完全に音楽と一体化して、私達が目にした この、六つ目のラフマニノフの演技は終わりました。
このプログラムは、浅田真央さん自身がまだ知らない、未来に向かって駆け昇って行くポーズで終わります。 クライマックスに至ったところで、唐突に動きが止まる のです。
曲と動きが止まっても、私達の心の中では、まだ、彼女の滑りは続いていると、どうしても思えてならない、
全てのジャンプ、スピン、ステップ、ポジショニングまでもが、ほんの僅かなズレも無い、宇宙的な正確さを持って演じ切られ、本当に、この時の演技には、その終わりは、存在していないと、思います。
‘真央が泣いている’ ー ー と、タラソワさんが言っています。
そうです、浅田真央さんは、そのリンクで、泣いている、いつからでしょう?、 そして、演技は、もはや、終わっている、
まったく、涙で終わるフリーなんて、思いもしないことでした。
後がないギリギリの淵で、どうして浅田真央さんは、こんな凄い演技が出来るのか と、思う、そして、同時に、では何故、ショートがあのような失敗の演技となってしまったか と思う・・・・。
全然、やっぱり、分かりません。 ことばを組み立てて行く考えの範疇では、どうしても分からないことなのかもしれません。 彼女のスケートには、人間の知を超えたパワーが宿る、ということなのではないでしょうか。
ですから、彼女の演技を採点することは、不可能なのです。
メダルも得点も、彼女の演技の前には、何ら意味を持たない。 採点不能を悟らせる為のショートの失敗であり、フリーの神演技、だったのだと思います。