おおかたの予想通り、クリスは昼過ぎに飼育室を訪れた。
「へえ、いっぱい飼ってるんだね」
もの珍しそうにアクリルケースを覗いている。
「そこにいるのは食肉用コオロギです。もちろん食べませんけどね。全部で15匹います」
出勤したばかりで落ち着かないガクに代わり、コウタがクリスの相手をしていた。
「こっちは?甲虫が多いみたいだけど」
「ケージに入っているのはほとんど愛玩用、つまりペットです。さほど動き回らないので、そんなにスペース取らないんですよね」
―ああ、うっとうしい―
入室記録のためにカードを通しながら、ガクは背中で会話を聞いていた。タクトからのメッセージは読んでいたのでここに来ることは予想がついたが、見ればすでに落ち着いてしまっている。すぐには帰りそうもないのが煩わしい。
「ねえねえ、ガク君」
名前を呼ばれてガクは軽く反り返る。他の大人より緊張するのはなぜなのだろう。
「これ、君1人で担当している子?」
意外にも、クリスはスカウトの話題を振らず、クワキチのケージを指さしてこう聞く。何かの作戦だろうか。
「そうだよ。そこに書いてあるでしょ。ボク達が保護したんだ」
「へーえ」
軽くかがんでクワキチの顔を見つめながら、クリスは慈愛に満ちた顔で微笑んでいる。
―いい人なのかな?―
ガクが少しそう思いかけた頃、クリスはためらいなくこう言った。
「この子、飼いたいな」
「えっ?」
「昔実家で飼っていた子にそっくりだ。顔がよく似ているんだよ」
そう言われて、昆虫はだいたい同じ顔だと言いそうになったがやめた。昆虫にも案外個体差というものがあるからだ。ペット用の人工変異種の場合、犬や猫のように個性が出るとしてもおかしくない。
「まだダメだよ。もうすぐ譲渡会があるんだ。そこで飼い主を募集するから」
「ああ、そういうことか。だったら、その日に行けば可能性があるんだね」
クリスは納得した表情を見せる。心なしか嬉しそうだ。
「長居したら世話もしづらいだろうから、もう帰るよ。あ、コウタ君。後で譲渡会について教えてくれる?」
そう言うと、クリスはさっさとドアに向かって歩き出す。
「ん?あれ?」
ガクは怪訝な顔をした。
「ボクに用があったんじゃないのかな」
その独り言を耳ざとく聞きつけて、クリスは振り返る。
「どうせ断るに決まっているからね。警戒してたでしょう、俺を。こう見えて、切り替えは早い方なんだよ」
〈おまけ〉
クリスはよく分からない人ですね。かなり気まぐれのようです。でも悪い人ではない感じもします。
愛情をこめて世話をしている本物の猫好きに悪い人が見当たらないように、「クワガタを大切にする人に悪い人はいないよ」とコウタも言っていたそうですよ。
コウタとクリスはすでに顔見知りのようですね。コウタの方が先輩なので、おかしな話ではありません。
社内でモテモテのクリス、一応イメージ画像はこんなのです。うまく描けなくて申し訳ないのですが、わりとほっそりとした体型やサラサラの髪、すっきりとした目元などが特徴です。
女性ファンも多いですが、もちろん男性ファンもいます。「クリス様推し隊」というロイングループが勝手に作られていて、目撃情報があると共有されるとか…。大変ですね、人気者は。
「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。
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