喜多屋in豊後竹田のブログ -150ページ目

改めての気持ち。




長湯にて


これは何かアイドルの発売記念キャンペーンでの撮影会のひとコマではなく。


今夜は別府の企画制作会社のOさんのお招きで、僕も数ヶ月前まで通っていた長湯温泉、

その中のある旅館で、世の中のいいものを生産者と消費者との間で繋ぐ、まさに僕の描く

喜多屋のビジョンを全国で展開されている会社の代表者Hさんを囲んでの懇親会に参加

しました。

大分県職員の方や食品流通の企業の方、地元のデパートの営業の方など素晴らしい面々

の中に僕を呼んでいただき、Oさんには大変感謝しております。

自己紹介を含め喜多屋の構想を話し、様々なご経験からアドバイスをしていただきとても

勉強になりました。

やはり現場で生まれた実績から出る言葉には重み以上に伝わるものがあります。


喜多屋での展開がある程度ハッキリした形になった時に改めてお会いし、またアドバイス

や評価などをいただければと思います。僕の実家が社長さんの会社の近所なので、、、。


今日は長湯温泉では“日本一の炭酸泉祭り”の中日で花火が上がり、Oさんの『旬のもの

を最高の時に味あわせる』との偶然でない計らいが最高の時間を演出しました。


そんな長湯温泉からの帰り道。

久しぶりに通い続けた道を走りながら、別のある出来事もあって、当時の色々な想いとか

ずっと振り返りながら、改めて『頑張ろう!』と思い少し胸が熱くなるのを感じました。





小さな小さな後姿。




マルッコBaby2


朝9時ごろに携帯に電話があり、先日譲る約束をしていたミニカ・アミLを引き取りにもう

竹田市の城下町に到着しているとのこと。

久留米から来られるとのことで、こんなに早くに着くとは思っておらず、慌てて家を飛び

出して近所まで迎えに行きました。


ご家族4人で引取りに来られ、優しそうな人たちです。みんな興味津々、簡単に説明を

して、仮ナンバーを付け早速乗って帰られました。


アッと言う間の別れのひと時、、、やっぱり小さな小さな後姿が遠くなっていくのを最後

まで見れませんでした。


久留米の空の下でも元気で、、、。



よっし、次の機会に今大活躍中の相棒を紹介します。





希望と不安のゆく所。




喜多屋14


生まれ育った東京を出て、遠く西表島を目指した頃を思い出しました、、。


東京の最後に勤めた会社で知り合った友人と沖縄旅行に出掛け、その自然の美しさに

魅せられて移住を決意したのは東京を離れる約半年前でした。

残業して独りになった事務所の中でパソコンを使って、東京から出たことのない僕には

遠い異国のような沖縄での就職先を手当たりしだいに探し、やっと見つけたのが西表島

のホテルでした。

本社が関西にあるホテルで、上手く理由をつけて面接日に会社を休み日帰りで面接に

出掛けました。総支配人との面接も好感触で、その場で憧れの沖縄に就職先を決めて

東京に帰りました。


それから東京を発つ当日まで、希望と不安が入り交じった複雑な数ヶ月を過ごしながら

準備を進めました。

独り暮らしでそれまでアパートに揃えてきた大きな家具や電化製品は全部処分し、逆に

何もないであろう離島での生活のために細々した生活用品を充実させ、当時乗っていた

VWジェッタにキャリアを付けてマウンテンバイクを載せて、トランクルームも後部座席、

助手席も荷物でビッシリ。


夜中にアパートをひっそりと出発し(見る人が見たら夜逃げのよう)、中央高速で名古屋

まで一晩走りました。翌朝名古屋港からフェリーに乗って大阪を経由して那覇へ、那覇

で半日停泊して石垣島へ。石垣島到着が週末だったので、西表島までの貨物船の出港

を待って安宿に2泊。結局西表島に着いたのは東京を出てから5日後でした。


石垣島は4万人都市なので、今住む竹田市よりも町は栄えていて便利です。ホテルなど

高い建物もあり、貨物船で離れていく石垣島を見ながら『これなら住める』と思いました。

ゆっくりと海面を走る貨物船がおよそ2時間かけて、たった人口2000人の西表島に近づい

ていった時の光景は今でも忘れられない衝撃的なものでした。


“常夏の島”と思っていた沖縄も冬は寒く、雨が多い季節でもあります。特に西表島は

島の約90%が亜熱帯の自然林に覆われており、いわゆるジャングルには厚い雲が上空

に被さり、雨が冷たい海風に乗って降り続いていました。島の表面には建物など見えず、

他には誰も乗っていない貨物船が近づいて行こうとする先には、視界が悪いのもあって

ジャングルしか映りません。


それが憧れていた沖縄での生活へ飛び込む第一歩でした。


その島にも4年間住みました。最後は離れるのが寂しいくらい大好きになった島でした。


今、喜多屋での開業準備をしつつ、希望と不安の入り交じった複雑な時を過ごしながら

あの頃を思い出しました。