パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団(2013/11/3、兵庫芸文)の演奏会の感想 |   kinuzabuの日々・・・

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2013年11月3日、兵庫県立芸術文化センター大ホールで行われたパーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団の演奏会に行ってきた。

プログラムはドビュッシー『牧神の午後への前奏曲』、ラベル『左手のためのピアノ協奏曲』、プロコフィエフ『交響曲第五番』。

最初は『牧神』。音色の美しさはあるけど、もう少しピーンと張りつめた緊張感が欲しい。と油断していたら、突如、弦合奏のかぐわしく美しい音が迫力一杯で押し寄せてきた。高原の美しい沼の水面から突然睡蓮のような花が飛び出して咲いているのを見るような、嬉しい驚き。

次は『左手』。この曲では低音の魅力にうなった。コントラファゴット、バスチューバ、コントラバスに加えて左手のピアノの極めて強い低音。深いけれど、明るい希望が見える。オーケストラはとても複雑で、混とんとして、気まぐれな管弦楽曲を、面白さを増幅したうえで美しく整えてわかりやすく聴かせてくれた。指揮の見通しの良さには脱帽するしかない。ピアノは一心不乱に左手を乱舞させ、吸い込まれるような極めて強い低音と弾むようなリズム、タッチが心地よかった。

ピアノのアンコールは『英雄ポロネーズ』。しかしこれは選曲ミスかも。若々しいみずみずしさにあふれてはいるが、これだけ知られている曲であれば、真正面から槍一本で突進しても、蹴散らされてもしかたがないだろう。


休憩後はプロコの5番。第一楽章は急がず、終始一歩引いたテンポを保つ。金管、木管も美しいけれど、粘るような鈍い輝きを持ったぶ厚い弦が会場を覆い尽くす。どれだけ爆発しても、全てがクリア。それにしても、この曲の音列のおもしろさは、いったいなんなんだろう。鈍い光と美しい光が混在した激しい爆発。クレーの抽象画が放つ美しさに似ているような気もする。

第二、第三楽章はテンポが気持ちよくて、楽しく聴けた。すごいと思ったのは、曲想が変わって、弦合奏主体から木管主体に移るところのなめらかなつながり。聴いていて頭の中に音楽が通り過ぎる時、その流れを決して妨げることがない。これは指揮者の気配りに感謝するほかないだろう。おかげで終始心を乱すこともなく存分に音楽に浸ることができた。

指揮者を見ていると、ふと手を上げたらその方向から音が鳴り、強く手を振ると音が大きくなる。あたりまえの話のようだが、この指揮者の場合、指揮姿を見ているだけで、壮大な音楽が鳴り響いてかのようで、演奏中に指揮者を見ているのが楽しくて仕方なかった。

そして管弦楽はどんな場面でも乱れず、指揮と一体となって一心不乱に交響曲を築き、弦はますます粘りと鈍い輝きを増し、管は美しさを際立たせていく。

第四楽章。音楽がゆっくりと始まったかと思うと、すぐにギアチェンジ。それが段々早くなって疾走していく。その流れは止まることなく、明るく、美しく、引き締まっていく。そして最後のカタルシス。何があっても乱れない。どこまで行ってもさらに上を行く迫力。終演後、頭が真っ白になって、なにがなんだかわからなくなって、天を見上げる!叫ぶ!拍手!拍手!拍手!


息も整わないうちにアンコール。ビゼー2曲のうち、『カルメン前奏曲』は、極めて端正な演奏。一定のテンポを刻み、すでに耳になじんで聴きなれた曲を、新鮮で美しく、気持ちよく聴かせてくれた。この曲をここまでしっかりした演奏で聴くと、いい曲なんだとしみじみ思った。


今回の演奏会では、最初こそ期待までとどかなかったものの、すぐに持ち直し、最後は私の理想を越えたプロコの5番を聴けた。プロコの5番は大好きな曲だけれど、実演を聴くのは25年ぶりで、それをこんな美しく聴かせてくれるとは!美しいプロコフィエフってすごいな!

オケはすばらしかった。一体となって鈍い輝きを放ち、粘りのある弦、どんな曲想でも美しさを失わない金管、木管、美しくきりっと引き締まった打楽器。そして曲を楽しく料理してオケを操るパーヴォ・ヤルヴィ。管弦楽の醍醐味を存分に味あわせてくれた。新しい世界が開けたかのように思った。


大満足の演奏会だった。最近はオペラ絡みが多かったけれど、やっぱりオケもいいい!これだから演奏会通いは止められない。