日本人のための近現代社会 -19ページ目

日本人のための近現代社会

主に日本近現代史を日本人の立場から分かりやすく解説した動画をあげています。日記は投資について書いていきます。

https://www.youtube.com/user/so96079607
http://www.nicovideo.jp/mylist/45694866

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

 前回の動画で、米軍の民間人虐殺の話として東京大空襲の話をしました。今回は民間人の大虐殺その2ということで広島、長崎への原爆投下について話をしていこうと思います。

動画解説

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=iFTRu0-Xtt8

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm31325951

 時系列的には沖縄戦の方が先なんですが、大虐殺というくくりで連続でやった方が話が理解しやすいかなと思ったので入れ替えました。 さて、原爆投下と言えば毎年8月6日と9日に黙とうをしたり、テレビでも原爆や戦争に関連した特番が必ず組まれるので知らない人はほぼいないと思います。

 僕はね、原爆慰霊碑に書いてあって番組でもちょいちょい出てくる「安らかにお眠りください。過ちは繰り返しませんから」という言葉が大嫌いなんですよ。理由は後ほど話します。

 さて、2発の原爆投下によって広島では9~16万人、長崎では4~8万人、双方合わせて20万人程の犠牲者が出ています。ではなぜアメリカは原爆という大量破壊兵器を1度ならず2度までも使ったのか。アメリカ政府の公式発表では日本の本土決戦を避け、早く戦争を終わらせるためという事になっています。要は広島と長崎20万人の命と引き換えに米兵100万とその他の日本国民を救ったんだという論法ですね。

 しかし、この話にはさすがに無理がありすぎます。アメリカの力を見せつけ、戦争を終わらせるためというなら1発で十分であり、2発も落とす必要はどこにもないですよね。ではなぜ2発も落としたのか。実は広島と長崎では落とされた原子爆弾のタイプが違うんですよ。広島にはウラン型、長崎にはプルトニウム型の原子爆弾が投下されています。つまり、日本人をモルモットとして原爆の効果を比べるために2発も投下されたという事ですね。実際、戦後2年以上にわたって東京帝国大学の号令のもと被爆者を使った人体実験が行われ、調査記録は全てアメリカに報告されています。そして報告された記録はアメリカの核戦略上の資料となっています。

 

 また、45年の2月に行われたヤルタ会談によってソ連の参戦が決まった事も大きく影響しました。アメリカとしてはソ連が参戦してくる前に戦争を終わらせて戦後ソ連に対して優位な立場に立ちたいとの考えがあったわけです。当然、原爆の威力をソ連に見せつけ威嚇するという意図もあったことでしょう。

 

 しかし、戦後GHQの検閲や言論統制によってこうした面は封印され、アメリカの悪口だけでなく被爆者が体験を語る事すらも長い間禁じられてきました。そのため原爆の悲惨さや放射能の恐怖だけが伝えられ、加害者であるアメリカの非難はできないというあからさまに不自然な状況が続いていたわけです。結果としてアメリカの公式発表である「長崎・広島の犠牲と引き換えに多くの日本国民とアメリカ軍兵士を救った」という詭弁が長い間おうむ返しに繰り返されてきたという経緯があります。

 

 余談ですが、広島が投下地に選ばれたのだって軍港があるからという事にはなっていますが、実際には原爆の殺傷能力を図るのにちょうどいい規模だったというのが一番大きな理由ですよ。実際軍港ではなく病院の真上に投下されていますしね。長崎に至っては博多が天候がよくないから代わりに長崎という理由ですからね。

 

 さて、こういう話を聞くと、僕がなぜ「安らかにお眠りください。過ちは繰り返しませんから」という慰霊碑の言葉やTVでの放送が大嫌いなのかはなんとなく察してもらえたんじゃないでしょうか。動画の冒頭でも言ったように過ちって一体何の事をいってるんですかね?アメリカが建てた慰霊碑ってんなら分かりますよ。でもなんで日本が建てた慰霊碑に「過ち」なんて言葉があるのか?おかしいでしょ。これは原爆や戦争で亡くなった方々をバカにしてますよ。

 少なくとも当時の日本人はこの戦争をアジアの解放と大東亜共栄圏の構築という理想を信じて戦っていましたし、その想いに殉じて亡くなった方々もたくさんいます。原爆で亡くなった方々だって一人の日本人としてその想いはあったはずです。それを「過ち」なんて言葉で片付けてしまったら、お前たちは無駄死にだったって言ってるようなもんじゃないですか。こんな仕打ちをされたらとてもじゃないけど安らかになんて眠れませんよ

 

 パール判事は広島のこの慰霊碑を見て「東京裁判で何もかも日本が悪かったとする戦時宣伝のデマゴーグがこれほどまでに日本人の魂を奪ってしまったとは思わなかった。東京裁判の影響は原子爆弾の被害よりも甚大だ」と感想を述べています。

 

次回は沖縄戦について話をします。読者登録及び動画のチャンネル登録、お気に入り登録をよろしくお願いします。

ニコマイリス http://www.nicovideo.jp/mylist/45694866
ようつべ  https://www.youtube.com/user/so96079607
twitter     https://twitter.com/kitatyu79
facebook    https://www.facebook.com/profile.php?id=100006968115051
更新予定  http://ameblo.jp/kitatyu79/entry-12208288398.html

 

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

 前々回の動画で硫黄島での日本軍の奮戦の話をしました。その時に日本軍はアメリカ軍に対して「本土上陸は本当にやばい。どんだけの被害が出るか分からない」と思わせる事に成功したという話をしました。今回はその続きで、人類史上最大規模の大虐殺(空襲において)である東京大空襲について話をしていきます。

動画解説

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=Tm2a6NDnS-M

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm31284024

 

 硫黄島や特攻作戦で恐怖を味わった米軍は日本本土への上陸は被害甚大なのが目に見えてるからやりたくない。しかし、戦争には勝たねばならないという事で日本の産業の破壊戦意の喪失を狙って民間人を意図的に狙った前代未聞の大空襲を行う事になります。

これが東京大空襲です。

 

 東京大空襲は1945年の3月から5月にかけて5回にわたって実施されています。中でも3月10日に行われた1回目の空襲が一番被害が大きくて、死者12万人被災者に至っては100万人を超えています。ちなみに死者の中で1割近い1万人が朝鮮人です。あいつらって慰安婦だとか強制徴用だとか根拠ない事に対してはいつまでも謝罪と賠償要求する割に実際被害くらった事に対しては何も言わないんですよね(なぜか日本に文句を言う)。

 

 さて、これだけの大規模作戦ですから行き当たりばったりでやったわけではもちろんありません。米軍は砂漠の真ん中に日本家屋をたくさん作らせて実際に爆弾を落とす実験を行い、結論として住宅密集地にクラスター焼夷弾を落としてまとめて焼き払うのが最も効率よく日本人を殺せると結論付けています。通常の爆弾は爆風が届く範囲にしか効果がないのに対し、焼夷弾は風さえあればどんどん火災が広がって被害が拡大していきますからね。

 さらに米軍は空襲警報で人が逃げた所に焼夷弾を落としても建物しか破壊できないので、一度何もせずに上空を通過しています。そして空襲警報が解除されて住民が戻ってきて寝静まった深夜に焼夷弾を投下、12万人という大量虐殺に成功しています。これはね、ナチスドイツもびっくりなレベルのホロコーストですよ。大戦中民族の絶滅を公然と口にしていたのはナチスドイツとアメリカだけです。

 

 ちなみに明確な国際法違反であり戦争犯罪である東京大空襲なんですが、サンフランシスコ平和条約を結んだ際に日本は賠償請求権を放棄させられています。戦争で勝ちさえすれば後の条約で戦争犯罪すら無かった事にできると世界の警察を自称するアメリカ自らが証明して見せたわけですから皮肉なもんですよ。戦後に東京大空襲の指揮を取ったルメイは「もし戦争に敗れていたら私は戦争犯罪人として裁かれたいただろう」とも述べてもいます。

 ついでに賠償に関して朝鮮人達の動きにも少し触れてみましょうかね。朝鮮人遺族たちは「ウリたちは強制連行された東京で大空襲にあったニダ。日帝は朝鮮人の遺体を祖国に帰すことなく勝手に埋葬したニダ。これは人権侵害ニダ。東京大空襲で朝鮮人がたくさん犠牲になったのは日本が朝鮮を軍事占領したからニダ。謝罪と賠償を要求するニダ」というような内容の報告書を2008年に発表しています。ちょっと、頭おかしいんじゃないっすかね。

 日本人より高い賃金をもらって働きながら強制連行。焼け野原に遺体が大量にある状況で放置されずに埋葬してもらっているのに感謝どころか祖国に帰せと文句を言う。焼き尽くされて骨しか残ってないような遺体とか、焼けただれて顔も分からなくなってるような遺体が10万人分以上あるような状況で1つ1つ朝鮮人かどうかを調べるなんて事ができると思ってるんですかね。放置されなかっただけマシだと僕はおもうんですが。そもそも朝鮮を軍事占領なんか日本は一度もやってないですし、謝罪と賠償の要求するんならね、日本じゃなくてアメリカに言えよと。日本になら何を言ってもいいと思ってるんでしょうけど、ここまで来るとあまりの馬鹿さ加減に怒りを通り越して憐れみすら覚えますね。

  さて、一連の東京大空襲の結果、東京は火の海となり、都心部の半分が焼け野原となり、米軍の次の矛先は地方都市へと向けられていく事になります。

 

 ということで次回は広島・長崎への原爆投下、その次に沖縄戦の話をしていきます。読者登録及び動画のチャンネル登録、お気に入り登録をよろしくお願いします。

ニコマイリス http://www.nicovideo.jp/mylist/45694866
ようつべ  https://www.youtube.com/user/so96079607
ブログ   http://ameblo.jp/kitatyu79/
twitter     https://twitter.com/kitatyu79
facebook    https://www.facebook.com/profile.php?id=100006968115051
 

 

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

 前々回の動画でレイテ沖海戦の解説をした時に神風特攻隊の初出撃があったという話をチラッとしました。今回は有名な神風特攻隊について話をしていこうと思います。

動画解説

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=jmFckwwPe7o

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm31156181

 

 レイテ沖海戦において特攻を実行すると最終的に決めたのは大西中将です。大西中将はフィリピンに行く前に台湾に立ち寄って台湾沖航空戦でゼロ戦とヘルキャットの空戦を見て日本軍の厳しい状況を理解していました。

 開戦当初こそゼロ戦の圧倒的な性能差とパイロットの腕で米軍を圧倒していましたが、この時期になると数はもちろんですが、ゼロ戦を研究して強化された米軍機に性能でも押されているという状況になっていたんですね(零戦が無傷で米軍に鹵獲されてしまったため)。

 ですから、普通に戦っていては勝ち目がないと大西中将は理解していました。さらに台湾沖航空戦の結果、日本軍航空隊は壊滅的な打撃を受け、前回解説したように唯一まともに動ける状態だった正規空母を囮に使わざるを得ないという厳しい状況に追い込まれています。

 大西中将がフィリピンで動かせた飛行機の数はたったの30機程度だったらしいです。この30機でレイテ湾に突入する栗田艦隊を援護し成功に導かねばならない状況だったわけです。これはね、普通に考えたらクロノトリガー初見プレイでいきなりラヴォスと戦って勝つくらいムリゲーですよ。この困難な状況を何とかするための苦肉の策として、爆弾を抱えた飛行機による体当たり攻撃という前代未聞の特別攻撃隊を編成して実行に移さざるを得なかったわけです。

 特攻を命じるにあたり、大西中将は涙を流して隊員たち全員と握手を交わし送り出したんだそうです。この時、敵護衛空母に体当たりをして戦果を揚げたのが有名な敷島隊など4つの部隊です。こうして神風特攻隊の初出撃はたった30機弱という数で米軍の護衛空母1隻を撃沈、5隻に損害を与える大戦果をあげることになります。しかし、大戦果をあげたにもかかわらず大西中将は部下に死を命じなければならない特攻作戦に対し「こんな事をしなければならないのは日本の作戦指導がいかにまずいかを表している。統率の外道だ」と語り、終戦後は自ら命を絶っています。

 

 大西中将としては特攻作戦という部下に死を命じる作戦は1度きりにしたいという想いがありました。しかし、現実的な戦力を見るともはや特攻を中心にやっていくしかないという状況になっており、最初の特攻作戦の大成功もあってこれ以降日本軍は特攻を中心に作戦を立てていくことになります。大西中将は新聞記者から何故特攻を続けるのかと問われた際に次のように答えたんだそうです。

「ここで青年が起たなければ、日本は滅びるだろう。青年たちが国難に殉じていかに戦ったかということを歴史が記憶しているかぎり、日本人は滅びることはないだろう。」 考えさせられますね。

 さて、少数の特攻機がこのような大戦果をあげた事は米軍に大きな衝撃を与えました。特攻機が戦果をあげている事は公にしてはならないとしてアメリカ・イギリス・オーストラリアで徹底した報道管制を敷いて情報を遮断しています。また、空母ワスプに乗っていた123人に健康診断をしたところ70%が極度の精神疲労のため戦えないと診断され、全体で見ても精神病患者が一気に2倍近くに増えたんだそうです。こうした日本軍の特攻は陸軍参謀総長に「敵の勇気を軽視するような事があればわが軍の勝利を危うくする事になろう」とまで言わせています。

 

 レイテの後もフィリピンでの戦闘で日本軍の特攻機は米軍空母に沈没とは行かないまでも損害を与え続け、米軍を苦しめています。これに対し、マッカーサーは「ありがたい。やつらは執拗に軍艦を狙ってきているが、これほどまでの猛攻を輸送船団にやられていたら我々は引き返すしかなかった」と述べています。

 

 ところが、1回限りのはずだった特攻作戦は、日本国内で戦果をかなり誇張して大々的に報道され、反対意見を言えない空気がマスコミを通じて作られていきました。結果として軍の反対派は反対意見を封じられ、この時限りのはずだった特攻作戦は航空戦力がある程度立ち直ってからも作戦の主軸となっていき、米軍に対策され、思うように戦果が上がらなくなってからも続けられていく事になります。特攻の話は沖縄戦の話をするときにもう少ししていこうと思います。

 

次回は東京大空襲について話をしていこうと思います。読者登録及び動画のチャンネル登録、お気に入り登録をよろしくお願いします。

ニコマイリス http://www.nicovideo.jp/mylist/45694866
ようつべ  https://www.youtube.com/user/so96079607
twitter     https://twitter.com/kitatyu79
facebook    https://www.facebook.com/profile.php?id=100006968115051
更新予定  http://ameblo.jp/kitatyu79/entry-12208288398.html

 

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

今回は硫黄島の戦いと市丸中将からルーズベルト大統領に宛てて書かれた手紙について話をしていきます。

動画解説

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=axlosSC6oRI

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm31110883

 

 前々回の動画でサイパン島がとられた事によって日本への本土爆撃が可能になったという話をしました。しかし、B29爆撃機が日本に行けるようになったのはいいんですが、護衛のための戦闘機なんかはまだ届かないという状況でした。

 そのため、日本軍に待ち伏せされてB29が落とされる事も少なからずありました。そうすると、アメリカ軍としては当然もっと楽に本土爆撃をやりたいですから、そのための中継基地が欲しいという事になります。そこで目を付けたのがサイパンと日本のちょうど中間付近にあって且つ飛行場の建設が可能な硫黄島です。

 戦闘自体は圧倒的な武器の差と5倍の兵力の差がありましたから、米軍が勝利することになります。しかし、圧倒的に不利な状況だったにもかかわらず日本軍は大健闘し、米軍が戦力差を考えれば5日で落とせると思っていたところを1カ月以上も持ちこたえ、戦闘の死傷者は米軍の方がたくさん出るという前代未聞の結果を叩きだしました。

 

 日本軍としては勝ち目がない事は分かっていました。しかしそれでも少しでも長く米軍を硫黄島に釘付けにし、日本の本土への上陸はやばいと思わせるためにこのような必死の抵抗をしてくださっていたわけです。上陸を許してしまったら日本は本当に植民地化されてしまいますからね。

 特攻隊の方々とか沖縄で亡くなった方々もそうですが、未来の日本人に日本を残すために決死の覚悟で戦ってくださった先人達が確かにいたんです。そうした方々を祀っている靖国への参拝なんてのは政治家だろうが一般人だろうがやって当たり前であって他国からどうこう言われる筋合いのものではないんですよ。これがおかしいっていうんだったらアメリカでアーリントン墓地は破壊しろ的な運動でもやればいいんじゃないですかね?まず誰からも相手にされないでしょうが。

 

  さて、話を戻しまして、今回は硫黄島の戦いの際に市丸中将がルーズベルト大統領に対して書いた手紙について話をしたい。普通に考えたら届くはずがないと思うんですが、当時の米軍には戦いの後、日本兵の死体を物色するというのが当たり前にありました。市丸中将はこの事を知っていたからわざわざ手紙を残していたわけです。予想通り手紙は市丸中将の死体から発見され、アメリカ本国に届けられ全米を驚かせることになります。

「日本海軍市丸少将がフランクリン・ルーズベルト君にこの手紙を送ります。私は今、硫黄島でこの戦いを終えるにあたって一言あなたに物申したいのです。

 日本がペリー来航を境に世界と国交を結ぶようになって約100年になります。この間の日本の歩みは困難を極め、望みもしないのに日清、日露、第一次大戦、満州事変、シナ事変を経て不幸にもアメリカと戦争をすることになりました。これについてあなた方は日本人は好戦的だとか黄色人種の禍だとか、あるいは日本の軍閥が悪いんだとか言っていますがあまりにも的外れであります。

 あなたは真珠湾の不意打ちを日本との戦争を始めるただ一つの宣伝材料としていますが、日本が自滅から逃れるためにこんな馬鹿な戦争を始める所まで追い詰められてしまった諸事情はこれを仕組んだあなたが誰よりもよく分かっているはずです。

 

 日本の天皇陛下は八紘一宇という言葉に表されるように、地球上のあらゆる人々が自分たちの祖国で仲良く暮らしていける永続的な世界平和を唯一の望みとしておられます。この事はあなたの叔父であるセオドア・ルーズベルトもよく知ることであります。私たちは今、豊富な物量を頼りとした米軍の攻撃によって危機に立たされていますが、精神的には充実しております。なぜならば、天皇陛下の目指しておられる平和な世界の創造という理念の実現に燃える国民共通の想いがあるからです。

 

 しかしながらこのような想いはあなたやチャーチルのような人には理解できないであろうと思います。私たちはそんなあなた方の心の弱さを憂いて一言申し上げたいのです。あなた方白人のやっている事は世界の利益を独占し、有色人種を奴隷化する事に他なりません。そしてそのために、有色人種をだまくらかし、考える力を奪う事で無力化してきました

 しかし、近世になって日本が白人達の野望に抵抗し、有色人種、特に東アジアをその支配から解放しようとすると、日本の想いを全く理解しようともせず、害虫扱いし、かつては友好国であった日本人を野蛮人と言い、公然と日本人の絶滅まで口にするようになりました。このような行いは(博愛を謳う)あなた方の神の意向に沿うものなのですか?

 

 大東亜共栄圏が成立すれば、それぞれの民族が民族自決を達成できる事になります。あなた方がこれを破壊さえしなければ全世界が平和に向けて歩み始める事ができる。それは決して遠い未来の話ではないのです。あなた方白人はすでに十分繁栄しているではありませんか。数百年もの間あなた方に搾取されてきた哀れな人類の希望の芽をどうして若葉のうちに摘み取ってしまおうとなさるのですか。元々東洋の物だったものを東洋に返すというだけの話ではありませんか。あなたはどうしてそんなにも貪欲で器が小さいのでしょうか。大東亜共栄圏の存在はあなた方の存在を否定するものでは全くありません。むしろ世界平和の一翼として、世界人類の安定と幸福を保障するものとなるはずです。日本の天皇陛下の想いは他にはない。たったこれだけの事をあなたがたに理解してほしいと言っているだけの事なのです。

 

 ヨーロッパの情勢を振り返ってみても、相互も無理解による人類の争いがどれだけ悲惨であったかは語るまでもないでしょう。この場でヒトラー総統のとった行動の是非には触れませんが、彼が第二次世界大戦を引き起こした一番の原因は間違いなく第一次大戦の責任を全てドイツに押し付けたからです。

 

 あなた方がヒトラーを倒したとしても、その後どうやってスターリンと協調するのですか?世界が強いものが弱いものを虐げる今の状態のままならば、その争いは永遠に繰り返されいつまでも人類が平和に暮らせる世界が来る事は無いでしょう。

 アメリカは今世界制覇の野望を一応は実現しようとしています。誇らしく思っている事でしょう。けれど、あなた方の先輩であるウィルソン大統領はまさに得意の絶頂の時に失脚いたしました。願わくば、私の言外の意を汲んでいただき同じ失敗を繰り返さないようにしていただきたい」

 

 どうですか、ぐうの音も出ないほど正論ですよね。ちなみに、ルーズベルト大統領はこの手紙が打電された8日後に亡くなってしまったため読むことはできませんでした。まさに戦争に勝ちつつある得意の絶頂期に亡くなってしまったわけです。かんがえさせられますね。次回は5の倍数回と言う事で神風特攻隊について話をしてみようかなと思います。

ニコマイリス http://www.nicovideo.jp/mylist/45694866
ようつべ  https://www.youtube.com/user/so96079607
twitter     https://twitter.com/kitatyu79
facebook    https://www.facebook.com/profile.php?id=100006968115051
更新予定  http://ameblo.jp/kitatyu79/entry-12208288398.html