kispのブログ -2ページ目

004

“k”は、突然全く予想もしていない遠くからの『異変』に耳を疑った。



『えっ、何!? 何だろう・・・・!?。』

と気になり、寝ていた二階から階段を下りていこうとした。


父親の怒号が響く。

母親の、言葉にならない声が切なく“k”の耳をこだまする・・・。

状況を理解できない“k”は、二階から降りる途中で座り込み動けない・・・。



“何か”が起こっている・・・。



とても“悲しい”事が、起こっているだろう・・・。



“その事”が、なぜかはっきりと解らないまま、悲しく感じ座り込んだまま“涙”が流れた。

003

そのような環境で育ったふたりが出会い結婚し、長男“k”が誕生し、3年後の1979年に弟が生まれ

一軒家での生活が始まった。

けっして楽な生活ではないものの、『家族』での時間という物は順調な安定した空間を生み、『家族』

と言うものを形成していた。


“k”もおっとりと、長男としてのびのびと明るい性格を持ちながら成長していった。

三つ下の弟も次男“らしく”、自己主張を明確に持ち元気に育った。


そんな環境の中、“k”が8歳になったあるとき、母親の泣き声が居間の方から鮮明に聞こえた。



002

引越しがひと段落ついた頃、“k”の両親の祖父母がお祝いに駆けつけた。

“k”の幸せと感じる記憶の中に、二人の祖母が挨拶をかわしている『画』が

いつまでも心の中に残る光景だった。


“k”の父親は、米作りを専業とする農家の次男として生まれた。

六人兄弟の末っ子で(一番最初に生まれた長女は幼少期に肺炎で亡くなっている)、

姉3人、兄1人、両親との家庭環境で育った。

父親が小学生時期に、兄が川遊び中、不慮の事故で亡くなってしまった。

その為“k”の父親は、ある程度『物心』がついたころから長男として育てられる環境に置かれた。

昭和30年代での農家の長男としての責任、自分の未来への葛藤は、年を重ねるにつれ大きな

悩みの種であった。

高校卒業とともに、自然が相手になる農業経営の厳しさや、『時代』が現す未来を危惧し、農家を継

ぐ事をあきらめ、高度成長期に力をつけていた某自動車メーカーに就職をした。



“k”の母親は、炭鉱の電気技師の次女として生まれた。

姉1人、兄2人、両親との家庭環境で育った。

生活状況は貧しく、高校進学も金銭的な事情から『浪人生』を一年経験しなければいけない状況だった。

両親の負担を減らす為に、高校卒業後、安定していた某組合系の企業に就職をし、自立をしたのだった。