完全に音楽と一体化して、私達が目にした この、六つ目のラフマニノフの演技は終わりました。

このプログラムは、浅田真央さん自身がまだ知らない、未来に向かって駆け昇って行くポーズで終わります。 クライマックスに至ったところで、唐突に動きが止まる のです。

曲と動きが止まっても、私達の心の中では、まだ、彼女の滑りは続いていると、どうしても思えてならない、

全てのジャンプ、スピン、ステップ、ポジショニングまでもが、ほんの僅かなズレも無い、宇宙的な正確さを持って演じ切られ、本当に、この時の演技には、その終わりは、存在していないと、思います。


‘真央が泣いている’ ー ー と、タラソワさんが言っています。

そうです、浅田真央さんは、そのリンクで、泣いている、いつからでしょう?、 そして、演技は、もはや、終わっている、

まったく、涙で終わるフリーなんて、思いもしないことでした。


後がないギリギリの淵で、どうして浅田真央さんは、こんな凄い演技が出来るのか と、思う、そして、同時に、では何故、ショートがあのような失敗の演技となってしまったか と思う・・・・。


全然、やっぱり、分かりません。 ことばを組み立てて行く考えの範疇では、どうしても分からないことなのかもしれません。 彼女のスケートには、人間の知を超えたパワーが宿る、ということなのではないでしょうか。

ですから、彼女の演技を採点することは、不可能なのです。

メダルも得点も、彼女の演技の前には、何ら意味を持たない。 採点不能を悟らせる為のショートの失敗であり、フリーの神演技、だったのだと思います。
2010年の世界選手権、(トリノ) は、浅田真央さんとしては、口惜しい銀メダルとなったバンクーバーオリンピックの、そのリベンジを果たすべく大会でした。

オリンピックでは失敗したジャンプも、この時はちゃんと跳び、点数を取りこぼした所など、見当たらず、殆ど完璧に、演技上は、彼女はリベンジに成功していました。

演技が終わった時に、浅田真央さんは、やり遂げた、というガッツポーズをしています。 が、結果は 129,50点、・・・それはオリンピックの点数 (131,72点) よりも低いもので、キス&クラ では、彼女の顔に笑顔が浮かぶことはありませんでした。 (優勝をしているので、順位は一つ上がりましたが)。


2014年の、ソチオリンピックシーズンは、全く、バンクーバーオリンピックシーズンのリベンジとして、浅田真央さんは、その全力を注いで臨んだ訳です。 フィギュアスケーターとしての、集大成とするという宣言もしました。

オリンピックの口惜しさは、オリンピックでなければ晴らすことは出来ない ー ー ー そんなことばも、聞きました。


2013年の グランプリファイナル に於いて、浅田真央さんが、フリーで3Aを二回入れたプログラムをした時は、私は正直、驚きと困惑とを覚えたのです。 でも、同時に、やはり、彼女は強いアスリート魂を持ったスケーターだとも、感ぜずにはいられませんでした。

ー ー ー そんな彼女こそ、やはり 真のオリンピック選手、アスリートの鑑、ではないでしょうか。 彼女の願い、その努力、精神を、世界は認め、報いを与えるべきである筈です。 これは、ファンの欲目なんかでは、けしてありません。

グランプリファイナルでは、131,66点 が出て、それは実は、2010年の世界選手権を超えた結果だったのですね。 ・・・それで、採点を見た彼女は、まんざらでもない表情をしています。


そうして、暮れの全日本選手権、となりました。
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五つ目のラフマニノフは、けれど、七つのラフマニノフの中で、唯一、130点を下回った、このシーズンで最も口惜しい演技となってしまいました。 3Aを、二つ共、失敗してしまったのです。

リスクの高い技を多くすることの危うさを、今更に痛感せざるを得なかったと思います。

彼女の身近に居る人々も、さすがに見かねたようで、


オリンピックでは、3Aは一回とする構成に、あらためられました。

こうして振り返ってみると、オリンピックの、六つ目のラフマニノフに臨む迄に、浅田真央さんは、失いたくはないものを、二つも、失っていたことに気付きます。

ショートの成功と、3Aを二つ入れた構成のフリープログラムです。




グランプリファイナル の時の ラフマニノフ (四つ目)、

私には、この演技が始まる直前迄、‘8トリプル’ ということが念頭に置かれたままになっていて、実は、3A の次の、失敗をしたコンビネーションジャンプの第一ジャンプが3Aになっていたことに、はっきりと気付いていませんでした。

つまり、前の三つの時のジャンプ構成と、この時は違っていて、何と、一つのプログラムで3Aを二回跳ぶ構成としてきたことに、不覚にも、明確な認識を持っていなかったのです。

フリープログラムに、二つの3Aを入れる、- - それは、バンクーバーオリンピックのシーズンに、浅田真央さんがやっていたことですが、極めて高難度で、おそらく、後にも先にも、女子シングルに於いては、彼女以外には誰も挑戦することがないであろう、稀少な、そして比類ない価値を持つものです。

この構成を、浅田真央さんは、次の全日本選手権の時にもやっています。  結局、7つのラフマニノフ のうちで、その二回だけに、3Aを二つ (ー ー 単独とコンビネーション)、のフリーをやっているのですが、その二回共、コンビネーションジャンプの第二ジャンプの方は失敗しています。

その第二ジャンプは、本当は何を跳ぶことになっていたのでしょう・・・、

ダブルトゥーループ、でしょうか、3A+2T、は、バンクーバーオリンピックの時にやっていたジャンプです。 ~ ~ ~ ひょっとして、3T、ということはなかったでしょうか、


又、この頃、浅田真央さんは、3Aに失敗した時は、次の3Fをコンビネーションにする ー ー という練習をしている、と明かしていました。

バンクーバーの時の構成には、3F+2Lo,がありました。  そして、あの永遠不滅のソチオリンピックのフリーの演技では、3F+3Lo を跳んでいますから、その、練習をしていたコンビネーションジャンプは、おそらく 3-3 のジャンプだったことでしょう。


この当時は、私は、浅田真央さんが、どの大会でも優勝している、ということに極めて満足してしまっていて、前回の記事に書いたような、壮絶な練習をしていて、結果は、その日々の鍛練の先に起こっていること、ということを想像することがありませんでした。

3Aのコンビネーションジャンプ、3-3のジャンプの練習を、彼女は続けていたのだ、ということが、今にして、漸く、分かりました。

  戦う彼女の姿が、今、俄かに瞼に浮かびます。





2010、世界選手権、(鐘)
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