました。




こんな感じで甘えてきました。
ミモザの黄色い花がたくさん落ちているところで砂浴び、
うちの子だったら速攻お風呂行きですが、
まあうちの子ではないので・・・。

可愛いけど、ワクチン接種も避妊手術もしていないので
3年ほどしたら、居なくなってしまうかも・・・?

こんなに小さな命でも、縁を投げかけてくる。
それに比べてわたし、ちっちゃなことで右往左往。

風に吹かれて考えてみますか?

オバマ大統領が来ているのでちょっと米国PHOTOでも・・。

場所はメンフィスTNのダウンタウンか

またはエルビスPの記念館グレースランド。

撮った本人ももう憶えてない。

ま、デジカメもない時代でした。

枚数も少ないです。





わたしの好きな英語・・・「斉藤寝具」「あげ豆腐」「湯のみ?」

オバマさん、お寿司残したって本当?


下記はエルビスではありません。↓


Leslie Gore - It's My Party

ソメイヨシノの季節も少しだけ行き

八重の桜の鮮やかな春色が、そよぐ季節柄

この時期特有の物憂い時間、何となく気分が優れない、

・・・・そんな時にどこからともなく

過去からの波の拡がりのように流れてくる歌があります。

ずいぶんと永い間、わたしの心にへばり付いているように

感じていますが、1965年の歌みたいです。

レトロ主義の名残か、

それともわたしの周りのモボ・モガの方々の影響か?



wikiで探せばきっともっと心に残っている曲も見つかるかも知れませんが、

最近のわたしは記憶優先で、例えそれが間違っていたとしても

どなたかにご指摘いただけることで、

新しい世界が広がるのではないかと

偉そうにも思ってしまう今日この頃なわけです。

だってさ、wikiで仕入れればある程度のことは書けちゃいます。

wikiで今現在、琴線に触れた歌にも恰も当時のようなコメントも付帯出来ちゃう。

危うくそんなことになる前に、気づかせてくれたブロ友の方々に感謝しています。

でもその結果、・・これが有名な曲しか残ってないんだよな~。

ザ・ドリフターズももっとあったかも知れなかったのに・・。

チョットだけ残念。

オーティス・レディングやロイ・オービソンだったら少しは・・・。


よっしゃ!こうなったら奥村チヨ、中尾ミエ、伊東ゆかり、園まり

いしだあゆみ、中山千夏、カコちゃん、岡田奈々に心を寄せるか?
(カコちゃん以外、敬称は略とさせていただきました)
何でも有りか~?

みなさま、今後とも宜しくお願い申し上げます。

穏やかな風にさらさらと花びらが流れ降りてきて

視界を塞ぐ、一瞬あなたが見えなくなる。

これからの未来もひと時、不安で見えなくなる

わたしたち、桜とは春の訪れ以上の縁で結ばれているようです。


そして結ばれる人とは小指と小指が赤い糸で繋がっているようです。

その糸は細くて弱い(ちょっと今回も くっさい表現の応酬か~?)

NSP 赤い糸の伝説
http://www.youtube.com/watch?v=tzl5Vr-0y-E

その伝説の赤い糸は手繰り寄せてみると

途中で、細くてちぎれかかった糸は編まれた紐のようになり 

時が少し行くと周りからの圧力も強くなっていて

もはや渾身の力で引っ張ってもどうにもならなくなるようです。

もっと手繰ってみるとそれは金属相を見せ始め

さらに引き寄せみると、その鎖状のものは段々と目に見えないように

透明になって重みを増していくようです。

確か小指に絡まっていたはずの「それ」は何故だか頸の辺りに絡みつき

最小限の遊びはあるようですが、油断していると25日から月末にかけて

ツンツンと当たりを確かめるような、振動(信号)が感じられます。テグス?

特に飲み屋でお姉ちゃんと居る時に感じる・・・と「友人」は言っていました。


でも男と女、綺麗ごとの理屈を超えた
「馴れ合いの腐れ縁」になれたらもう幸せでしょうね。
何やっても安心だもの(きっと何にもやれないかも?)。


幸せになりたい、そんな独身のアナタにこの言葉を贈りたく思います。

「つかまえて、私をつかまえて、
 ・・・でも捕まるのはあなた!」

分かっていても捕まりに行ってしまう、
悲しい性が「ひと」らしく可愛らしく思われます。
小椋佳さんと

五輪真弓さん、世界が違いすぎるように感じました。

これ数年前のNHKの番組ですよね。

その時に観てました。2007年のSONGSらしいです。

伸びやかな歌声、

自身の世界に楽曲を引っ張り込んじゃう真弓さんの才能

間奏のチェロやバイオリン、シンセ・・

Instrumentが真弓さんの歌を待っているように感じちゃうもの。



小椋さん作詞作曲の「愛燦燦」なのに

五輪真弓さんの歌のように聴こえちゃう。

でも盛り上がりは完全に五輪さんに合わせてますよね。

番組の方向性?

小椋桂さん、最後のほう、人はかわいいの辺り

もう苦笑いしているように感じちゃうのはわたしだけ?


でもこれだけの歌い手に歌われて、作者も歌も幸せですよね。

美空ひばりさんといいね。

小椋桂さんの愛燦燦 しっとり 良いね!
https://www.youtube.com/watch?v=HFpA7lb8SEQ

このお二人、ニューミュージックの黎明期に
 
同じ時期にデビューされたのでは・・・?

「しおさいの詩」「さらば青春」小椋桂さんの世界には

遠い昔、心揺さぶられました。

小椋桂さんの歌う「泣かせて」なんて秀逸です。

最初にも書きましたが

小椋ワールドと五輪ワールドの持っている雰囲気、

色合いが違うというように感じられました。

そしてわたしはどちらの世界も好きです。
(偉そうかな? わたし・・無芸大食のくせに。)
先週末、会社帰りに桜のライトアップに遭遇しました。

昼間、明るい陽射しの中で見る健康的な桜よりも

夜の灯りの花々は いっそう妖艶さ(?)が際立って魅えて

息を呑むくらいの美しさでした。

そしてその妖しさに惹かれて多くのギャラリーが

集っていました。

わたしもそのひとり。







ライトアップされなかった桜、
この奥に華やかな桜があります


その舞台で「能」を演じられたら、

想像しただけで、それこそ魂まで持っていかれそうな

雰囲気でした。

ガラスの仮面の「紅天女」が降臨されるのかと思いました。
(あっ!紅天女は梅の精でしたっけ?忘れてるぅ。)

やはり桜はわたしたちにとって特別?

ひとは いまある現実がずっと変わらないと

希望的錯覚を抱いて生きているようです。

来年も変わらない現実が目の前に輝いているといいね。
桜の季節ですネ。

わが世の春を謳わんばかりに、いっせいに咲き誇る花々、

桜の木に花が咲いた、桜前線はいまここら辺、なんて

日本中が縮こまっていた季節からの

卒業を楽しんでいるように思います。

日本のこれからの景気、消費税増税、

アベノミクス?・・・ま、何とかなるべ!

北鮮のミサイル発射も米国への毎度毎度のサービス
(翌日の新聞記事を見ると感じる)

桜が咲けば、怖いものはない。

さらに酒呑んじゃえば その桜だって、だれも見てない。

それを許す日本の文化最高!!


いつまで生きられるかわたしだって分からないけど、

現在を生きる、刹那的でもミエ張って生きるところに

日本人の良さがあると思うのです。



でも好きなひとよりは一日でも長く生きていたいなあ

悲しませたくないから・・・・。