「は?」

老人が眉根を寄せた。

「え、その名前『張』って書いてあるけど、『チャン』って読むんじゃなかったっけ?ボク、おじいちゃんが中国の人なんだよね。割と詳しい方かなと思ってたんだけど」

ガクは老人の首にさげられたネームプレートを見ている。ふと、老人の脳裏に古い記憶が浮かび上がった。

 

「張さん、タンポポ摘んできたんだ。お家に飾ってよ」

10年も前のことだったろうか。身寄りのない老人の家の2軒隣に引っ越してきた子ども。兄弟がおらず親が共働きで寂しかったのだろう、妙に人懐っこい男の子だった。

「相変わらず、発音がなっとらんな。アクセントからして全然違うわい」

そう邪険にしても「あはは」と嬉しそうに笑うだけだったあの子。親の転勤で数年後にはまた引っ越してしまったっけ。

 

「…発音がなっとらん」

「そっかー。さすがに現地の人みたいにはムリだよ。でも少し元気になったみたいだね。よかった!」

ガクがそう言い終えた頃、山岳警備隊の2人が部屋に入って来た。

「お仕事ご苦労様でした。事情は拝察します。後は私達が何とかしておきますので、日が暮れないうちにお帰りください」

1人の年長の方が、きびきびとタクトに話しかける。もう1人は老人のわきを抱えるようにして「立てますか」と小声で話しかけながら引き上げた。老人はようやくよろよろと立ち上がる。

 

「お久しぶりです、張さん。大丈夫ですか?そんなに気に病むことないですよ。ケイトーに移ったら待遇も良くなると思いますし」

年長の男が近付いて言った。

「それが気に食わんのですよ。まあ、あなたがたにはわかるまい。お手数をおかけしました」

老人の表情は晴れないが、先ほどよりはいくぶん落ち着いて見えた。

 

「行くか」

レイラは一礼すると、踵を返す。ガクやタクトもそれに続いた。

「大丈夫ですかね、本当に」

タクトはまだ心配そうだ。

「大丈夫でしょ!」

ガクはのんきに返事する。

 

手の痛みはすっかり引いたのか、レイラは軽快にフィアンセに跨った。

「さあて、麓までひと走りといくか。そこに宿も取っておいた。7人分。あたいってできる女だろ?」

「うちの分まで取ったんか?」

文子が不可解な顔をする。

 

「どうせ行くところ、決まってないんだろ?だったらひとまずあたいらの仲間ってことでどうだ?嫌になったら辞めればいい」

「だってさ。強引だね」

レイラの言葉にクリスが目配せし、そう呟いた。

 

 

 

 

〈おまけ〉

中国語って難しいですよね。大学に入って第二外国語の授業をとらなくちゃいけなくなって、仕方なく簡単そうに思えた中国語を選んだんですが。

漢字はまだわかるからいいものの、発音がよくわかりません。いきなり四声というのから教わって、何この不思議なイントネーションは?と思った記憶があります。

中国人が話すと鳥がさえずっているように聞こえることありますもんね。あの発音は独特なので、意味はわからずとも中国語だなってすぐわかります。

 

 

張老人の記憶にある子どものイメージ。こんな子、よく近所で遊んでいますよね。

 

 

実は、息子を近所の公園で遊ばせていた時、アゲハチョウをタンポポにとまらせて見せてくれた男の子がいまして。写真を撮らせてもらいました。タンポポのエピソードは、この時の思い出を元に書いたものです。

 

 

 

 

「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。

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