【桜】大井関公園の桜('24)! | 紀泉伝次郎・趣味のブログ

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2024年桜特集第四弾  

 

日根荘の歴史的景観を構成する

寺社、ため池、水路などの16の国史跡があり、

泉佐野市の日根野土丸大木地区には

今も荘園の姿がそのまま息づいている。

以上の3地区は既に一回は訪問済であるが、

再度行きたいと思い今回は、

国史跡日根荘遺跡

日根野・土丸地区

に加えて、

サクラの名所である

大井関公園

にも寄るウォーキング

に行ってきた。

 現地出発は「7時45分」だ。

 

さて、先ずは「意賀美神社」に参拝お願いして、

一路「大井関公園」の桜を観に行く右差し

ひたすら歩いて高速の下を抜け、「上之郷IC」前を通過して着いたのは、「大井関公園」である。

着いてびっくりしたのは、去年と全く様変わりした公園の雰囲気だ。長く工事をしていたのは知ってるが、ここ迄変わった場面を見るのは初めてである。前は鬱蒼とした「桜の木」が幅を利かせた殺風景な公園だったが、そうとうな資金を投入したのか、すっきりとして遊具も新しく、見通しも効いて、座る場所も沢山出来ていて良かったのだが、古い巨木の「桜の木」を伐採してあったので、見通しは良くなっていたが、

「さくらの名所」とは程遠い状況

になっていたのが残念であったが、そのあとにはちゃんと「苗木」を植えていた。公園自体は綺麗に生まれ変わっていたので、あの「圧巻の桜」を観れなかったが、時代の流れという節目の時期だったんだろうと諦めも出来た目グッ

「樫井川ろじ渓」の渓谷も以前は木がかぶさって見えにくかったが、両側の斜面は全て伐採剪定されて見事な渓谷美が復活していた。

「大井関公園」からは直ぐに「日根神社」の拝殿前に出る近道があり、参拝お願い後境内を一周して、長い参道を逆方向に出て行った。

またすぐ横にある「慈眼院」に寄って行く右差し

「真言宗・大井堰御坊・慈眼院には、国宝に指定されている鎌倉時代の「多宝塔」がある。近くには寄れないので柵の隙間から写真カメラを撮ったものである。

さ-、「土丸」地区に入って行く。桜並木を通過して先ずは「春日神社」に参拝お願いし、すぐ横にある「史跡日根荘遺跡」の看板を読んで、場所の確認をする。ここが「土丸・雨山城跡」への登山コ-スの起点でもある。

 

ここから「土丸」地区内の住宅街の中を抜けていく右差し

住宅街から田んぼの中を進んで行くと、「樫井川」に出ると、

世界かんがい施設世界遺産

井川用水

(ゆかわようすい)

👇詳しくは下記をクリック👇

泉佐野市の「井川用水」が、令和4年世界かんがい施設遺産に登録されました/泉佐野市 (izumisano.lg.jp)

 

の大きな垂れ幕があり、それに沿って行くと、樫井川に「大井堰」がある。今では新しくなってるが、この用水路は800年の歴史があり、日本国内において、現在も利用されている農業用水路で、国の史跡に指定されているのは井川用水だけであり、中世からの開墾の歴史を知ることができる貴重な遺産です、と書かれている上差し

 

再度、集落内を通過して着いたのは「大井関公園」経由の「日根神社」で、「第一鳥居」迄の参道を歩いた。長く伸びた参道の「桜並木」が美しく、徐々に青空が広がってきたのも又、桜を際立たせたOK

初めて歩く古い家並みがある集落内を通過して、着いた小さな「上之郷公園」には、桜の巨木が満開で迎えてくれた。さらに進んで高速下を通過して行くと、ポタリングでよく来た「女形児童公園」に着き、買った「レスカ」を味わって、ここで最後の休憩をたっぷり取った上差し

直ぐに「おがみばし」に着いて、赤い欄干の向こう、樫井川にそそぐ支流の川には、「満開の桜」がこぼれんばかりに川に突き出していた光景は、見事であった拍手うずまき

今回の「8.4km/2h59m」は、

「大井関公園」の様変わりした桜の状況、

「日根荘遺跡」の昔ながらの佇まい、

800年の歴史を今に伝える「井川用水」、

至る所に桜の巨木が満開で迎えてくれる、

などの「日根野・土丸」地区の

極上の里山風景

は、「天野の里」を思い出すチョキおねがい

こういう歴史ある里山には、

サクラは至る所に咲き乱れ、

来れば色んな発見が多くあり、

ついつい足を伸ばしてしまうのも、

現在の自分には、

「自然回帰」

の思いが強いのだろう二重丸拍手

 

曇っていたが、それを上回る関心と、興味と、好奇心

が渦巻いた今回のウォ-キングは良かった上差しウインク