入院したということがありまして。
それから
ちょっとでもムカムカすると
胃潰瘍ではないかと心配し、
ムカムカしていなくても
胃潰瘍ではないかと心配し、
やたらと
胃カメラをしてもらいたい母。
だったら
近くの病院に行けば?って
ところだけど、
救急車で運ばれた病院の
胃カメラが全く苦しくなかったことで
胃カメラをするなら
その病院でやりたいらしい。
その病院は、
家から車で片道30分くらい。
立地が田舎ゆえに
電車で行くには
とても不便なところにあって、
家→タクシーを使うものなら
片道4,000~5,000円は
かかるだろうって場所で。
自分で行けるなら
好きなだけ行って
検査したらいいやんって思うけど、
母がその病院にへ行くとなると、
私が送迎で時間と労力を使わなければ
いけなくなる。
しかも
・診察&胃カメラ予約
・胃カメラ検査
・結果診察
と、
3日間「も」を
母に捧げなくてはいけなくなって。
本当に病気なら送迎するけど、
病気でもなければ
胃もなんともないのによ?!
↑
ここがポイント
これまでも
「胃の調子が悪くなければ
病院に行く必要ない!」と
はねのけてきた。
それを察してか、今回は
自分でバスに乗って電車に乗って
一人で行ってくると言う。
問題は
電車を使ったとしても、
家の最寄り駅→家、
病院の最寄り駅⇔病院の
足がなく、
それぞれ市バスや
病院のシャトルバスがあるけど
本数が少ない。
なので
「バスを使えたらいいけど、
なかったらタクシー使うわ、」と母。
家→最寄り駅は市バスがあるけど、
最寄り駅→病院(700円くらい)
病院→最寄り駅(700円くらい)
最寄り駅→家(1,000円くらい)
年金ピー万円なのに
預金も少なくなってきて
生活保護への道、
一直線なのに・・・(涙)
母は
「だって、仕方ないやん。
お金、要るときは要るし」
って言うけれど、
何回も言うけど、
病院に行く必要ないから、
仕方なくないねんっ!
今、「要るとき」違うねん!
ヾ(。`Д´。)ノ
だけど、
ここまで毎回言われると、
こちらも根負けしてして
自分で行くなら
好きにしてくださいな・・・って
気分になりまして。
何でも母の住む市から
3,500円の地域振興券が出たから
それをタクシー代に充てたら
いいかなと思ったらしい。
3日分を考えてるか?とか
胃カメラ終わったときに、
電車で帰ってこれるんか?とか
ただでさえ
ふらついて歩いてるのに
年金がピー万円で
貯金も底をついてきてるのだから
無用なタクシー代にせず
食費の足しにしようと思わんか?とか
ツッコミたいことは
たくさんあったけど、
もう、放っておくことにした。
私も学習してるんだから
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でもね、
いじわるな私は、こう思うの。
「お母さん、
電車で行くのは大変だから
私が送迎してあげるやん」
って言葉を
待ってるんじゃないかってね。
だってそうじゃない?
もし
私に送迎を頼むのを申し訳ないから
自力で行くというのなら、
私に
黙って行ったらいいじゃん。
勝手なときは
黙ってこっそり行くくせに
母は おバカだから
幼稚な発想しかないから
お母さん、
あんたに頼らずに
一人でがんばるから!ヽ(^。^)ノ
って姿勢をアピールしているだけで
私の「送迎するよ」って言葉は
待っていないかもしれないけど、
そもそも、
ワタクシ
胃が何ともないなら
病院に行く必要ない(-"-)
どうしても検査したいなら
近くの病院へ行ったらいい
ってのが
根本的になるから、
母のそのアピールさえ、
「お母さん、頑張ってる!ヽ(^。^)ノ」
なんて、思わないっつーの。(冷)
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昨年末の胃潰瘍が
トラウマになって
自分の胃が大丈夫なのか
気になって仕方ないんだろうけど、
それにしても
ちょっとでも異変があると
(胃以外にも)
病院に行きたがる。
こちらから見れば
絶対に様子見で大丈夫やんって思うし、
様子見で大丈夫!って
言ったとしても、
母は、
自分の健康を不安に思っていて
すぐに病院に行きたがる。
それだけ
「生」に対して
執着があるってことなのかな。
「こんな生活、生きている意味ない」
「死ねるものなら死にたいわ」
「生きているのがイヤになってきた」
口ぐせのように言ってるのにさ。
死ぬの生きるのと
物騒なことばかり言わないで、
頼むから
もっと穏やかに
暮らしてくれへんかな?
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