小僧物語(13)エンドレス般若心経 | 愚僧日記3

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知外坊真教

 真別処円通律寺には、山門を出てすぐのところに滝行場がありました。私は正行のあいだは毎日滝行をしました。

 はじめて滝行をしたときは、その冷たさで声も出ませんでした。昔の冬の高野山は、冷え込むと氷点下15℃くらいまで下がりました。高野山より奥の真別処円通律寺はもっと冷えていたと思います。

 護身法という作法をして、右肩を少し濡らし、次に左肩を少し濡らし、右肩から滝に入ります。口で言うのは簡単ですが、あまりの冷たさに、冷たいと言うより痛いと言った方があたっています。あまりの痛冷たさに声も出ないのです。

 ですから、最初の一声は、かなり気合いを入れて吐き出します。そのままの勢いで般若心経を読み切ります。そして不動明王と水天の真言を唱えて、入るのとは逆に滝から出ます。

 この時にしっかり般若心経を暗誦できないと悲惨です。こんなやつがいました。

 般若心経には読んでいると似たところがあります。

「こしんむけげ」というところから、読み進んで「ことくあのくたら」と続くはずなのですが、なぜかまた「こしんむけげ」と戻ってしまい、グルグル回って終わらずに、滝行が終わらなくなっちゃいました。

 般若心経がしっかり暗記されてないからでした。驚いて他の行者も一緒に唱えてエンドレス般若心経から出ることができました。

 これに懲りた彼は、次には紙に書いた般若心経をビニール袋に入れて滝行をしました。ところが、滝に入ってお経を唱えようとしたところ、声が出ません。

 なんと、可哀相にそのビニール袋の中が結露して読めなくなっていたのです。滝行場の過酷さを甘く見てました。やはり真面目に暗唱できるようになるしかありませんでした。

 いろんな珍事がありましたが、慣れてくると、滝行は最高でした。昼食を食べて昼のお勤めをして滝行をして、午後の行法まで少し時間がありました。滝行をすると爆睡できるのです。全身が火照って、カラダから毒が出て行くように感じました。今風に言うとデトックス効果抜群でした。

 この真冬の滝行は快感になってきて、慣れると平気で心経を三巻くらい読んでました。しかし、残念ながら、この滝行場は今は涸れて流れていません。