新華社発表、中国メディアの「報道タブー表現集」<その7>国際関連で目立つ中国外交と整合させる意図 | 如月隼人のブログ

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写真はハマスによるイスラエル攻撃とイスラエルによる迎撃

2021年5月撮影

 

今回は「報道タブー表現集」の最終部分である「国際関係類」をご紹介する。この部分はほぼ、中国外交との整合性を考慮した指示で構成されている。

 

<90>は事実上、台湾に関連した表現だが、それ以外では、西側で一般的な表現に影響されて、報道の対象国などに不快感を持たせることがないよう配慮する姿勢が目立つ。また、相手国の政情が流動的である場合には、現状では政権を確保していない勢力についても、慎重な表現を求めることがある。批判的な表現をした場合、その勢力が政権を掌握した場合には関係構築に不利に働くとの判断があると考えてよいだろう。

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【国際関係類】

<90>

国際組織のメンバーには、一部の国と一部の地域が含まれている場合がある。このような国際組織に言及する場合には「メンバー国」の語を使用せず「メンバー」または「メンバー側」を使用する。例えば、「世界貿易機関メンバー国」、「APECメンバー国」ではなく「世界貿易機関メンバー」、「世界貿易機関メンバー側」、「APECメンバー」、「APECメンバーである経済体」とする。「APEC指導者非公式会議」の語を用いて、「APECサミット」の語は用いない。APECにおける台湾の英文呼称は「Chinese Taipei」とする。中国語訳では慎重を要する。我が方は「中国台北」、台湾側は「中華台北」と称する。「中国台湾」または「台湾」を使用してはならない。

 

★訳者追記:

「国際関係類」に分類したが、やはり台湾絡みでの指示。「中国語訳では慎重を要する……」の部分はやや込み入っているが、英語記事などを中国語に訳出する際の注意書き。中国大陸側が使う用語としては「中国台北」であり、英語で紹介された台湾側の発言などの場合には「中華台北」とせよとの指示だ。

 

<91>

「朝鮮民主主義人民共和国」について「北朝鮮(英文:North Korea)」の呼称を使用してはならない。略称である「朝鮮」は使用してよい。英文では“the Democratic People's Republic of Korea”または略称である“DPRK”を使用する。

 

★訳者追記:

中国と韓国が国交を樹立したのは1992年8月だった。中国ではそれまで、韓国のことを「南朝鮮」と呼んでいた。国交樹立後は「韓国」の国名を使うようになったが、こんどは報道で「北朝鮮」の呼称も使われるようになった。中国当局はかなり早い時期に、「北朝鮮」の呼称を使うことを禁止した。北朝鮮側の意向に沿う表現を採用したことになる。

 

<92>

「ムスリム国家」または「ムスリム世界」は使用しない。「イスラム国家」または「イスラム世界」は使ってよい。ただし、該当国の自らの定義を十分に尊重すること。例えばインドネシアは、自らを「イスラム国家」とはしていない。

 

★訳者追記:

「ムスリム」の原義は「(神に)帰依する者」で、イスラム教信者の意で用いられる。中国語表記は<穆斯林>で、一般的に用いられている。新華社は「穆斯林国家」などの表現を禁止したが、単独の「穆斯林」ならば、報道文でもよく使われている。

 

<93>

ダルフールの報道で「アラブ民兵」は使わず、「民兵武装(民兵武装勢力)」や「部族武装(部族武装勢力)」を用いる。

 

★訳者追記:

ダルフールとはスーダン西部の地名。反政府勢力と、スーダン政府軍およびスーダン政府に支援を受けたアラブ系の民兵が戦っている。米国は反政府勢力を、中国やロシア、イランなどは政府側を支援している。

 

<94>

社会における犯罪や武装勢力の衝突を報道する際には、一般論として犯罪容疑者と衝突に加わった者の皮膚の色や種族、性別などの特徴を敢えて突出させることをしない。例えば、報道中では「黒人暴徒」の言い方を回避して、「暴徒」だけを直接に使用する。

 

<95>

サハラ砂漠以南の地域を「ブラックアフリカ」と称することはせず、「サハラ砂漠以南のアフリカ」と称する。

 

<96>

公開する報道で「イスラム原理主義」、「イスラム教原理主義」などの言い方をしてはならない。代わりに「宗教過激主義(過激派、過激組織)」を変わりに使う。回避できない場合には「イスラム過激組織(メンバー)」ならば使ってよいが「過激イスラム組織(メンバー)」を使ってはならない。

 

★訳者追記:

中国は報道などについて、「イスラムは悪」、「イスラムは恐ろしい」といったイメージを帯びることを、注意深く避けている。国内のイスラム教関係者だけではなく、エジプトなどのイスラム学者を取材して、「イスラム教は本来、平和主義」と紹介する談話を報じたこともなる。一方で、テロリストとして逮捕した者が、コーランの最も基本的な知識すら知らなかったと報じたこともある。宗教を理由にイスラム教徒を弾圧しているのではなく、「テロは絶対に許さない」との原則に基づきさまざまな取り組みをしていると強調していると考えてよい。

 

<97>

アラブや中東に関連する報道では「十字軍(東征)」の言い方を使わない。

 

<98>

国際的な戦争で双方の戦闘により人が死亡した報道で、「擊斃(射殺)」、「被擊斃(射殺された)」などの語は使わない。「犠牲」などの語も使わない。「打死(死なせる)」の語は使ってよい。

 

★訳者追記:

中国では自国に関係がない国際紛争については、できるだけ「色彩」を伴わない報道が心掛けられていると思われる。また、自国民に「好戦的」な気分が発生することも警戒しているとみられる。訳者の経験では、1990年8月に発生した湾岸戦争で、当初はテレビのニュースで米軍が巡航ミサイルを発射するシーンが多く取り上げたが、一時期から急減した。中国人大学生の間では「見る人が、戦争をゲーム感覚で楽しんでしまうことを避けようとしている」との見方が広がった。

 

<99>

ハマスを「テロ組織」または「過激組織」と称してはならない。

 

★訳者追記:

「ハマス」とはイスラム主義を掲げるパレスチナの政党。日本は米国や英国、フランス、ドイツなど多くの西側先進国と同様に「パレスチナ国」を承認していないが、国連加盟国でも130国以上が同国を承認しており、「未承認」はむしろ少数派。パレスチナ国が独立宣言をしたのは1988年11月だったらが、中国は同年12月に承認した。

 

中国はパレスチナ問題についてイスラエル非難を繰り返してきたが、1990年代になると関係正常化を進め、1992年には中国とイスラエルの国交が正常化した。

 

しかし中国はその後もパレスチナとの関係維持の努力を続けている。パレスチナにおけるハマスの地位は流動的であり、「テロ組織」と決めつけてしまうと、ハマスがパレスチナ政治で主導権を握った場合の扱いに苦労すると計算していると見られる。

 

<100>

一般的な状況下では「前蘇聯(旧ソ連)」の語を用いず、「蘇聯(ソ連)」を用いる。

 

<101>

「ウクライナ東部民間武装勢力」の語を使い、「ウクライナ新ロシア武装勢力」、「ウクライナ民兵武装勢力」、「ウクライナ分裂分子」などの語は使わない。

 

★訳者追記:

ウクライナ東部のクリミア自治国では2014年、ウクライナから分離してロシアに合流する「クリミア危機」が発生した。クリミア自治国はクリミア共和国としてロシア連邦の一部になった(米国などは承認せず)。中国が他国で発生した「分離独立」の問題についてどちらか一方を支持する、特に「分離側」を支持することは珍しい。

 

<102>

「『一帯一路』戦略」の言い方は使用せず、「『一帯一路』倡議(『一帯一路』イニシアティブ)」を用いる。

 

★訳者追記:中国は「一帯一路」について、中国が提唱し、各国が協調/協力することによる「ウィン・ウィンの取り組み」と強調している。そのため、「中国が自らの利益のために推進」とのイメージを伴う「戦略」の表現は好ましくないとの判断と理解できる。

 

(編集担当:如月隼人)