カセットテープがワカメ -135ページ目

カセットテープがワカメ

キノコ国本剛章の音楽活動・妄想・ノリツッコミなど。

キノコさんはじぶんちでチャレンジャー1面のBGMをヤマハ・ミュージックコンポーザで作りました ⇒ カセットテープにデータを記録してハドソンに持って行きました ⇒ 開発スタッフに聞かせるととてもウケました ⇒ sasagawaさんはふしぎなそうちを使って(さうんどどらいば?)ミュージックコンポーザのデータをファミコンに移植しました。 ⇒ キノコさんはファミコンから出るチャレンジャー1面のBGMを初めて聞きました。
ん?…(ざわざわ)…なんだ…この違和感…(ざわざわ)…これほんとにオレの作った曲か…?
この時スピーカーから出ていた音は「FAMICOM 20TH ANNIVERSARY ORIGINAL SOUND TRACKS VOL.2」に収録されているテイクとは全く異なるものでした。まずテンポが違う!1個1個の音の長さが短い(ブツ切れ)!異常に無機的!
たぶん「ミュジックコンポーザ⇒ファミコン」のデータコンバートが過去にあまり例がなく手探り状態だったのでしょう。童貞と処女の初Hみたいなもんですよ。一発でうまくいくはずがない。そこからsasagawaさんとキノコさんとの試行錯誤、共同作業が始まりました。
まずはテンポの制限。ファミコンの性能の限界により自由なテンポ設定は不可能なことがわかりました。最少クロックタイムの設定が粗かったのでしょうか?(詳しい方教えてください)。「ちょっとだけ早く」とか「ちょっとだけ遅く」が無理でした。何種類かのおおまかなテンポ設定の中から「どれかを選ぶ」という感じだったのです。キノコさんは軽くめまいを感じたように記憶しています…(ファミコンってけっこう頭悪いかも…)

小学1年の6月のある日、家にピアノが運びこまれて来ました。KAWAIのアップライトピアノ。サラリーマン家庭の狭い家には不似合いの。
母「さあついに届いたわよ。来週から〇〇先生のところに習いに行きなさい」
キノコ「はあ?聞いてないよ」
「何言ってるの。あんたが習いたいって言ったからピアノ買ったんでしょ」
「エッほんと?」
どうやら4才か5才くらいの時に「ピアノ弾けるようになりたい」と言ったらしいのです。全然覚えてない…
「昔から習い事は6才の6月からって決まってるのよ。文句言わずに行きなさい」ふ~ん…ってナンじゃそりゃ!
でキノコさん6才はバイエルから始めたわけですよ。♪ドレドレド~♪ドレミド~♪ミレドミ~
「あーつまんね。野球のほうが面白れーや。ピアノやめたい」「ダメッ。続けなさい」♪ドレミレド~
「あーやだやだ。習ってるのはオンナばっかりだぞ。もうやめる」「ふざけないで。いいからレッスン行きなさい」「チェッ」♪ミレドレミ~
「母上様。お願いですからやめさせてください。」「却下」♪ドレミファド~
イヤだイヤだと言い続けた私にレッスン継続を強制した母。その後結局中学3年まで9年間ピアノを続けることになるのでした。おかげでずいぶん譜面に強くなりました。ヤマハ・ミュージックコンポーザに抵抗なく入っていけたのも厳しかった母のおかげです。札幌の母へ感謝の気持ちをこめて♪ファミレドファ~

CD「FAMICOM 20TH ANNIVERSARY ORIGINAL SOUND TRACKS VOL.2」のトラック番号でいうと#51~#56が「チャレンジャー」BGMですが、このうち「#51 SCENE1(列車)」は作曲者がシューベルトなので、私が初めて提供したオリジナル曲は「#53 SCENE2(フィールド)」ということになります。なお「#52 デンジャー~ミス(トレイン)」はハドソンの制作の方(sasagawaさん?)の手によるものです。
この「フィールド」のBGMはとても変な曲です。メロディーがないでしょ?この曲を作るにあたってsasagawaさんからの説明は「とにかくやたら広い⇒クリアするのに時間がかかる」ということでした。そこで私が考えたのは ①ある程度長いスパンの曲にする(あまりリピートが多いとプレイしていて気が狂いそうになるのでは?) ②プレイのジャマにならないよう聞き流せるような軽い曲調にする …の2点でした。その結果ハッキリしたメロディーのない「全編バッキング!」みたいなヘンテコな曲になったわけです。キノコさんとしては「メロディーねえのかよ!」とツッコミを入れながら聞くので「聞き流せない」ストレスのたまる曲なのでした…

この2本のカセットテープには私がハドソンに提供したファミコンBGM全曲(「桃太郎伝説」の村祭りを除く)が収録されています。「チャレンジャー」をはじめとして「スターソルジャー」「迷宮組曲」「ヘクター’87」「ボンバーキング」など…収録されている音はファミコン本体から出力されるPSG音源ではなく、作曲ソフト「ヤマハ・ミュージックコンポーザ」から出力されたFM音源の音です。
hudson0102
このカセットテープにはOKテイクのみならずいくつかのNGテイクも収録されており、私にとってはいろいろな苦い思い出も詰まっています。CD「FAMICOM 20TH ANNIVERSARY ORIGINAL SOUND TRACKS VOL.2」と聞き較べるといろいろ新発見もあります。もういいかげんワカメになりそうなテープです。MDにはダビングしましたが…テープが死ぬ前にどなたかCDにやいていただけないでしょうか。キノコさんのPC、CDやけないのです…(涙)

今のゲームと違って20年前のファミコンは表現できる音楽に制約がありました。「3和音+1ノイズ」までしか同時発声できなかったのです。しかも3和音のうちの第3パートは「正弦波」「三角波」という柔らかい音色(ピッピッピッポ~~ンという時報の音)しか出せず、このパートは「ベース」的役割にしかなり得ませんでした。
さらに!ゲーム中っていろんな効果音(弾を撃つ、ナイフを投げる、ジャンプする、1機増える…)が出るじゃないですか。ピシッピシッ、バキューンバキューン、ドッカーンボッカーンピロリロリ~とか。それらはノイズパートと第2パートが主に受け持っていたんですよ。
ということはゲーム中常に鳴ってるのはパート1と正弦波三角波のパート3だけ…。
「音楽の3要素」って何でしたっけ。「メロディー」「リズム」「ハーモニー」でしたっけ?鳴ってるのが2音だけってそりゃもう音楽の3要素もヘッタクレもないわけですよ。
でもこの音数の少ない制約はキノコさんの性格に合っていたようです。無制限に音数が使えるという条件ならばついつい「足し算」の作曲になりがちですが「3和音+1ノイズ限定」ならば「引き算」の作曲法を取らざるを得ないわけです。表現したいハーモニーが4和音でもそれは全部出ないわけですから、最低限どの音が鳴っていれば一番自分のイメージに近いかを考えて泣きの涙でそれ以外の音を削るわけです。
これって「散文詩」と「俳句」の比較に似てると思います。散文詩は使える文字数の制限がない一方、俳句って5・7・5の17文字だけで1つの世界を構築するために、余分なものを全部そぎ落としてゆくわけじゃないですか。
…というわけでファミコンBGMの作曲は余分な音をそぎ落とす「ストイックな世界」の一面もあるのでした…

なんちゃって大学生キノコさんはsasagawaさんに呼ばれハドソンを初めて訪れました。
時に1985年。当時のハドソンはまだ立派な高層ビルの社屋もなく、雑居ビルの一角に開発スタッフがまさに「詰めている」という状況だったように記憶しています。エレベータはなく階段で開発ルームに入ったような・・・ルーム内は少人数でアットホームな雰囲気。無造作に散らかっている開発途中のROMカセット、カップラーメン、仮眠用の毛布、無精ヒゲ…仕事を依頼されるという感じではなくクラブ活動や大学のサークル活動の延長、といったリラックスした空気がそこにはありました。年齢的にも同じか少し上の人ばかり。「何でもアリ」な楽しい空間。おかげさまで何の気負いもなく「チャレンジャー」の曲作りに取り組めたんですよ。
ま、一言で言うと「産業革命」前の「家内制手工業」みたいだと当時は勝手に思ってました。sasagawaさんのブログの中には社員として「売上至上」的な厳しさが記されています。後のsasagawaさんからは確かにそういう厳しさも感じ取られましたが少なくとも初めてハドソンを訪れた時には「売上」などという文字はなく、ただ「オレたちはゲームを作るのが好きなんだ」という空気だけがあったように覚えています。ちょっと美化しすぎかな(笑)?→sasagawaさん

キノコさんの現在の音楽活動についてお知らせします。「SALT PEANUTS」というバンドでベースを担当しています。
《SALT PEANUTS》(ソルト・ピーナツ)
杉原 史規 (ギター・ボーカル)
佐藤 雅巳 (ドラム)
キノコ    (ベース)
年3~4回のライブ活動を続けており、杉原くん作詞作曲のオリジナルを演奏しています。(私は楽曲を提供していません)
杉原くんのHPはこちらです。
http://www4.plala.or.jp/sugitikarinn/index.html
一緒にやっているメンバーをほめるのもナンですがキノコさんは杉原くんの大ファンです。彼の作る曲はいい!あと彼の弾くギターもいい!ピックを使わず指と爪でギターを掻き鳴らすのですよ彼は。唄もギターもアツイです。次のライブが決まりしだいこの場でお知らせしようと思ってます。興味のある方は是非お越しください。ファミコン音楽は演奏しませんが(笑)
ちなみに私のベースはこんなんです。
TUNE
「TUNE」です。型番は忘れました。もうかれこれ20年くらいこれ1台を弾き続けています。あっちこっちガタが来てますがカワイイやつです。PCやシンセサイザーと違ってベースという楽器は20年前のものでも問題ナシですね。楽器として完成しちゃってるんでしょうね。

私は自分の曲をほとんど「プレイしながら」聞いてないんですよ。なぜかというとファミコンがヘタ!だから。
作曲者としての特典で完成したソフトは1本もらえたんですよ。で、当時高校生の弟がファミコンを持っていたので一応やってみる、と。「チャレンジャー」のROMカセットを差し込んで電源ON。1面が始まり「軍隊行進曲」のイントロが流れ出す。
「おっオレの曲だ。ほんとに入ってるじゃん。」と2秒くらい感動。
あとはひたすらナイフ、ナイフ&ジャーンプですよ。もう曲なんか耳に入らない(笑)。ナイフ、ナイフジャーーーンプ、ナイフナイフナイフナイフナイフ、ナイフジャーーーーンプあやられたクソ!ちくしょリセット軍隊行進曲イントロ「オレの曲だ」1秒感動。
ナイフナイフ、ジャーーンプ、ナイフナイフナイフナイフジャーーーンプあまたやられたクソ!なんだこのゲームちくしょリセット軍隊行進曲イントロ…
もうこのへんで感動ゼロですよ。
で、キノコさんの場合2面にすらいけませんでしたね。
ましてや警笛の音に合わせてナイフを投げるなど、とてもとても…
というわけで私は自分で作曲した曲をほとんどファミコンで聞いてないのでした。ぐっすん。

23歳なんちゃって大学生キノコさんはヤマハ札幌店の楽器コーナーでアルバイトしていました。先述のMSXコンピュータと自動演奏ソフトが発売されたものの、あまりにも製品がエポックメーキングすぎて従来の「ロック大好き」店員だけでは商品説明が対応しきれなかったわけです。
で、当時の私は「デジタル・インストラクター」とかいう変な肩書きをもらって「ミュージック・コンポーザ」用のデモ演奏ソフトをシコシコ作っては自己満足にふける毎日…。趣味と実益を混同させて好き勝手なことをやってました。
そんなある日売り場に訪れたのがsasagawaさんだったのです。
sasagawaさんはハドソンの音楽総監督とも言える方でゲームBGMに関してはとてもアツいものを持ってる方でした。
(sasagwaさんの現在の活動に関してはhttp://blog.livedoor.jp/m9concert/
sasagawaさんは私の作ったデモ演奏に興味を持ってくれたようで、そこからお付き合いが始まったわけです。
この時何を目的としてsasagwaさんがヤマハのお店に来たかは知りません。ただこの時の出会いがなければ私とハドソンとの関係も全くなかったかもしれないのです。出会いって面白いですね…。

1面に軍隊行進曲を使ったわけですが今になってよくよく考えると画面に全然合ってないというか…フツーに考えればインディージョーンズ風の音楽をつけそうなもんですよね。

当時のわたしにはまだ絵と音を合わせようなんていう考えはまったく浮かばなかったわけです。なんで軍隊行進曲なのかわけわからん。この前申し上げたようにただひたすら小学生にウケる曲を作ろう、という一心だったと思います。

で、なんか知らんけどこの軍隊行進曲がハドソンのスタッフにわりとウケて、ほとんどNGが出ず一発OKみたいな感じだったんですよね。ハドソンのスタッフの感性も今考えるとよくわからん(笑)。

外部の人間の私が言うのもナンですが当時のハドソンは頭が柔らかくてあたたかみのある集団でしたね。

作曲を頼まれるタイミングというのはゲームプログラム未完成の段階なんですよ。半分くらいまで完成しているグラフィックを見せてもらいながらたまたま「列車の中、というシチュエーションなんだから汽笛みたいな音を入れちゃえ」と安易に発想して半音ぶつけの部分を作ってみたんです。そしたらその汽笛の音に合わせてナイフを投げるとどうたらこうたら…と発想をどんどん広げてくれるんですね。ああ、この人たちゲームを作るのが本当に好きなんだ、って感激したことを覚えています。

ただ肝心のどうたらこうたら…が全く欠落していて申し訳ございません。実は私ファミコンがメチャメチャヘタクソなのです…