Phoebe Snow / Phoebe Snow
人間ある程度生きていると
周りが「あの頃」ばかりになる時がある
後ろを振り返ってみたくなり
そんな気持ちは連鎖する
両隣にいた奴の手札は
お互いに欲しかった札で
意気投合して仲良くあがり
そんなことは
もう反吐が出るほど見てきた
懐かしいBGMが届けられた
あの頃を覚えていなくても
先方はよく覚えている風で
僕の方は音楽が鳴っている
乾いたアメリカの音だった
1974年の風
もう刺激的な思考は残っていなかった
サロメの運命のように
首から血を流していたかった
先方は不幸せになっていた
残酷に
そうなるだろうなとも思った
幸せってなんだろうか
1974年の風は
そんなことまで教えてくれなかった
僕たちのほんの少しのふれ合いにも
芽生えていた心にも
なんにも言わなかった
僕たちは離れ離れになって
運命にうなづいた
物思いに耽っている
僕が?
外は風が強く吹いている
明日は道に
何が散らばるのだろうか
どうかくだらない政治であってほしい
過去を散らかしたくなるほど
僕は1974年の風を
諦めきれていないのだ
Phoebe Snow
1,322円
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ブルーズの妖精とうたわれた
フィービ・スノウのデビューアルバム
時を止めることができる音楽は
それほど多くない
空気や時間や思い出
人は憐れにも支配され
いつまでも解き放つことができない
魔法にかかってしまう
優しく甘い魔法にかかった僕は
チャックドマニコのベースや
ズートシムズのテナーに
ずっと虜になっていた
いい風が吹いていたのだと思う
今、思い返すならば
のろしレコード / のろしレコード
およそ15年前
その尖りきった顕示欲に忠実に
僕は何かを残そうとしていた
今にして思えば
残せるものなど無かった
手に入れてすら無かった
空っぽの箱に
種や仕掛けを入れたふりをして
物を消したような気分になって
これは魔術だと
見える人にしか見えないのだと
さて、その画面のずっと先に僕がいる
手を振っているのは
猜疑心の塊だ
一歩、二歩と歩を進めるうち
足元にある紐に気が付く
嫌な予感はすぐに当たった
紐は絡まりまとわりつき
足首で固く結び目になった
途端にぐいと引っ張られる
青白い猜疑心の塊は
青春の格好をして
夢を諦めていなかった
固くなった結び目はさらにも増して
擦れた部分が蚯蚓腫れになる
僕は逃れたかった
紐の先は猜疑心の足元だ
引きずられると思ったら
途端に怖くなった
僕は同じような紐に絡まった人に
助けを求めようと
紐の解き方を聞くことにした
その人は軽蔑するように
地面を見据えて言う
そんなものがわかれば
今頃こんな人生歩んじゃいないさと
青春に背を向けた
その傷を足首に負ったのだと
何かを続けることは
綱引きに似ている
現実と猜疑心の引っ張り合いを
外野がそれそれと囃し立てる
倒れた旗の行方を
今日も気にする人は誰もいない
それでも青春はやってきて
いつもあなたの後ろにいる
のろしレコード
1,650円
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去年
あなたは何を諦めて
何と手を取りましたか
今年
何と手を取って
何と別れを告げましょうか
どうか
心の灯だけは
いつも青々と
脈打っている
そんなあなたで
ありますように
「あのでかいビルの
ガラスを割って
君に元気だって伝えよう
あのでかいビルから
のろしをあげて
迎えに来てもらおう」
迎えに来てくれた
あなたに会えるのが
今から楽しみです
友部正人 / 6月の雨の夜、チルチル ミチルは
どうでもいいことが
どうでもいいことになるのに
剥がした時間を思い返すと
あぁとため息が漏れた
悲しげに指折り数えた気もするし
思いのほか素直になれた気もする
板の間をそろそろと
軋ませて歩くような
世渡りでは心もとない
特別だったことが一度もないように
今日も鞄に空気が膨らんで
朝に向かってしぼんでいく
交互に信号に見とれて
人は冬に朝を吐き出す
人は交わり、癒着して
何かを書き留めようと
必死に空に何かを描く
部屋の棚にもらった人形があって
いつとはなく目が合う
多い時には何度も目が合って
僕が人形を見ているというより
人形が僕をとらえている
離されまいと視線にしがみつくうち
人の善意のその先にある
高らかな心の音色が聞こえる
いま一度
もらい物を眺めてみると
人の世渡りがおのずとわかる
どんなものを大切にして
どんなものを失ってきたのか
物を通して
人は情を捨てては拾い
矯めつ眇めつして
明日のあなたになるのだ
何の交わりもなければ
気にも留めてなかったであろう
不揃いな目をしたあの人形は
居住まいを正して
ちょこんと棚の上に立っている
残しておきたいと思う
その感情を
人は寂しさというのだろうか
6月の雨の夜、チルチルミチルは
2,933円
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友部正人が30年以上前に出した
このアルバムには
美しい言葉で
たくさんの別れが歌われている
現代を代表する詩人であり
時に叩きつけるような作風でありながら
歌は寓話の小道を抜けて
真実の目に達する
「知らないことでまんまるなのに
知ると欠けてしまうものがある
その欠けたままのぼくの姿で
雨の歩道にいつまでも立っていた」
僕が大切にしてきたものは
いつもこんな言葉たちの
行と行の間に滑り込んでいる
じんわりとした寂しさの中にある