傷の多い生涯を演じてきました。 | 劇団 貴社の記者は汽車で帰社
キシャの脚本担当、役者としては在原業平を演じました千野です。
卒業論文から解放された勢いのまま、『かすがの』の脚本を書き上げてしまったのは、ちょうど去年の今頃のことでした。
あれから一年。舞台として無事に成功を収めることができました。
それは勿論、お客様をはじめとして多くの方々の支えがあったからですが、感謝の言葉は言い尽くせないのでほどほどに致しましょう。
私は脚本を書く人間であり、また、役者でもあります。
だから、皆様への感謝の気持ちは、「もっと良い作品を書くこと」「もっといい演技をすること」によって表したいと思います。

私事ですが、『伊勢物語』はもともと古典が大嫌いだった私を、一転して夢中にさせてしまった作品でした。『伊勢物語』に出会ってしまったせいで、気づけば大学院で物語を研究しようなどと思うほどになってしまったのだから、私は〈在原業平〉という男に人生を完全に狂わされたわけです。
そういうわけで、私の原点ともいえる作品なので思い入れも一入でしたが、自分では満足のいく脚本を書けたと思っています。お楽しみいただけたのなら、そして、『伊勢物語』の面白さや、平安時代初期の人物たちの魅力や、在原業平の残した和歌の素晴らしさを少しでも感じ取っていただけたのなら、脚本を書く者としても研究を志す者としても、これ以上の喜びはありません。

脚本はこれぐらいにして、役者としてのことも。

在原業平、しんどい役でした。
そもそも女の私が演じていいのかという葛藤から始まり、光源氏と違って「女性的な魅力」に逃げるわけにもいかず(業平はどう考えても普通に男らしい男だし)、常に不安を抱いておりました。
自分の中でも、理想が高くなったのだと思います。
客席に「男役を演じる女」ではなく、普通の「男」として見えたい。そういう欲求がありました。男性客に〈同性〉としてカッコいいと思ってもらえることが理想でした。
果たしてどの程度成功したかは分かりません。でも、男を演じることの底知れない深さに気づくとともに、少しは理想に近づけたんじゃないかという手ごたえが残りました。今後また男を演じるときは、もっともっと深い表現を目指していこうと思います。

業平は心の傷をたくさん抱えた男という設定で、劇中でも何度も傷つきました。自分が書いた脚本なだけあって、この男は自分と精神構造が実によく似ていました。業平を演じることは、自分自身の痛みと向き合う作業でもありました。特に恋する痛みは本当にしんどかった。
高子はどうやら「恋は理屈じゃない」ということに気づいたようですが(1/20「公演終わって」参照)、私にも分かったことがあります。
恋することは、狂うこと。
業平を演じて、それが痛いほどに分かりました。
気だるく、いけすかなく、傷ついているくせにカッコつけようとする弱い男でしたが、弱いがゆえのカッコよさを出そうと頑張ってみたつもりです。
思えば嫌な男でしたが、あの「在原業平」を少しでも気に入ってもらえたなら嬉しいです。

次回もさらに良い作品をお届けしようと思います。
弱小劇団ではありますが、今後とも何卒よろしくお願いいたします。