三つ目のラフマニノフは、NHK杯 でした。 浅田真央さんは、グランプリシリーズの2戦目であるこの大会でも優勝し、ファイナル進出を決めました。

元々の、12の得点要素が、極めて高難度、高得点なものとなっている、それを、殆ど目立ったミスをせずに滑っているのですから (ー ー この時は、3Aも着氷しました!)、競技と言っても敵無しの、独走状態、という感じでした。

彼女は、直向に、己のスケートの極点を目指していたと、思います。

・・・・・そうである筈だと思いながら、何処か、私は、パワーの不足を、実は、感じてしまっていました。  多分、バンクーバーオリンピック以前からのファンは、皆、そうだったと思うのですが、


十代の頃は疲れ知らずだったけれど、年々、そこのところが違ってきた、というようなことを、彼女も言うようになっていました。


大会に出て、一つの演技をする前に、一体、何回の演技をするのでしょう、その練習で随分のパワーが消耗されて、いざ、本番で演技をする時は、残った体力を絞り出すようにしなければならない、と、そんなことはなかったでしょうか、

私達が目にする時の彼女には、既に疲労があった・・・・、


私の憶測ですけれど、でも、この時、浅田真央さんは、オリンピックには再び着用した、当初用意した青い衣装を着ておらず、- - - つまり、それは手直しをしていたようですが、

首の方迄伸びていた飾りを下げて、肩の辺りをすっきりと、機能的な形に変えていた訳ですが、

それは、あの3Aをより成功させる為にと、考えたことだったのだと思うのです。

次の、グランプリファイナルの演技で、浅田真央さんは、フリーのラフマニノフに、二回の3Aを入れてきましたから、

ですから、このオリンピックの時とは違う衣装を着ている、この時には、既に、3Aを、コンビネーションでも跳ぶ、一つの演技で二回跳ぶ ー ー バンクーバーオリンピックの時のように、と、そういう考えを持っていたことになる訳で、

ということは、このNHK杯での演技と、もう一つ別の演技の分の練習もしていた、ということなのではないかと思うのです。


持病の腰痛が悪化する程、彼女は壮絶な練習を、おそらく繰り返していたのではないでしょうか。







グランプリシリーズ、初戦、スケートアメリカ。



ソチ(ロシア)オリンピックシーズン (2013-2013) で、私達が競技場に於いて見ることとなった、浅田真央さんのフリープログラム、『ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番』 は、ジャパンオープンの演技を入れて、7度、でした。

⒈ ジャパンオープン
⒉ スケートアメリカ
⒊ NHK杯
⒋ グランプリファイナル
⒌ 全日本選手権
⒍ オリンピック
⒎ 世界選手権


この、二回目の ラフマニノフ こそ、浅田真央さんにとっては二度目のオリンピックへの、そして、彼女の、フィギュアスケーターとして集大成のシーズンの、その第一歩となる演技でした。


この、シーズンの初っ端のこの時に、実はもう、私の気持ちの中には、浅田真央さんに、オリンピックの金メダルを望む思いばかりがありました。 ~ ~ グランプリファイナルに進むこと、それから代表に選ばれること、という順序はとっくに省略です。

ジャパンオープンでの衝撃の後 すぐに、私は、オリンピックの会場で滑る浅田真央さんを考えるようになっていたのです。


そして、私は又、勝手に、浅田真央さんも、オリンピックで上手く出来るかどうか、という気持ちを持って、この緒戦のリンクに上がっている、と思いました。

オリンピックでは、どう滑るか、- - を試す為の演技をしているのではないかと、そんな風なことを思ったのです。


今、見直してみると、演技には緊張が、演技後には興奮が、随分あったように見えます。

採点を待つ間、腰を叩いていたのですね・・・、


この大会でも優勝をしましたが、精神的にも、体調の面でも、微妙な不安が伴われていたのかもしれないという、この当時は見過ごしていたものが、この動画からは、ちょっと感じられると思います ー ー。


2013,ジャパンオープン、この時、世界は初めて、浅田真央さんの、このフリープログラム、『ラフマニノフ、ピアノ協奏曲第二番』 を目にしました。

今、あらためて見てみると、ジャンプでは幾つかのミスがあったのですね。 ー ー 何故か、全然、記憶に残っていませんでした。

一度も転ばず、音楽の感動を超える演技は、既にこの時から出来ていて、私(達)は、このプログラムが誕生したことに、只、歓喜した、と、そういう気持ちだけが、心に残っています。

とにかく、衝撃が胸を打ちました。


この前のシーズン、又、前回のオリンピックを、浅田真央さんは、完全に上回っている、と思いました。

彼女はずっと滑り続けてきている、間違いなく、前へ進んでいる、



彼女の姿を後ろから追うのではなく、せめて、横に並んで、見守って行かなければいけない、私は、頑張らなければいけない、

と、そんな風に、ジャパンオープンを見た日、心には決意が芽生えたように思います。