昭和の日、昭和の時代は昭和天皇のご生誕の日。

昭和と言うとやはり、大東亜共栄圏構想が頓挫したことが心に残ります。

未だ生きているのでしょうか?道半ばなのでしょうか?

それまでアジアは欧米に植民地として搾取され、

アジア各地は あろうことか未来まで搾取されて、

希望のない惰性の日々を送っていたように聞いております。

死んだじいちゃんは、そっとわたしが金縛りにあっている最中に

耳元に息を吹きかけながら、語ってくれました。

そんな状態だったので忘れようにも忘れられません。

じいちゃんの愛するものへ語りかける

甘い吐息が三半器官にへばりついております。

なんか違うんじゃねーの?


昭和天皇とマッカーサーの会見を通訳官が証言


天皇はまるで磁石のよう マッカーサー回顧録
http://www.nipponnosekaiichi.com/admiration/mcarthur.html

営々と未来に向けて繋がる日本の国体、厳然とある日本の形

昭和のひと時の日本の存亡を賭けたその時に

連綿と続いてきた「意思」が発現したのではないかと

畏れ多くも思うのであります。

かの満州国のエンペラーとは真逆のことを

わが国のエンペラーは申されたわけです。

民のことを第一に考え、その為には死をも厭わない

そんな皇帝、王は歴史上、一人もいないわけです。

そのことにGHQ最高司令官は心打たれたわけでありましょう。

天皇陛下がわが日本国の象徴だと学校で教えるならば

なぜ、どうして日本国の象徴になりえたのか、またあり続けるのかを

この国の未来を担っていく子供たちに教えていく、

矜持を持ってもらう義務が今のわたしたちにはあるのではないのでしょうか?

そして学校が・・マスコミが・・と言う前に

繋がってきた系譜を教えていける自由がいまここにあると言うことも

厳然たる事実のような気がします。

その自由を掴み取っていくことが学校やマスコミに負けない本当の意味での

「啓蒙」と言うのではないのでしょうか。