京都市交響楽団プロコフィエフの陣「弐」交響曲全曲演奏会を聴いた。会場は京都コンサートホール、2026年7月18日。

指揮:沖澤のどか
管弦楽:京都市交響楽団
コンサートマスター:会田莉凡
曲目
プロコフィエフ:交響曲第4番(初版/1930年)
プロコフィエフ:交響曲第5番
プロフィエフ交響曲全曲演奏会の2回目。今回は交響曲4番と5番。4番は1930年の初版らしい。改訂版は今回は演奏しない。5番はテンシュテットの指揮のCDなどでよく聴いていたので、とても楽しみだったが、圧倒的な名演を楽しめた。
で、感想。
前半は交響曲第4番。
前回の1番から3番とは違って、プロコフィエフらしいメロディが随所に聴こえた。
一つの楽章が複数の閉じられた音楽で構成されていて、まるで組曲。解説を読むとバレエ音楽からの引用が多いそうで、言うなればバレエ組曲みたいな感じの曲と言えばいいだろうか。だから、あまり交響曲という感じはしなかった。
休憩後は交響曲第5番。
こちらはまさに交響曲で、プロコフィエフの多彩なメロディがすっきりと重なり合ってとても気持ちの良い曲。
演奏は圧倒的で押し寄せる音楽に震えた。プロコフィエフの特徴が極めて明確に表出し、各声部もクリアで見通しがよく、色彩感も豊かで、迫力満点。私も、終始体に力が入って、全ての音を聴き逃がすまいと集中して聴いていた。
特にすごかったのは、第1楽章の最後。もう最強音をのばしてのばして、最高のカタルシス。金管も打楽器も大変だっただろうが、そこは京響、非の打ちどころのない恐るべき演奏だった。第4楽章の終わりも大変力強い。
沖澤さんの指揮は、とても繊細なのに、極めて雄大な音楽を作り上げて、この曲のポテンシャルを最大限に引き出した。京響の管弦楽も大変美しく、木管の名人芸が随所に光り(クラリネットが最高!)、弦はもちろん、金管、打楽器も素晴らしくて、このコンビでプロコフィエフの音楽を聴ける喜びを嚙み締めた。
こんな交響楽を聴けて幸せいっぱい。次の"参"では6番と7番を聴くが、楽しみで仕方がない。
R.シュトラウスの歌劇『エレクトラ』を観た。会場は東京の新国立劇場。2026年7月12日。


『エレクトラ』は大変好きなオペラで、評判もよかったので、東京まで遠征した。ヨーロッパに行くことを優先して東京に行くことは少なくなったが、無理して東京まで行ってよかったと思える凄い体験ができた。
ヨハネス・エラートの演出ははっきり言ってよくわからんかった。エギスト役やオレストの養育者、下僕を最初から舞台に出していたり、ブランコを漕いだり、細かいことをいろいろやっていたが、そのほとんどがさっぱり。これは私が『エレクトラ』の台本を読み込んでないせいだろう。あと、双眼鏡を持っていくのを忘れたのが残念。
でも、開始時のオレスト?像が舞台に倒れるときの衝撃とか、エレクトラがオレスト!と叫ぶ時の音楽と一体となった舞台は、凄かった。(ただ、開始時の像の倒れる位置とエレクトラ役の位置が近すぎて、危険な舞台だと思った。ああいうのは心臓に悪い)
また、オレストの像を背景に持ってくるのは効果があったし、シャンデリアをエギストへの道明かりにするのもなるほどとは思った。最後にクリテムネストラを黙役で舞台に出すのもエレクトラの心理描写が明確になってよかった。
歌手は、エレクトラ役のアイレ・アッソーニのスタミナのある強い声がすばらしい。最後まで衰えることなく歌い切った。これだけのエレクトラが聴けたら、もう最高だろう。
クリソテミス役のヘドヴィグ・ハウゲルドはさらに素晴らしく、大きな声で舞台を制圧していた。エレクトラを凌ぐクリソテミスというのも初めての体験。エレクトラより出番は少ないが、存在感が凄くて強く印象に残った。
アッソーニもハウゲルドも知らない歌手だが、これほどの歌手を連れてくるなんて、新国も凄いな。
クリテムネストラ役の藤村実穂子さんは、さすがの安定。お母さんのいやらしさと恐怖感が歌に乗って伝わってきた。
オレスト役のエギルス・シリンスも手堅いが、女声陣に比べると、ちょっと弱いか。まあ、女声陣が凄いので、これでも十分だが。
大野和士さんの指揮はゆっくり目で、最初こそ東フィルの管弦楽の緩さに失望したが、クリテムネストラ登場あたりからピリッと引き締まり、以降、最後まで緩むことがなくなった。この管弦楽で大野さんのゆっくり目の音楽がこのオペラのおぞましさを増幅し、ゾクゾクして体が震えた。
最後の「ジャー、ジャジャン」という音が、「ガー、ぬぼっ」て聴こえて、この1時間45分を締めるに相応しい幕切れだった。
私がこのオペラに求めるおどろおどろしい音楽を浴びて幸せだった。これで演出が分かったらもっと良かったのだろうが、東京でこれほどのオペラを味わえるなら、いうことはない。またこんな体験をしたいと思えた公演だった。
京都市交響楽団第713回定期演奏会に行ってきた。会場は京都コンサートホール。2026年7月11日。

指揮:沖澤のどか
ファゴット独奏:ソフィー・デルヴォー
コンサートマスター:石田泰尚
曲目
林光:吹きぬける夏風の祭(1985年度京都市委嘱作品)
吉松隆:ファゴット協奏曲「一角獣回路」
(1988年度京都市委嘱作品)
ラヴェル:「鏡」(管弦楽版)から
「海原の小舟」「道化師の朝の歌」
ドビュッシー:交響詩「海」
前半は京都市委嘱作品で京響が初演したもの。沖澤さんが京響が初演した作品のなかから、夏の京都、祇園祭に関連した曲を選んだとのこと。
後半は馴染みのあるフランス物。どちらも葛飾北斎の浮世絵の影響があるジャポニズムの作品だという。前半の日本人作曲家の曲と合わせてオールジャパンプログラム。
なお、ファゴット独奏のソフィー・デルヴォーはウィーンフィルの首席ファゴット奏者だという。なんちゅう大物を連れて来てんの。
さて、前半は京都市への委嘱作品。
吹きぬける夏風の祭
前半はオケにキレがあり、爽やかな風を感じた。後半は、曲のせいだが、一転して鈍くよどんだ風が吹き、こちらの方が夏の京都らしいと思った。
ファゴット協奏曲「一角獣回路」
ファゴット独奏が見事。太い音が響き渡る。速いパッセージも高音、低音もばっちり。管弦楽に埋もれることなく、強くたくましい。もちろん弱音も美しい。
京響の管弦楽は極めて明快で見通しがよく、吉松隆の音楽をしっかり演奏していた。
独奏者アンコールがあった。
M.アラール:パガニーニの主題による変奏曲。
協奏曲の時よりさらに超絶技巧が光る。どんなパッセージもどんとこい!こんなすごいアンコールが聴けるとは思わなかった。
休憩後はラヴェルとドビュッシー。
「海原の小舟」
海の波を感じて、気持ちの良い演奏。今日のプログラム1曲目は風の流れで、こちらは海という違いはあるけれど、なんか共通点があるように感じた。
「道化師の朝の歌」
こちらも京響らしい明快ですっきりとした演奏。ファゴットが大活躍。多彩な打楽器もすばらしい。
交響詩「海」
第1楽章はもう一つよどんだ演奏で、色彩感も乏しく、京響らしくないなと思った。
でも第2楽章、第3楽章は一転して生き生きとして、色彩感も出てきた。最後の迫力もすごかった。やっぱり管弦楽はこうでなくては。
全体的にいい演奏会だった。特にファゴット協奏曲が素晴らしかった。贅沢を言えばラヴェルとドビュッシーはもっと色彩感が欲しいかな。沖澤さんには京響からそういう音をもっと引き出してほしいと思った。