【ねたばれあり】新国《トリスタンとイゾルデ》1/7 |   kinuzabuの日々・・・

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全体的には歌手のレベルがあまりにも高かったのと、大野さんの指揮(特に3幕)がよかったので楽しめた。

管弦楽と演出が残念だった。特に演出。最後がよければ全てよし、というわけにはいかないぞ。

【歌手】
これはもう最高レベル。中でもトリスタンを歌ったグールドの力強さ、高貴な声、明瞭な発音、考えうる限りの最高レベルだと思う。3幕で少し息切れも見えたけど、最後まで迫力は保った。すばらしい!ブラボー!!

イゾルデのテオリンも最後まで崩れず、絶叫調にならず、よかった。1幕前半の美し声を最後まで保ってくれたら言うことはないのだが。

クルベナールのラジライネンは、この人がクルベナール?と思うほど贅沢な配役。張りのある勇ましい声を響かせていた。

ブランゲーネのツィトコーワは美しい声だけれど、もう少し透明さが欲しい。

マルケ王のイェティンスは王らしい気品のある声で満足。ラジライネンが横にいるから、ちょっと歌いにくいだろう。

【指揮】
大野さんの指揮は遅く始まった。1幕、2幕では歌手が歌うときは遅く、管弦楽のみでここぞという時はドライブしてあおる。ここに差があって、なんだか馴染めなかった。もちろん、管弦楽のみのドライブ感は凄い。

歌と管弦楽のドライブ感が最高潮に達したのが3幕。燃えましたね。グールドはまくし立てるように吼えるし、管弦楽は大野さんに引っ張られてはじけるはじける。

最後の愛の死もゆっくり壮大に締めくくった。3幕で大野さんの凄さを体感した。

【管弦楽】
弦楽器が多かったので、ワーグナーの厚みが出ていた。迫力も大野さんに引き出されて、よかったと思う。

でも、木管、金管はもう少し何とかならないか。金管は仕方ないにしても、木管が美しく響かないのは何故?びわ湖では金管の酷さに辟易したが、新国は木管が酷い。

ワーグナーの管弦楽は難しい。

【演出】
最後の幕切れはよかった。イゾルデの入水自殺というのは初めて。赤い月と割れ目の消えた黒い舞台で月が沈み、イゾルデが舞台奥に進むのは綺麗だった。

でも、それ以外は×。舞台装置は美しさのかけらもないし、統一したコンセプトも、月と割れ目、水だけ。1幕のぼろ船の意味は何?トリスタンの心境なのか?2幕のマストは愛がしっかり根付いているからなのか?3幕では入水自殺するからほとんどが水なのか?なんかよく分からない。

分からないのは私のせいかもしれないが、よく分からないことをつないでいると思った。

そして一番醜かったのは、船員、兵士の集団。動きは珍妙だし、所作も粗雑。頼むから歌っているときに動かないでくれ。歌に集中できない。所作の粗雑さは新国らしいと思った。

結局、最後は美しかったが、そこにつなげるまでの舞台も重要だと認識した。