オペラ夏の祭典2019-20『トゥーランドット』の感想 びわ湖ホール 2019年7月27,28日 |   kinuzabuの日々・・・

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オペラ夏の祭典2019-20、プッチーニ作曲歌劇『トゥーランドット』を観てきた。会場はびわ湖ホール、2019年7月27,28日の開催で、両日とも行った。

 

 

東京文化会館、新国立劇場の共同制作、びわ湖ホール、札幌文化芸術劇場の提携ということで、東京の後びわ湖ホールに来た。演出がアレックス・オリエという人で、前衛的らしいので、どんな演出をするのかが大変楽しみ。歌手も色々集めてくれたので、いい公演になること間違いなしです。

指揮は大野和士、管弦楽はバルセロナ交響楽団、合唱は、びわ湖ホール声楽アンサンブル、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱団、大津児童合唱団。

主な配役は

27日
トゥーランドット イレーネ・テオリン
カラフ テオドール・イリンカイ
リュー 中村恵理
ティムール リッカルド・ザネッラート

28日
トゥーランドット ジェニファー・ウィルソン
カラフ デヴィッド・ポメロイ
リュー 砂川涼子
ティムール 妻屋秀和

#ピンパンポンは省略。


ピットはオケでぎっしり。弦五部は12-11-10-8-6の様子。打楽器がいっぱい。よくここにこれだけの人数と楽器を詰め込んだと思う。

 

 

ここで、簡単なあらすじを書くと、

 

求婚者が現れると3つの謎を出し、解けないと首を切る、氷の王女トゥーランドット姫。そこに現れた若者が、謎に挑み見事謎を解く。姫は結婚を拒むが、若者が自分の名前を当てたら自らの首を切るという。名前探しが始まるが、若者は自ら名前(カラフ)を姫に明かす。公の場で姫は、名前を明かさず二人は結ばれる。

 



さて1幕。音楽が始まる前に幕が開き、女の子と女性が遊ぶ姿。それを男性が邪魔し、女性に暴力をふるった後、女性を連れ去り、女の子と引き裂かれる。そうして音楽が始まり、舞台全体に明かりがともった。

舞台両側と背面に下から上の端まで階段付きの黒い壁がそびえる。圧倒される大きさ、黒さ。壁に囲まれた広場に次々と現れてくる薄汚い恰好をした奴隷たちとともに、重苦しい雰囲気が立ち込める。奴隷の中からカラフの突き抜ける声が聞こえた。

舞台を見ると、階段の上のほうは白服の役人が立ち、階段の下のほうは薄汚い奴隷たちが立つ。奴隷たちは鎧をまとった兵士たちに虐げられる。極めて明確な階級社会。階段を上ったり下りたり舞台から出たり入ったりで雰囲気を作り出していたが、白服と奴隷が交わることはない。

歌手は、カラフのイリンカイはいい声を響かせてくれるが、容易に声に浸らせてくれない。リューの中村さんはリューにしては強いか?そういう演出かもしれない。

また、管弦楽が大変すばらしい。骨格がしっかりしていて、流麗かつ迫力も十分。特に打楽器群の美しさが光った。合唱は大人数による大合唱なのに精緻。指揮は、ゆっくりなのが不満だが、締めるところはちゃんとしている印象。

ピンパンポンは奴隷姿で出てきた。まあ、こういうやり方もありか。彼らの明るい歌声とは裏腹に、カラフが、処刑台の鉄の丸い台を金づちで3回たたいて、トゥーランドット姫が舞台後方上方に白い服をまとって現れる。さあ次は謎解きやで!



2幕は、1幕の装置に、さらに上から大きな塊が下りてきていて、広場を上から押さえつけるようなイメージ。まるで、製鉄所の圧延機のハンマーのよう。その天井の狭くなった広場に奴隷姿のピンパンポンが出てきた。

3人の歌は、能天気で明るく、3人そろって踊りながら歌う。奴隷姿とその陽気さはなんか不釣り合い。周りで消毒薬を散布している人もいるし。

そしてトゥーランドット登場。舞台中央の塊から現れ、バルコニーに出て歌った。テオリンの歌は、迫力はあるがキンキンして、ちょっと耳につらいかな。カラフのイリンカイも本領発揮で、なかなかいい場面。一番目の謎解きも、いいぞ、というところで突然客席の明かりが点いた。

気が付くと舞台が真っ暗で、客席では一部で回転灯も点いている。音楽は止まらないし演出かなと思ったら、停電だった。客席の人はフォワイエへ、舞台の人は舞台袖に引っ込み。再開を待つ。このとき15時50分。

10分ほどして停電が復旧し、再開に向けて協議中とのアナウンス。そして、16時50分から再開するとのアナウンスがあり、安堵。

しかし、残念ながら、停電で設備にダメージがあったそうで、舞台装置を変更し、2幕途中から3幕終了まで休憩なしで実施することになった。始まりは1つ目の謎を出題するところから。


テオリンは中央の塊のバルコニーではなく、地面に設けられた四角い光る台の上で歌った。これがそのまま3幕のセットになった。

2回目のテオリンの歌は、1回目のようなキンキンした声ではなくまろやかになったような気がした。イリンカイの迫力も変わらず、すごい謎解きの場になった。3つ目の謎解きが終わり、姫が拒んだ後に、さらっと流れる「誰も寝てはならぬ」のメロディのあまりのやさしさに目が覚める思いがした。


休憩なしに第三幕。

最初の「誰も寝てはならぬ」は、少しぶつ切りな印象で、期待した感銘は得られなかった。残念。というか期待が大きすぎたか。

ピンパンポンは役人側の白服で登場。やはりこいつらスパイだったか。暗躍してたな。

中村さんのアリアは、トゥーランドットを挑発するかのような激しい歌で、か弱いリューの歌という感じではなかった。そして正面を向いて、目をカッと開いて、前から首を刃物で掻き切って果てる。死に方も壮絶。

そして、カラフとトゥーランドットが結ばれる最後の最後に、トゥーランドットはリューが使った刃物でリューと同じように正面を向いて目を見開いて、首を切る。なんと、「あなたの名は愛」と歌い結ばれた二人ではなかったのか?

最後のトゥーランドットの自害はちょっとショックで、何が起きたのかなと思った。最後に死ぬという話はネットから入っていたけれど、それでも衝撃的なラスト。


この演出についていろいろ考えた。トゥーランドットは、最初の寸劇のようにDVで男性を信用できなくなり、心に深い傷を持って生きてきた。その傷をいやすため各国の王子を殺してきたが、カラフを殺すことができなかった。リューが挑発するように自害し、それを見てトゥーランドットも「自害」という答えがあることを知った。リューに教えてもらったのだ。そして、カラフと生きるのではなく、リューと同じ方法で自害することを選択した。カラフの愛ではDVのトラウマから救うことはできなかった。

こんな感じかな。まあ、勝手な解釈だが。救いのない演出やね。


さて、翌日、28日の公演は、残念ながら設備の故障が戻っておらず、舞台中央上側の塊状の装置がそのまま残っていた。しかも、その装置からの出入りもなく、壁に囲まれ、舞台中央上側の塊に囲まれた小さなスペースで上演された。結局3幕の装置が変わらずに終わった感じ。

歌手の方々は、ウィルソンのトゥーランドットの迫力と言ったらもうすごいわ。あれだけのオケ、合唱の中でも突き抜ける強い声はもう信じられないレベル。迫力だけでなく、自然な声に惹かれるものがある。ポメロイのカラフは美声が響いた。「誰も寝てはならぬ」の力強さは、これまで聞いた中でぴか一。砂川さんのリューは彼女を思い描く優しい歌。演技もやさしい(自害するところでは、後ろを向いて刃を立てる)ので、こちらだけ観ていれば演出の結論はよわいものだったかもしれない。


ということで、28日は、歌手は大変すばらしかった。でも、設備の故障で本来の演出を観ることがかなわなかったのは残念だった。



通して考えると、結末がトゥーランドットの死であることと、舞台装置が極めて巨大なことにはびっくりしたが、驚きはそこまでで、もう少し踏み込んで面白いことをやってくれてもよかったのかなと思った。結論変えて物量かましました、だけというのもね。何かやってくれそうだと期待のし過ぎだったのだろうが、ラ・フーラ・デルス・バウスの人なんだよね。いろいろ期待もするよね。

とはいえ、公演としては大変良かったと思った。オケも歌手も合唱もいい。演出が物足りないなんていう人はまずいないだろう。


残念だったのは、停電で演出を変えざるを得なかったこと。これは無念。とはいえ、トラブルは発生するものだし、今回は、きちんと対処して演出を変えるという判断をして、短時間の準備で上演を再開できた。これは大変すごいことだと思う。現場の苦労は相当なものだろう。


いい公演に恵まれ、ホールの人の大変な苦労の結果にも思いを寄せ、観た後の気分がとてもよかった。トラブルも忘れらない思い出になる。と言って、もうトラブルはごめんなのだが。