女性の悲鳴だ。間違いない。
「どうしたんですか?」
タクトが言い、ガクと一緒に近付く。遅れてレイラも来て、ひょいと覗き込んだ。
「近付かんといて!化け物!」
10代と見える小柄な女性が、尻餅をつきながらブルブル震えていた。右手に小さな棒のようなものを持っている。
不思議な風貌だ。切り揃えた前髪とこめかみのところに作った三つ編みだけ淡い赤茶色で、後ろ髪は真っ黒。三つ編みが少し長く、後ろ髪は首の根元くらいの長さである。
黒褐色のケープには赤い刺繍が施され、その上から2つのバッグを左右にたすき掛けしていた。
一行はきょとんとして顔を見合わせる。やがてセルウィンが口火を切った。
「こちらは騎乗用昆虫で害はござらぬ。驚かせてしまい面目ない」
女性はフィアンセをしばらく睨みつけていたが、何もしてこないことが分かるとしぶしぶ右手を下ろし体を起こした。服に着いた土を、神経質そうに払っている。
「そなた、名はなんと申す」
セルウィンの言葉に、女性は答えた。
「富士峰文子(ふじみねあやこ)、や」
その言葉を聞き、セルウィンがさらに答える。
「津夜国(つやこく)の人間であるな。はて、珍しい。若い身空で純日本人とは」
「どういうこと?セル兄」
ガクが首を傾げた。遅れて近付いたクリスとナオミも、遠巻きに様子を窺っている。
「津夜国の人間はプライドが高く、未だに古き日本国人名を名乗っておる。訛りも津夜国のものであるな。そして、あのこめかみの髪飾りをよく見たまえ。純日本国人のものだ」
言われて見てみると、左側の三つ編みの根元に紫色のチョウのモチーフがついている。オオムラサキだろう。
「聞いたことあります。昔、純日本人にだけつけることが許されていたものですね」
タクトが答えた。
「さよう。人種差別と非難があって、さすがに今は作られておらぬが。一昔前までは配られておったから、若い人間が持っていてもおかしくはない」
「せやけど、何?」
困惑した表情で、文子が答える。
「そう言えば、ボクの友達にもこれ持ってる子いたよ。あ、社長さんも!」
「そうそう、うちの社長の密かな自慢だからな」
ガクの言葉に、レイラがくすりと笑って答えた。
「それはそうと、道教えてくれへんか?迷ってもうて。スマホも電池切れや」
文子が立ち上がった瞬間、フィアンセが怯えたように後ずさりした。
〈おまけ〉
ようやく連載100回目にして、最後のメインキャラクターである富士峰文子が登場しました。
このキャラクターにはいろいろ思い入れがあり、唯一実在の人物をモデルにしてイメージを作ったこともあり、いろいろ設定が細かいです。
好きな食べ物をはじめライフスタイルにはこだわりがありますが、それは小説の中でおいおい書いていきますね。
津夜国は、現代の近畿地方にあたります。そのため津夜国の言葉は関西弁と呼ばれているものになります。
さらに詳しく言うと、北摂あたりの言葉をイメージしてしゃべらせていますよ。
ビジュアルは、あどけない少女らしい感じです。髪型が変わっていて、これもこだわりの1つです。
こうやって見ると、主人公のガクやタクトの方がシンプルで、なんだか申し訳ない気がしますねえ。
「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。
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