【少年期百奇譚 〜夏の章〜】『境界線』 | 柳田 金乃助 絵画活動情報

柳田 金乃助 絵画活動情報

絵画活動について色々と御紹介致します。
取材旅、制作姿勢、過去の作品等々、
不定期で更新予定。

また自身の出展する展覧会情報も随時掲載致しますので
ご興味の湧いた方は是非是非覗いてくださいませ!

どうぞ宜しくお願い致します。



【右利き(みぎきき)】
・S6号(縦41.0cm×横41.0cm)
・油彩,キャンバス
・制作年2021年



【少年期百奇譚】
【〜夏の章〜】より

『境界線』


「お盆休みに行われる夏祭りは
おおよそ鎮魂の意味を持つものが
多いのだと云う」



それは小学五年生の夏祭りでの話。


夏休み、
毎年楽しみにしている夏祭りに合わせて
田舎の母方の実家である祖母の家へ遊びにきていた僕は、

大人達の退屈な行事はそっちのけで
真っ昼間から夜店通りへと繰り出していた。      


普段、静かな田園の村も
この時ばかりは賑やかに

祭り囃子(ばやし)がこだまする中
地元の子供達ともすぐに打ち解けて大はしゃぎ。

気がつけばすっかり夕刻に、、、。

夜に控える花火大会に備えて
一旦腹ごしらえに家へ戻ろうと
ひとり帰路についた。


縁日に夜店通りとなる村の中心部から
祖母の家まではやや距離があった為、
田舎道を足早に進んでいた僕だったが、

ハッと気づいて
走ってきた道を少しだけ引き返した。

以前、祖父が生きていた頃
こっそりと教えてくれた
近道の事を思い出したのだ。


この村には
何十年も前に廃線になった鉱山鉄道の軌道や廃トンネルが所々に残っており
そこを使うと祖母の家まで
半分の時間で帰る事が出来た。

村人もあまり立ち寄らない一角に
数本のトンネルが連なる箇所があり
祖父も抜け道として度々利用していた様だった。

祖父から教わった記憶を頼りに
脇道へそれ、
小さな林の小径(こみち)を抜けたところに
そのトンネルは現れた。

トンネルを塞ぐ鉄柵も半分だけ。

「祖父と通ったあの時のままだ!」

抜け道に間違いないことを確信して
いざトンネルへ進もうとした
正にその時!!

僕の目に奇妙な人物が飛び込んできた。


薄暗いトンネルの奥から
誰かがゆっくりと歩いてくるのである、、、

そして
その人物はトンネルの入口辺りで静かに立ち止まった。

「女の人!?」

狐のお面を被り
僕に手を振っている。

美しい青白色のドレスと長い髪の毛は
トンネルを吹き抜ける強い風で
不規則に靡(なび)き

右手には何か隠し持っている様に見えた。





「一体何なんだろう?この人は!?」

僕はお面をまじまじと見返してみたが
女の人の表情はよくわからない。

ただ
お面の奥からじっとこちらを見ている様だった。

瞳は見えなかったが、
狐面の下の顔は
絵柄の様には笑ってはいない。

何故か
それだけはわかった。


双方しばらくその場を動かず
トンネルを抜ける風音だけが辺りを包んでいたが、

次第にゆっくりと振っていた手が
手招きへと変貌したその瞬間、

僕は一目散に逃げ出した。

振り返らず
林を一気に駆け抜けて

走って走って走りまくった。


気がつくと僕は
祖母の家の前にいた。

息も絶(た)え絶(だ)えに
安堵でストンと座り込んだ僕を
玄関先で見つけた祖母が
にこにこしながら

「遊び過ぎて疲れたかい?
花火みる前にちゃんと夕飯を食べなさいね」と、
時計を指差した。


「んっ!?そんなバカな!?」

見ると時間がおかしい。


夜店を出たのは確かに午後6時少し前だった。

それなのにまだ午後6時なのである。


夜店から祖母の家までは
普通に歩いて30分はかかる。

抜け道のトンネルを使えば
半分の時間で済むのだが、
その道中で奇妙な人物に出くわし
それは叶わなかった。

だから余計に時間がかかっている筈なのに、一体何故!?


その晩はいくら考えても
とうとうわからず仕舞いだった。


翌々日の朝、
夏祭りが終わって
村人達が神社の境内を片付けているのを見て、
僕は祖父と最後にトンネルを抜けた日に聞いた話を思い出した。

祖父は確かにこう言っていた。


「祭りん日だけはこのトンネルを使っちゃいかん。そん時だけは人間の道ではのうなるんやからな。」



今では事件や事故とはほぼ無縁の
この静かな村でも
旧鉱山時代には、
落盤事故等により
毎年少なからず死者が出たという。

村の夏祭りは
お盆の送り火と共に
鉱山の殉職者の追悼も兼ねていたらしい。


日本の神話では
この世とあの世の境界線を
「黄泉比良坂(よもつひらさか)」と呼ぶ。


この村では
夏祭りの日だけ
あのトンネルが「黄泉比良坂」になるというのだろうか?

もしあの時、
狐面の女の人に付いて行っていたとしたら、、、!?


後日知った話だが、
日本の埋葬方法がまだ土葬だった頃、
死者から立ち上ったとされる
俗に云う「人魂(ひとだま)」は青白色で、
その人魂は【狐火(きつねび)】と
呼ばれていたそうだ。



僕はそれ以来、
二度とその近道を利用する気には
ならなかった。



【少年期百奇譚〜夏の章〜『境界線』より】

◇文,柳田 金乃助◇
◇絵,柳田 金乃助◇


金乃助