日本人のための日本近現代史

日本人のための日本近現代史

熊本在住の歴史好きです。主に日本近現代史を日本人の立場から分かりやすく解説した動画をあげていきます。日記は動画と連動して書いていきます。最低でも週1以上更新していきます。

https://www.youtube.com/user/so96079607
http://www.nicovideo.jp/mylist/45694866

 いつもは中高生以上を対象にした動画を出してるんですが、今回は例のアレのせいで学校も休校になっているという事で、小学校の高学年くらいでもちゃんと理解できる話をしていきます。

YouTube https://www.youtube.com/watch?v=Vc1jTXtEY5g

ニコニコ https://www.nicovideo.jp/watch/sm36585516

 

という事で、僕が小学校の時に出会った中島敦の山月記、これについて話をしていこうと思います。と言っても今回は別に文学の解説をしようという事ではないです。あくまで僕がこの話を教科書で読んでどんな衝撃を受けて考え方がどんなふうに変わったかっていう話になります。まずはあらすじが分からないと話にならないのでザックリと説明しますね。

 主人公は頭はすごく良いんだけど、プライドがぶっ飛んで高い李徴(りちょう)という人物で、もう一人話の聞き役として友達のいない李徴のほぼ唯一の友達と言える袁サン(えんさん)というのが出てきます。舞台は昔の中国です。

 李徴はとても頭が良いですから科挙という試験に合格してエリート官僚になるんですね。今の日本で言うと東大を成績1位で卒業して財務省の高級官僚になりましたくらいのイメージです。ところが、李徴はやたらとプライドが高くて、「なんで俺が能力もまるでないバカな上司に従わないといけないんだ」みたいな感じに思いたった1年で「俺は詩人になって後世まで名を残すんだ!」といって辞めてしまうんですね。今でいうと、高級官僚ルートを自ら捨てて「俺は100年後も歌われるような一流のアーティストになるんだ」と言って仕事辞める感じですかね。

 当然そんなにうまくいくはずもなく数年後には貯金もなくなり、仕事をしないと生きていけませんから再び公務員になるということになります。1回完全に自分の都合で辞めちゃってますから当然1番下っ端からの再スタートという事になります。これが実につらかった。上司だけでなく、当時完全に見下してバカにしていた同期の人たちから命令される立場になってしまいましたからね。これがぶっ飛んでプライドの高い李徴にとっていかに屈辱だったかは言うまでもないですよね。そしてそんなストレスである夜、李徴は「うわあああああ!」と叫んで外に飛び出してしまい、行方不明になってしまいます。

 時は流れて1年後、友達の袁サンの登場です。旅の途中でトラに襲われるんですね。草むらの中から飛び出したトラに襲い掛かられ、殺されそうになるんですが、なぜか急に襲うのをやめてトラが草むらに隠れてしまいます。不思議におもった袁サンが草むらにおっかなびっくり近づくと「危ないところだった」と繰り返しつぶやく声が聞こえ、「その声はもしかして友達の李徴か?」と声をかけるとしばらくの沈黙のあとで「そうだ」と返事が返ってくるんですね。そしてしばらく思い出話に花を咲かせた後に袁サンは聞くんですね。「李徴よ、お前は何でそんな姿になってしまったんだ」と。李徴は答えます、「わからない。しかし考えようによっては思い当たることが全くないことは無いかもしれない」といって説明を始めるんですね。

 

 この後の説明の部分を読んで当時小学生の僕はピカチュウの10万ボルトの直撃をくらったかのような衝撃を受けたわけですよ。

当時の僕は授業中にもかかわらず、先生の話も全く耳に入らず、下を向いて涙をこらえたものですよ。授業中いきなり泣き出す変な奴認定はされたくないですからね。それくらい衝撃的だったんです。

 

 なんて書いてあったか。「人間だった時、俺は人とほとんど関わらなかった。周りの人間は俺のことを傲慢で偉そうな奴だと言っていたが、実はほとんど羞恥心に近いものだという事を知っている者はいなかった。もちろんプライドがなかったわけではない、しかしそれは臆病な自尊心とでもいうべきものだったんだ。俺は詩人になるんだと言って飛び出したものの、自分よりレベルの高い人から教えてもらいに行ったり、同じく詩を読んでいる人たちと関わろうとしたりすることもなかった。かといって同期の連中と同じように仕事をすればOKと考えることもできなかった。自分が天才じゃないという現実を恐れるがゆえに周囲を見下すような行動をとり続けた。また、自分は天才なんだという気持ちを捨てることもできず、周囲と同じように生きるという事も出来なかった。ともに臆病な自尊心と尊大な羞恥心のせいだろう。そしてこれらの心のせいで俺は人と関わることを避け、周りの人も俺と関わろうとはしなくなっていった。そしてますます臆病な自尊心を強めることになってしまい、周囲に攻撃的になっていった。行きついた果てがこのトラの姿なんだろう。昨日もこの苦しみを誰かに分かってほしいと月夜に向かってほえ続けたが、動物も人間もみんな俺のことを怖がって逃げていく」そういう話なんですね。

 

 臆病な自尊心と尊大な羞恥心という言葉が出てきますが、ちょっと難しい言葉なので小学生向けに補足しますね。尊大というのは偉そうにすること、自尊心というのはプライドとか誇り、羞恥心というのは恥ずかしいと思う気持ちと思ってもらうといいかと思います。普通の感覚としては尊大な自尊心と臆病な羞恥心なわけですよ。偉そうにしてるプライドの高い人とか臆病で恥ずかしがりやな人っていうとすごくイメージしやすいですよね。

 ところが、世の中には分かりにくいけど逆のパターンもあるんだよってことが当時小学生の僕はすごく理解できてしまったんですね。と言っても別に「こんな難しそうなことを小学生にして理解できた僕、頭いいでしょ?」って言いたいわけじゃないんですよ。まさに当時の僕が臆病な自尊心と尊大な羞恥心をやらかしてた子どもだったんですよ。だから理解できたんです。

 

 小学生の頃の僕の基本スペックを先に伝えておくと学力レベルは中の上から上の下くらい、クラスの平均よりはちょっと上くらいってかんじ。体格はヤセチビで、背の順で並ぶと常に一番前か2番目、そんな体格なので当然走るのも遅いし、運動面は下の下という感じですね。図工はびっくりするくらい下手くそで、絵も工作も下の下という感じでした。ところがすごい負けず嫌いなんですよ。プライド高いんです。ここまで話すと「あぁ」って察してくれる人もいるんじゃないですかね。

 

 まず、図工の提出物なんですが、たぶん半分も出してなかったんじゃないかなと思いますね。よく先生から早く出せって言われてました。低学年の頃は普通に出してたんですよ。出せば褒められてましたから。でも3年生とか4年生くらいになると周りと比べて自分の作品が明らかにレベルが低いのって分かってくるじゃないですか。先生も口だけは「上手上手」って言ってはくれるけど内心ではそう思ってないってのも理解できるようになってきますよね。だから自分が低レベルな物しか作れないっていうのを他人に見られたくないわけです。結果として作ろうとしないから提出もしないという事になっていくんですね。

 運動会なんかでも同じです。100m走とかあるじゃないですか。あれもさ、ランダムで組み合わせ決めてくれればまだいいものを、先生たちは良かれと思ってわざわざ早い子は早い子同士、遅い子は遅い子同士で走らせるじゃないですか。これは下の下の僕からしたら拷問でしたよ。早い子たちは別にいいんですよ。トップグループの中で仮に6人中6位だったとしても「今回は残念だったね」で終わるんです。ところが僕のいた下の下グループは悲惨ですよ。だってこの中で負けたらめでたく学年最下位認定ですからね。こんな屈辱的な事ってあります?だから僕は小学校時代1回も運動会の短距離走を全力で走ったことがないです。「僕は全力で走ってないから一番下じゃない」っていう言い訳にもならない言い訳をするためなんで今考えるとバカなことやってたなぁって感じですけど当時の僕としては必死でしたよ、みんなから「たまには真面目に走れよ」とか「何でさぼるんだよ」とか言われるのもそれはそれで辛いんです。こんな恥ずかしい理由説明できるわけないですしね。

ここまでが僕が小学校時代に臆病な自尊心だと認識した話です。

 

 次、尊大な羞恥心にいきます。小学生時代のぼくって学力面だけは中の上くらいあったんですよ。でも決してトップグループにいるわけではないんですよ。自分がほかの分野に比べたらできる勉強の分野で上を目指そうって本気で思ったらトップグループの人たちとか先生にどんな風に勉強をすればより理解できるのか聞きに行ったりすればいいじゃないですか。でもできないんですよ。だって質問に行くという事は自分はその人たちよりも下のレベルだってことを認めることになりますからね。結果、自分よりできない人たちに聞かれてもいないのに偉そうに教えて自己満足に浸るというしょうもないことをやってたわけです。

 

 こんな小学生でしたから山月記に出てきた臆病な自尊心と尊大な羞恥心という言葉は小学生ながら僕の心に深くふかーく突き刺さったんですね。で、自分なりに今のままじゃ絶対ダメ人間になると思って、何とかしようと考えて色々ともがき始めるという事になるんです。でも人間なかなか性格って変えられないじゃないですか。下の下レベルのものを他人に見せたくないっていう根本を変えることは難しかったし、自分はあいつらより下なんだって認めて質問することも難しかったわけです。だってプライド高いんだもんしょうがないじゃないですか。だから発想を変えました。とにかく下の下レベルから脱出しようと。

 

 運動面で言うなら単純に走るという事に関しては身体能力がものをいう部分が大きすぎて練習してもなかなか厳しかったんですが、ボールを投げたり蹴ったりするみたいに技術が関わる割合が大きいものに関してはうまい人がやってるのを見てひたすら真似し続けるっていうコソ練(隠れて練習すること)をやりまくった結果、中の下くらいまではいけました。いや、そんな回りくどいことやってないでうまい人に普通に聞けば早いじゃねーかって言われそうですけど、それができれば苦労はしないんです。ついでに言うとまともにぶつかっちゃったらヤセチビの僕は絶対に勝てないので、サッカーにしてもバスケットにしても周りの人の動きを見てボールのいきそうなところを予測して動くクセがつきました。

 

 また、絵を描くという事に関しては色々考えた結果、算数の製図を応用しました。具体的には画用紙を9分割くらいにして書くものを写真にとって写真にも9分割の線を入れるんですよ。で、例えばこの写真を絵にするなら屋根は青の点から左に線に沿って真っすぐ半分くらい行ってそこからちょっとだけ上に上がってるなとかそんな感じで、算数の時間にやる図形の作図を定規を使わずにやるみたいな要領で書くっていうやり方を思いついたんですね。

  その結果、お手本があるものに関してはある程度書けるようになったんで提出できるようになりました。それでも完全に想像して書かないといけないようなものに関しては良い方法が最後まで浮かばなかったのでブッチしたんですけどね。

 

 この話をすると、「それは頭がいいからできたんだろ?」みたいに言う人が時々いるんですけど、それは違いますね。今出したのはあくまで成功例を出しただけですから。うまくいかない事もいっぱいあるわけです。頭とか要領が良い人はそもそもこんな苦労しません。だってこんなアホなことやってないで上手な人に普通に聞けばいいんですから。

 そんな頭の悪いことをやってた僕でもいくつかの成功例があるのはできないなりに何とかしようとして必死に考えた結果なんですよ。今はネットが発達して知りたい情報はすぐに検索してみることができますから、僕が小学生だった頃よりかなり効率的にやれるはずです。うらやましい。

 

 とにかく僕が山月記に出会って一番変わったのは、「はじめから何もしないで諦める」という事をやめたことです。もちろん色々試してみた結果、これはダメだとなって諦めることもあるし、その結果提出物を出さないっていう事も多々ありました。でも、このとりあえず色々考えてやってみるっていうのが実は一番大事なんじゃないかと思うんですよ。だってさ、始めから何もやる気がなかったらいくら周りが誰がやっても失敗しない素晴らしいやり方を教えてくれたとしても、本人に動く気がないわけですから絶対に成功という結果は得られないんです。0に何をかけても0なんです。人間的な成長ももちろん0です。むしろ、自分はどうせできないというマイナスの感情だけが残るのでマイナス成長とも言えるかもしれません。

 でもさ、たとえ中の下までしか行けなかったとしても「苦手な事であっても下の下から中の下までは自分の力でいけた」という自信につながるんですね。そうすると自然な流れとして「苦手な事でも中の下までは行けるという事は得意な事をやればどうなんだろう」と考えるようになると思いませんか。そんな相乗効果も発生するんですね。

 また、仮にうまくいかなかったとしても「これだけやってみてダメだったんだからしょうがない」って感じで良い意味であきらめがつきますし、試行錯誤した経験値は残りますから、後々別の似たような場面で「あのときはうまくいかなかったから今度は違う方法でやってみよう」という風に考えることができます。完全に無駄になることはありません。

 余談ですけど、ボールの投げ方やけり方みたいなことは小学生の頃にコソ練をしまくったおかげで独学でマスターしてるので、体の使い方とか基本的な動きに関しては野球だろうがサッカーだろうが走り方だろうがジャンルを問わず子供たちに教えることができますね。こういう副産物が生まれることだってあるわけです。

 

 今回はいつも以上に魂込めて動画を作ったのでだいぶ長くなってしまいましたね。この動画はyoutubeの再生リストの教育関連のところに入れておきます。チャンネル登録、お気に入り登録をよろしくお願いします。また、併せて配信している「日本近現代史」「朝鮮半島史」「学問のススメ」の動画の方も是非見てみてください。

 

ニコニコ近現代史  http://www.nicovideo.jp/mylist/45694866
ニコニコ学問ノススメ https://www.nicovideo.jp/my/mylist/#/67142366
ようつべ  https://www.youtube.com/user/so96079607
ブログ   http://ameblo.jp/kitatyu79/
twitter     https://twitter.com/kitatyu79
facebook    https://www.facebook.com/profile.php?id=100006968115051
 

 今回の例のウイルスの関連での話なんですけど、ツイッターでのデマが原因でトイレットペーパーの買い占めが起こって一時的にお店からなくなるっていう現象が起きましたよね。マスクが品薄になるっていうのはまぁ分かりますよ。感染症ですからね。ところがトイレットペーパーとか紙おむつって話になると、これはもう感染症とは関係ない話なんですよ。では何でこんな事が起こってしまうのか。これをデマを流す迷惑なバカが悪いんだで片付けるのは簡単なんですが、それで終わらせてしまってはいけないよという話をしていきます。

動画解説

YouTube https://www.youtube.com/watch?v=RSgk1NV40t4

ニコニコ https://www.nicovideo.jp/watch/sm36553015

 

 確かに直接的な原因はどっかのバカがやらかしたデマの拡散でした。ただ、こういうバカが一定数いるというのは仕方がない事なんですが、より深刻なのは国民がデマを信じてしまい、パニックになってしまったという事実です。この原因は大きく分けて2つです。1つ目は非常時に備えた備えをしていない事、もう一つは非常時が起こってしまった際に頼れるコミュニティが存在しない事です。

 

 1つ目に関しては、家にトイレットペーパーが買えなくても1か月くらいは困らないくらいの量を備蓄していれば「これはやばい、買いに行かなきゃ!」とはならないわけですよ。結果としてみんなで殺到はしませんからただのデマで終わるんです。ところが備えをしていない所が多いからパニックになるんですね。ではなぜ備えをしないのか。一つは簡単です。金がないからです。だって非常時の備えって普段は何の役にも立たないどころか、場所も取るし邪魔なものでしかないわけですよ。そんな役に立つか分からない、むしろ役に立たない事の方が多いものにお金を使うかって言われれば、そんなことやるくらいなら生活に必要なものを買うわって話にしかならんのですよ。要は「ムダ」なものなんです。だからそんな「ムダ」なものに対してお金を使える人っていうのは生活にゆとりのある人に限られるわけです。日本経済はずーっとデフレで、その上非正規雇用も増えて余裕のある生活を送れる人の割合はだんだん減っていってるわけですから、今後もこういったデマに流される人は減らないでしょう。

 

 次に2つ目にいきましょう。非常時に頼れるコミュニティがないってことなんですがこれは特に都会に顕著ですね。都会の団地とかマンションに住んでますって人で隣近所の人と頻繁にかかわりがありますって人はあまりいないと思うんですよ。昔だったら、トイレットペーパーが仮に無くなったとしても、隣近所に行って「なくなっちゃったんでちょっと貰ってもいいですか?」と言える関係が普通にありましたから「やばい!買いに行かないと困る!」ってことにはそんなにならなかったわけです。

 

 ではここからが本題です。今説明した2つの原因って個人的、地域的なことなんですけど、これを行政とか国家レベルに置き換えるとどうなるかわかりますか。非常時への備えっていうのは=安全保障ということになります。では非常時に頼れるコミュニティはどうでしょうか。要は困ったときには日本人同士助け合いましょうという気持ちですね。この気持ちのことを広い意味で「ナショナリズム」とか「国民意識」と言います。

 なんかね、安全保障とかナショナリズムっていう言葉を出すと、「やれあいつは極右だ」とか「あいつは戦争でもしたいのか」みたいに言い始める頭の悪い人たちがいるんですけど、ハッキリいいますね、こういう人は頭の中が80年前で止まっています。だってそうでしょ、外敵からの侵略という非常時に備えるのが一般的に言われる安全保障です。じゃあ聞きますけど、安全保障って他にないの?って話です。

 もし世界的な異常気象みたいなのが起こって食料生産が激減しましたみたいな非常時が起こったときに備えて、自国である程度の食料自給率を確保しておきましょうっていうのは食料における安全保障です。今回みたいな感染症の流行が自国で起こったときに対応できるように病院のベッドは普段から余裕を持たせた数確保しておきましょうっていうのが医療分野における安全保障と言えるわけです。大地震みたいな非常時が起こった時に備えて、普段から公共事業やって建築業者を維持していこうっていうのはインフラ面における安全保障なんですよ。

 ところがわが国では「ムダを省く」という名目でそういう部分に使われるお金をどんどん削っていざことが起こったときに対応できない国にしていってしまったんです。一番象徴的なのが事業仕分けですが、民主党だから駄目という事ではないです。自民党政権の時からずっとそうやってきたわけですから。

 そのうえでさらに、非常時における国民の助け合い=国民意識を戦後はずっと悪として扱い、個人主義を素晴らしいもののようにいう風潮が幅を利かせてきたわけです。このダブルコンボによって日本国民はデマに非常に流されやすい国民に成り下がってしまったと言えるのではないかと僕は思います。

 

 安全保障とかナショナリズムという言葉に無駄にアレルギー反応を起こすような人に言いたいんですけど、それ自体は善でもなければ悪でもないんです。例えば、めちゃくちゃ話が上手で人からすぐ信頼される人がいるとします。この人物が例えば講演家になったり、カウンセラーになったりして人から感謝されるようになればそれは正しい使い方だと言えますよね。ところがこの能力って悪用すれば人を信頼させたところでお金をだまし取っるとかそういう事にも使えてしまうわけですよ。これと同じことですね。要は使い方の問題ってことです。そしてその使い方を間違えないようにするために国民は賢くならないといけないということですね。

ニコニコ近現代史  http://www.nicovideo.jp/mylist/45694866
ニコニコ学問ノススメ https://www.nicovideo.jp/my/mylist/#/67142366
ようつべ  https://www.youtube.com/user/so96079607
ブログ   http://ameblo.jp/kitatyu79/
twitter     https://twitter.com/kitatyu79
facebook    https://www.facebook.com/profile.php?id=100006968115051
 

 前回の動画で高句麗が隋帝国から4回も攻められたにもかかわらずこれに勝利し、国力が低下した隋は滅亡したという話をしました。今回はその間の日本の動きから解説をしていきます。

YouTube https://www.youtube.com/watch?v=81Hv2o5Ao7Y

ニコニコ https://www.nicovideo.jp/watch/sm36516688

 

前回解説したように隋の煬帝は突厥と高句麗が同盟して隋を攻めてくるという可能性を危惧していました。隋としては高句麗突厥連合軍に加えて日本の海軍までもが戦いに加わるとなれば国家存亡の危機という事になります。日本を敵に回すという事は絶対に避けなくてはならない状況なわけです。

 そこで日本は「今がチャンスだ!」という事で隋に使者を送ります。この時に派遣したのが教科書にも出てくる小野妹子です。あの有名な「日出ずる処の天子、書を日没する所の天子にいたす、つつがなきや」という国書をもって隋の皇帝に会いに行ったわけですよ。当時、中国にこんな失礼な書状を持って行ったりなんかしたら、激怒した煬帝にその場で処刑されても文句は言えないですから、小野妹子もぶっちゃけ内心気が気じゃなかったと思いますよ。ただ、そこは煬帝もバカではありません、日本を敵に回したら国がやばいということで「ふざけるな」とは思いつつもそこは感情を押し殺して対等の交易に応じるという事になるんですね。国際情勢を的確に理解した上での素晴らしい外交だったと言えるでしょう。ちなみに小野妹子って言われると名前の響きとか小野小町のイメージなんかもあって誤解されがちですが男性です。

 

 そんな感じで実にうまく立ち回った日本だったんですが、前回も解説したように隋帝国は高句麗に4連敗し滅亡、唐が誕生することになります。この唐という国がとんでもなく征服欲が強くて、東突厥を制圧した上に朝鮮半島や日本にも隙あらば攻めるぞという構えを見せ始めます。そうなると当然、朝鮮半島でも日本でもこれはやばいという事で対応がとられていくことになります。

 具体的には中央集権をすすめて国家として唐に対峙できる方向に改革をしていきます。百済でも高句麗でもクーデターを起こして国内の混乱を招きそうな勢力をあぶりだし国外追放または処刑という形で挙国一致体制を作っています。これが640年代前半の出来事です。

 また、日本でも645年に乙巳(いっし)の変が起こって蘇我氏が殺され、中臣鎌足、中大兄皇子らが実権を握っていますね。この時に行われた政治改革が有名な大化の改新ということになります。

 

 ところが、ただ一つ、このような事態に対してgdgdな対応をしてしまったのが新羅です。当時、新羅は女王が統治していたんですけど、「女に従うなんて冗談じゃない」というだけの理由で国内はバラバラの状態になってしまっています。これを見た百済は「この非常時にあいつらは何やってんだ、バカなのか」ということで新羅に攻め込みます。当然こんなgdgdな状況では新羅は対応できませんから高句麗に助けを求めることになるんですが、「お前がバカすぎるんだよ」ということでこれを拒否されています。そんな状況で結局女王は争いの中でなくなってしまい、次の女王が即位します。

 そんなgdgdな状態で新羅はどこか頼れる国はないかという事でまずは日本に使者を送ります。ところが、日本も状況は分かっていますから「おたくの国内状況が酷すぎますよね、まずはそこから何とかしてから話もってきてくれませんかね」という事で協力は得られません。そこで追い詰められた新羅は一番やってはいけない選択をしてしまうんですね。そう、唐に泣きつきます。649年から650年の間に新羅は政治システムを唐と同じにし、独自の年号も捨てて唐に年号を採用。完全なる属国宣言をやってしまいます。

 周辺国が唐の脅威に対して何とかして備えようとしている時、こともあろうにに唐に泣きついてしまったわけです。

 これによって百済高句麗連合VS唐新羅連合という構図が出来上がってしまったんですね。地図を見てもらうと分かるんですが、この構図って百済高句麗は完全に両軍からの挟み撃ちに合ってしまう形になるのでとても不利なんです。

 当然百済高句麗としては挟み撃ちになってしまったら絶対に勝てませんから、まずはとにかく新羅をつぶせという事になります。そこで、654年、連合軍は新羅に向けて攻め込むんですが、ここでまた新羅がやらかすんですね。唐に対して自国内で自由に活動していいから、とにかくあいつらを追い払ってくれという事で半島内に唐の軍勢を自ら招き入れ唐の軍勢の力で百済高句麗連合軍を打ち破り、百済を滅亡させています。当然新羅は後にこの時のツケを払わされることになるんですがそのあたりの話は次回動画でやっていきます。

 

 さて、この戦いで百済の生き残りが日本に救援を求めに来ることになります。日本としても情勢は分かっていますからこのまま半島が唐によって統一されてしまったら日本が危なくなるという事で百済からの救援要請に応じる形で海を渡って参戦しています。これが白村江の戦いというやつですね。実質的には日本と唐帝国との戦いで、結果は日本の惨敗でした。次回はこの白村江の戦いの後の日本と朝鮮半島の動きについて解説していきます。

ニコニコ近現代史  http://www.nicovideo.jp/mylist/45694866
ニコニコ学問ノススメ https://www.nicovideo.jp/my/mylist/#/67142366
ようつべ  https://www.youtube.com/user/so96079607
ブログ   http://ameblo.jp/kitatyu79/
twitter     https://twitter.com/kitatyu79
facebook    https://www.facebook.com/profile.php?id=100006968115051
 

 ニュースでもほぼこればっかりっていうくらい話題になりまくっているコロナウイルスなんですけど、採り上げすぎなくらい採り上げられてるのであえて無視してました。ただ、最近中国がぱっと見どう考えたって「お前が言うな」とか「訳の分からんことを言うな」と思われても仕方がないような事を言い出したので、これについて解説していきます。

youtube https://www.youtube.com/watch?v=KeCNsp8Rt0k&t=3s

ニコニコ https://www.nicovideo.jp/watch/sm36442730

 

 まずは2月25日の産経新聞の記事です。これによると、中国のメディアが日本や韓国の対応は後手に回ってばかりで感染症を抑え込もうという意思も感じられないし行動が遅すぎると批判したという事なんですね。

 さらに27日のレコードチャイナの記事では中国外交部は「中国での経験を生かし、日本に対してできる限りの支援を行う用意がある」と言い始めたんですね。

 この2つの記事に対して、ネットでは当然「原因はお前らなのに何いってるんだ」「自分のことは棚上げかよ」「お前が言うな」みたいなあきれた感じの反応が大半でした。

 たしかに今現在の事だけを考えれば厚顔無恥で意味不明なことを場当たり的に行き当たりばったりで言ってるようにしか見えないのも無理はないんですがそんな単純な話じゃないんですよ。僕が思うに中国は明確な意図をもって戦略的にこうした発言をしています。一言で言うなら日本は新たな歴史戦を仕掛けられてるってことです。

 

 まず第一に認識してほしいのは中国のこれらの情報発信は今を生きている人たちにはあきれられて構わないってことです。中国が見ているのは今生きている人たちがいなくなった後の50年後、100年後の世界です。過去動画の21か条要求を解説した回を動画説明欄のリンクに貼っておくので見ていただけると理解が深まると思うんですが、まさにあの時と同じことをやろうとしてるんじゃないかと思いますね。

 

 どういうことか、まず中国はコロナが発生した初期段階で日本などに対して全面的な入国制限はしないように要請し、そのせいで案の定、日本や韓国では他国に比べてだいぶ早く感染が広まってしまいました。ここで作戦の第一段階クリアです。

 次に自分から入国拒否しないように要請したにもかかわらず、日本や韓国の対応は生ぬるい、全く防ごうという意識が感じられないという事を中国のメディアに言わせる。さらに中国は日本に対して支援する用意までありますよとまで言わせています。実はこれが超重要なんですよ。要は新聞記事という形で既成事実を作ったってことです。今こんな頓珍漢な事を言い出したら世界から呆れられたりバカにされたりするってのが分からないほど中国はバカではありません。ただ、中国はずっと先を見ていますから今バカにされるのは構わないんですよ。

 

 ここまでの話で察しの良い方はピンと来たんではなかろうかと思います。まさに21か条要求の時と同じです。あの時も事前に孫文から頼まれたことも含めての織り込み済みでの合意内容を袁世凱の要請で日本からの要求という形にして発表しただけなのに、まるで日本が一方的に悪いかのようにプロパガンダされ、当時は皆からバカにされたものの100年たった今ではほとんどの日本人が日本が昔酷いことをしたと思っています。要は50年後、100年後にこの状態にするための布石を中国は今打っているという事です。

 

 

 さらに言うなら中国は、清国の時代、ヨーロッパからどんどん侵略されて植民地化されていった中でも「領土をあげます」とは絶対言わなかったんです。あくまで「租借」という言葉を使って100年間のレンタルですという形にすることにこだわったんですね。白人たちからしたらそんな約束を守る気はさらさらありませんし、100年後なら統治者が変わってるんだからそんな約束はないも同然だろと思っていたんですが、結果として租借という形にしていたことによって簡単に取り返しています。中国ってのは歴史的にこのように長期的な視点で物事を見ることができる国なんですよ。独裁国家の強みともいえますけどね。

 

 WHOに対しても風評被害など理由に、今回のウイルスに対して武漢とか中国を連想させる名前を付けないよう圧力をかけ「covid-19」なんていうよく分からない名前にさせましたよね。さらに、非常に都合の良いことに今年は東京オリンピックパラリンピックがあります。オーストラリアでも感染が広まっている以上、普通のインフルエンザみたいに気温があがったり、湿度が上がったりすることで自然に消滅することは無さそうなのでいつ収束するかは全く分かりません。コロナのせいでもし五輪が中止になりましたなんてことにでもなったら東京肺炎とか日本肺炎なんて形でプロパガンダされることだってあり得ると僕は思いますね。日本の対応がざるすぎるというのは確かな事実としてあるわけですから。

 

 1900年代初めに起きたの世界人口の4分の1が感染したスペイン風邪だってスペインから始まったわけではないのにスペイン風邪という名前になってるせいでスペイン発祥だと思ってる人はいっぱいいます。50年後、100年後ならみんな同じ勘違いをしてくれると思いますよ。要は未来の世界で日本に責任を押し付けるための準備を今やっているという事です。

 

 コロナウイルス生物兵器説なんてのがあって、ぼくはぶっちゃけそういう事もあり得るのかなと思いつつもあんまり信じてなかったんですけど、今回の一連の中国の発言を見て、もしかしたらホントに生物兵器なのかもしれないなと思い始めた感じですね。ただの自然発生のウイルスで中国が一番の被害者ですよという事であれば、ここまでして責任をよそに押し付ける必要ないと思いますからね。

 

ニコニコ近現代史  http://www.nicovideo.jp/mylist/45694866
ニコニコ学問ノススメ https://www.nicovideo.jp/my/mylist/#/67142366
ようつべ  https://www.youtube.com/user/so96079607
ブログ   http://ameblo.jp/kitatyu79/
twitter     https://twitter.com/kitatyu79
facebook    https://www.facebook.com/profile.php?id=100006968115051

 前回の動画では古い時代の朝鮮半島という事で、高句麗を中心に見ていきました。今回はその続きで、高句麗と同時期に存在した百済と新羅も加えた朝鮮版三国史の話をしていきます。

ニコニコ https://www.nicovideo.jp/watch/sm36408308

YouTube https://www.youtube.com/watch?v=XlrEPoWUeqQ&t=38s

 

 前回の動画のコメント欄に高句麗は朝鮮民族じゃないんじゃないかというのがあったので一応補足で説明をしておきますと、高句麗はツングース系のパク族というのが作ったものではあるんですけど、首都を今の平壌に置いていたことから朝鮮半島王朝とみられているという事ですね。韓流ドラマにもなるくらい韓国でも当たり前にそう見られています。ただ、中国は「高句麗は中国王朝だろ」と主張して両国間の歴史認識問題になっています。この動画シリーズはあくまで朝鮮半島史なので、朝鮮半島にある王朝で、中国とも当時対立してるわけだから朝鮮王朝として扱って問題なかろうということでそのように扱っています

 これはあくまで歴史を朝鮮の視点で見るか中国の視点で見るかというだけの問題で、どっちかが絶対的に正しいとか捏造だとかいうようなものではないということですね。

 

 前置きはこのくらいにして本題に入っていきます。高句麗が朝鮮半島に勢力を拡大していた300年代、日本で言うと古墳時代辺りなんですが、南の方には百済と新羅という韓民族の国がありました。

ついでに小国連合の伽耶国というのがあったんですけど、速攻で滅ぼされるんで割愛します。百済と新羅はどんどん勢いを増していく高句麗に対して、「このままではやられる、ヤバイ」とかなり危機感をもっていました。

 

そこで、高句麗が中国大陸にできた燕という国から攻撃を受けている間に百済は「今がチャンスだ!」という事で高句麗に南から攻め込んで平壌まで占領します。

百済からしたら、してやったりなわけですが、当然こんな火事場泥棒みたいなことをされた高句麗としては「ちょっとまてと。百済ふざけるなよ」となりますよね。ただ、遊牧民族が中国大陸でブイブイ言わせている状態がある以上、南に構ってる余裕はなかなかないわけです。ところが、470年代になるとその状況が変わって中国大陸では南北朝時代へと移っていきます。そうなると、高句麗は南に戦力を向ける余裕ができるんですね。当然、「おい百済、100年前はよくもやってくれたな」という事で怒涛の勢いで百済に攻め込み、百済王朝は一時滅亡してしまいます。ただ、一族が全滅したというわけではなかったので、南に拠点を移しての復活という事になっていきます。なかなかしぶといですね。

次に新羅ですね。新羅は初めの方は高句麗の子分になっていたんですが、550年代ごろから次第に反抗をはじめ百済と手を組んで強国の高句麗と向き合っているという状況がありました。で、この時期の中国大陸はというと南北朝時代に突入していて王朝は割ところころ変わるんで割愛しますけど、北と南にそれぞれ国ができてるんですね。で、三国はこぞって朝貢し、中国大陸の王朝の権威を背景にして朝鮮半島での有利な立ち位置を確保しようとします。結果的にこの事が朝鮮半島内でのバランスをとることになったし、中国としても自分の権威付けになってウィンウィンの関係になっていたんですね。

 ところが、589年に日本では小野妹子の遣隋使で有名な隋が中国大陸を統一してしまいます。これに焦ったのが高句麗です。今までは南と北に2つ王朝があったから、攻め込まれそうになったらもう片方に助けを求める事ができたんです。ところが、1つに統一してしまったらどうですか。これはやばいと思うのも分かりますよね、国境を接してますから。

 ということで高句麗は一応朝貢はしつつも、万が一攻められた時のための軍事的な備えを始めるんですね。そしてこの動きが隋にバレてしまいます。激怒した隋の皇帝煬帝は高句麗を攻めることを決意します。なんでそんな短絡的なの?バカなの?って思いそうなんですけど、煬帝が見てたのは実は高句麗ではなくて遊牧民族の国である突厥なんですよ。突厥の騎馬軍団が怖かったんです。ただでさえめんどくさい騎馬軍団が高句麗と同盟して攻めてこられたら隋にとってとんでもなくめんどくさい脅威になってしまうわけです。だからそうなる前に高句麗をつぶせという事になったんですね。要は突厥の同盟候補をつぶせってことなんです。

 さて、戦いの結果はどうなったか。隋は4回も攻めこむんですが全て負けています

これは高句麗の作戦勝ちです。今の北朝鮮を考えれば分かるんですけど、元々あのあたりって農業には不向きで十分な食べ物はないわけですよ。そこを逆手にとって高句麗は隋が通る進路から食料を全て排除してしまうんですね。当然隋は大軍で攻めてきますから手持ちの食料はすぐになくなり飢えとの戦いが始まるというわけです。あとは腹が減っては戦はできぬという言葉通り、弱った隋軍を叩いていくという戦法をとって大勝利しています。前回の予告で日本も出てくるよと言っていたんですが、前置き入れたせいで尺がなくなってしまったので次回に回そうと思います。

 

ニコニコ近現代史  http://www.nicovideo.jp/mylist/45694866
ニコニコ学問ノススメ https://www.nicovideo.jp/my/mylist/#/67142366
ようつべ  https://www.youtube.com/user/so96079607
ブログ   http://ameblo.jp/kitatyu79/
twitter     https://twitter.com/kitatyu79
facebook    https://www.facebook.com/profile.php?id=100006968115051