『Go ahead,Make my day ! 』

【オリジナルのハードボイルド小説(?)と創作に関する無駄口。ときどき音楽についても】


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「……おまえ、何やってんだ?」
 ようやく口をついて出たのはそんな一言だった。
 夜――時間的にはもう夜中といっていい――の路上に腰を抜かしたようにへたり込んだ由真は、上目遣いでしゃくりあげながらアタシをジッと見ていた。その子供のような表情からはアタシを鮮やかに無視した時の冷やかさは欠片ほども感じられなかった。
 いつもフェミニンな由真にしては珍しく黒っぽい無地のTシャツとデニム、目深にかぶったアディダスのキャップ、足元はクロックスのサンダルというラフな格好だった。Tシャツの右肩がバッグを奪われたときの名残りでオフショルダーみたいになっていて、首筋から肩にかけての色白でほっそりしたラインが覗いている。反対の肩には大振りな白いショルダーバッグ。
「真奈に――」
「ん?」
「真奈に会いに来たに、決まってるでしょ」
「はぁ!?」
 何言ってやがるんだ、こいつ。アタシとおまえの間にそんな気安さがある訳ないだろ――喉まで出かかったセリフは何とか飲み込んだ。
「そんなビックリしなくていいじゃない!」
「いや、だってよ……何でまた?」
 由真は涙目のまま頬を膨らませた。間の抜けたことを訊いている自覚はあったが、他に言葉が思い浮かばなかった。 
「だって、この前あんなことしちゃったから、謝らなきゃってずっと思ってたの。でも、電話しても出てくれないだろうなって。だから、アルバイトしてるって言ってたスポーツクラブに行ったら、今日は来てないって言われて」
「そりゃあ、毎日出てる訳じゃねえからな」
 由真は小さくうなずいた。
「そうしたら、一階の整骨院の先生が、今日は大橋の空手道場にいるって教えてくれたの。真奈の空手のお師匠さんなんだってね」
「何も教わった覚えねえけどな。それで、バスか電車で大橋まで来たってわけ?」
「ううん、タクシーで。でも、ちゃんと教えてもらった住所を言ったのに、ぜんぜん違うところで降ろされちゃってさ。仕方ないからグーグルマップ見ながら歩いてきたの。暗かったし人もいなくて怖かったけど、しょうがないから――」
「……なるほど、な」
 由真の手には今も携帯電話がしっかり握りしめられていた。そんなものを注視しながら歩いていたらひったくりの接近に気付かなくても当然だろう。不注意の誹りは免れないところだが、携帯電話片手に歩いている人間は珍しくない。
 とりあえず、由真を立たせようと近寄った。
「話は後だ。怪我はないか?」
「……うん、転んだ時にちょっと手を擦り剥いただけ」
「そりゃ良かった。ほら、これ」
 アタシは回収してきたトートバッグを渡した。
 ところが由真はジッとアタシを見つめたかと思うとバッグを胸にしっかりと抱え込んだまま、いきなり硬いアスファルトの上に正座した。普段のトロそうな印象とは別人のような身のこなしにアタシは面食らった。
「な、何だよ?」
「ごめん!」
 由真は顔の前で手を合わせて深々と頭を下げた。
「……は?」
「ホントにごめんなさい。あんなコトするつもりじゃなかったんだよ。でも、まさかあんなところで真奈と会うなんてまったく思ってなかったし、何ていうか、ビックリしたっていうか、恥ずかしかったっていうか――」
「いや、いきなりそんなこと言われても……」
 どう答えればいいものか。アタシは相当困惑した顔をしていた筈だ。しかし、由真はお構いなしにまくし立てた。
「でも、一回あんな態度とっちゃったら、今度は引っ込みがつかなくなっちゃってさ。……すぐに謝らなきゃって思ったんだよ。けど、なかなか言い出す勇気が出なくって。真奈ってば怒らせたら怖そうだし、襟首つかんでフルボッコにされるんじゃないかなって」
「いくらアタシでもそこまでしねえよ」
 アタシはこいつにどんな人間だと思われているのか。まあ、気持ちは分からんでもないが。周囲の人間からも概ねそんな感じだと思われているし。
「ごめんね、真奈。怒ったでしょ?」
「……まあな」
 確かに怒った。急に背を向けられて戸惑ったし、素っ気ない態度や理不尽な扱いに腹を立てた。
 しかし、それだけじゃない。自分にとって由真の存在が思っていた以上に大きかったことを、アタシは今頃になって気付かされていた。

 もうずいぶんと前の話になるが、由真がアタシを知り合いの家に遊びに行くのに誘ってくれたことがある。
 相手は三村さつきという三年生で、生徒会で書記だか何だかをやっている女だった。いわゆるアジアンビューティ・タイプの美人で剣道部の主将でもある。凛とした佇まいを見せる先輩として下級生の人気抜群という話はアタシも聞いたことがあった。由真との繋がりはよく知らない。
 そもそもは付き合いを始めた最初の頃に遡るが、由真はアタシを自分の家に呼んだりクラスメイトと遊びに行くのにアタシを誘いたがった。アタシが一匹狼のような雰囲気を漂わせてクラスで孤立しているのを見かねたらしい。
 しかし、アタシは「行きたくねえ」とか「面倒くせえ」と言って断るのが常だった。
 由真の家に行くのまではいい。けれど、他の連中と友だちのなろうなんて気にはなれなかった。そんなことをしてもアタシを理解してくれる人間なんかいやしない。せっかく進んだ最初の高校の教師や同級生、アタシを自分たちの娘のように可愛がってくれていた警察官舎の連中、ふらふらと出歩いていた夜の街でできた顔見知り――アタシは彼らから犯罪者の家族は社会のエトランジェだということを思い知らされてきた。
 アタシは三村さつきのときもそれまでと同じように断った。同級生では歳下になるのが嫌なのかと気をまわして上級生――ダブリのアタシとは同い年――の三村に頼み込んだらしかったが、そんなことはアタシの知ったことじゃなかった。
 そしてこの時、アタシは初めて由真に向かって声を荒げた。

(いいから、余計なことすんじゃねえよッ!)

 怒り出すか、あるいは泣き出すかと思ったのだが、由真は何も言わずにただ優しく笑っただけだった。理由も聞かれなかった。ただ、小さな声で「ごめんね」と謝られただけだ。何故自分が謝られなければならないのかは分からなかった。
 それから由真は無理にアタシを誘ったりしなくなった。しかし、愛想を尽かされた訳でも嫌われた訳でもなかった。近所のカフェや公園、ときには人目も気にせずにマンションの駐輪場で何時間も駄弁るのに付き合わされた。口では相変わらず面倒くさいと言いながら、その時間はアタシにとってかけがえのないものだった。
 それでも”機会があれば自分の友人とアタシを引き合わせる”という彼女の企みは続いた。アタシもそれには不承不承ながら従うことにした。
 由真の試みは半分は成功した。彼女のおかげでクラスの何人かと話をする程度の仲にはなれた。少なくともアタシは以前ほどクラスで浮いた存在ではなくなった。
 そして試みの半分は失敗した。アタシが周囲に対してそれ以上心を開けなかったからだ。

 彼女一人がアタシと学校の接点という訳ではもちろんない。けれど、由真を抜きにするとアタシの学生生活はまるっきり灰色だった。彼女と仲違いしてから一〇日あまり、夏休みだというのに誰とも会うこともなく何も感じない日々を送る中で、アタシは初めて自分が独りぼっちなのを思い知らされていた。
 その大半はアタシ自身のせいだ。アタシは自分の為に踊ってくれないという理由で世間の向こう脛を蹴り続けるうらぶれたクソガキに過ぎない。けれど、由真はそんなアタシが周囲を寄せ付けない為に張り巡らせた溝をあっさりと飛び越えてきてくれた。
 謝るのはアタシの方かもしれない。シカト云々の是非はともかく、その後のことはアタシがもう少し素直になっていればよかったのだから。
 しかし、そう思いつつも素直になれないひねくれ者がアタシだ。
「そんなこと言う為にわざわざ来たの?」
「だってこれ以上、真奈とこんな感じでいるのイヤだったんだもん。ホントは真奈んちに行こうって思ったんだけど、いきなり家に来られたら嫌がるかなって思って」
「そりゃまあ、そうだけど。だったら、すぐに言ってくれれば良かったんじゃない。そうすれば、ここまでこじれなくて済んだのに」
「そうだけど……って、真奈?」
 由真はぽかんとした顔でアタシを見ていた。
「なに?」
「真奈が女の子みたいな口きいてる……」
「へっ?」
 思わずハッとなった。
 男言葉を使い始めたのはそんなに昔の話じゃない。今の学校に編入させられた頃――つまり、アタシが一番荒れてた頃――に鬱憤を吐き出したり周囲を威嚇するのにちょうどよくて使い始めたのだ。そうは言っても最初は普通に女言葉が出そうになったものだが、元々無口なので失敗する機会も少なかったし、アタシの心の大半を占めていた殺伐とした感情はすぐにガサツで乱暴な言葉を使いこなせるようになっていった。最近は意識しないと女言葉で話せないくらいだったのだ。
 それなのに。
「あ、いや、これはちょっとした言葉の綾ってヤツでな――」
「ふーん」
「……何だよ、その顔は?」
 さっきまで泣きそうだったくせに由真の赤い唇はニンマリと横に広がっていた。
「なーんだ、真奈ってばそういう話し方できるんじゃない。ねえ、これからはそっちにしない?」
「うっせえな、それ以上言ったら怒るぞ!」
 照れくさいのを隠そうとすればそっぽを向かざるを得なかった。由真がクスクス笑っているのが聞こえる。
「でもよかった。真奈と仲直りできて」
「……アタシも」
 由真の傍らにしゃがみ込んだ。由真はアタシの目を覗き込むように身を乗り出した。
「許してくれる?」
「……許すも許さねえもねえよ。元々、そんな大袈裟に騒ぎ立てるような話じゃねえだろ?」
 アタシは由真の頬を指でつついた。由真は初めてむくれたようにアタシを横目で睨んだが、その表情はすぐに照れくさそうな笑みに変わった。
 
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